「伊達」
「おう、松田か」
いつも通り登庁して早々、よく知ったサングラスに声をかけられた。ちょうどいい、俺もこいつに会ったらまず聞こうと思っていたことがある。また連絡すると言ったきり、今朝までずっと何も言ってこなかったあいつについて。
「柊木から意味不明なメッセージが来たんだが」
「お前もか?」
驚いてそう返すと、松田も驚いたようだった。
あいつにしては珍しい、文章にもなっていなかったメッセージ。忙しかったのか、詳細を伝える気がないのか、俺のところにきたメッセージには意味不明な言葉だけ。
『青のダッジ・バイパー トランク確認 深追い無用』
何のことやら。
車に興味のないあいつがそんな車種を知っていたことにも驚いたし、トランク確認って何のことだ。少なくとも俺の知り合いにダッジ・バイパーに乗ってる奴はいない。メッセージを返しても返事がないどころか既読もないときた。
「……なんだそりゃ」
俺のところに届いたメッセージを覗き込んだ松田が、思わず言葉を漏らす。
お前のところには何てメッセージが来たんだと聞いてみれば、ん、と松田も画面を表示させて俺の目の前に突き出した。
『お目当ては廃倉庫 トランクを開けさせるな 容赦無用』
「……なんだこりゃ。ご丁寧に地図までつけて。ここ行ってみたか?」
「さすがにこれだけの情報で遅刻する気にはなれねえよ、すぐ向かえってんならそう書くだろ。お目当てってのも何のことだか……詳細聞いても返事もしやがらねえし」
わけわかんねえ、と松田はがしがしと頭をかく。
柊木は基本マメな奴だし、言葉をめんどくさがるようなことはしない。こんなにらしくないメッセージを送ってきたからには何か意図があるのだろうが、これだけでは全く意味がわからない。
「……萩原にも聞いてみるか」
「さっき会ったから聞いた。何もきてねーってよ」
松田曰く、先日の爆弾事件以来目の下に隈を作っている特殊犯係の同期は、「えっ俺には何も来てないんだけど! 旭ちゃんひどくない?」と事件の調書を片手に喚いたという。萩原に送っていないのは、あいつが今死ぬほど忙しいことをわかっているからだろうか。
そう思ったとき、背筋に冷たいものが走った。
「……松田、何か嫌な予感がしてきた」
「言うな。……俺もだ」
萩原と違って今
柊木が「何か」を企んでいることを理解したちょうどその瞬間、俺と松田のスマホが同時にメッセージの着信を告げた。松田と顔を見合わせ、おそるおそる画面を見る。そこにはやはり、柊木からのメッセージ。
『頼んだ』
だから何をだ。
そう叫びそうになった時、捜査一課に強盗事件発生の一報が飛び込んできた。
***
東都の地図が映し出された画面に、いくつかの点滅した光が走る。信号のサイクルも問題なし。これなら計算の修正はいらないだろう。
悪いな伊達、松田。お前らならきっと、あのメッセージから俺の意図を読み取って動いてくれるって信じてるから。
そう内心にやりと笑うと、目の前のマイクに向けて口を開いた。
「作戦に変更はありません。皆さん事故のないように気を付けて」
イヤホンからそれぞれの返事と、車のエンジン音が聞こえた。あれ、聞こえなきゃいけないはずの声が三人分聞こえなかったなぁ。
「返事が聞こえませんよ強盗犯さんたち? 後処理が面倒なので間違っても捕まらないように」
俺のその一言に、後ろにいた風見さんと諸伏が噴き出した。ヘルプを頼んでいる公安の捜査員たちも、それぞれの前の端末から目を離さないまま、少しだけ面白そうに肩を震わせる。同時にイヤホンから、あいつの笑い声も聞こえた。
『本当にいい性格してますね、貴方。最高です』
「お前に言われるなんていっそ光栄だよバーボン」
そちらの状況は、と尋ねると、随分と機嫌よく、問題ありません、の一言。
『いつでも行けますよ』
その頼もしい言葉に口角を上げ、俺は自分のスマホを取り出した。
伊達と松田の返信はうるさいが、今は無視させてもらう。おそらく奴らもすでに登庁し、お互いのスマホを見せ合っている頃だろう。
そして、俺が「やる気」だということを悟った頃だ。
『頼んだ』
一言だけメッセージをふたりに送り付け、またスマホをポケットにしまった。頼りにしてるよ、ふたりとも。そう内心で呟き、口を開く。
「カウント始めます。今からジャスト一分後、作戦開始」
この国で好き勝手をやってくれた奴らへの反撃は、ここから始まる。
***
柊木との通信を切り、イヤホンの回線を切り替える。耳に飛び込んできたのは、ヒステリックな女の声だった。
『なんだいバーボン、任務の前に他の奴と連絡なんて余裕じゃないか!』
その声に、その女がいる向かいのビルの方に身体を向けて、笑って見せた。道路を挟んでいて俺の目ではよく見えないが、きっとスコープ越しにこちらを見ているのだろう。
「すみません、情報提供者からの連絡だったもので。まあ、こちらには腕利きのスナイパーがふたりもいるんです。余裕があって当たり前でしょう?」
『ふん、見え透いた世辞はいいよ。今のところ姿も形も見えないけど、そのターゲットが来る時間は間違いないんだろうねえ?』
「僕の情報は確かですよ、間もなくです。退屈だからって無関係な兎を狩るようなことはしないでくださいね?」
後始末が面倒ですから、と僕が言うと、もうひとつ鼻を鳴らし、ようやく堪え性のないスナイパーは黙ってくれた。向かいのビルに身体を向けたまま、視線だけを下に落とす。
キャンティとコルンがいるのは向かいのビルの屋上、俺がいる場所より少し上に位置する。そのビルには、いくつかの小さな店が入っていた。そのうちのひとつ、一階にある小さな質屋。そしてちょうどその前に、古めかしい青い車が止まっている。
ああ、これから起こることを思うと楽しみで仕方がない。
『……バーボン』
「何ですか? コルン」
珍しくコルンの方から話しかけてきた。
いつものごとくその声は無機質で何を考えているのかわからないが、今の声は何となく不審そうな色を含んでいた。
『お前、楽しそう』
今の顔もスコープ越しに見られているのだろうか。そんなことありませんよ、と言おうとしたそのとき、空気を貫くような大きな銃声が響く。
一分経った、スタートだ。
***
突如として耳に入った銃声に身構える。
当然、アタイたちが撃ったものではない。こっちはまだターゲットの姿すら確認してないというのに、いったい何があったってんだ!
「バーボン、今の銃声は!」
『僕にも全く……貴方がたではないんですね?』
「俺たち、違う」
続いて聞こえてきたガラスの割れる音と、車の激しいエンジン音。下を見ると、すごい速さでぶっ飛んでいく車が見えた。
「あれは、」
『―――キャンティ、コルン、すぐに離脱してください。作戦は中止です』
「バーボン?」
『どうやら貴方がたがいるビルの一階に、強盗が入ったようです』
「強盗?」
下の店からは店主だろうか、見るからに焦った男が飛び出してきた。
このビルにはちんけな店しか構えていなかったはず。そんな場所に、しかもこのタイミングで強盗だって?
『今急発進した車が強盗犯のようです。この場所は警視庁からもそう遠くない、すぐにそこにも警察がやってくるはず。付近にはすぐに検問が張られるでしょう。僕は拳銃しか持っていませんし何とでもなりますが、貴方がたのライフルは目立ちますよ?』
早く逃げた方がいいんじゃないですか?
この状況すら楽しむように言うバーボンに、盛大に舌打ちをする。こういう嫌味ったらしいところ、本当に気にくわない男だ!
「コルン、逃げるよ!」
こくっと頷いたコルンと共に、ライフルをケースにしまい込む。長居は無用だ、銃刀法なんぞで捕まるなんて冗談じゃない!
***
「強盗犯逃走開始」
「刑事部への通達も予定通り、検問の指示も出ました」
公安の捜査官たちの報告が上がってくる。現状、予定通り。バーボンからも対象二名が逃走に入ったと報告もきた。
「検問の指示の詳細は?」
「検問の配置は想定通りです。被害者の証言より、強盗犯は『運転手を含め三名、実行犯はおそらく外国人の男性と女性。男性は長身で黒い帽子とサングラス、女性は短めの明るい茶髪が特徴。逃走に使われた車両は明るい青色であまり見ない外国車』、それを踏まえて疑わしい車両があれば止めるように、とのこと」
よし、指示通り上手いこと証言してくれたようだ。
被害者は決して嘘を言ってない。そもそも強盗に入られてパニックに陥っている被害者の証言なんて曖昧なものだ、これだけ覚えていればむしろ上等だと刑事部は考えるだろう。
「対象誘導班、準備をお願いします。それから強盗犯三名へ、逃走の指示と保護の用意を。重ねて言いますが、事故を起こさないように細心の注意を払ってください」
公安らしい統率された返事を聞いて、少し口元を緩めかける。それをきゅっと締め直し、東都の地図が映し出されたモニターを見据えた。
***
「全く、ついてないね!」
「俺、撃ちたかった」
愛車に乗り込んで東都の街を走る。他の車なんか吹っ飛ばしてこの場を離れたいところだが、サツがうようよしているこの状況ではそうもいかない。
アクセルを踏み込みたい気持ちをぐっと抑え、緩やかに道を走っていく。
「とにかく隠れ家に戻るよ」
「ああ」
今日の任務は、バーボンが持ってきた情報が発端だった。
あのいけ好かない情報屋が言うには、組織の情報がどこかから漏れている様子があるという。今後行う任務の情報の内容などが主で、現状ではさほど影響は出ていないが、情報が洩れているというその事実そのものが問題だ。
『情報の送り先は特定できていませんが、鼠の行動はある程度調べがついています』
鼠が隠れ家のように使っている場所というのが、バーボンが立っていたビルの一室だった。書類上では空き部屋であり室内も家具ひとつない空き部屋だが、鼠が不定期に訪れていることが確認されているという。
『調べたところ、スパイはふたり組。ひとりが室内に入り、その間もうひとりはビルの入り口で見張りをしています』
投げて寄越された写真には、ふたりの男が写っていた。組織の構成員は数が多い上に、すぐ死んじまう奴も多いから入れ替わりが激しい。アタイには見覚えがないが、組織の下っ端にでも紛れ込んでいたのだろう。
『正確な身元はまだわかりません。ですが……』
『そいつらぶっ殺せばいいんだね?』
その通りですなんですが、とバーボンはうさんくさい笑みを浮かべた。とはいえ、とバーボンは言葉を続ける。
『一応、本人の口からお話を伺いたいので。次に彼らがこのビルに現れる日、待ち伏せをしようと思うんです。必要なら場所を変えて飼い主の名前を教えて頂こうかと』
『ハン、お上品な言い方をするじゃないか。待ち伏せして急襲、拉致って拷問して口を割らせようってんだろう?』
バーボンの笑みが深くなった。
否定をしないその口元は、相変わらず胡散臭い笑みを形作っている。
『それが出来ればベストなんですけれど、抵抗される可能性も否めません。当然ながら、逃げられるくらいなら片づけてしまいたい。どちらにしろ生かしておくのはひとりで十分なので、見張り役は始末しないといけませんしね』
だから、おふたりの力を借りたくて。
平気な顔でそう宣う優男に、口元をゆがめた。
『いいよ、最近ぶっ放してなくて物足りなかったんだ。コルンも乗るだろう?』
『撃てるなら、やる』
ただしアンタがしくじったらアンタの脳天ごとぶち抜くよ、とそう言うと、バーボンは望むところです、と平気な顔で笑った。
そんな風に話していたのに、まさかこんな形で失敗するだなんて。
「全く、あんなちんけな店に、しかもこんな時間に強盗って正気じゃないね!」
「キャンティ」
そう毒づいたところに助手席のコルンから声をかけられ、何だい、と腹立ちまぎれに返すと、長い付き合いのコルンは気にした様子もなく、あれと前を指さした。改めて正面を見ると、警察の検問が行われている。
遅かったか、と舌打ちをした。
「コルン、ダッシュボードにアタイたちの免許証が入ってる」
「わかった」
当然、偽造したものだが、一見した限りでは偽物とはわからないほど精巧につくられている。今道を引き返しても却って怪しまれるし、おそらく検問はここ一か所ではない。実際アタイたちは強盗犯でも何でもないのだ、堂々と通ってやればいい。
唯一見られたらヤバイ愛用のライフルはトランクに収まっている。さすがに検問でそこまで確認されることはないだろう。
「さっさと切り抜けるよ」
「ああ」
こんな状況に陥らせたバーボンの脳天に必ず鉛玉をぶち込んでやると心に決めながら、検問で渋滞している道をゆっくりと進んだ。
長めなので前半後半でわけています。