強盗事件の発生からすぐ、検問を敷くように命令が下りた。
被害者からもたらされた犯人や逃走車両の特徴を頭に叩き込む。青の外車というところにわずかなひっかかりを覚えたが、とにかく部下とともに命令された配置に車を飛ばした。
「伊達警部補、お疲れ様です!」
「お疲れさん」
すでに先に到着していた班が検問の支度を終えていた。今のところ通過した中には不審な車両はなかったという。
犯人は逃走後、姿をくらませている。どこまで入念に計画されていたのか、自動車ナンバー自動読取装置、通称「Nシステム」の設置場所を上手く避けて逃走したらしい。目立つ車を使っているくせに、変なところで用意周到な犯人だ。車を乗り換えている可能性も否めないが、とりあえず青の車両は全チェックだな。
一台一台運転手に声をかけ、強盗事件発生の旨を伝え、念のため免許証の提示を求める。大人しく見せてくれる人もいるし、そうでない人もいる。まあこれだけ渋滞させてるんだ、急いでいる人にとってはいい迷惑だろう。しかしこちらも仕事なので、笑顔ですべて受け流す。刑事になったばかりのとき、教育係だった先輩刑事に一番に教えられたのは「刑事なんざ嫌われてなんぼだ」という言葉だった。特にこういうときは「まさに」と思う。
懐かしい思いが胸をよぎったそのとき、視界の端に鮮やかな青が見えた。
「……青の、ダッジ・バイパー……」
思わずそう呟くと、隣にいた部下にどうかしましたか、と声をかけられる。はっとして、目の前の車への対応に戻った。
脳内に蘇る、柊木からのメッセージ。青のダッジ・バイパー、まさに逃走に使われた「明るい青色であまり見ない外国車」だ。もちろん確定ではない。確定ではないが、柊木のメッセージが、この状況を見越してのものだったとしたら。
その車両の番になったとき、さりげなく部下に目線をやった。部下が無言で頷いたのを確認し、運転席側へ回り込む。
「すいません、警察です」
「見りゃわかるよ、なんの騒ぎだい? こっちは急いでるんだけどね!」
運転していたのは、左目の下にある蝶のタトゥーが印象的な、気の強そうな女だった。そしてその奥には、痩せた男。座ってはいるが、身長はかなり高い。どちらもカタギではなさそうだ。しかもなるほど「青い外車」だけでなく、「おそらく外国人」の「短めの明るい茶髪の女」と「黒い帽子にサングラスの長身の男」まで一致ときた。しかしひとり足りない。犯人は三人組のはず。
「この近くで強盗がありましてね、まだ逃走中なもんでこうして車を確認させてもらってるんです。いやしかしいい車ですね、ダッジ・バイパー、しかも初代だ」
「お喋りは結構だよ。免許証でも見せりゃいいのかい?」
「こりゃどうも、拝見します」
差し出された免許証を受け取って確認する。目立って不審な点はないが、持ち主が怪しいせいか、どうも出来すぎているような違和感を覚える。―――偽造か?
どちらにせよ、このまま通すわけにはいかない。
「おふたりさん、すいませんが一旦下りて頂けます?」
そう言うと、女は眉を吊り上げた。
「急いでるって言ってるだろ!! さっさと通しなよ!!」
「その強盗犯が逃走に使った車が、ちょうどこんな感じの外車でしてね。該当する車は一応確認させてもらってるんですよ。なぁに、座席やダッシュボード、トランクの中を見せてもらえれば構いません」
トランク、その一言を出した瞬間にその女は肩を揺らした。
柊木のメッセージにもあった、「トランク確認」。どうやら本当に、そこに見られたくないものがあるらしい。人数誤魔化しに仲間をトランクに隠しているのか、それとも質屋から盗った高級品の類か、はたまた脅すのに使った拳銃か。
「確認、させていただけませんかね?」
そうにっこりと笑ってみせた瞬間、目の前の青が急発進した。
「!」
とっさに車から離れ受け身を取る。伊達さん、と部下が叫んだが問題はない。あともう二年ほど、俺は意地でも怪我はできない。
そのまますぐに立ち上がり、部下に声をかけて車に乗り込む。他の奴らにはそのまま検問を続けるように指示を出し、部下の運転する車でダッジ・バイパーの後を追った。
「こちら伊達、本部応答願います!」
『こちら本部、どうした』
「職質をかけた車両が検問を突破しました! 乗っていたのは強盗の実行犯の特徴に該当する男女二名、ひとり足りませんでしたがトランクの確認を嫌がりましたので隠れている可能性もあります! 現在追跡中!」
『何? 車両の特徴は!』
「青の初代ダッジ・バイパー、こちらも特徴に該当します!」
続けて車のナンバーを告げると応援をすぐに向かわせる、絶対に逃がすな!と命令が飛んできた。了解、と返して一度無線を置く。そしてそのままポケットからスマホを飛び出し、別の場所で検問に当たっている同期を呼び出した。
『あんだよ伊達、お前今追跡中じゃねえのか』
「おうよ。松田、聞いたろ、青のダッジ・バイパーだ」
『……!』
「よくわからんが、そういうことらしい。切るぞ」
それだけ言って、電話を切った。
伊達さん、呑気っすね、と目の色を変えて前の車を追う部下が叫ぶ。それに苦笑しつつ叫び返した。
「どんな時でも平常心! 刑事としての心得だ憶えとけ!」
「ご指導ありがとうございます! うわっと、」
「事故んなよ!」
「努力します!」
とは言ったものの、先ほどからかなり危ない。確か柊木からのメッセージは「深追い無用」だったが、いったいどこから先が「深追い」なのやら。犯人が逃走している方向的に、松田に届いていたメッセージの場所に向かっている可能性もある
つまり俺はここまでで、ここから先は松田にバトンタッチ? むしろいったん逃がして油断させろってか?
そう思ったとき、全身に急ブレーキの衝撃を受けた。
***
伊達の連絡を受けてすぐ、俺はひとつ舌打ちをして車に戻り、無線をつないだ。
「こちら松田、本部応答願います」
『こちら本部、どうした』
「検問を突破したのは青のダッジ・バイパーだと伺いました。それについて、気になることが」
『何だ』
「知人が零していた話ですが、今は使っていないはずの廃倉庫の付近で最近珍しい車をよく見かけると。出来すぎた偶然ですが、確か青いダッジ・バイパーという話でした。方向もあっています、もしかしたら」
『! 場所はわかるのか』
はい、と返事をして地図を頭に思い浮かべる。本当に伊達の追いかけている車がそこに向かっているのだとしたら、今ならまだ先回りが出来る。
『松田、お前の班の者を連れてそこに向かえ。当たりだとしたら他に仲間がいる可能性もある。くれぐれも油断するな。状況によっては拳銃の発砲も許可する!』
了解、と告げて窓から顔を出し、部下たちを呼び戻した。簡潔に情報を伝え、車を走らせる。
あの野郎、この状況をすべて把握していやがったとしたら、俺や伊達が配備される場所まで読んでいたことになる。いや、それも含めて指示をしていたのか。
ったく、人を使おうってんならきっちり作戦の詳細まで説明しろってんだ、今度という今度は絶対にあの無駄にイケメンな顔殴ってやる!
***
背筋に冷たいものを感じて、ぶるりと身を震わせる。あっこれ多分伊達か松田のどっちかに殴られるフラグだな。いや絶対松田の方だ。ごめんて。
「A地点、通過しました」
「追っていた車の方は?」
「A地点にて急停止、妨害完了です。接触もなく、お互い被害はありません」
それは良かった。伊達に今怪我させたらまたあいつの結婚が遠のいてしまう。さすがにそれは申し訳ないので、早めに追跡を終えさせてもらった。
無茶なカーチェイスは大事故のもと、キャンティたちにはさっさと伊達を振り切らせる。それでもしばらくは危険運転を続けるだろうから、その経路上で事故りやすそうな場所には公安の腕利きドライバーを配置。信号のサイクルを含めて計算し、どれだけの速度で走ればいいか指示を出した。これでダッジ・バイパーはどんな危険運転をしようとも、事故らず安全に隠れ家に帰れるというわけだ。
「B地点、無事通過しました」
「C地点、問題ありません」
どうやら彼らは順調にドライブを楽しんでいるらしい。後は松田の方か、と思って後ろを向くと、真面目な顔の風見さんと楽しそうな諸伏がこちらを見た。
「松田刑事が本部に『知人からタレコミがあった』という報告を上げました。例の廃倉庫に向かっています。この分なら先回りは間に合うかと」
「ちゃんとパトランプもつけず目立たないように向かってるあたり、松田はわかってるよなー。あとは松田次第じゃないか? あ、強盗犯も無事保護したってよ」
あとは松田次第、その状況にまで持っていければ九割方作戦の成功は見えている。が、最後の最後まで油断は出来ない。見逃していることはないかと改めて思考を巡らせながら、咥えた煙草に火をつけた。
「何か不安要素でも?」
そんな俺を不思議に思ったのか、隣にいたMr.ブラックが言う。すっと煙を吐き出して、彼に苦笑を返した。
「作戦自体は順調です。俺が心配性なだけですよ」
「優れた指揮官は総じて心配性だと言うが、本当のようだな」
その言葉にさらに眉尻を下げる。
そりゃそうだ、と思う。心配だから、不安だから、いくつものパターンを考えて、何重にも保険を作って、少しでも安心できるように頭をひねるのだ。どれだけ頭をひねっても、俺は俺の作戦を完璧だとは思わない。思えない。ひとつ手を間違えばひとの命を奪ってしまうような作戦だ。どれだけ考えても考えすぎることはない。
「松田刑事、廃倉庫に到着。部下とともに倉庫を探索の上、待ち伏せるようです」
「対象車両、F地点通過。まもなく廃倉庫に到着します」
その声に、はっと意識を戻した。―――ここまで来たら、本当にもう松田に任せるだけだ。どうか無事に終わらせてくれよ、とただ祈る。
これが自分の考えた作戦だとわかっていても、祈ることしか出来ないことが歯がゆかった。
***
指定の倉庫に到着し、車を目立たない場所にとめる。
入口にまわって拳銃を手に中を窺う。物音はしない。いっきに戸を開けて、拳銃を構える。よし、誰もいない。さほど広くない中には、簡単なテーブルとイス、それに酒瓶とグラスがいくつか。誰か人がいたことは間違いなさそうだ。
数名の部下には外で身を隠すように指示を出し、倉庫の戸を一度閉める。幸いにも柱などの遮蔽物が多い、ここに残った数名くらいなら身を隠せるだろう。
「……来るでしょうか」
「……さあな」
部下の言葉に、俺自身も即答は出来なかった。
正直なところ、確証はない。だが、決して無駄なことはしない奴が、しかも相手を出し抜く策を考えさせたら超一流の、とんでもなくえげつない奴が、わざわざ寄越してきたメッセージだ。これで何もないとは到底思えない。
あいつのメッセージにあった、「トランクを開けさせるな」。伊達に「トランク確認」と言っておきながら俺に「開けさせるな」と言ったのは、この状況から考えればおそらく「トランクを開けさせると俺たちが危険だから開けさせるな」という意味。おおかた、トランクに入っているのは拳銃の類と言ったところだろうか。だから最初からわかるように書けっての、とは思うが、柊木の意図はわかっている。
あえて俺たちに余計な情報を与えないことで、俺たちが柊木の予想外の行動をとることを避けたのだろう。腹の立つことにあいつは俺たちがどういう状況で何を考えどう動くかを完全に把握している。どれだけの情報を与えれば想定通りに動くかと考えたうえで、あの不完全なメッセージだったのだ。何とも腹立たしいが、柊木から追加の連絡が来ていないあたり、俺たちはあいつが思う「最適解」を辿っているはずだ。ならば、今は待つしかない。
小さくため息をついたその時、外から特徴的なエンジン音が聞こえてきた。皆の顔に緊張が走る。ぴくりと反応する部下たちに動くな、とサインを送り、息をひそめた。
エンジン音が、倉庫の前で止まる。車のドアが開く音がして、がらがらと倉庫の戸が開く音がした。また車が進み、倉庫の中に入り切ったとき、エンジンが切られた。
狙うべきは再度ドアが開き、車の外に足を踏み出した音がした、その一瞬。
「警察だ! その場を動くな!」
俺の声を合図に一斉に飛び出し、拳銃を構える。倉庫の戸も勢いよく開き、外にいた部下も飛び込んできた。
驚いた顔でこちらを見るのは、運転席から降りようとしていた女と、その近くに立っていた男。ふたりは反射的にダッジ・バイパーの後ろにまわろうと走り出した。
「確保! トランクを開けさせるな!」
いち早く倉庫の入り口付近にいた部下が先回りし、トランクの前に立ちふさがる。
どきな、と女は叫ぶが、そんなこと言われてどく馬鹿はいない。確保しようとする部下を振り切ろうと、今度は入り口に向けて走り出した。男の方は走るのに慣れていないのか、すぐに部下が取り押さえた。コルン、と女が男の呼び名らしいものを叫ぶも、立ち止まる気配はない。
女相手に手荒にするのは趣味じゃねえが、逃走を図ろうとする被疑者なら話は別だ。しかも、柊木のお墨付きも得ている。
頭をよぎったのは、柊木からのメッセージの、最後の一言。
『容赦無用』
俺は逃げる女の背中に手加減せずタックルを決め、地面に押さえつけた。
***
キャンティ、コルン確保の旨は、すぐに公安部にも連絡が来た。
知らせを聞いた瞬間、ヘルプに来ていた公安捜査官たちからも歓声が上がる。逮捕にあたった刑事も特に怪我はないとのこと。ということは松田も無事だ。思わず大きな安堵の息をついた。そんな俺を見て、諸伏は苦笑する。
「松田が丸腰の相手に負けるわけがないって言ったのはお前だろ?」
「……何事にも『もしも』ってもんがあるだろ」
作戦前、諸伏にキャンティとコルンについてひとつ確認をした。それは、キャンティとコルンはライフル以外の武器を持ち歩かないのではないかということ。
スナイパーであることにひどくこだわっているという情報のほか、赤井さんの死亡を偽装してキールを組織に戻した際のキャンティの行動。キールと同じ車に乗っていたキャメル捜査官を、大した距離もなかったはずなのにわざわざスコープを覗き込み、ライフルで撃とうとしたという。
もしかして、と思った。ベルモットから寄せられた情報を見ても、ふたりはスナイプ以外の任務を行っていない。それぞれの愛用のライフル以外の武器を使ったという記録が一切なかった。
ならば、と思った。ライフルさえ持てない状況に追い込めば、大したリスクもなく確保が出来るのではないか。体術に優れているなんて情報もないし、捜査一課に異動して以降も真面目にトレーニングを重ね、犯人確保で非常に戦力になっているというあの筋肉ダルマなら、余裕で捕まえられるのでは、と。
「一応病院行ったらしいけど、伊達も大丈夫だってよ。むち打ちすらなさそうって話だ」
「そうか」
もうひとつ、安堵の息。
刑事に必要な、ある種の図々しさと言うか、相手に何と思われようと職務を全うする図太さと言うか、そういうものを伊達はちゃんと身に付けている。そんなあいつがキャンティ相手にビビるわけがないし、トランクを確認する流れにまで違和感なく持っていけると踏んで検問での煽り役を伊達に任せた。
無事トランクを確認できれば銃刀法違反、トランク確認を拒否して検問を突破すれば公務執行妨害。どちらにしろ罪状は出来る。実際は強盗犯でも何でもない彼らを刑事部に逮捕させるためには、何としてもここで何かしらの罪状を作っておく必要があった。
「被疑者の連行は?」
「まもなく警視庁に到着するとのことです」
どこか満足げに言う風見さんの言葉に、ひとつ頷いた。ここまでくれば、後はこちらの仕事だ。下手に取り調べをされる前に、こちらで身柄は頂いておこう。
「風見さん、裏の理事官に話はつけてあります。キャンティとコルンの身柄を引き取りに行ってもらえますか」
「了解しました」
そのときに、と一言付け加えると、珍しく風見さんが苦笑して言った。
「……それでよろしいんですか?」
「ええ。よろしくお願いします」
再度風見さんは頷き、部屋を出て行った。
俺は部屋にいたヘルプの捜査官たちに、笑顔を向ける。
「皆さんお疲れさまでした。お陰様でキャンティ、コルンの確保は完了。この手柄は刑事部に譲ることになりますが、こちらが手柄を上げていくのはこれからです。とっても忙しくなりますので、今後もよろしくお願いしますね」
そう言うと、やり切った笑顔の捜査官たちが、また一斉に返事を返してくれた。音声だけ聞いていたであろう、無線の先の捜査官たちも、同様に。
そんな円満な雰囲気に水を差すように、勢いよくドアが開いた。
「Hey,こちらへの労りの言葉はないのかしら……?」
地を這うようなその低音に、俺はにっこりと笑顔を返す。
「お疲れさまでしたお三方。最高の強盗役でしたよ」
「よく笑顔で言うわね貴方!」
真っ黒な服に身を包んだジョディ捜査官は、キャンティによく似た明るい茶髪のウィッグを勢いよく取った。その後ろでキャメル捜査官はぐったりと生気のない顔をしており、赤井さんはサングラスを外して適当にしまった。
「まさか日本に来て強盗に手を染めるとは思わなかったよ」
「滅多にない経験が出来てよかったですね。今後強盗事件を追うときにでも役に立つかもしれませんよ」
「……いや、文句を言うつもりないさ、指揮官殿のご命令だ」
そう言って赤井さんは肩をすくめたが、まだジョディ捜査官は怒った顔をしているし、キャメル捜査官はため息をついていた。
正直とても面白いし、少しばかりいい気味だと思わなくもない。
「雰囲気だけでもキャンティに似せるにはジョディ捜査官にお願いするのが一番でしたし、キャメル捜査官のドライブテクも是非拝見したくて。でも事前に店舗のオーナーに協力は依頼してありますから罪悪感を覚える必要もないですし、ちゃんと逃走経路と保護の段取りも組んで逃がしてあげたでしょう?」
ちなみに強盗に協力してもらった質屋のオーナーは公安の「協力者」だ。少々窓ガラスを割って店内を荒らしたが、もちろん実際は何も盗んではいないし、この強盗事件自体、適当なところで捜査を打ち切るように影の理事官に依頼をしてある。
強盗実行犯にはキャンティによく似た髪色のウィッグをかぶったジョディ捜査官と、帽子とサングラスを身に着けた赤井さんを。逃走の運転役にはキャメル捜査官を起用した。こちらも信号のサイクルやNシステムの配置を考えて最短・最良の逃走ルートをちゃんと用意したのだから文句を言われる筋合いはない。日本警察とカーチェイスなんてことにならないようにタイミングも考えた。
「……ひとついいだろうか柊木君」
「何ですか?」
「実際のところ、キャンティ役のジョディと運転手のキャメルが必要なことはわかる。だがキャメルが運転手とコルン役を兼ねても良かったんじゃないのか?」
その方が人数の計算も合うだろう。
暗に自分は必要だったのかと赤井さんに言われて、にっこりと笑って見せた。
「使い潰すって、言ったでしょう?」
俺の言葉に、ほんの少しだけ赤井さんの口元が引きつった。俺の後ろで諸伏が笑いを堪えているのが空気でわかる。
「……なんて冗談ですよ、冗談! 日本に来て好き勝手してくれた報いをほんの少しばかり受けろなんて、全く思ってませんから!」
おや今度は誰かヘルプの捜査官が噴き出しかけたな。何をやっているんだ公安部、内心どれだけ愉快でもポーカーフェイスは保ってもらわないと。まあ多分この場に降谷がいたら盛大に爆笑してるだろうから、今回は何も言わないが。
「とにかくお疲れさまでしたお三方。今日はゆっくり休んでくださいね」
反論を許さないまま、俺は三人の無言の不満を笑顔で切り捨てた。ちなみにちゃんとその場にいたMr.ブラックは、最初から最後まで何も言わずに苦笑していた。
***
警視庁の刑事部に向かう途中の廊下に、伊達・松田両刑事は揃ってこちらを待ち構えていた。柊木さんが何かしらのメッセージを送っていたのは知っている。公安の者が手を出しに来るのを察していたらしい。
「公安部の風見と申します。先ほど確保された被疑者二名は、公安部で引き取らせていただく」
俺がそう言うと、伊達刑事は肩をすくめ、松田刑事は小さくため息をついた。
伊達刑事は黙ったまま手に持っていた書類を差し出した。なるほど、完全に準備万端で待っていたようだ。被疑者の身柄の移動に必要な書類はすでに記入され、あとはこちらで書き込むだけになっている。
「……アンタのことは噂だけ聞いている」
書類を受け取ると、静かな声で伊達刑事が話し出した。答えることなく無言を通すと、彼は苦笑して言葉を続けた。
「あいつらは元気か? 特にあいつは……あんまり『そこ』に、向いてねえだろうし」
誰のことを言っているのかは、すぐにわかった。伊達刑事の言葉には、ただ友人を心配する色だけが見えている。
「……その『彼』から、伝言を預かっている」
他の情報を伝えることは許されていない。だから俺の口から言えるのは、これだけだ。
『ごめんもありがとうも、全部終わったらちゃんと直接言いに行くから』
そう伝えると、伊達刑事はそっと目を閉じ、松田警部はまた少し息をついた。
「……つまり全部終わるまで会わねえつもりかよ」
「そうらしいな。全く、文句言えるのはいつになるんだか」
不機嫌を前面に出す松田刑事に伊達刑事は苦笑した。そして改めて俺の方を向き、言った。
「風見さん、そいつに伝言頼むわ。『さっさと終わらせろよ』って」
「ついでに、『ひとりだけ連絡なかったから萩原が拗ねてる』もヨロシク」
何とも言えずまた無言でいると、気が向いたらでいいんで、と松田刑事に肩を叩かれる。そんじゃあ後よろしく、とふたりは刑事部へと戻っていった。
その背中を見送り、改めて手元の書類に目をやると、裏に付箋が貼られているのに気付いた。走り書きの文字で、その筆跡は三人分。
『無茶すんなよ ちゃんと食べて寝ろ』
『今回の協力の報酬、たらふく食わせろよ』
『俺だけ除け者ひどくない?』
本当に、いい友人なのだろう。立場に関係なく確かに繋がっているその関係に、どこか眩しさを覚えた。