六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 キャンティ、コルンの逮捕から一夜明け、俺は各社の朝刊を開いた。

 昨日の強盗事件について大々的に報道されている。いまだ犯人は逃走中、付近の住民は警戒を続けるように、と記事は締められていた。その記事から離れて随分と後半に、身元不明の男女、違法にライフルを所持していたため銃刀法違反で逮捕、とある。しっかりと新聞を読み込む人でなければきっと見逃してしまうだろう。それくらいささやかな記事だ。

 俺はそれを見てひとつ笑みを漏らし、煙草に火をつけた。

 

 

 ***

 

 

 ああ、愉快だ。

 こちらに向いているベレッタの銃口にすら笑えてくる。

 

「ですから言っているでしょう? 百歩譲って任務の失敗までは責任を取りますよ。逃がした男たちの正体は僕が責任をもって突き止め、始末しましょう。しかし、キャンティとコルンの逮捕まで僕のせいにされては困ります」

 

 強盗事件という不測の事態に任務の続行を断念せざるを得なかったその責任だって、本来僕のものとは言い難い。そんなもの、誰にも予測などできないのだから。

 

「僕はちゃんと彼らにすぐ逃げるように忠告しましたよ? 僕も彼らも、逃走したタイミングは同じです。それでも僕は無事逃げおおせ、彼らは逃げられなかった。それは他の誰でもない彼ら自身の責任でしょう」

 

 それとも身を挺して彼らの逃走まで面倒を見るべきだったとでも?

 そう笑って見せると、ジンは舌打ちしてベレッタをおろした。その様子に、もうひとつくすりと笑う。ジンとてわかっているのだろう。キャンティとコルンの逮捕は、彼ら自身の失態だ。

 そう見えるように、この作戦は立てられたのだから。

 

「……フン」

「あ、兄貴」

「あの二人ならそう簡単には口は割らねえ。捕まったところで大した打撃にはならねえよ」

 

 かわりのスナイパーならいくらでもいる、そうジンは吐き捨てたが、おそらくジンも気づいている。彼らは「最悪の形」で逮捕され、その逮捕には「幹部二人が捕まった」以上の意味があるということを。

 ジンの内心を思うだけで胸が躍った。愉快で仕方がない。

 

「話は終わりですか? それでは僕は引き続き、鼠の足取りを追います」

「バーボン」

「何ですか?」

 

 氷のように冷たい視線が、僕を貫いた。

 

「二度目はねえ」

「それは怖い。では、頑張るとしましょうか」

 

 そう言って僕は背を向けた。ふふ、と零れ落ちる笑みが止まらない。さて、存在もしない鼠の足取りでも適当に作るとしよう。

 

 

 *

 

 

 愛車に乗り込んだところでスマホが震える。誰からのメッセージかと確認すると、思わず口角があがる。柊木に警察庁への登庁が遅れる旨を連絡し、車のエンジンを唸らせた。

 指定された場所にたたずんでいたのは見知ったプラチナブロンド。傍に車をとめると、彼女は躊躇なく乗り込んだ。

 

「ちょうど僕も連絡しようと思っていたんですよ、ベルモット」

「キャンティとコルン、あれは彼の仕業ね?」

 

 僕の言葉に答えることなく、彼女は言い捨てた。

 

「もちろん。今、その件でジンに呼び出されていたところです。さすがのジンも、あれがすべて仕組まれていたものだとは考えていないようですね」

「公安ではなく刑事に逮捕させたのは、そのため?」

「それも理由のひとつですが、それだけではありませんよ」

 

 あまりに愉快で、つい喉の奥が揺れる。それが勘に障ったのか、ベルモットは不快そうにこちらを見た。

 彼女の口が文句を紡ぐ前にと、僕は問いを投げかけた。

 

「この組織は非常に強大ですが、ベルモット。組織やあの方に心からの忠誠を誓っている人間は、全体のどれだけいると思います?」

「……何よ急に」

「僕が見たところでは、多く見積もって三割くらいかなと思うんですが」

 

 ベルモットは不審そうに眉をひそめた。適当にドライブを続けながら、言葉を続けていく。

 

「では残りの七割は?―――自らの目的や保身のために、組織に属することを選んだ者。脅されてやむを得ず従っている者。あとはただのし上がりたいだけの野心家や、自分の欲求のために人を殺したい者とかですかね。組織には従うけれど、従う必要がないなら従わない、従う相手は必ずしもこの組織である必要がない、そういう人たちでしょう」

 

 彼らのことを、柊木は「邪魔」だと評した。ただでさえ巨大な敵を相手にするのに、いちいちそんな奴らまで相手にしていられない、と。

 

「彼の目的は『組織の構成員を全員捕まえること』ではない。あくまでも『組織を崩壊させること』です。……ここまで言えば、聡明な貴方ならおわかりでは?」

 

 ベルモットが息を呑むのがわかった。どうやらようやく理解してくれたらしい。

 あの「無駄なことはしない」柊木が、わざわざ強盗事件まで起こして刑事部を引きずり出し、殺人でも殺人未遂でもない、「銃刀法違反」なんて罪でキャンティとコルンを捕まえた、その最大の意味は。

 

「組織の、―――弱体化を狙ったっていうの?」

「ええ。逮捕すべき人間の選別を行ったと言ってもいいでしょう」

 

 脳裏に浮かぶのは、淡々と今回の説明をする柊木の姿。徹夜で策を練っていたのか、あくびを噛み殺しながら、作戦の概要をまとめた書類を片手に言葉を重ねる。

 

『逮捕だけなら簡単です。しかしどうせなら、その逮捕には逮捕以上の意味をもたせたい。端的に言うと、キャンティとコルンにはとても無様な形で捕まってもらいます』

 

 幹部が捕まると言うだけでも組織にとっては大きなニュースだが、たとえば公安やFBIと銃撃戦の末に捕まったのであれば、ある意味組織にとってもまだ予想の範囲内、下手をすれば名誉の負傷のような捉え方をされるかもしれない。

 しかし、と柊木は続けた。

 

『任務に直接関係のないところで、その組織の存在すら知らないだろう刑事に公務執行妨害や銃刀法違反なんかの罪で逮捕されたとすれば、どうでしょう』

 

 組織も結局は人の集まりだ。構成員それぞれに心はあるし、それはいくら統率しようとも強制できるものではない。柊木はそれをよくわかっていた。

 

『確固たる忠誠心をもっている構成員はとりあえず置いておきますが、たとえば何らかの、自身の目的のために組織に身を置いている構成員は、どう思うでしょう。はい、キャメル捜査官』

『えっ……そりゃあ……そんな組織にいて大丈夫か、と不安になるでしょうか……』

『俺もそう思います。財力だったり保身だったりそれぞれ事情は異なるでしょうが、その大前提にあるのは組織そのものの威信です。この組織に所属していれば自分は安全―――というと語弊はありますが、それに近い感情は少なからずあるでしょう』

 

 その威信を、叩き壊す。

 さらりと言い放たれたその言葉に、会議室の空気が変わった。

 

『何も知らねえ刑事相手に銃刀法なんてしけた罪で捕まるマヌケが幹部を務める組織なんて、俺なら絶対に嫌ですね。どう思うよバーボン、スコッチ、ライ』

『ええ、僕も絶対に嫌です』

『お断りかな』

『確かに有り得ねえ』

 

 三人そろって笑顔で切り捨てると、柊木は満足そうに頷いた。Mr.ブラックも興味深そうに頷いて同意する。

 

『有能で手強い者ほど引き際は心得ているものだ。組織が信用ならないと思えば、まず抜けることを考えるだろう』

『ええ。組織に脅されて協力させられていた者も同様です。諦めていた抵抗を改めて考えるかもしれない』

 

 自力で抜けるならそれはそれ、その気配を察知すればバーボンやベルモットに秘密裏に補助させる。公安の保護や司法取引、FBIの証人保護プログラムをそれとなく示唆させるだけでも違ってくるだろう。情報さえ提供してくれるなら、こちらとしてもそれなりの待遇は用意できる。

 そう説明した柊木に、諸伏は感心したように頷いた。

 

『それなら新たに情報を得られる可能性も出てくるな』

『ああ。だが組織への忠誠が薄くとも、組織を見限らない者もいるだろう。たとえば人を傷つけることそのものが目的だったり、組織でのし上がることが目的の野心家だったり』

 

 まあつまり、組織の先を考えられねえ馬鹿だということですが、とだんだん言葉を選べなくなっている柊木に少し笑った。柊木は仲間内ではまだ言葉遣いが柔らかいほうだが、意識して直しているだけで実はわりと口が悪い。

 

『そこはバーボンに誘導をかけてもらって、まとめて逮捕します』

『どう誘導する?』

『キャンティとコルンが逮捕されて幹部の席が空いた、狙うなら今だと煽ってくれ』

 

 功を焦った馬鹿は、我先にと任務に就くだろう。その矛先は、今回暗殺できなかった居もしない「鼠」に向けられる。

 柊木はそこで堪えきれずに欠伸をひとつ。

 

『……鼠が現れると見せかけるあのエリアが、俺たちにとって絶好の狩り場になるわけだな?』

『ああ、公安やFBIの捜査官をあのあたり一帯に張り込ませ、やってきた馬鹿を一匹一匹捕まえる。狩り場が狩り場として機能する間はそれで地道に捕まえよう』

 

 組織における「実働部隊」を削るという意味でもやる価値はあるし、もちろんその馬鹿のねぐらから得られる情報もあるだろう。キャンティ、コルンの逮捕で表立った手柄を上げられなかった公安捜査官たちにはここで活躍してもらう。

 そう言った柊木の瞼は半分ほど下りていた。

 

『キャンティとコルンが捕まった後なら、そのあたり一帯に捜査官がいることは不自然ではない。堂々逮捕しても、そこまで仕組まれたものだとは多分考えないでしょう。考えたとしても確証はもてないはずだ』

『……そうやって組織の構成員を削れるだけ削り、確実に逮捕しないといけない忠誠心の高い者を見定めるってことね』

『はい。あんなでかい組織潰すのは面倒なので、できるだけ小さくなってもらおうと思います』

 

 ジョディ捜査官の言葉に頷き、眠気を誤魔化そうと思ったのか柊木は煙草に火をつけた。そろそろ柊木には煙草の数を控えるように言った方がいいのかもしれない。

 

『ついでに、組織がそうやって弱体化していけば、忠誠心の高い者たちも焦りだすでしょう。迂闊な行動が増えるかもしれないし、内部分裂や抗争が起きてもおかしくはない。それはそれで組織の弱体化につながるので、是非とも仲間内で潰し合ってもらおう』

 

 そうやって弱り切ったところで、王手をかける。

 

『とりあえずこの作戦の概要と意図はそんなもんですが、何かありますか』

 

 その言葉に異議を唱える者は誰一人としておらず、次々と賛同の声が上がる。Mr.ブラックがとりあえず少し休んだらどうかね、と苦笑すると、柊木はそうさせてもらいます、と煙草を消した。

 

『それぞれの役割分担と指示はまとめといたんで読んでおいてください。異論は聞きません。必要な準備は各自済ませておくようにお願いします』

 

 そしてさっさと柊木は退室し、その後役割分担を見たFBIの三人は顔色を変えることになったわけだ。今でもその時の赤井の顔を思い出すと笑ってしまう。ざまあみろ。

 

「……バーボン」

 

 ベルモットの声に、はっと意識を戻した。

 緩やかにドライブを続けながら、何ですか、と変わらない笑顔で問う。

 

「もしかしたら、彼は本当に、―――」

 

 囁くようなその言葉の続きは、愛車のエンジン音にかき消された。しかし、彼女が何を言おうとしたのかは、十分にわかる。

 

「やっぱり彼は、本当にヘイムダルなのかもしれませんね」

 

 耳慣れない角笛の音色が、空に響いた気がした。

 

 

 ***

 

 

 煙草の煙をくゆらせていると、バーボンの仕事を片づけた降谷が帰ってきた。組織の方は、と尋ねると、問題ないの一言。

 

「ジンも全て仕組まれたものとまでは考えていないようだ」

「お前もお咎めなし?」

「咎められる筋合いはないからな」

 

 そう余裕で笑う降谷に、そうかと返した。とりあえず無事ならそれでいい。そういえば、と降谷は持っていた珈琲を呷り、口を開いた。

 

「キャンティとコルンはどうだ?」

「キャンティは罵詈雑言、コルンは黙秘」

 

 公安で身柄を預かった二人にさっそく取り調べをかけたが、今のところ碌な証言を得ることはできてない。まあもともとスナイパーとしてのし上がった二人だ、大した情報を持っているとも思わないし、期待はしていない。

 

「とりあえず檻の中にいてくれればそれでいいよ。邪魔しないでくれるなら十分だ」

「そうだな。……ベルモットに会ったぞ」

 

 今回の作戦の意図は伝えた、とやけに楽しそうに言う降谷に、首をひねった。

 

「それで遅くなったのか。何でそんな楽しそうなの?」

「お前の策で度肝を抜かれる人の顔を見るのはなかなか愉快でな」

「性格悪い」

「お前が言うな」

 

 軽口を投げながら顔を見合わせ、同時にくっと笑う。

 

「……正直なところ、本当にこの案件の終わりが見えてきて、驚いてる」

 

 苦笑をしつつ言う降谷に、俺もひとつ頷いた。半世紀以上かけて育ってきた組織を相手にしているのだから無理もない。俺としても、本当ならもう少し時間をかけてことを進めても良かったと思うところもある。だけど。

 

「……できるだけ早く終わらせたいんだ」

 

 この案件を終わらせたら、やりたいことがたくさんある。帰りたいところがある。脳裏に浮かぶのは、やはりベッドサイドの写真立て。

 そんな自分に苦笑をしながら、できるだけ効率のいい策を考えるから協力よろしくと言うと、降谷は当然だ、と大きく頷いた。

 

 

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