六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 あれから間もなく、萩原は目を覚ました。

 数か月の入院を強いられはしたものの順調に回復しており、後遺症も特に心配はいらないとのこと。元気になったら一発殴らせろよ、と軽口を投げる伊達にお手柔らかに頼むわ~といつも通りの返事を返せるくらいには元気になっていた。

 内勤の俺が一番時間の都合をつけやすいので、ちょくちょく俺は萩原のところに顔を出すようにしている。現状世話をしてくれるような彼女はいないらしいので特に気兼ねはしていない。

 

「……なー柊木、事件の話何か聞いた?」

「いまだ進展ナシだ。亡くなった犯人の身元の洗い出しはほぼ済んだらしいが、それでも共犯者の影は見えないらしい」

「……そっか~」

 

 しゃりしゃりと林檎の皮をむきながら答えると萩原は困ったように笑った。

 萩原が負傷した爆弾事件には、犯人がふたり以上いるものと判断されている。公衆電話から爆弾の解除法を教えようとした結果、事故に遭い亡くなった男と、少なくとももうひとり。萩原が解体に当たっていた爆弾を、解体終了直前でタイマーを操作し爆弾させた人物だ。

 

「……言っとくけど俺油断してないかんな! ちゃんと防護服来てたからそりゃいつもより解体のペースは遅かったけど、タイマーは先に切ってたから無事解体できるはずだったの!」

「わかってるよ。お前はその時のベストを尽くしたけど、犯人がタイマーをいじったんだろ。説教するつもりはないよ」

 

 そう言うと見るからにほっと安堵の息をつく萩原。あまりにわかりやすく安心したのが癪に障り、その口に林檎をつっこんでやった。ごほ、と萩原がむせる。ざまあみろ。

 普段から防護服着てちゃんと訓練してれば解体のペースももっと早かったのではないかと思わなくもないが、さすがにそれを口に出すほど俺は冷酷ではない。たらればの話をしてもきりがないし、事実として萩原は生還した。そして自分が機動隊から外される事実を受け止め、自分なりに消化している。萩原はマイペースな分、逆境に強い。しっかりと反省はしても、後悔に潰されることはないだろう。

 むしろ、萩原よりも心配なのは。

 

「……陣平ちゃん、どーしてるか知ってる?」

 

 真っ青な顔で取り乱していた、松田の方だった。

 

「……顔は見れてない。メール送っても、『問題ない』『大丈夫だ』の一点張り」

「……あちゃー」

「見舞いにも来てねえのか」

「たまに来るんだけど、……どっか危なげというか。俺は大丈夫だって言ってんのに、何か通じてないみたいでさ」

 

 松田は一晩病院で休むと表面上はだいぶ調子を取り戻し、退院した。目を覚ました萩原を見たときは心底安心したような顔をしていたが、それでもどこか思いつめたような顔は戻らない。機動隊の仕事には問題なく戻っているらしいのでPTSDはなさそうだが、いつも通りとは言い難かった。

 

「……その松田だがな」

「何?」

「転属を希望した。刑事部捜査一課特殊犯係にな」

 

 萩原は包帯のない左手を額にあてて項垂れた。何やってんのあいつ……と口から呟きが零れる。正直、まったく同感だった。

 

「まあ、却下されたけど」

「だよな。機動隊から一課って何、普通ないだろそんな転属」

「まったくないわけじゃないけどな。……しかも、諦めてなさそうなんだよあいつ」

「マジで?」

 

 納得した様子ではない、と聞いている。萩原という優秀な隊員を失った機動隊は松田を手放したくはないだろうし、どう考えてもこの爆破事件の犯人を捕まえるために希望した転属だ。はいそうですかと希望を通すほど警察は甘くない。

 

「……そう簡単に希望は通さないだろうが、松田が何度も懲りずに転属を願い出れば、上層も根負けするかもな」

「え、ダメでしょそんな私情の絡む転属」

「松田は優秀だ、上からの評価も高い。希望を蹴り続けて辞められたら困るだろ。今のあいつ野に放ったら自分で無茶な捜査しかねないし」

 

 否定できない、と渋い顔をする萩原を前に、俺も溜息をつく。特殊犯係の皆さんには松田が馬鹿やる前にぜひとも爆弾犯を捕まえてほしいものだ。

 

「……ちなみに柊木って俺のお左遷先聞いてる?」

「左遷言うな、転属先に失礼だ」

「はいスミマセン」

 

 萩原の質問をとりあえず切り捨てると、もうひとつ溜息をついた。

 

「左遷どころか栄転になりかねないぞ」

「え?」

「お前の上司が口利いてる。とりあえず閑職にはいかないだろ」

「……ありゃー」

「確かあの人、刑事部長と同期のはずだ。刑事部のどっかってところじゃないか。それこそ一課の特殊犯係とか、下手すれば強行犯係とか」

 

 何とも言えない顔をして萩原は黙った。いろいろと思うところはあるらしい。

 デスクワークの向かない萩原の配属先なんて現場メインのどこかだろうとは思っていた。機動隊として鍛えてきたものを無駄にする手はないし、今まで活かす機会はなかったが萩原は取り調べが上手い。人の懐に潜り込むのが早いのだ。

 

「……まあ、何にせよとにかく身体を治してからだな」

「……ん。わかってる」

 

 じゃあ俺はこの辺で、と鞄を持つと、萩原はありがとね~とへらっと笑う。相変わらずの気の抜ける笑顔に俺もひとつ笑い、軽口を投げた。

 

「退院しないと酒にも誘えないな」

「こっそりお土産に持ち込んでくれてもいいのよ? あと煙草も」

「馬鹿言え。禁酒禁煙してろ怪我人」

「そろそろ限界なんだけど」

 

 堪えろと笑うと、萩原もひでぇと笑う。その笑顔に少しだけ安堵して、病室を後にした。

 

 

 *

 

 

 結局、萩原の異動先は刑事部捜査一課特殊犯係だった。

 爆破事件などその名の通り特殊な事件を扱う、松田が異動を希望した部署。それを聞いてさらに若干荒れ気味だった松田も、時間とともに落ち着いてきたようには見える。しかしどうも、爆破事件があった十一月が近くなるとだめらしい。

 

「陣平ちゃんてば本当に俺のこと好きだからさ~」

 

 そう言って困ったように萩原は笑った。笑ってはいるが、本当に松田が暴走すれば洒落にならないことをよくわかっているのだろう、ちょくちょく俺や伊達に「松田の様子見てきて~」なんて連絡を寄越している。

 相変わらず当の爆弾犯は捕まっていないし、松田も繰り返し異動の希望を出すことをやめはしない。……なかなかままならないものだ。

 そういうままならないことを考えている時に限って、良くないことは起こる。

 

 

***

 

 

「……幸人が捕まった?どういうことだよ」

『俺が知るかよ! なんか、しょーがいがどうって連れていかれたらしくて!』

「傷害? ……あいつ喧嘩したとか聞いてるか?」

『聞いてないよ! つか幸人がそういうことしねえのひーらぎさんだって知ってるだろ!』

 

 オフの日の朝、珍しく深夜徘徊常連の悪ガキのひとりから連絡があったと思えば、何と仲間がひとり警察に連れていかれたという。あの喧嘩と無縁の悪ガキが傷害なんて、笑い話でも有り得ない。

 相良幸人は悪ガキの中でも古株で、あいつが中学生のころから俺も知っている。どちらかというと曲がったことが嫌いで融通が利かないがゆえに反抗期になったタイプで、少なくとも平気で人を傷つけるような奴じゃない。

 

「……わかった、調べてみる。いいか、他の奴らにも伝えとけ、お前らは、何も、するな。落ち着かないのはわかるが、今下手に動く方が幸人のためにならない。わかるな?」

『っ……わか、た』

「よし。……学校にもちゃんと行けよ?」

『……ん』

 

 噛んで含めるように言い聞かせ、電話を切った。とにかくまずは、状況の確認からだ。あいつらがよく連んでいる近辺を管轄にしている署には、くわえ楊枝がトレードマークの同期が配属されている。

 すぐにその連絡先を呼び出せば、相変わらず伊達はすぐに電話に出てくれた。

 

『はい、伊達』

「柊木だ。悪いな、仕事中か?」

『ああ、何だよ緊急か?』

「相良幸人って奴、知らねえか。傷害絡みらしいんだが」

『何だ、知り合いか? ちょうど今、取り調べしてたところだ』

 

 何と伊達がいる班が担当だったらしい。運がいいんだか悪いんだか。いや、情報が手に入りやすいことを考えれば運がいいと思うべきだろう。

 

「相良幸人とは個人的な知り合いなんだ。答えられる範囲でいいから教えてほしい。幸人の状況は?」

『重要参考人で事情聴取だ。一応送検はまだだな』

「……聴取の様子は?」

『連行した当初は俺じゃねえの一点張りだったんだがな。……何分状況証拠が揃いすぎてる。で、それを相良も察したんだろう、今はもう何言ってもだんまりだ。何言っても信じてくれねえんだろと言わんばかりだな』

 

 ああ目に浮かぶ。本当そういうところガキなんだよ、いやガキなんだけど。

 伊達が説明してくれたところによると、事件の発生は昨日の深夜。見回り中の警察官が明らかにリンチ後で虫の息の男子高校生と、その傍にいた相良幸人を発見。被害者の男子高校生はここらでの有数の名門校の制服を着ていて、対して幸人は一応学校には行っていたのか、自前の学ランを着崩していたという。

 幸人には悪いが、確かに勘繰りたくなる状況ではある。

 

『相良曰く自分は殴られていた被害者を庇っただけで、犯人は被害者と同じ制服を着ていた男子学生。そいつは声をかけると同時に逃走。追いかけようかとも思ったが、被害者が今にも死にそうに見えたので慌てて救急車を呼ぼうとしていたところだったそうだ』

「……幸人ならそうだろうな。それで? それなのに重要参考人で聴取ってのはどういうことだ」

『目を覚ました被害者が証言した。自分をリンチしたのは相良だと』

「……何だと?」

 

 助けられたはずの被害者が、相良を犯人だと証言した、と。

 

『被害者は随分と怯えた様子で、あまりきちんと話を聞けてはいないんだが……被害者が証言した『犯人』は、どう考えても相良なんだよ。同じ制服を着た人間なんていなかったと証言している。……状況証拠に加えて被害者の証言まで揃っちまったら、被疑者がだんまり決め込もうが送検できちまう』

「……」

『……柊木?』

「伊達、お前やお前の先輩たちの所感は」

 

 意図せず堅い声が出る。伊達は少し考えて、言った。

 

『……正直すっきりしねえ。上層がやけに送検させたがるのも気になる』

「上層が? きなくさいな」

『被害者がボンボンの通う高校の生徒だから、早めにケリをつけたいだけかとも思ったんだけどな。下手すれば何か圧力がかかってるのかもしれねえ』

「ほー……伊達、これはもしもだけど」

 

 俺は警察庁の人間だ。直接捜査に参加はできないし、してはならない。しかし、俺は自分の人を見る目に自信を持っている。幸人は絶対に、そんなことをする奴じゃない。

 

「もしも俺が手掛かり持って来たら、裏付け捜査動いてくれるか?」

『……あてはあるのか』

「なくはない。ところで伊達、リンチって言ったよな。つまり殴る蹴るの素手の暴行か? 幸人が武器を持ってたとは思えないんだが」

『ああ。被害者の服にゲソ痕はなかったから『殴る』だけだな。素手での犯行だ』

 

 それならわかりやすい証拠をまずひとつ。あいつはそもそも喧嘩慣れしてない人間なのだから。

 

「相良幸人はな、素行こそ悪いが喧嘩とは無縁な不良なんだよ。あいつは右利きだ、拳見てみろ。絶対怪我どころかマメもタコもない綺麗な手してるぞ。慣れてない人間がリンチと言えるほど人殴れば、まず自分の手も無事じゃ済まない」

 

 伊達ははっと息をのんで、すぐ確認する、と答えた。証拠としては弱いが、本当に幸人が犯人なのか疑念を抱かせる材料くらいにはなるだろう。

 

「とりあえず今はそれだけだけど。これから幸人の知り合いのツテ使って目撃証言がないか洗ってみる。有力そうなのがあればすぐ連絡するから確認してほしい」

『……お前、それどういう繋がりなんだ?』

「深夜うろつく迷える青少年たちに帰れ帰れ学校行けと言い続けた結果、懐かれた。あいつら何か見てても素直に警察に情報提供するとは思えないし、俺の方から聞いてみるよ」

『……たまに俺お前がわかんなくなるわ……』

 

 乾いた笑いを漏らす伊達にうるさいと返す。俺もそんなつもりはなかった。

 

「あと、幸人に伝言頼みたいんだけど」

『何だ?』

 

 伝言の内容を告げると、お前らしいな、と電話口で伊達は笑った。

 

 

 *

 

 

「すいません、戻りました」

「長ぇ電話だったじゃねえか」

「ちょっとタレコミがありまして。少し替わってもらってもいいですか?」

 

 聴取室に戻り、面倒を見てくれている先輩刑事に被疑者前の椅子を譲ってもらう。相変わらず相良幸人は、だんまりを決め込んでいた。

 机の上に無造作に置かれた彼の右手には、確かに怪我ひとつない。

 

「……柊木旭、知ってるか?」

「……!」

 

 何を言っても無反応だった相良が、ばっと顔を上げる。

 

「柊木とは同期でな、よく一緒に酒飲んだりする仲なんだ。その柊木から今連絡があった。お前が傷害事件の被疑者だなんてあるわけがない、手がかり探してくるから裏付け捜査をしてほしい、とよ」

「……ひーらぎさんが」

「ああ。そんで、その柊木から伝言だ」

『疑いを晴らす努力を怠るんじゃねえ。釈放されたら説教だ』

『それから。日本警察、舐めんじゃねえぞ』

 

 相良が目を瞠った。ごくり、と息を呑んだのがわかる。

 

「あいつの説教は怖えぞ。覚悟しとくんだな」

 

 そう笑ってやると、大きく見開かれた目から涙が零れ落ちた。ずっと堪えていたのだろう、強がっていてもただの高校生だ。

 震えだした肩を自分の手で押さえながら、その少年は口を開く。

 

「けーじさ、……俺、……やって、ねえ……!」

「……ああ」

「やって、ねえよ……っ!」

 

 本当に、―――柊木の人を見る目は確かだと思う。

 

 

 *

 

 

 結果として、次の日には相良は釈放された。

 柊木からもたらされた目撃証言をもとに近隣の監視カメラの映像を洗い直し、事件発生直後に走り去る該当の制服を着た男子学生の姿と、すでにリンチが発生しているであろう時刻に近くの道を歩く相良幸人の姿が確認された。

 何より、被害者の生徒の証言が翻されたのが決め手だった。

 

「犯人が誰なのかは聞かねえ。だが、本当にそれは彼だったか、もう一度教えてほしい」

 

 事情を察していることをわかってくれたのか、彼もまた罪悪感から目を潤ませ、小さな声で「その人ではありません」と答えてくれた。やはり、「真犯人」への恐怖から事実とは違う証言をしていたらしい。怯え切った彼に感謝を伝え、無理にそれ以上の証言を聞き出すことはしなかった。

 ただ、彼のクラスメイトにはあまり性格が良くないらしい有名議員の御曹司がいることはわかっている。その議員が、警察上層部と仲が良いことも。俺にできたのは被害者のご両親にそれとなく彼の転校を勧めることだけだった。

 

「報告書まとめたので確認お願いします」

「おう」

 

 これまでの経緯を上に報告すべく、紙面にまとめる。プリントアウトして先輩刑事に渡すと、忌々しそうに鼻を鳴らされた。

 

「……どっか不備ありました?」

「違えよ。……胸糞悪い事件だってだけだ」

「……はい」

 

 おそらく、真犯人は捕まらない。捜査を打ち切るよう上から指示が出た。そして俺たちは、それに逆らうことができない。悔しいと、言うほかなかった。

 警察も一枚岩ではないし、潔癖なわけでもない。わかってはいたが、こうもその現実を叩きつけられると苦いものがある。

 

「報告書は問題ねえ。提出しとけ」

「はい」

「……そういや、伊達、その同期だとかいう柊木? はどこの部署の奴だ?」

「警察庁です。警備局警備課だとか」

「……はあ?」

 

 そんなエリートと知り合いなのかよ、と先輩刑事は血相を変えて叫ぶ。

 その反応を見てそういや柊木ってエリートなんだよな、と今更ながら思い出した。立場や権力を振りかざすヤツではないだけに、時折柊木の立場というものを忘れそうになる。そうか、あいつはエリートなのかと改めて頷いた。

 まったく、ルール破りが嫌いな柊木みたいな奴がさっさと出世して上にいってくれれば、現場を走る俺たちももっと動きやすくなるだろうに。

 そんなことをふと思ったのは事実だが、まさかこのあと本当に出世の階段を駆け上がるとは。さすが柊木だな、と俺は苦笑するほかなかった。

 

 




警察組織については突っ込まないでお願い。
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