六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 柊木の様子が気になっていつもより少し早めに出勤してみると、やはりというか、昨日俺を早々に追い出した指揮官様は隈を作っていた。応接用のソファに座り、くっきりと眉間にしわを寄せて目を閉じている。煙草を咥え、頭がいつものようにふらふら揺れていた。

 確実に寝てない上に、何だこの部屋の煙たさは。即座に換気扇を「強」に切り替えた。

 

「柊木」

 

 少々の怒りを含んだ声で名前を呼ぶと、ゆっくりと柊木は目を開けた。そして俺を見て、ぱちりと瞬きをひとつ。煙草を灰皿に落として、もうそんな時間か、と朝日がさしている窓を見た。灰皿の中はかつてないほど吸い殻でいっぱいになっている。

 煙草を勧めたのは俺だが、これはまずい。おそらく身体的にも、精神的にも。

 

「……柊木」

 

 昨日、柊木はいったい何に辿り着いたというのだろう。こいつがここまで考え込むほど事態は危ういということなのだろうか。残念ながら同じものを見ているはずの俺は状況を掴めていない。だからこそ柊木を巻き込んだし、だからこそ柊木を引き入れたのだが、こいつの優秀すぎる脳味噌が、柊木自身を傷つけることは重々承知していた。

 それならせめて、支えるくらいのことはしてやりたいのに。

 

「……うん」

 

 俺の言いたいことをわかっているのだろう、柊木はそのまま少し俯いた。そしてまた顔を上げて、俺をまっすぐに見つめる。

 

「昨日の夜、最悪のシナリオが浮かんだ」

「ああ」

「けど、……ごめん」

 

 最適解が。

 そこまで言って、柊木はまた俯いた。灰皿に山になった吸い殻に、よれたスーツ、乱れた髪に、よく見れば少し震えている指先。一晩ずっと、考え続けたのだろう。いつもなら大抵の策をひとつふたつと思いつく柊木が、ここまで追い込まれているなんて。

 

「……柊木、何もお前ひとりで全部考える必要はないだろ。情報を共有して、皆で考えれば、」

「ダメだ」

 

 珍しく柊木が強い言葉で俺の言葉を遮った。こんな言い方をするのは本当に珍しい。俯いたままの後頭部が、それだけは許さないと告げている。何故、とらしくない友人に驚いた。柊木は人に頼ることをちゃんと知っている。人の手を借りたくないなんて考えはしない。

 

「……風見さんなら、いい。でも、降谷にはダメだ」

 

 絞り出された声は、弱弱しかった。

 ゼロに言えない理由を聞いても、柊木は緩く首を振るだけで何も言わない。

 

「……俺には言える?」

「……うん」

 

 でも、本当にちょっと待って。

 そう言って柊木は両手で顔を覆い、天を仰いだ。まだその指先の震えも引いていない。俺はため息を一つついて、切り替えた。

 

「今日の予定は? CIAもFBIも情報収集で出払ってるよな。バーボンは組織の案件で遠方だから戻るのは早くても夕方、風見さんは警視庁で雑務処理だけど」

「……とりあえず午前は外出」

「外出? 珍しいな、どこ行くんだ」

「工藤先生が話したいって」

 

 探偵君を通して呼び出されたという。何の話だとうさんくさく思う反面、まあたまには外に出るのも気分転換になるだろうと前向きに考えることにした。探偵君や宮野さんの無事確認も、直接しておくに越したことはない。

 

「じゃあ俺も行く」

「え?」

「今のお前に運転させたら確実に事故る。一人で来いとは言われてないんだろ」

 

 言われてはないけど、と柊木はひとつ瞬きをした。こいつ、どうやら今自分がどれだけ酷い顔をしているかわかっていないらしい。とりあえず仮眠させ、シャワーに突っ込み、朝飯を口に突っ込もう。まだ早朝だ、それくらいの時間はある。

 無理やり柊木を立たせると、でもまだ、と言い募ろうとするので、俺はにっこりとでかい駄々っ子に笑いかけた。

 

「膝枕がご所望かな? 今なら子守歌のサービス付き」

「おやすみ」

 

 いや、そこまで即答しなくてもいいと思うんだけど。

 

 

 ***

 

 

「ああ、彼らはCIAだ。私はむしろ、その『シナリオ』の方が自然だと思うね」

「……工藤先生、」

「新一の父として、伺いたい」

 

 彼ら相手に、どう戦うつもりなのかを。

 

 

 ***

 

 

 報告のために戻ってみるといつもの執務室はもぬけの殻で、珍しいことがあるものだと首をひねった。ヒロはまだしも、柊木はほとんど執務室を出ることはない。何か呼び出しでもあったのだろうかとスマホを取り出したとき、ノックの音とほぼ同時にドアが開いた。

 

「あれ、戻ってたのか。お疲れさま」

「ヒロ。一人か?」

「ああ、柊木なら阿笠さんの研究所だよ」

「阿笠さんの?」

 

 ヒロが言うには、引きこもってばかりの柊木の気分転換のために志保さんや新一くんの無事確認という建前で柊木を連れ出したのだという。

 最初は軽くお茶をして終わるはずだったのだが、柊木の隠し切れない隈と顔色の悪さに彼らはそれはそれは驚いたらしい。仕事に戻ろうする柊木を、もう少し休んでいって、いやむしろ寝ていってと引き止め続け、最終的に隙をついて麻酔銃で落としたとか。

 

「昨日も考え事してたら徹夜したらしくてさ。ちょうどいいからそのまま寝かせてきた」

 

 いい笑顔でヒロは言うが、公安的には非常によろしくない。しかし柊木の身体についてはさすがに僕も心配していた。怒るべきか褒めるべきか悩んだ挙句、後者が勝る。

 

「いっそそのまま明日も休ませるか」

「ああ、さっき連絡来たけど、CIAもFBIも二、三日は来れなさそうだと」

「それならちょうどいいな」

 

 志保さんや新一くんにも連絡をまわしておけば、柊木が仕事をしないように見張っていてくれるだろう。公安に来て以来、柊木はろくに休んでいない。体力もあるし自己管理もちゃんとしている奴ではあるが、たまにはしっかり休ませないと。

 

「それにしても、相変わらず新一くんは勇気があるな」

「麻酔銃のことか? まあ柊木が起きたらばっちり説教されるだろ」

「他人事みたいに言ってるけどお前も共犯なんじゃないのか」

 

 さすがの新一くんも、誰かの後押しがなければ柊木相手にそこまでの強硬手段はとらないだろう。暗にお前が指示したんだろと視線で言えば、けろりとヒロは自白した。

 

「休めるときに休まなきゃだろ?」

「それは同意するが、説教一時間は覚悟しろよ」

「俺正座弱いんだけどなぁ」

 

 ぼやく幼馴染に、ふっと笑う。

 柊木が休みならヒロや風見にも休んでもらおう。雑務は片づけなければならないが、少しくらい休息の時間があったっていいはずだ。懸念事項は尽きないとは言え、この案件も終盤に差し掛かっている。最後の最後で倒れるなんてことになれば洒落にならない。

 

「……お前も少し休めよ、ヒロ」

「ああ、ゼロもな」

 

 たまには風見さんも誘って夕飯どっかで食べるかと笑った幼馴染に、僕も笑顔を返した。

 

 

 ***

 

 

「あーはいはいそーゆーこと。そりゃー俺にメッセージ送る必要はないですねえ」

 

 ようやく仕事が落ち着き、三人で飲める時間を作ることができた。個室のある居酒屋で柊木が仕組んだと思われる強盗事件の顛末を、除け者にされたハギに説明する。

 朝っぱらから送られて来た意味不明のメッセージに、突如発生した強盗事件、そして強盗犯ではないのに逮捕されたあきらかにカタギではない二人組、そしてその身柄を引き取りに来た降谷の部下。

 話を聞いて案の定むくれたハギはぐいっとビールのジョッキを呷った。

 

「そう拗ねるなよ。お前も忙しかったし、遠慮したんだろ」

「いーや、単純に必要なかったからだね絶対。旭ちゃんがそんなとこで気ィつかうわけないじゃん」

 

 フォローにまわった伊達も同感なのか目をそらした。正直俺もそう思う。普段の柊木ならともかく、仕事におけるあいつは合理主義の鬼なので、間違いなく必要がなかったから連絡をしなかったのだろう。

 

「ったく、文句のメッセージ送っても既読無視だしさー」

「しかし本当に連絡取れなくなったな。諸伏や降谷は今まで通り遅いなりに返信くれるのに」

 

 何となくの事情だけは二人の方から聞いている。柊木の作戦立案能力を見込んで公安に引き抜き、あの二人が長年抱えている案件の指揮を執っていると。さすがというか、そのおかげで案件が終わりに近づいているとも。

 確かにそのあたりの能力は警察学校時代からずば抜けていたが、大した経験もないのに相応の結果を示しているというのだから、あの暴君は恐ろしい。

 

「……旭ちゃん、精神やられてないといいけどねー」

「何だよ、いきなり」

「だって柊木だよ? あの身内認定した奴には無自覚でクソ甘な柊木が、多分怪我とかしないように手ェ回してたんだろうけど、それでも松田と伊達を巻き込んだわけじゃん」

 

 どうせそうするしかなかった自分を力不足だって責めて、馬鹿みたいに自己嫌悪してるよ。

 ほんともー仕方ない奴、とハギはまたビールを呷る。俺と伊達はすっと目を合わせ、同時に肩を落とした。

 

「あり得る……ていうか間違いねえ……」

「あいつ本当にそういうとこあるよな……見えないけどプライド高えし完璧主義だし……その分無駄に自分追い込むんだよなぁ……」

「相当ヤバいやつ相手にしてんだろうし、手段なんか択ばずとっ捕まえりゃいいのにねぇ?」

 

 俺だって旭ちゃんが言うならちょっとの無茶くらい聞いてやるのにさ~とハギはくだを巻く。ペースが早かったせいか酒のまわりが早そうだ。潰れてもらっては困ると水をオーダーする。

 

「……そんな旭ちゃんだから、諸伏や降谷のことだってなるべく危険に晒さない策を考えようとすんだろうね。それが命取りにならないといいけど」

「何らしくねえこと言ってんだ、萩原」

 

 酔いで思考がネガティブに走ったのか、縁起でもないことを言うハギの手からビールを奪う。あっと伸びてくる手を抑え込みジョッキを伊達に渡した。

 

「柊木が甘いのは否定しねえが、大丈夫だろうよ。そのための補佐だ」

「ああ、確かに」

 

 受け取ったジョッキをハギの手が届かないところに置き、伊達は苦笑して続けた。

 

「意外とその辺厳しいんだよな、諸伏ってやつはよ」

 

 

 ***

 

 

 酷いことを言っているのはわかっている。

 俺のことを嫌ってくれてもいい。憎んでくれてもいい。それでも俺は言うよ。

 

「お前が言ったことを、そのまま返すぞ」

 

 俺たちを危険に晒す覚悟もなく、指揮官を務めていたのか?

 びく、と柊木は叱られた子供のように震えた。

 

「俺に嘘が通用すると思うなよ。お前の頭にはあるはずだ、その最悪なシナリオを逆手に取る『最適解』が」

 

 ただ、お前がその策を使いたくないだけなんだろう?

 俺の言葉に、柊木はただ両手を握りしめた。

 

 

 *

 

 

 工藤先生に呼び出された日から一日おいて、その次の日。出勤すると、すでに柊木はデスクに座っていた。俺を顔を向け、いつもと変わらぬ笑顔でおはよう、と挨拶をする。よく休めたのか、その目の下から隈は消えていた。

 

「さて、諸伏」

 

 綺麗すぎるほど綺麗な笑顔の柊木に、引きつった笑みを返す。ああ、スーツで正座はしたくないな、しわになる。そんなことを思っていると、柊木はすっと俺のデスクを指さした。

 

「この二日で滞っていた分の仕事は片づけた。報告書の修正、足りてなかった必要書類の提出、次の作戦で動かす人員および車両の手配と、それから捜査員が上げてきた情報のまとめ直し、ついでに共有用に英語翻訳。午前のうちに終わらせろ」

「……えっ」

「おかげさまでこの二日よーく休めたんでなぁ、仕事が捗ってしょうがねえんだ」

 

 午後には別の仕事があるからよろしくな?

 ああ、いい笑顔をしている。二日前の追い詰められた顔が嘘のようだ。元の調子に戻ったことを喜べばいいのだろうか。いや無理、喜べない。だってその量を昼までとか絶対無理だから。鬼か? 鬼なのかな? あっ違った暴君だった。説教じゃなくて仕事でやり返してくるとは思わなかったちくしょう。これは完全に麻酔銃のことを根に持っている。

 

「……よく休めただろ?」

「ああ、新一くんに二時間説教できるくらいには元気になったよ。全く、恐ろしいもん作るよな、阿笠さんは」

「それは確かに」

 

 けどアレ、いいな。

 そう呟いた柊木は、完全に「指揮官」としての顔をしていて。

 

「……諸伏」

「ん?」

「とりあえず、今できる準備は昨日のうちに済ませた」

「!」

 

 柊木はいつもと変わらない顔で、何でもないように言う。その無機質な声色に、何故か俺の背筋に冷たいものが走った。何を、今更。そうしろと言ったのは俺なのだ。

 

「風見さんには協力を頼むが、絶対に降谷に悟られるな。CIA、FBIも同様、他の公安捜査官たちにもだ。対組織の最後の作戦の目途が立ち次第、本格的に動く」

「……お前の言いたいことはわかったけど、本当にゼロには秘密にしておくのか?」

「ああ」

 

 降谷にはバーボンとして動くことに集中してもらう。

 小気味いいくらいにきっぱりと柊木は切り捨てた。秘密にするメリットについてはすでに聞いているが、俺としてはデメリットもそれなりにあるように思えた。

 

「異論があるのか?」

「まさか。従うよ、指揮官様」

 

 だが、柊木がその方がいいと思うならそうなのだろう。今更柊木の言葉を疑うはずもない。肩をすくめて自分のデスクに座り、端末に向き合った。

 

「柊木」

「うん?」

「……せめて十五時くらいまで締め切りのばしてくれない……?」

 

 俺の心からの懇願を聞いた柊木は、語尾にハートマークをつけんばかりのノリで却下と切り捨てた。あまりに綺麗な笑顔に俺の口元がひくりと揺れる。

 クリスマスも近い今日この頃、俺は近いうちに柊木を人の多い駅前あたりに放置することを心に決めた。せいぜい逆ナンする女の子に囲まれて情けない顔を晒せばいいと思う。

 

 

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