六花、欠けることなく   作:ふみどり

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「君はきっと、あらゆる手段を用いて彼女や息子を守ろうとしてくれるだろう? 向こうからすれば、それは邪魔で仕方がないはずだ。彼らが君を高く評価すればするほど、ね」

「……ええ」

「邪魔をされないように、より確実な手段をとってくると、私も思うよ」

 

 何せ彼らは、合衆国の国益を第一とするCIAだからね。

 工藤先生のその言葉に、俺はそっと目を伏せた。

 

 

 *

 

 

 まずは、確実に潰す。油断をするつもりはない。反撃の隙も与えず、一気に全てを終わらせる。執務室には緊迫した空気が流れていた。

 

「ラムは定期的にボスのいる館に通っているようです。二人揃う日に仕掛けましょう。その同日同時刻にジンとウォッカも誘き出し、逮捕します」

「二箇所同時か。君が両方指揮を執るつもりかね?」

 

 Mr.ブラックの心配そうな言葉に、苦笑して首を振った。さすがの俺も、両方に目と耳を配れるほど自分を過信はしていない。

 

「ボス側の指揮を、Mr.ブラック。貴方にお任せしたい」

 

 すると彼を始めFBIの捜査員たちが揃って驚いた顔をした。何をそんなに驚いているのだろう、俺は決して彼を軽んじてきたつもりはないのだが。

 

「そちらの作戦は、難易度こそそう高くはないですが、ボス所有の館―――アジトの制圧戦になります。ジン・ウォッカ逮捕は少数精鋭での短期決戦になるでしょうが、ボス・ラム逮捕は大人数を動かすことになるでしょう。長期戦も考えられる」

 

 大人数を動かしたことも、長期戦の指揮をとったことも、俺にはない。おそらくは諜報員であり歳もそう俺と変わらないCIAの彼も同様だろう。

 

「貴方の経験を、買います。俺よりずっと長く捜査の指揮を執ってきただろう貴方の方が、きっとその作戦の指揮官に相応しい。そう考えました」

 

 CIAが来たあとも、彼は全く変わらなかった。心のうちで思うことがあったとしても、決して表には出さなかった。何も変わらず、粛々と彼の部下を動かし、時には自ら動き、捜査に貢献してきた。目立った功績こそないけれど、彼がいたから上手くいった作戦は多い。

 俺は決して、Mr.ブラックを過小評価するつもりはない。そんな俺の考えを汲み取ってか、彼はきりりと表情を改め、頷いた。

 

「引き受けよう」

「よろしくお願いします」

 

 それを確認して、俺も笑みを返す。ラムの相手は面倒かもしれないが、こちらの動きを気取られなければ問題はないはずだ。情報の管理を徹底すればいい。

 

「では、ボス・ラム側をMr.ブラックが、ジン・ウォッカ側をMr.柊木が指揮を執るということですね? チーム分けはどうしましょうか」

「ジョディ捜査官とキャメル捜査官はMr.ブラックの補佐についてください。他のメンツは俺の方にもらいます。Mr.ブラック、かわりにFBIの他の捜査員や公安の人間をそちらに投入しますので。必要な人数を揃えさせます」

「ああ、ジンとウォッカが相手だ、少数精鋭を考えるならその方がいいだろう」

 

 人数の偏りが激しいが、こればかりは仕方がない。制圧戦はそれなりの人数が必要だが、個人の能力以上に指揮と統率がものを言う。彼ほどの指揮があれば、現場の人間は一定以上のレベルがあれば特出した能力は必要ない。

 

「ボス側はこちらから仕掛ければいいが、問題はジンの方だな。だいぶ気が立っている上に警戒心が強くなっている。俺やベルモットが呼び出したとしても応じてくれるかわからないぞ?」

「そこは問題ないよ」

 

 恰好の餌があるだろ?

 そう言ってにっこりと笑うと、察した降谷はぱっと輝く笑顔を見せ、諸伏は思い切り口元を引きつらせた。

 

「恰好の餌、というと?」

 

 ()()の因縁を知らないミスターが不思議そうに言う。

 それにまたにこりと笑みを返し、「恰好の餌」に向かって微笑みかけた。

 

「貴方の存在があれば、きっとジンも喜んできてくれると思いませんか?」

 

 ねえ、赤井さん?

 当の本人はすっと肩をすくめ、手を開いた。

 

「もちろん従おう」

「ありがとうございます。バーボン、やることわかってんな」

「ええ、喜んで。ところでひとつ提案なのですが」

「何だ?」

 

 こきり、と降谷はいい笑顔で指を鳴らした。その音に諸伏はそっと項垂れ、風見さんはさりげなく目をそらす。

 

「僕が赤井の存在を暴き出し、捕まえたことにするんでしょう? それなら赤井が無傷のままではリアリティがないと思いませんか? さすがに原型がわからなくなってしまうのは問題ですが、少々流血するくらいが妥当だと思うんですが」

「建前はいい、本音は?」

「いい機会だから一発くらい殴らせろ」

 

 構わないだろと緩く首を傾ける降谷に、仕方ないなと頭をかいた。実際、確かに無傷のままではリアリティがない。適当にメイクでもしてもらおうかと思っていたが、まあ実際に怪我をさせる方が手っ取り早いのは事実だ。

 

「正直なのは嫌いじゃない。許可するから作戦の直前まで待て。まだ早い」

「了解した」

「ちょっと待ってくれ柊木くん。それは俺に大人しく殴られろと言う意味か?」

「別に大人しくしてなくていいですよ。ちょっとくらい反撃食らった方がバーボン側にもリアリティ出るし」

「やれるもんならやってみろ。ただし赤井、この一発は志保さんから託されたものだ、その意味はわかるな?」

 

 ぴたりと赤井さんが動きをとめた。その頬にたらりと汗が流れる。

 いくらその身辺を護るためとは言え、盗聴だのハッキングだの、中身が十八歳の女性相手にやる行為ではない。どうやら降谷は宮野さんに「私のかわりに一発殴っておいて」と依頼されていたらしい。なるほど、なおさら止める理由はない。

 

「……甘んじて受けよう」

「当然だ」

 

 ふふんと笑った降谷に苦笑する。

 気を取り直して作戦の説明に戻った。

 

「バーボンからジンに『赤井を捕まえた』と連絡を入れさせます。降谷、お前がいまだに追っていることにしてる『鼠』の件、ちゃんとFBIの関係者だってことにしてあるんだよな?」

「ああ、お前の指示通りだ。なるほど、そこから赤井が釣れたことにするのか」

「組織の情報を流出させた『FBIの関係者』を探るうちに赤井さんの生存がわかり、捕獲したという体にする。それだけでジンは釣れるだろうが、キールのことにも触れておこう」

 

 ぴくり、とCIAの彼が反応した。

 一応彼らの建前は「キールの救出」だ。そのあたりも考慮に入れておかなければならない。どちらにしろ赤井さんの生存が発覚した時点でキールは粛清の対象となるだろう。一応は救済の手が必要だ。

 

「ジンから連絡を入れさせて、キールも同様に呼び出してくれ。どうせ赤井さんを殺すならキールの目の前で、とでも言えばいいだろ」

「組織からすればキールは命を懸けて赤井を救ったことになるわけだからな。わかった、そのあたりは上手くやる」

「そしてジン・ウォッカの逮捕と同時にキールを救出するわけですね? その流れで行けば作戦当日までキールの無事は保証される。ああ、ありがとうございますMr.柊木!」

「当然のことですよ」

 

 感激したように握手を求められ、さらりと返す。

 俺は彼の腹の底には気づいていない、そういう振りを貫かなければならない。もっとも、俺の頭の中にあるものが正解かどうかは未だにわからないわけだけれど。

 とにかく、極力警戒をされずに、俺が反撃しやすい状況にもっていくこと。そして彼の話の中から、彼の真意を探っていくこと。

 すべての作戦が完了するまで、決して気は抜いてはいけない。

 

「当日の流れについては?」

「それはまたおいおい。まずは舞台づくりに注力しましょう。どんな作戦も、事前の準備がものを言いますからね」

 

 最後まで気を抜かずに行きましょう。

 様々な意味を含んだその言葉に、それぞれが力強く頷いた。

 

 

 *

 

 

『あ、柊木さん? 今大丈夫?』

「ああ、大丈夫だよ。どうした?」

『父さんが一応これまで作ったものを確認してもらえって。データ送っておいたので、時間あるときに見てもらっていいですか?』

「了解、今日中には確認して返事するよ。順調?」

『今のところは、多分』

「心強いな」

 

 

 ***

 

 

 珍しく少し時間があいたので、俺はゼロと休憩をとっていた。

 と言っても、いつもと変わらない執務室で珈琲を飲んでいるだけ。仕事は山積みでろくに休みも取れていないが、作戦まであとひと月たらずと思えば少々のことは堪えられる。

 

「なあ、ヒロ」

「何だ?」

 

 柊木はちょっと過去の資料を確認してくると言って席を外している。

 おそらく実際のところは、自分が立てた作戦のためにあらゆる手を打っているのだろうが、それはゼロの知らなくていいことらしい。

 

「どうでもいいことなんだが、最近柊木がやけにスマホを気にしていないか?」

 

 おっと、鋭い。俺は素知らぬ顔でそうかなと返すが、まあ確かに増えたよな、と思う。さすがというかこの幼馴染、気づかなくていいところまでしっかり気づいてしまう。優秀。

 

「いや、もしかしたら上層からの連絡とか、余計な仕事が増えてるんじゃないかと思って」

「それはないと思うけど。理事官には話をつけたって言ってたし」

 

 裏の理事官からは好きなようにやっていいという許可をすでに得たらしい。今の理事官は確かにあまり口うるさい人ではないが、それでも軽く言質を取ってきたというのだから相変わらずうちの指揮官様は世渡りが上手い。

 

「……そうだよな。柊木に何か負担がかかっているわけじゃないならいいんだ」

「大丈夫だろ。案外、仕事の合間に猫の動画でも見て癒されてるのかもしれないぜ?」

「……もしそうだったらあいつ相変わらず可愛いな?」

 

 真顔で言うゼロに噴き出しつつ、そうだな、と二人で笑う。

 まだ本当のことが言えなくてごめん。でも、柊木の言う「完全勝利」に繋げるためだから。

 内心でほんの少しだけ罪悪感をくゆらせつつ、俺はいつも通りに笑って見せた。

 

 

 ***

 

 

「Mr.柊木! よろしいですか?」

「はい」

 

 彼に差し出された資料にあったのは、今は使われていない廃ビルだった。ふむ、周囲の建造物もほぼ無人、大きな窓もあって見通しもいい。

 

「作戦の舞台ですが、そのビルが条件に沿っているかと思いまして」

「確かに、良さそうですね。決定は周囲の状況を確認してからですが、第一候補にしておきましょう。ありがとうございます、ミスター」

「何よりです。では周囲の状況確認に行かせましょう、私はこのビルや周辺建造物の所有者を確認しておきます」

「よろしくお願いします」

 

 すぐさま彼は補佐たちに指示を飛ばし始めた。相変わらず有能で、仕事が早い。

 着々と準備は進んでいた。ベルモットとバーボンの報告を聞く限りこちらの動きが悟られている様子はないし、順調と言っていいだろう。

 あとは当日の詳細を詰め、ベルモットにも協力を仰ぎ、ボスの館がある鳥取県警にも応援要請入れ、―――それから、俺がやっておかなければならないことも、もう少し。工藤先生の方は進捗を見る限り問題はなさそうだ。

 

「おっと、時間か」

「柊木?」

「悪い、俺ちょっと人に会う用があるから行ってくる」

「わかった。戻りは?」

「一時間せずに戻るよ」

 

 ばさりとジャケットを羽織る。さすがに相手が相手だ、身なりはちゃんとしておかないと。そう思いながら歪んでいたネクタイも直す。

 そんな俺を、赤井さんが不思議そうな顔で見た。

 

「君がそう身なりを気遣うのは珍しいな」

「お偉いさんに会う時くらいはね。この国はそういうところ厳しいんですよ」

「柊木君にも苦労があるようだ」

 

 ふ、と微笑んだ赤井さんに、苦笑を返す。

 これから会う人は多分そんなに気にする人ではないけれど、こちらの誠意を示すためにも身なりと言うのは重要なツールだ。気に入られたいとは全く思わないが、少なくとも敵に回したくない人ではある。そして、今回は何としても協力を取り付けなければならない。

 すっと息を吐いて、肩をひとつ鳴らした。

 

「それじゃ、すぐ戻るから」

「ああ」

 

 俺にとっては、因縁の相手でもあった。

 そう思うと浮かび上がる、心の奥底の黒いもの。今までとは違い、そのこみ上げてくる黒いものを見据えても冷静でいられる自分に気づく。

 これは俺が大人になったということなのか、どうなのか。そんな自分に少し苦笑しながら、俺は執務室を後にした。

 

 

 ***

 

 

 俺以外の人員が調査や報告で外に出たころ、柊木が戻ってきた。少し疲れた顔をしているが、どこかやり切ったような表情だ。この表情なら、上手くいったとみていいだろう。

 

「お疲れさん」

「ああ」

 

 ばさりとジャケットを投げ捨てて、柊木は大きく伸びをした。肩が凝った、と愚痴を漏らす。そんな指揮官様に苦笑をしつつ、俺は温かい珈琲を淹れて渡してやった。

 

「サンキュ」

「ああ。……成果は?」

「上々」

「何より」

 

 柊木が話をつけてきた相手について、詳細を聞いているわけではない。しかし、柊木の表情から察するに思うところがある人物だというのは予想がついていた。

 それでも、必要だから、と。それ以外に手段がないから、と。

 腹を決めた柊木は、本当にありとあらゆるものを使い、準備を整えている。今までの柊木なら絶対に選ばなかった道を、余所見もせずに突き進んでいた。

 そんなお前に、俺がしてあげられることは何なのだろうか。

 

「柊木」

「うん?」

「夕飯、どうせここで食べるんだろ? 買ってきてやるよ、何がいい?」

「ゼリー飲料」

「焼肉弁当な、わかった」

「聞けよ」

 

 そんな夕飯を俺が許すわけないだろと返せば、柊木もまあそうだよなと苦笑した。

 俺は、お前を支えるためにここにいる。お前が全てをもって俺たちを守ろうするなら、俺だってちゃんとその覚悟に応えてみせる。

 全員で笑う、完全なハッピーエンドに繋げるために。

 

「ちゃんと食って、力つけてくれよ」

 

 お前は俺が守ってみせるから。

 

 

 ***

 

 

 スマホを開き、アプリを開く。

 いつも通りチェックをしていくと、あるひとつの画像が目に留まった。

 

「……諸伏、風見さん」

「うん?」

「どうしました?」

 

 二人に、気になったその画像を見せる。

 俺のスマホを覗き込んだ二人は、すっと目を細めた。

 

「もうひとつ、手を打った方がいいかもしれないな」

 

 俺の言葉に、二人は同時に頷いた。

 

 

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