六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 とあるアドレスにその画像を送りつける。

 ああ、なんて愉快な画像だろう。勝手に口角が上がる。珍しく降谷とバーボンの感情が一致した。まあそれも仕方がない。それだけ無様で愉快な画像なのだから。

 貴方もそう思うでしょう、と送りつけたアドレスの持ち主に内心で語りかける。それに応えるかのように、スマホが着信を告げた。

 

「―――はい。メールは見ていただけましたか?」

 

 ねえ、ジン。

 今も不機嫌な顔で煙草でも吸っているであろう彼の姿が目に浮かぶ。今の画像は何だという、あまりにも答えのわかりきった問い。

 余裕の欠けた早口に、どうしたって笑いが込み上げてきた。

 

「見た通りですよ。いくら貴方でも、彼の顔は覚えているでしょう?」

 

 憎い憎い、あの男。あの方が「シルバーブレッド」と呼んで恐れた、あの。

 どういうことだ、と響く低い声には隠しきれていない動揺がうかがえる。それはそうだ、確かに奴はキールが殺した。ジンもその瞬間を見ていたし、日本警察もその死を確認した。だというのに、奴は生きている。

 ジンに送りつけたのは、顔に大きな痣をつくり椅子に縛り上げられた赤井の姿だった。

 

「例の情報漏洩の件、FBIが絡んでいるという話はしたでしょう? 不思議だったんですよ、調べれば調べるほど、彼らの手際が良すぎて。あまりにも、我々の手口を理解しすぎていた」

 

 僕も調べあげるのには苦労しましたよ、とあえてゆっくりした口調で笑ってみせる。電話口でフンと鼻を鳴らされた。

 

「当然ですよね、―――組織に潜入経験のある者が手引きをしていたのですから」

 

 探りに探った結果、浮かび上がったのは死んだはずの男。かつてこの組織で『ライ』と呼ばれ、裏切り者として粛正されたはずの赤井秀一だった。

 もう一度、愉快で仕方がないというように笑ってみせる。憎い憎いあの男のあんな無様な恰好を見ることができたのだ、バーボンなら全力でせせら笑うだろう。

 

「まだ生かしてあります。貴方も彼の死ぬところが見たいかと思いましてね」

『場所は』

「これから送りますよ。そこでお願いなのですがジン、貴方からその場所にキールを呼び出してくれませんか」

 

 一瞬だけ間をあけて、クク、と低い笑い声が聞こえた。察しのいい彼のことだ、それだけでこちらの意図を理解してくれたのだろう。幾分か機嫌のいい声で続ける。

 

『最期の逢瀬でもさせてやろうってのか?』

「キールがFBIかどうかはさておいても、命をかけて赤井を守ったことに違いはありません。せめて最期くらい、会わせてあげたいじゃありませんか」

 

 もしかしたら、深い仲だったのかもしれないでしょう?

 そう言うとまた喉の奥を揺らし、相変わらず悪趣味な野郎だとジンは言う。お前だって笑っているじゃないかと思ったが言葉には出さず、そうでしょうか、ととぼけてみせた。

 

「僕はあまりキールと親しくありませんから、僕が呼び出しても応じてくれない可能性があります。ですが、貴方が任務だとでも言って呼び出せば、彼女は間違いなく来てくれるでしょう。彼女もこれ以上、疑いの種を増やしたくはないはずですからね」

『感動の再会を演出してやると?』

「ええ、きっと感激でむせび泣くことでしょう。もっとも、流すのは真っ赤な涙かもしれませんがね」

 

 ジンの性格はわかっている。あの男は、裏切り者を惨めに死なせるためと言えば断らない。予想通り、いいだろうと軽く返した。

 

『お前の悪趣味なショーに乗ってやる』

「ありがとうございます。確かキールは今日本にいるはずですね? では明日の正午、指定の場所に」

 

 通話を切り、目の前にいた男に笑いかけた。これで準備は整った。ジンが来るとなればウォッカも共に来る。後は目の前の彼が立てた策のままに動くだけ。

 通話を切ったのを確認し、柊木はひとつ頷いた。柊木もまたその顔に笑みを浮かべる。

 

「明日の正午だ」

「ああ、手筈通りだな」

 

 そして柊木も、その手に持ったスマホに目を落として口を開いた。先ほどから通話をつなげ、スピーカーの状態になっている。

 

「聞こえましたか、Mr.ブラック。こちらも予定通りです」

『ああ、聞こえたよ。まずは第一段階クリアといったところかな』

「ええ。そちらも予定通り進めてください」

『了解した』

 

 明日の正午、こちらが作戦に動くと同時に、鳥取にいる彼らもボスの館へと乗り込むことになっている。同時に仕掛け、同時に片付ける。ふたつの作戦が終われば、長い長い組織との戦いは幕を閉じる。もう少し。もう、少しだ。

 

『次に話をするのは、お互いの勝利報告になるだろう』

「心強い。まあ、どう考えてもこちらのほうが先に終わりますからね、大人しく貴方の報告を待っていますよ」

 

 ジンとウォッカの両手に手錠をかけて。

 そう柊木が軽く応じると、Mr.ブラックも愉快そうに笑ったのが聞こえた。

 

『では、互いに健闘を祈るとしよう』

「はい。―――良い報告を、お待ちしています」

 

 ジェイムズ、と、柊木が彼のファーストネームを呼んだのを初めて聞いた。電波の向こうで、歴戦の捜査官が軽く息をのんだ気配がする。少し嬉しそうな様子で彼も応えた。

 

『……ああ、必ず。私に任せてくれたことを感謝するよ、アサヒ』

 

 その言葉で通話は切れた。柊木は一瞬だけスマホに目をやり、そのままポケットにしまい込む。こきり、とひとつ首をならし、周囲を見渡す。

 その瞳はただ静かに凪いでいて、少しの気負いも感じさせない。ただ、いつも通り。いつも通り、なすべきことをなすだけだと、その瞳は無言で語っていた。

 

「では、予定通り明日の正午、作戦を開始します。カメラのチェックも兼ねて、対象のビルとその付近を交代で監視しましょう」

 

 粛々と指示を出していく姿には、いっそ貫禄すら感じた。

 柊木を公安に引きずり込んでからたった数ヶ月、されど数ヶ月。当初と比べても、やはり雰囲気が違う。彼の言葉に従っておけば間違いない、そう心から思える指揮官のどれだけ得がたいことか。柊木を引き抜いた俺の判断は間違っていなかった。

 そんなことを考えていると、ぱちりと目が合った。

 

「降谷、お前はちゃんと仮眠とっといて」

「そんなにヤワじゃないぞ?」

「知ってるけど、明日はお前がしくったら全部崩れるんだよ。万が一、億が一がないように休んどいて」

 

 かわりに明日は、絶対に、気を抜くな。思考を止めるな。迷いなくその場の最善を遂行しろ。

 

「俺が作戦終了を宣言するまで、な」

 

 そう真っ直ぐに俺を見つめる視線に、当たり前だろうと首を傾げる。これは気が昂っているのを咎められているのだろうか。

 この数ヶ月間、先走るな、焦るな、冷静になれ、と、柊木からそればかり言われてきた気がする。お前の数少ない欠点だから心して改善しろと、何度言われたかわからない。

 ひとつ深呼吸をし、改めてその視線に応えた。

 

「わかった」

「ならいい。じゃ、また明日な」

 

 ひら、と手を振った柊木は、すぐに俺から視線を外して他に指示を出し始めた。

 その横顔に何となく違和感を覚えなくもなかったが、態度に出さないだけできっと柊木も緊張しているのだろう。そう自分を納得させてその場を後にした。

 

 

 ***

 

 

「おや、貴方も監視に加わるのですか? Mr.柊木」

「どうせ眠れませんからね」

 

 驚いたように言う彼に、苦笑を作って返してみせた。

 不確定要素が紛れ込まないように、作戦の舞台となるビルには交代で監視をつける。といっても、すでに設置してある監視カメラの映像を見続けるというだけのこと。何かあった時に指示を仰いでもらえばいいだけで、別に俺が見張る必要はない。だが、どうせ眠れそうもないのだ。それなら何かしていた方がいい。

 

「お気持ちはわかりますが……横になるだけでも休息になるでしょう。貴方こそ明日の作戦の要なのですから」

「もちろん、ずっと見張っているつもりはありませんよ。ちゃんと交代してもらいます」

「……OK、わかりました。ではMr.柊木、私にも参加させてください」

 

 え、と瞬きをすると、温和な顔に苦笑を浮かべた彼は小さく肩を竦めてみせた。やれやれ仕方のない人だ、と言いたげだ。

 

「私は明日、貴方の補佐という形にはなりますが、実際そう仕事がある訳でもない。少しくらい仕事をさせてください、貴方にばかり仕事をさせているのはさすがに心苦しい」

「それは……わかりました、ではお願いします、ミスター」

「はい、おまかせを。では早速私が見張りますので、どうぞ貴方はお休みになってください」

 

 そのまま作戦の時間まで寝坊してくださっても構いませんよ、とおどけて言う彼に、ちゃんと交代の時間には起きてきますよ、と笑って返して背を向けた。

 部屋を出てしばらく廊下を歩くと、諸伏と風見さんが待っていた。諸伏の手にはスマホが握られている。

 

「貴方がこちらにいらしたということは、懸念が当たっていたということですか」

「どうも、その可能性が高いですね。あいつらに連絡は?」

「問題なし。プロに任せとけってよ」

 

 諸伏の言葉に、「元」プロのくせに、と笑った。とはいえ、かつてベテランすら軽く押しのけた技術を鈍らせるほど、プライドの低い奴らではないことは知っている。

 

「細心の注意を払え、とだけは伝えておいてくれ。余計なお世話だろうけど」

「はは、わかった」

「では、こちらも手筈通りに」

「ええ。風見さんも、よろしくお願いします」

「もちろんです」

 

 いつも通り生真面目に頷く風見さんに微笑んで、ぐるりと大きく首を回した。ごき、と鈍い音が響く。

 泣いても笑っても、明日決着がつく。いや、泣くような結果には絶対にさせない。明日のこの時間には勝利を得て笑っていなければ。

 

「柊木?」

 

 黙り込んだ俺に、諸伏は心配そうに声をかけた。ひとつ苦笑をこぼして、ずっと俺たちを支えてくれている二人に目線を戻す。

 これまでありがとう、そして最後までよろしく。そんな気持ちを込めて、言った。

 

「俺たちの命、二人に預けるよ」

 

 俺たちを、守ってくれ。

 それは、信頼という名の脅迫であり、脅迫という名の信頼。

 この二人にだからこそ、言えた言葉だった。

 

 

 *

 

 

「柊木くん」

 

 仮眠室に向かっていたところを思わぬ人に呼び止められた。返事をして振り向く。同時に口元をおさえた。ダメだ、やっぱり笑う。

 

「……いい加減、人の顔を見て笑うのはやめてもらえるか」

「すいません、無理です」

 

 左頬を大きく腫れさせた赤井さんの顔は、それはもう面白い。元がいいだけに尚更破壊力があった。おもに腹筋的な意味で。

 見た目はあれだが、それでも骨や歯は無事だというのだから、降谷にしてはちゃんと加減をして上手く殴ったらしい。

 あんなに全力の笑顔の降谷は久しぶりだ。ストレス発散にもなったのなら何よりだと思うことにした。

 

「……少し話さないかと思ったんだが、もう休むところだったかな」

「いえ、大丈夫ですよ。煙草でもご一緒しましょうか」

「ああ」

 

 そして揃って喫煙室へ。すっかり俺の肺も汚れたもんだ、と変な風に感慨深い。ニコチンがないと落ち着かないなんてことはないが、精神安定剤のひとつになっていることは否めなかった。

 二人で並んで煙草の煙を燻らせる。

 

「……柊木くん」

「なんです?」

「何を企んでいる?」

 

 視線を合わせないまま煙を吐き出した。

 企んでいるとは、まったくひどい言われようだ。

 

「……赤井さん」

「何だ」

「俺はね、これでも警察官なんですよ」

 

 そりゃ今は公安なので手段を選ばないところはありますがと付け加え、改めて口を開く。

 

「だから、正しいと思うことしかしません」

 

 これは、強がりか。自分で言っておいて、少し首を捻る。上手く言葉にできない。

 

「とは言え、」

 

 言葉を選びつつ、自分の内心に近いものを組み立てていく。

 どうも昔からこういうものの説明は苦手だった。自分のことなんて自分が一番わかっていないのかもしれない。最近になって特にそう思うようになった。

 

「正しいにも、いろいろあるでしょう」

「……そうだな」

「たくさんの正しいの中でも、今俺は……そう、多分、私情だらけの『正しい』を選んでます」

「……ホー?」

 

 それは珍しいな、と言われるが、実はそうでもないことを自覚していた。いつだって俺は、私情を公の事情で覆い隠してきた気がする。公の自分を説得できるだけの理屈と証拠を用意して、自分の気持ちを優先してきたような。

 仕事に私情は差し挟まない、そうずっと自分に言い聞かせてきたけれど、効果はあったのかなかったのか。

 

「……まあ、悪いようにはしませんよ。多分ね」

「そうか」

「そういえば赤井さん」

「何だ?」

 

 前に言ったことを撤回します。

 そう言うと、赤井さんは何の話だ、と不思議そうな顔。また大きな痣が目に入り、少し笑った。

 

「貴方を完全に信頼するつもりがないと言ったことをです」

 

 俺は、貴方を信頼する。

 赤井さんはすっと煙草の煙を吸い込み、大きく吐き出した。

 

「……光栄だ、と言っておこう」

 

 さあ、果たして喜ぶべきことだろうか。俺の信頼はきっと軽くはないし、裏切ることを許さない。喉の奥で少し笑って、灰皿に煙草を押し付けた。

 

「明日、よろしくお願いしますね」

 

 貴方は貴方の、思うように。貴方が「赤井秀一」である限り、俺の策は崩れない。

 

 

 *

 

 

 薄暗いビルの一室。目を閉じてその時を待っていた。カツ、カツと二人分の革靴の音が聞こえてきた。念のために手にしっかりと手入れをした銃をもつ。

 扉が開いたその瞬間、拳銃を向けた。

 

「……バーボン」

「どうも。失礼、念の為ですよ」

 

 ジンとウォッカの姿を確認し、すぐに拳銃を下ろす。そして、すっと横にずれて、後ろに座らせていた「彼」を示した。

 

「では、感動の再会をどうぞ」

 

 両手を後ろに回して椅子に座る、憎い憎いその顔。ぐっとジンの口角が上がり、ずかずかとその前に立った。

 

「久しぶりじゃねえか。まさか本当に生きてやがるとはな」

「……」

 

 銃口で顎を持ち上げられるが、無言を貫く。痣ができている頬を見て、ジンはまたクク、と笑った。ウォッカも愉快そうにその様子を見守る。

 

「キールは?」

「今こちらに向かっているらしい。五分もせずに着くだろうぜ」

 

 ウォッカの言葉に、こちらも口元に笑みをのせる。

 大事なのは位置取りとタイミング。特に、位置取りは重要だ。悟られず、怪しまれず、そっとその椅子の隣に立つ。

 

「まだ殺さないでくださいよ?」

「ああ、かつてお前を守った女神に礼を言う時間はくれてやるさ。……ご到着か」

 

 銃口をそらさないまま、ジンが振り返る。その先にいたのは、真っ青な顔で冷や汗を流すキールだった。

 

「っ……!」

 

 咄嗟に身を翻そうとする彼女に、ウォッカが拳銃の銃口を押し付ける。ぎくりとキールが動きを止めた。

 

「せっかくの再会に挨拶もなしとは、ちっとばかり冷たいんじゃねえか?」

「ウォッカ……! どういうことなの!!」

「それはこちらの台詞だぜ、キール」

 

 なぜ、お前が殺したはずの男が生きている?

 ジンの言葉に、キールは奥歯を噛み締め、叫んだ。

 

「知るはずがないでしょう!! 赤井秀一は確かに私が殺したし、貴方もそれを見ていた! 日本警察に確認だって取らせたのよ!!」

「ああ、からくりは知らねえよ。だが、事実としてこいつは生きている。なあ?」

 

 キール、と拘束されたその人の口が動いた。ジンは笑みを深め、キールは信じられないものを見たように身体を震わせる。

 傍から見れば、まるで救いを求める哀れな男とそれを振り払う冷酷な女の図と言ったところだろうか。何と愉快で無様な悲劇だろう、愉悦の笑みは止まらない。

 

「どうやら女神にも見放されたらしいですね。薄汚いFBIの犬には相応しい末路でしょう」

「ああ、どうやら挨拶も必要ねえらしい」

 

 ジンは、改めて椅子に拘束されたその人の頭に銃口を押しつける。少し身体をずらし、正面にいるキールにもその様がよく見えるように。

 

「今度こそ、命運も尽きたな」

 

 ゆっくりと、見せつけるように撃鉄を起こした。

 

「赤井、秀一……!」

 

 一発の銃声が響く。ただし、その音を奏でたのはジン愛用のベレッタではなく。

 窓ガラスの破片が飛び散る。ベレッタが宙を舞い、ジンが左手を押さえた。アニキ、とウォッカの叫びが響く。その隙をつき、キールはウォッカの腕を蹴りあげその銃を弾き飛ばした。

 

「!」

 

 勢いよく扉が開き、風見が、CIAの二人の捜査官が飛び込む。体勢を立て直す隙も与えないまま風見はウォッカに向けて引き金を引いた。飛び出すのは鉛玉ではなく、阿笠博士特製の麻酔弾。時計型麻酔銃をもとにしてさらに薬の効果を高めたものを銃の形に直してもらった。さすがというかその威力は素晴らしく、少々薬物に耐性があるくらいではこの薬には耐えられない。

 ウォッカは音もなく倒れ、改めてその場にいる全ての捜査員の銃口がジンに向けられた。キールはCIAの捜査員に見覚えがあったのか、その顔を見て目を見開いている。

 

「ぐ、……!」

 

 顔を憤怒に歪ませたジンが、割れた窓の先を見る。このビルより少し低い、無人の建物。その屋上で今もライフルをこちらに向けているのは―――。

 

「……赤井、秀一、だと……!?」

 

 そう、()()の赤井秀一だ。ジンの呟きに、椅子に拘束された振りをしていたその人はふっと笑い、立ち上がった。

 べりっと勢いよくその変装を剥ぐ。

 

「ごめんなさいね、ジン」

「ベルモット……! てめえ、裏切りやがったか!」

「ええ、組織はもう終わりよ」

 

 手負いの獣は手が付けられないと言うが、まさに今のジンはそれだった。怒りという怒りがその全身に迸り、その顔はまさに鬼か獣か。

 そんなジンに、ベルモットは少しだけ切なげな表情を見せ、そして。

 

「……さよならね」

 

 その手にあった銃を向け、麻酔弾を撃ち込んだ。

 ゆらりとジンの身体が揺れる。まさか、この薬が効かないはずがない。二歩、三歩とよろめき、それでもなお弾き飛ばされたベレッタの方へ向かおうとするが、やはりジンも人間だった。

 

「……ろして、やる……!」

 

 呪いのような言葉を吐いて、ジンは倒れた。長い銀髪が床に広がる。―――これでようやく。ようやく、ジンを捕まえられる。

 その光景に息をつこうとした瞬間、脳裏に我らが指揮官の声が蘇った。

 

『明日は、絶対に、気を抜くな。思考を止めるな。迷いなくその場の最善を遂行しろ』

『俺が作戦終了を宣言するまで、な』

 

 まだ、作戦終了の宣言を聞いていない。密かに右耳に付けられていたイヤホンに手をやる。この光景を監視カメラで見ているはずの柊木から、通信が来ない。

 何気なく目線を前にやると、―――何故かひとつの銃口が、僕のほうを向いているような。はっと目を見開いた、その瞬間。

 俺の右耳と左耳の両方が、銃声を捉えた。

 

 

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