六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 スマホに手をやり、該当の人物にコールする。きっと首を長くして待っていたであろう彼女は、すぐ電話に出てくれた。

 

『出番かしら』

「ああ。用意は?」

『あとはエンターキーを押すだけよ』

「さすがだね」

 

 短い言葉を交わし、スピーカーモードに切り替える。俺は改めてミスターに向き直った。

 

「もう一度お伺いします。快く協力者の名前を教えてくれませんか?」

「いったい何の話です?」

 

 にっこりと微笑む彼に、苦笑する。アンタがそのつもりなら、もう仕方がない。公安お得意の違法作業、それもとっておきのやつをご覧頂こう。

 車内のキーボードをいじり、モニター画面を片っ端から切り替えた。そして同時に流れる、動画、画像、音声。ああ、何度見ても素晴らしい出来!

 

「……な、」

 

 さすがの彼も、今度ばかりは度肝を抜かれたようだった。大口を開けて放心するその様子に愉快でたまらないというように笑い、それぞれのモニターを指し示す。

 

「どうですか? 何が見えます?」

 

 そこに映っていたのは、例えばCIAから諜報員に向けた正式な任務の指令書。その詳細。例えば、ミスターがCIAに対して暗殺任務について報告している電話の様子。そしてその音声データや、やりとりしていたメッセージの文面。

 その全てが示すのは、「CIAが彼に日本警察の捜査官を暗殺するように命じた」という事実。

 

「馬鹿な……! 有り得ない!」

「ええ、仰る通り。有り得ません」

 

 にっこりとそう言うと、まさか、と彼の口が動いた。

 そう、貴方が考えている通り。この映像、画像、音声、その全ては。

 

「よく『できて』いるでしょう?」

 

 

 *

 

 

 工藤先生に呼び出されてお邪魔した阿笠博士の研究所。そこには工藤先生と新一くんだけでなく、当然のように宮野さんと阿笠博士も同席していた。

 暗殺という「最悪のシナリオ」の「打開策」を諸伏に吐かされ、俺は項垂れていた。降谷を囮になんかしたくない、その気持ちがあっただけではない。この作戦を進めるには、足りないカードがふたつある。片方は―――俺がいらないプライドを捨てればまだ何とかなるかもしれない。問題はもうひとつ。

 CIAの口を割らせるための、明白な交渉材料を得ること。言うことを聞かせるだけの、弱みを握ること。

 

「……現行犯逮捕だけじゃダメなんですか?」

「ダメだな。自分が捕まる程度のことでビビる奴がわざわざこんな手仕掛けてくるとは思えない」

 

 新一くんの言葉をすぱりと否定し、二人の安全確保だけを考えるならそこで満足してもいいんだけど、とひとりごちる。そこでダメですよ、と叫んだのはやはり新一くんだった。

 

「柊木さんたちを売るような人を見逃すなんて! しかも、警察官なのに!」

 

 新一くんらしい、正義に燃える言葉に苦笑する。全ての警察官が正義のために動いていたら、きっと監察官なんて職務は必要なかっただろう。

 

「……確かに、彼女と息子の身の安全以上の話になるのなら、それは私たちが口を出すことではないが」

 

 一呼吸置いて、工藤先生は続けた。

 

「君たちはそれでいいのかい?」

「良くないですよ」

「良い訳がない」

 

 即座に俺と諸伏の声が続いた。その即答ぶりに工藤先生は苦笑する。

 ああ、ちっとも良くはない。妥協した勝利なんて負けも同然、今後の俺たちの身の安全や仕事への影響を考えても、是非とも逃がさず締め上げたい。

 そう、必要な手札さえ、揃えば。

 

「……そうだね、現行犯逮捕だけではカードが足りないだろう。せめて、その暗殺が個人の暴走でなくCIAの命令だという体にできればいいんだがね」

 

 それについては俺も同感だし、先生が何を考えているかもわかっているつもりでいる。証拠なんて、ないなら作ればいい。だが。

 

「しかし、公安の捜査官は動かせません。ただでさえ、それをするためには相当に特殊な知識と技術をもつ人間が必要で、……え、」

「そうだとも柊木くん。相当の特殊な知識と技術をもつ人間が必要だ。ところでここに、海外事情に詳しい上に交友も広く、しかも英語も堪能な人間がいると思うんだが」

 

 泰然と微笑むその人は、長い足を組み替えてくるりと周囲を見回す。

 

「小説家というのは便利な職業でね、友人たちに少々妙な質問をしても取材だといえば快く教えてもらえるんだよ。おっと、加えてここにはあらゆる科学技術に精通した天才的科学者がふたりもいるし、それから隣の家には天才的な変装術と変声術、演技力を備えた元女優もいるね」

「……俺もいるんだけど」

「ああもちろん、うちの息子も英語は堪能だし、機械にも強い。君との連絡係としても相応しいだろう」

 

 ぶすくれる新一くんの頭を、ぽすぽすと工藤先生が撫でる。確かに、彼らほどの能力があれば可能かもしれない。そうは思うが、しかし。

 

「何故、という顔をしているね」

「……先生」

「今まで君たちには多大なる迷惑を掛けてきたと思う。だからこそ、わずかなりとも力になれればと思うよ。そう思うのはおかしいことかな?」

「……」

「よしわかった、本音を言おう。ひとつ頼みを聞いて欲しいんだよ、柊木くん」

 

 初めから素直にそう言えばいいものを。先生以外の全員が半眼になってじとりと彼を睨めつける。はははと乾いた笑いを零して、先生は続けた。

 

「君をモデルにして、小説を書きたい」

「……は」

「もちろん、名前や他にもフェイクをいれて、そうだと知る人にしか君がモデルだとわからないようにすると約束しよう」

 

 俺を、モデルに。

 目立つことがそもそも嫌いな俺は、多分ものすごく正直にとても嫌な顔をしたと思う。バレるとかバレないとかそういう話ではない。生理的な嫌悪感すら覚える。だが、たったそれだけで、手を貸してもらえると言うのなら。

 

「……そもそも先生以外の人はいいのか?」

 

 俺の様子に苦笑した諸伏が、さっと口を挟んだ。しかし新一くんはそもそも乗り気だし、母さんも絶対ノリノリでやるよ、と一言。阿笠博士もわしにできることなら、と力強く頷いた。あとは、もうひとり。

 

「……やるわよ」

 

 やらないわけ、ないじゃない。

 そう言った彼女の瞳は、こんな言葉では足りないほどに燃えていた。こんな目を、こんな表情をする子だっただろうか。彼女の相手は専ら降谷に任せていたから、そもそもそんなに彼女のことを知っている訳ではないけれど。それでも何だか、意外だった。

 

「全員一致だね。さて柊木くん、あとは君の答えひとつだ」

 

 私たちを「協力者」として使う気はあるかな?

 朗らかに笑う工藤先生の顔に拳を叩き込みたい気持ちを抑えつつ、俺は頬の引き攣りをおさえ、頷いた。

 

「……よろしく……お願いします……。……でも俺絶対その作品読みませんからね」

「あ、俺読みたいです」

「ありがとう諸伏くん、是非君たちにはご意見を伺いたいな」

「おうコラ諸伏」

 

 わかっている。工藤先生は、こちらがあまり良い印象を抱いてないことを理解した上で、俺が頷きやすいように交換条件を出してくれたのだということを。どうもこの人に対してはガキっぽい反感で動きやすい。反省しよう。

 そんな自分にため息をついた時、宮野さんが一歩前に進み出た。

 

「柊木さん」

「……どうしたの?」

 

 彼女の瞳は、相変わらず燃えていた。何となく気圧され、少し身をひく。すると彼女はもう一歩前に出た。

 

「貴方が何をしようとしているのか、私たちが何をするのか、理解したうえで言うわ。それ、私の存在を使えばもっと強力なカードになるわよね?」

 

 一瞬考え、確かに、と頷きかけたが、いやいやと慌てて首を振った。

 何を言っているんだこの子は、何もそこまでリスクを負う必要はない。公安の力を駆使して彼女の存在や秘密は守ってみせるし、もしその方法をとるならできる限りの対策は打ってもらうが、それでも彼女のことが公になってしまう可能性はゼロじゃない。

 

「宮野さ、」

「リスクが大きいって言いたいんでしょう? わかってるわよ」

 

 わかって言ってるの、とぐいぐい前に出てくる彼女に、瞬きをする。どうしたのだろう、彼女は常に冷静であったし、基本的により安全な道を選択するほうだと思っていた。

 

「……見てわかるでしょう? 私は怒っているの」

 

 キッと睨みつけられ、俺が何をしたというんだと言いそうになって気づいた。彼女が怒りの矛先を向けているのは、俺たちではない。彼らなのだと。

 

「……公安に私のことをバラしてから、これからどうなるのかずっと不安だったわ」

 

 工藤くんは大丈夫だと言ったけど、私があの組織に属していたのは事実だし、作ってはいけない薬を作っていたのも事実。良くても監視付きの軟禁生活を送らされるか、国家で飼われて指示された研究を行うことになるか。それでも、あの組織から守ってもらえるなら、他の人を危険にさらさずに済むのなら、それでもいいと諦めていた。なのに。

 そう語りだす彼女の声には真摯なものが感じられ、口を挟むことを許されない雰囲気があった。

 

「……外を歩く時に警護がついているとは言っていたけど、私が窮屈に思わないように気を配ってくれて。外出を制限することも、誰かと会うことも制限することもなく、学校にも普通に行けるよう配慮してくれたわね」

「……そりゃ普通のことでは」

「普通じゃないから言ってるのよ!」

「アッハイ」

 

 そっと口を挟んでみたが、その剣幕におされて黙る。

 彼女は犯罪組織に属さざるを得なかった立場なのだし、こちらの要請にも非常に素直に従ってくれた。しかも情報提供にも協力的なのだから、さすがの公安もそんな子に非道を働く必要はない。いや、手段を選ばないとはいえ一応これでも警察なので。

 いろいろと言葉が浮かんだが、とりあえず黙っておくことにする。感情的になった女の子の扱いなど俺にわかるわけもない。

 

「……しかも、公安に協力し始めてすぐ、ベルモットが寝返ったと聞いて」

「!」

「キャンティとコルンが逮捕されたのも新聞で見たわ。……不自由ない生活を許してもらえるだけで十分と思っていたけど、初めて……希望をもった」

 

 もしかしたら本当に、組織がなくなるかもしれない。お姉ちゃんをあんな目に合わせた奴らが、捕まるかもしれない。

 

「……そう思って、数ヶ月よ。……捕まるんでしょう? ジンもウォッカもラムも、……あの方も」

「……ああ、必ず捕まえる。組織も潰すよ」

「それを聞いて、……私がどれだけ喜んだか、わからないでしょうね」

 

 どれだけ貴方達に感謝したか、わからないでしょう?

 そう言った彼女の大きな瞳には、涙が滲んでいた。

 

「宮野さん、」

「なのに!」

 

 突然の剣幕に、部屋にいた全員がぎくりと身を震わせる。君、そんな大きい声出せたのか。

 

「何なのよそいつら突然割り込んできて! どうしてこのまま平和的に話を終わらせてくれないのよ! 何なの合衆国、大人しくキールだけ回収して帰ればいいじゃない! 何で余計なこと企むのよ! ―――私を、なんだと思っているのよ!」

 

 はいごもっとも。ソウダネと頷く以外に何ができただろう。彼女の勢いは止まらない。

 

「私をまるで、研究をするだけのモノみたいに! ……私を合衆国に連れ去って研究を続けさせようとするなら、CIAは私にとって組織と何も変わらない!」

 

 そんなの、絶対に嫌。―――嫌だと、言えるようになったの。

 肩を震わせ、両手を握りしめて彼女はそう言葉を絞り出した。そうか、とその顔を見て思う。彼女はようやく自分の望みを、望みとして口にできるようになったのだと。

 それが俺たちの働きによるものであるなら、何よりも誇らしい。

 

「……貴方たちはまた私を守ってくれようとしてる。私が合衆国に行かずに済むように、手を打ってくれている。国家の関係を考えたら、私を売り渡す方が楽に進むことだってあったはずなのに」

「……」

「だから、私は、―――感謝をしているの。だから、自分にできることはやりたいの。だから、貴方に『お願い』をしているのよ。手を貸してあげてもいいと言ってるんじゃない。守られているだけじゃなくて、私にも貴方達とともに戦う手段があるのなら戦わせてほしい。CIAに意趣返しをできる手段があるなら協力させてほしい。―――私は、守られるだけで満足するような、お姫様じゃないの」

 

 その真摯な言葉に、ひとつ呼吸をする。

 彼女が考えなしに言っているわけじゃないのはわかった。そこに明確な覚悟と決意があることも。

 そういうのに弱いんだよな、と自分に苦笑しながらソファから立ち上がり、彼女の前でしゃがんで目線を合わせた。負けたと言うように苦笑を向ける。わかったよと言えば、彼女の瞳が輝いた。

 

「同期の悪友ども曰く、俺は鬼で悪魔で魔王で暴君らしいからな。君が俺に武器をくれるなら、俺は全力をもってCIAの心をへし折ると約束する」

 

 君をモノ扱いした奴らを、完膚なきまでに叩きのめしてみせると約束しよう。

 

「君の願いと覚悟を聞き入れる。是非力を貸して欲しい」

「……ええ、」

 

 完璧な武器を、用意してみせるわ。

 怒りと決意に燃える彼女は、ひどく苛烈に輝いていた。

 

 

 *

 

 

 彼らの知識と技術の結晶である数々の証拠が流れた後、ひとつの画面に顔を隠した女の子の姿が映される。彼女はおもむろに口を開いた。

 

『助けて、ください。せっかく外に出られるようになったのに、また、どこかに連れ去られる。私を助けてくれた人たちが、殺されてしまう。……助けて、ください』

 

 音声を変えてはあるが、それは見る人が見ればはっきりとわかる。宮野さんだ。涙まじりの喋り方は、大いに見た人の同情を買ってくれるだろう。何て見事な演技力。もともと器用な子というのもあるが、今回は元大女優の演技指導も受けたそうだ。これを見ていったい誰が嘘泣きだなんて思うのだろう。まったくもって、吹っ切れた女の子というのは恐ろしい。

 それを見てまた目を見開いた彼に向かって、口を開いた。

 

「筋書きはこうです、ミスター」

 

 映像の少女は、その類まれな天才的能力故にある犯罪組織によって囲われていた。その犯罪組織に目を付けていた日本警察は、CIAやFBIの協力を得つつ捜査を行い彼女を救出、そして犯罪組織の壊滅まであと一歩というところまで追い込んでいる。しかし、その彼女の能力に目を付けたCIAは、捜査にあたっていた日本警察の捜査官を暗殺し、彼女の身柄を横取りすることを目論んでいた。それに気づいてしまった彼女は、何とか阻止しようと奮闘するが、やはり自分の力では限界がある。そこでこうしてできる限りの情報を集め、外部に情報を発信し、救いの手を求めようとした。

 

「今、この全てを世界中に発信する準備が完了しています」

 

 引き金を握る彼女が、この会話を聞いている。

 今度こそ本当に冷や汗をかいている彼の肩が、揺れた。本来、この手の情報戦はCIAの十八番。だからこそ、彼にはわかるはずだ。今自分が置かれているその状況。このカードがもつ、その重みを。

 

「……作られた情報ということはすぐにバレる!」

「仰る通り。すぐにCIAは虚偽だという証拠を揃えて反論に出るでしょう。しかし、そのころにはすでに、この情報は世界中に広まっている」

 

 情報戦と言うのは難しいもので、有利な状況をつくるためにはいくつか鉄則がある。まずは、確実に先手を打つこと。それも、相手側に悟られて対策を取られる前に発信し世界に情報を信じ込ませること。

 

「情報の真偽なんてどうでもいいんですよ。貴方たちの方がよくご存じのはずだ。真実なんてものは必要ないんですよ。世界の大多数が信じさえすれば、嘘であっても本当になる」

 

 世界なんて、所詮は人間の集まり。人間はいつだって、自分たちにとって都合のいいものを信じる。そうやって世論の操作は行われてきたし、そうやって人心というものは利用されてきた。もはや世界の真理と言っていい。

 

「後からCIAが確たる証拠を揃えて反論してきたところで、誰がそれを信じます?あれは嘘だ、作られたものだなんて言って、誰が心から納得してくれますかね? 世界は信じたいものを信じるし、少女の涙が強いのは万国共通。しかも世界一の大国の諜報機関の一大スキャンダルだ、どれだけ合衆国が躍起になって火消しをしてもそう簡単にこの疑惑の火は消せませんよ。CIAのトップの首程度で足りるかどうか……ああ、この場合、首を差し出すトップはどちらになるんでしょうね?」

 

 CIA、つまり中央情報局長官の首か、それとも。

 

「貴方達って、合衆国の大統領直属の監督下にあるんですよね」

 

 CIAのスキャンダルとはすなわち、大統領、そして国家のスキャンダルそのもの。

 そうひとりごとを言いながらにっこりと微笑んでみせると、彼の顔色は青を通り越して白くなった。その白い肌に、青白い血管まで浮いて見える。

 彼は、自分自身のことに関心がない。逮捕されようが、命を落とそうが、合衆国のためになるのなら。ならば、その心意気を大いに評価し、全力で合衆国に喧嘩を売ってやろうじゃないか。合衆国を人質にして、脅迫という名の交渉を持ち掛けてやる。何せ俺は鬼で悪魔で魔王で暴君、情け容赦など必要ない。この俺に喧嘩を売った浅慮な自分を恥じるといい。

 

「さて、そろそろ増援が到着するころです。貴方を連行しないといけない」

 

 猶予などくれてやらない。考える必要などないはずだ。他国にいる協力者たった一人の身柄と、世界一の大国たる自国のメンツ。秤がどちらに傾くかなんて明白も明白。

 そうでしょう、と最高の笑顔を作る。

 

「どう、しますか?」

 

 脱力した彼は膝をつき、両腕をだらりと落とす。紫に近い色になったその唇が、ゆっくりと開いた。

 

 

 *

 

 

「協力感謝するよ宮野さん。少しは気が晴れたかな」

『ええ、お陰様で。それじゃ私は紅茶でも飲んで、貴方達の完全勝利の報告を待つことにするわ』

 

 いつもの調子でそう言う彼女に少し笑って、そのまま通話を切った。

 同時に、ビル内部を映していたモニターに、公安の増員が映っていることに気づく。よし、増援が到着した。あとは彼らを連行し、裏切り者の横っ面を殴りに行くだけ。

 

「諸伏、彼の拘束と連行を頼む」

「了解」

 

 完全なる敗北を享受した彼に、もう抵抗の様子はない。諸伏に任せておけばとりあえず問題はないだろう。続けてマイクに向けて話しかける。

 

「風見さん、そのまま彼らの連行の指揮をとってください」

『はい!』

「赤井さん、Mr.ブラックに報告と、向こうの状況の確認をお願いします。必要であれば俺に報告を」

『……了解した』

「ベルモット、これで貴方との契約は完了です。貴方を協力者から解放する。報酬や貴方の今後については改めて場を設けます」

『はいはい、わかったわよ』

 

 そのあとに一瞬間をおいて、ずっと呆けていたそいつに笑いながら音声を飛ばす。

 

「降谷」

『、……ああ』

「お前はどうする?」

 

 俺はこれから警察庁に戻るけど、お前もいくか?

 そう言うと、正気に戻ったらしい降谷が心底腹立たしいという顔になって、叫んだ。

 

『俺も行く! すぐにそっちに行くから待ってろ! いいか、待ってろよ! 俺に秘密で話を進めやがって、全部説明してもらうからな!』

 

 そう叫ぶと同時に降谷がモニターから消えた。これは全力疾走しているに違いない。思わず吹き出すと、後ろから忌々しそうな小さな声が聞こえる。

 

「……呑気なものだ。本当に見事ですよ、Mr.柊木」

「お褒めに預かり光栄ですね、ミスター」

「しかし、何も知らない友人を囮に使うなんて、さすがなかなか冷徹ですね? しかも、憤り憎む様子すら見せないとは」

 

 せせら笑うように言う彼は、どう見ても負け犬の遠吠えだった。そんな彼に苦笑をひとつ零す。

 そういう風に見えたのだとしたら、俺の猫かぶりも大したものだ。そう思ったとき、俺はほとんど無意識のうちに左足に重心を乗せ、浮いた右足をまっすぐ前に叩きつけていた。

 ミスターの顔の横にあったキーボードのキーがいくつか吹っ飛ぶ。同時に後ろ手でマイクのスイッチを切った。

 

「公安の捜査官として、指揮官としては、貴方に憎しみやそれに類する感情は持ってはいません。貴方達は職務に必要な行為を行ったにすぎず、そこに『暗殺』という事項があっただけ。そう考えます」

 

 だがもちろん、俺個人としてはまた別問題だ。

 

「……でも俺はね、本当は自分の縄張りに手を出されるの、死ぬほど嫌いなんですよ」

 

 思いのほか、低い声が出た。獰猛な感情が表に出ようとするのを、押し込める。

 

日本(ひとんち)を土足で荒らしたばかりか、日本警察(おれのもの)にまで手を出しやがって」

 

 怒らないわけがない。憤らないわけがない。状況が許すなら、たかが殺人未遂の現行犯程度で手を打つはずがなかった。

 アンタは職務に忠実な俺に、心から感謝をするべきだ。

 

「この程度で済ますのは今回限りだ。次はありとあらゆる手を使って、テメェの飼い主ごと潰す。世界一の大国だろうが諜報機関だろうが、この俺を敵に回したらどうなるか思い知らせてやるよ」

 

 これが脅しじゃねえこと、アンタならわかってくれるよな?

 また蒼白になった彼にそれだけを言い残し、諸伏に任せて外に出た。モニター車に背を預けて、降谷が来るのを待つ。

 その間にと、スマホをコールしてある人物に繋げた。

 

「柊木です。内通者が判明しました。これから警察庁に戻りますので、お約束通りご助力をお願いします」

 

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