六花、欠けることなく   作:ふみどり

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 この廊下を歩くのも久しぶりだった。

 無機質な廊下は冷えていて、俺の足音がよく響く。もう春も近いとはいえ日当たりの悪いそこは冷気が強い。少し腕をさすりながら慣れた廊下を進んだ。目当ての部屋に到着し、軽くノックをして中に入る。

 

「お久しぶりです、大河内さん」

「……君か」

 

 変わらないしかめっ面で俺を迎えたその人は、端末に向けていた目をこちらに向けた。キーボードから手を離す。仕事の邪魔をしてしまっただろうか、申し訳ない。

 

「来週からこちらに戻るということで、ご挨拶に。行くのも急なら戻ってくるのも急で申し訳ありません」

「君のせいではないだろう。……君は表向き、法務省に出向していたことになっている。話をあわせておきなさい」

「法務省。わかりました」

 

 法律の勉強してましたとでも言えばいいのだろうか。少し自分で笑いつつ、頷いた。

 そこで改めて大河内さんは俺を顔を見つめ、痩せたな、と呟いた。

 

「何分激務でして。すぐ元に戻しますよ」

「まあ、体調に問題がないのならいいが、疲労は蓄積しているだろう」

 

 そう言って差し出された書類には、「有給届」の文字。相変わらず怖い顔してクソ甘いというか、変なところで気をつかう人だ。

 

「一週間ほど休みをとりたまえ」

「しかし、」

「こちらも受け入れの体勢が整っていない。来週すぐに来られても引き継げる案件がないから手持無沙汰になるだけだ。それに」

 

 デスクにあったカレンダーの「ある日付」を、とんとんと指で叩く。気づいていないとでも思っていたのか、とでも言いたげに睨まれた。

 

「君は毎年この日、有休を取っていただろう」

「……よく覚えておられますね」

「バレンタインとこの日くらいだからな、君が何としても休みを取ろうとするのは」

「ははは……」

「その日も含めて一週間、それだけあれば疲労もいくらか取れるだろう。そのあとはこの数か月を取り戻すつもりで働いてもらう。そのつもりでいるように」

 

 もちろんです、と敬礼を返した。そんな俺を見て、大河内さんは満足そうに頷く。そしてさっと立ち上がって、俺の前に立った。ぽん、と肩を緩くたたかれる。

 

「詳細は聞いていないが、明確な成果を残したことだけは聞いている。……よくやった」

 

 その珍しいお褒めの言葉がくすぐったい。へへへと笑うと大河内さんも少しだけ唇の端を上げた。

 改めてまっすぐに大河内さんの目を見て、言う。

 

「今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

「ああ。―――期待している」

 

 

 *

 

 

 とりあえず挨拶を済ませ、さてどうするかと警視庁の廊下を歩く。

 顔だけ知ってる顔見知りに何人か声をかけられたが、適当に流した。この調子だとおそらく明日には俺が本庁に戻っていることを知られているだろう。なんとまあ、本当に顔が売れてしまったものだ。

 せっかくだからあの人にも挨拶していこうと決めたところで、廊下の先に見知った顔が見えた。向こうもまた、俺の顔を見てぴたりと動きを止め、同時に敬礼する。俺は苦笑し、その二人に近寄った。

 

「お久しぶりですね、佐藤さん、高木さん」

「お、お久しぶりです!」

「しゅ、出向中だと伺っておりましたが……!」

「来週からまた監察官に復帰しますので、ご挨拶に」

 

 お疲れ様です、と揃って言われてまた苦笑。そういえば虐めるだけ虐めて、ここのリカバリーはしていなかったと今更ながら思い至る。

 伊達と松田にもしっかり締め上げられたらしい彼らは、その後きちんと弁えて職務に当たっていると聞いていた。

 

「……ご活躍の噂は伺っていますよ」

 

 二人はぴくりと肩を揺らす。

 

「目暮警部や他の皆さんにもどうぞよろしくお伝えください」

 

 なるべく柔らかい声でそう言うと、二人は戸惑ったように、そして少し嬉しそうに敬礼した。それにひとつ微笑んで、彼らの前を通り過ぎる。

 少々の失敗なんて誰にもあることで、問題はそれを如何に反省し、今後に繋げていくかだ。彼らが彼らなりの答えを出して職務にあたっているというのなら、それで十分。捜査一課を締め上げるなんて面倒なことは極力したくないのだ、反省してくれてよかった。

 少し通り過ぎた先で、背後からよかったと小さく零す声が聞こえる。俺もそう思うよ、と内心で呟き、目当ての小部屋へ足を進めた。

 

 

 *

 

 

 お久しぶりです、と言って入ったその部屋の二人は、相変わらず暇なようだった。

 紅茶を淹れていたらしいその人に、君も飲みますか、と尋ねられる。紅茶はあまり嗜まないが、せっかくなので頂いておこう。

 

「ろくに説明もできなかったのに、官房長に連絡を取って頂いてありがとうございました」

「いえいえ。お役に立てたなら何よりです」

「助かりました。本当に」

 

 香りのよい紅茶を受け取りながらそう言うと、杉下さんはにっこりと微笑んでくれた。その後ろで神戸さんが苦笑している。

 官房長を巻き込まなきゃいけないような案件に関わってたんだ、とぼそりと言われ、誤魔化すように手を開いた。ええ、言えないけど大変だったんです本当に。

 

「来週から監察官復帰だって?」

「ええ。また大河内さんの下で働くことになります」

「腕が鳴る?」

「そりゃもう。聞けばまた大きな顔してる方がいるらしいじゃないですか」

 

 監察官として頑張らないといけませんよね、と笑顔で言うと、神戸さんも愉快そうに笑った。変わっていなくて何より、とその笑顔が言っている気がした。

 

「……ところで柊木さん」

「はい?」

「以前からお伺いしたかったことがあります。この機会にひとつ、よろしいでしょうか」

 

 その真摯な口調に、思わずカップをおいて姿勢を正す。何となく、聞かれることはわかっていた。その視線にひとつ苦笑をして、こちらから口を開く。

 

「……俺が警察官を志した理由、ですか?」

「おや。先に言われてしまいました」

 

 かつて大河内さんに同じことを尋ねられ、適当に言葉を濁したこともあった。同期たちも聞きたそうにしていたが、俺に気をつかって聞こうとはしなかった。

 警察の不正の被害を受けながら、それでも警察官を志した理由。きっと、杉下さんもずっと気になっていたのだろう。

 

「―――かつて俺が被害者となった誘拐事件は、犯人が有力な警察官僚の娘であったために証拠はすべて握りつぶされ、事件のあった事実そのものが隠蔽されました。俺は誘拐事件の被害者ではなく、人騒がせな家出少年として扱われた」

 

 えっと神戸さんが息を呑む。そういえば誘拐事件のことは話しても、事件の隠蔽については話していなかったかもしれない。俺としても警察組織の中で大きな声で言えることではなかった。これを喧伝していたら、とっくに俺も警察上層に潰されていただろう。

 

「俺の父が警察官だったことも大きかったんでしょう。男手一つで俺を育ててくれていた父は、警察上層からの圧力に逆らえなかった。……父の涙を見たのは、あの時が最初で最後です」

 

 幼い俺を抱きしめて、泣きながら謝り続ける父。幼さ故にその理由も俺にはわからなかったけれど、いつも笑顔で強いひとだと思っていた父のそんな姿は強く印象に残っていて、今でも鮮明に思い出すことができる。

 

「杉下さんも事件の後に一度俺に会いに来てくれましたよね。そして、頭を下げてくれた。あの時は本当に驚いたんですよ、俺にはあんなに優しくしてくれたひとが、悔しさ全開、怒り心頭な顔してて」

「それは失礼しました」

 

 杉下さんは緩く苦笑するが、本当にあの時の杉下さんは怖かった。俺に対して怒っているわけではないとわかっていても委縮してしまうくらいには。

 あの優しい手と優しい声の人がこんな顔をするのかと、本当にびっくりしたことを覚えている。

 

「少し後になって、ようやくその意味を理解しました。あの事件がなかったことにされたという事実、そして父や杉下さんの言葉の理由も。それで……何て言うんでしょうね、俺は……知りたいと、思いました」

 

 どうして、警察官なのに正しいことができないのか。

 どうして、正義を執行する機関において正義が行われないのか。

 どうして、正しいことをしたはずのひとたちが苦しまなければならないのか。

 今にして思う、俺は本当にただ()()()()()()のだと。ずっと俺は警察を―――いや、警察に身を置きながら正義を行わない人々を恨んでいるのだと思っていた。だから復讐に行くのだと、中身のない復讐心を秘めていた。だけど、その復讐心もしっかりと見つめてみれば中はからっぽ、そこにあったのはただの疑問。

 俺は多分、最初から恨んでなんかいなかった。憎んでなんかいなかった。復讐なんてめんどくさいこと考えてもいなかった。

 

「ただ、正義がどんなものなのか知りたかった」

 

 正義を謳いながらそれを踏みにじった警察に行けば、何か見えてくるものがあるんじゃないかと思った。他の人に言わせれば、多分「それだけ?」と言われてしまうような理由。でも俺は、きっと本当にそのためだけに、警察官を志した。

 ―――今気づいた、俺が新一くんに何となく厳しく言えないのは、彼の中に俺と似たものを見たからかもしれない。

 真実を求め、そのために突っ走ってしまう彼。

 正義を求め、そのためこれまでの人生を費やしてきた俺。

 求めるものや手段の違いこそあれど、他が見えてないという意味では同じというか、むしろ俺のほうが極端かもしれない。

 そんな自分に少々苦笑しつつ、俺は言葉を続けた。

 

「……結局今でもよくわからないんですけどね。警察官としてあるまじきとは思いますが、まあ定年くらいまでに何か見つかるといいなと思っています」

「……なるほど」

「すいません、ちゃんとした答えを返せなくて」

 

 とんでもありません、と杉下さんはどこか穏やかな顔をしている。今の答えで腑に落ちてくれたのだろうか。俺ですらわかっていないのに、さすが杉下さんは頭のいい人だ。

 

「立ち入った質問をしました。申し訳ありません」

「いえ。……杉下さん、覚えていますか?」

 

 事件の後、頭を下げに来てくれた貴方が俺に言ったこと。

 そう言うと、杉下さんはひとつ瞬きをして、ええ、と少し言いにくそうに頷いた。その様子にふふっと笑い、あの時の杉下さんの言葉を諳んじてみせた。

 

『今は意味が分からなくても構いません。けれど、どうか覚えていてください。世の中は理不尽です。どれだけ努力を重ねても、どうにもならないことはあります。しかし、努力次第で、変わることも確かにあるのです。それだけはどうか、忘れないでください』

 

 この言葉を聞いたときは、よく意味が分からなかった。だが幼心に忘れてはいけないのだと思い、何度も反芻した。その結果、今でもさらりと諳んじられるくらい、俺の深いところに刻まれる言葉になっている。

 

「この言葉の意味を理解したとき、―――警察官になることを決めたとき、俺は決めたんです。俺が飛び込もうとしている世界がどれだけ面倒でどれだけ理不尽であったとしても、その中で生き残れる人間になろうと。そのためにずっと、できる努力は片っ端からしてきたつもりでいます」

 

 理不尽に立ち向かえるような。理不尽を受け流せるような。俺が俺らしいままで、突き進んでいけるだけの能力を手に入れる、そのためだけに頑張ってきた。

 

「だから、今の俺があるのは杉下さんのおかげなんです。本当はずっとそう言いたかったんですけど、機会を逃し続けて今になってしまいました。―――ありがとうございました。世の中やこの組織がどれだけ理不尽だろうが、俺は闘い抜いてみせます。絶対に」

 

 深く深く頭を下げた。見えないところから、ぐっと息を呑む音が聞こえる。頭をあげてください、と小さな声が落ちる。

 そっと頭を上げると、杉下さんは変わらない笑顔で微笑んでいた。

 

「貴方なら、きっとできます。いいえ、きっとではありませんね。―――間違いなく、できます」

 

 心から敬愛するその人の言葉に笑顔を返し、俺はきっちりと敬礼をして見せた。

 

 

 ***

 

 

「これはもう怒っていいと思うんだよね」

 

 佐藤ちゃんや高木君には顔見せたくせに何で俺たちのところには寄らないんだと、いの一番に俺たちに会いに来て頭下げるべきじゃないのかと、さすがの萩原も頭にきているようだった。松田の運転する車という狭い密室でわめくなと言いつつも、内心では俺も大きく頷く。

 そこの廊下でお会いしましたと興奮する高木に聞いて初めて、柊木が監察官として戻ってくることを知った。その当人はどこに行ったと三人で高木を締め上げにかかったところで特命係の神戸さんが通りすがり、彼ならさっき特命係に寄ってったよの一言。

 刑事部のすぐ近くに来てんじゃねえかと三人そろって憤慨したタイミングで送られてきたのが、頑張ってはいるがまだまだ人付き合いの経験値が足りない馬鹿からのメッセージ。

 

『今日、うち来れる?』

 

 そういう経緯で俺たちは片っ端から仕事を片づけ、こうして三人で柊木の家に向かっているというわけである。

 

「とりあえず出会い頭に一発殴る」

 

 眉間にくっきりとしわを寄せた松田の物騒な決心に、さすがにやめろとは言えなかった。本当にまともに顔を見るのはどれだけぶりだろう。さんざん心配させた挙句、意味深なメッセージだけ投げて協力までさせたのだ。その案件が終わったのなら、せめてまず頭を下げにくるべきだろうと思う。

 柊木の住むマンションに到着し、足早にその部屋へと向かう。部屋の前のインターホンを押し、返事も待たずに乗り込んだ。案の定鍵はかかっていない。見慣れた靴があったので降谷と諸伏も来ているのだろう。リビングにつながるドアを開けると、そこに座っていたのは数か月ぶりのイケメン。

 そいつは俺たちを確認すると綺麗な所作で座りなおし、そっと床に手をついて頭を下げた。

 

「ろくに説明もせずにこき使ってごめんなさい。本当に助かりましたありがとう」

 

 それはそれは、ひどく折り目正しい土下座だった。出鼻をくじかれた俺たちはもはや脱力してその場にしゃがみ込む。

 

「めっちゃ素直……」

「知ってた……」

「さすが柊木……」

 

 怒るとか殴るとか言う気力を奪われた俺たちを見て、柊木の両側に座っていたそいつらも面白そうに笑った。いやお前らも土下座する側だろーが何笑ってんだと思う。

 

「久しぶりだな」

「悪いね、終わるまで随分かかっちゃって」

 

 すがすがしい顔をした二人の顔に、もはや陰りも険しい色もなく。本当に片づけたんだなと、一目見てわかるような笑顔だった。特に降谷の何も考えてない顔というのは、随分と久しぶりに見たような気がする。

 

「……柊木、来週から本庁で監察官復帰だって?」

「ん? ああ。でも来週は大河内さんの温情で休みもらったから、正しくは再来週からだな」

 

 頭を下げたまま言う柊木に、いい加減頭あげればと萩原が言うが、意外とこの姿勢は楽とか言って柊木は頭をあげようとしない。よくよく見ればゆったりと脱力してストレッチのような体勢になっている。こいつ土下座の意味知ってるのだろうか。

 

「……本当に全部終わったのか?」

 

 怒るのも馬鹿らしくなってそう言うと、ああ、と降谷が頷く。

 

「事後処理も含めてほぼ終わり。残っているのは他国との交渉部分で、そこは上の仕事だからな。俺たちがやるべき仕事はとりあえず終わった」

「その上での昇進と異動だよ。俺たち一個ずつ上がったんだ。悪いな三人とも、もう俺の方が上だぞ」

「えっそれはおめでとう」

「ありがとう。俺もこれで現場に出ることは減るだろうな」

 

 やれやれと降谷が溜息をついているが、さすがにお前はそろそろ落ち着いた方がいいと思う。降谷は実働として優秀だが、何でも自分でこなしてしまいがちだ。下を育てていくためにも、人を動かすことを覚えていくべきだろう。

 

「ん? じゃあ諸伏、お前もう普通に外出できんのか?」

 

 思いついたように松田が聞くと、諸伏はそれは嬉しそうに笑った。

 

「ああ! もちろん多少の警戒は必要だけど、相手してた奴らもいなくなったし、俺も今後は潜入よりはサポートメインの仕事になるから顔も名前も隠す必要がない。いやぁ自由に外歩けるっていうのはいいな!」

「そりゃあ良かったなぁ! つまり、外でお前らの名前を大声で呼んでもよくなったわけだ?」

 

 俺がそう言うと、二人はにっと笑う。

 つまりまた、六人で気兼ねなく外出ができるようになったというわけだ。こいつらがどれだけプライベートを犠牲にして職務に当たっていたのかよく知っているだけに、その報告は嬉しかった。

 今後は暇を見つけて、こいつらも外に連れ出すようにしよう。陽の光を浴びながら呑気に笑うこいつらの顔をもう一度見られるというのなら、それは本当に嬉しいことだ。

 

「じゃあいいタイミングだしそろそろ花見とか……ん? 旭ちゃん?」

 

 頭を下げたまま反応を返さない柊木に、そっと萩原が近寄る。降谷と諸伏もまさか、という顔で柊木の様子を伺った。聞こえてきたのは安らかな寝息、そしてゆったりと上下しているその背中。

 

「……え、柊木?」

 

 改めて諸伏がその呼吸を確認したが、そのまま諦めたように首を振る。

 残念ですが、爆睡ですって手遅れみたいな言い方すんなそいつ生きてんだろうが、と言おうとしたところで盛大に萩原が噴き出した。

 

「ちょ、マジで寝てんの? その姿勢で? 何それごめん寝じゃんさすが旭ちゃん素で可愛い!」

 

 確かにすげえなこいつ、と松田はさっとスマホを取り出して連写する。

 あの柊木のごめん寝画像なんて貴重も貴重というか、よし、俺も撮ろう。そしてナタリーに見せて、こんな奴なんだと一緒に笑おう。さっとスマホを取り出して連写した。悪いな柊木、でも話の途中で寝る方が悪い。

 

「……まあ確かにここ数か月めちゃくちゃな生活送ってたからな……」

「寝落ちも無理ない、か。とりあえずベッドに運んでやろう。ちょうどいい、ちょっと柊木に秘密でお前らに話したいこともあったんだ」

 

 秘密で、と聞き返すが、柊木を運んだら相談させてくれ、と降谷が笑う。どうやら悪い話ではなさそうだ。公安組が柊木を寝室へと運んでいく。その途中で萩原があっと声を出し、近くにあったチェストの引き出しを遠慮なく開けた。

 

「えーと、確かこの辺に……」

「お前いくら勝手知ったる家でも引き出し普通に開けんなよ……」

「旭ちゃんはそんなこと気にしませんー。あ、あった」

 

 萩原が取り出したのは、黒マジック。まさか、と呆れと悪戯心が同時に湧き上がる。

 

「話の途中で寝る方が悪くない?」

 

 そのときの萩原の笑顔は、ここ数か月で一番と言って良いくらい輝いていた。

 

 

 ***

 

 

 ふと、目が覚める。部屋が暗い。慣れたベッドで寝ていたようだが、ベッドに入った記憶がなかった。確か数か月ぶりに六人で揃ったような気がしていたのだが、夢だったのだろうか。

 時間を確認しようとスマホを探す。枕元にあったそれを手に取ると、メッセージが来ていた。萩原からのようだが、画像が添付されている。働かない頭を無理やり動かしながら、メッセージをタップした。

 画面いっぱいに表示されたそれを見て、反射的に洗面所に駆け込んだ。

 

「……うわっマジでやりやがった……」

 

 左頬いっぱいに大きく豪快に書かれた「おかーり!」。

 右頬には繋がりがちで勢いのある「お疲れさん」。

 額には角ばった小さな文字で「遅いんだよ」。

 そして届いた画像では、落書きされた顔で爆睡している俺のまわりで馬鹿三人がピースをしていた。全く、やってくれる。ただただおかしくなって、鏡の前でひとり笑った。帰ってきたんだなと、その文字に触れて思う。

 触れた瞬間に、気づいた。

 

「……ってこれ油性じゃねえか何してくれんだあいつらあああああ!」

 

 

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