六花、欠けることなく   作:ふみどり

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六花、紡ぐ

 それは珍しい、降谷(ゼロ)からのメッセージだった。

 深夜ちかくに送り付けてきて、何かと思えばその早朝に集合しろとのこと。

 相変わらずの傍若無人に何だコイツと思いつつ、あまりに美味そうな餌をぶら下げられては向かわざるを得なかった。そしてそれを、俺は今心底後悔している。

 

「……俺は朝イチとれたての美味い魚が食えると聞いて、この早朝に眠い身体引きずってきたんだが?」

 

 当直の徹夜明けに、海面の照り返しは辛い。愛用のサングラスをかけていても目がびりびりと痛かった。

 なのに呼び出した当の本人と来たら、わざわざ用意してやったぞ感謝しろと言わんばかりの表情で釣り竿を差し出している。いや間違いなくこいつはそう思ってる。

 傍若無人が服を着て歩いているようなそいつは、しれっとした顔で言い放った。

 

「釣れたらちゃんと捌いてやるよ」

 

 なら釣ってから呼べ。

 心底そう思ったが俺が口でこいつに勝てるはずもなく、ゼロがただ俺たちに魚を食わせてくれるような生易しい性格でないことを考えていなかった俺も悪い。コイツからの連絡だった時点で予測すべきだった。反省。

 

「てっきり朝イチ獲れたての魚買ってきて料理してくれるもんだと……そんな甘い話あるわけないのにね……降谷ちゃんだもんね……」

 

 ゼロの後ろで、遠い目をした萩原が手の中でウキを弄んでいた。

 その傍で、傍若無人に慣れきってもはや楽しんでいる猫目が笑う。

 

「ははは、まあそう言うなって。釣りも楽しいよ」

 

 やったことあるかと聞かれて力なく首を振ると、じゃあ初挑戦だなと諸伏から元気な声を掛けられた。

 もうどうにでもなれという気になり、とりあえずゼロから釣り竿を受け取る。

 

「松田も初心者か。じゃあ俺が面倒を見よう」

「初心者と経験者がちょうど三人ずつで良かったな~」

「三人ずつ?」

「おう、俺も経験者だ」

 

 しゃがんで竿の用意をしていた伊達が、首だけこちらに向けて言う。

 その傍でしゃがみこんでいる奴も初心者らしい。まあ、正直したことないだろうとは思った。聞くだけで泣けてくる寂しい青春を送っていた超絶イケメンは、お前何歳だという顔をしてきらきらと目を輝かせている。

 

「伊達、これでいいのか?」

「お、ちゃんと結べたな」

 

 そうだ、こいつたまに精神年齢五歳になるんだった。

 幼児もかくやというほどに目を輝かせた柊木は、手元でちまちまと釣り糸を結んでいたらしい。出来栄えを伊達に確認してもらうその姿は、もはや親子のようだった。いや二人は同い年だし、むしろ伊達より柊木の方が誕生日は早いのだが、もう雰囲気的に仕方がない。

 

「見てないでお前も準備しろ、松田。来るのが遅かったから竿の用意は済んでる」

「……おう」

「ハギも用意出来たな。じゃあ餌つけるか」

「はいは~、て、……え、餌って……」

 

 ぱかりと諸伏が開けた小箱に入っていたのは、―――名状しがたい、いや名状したくない感じの、まあ、小さな虫だった。

 中を見たハギがさあっと顔色を変える。

 

「うえっきもい!や、ちょっと待って俺そういう虫は無理!!」

「何だ、情けないな」

 

 呆れたようにゼロは言うが、かく言う俺も好んで触りたくはない。ゼロが付けてくれるほど心優しい奴ではないことくらいわかっているので、仕方なく覚悟を決める。

 にこにこ笑顔の愉快犯は、楽しそうに小箱をハギの顔に寄せて遊んでいた。鬼か。

 

「まあ普段見ない類の虫だからな。柊木は大丈夫か?」

 

 苦笑する伊達にそう言われて柊木も小箱を覗き見る。

 どんな反応をするかと思ったが、うーんと首をひねり、まあ平気と答えた。

 

「毒持ってたり噛んだりしないなら、別に」

「相変わらず旭ちゃんったら判断基準が理性的……」

「所詮虫だし。松田も苦手?」

「……好んで触りたくはねえな」

 

 やるけど、と言葉を付け加えると、満足そうにゼロは頷いた。やっぱりお前付けてくれる気なしかよちくしょう。

 その様子に伊達と柊木は苦笑している。

 

「まあ、とにかく美味い魚食うために頑張ろうぜ」

 

 せっかく早朝に集まったんだしよ、と笑う伊達に、溜息を返すしかなかった。

 

 

 ***

 

 

 とにかく、眠い。

 いつもの早朝のトレーニングよりさらに早く起きたこともあり、気を抜けば瞼が下りてきそうだ。すぐに釣れてくれれば眠気もまぎれるのだろうが、さすがにそう都合よく釣れるわけもない。

 

「ふあ……、」

 

 思わずあくびを漏らすと、隣にいたヒロくんが眠そうだなと苦笑する。

 

「そっちは眠くない感じ?」

「眠気のコントロールはわりと得意だから。よく叩き起されたり連日徹夜してたりしたからな!」

 

 その言葉にかつての上司その一はそっと目を逸らし、かつての上司その二は特に気にした様子もなく鼻歌を口ずさんでいた。

 ちなみに柊木の鼻歌は音痴ではないが、どこか微妙にリズムがズレている。俺たちといるときしか鼻歌を歌うことはないので知られていないが、実は旭ちゃん、リズム感が微妙らしい。

 

「それについてコメントは?」

「……すまなかったとは……」

 

 面白そうに松田が聞くと、降谷がぼそぼそと答える。柊木はと話を振ると、そういうときは悪びれない旭ちゃんはしれっと答えた。

 

「こき使えって言ったのは諸伏だ」

「さすが暴君だなオイ」

 

 苦笑する伊達に、もう柊木の部下はごめんだな……と遠い目をする諸伏。

 詳細は知らないが結構な暴君ぶりだったと聞いている。俺も旭ちゃんの部下になるのは御遠慮したい。絶対「え、これくらいお前ならできるだろ?」ってぎりぎりの死線を走らされるのは目に見えている。

 そのとき眠い目を擦っていた松田が、ふと思いついたように口を開いた。

 

「お前ら柊木の腹黒さに気づいたのいつ?」

 

 その言葉に、特に考えることもなく四人揃って即答した。

「初めて説教されたとき」と、俺。

「運動会のマジ切れのとき」と、伊達。

「教官言いくるめて全員の外泊許可奪い取ったとき」と、諸伏。

「深夜の模擬パトロール訓練で先輩達を返り討ちにしたとき」と、降谷。

 当の本人は平気な顔ではははと笑った。

 

「全部警察学校入学してふた月も経ってないときの話だな。ところで話題のチョイスと即答ぶりに悪意を感じるんだが」

 

 気のせいだろ、と松田はさらりと流す。

 変わらずけらけら笑う諸伏が、松田はいつなのと話を返せば、いまだ眠そうなグラサンヤンキーもまた即答で返す。

 

「大人しく言うこと聞くふりしながら、いびってきた先輩の靴ひも踏んで転ばせたのを見かけたとき」

「え、松田見てたの?」

 

 思わずと言ったふうに言葉を漏らした柊木に、揃って噴き出す。

 やっぱあれわざとかと松田が笑うと、柊木はおっと、と自分の口を塞いだ。

 

「しかもお前、わざと地面がぬかるんでるところ狙って転ばせたろ。あの頃はまだお前大人しかったから半信半疑だったけど」

「めんどくさかったから早く終わらせたかったんだよ。ドロだらけの服でいたら教官に叱られるだろ、だから早く着替えに行ってくれると思って」

 

 さっすが旭ちゃーん、と笑うと、見られてるとは思わなかったと当の本人はボヤいていた。

 旭ちゃん、俺が言うのもなんだけど反省するところが違うと思う。

 

「あとから仕返しとか大丈夫だったのか?」

「そのすぐあとに白樺先輩に目ェ付けられたから」

 

 あー、と全員が納得した声を揃えた。

 白樺先輩というのは、なんだかんだで俺たちの面倒を見てくれた、これまたとても頭のいい先輩だ。柊木がそれ以上絡まれないように適当に釘をさしてくれたのだろう。あの奥底の見えないにこやかな顔が脳裏に浮かんでぞっとする。

 

「やっぱりいい先輩だな、あの人は」

「いや、自分が存分に俺で遊ぶために邪魔だっただけだと思う」

 

 うんうんと伊達が言ったのを、眉間に皺を寄せた柊木が即座に否定した。多分旭ちゃんが正解。あの人はそういう人だ。

 長野県警に出向していると噂で聞いたが、あの腹黒性悪愉快犯な愛すべき先輩はお元気だろうか。こき使われそうだから会いたくはない。

 

「いやぁなっつかしいねぇ。もうそこそこ前になるのに覚えてるもんだな」

「何ジジくさいこと言ってんだ萩原。たかが十年くらいだろ」

「たかがって何よ陣平ちゃん。十年って結構なもんよ?」

 

 不思議と鮮明に思い出せる、こいつらとの時間。

 それだけ強烈で、退屈しない時間を過ごしてきたということだろうか。十年後にも同じように思い出せそうだから不思議なものだ。

 

「……つまり俺らの付き合いも十年くらいか」

「はは、切れそうもない腐れ縁だな」

「全くだ」

 

 感心したような伊達に、さらっと笑う諸伏、そして苦笑する降谷。松田と柊木の口元にも、穏やかな微笑みが浮かんでいる。

 

「……その腐れ縁のよしみで頼みがあんだけどよ、お前ら」

 

 少しの沈黙が流れたあと、伊達が声を改めた。

 視線をやると、自分の釣竿を見つめたままの伊達の横顔は、少し緊張した面持ちで言った。

 

「ちょっと改めて時間つくってくんねえか?」

「……今じゃだめなのか?」

 

 同じく声を改めた降谷が、聞く。

 伊達は少し口元を綻ばせ、答えた。

 

「あー、えっとな。……せっかくだから、二人揃って話してえんだよ」

 

 まず、彼女を紹介させてくれ。

 そう言われて思い出す。ああ確かに、あれからもう三年だ。

 緊張した空気が解け、また皆で笑った。

 

「とりあえず柊木、覚悟決めとけよ」

「さすがに初対面で卒倒はちょっとね〜」

「そうだ聞いてくれ、先日ようやく梓さんと笑顔で会話することに成功したらしい」

「お、リハビリの成果だな!そっかこの前の赤飯はそれか」

「柊木……一応彼女には事情説明しとくからな……」

「はははお前らマジでうるせえ」

 

 いつもの軽口が戻ってきたとき、ぽちゃりと伊達のウキが音を立てた。

 

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