こんなに緊張した顔をした柊木を、かつて見たことがあっただろうか。
公安に引き抜いて例の案件の指揮官を任せたときですら、ここまでがちがちに緊張はしていなかったように思う。まあ、原因がわかっているだけに何とも言えない。
居酒屋の個室に集合し、今日初めて「彼女」と顔を合わせた。事情を聞いているという彼女は、距離を取った方がいいと考えたからだろう、伊達に半分隠れるようにして口を開いた。
「あの、……この距離なら大丈夫かしら。ナタリーです、初めまして」
「あー……柊木?大丈夫か?」
伊達も続いて声を掛ける。二人の声を聞き、一瞬柊木が固まった。すぐには返事をせず、ひとつ呼吸をする。深く息を吐いたとき、一緒に柊木の力が抜けたような気がした。表情がほぐれ、わずかに余裕が生まれている。
その顔を見た同期たちも、お、という顔をしたのが見えた。
「……初めまして、柊木旭です。お気遣いありがとう」
そしてなんと柊木は、緩く微笑んでさえ見せたのだ!
あら、と少し驚いたようにナタリーさんがつぶやくが、もはやそれどころではない。一瞬で顔色を変えたのは俺たちの方だった。
「どしたの旭ちゃん、何か悪いもんでも食べた?」
「飲んでないのに酔ったのか?どこまで下戸なんだよ」
「いやもしかして熱でも……体調悪いか?帰って休むか?」
「まだ飲んでないから今なら送ってやれるぞ」
「悪かったな、体調悪いのに無理してきてくれたのか」
「お前らちょっと正座しろ」
ごきりと柊木の指がいい音を立てる。気にせずその額に手を当てると叩き落とされた。どうやら熱はなさそうだ。ということは。
「さては誰かの変装か……?」
「いい加減マジで殴るぞ降谷」
柊木の顔が本当に怖くなってきたところで、紅一点が噴き出した。ごめんなさい、と小さく零しながら、肩を震わせている。
「本当に仲が良いのね。聞いていた通りだわ」
目尻に浮かんだ涙を拭いながらナタリーさんが言う。何を言ったんだよと松田がつっこむと、伊達は苦笑して誤魔化した。
「で、大丈夫なの?旭ちゃん」
萩原の言葉に、柊木はナタリーさんを見つめながらうーんと首を傾げ、大丈夫っぽいと軽く言った。確かにその顔にもう緊張は見られず、いつも通りの呑気な顔をしている。
「……柊木が女性の前でこんなに平気な顔をしてるなんて……」
「諸伏うるさい」
口元をひん曲げた柊木に、本当のことだろと皆で笑う。
少し安心した顔のナタリーさんが、改めて柊木に話しかけた。
「普通にお話しても大丈夫かしら?」
「ああ、大丈夫だと思う。気を遣わせて悪いね」
「いいえ、大丈夫なら良かったわ。航くんからよく話は聞いていたから、できれば仲良くしてもらいたかったの」
よろしくねと笑う彼女に、よろしくと笑う柊木。微笑ましい光景なのに違和感しかないのが何ともはや。全面的に柊木のせい。
自己紹介と世間話をしつつ、酒と肴を片づけていく。ナタリーさんは控えめだがノリは良く気遣いも上手で、時間は和やかに進んでいった。
二人の出会いの話を聞いてはひやかして、伊達の黒歴史の話をしてはナタリーさんを笑わせて。伊達の事故の話になったときには、彼女が深々と萩原に頭を下げて慌てさせていた。女性相手に慌てる萩原というのはなかなか珍しいので面白い。柊木も自然にナタリーさんと会話をしていて、実は女性苦手が治ったのではないかと疑ったが、店員の女性にはビビっていたのでそうでもないらしい。いったい柊木は何を感じ取っているのだろうか。
話をしているうちに、数か月後に予定しているという結婚式に話題がうつる。
「んじゃ、式の日取りもほぼ決定なんだ?」
「ああ。招待状は改めて送るからよろしくな」
「ご祝儀は期待すんなよ、お前もよく知ってる安月給だ」
「端から期待してねえから安心しろ。……そのかわりじゃねえが、お前らに頼みがあんだよ」
お、とそれぞれの手が止まる。頼みごとがあるという話は今日呼び出される前から聞いていた。少し改まった様子で、伊達とナタリーさんが姿勢を正す。
「仕事で忙しいのはよくよくわかってるから断ってくれても全く構わないんだが、披露宴の余興、お前らに頼めねえか?」
突如落とされた爆弾に、俺たちは揃って瞬きをした。
***
日を改めて、伊達以外の五人で集合した。例のごとく柊木の家だが、今日は酒ではない。伊達とナタリーさんから受けた依頼についてだ。
「引き受けたはいいが、何をするかだな」
む、とゼロが難しい顔をして言う。
二人の依頼を、俺たちは二つ返事で受け入れた。そりゃあ仕事は忙しいが、腐れ縁の同期のめでたい席のことだ。できる限りのことはしてやりたい。俺以外の皆も同じ気持ちだったのだろう。期待するなよと口では言いながら、その日解散してすぐ、この打ち合わせの日取りを決めていた。
だからこうして皆で集まり、難しい顔をしているわけである。それなりに器用な人間が集まっているが、だからといって人に見せられる特技があるわけでもない。
が、ひとりだけにんまりと笑っている奴がいた。
「俺、ひとつ思いついてるんだけど、いい?」
そう言って萩原が取り出したのは、スマホだった。用意していたらしい動画を、俺たちに見せる。
画面にうつっていたのは、国民的人気を誇る男性アイドルグループのライブ映像だった。笑顔とファンサービスを振りまく五人のアイドルに、女性ファンからの黄色い悲鳴が響いている。
「これやんない? ドラマの主題歌やった曲だからたいていの人知ってるし、テーマとしてもあってると思うんだよね」
確かに歌詞から察するに、彼らが歌っているのはどうやら友の新しい一歩を応援する曲だろうか。そのドラマも確か友情色の強いストーリーだったので、俺たちが伊達とナタリーさんに贈る曲としては悪くない。
それでもどうも弱腰になってしまうのは、目立つことに対して消極的だからだろうか。いい歳して、という考えも正直なくはない。
「……つまり、歌って踊れと?」
「小難しいこと考えるよりは手軽でよくない?」
これ、手軽か? おそらくそう思ったのは俺だけではない。誰でもダンスまで楽しめる曲として売れているだけあり、その振り付けはとんでもなく難易度が高いというわけではなさそうだが、一曲を踊り切るのであれば相当に練習も必要だろう。
「……この歳になって歌って踊るってお前な……」
「そうは言うけど陣平ちゃん、このアイドルさんたち俺らより年上よ?」
「アイドルとパンピーを同じ土俵で考えるお前がすげえわ」
「大丈夫自信もって、俺たちちゃんとイケメンだから。特にれーくんと旭ちゃん見てみ? ぶっちゃけアイドルよりかっこよくない?」
「否定しにくいところ持ってくるのやめろ」
漫才を繰り広げる萩原と松田をよそに、ゼロはまじまじと映像を見ながらふむ、と頷いた。
「……ダンスや歌の技術はさておくが、コピーする分には何とかなるんじゃないか?」
「マジかよゼロ……」
思わず言葉を漏らすと、ゼロは平気な顔で続けた。
「実際、手っ取り早く盛り上げるという意味ではいいと思うぞ。ヒロだって歌はうまいじゃないか」
ゼロはそう言うが、うまいというほどのレベルでもない。そしてダンスなどやったこともない。
しかし口ではあーだこーだ言っている松田も真剣な顔で映像を見ていて、一応乗り気でいることはわかる。そして確かに、無理に笑いを取って盛り上げに行くよりはやりやすい手段であることも事実だ。
とにかく練習するしかないか、と小さくため息をつく。
と、ふと先ほどから黙ったままの奴が一名いることに気付いた。他の奴も気づいたのか、そろってそいつの方へ目線をやる。
「…………………………」
そこには、青い顔をして冷や汗を流す柊木の姿があった。
***
どんなものであれ、余興をすれば少なからず人の注目を集めるものだ。それは柊木も覚悟していたのだろうが、まさか全力で笑顔を振りまくアイドルの真似事、進んで視線を集めに行くことをするとまでは予想していなかったのだろう。
青い顔で若干震えている旭ちゃんに、発案しておいて何だがこれはまずいかと慌てて口を開きかける。別に思いついたから言ってみただけで、他の案を考えたって構わないのだ。
そう思って別のに、と言いかけたところで遮ったのは当の本人だった。
「やる」
え、と全員が固まる。
「皆でやれば多少は視線も分散されるだろうし、リハビリにもちょうどいい。他に案があるわけでもないし……何より、」
俺だって、ちゃんと二人の結婚を祝いたい。
どう見てもただの強がりだ。けれど、覚悟だけは伝わった。嫌だろうが苦手だろうが、やると言ったら聞かないのが柊木なのだ。やめるかと聞いたところで絶対に頷くはずがない。やだ旭ちゃんマジ頑固~。
そんな旭ちゃんに皆で笑い、じゃあ軽くやってみるかと、近くの公園に場所を変えた。そして、別の意味で旭ちゃんには驚かされることになる。
「……なあ柊木、お前ふざけてやってんじゃないんだよな?」
「……松田、わかって言ってるだろ? 俺はいたって真面目だよ」
「……だよな、悪い」
真顔で言った柊木に、思わず松田の方が謝った。
簡単にパートを決めて、わかりやすいサビ部分から動いてみる。さすがそれぞれ運動神経も覚えも悪くない。腕はこうか、ステップはどうだと言いながら動きを確認し、実際に合わせてみた。
が、音楽が入ると不思議なほど揃わない。原因はわかっている。柊木だ。
「……自覚あるけど俺リズム感ないんだ」
「そうみたいだな。動き自体はあってるのに致命的にリズムが外れてる」
「こらこら降谷」
冷静にばっさりと言う降谷を思わず宥めるが、旭ちゃんは怒ることもなくもう一度じっと見本の映像を見つめる。
何をやっても人より成果を出す姿しか見たことがなかったせいか、旭ちゃんが何かに躓くというところを初めて見た気がする。思わずそう口に出すと、柊木は画面から目を離すことなく答えた。
「日常生活と仕事に必要ないことはだいたいできないんだよ、俺。リズム感っていうのもそうだけど、そもそも飲み込みも良くない」
「いやそんなことはないだろ」
思わずと言った風に諸伏がフォローに入るが、特に気にした様子もなく柊木はさらりと言った。
「良くないんだよ。ものによっては人の五倍十倍練習がいる。自覚してるから落ち込んでも拗ねてもないよ。その分練習するだけだから」
本当に本心を言っているらしい柊木は、気にした風もない。そしてまたスマホを置いて、動きを確かめるように練習を始める。その後ろ姿を見て、思わず四人で目を合わせた。何を言うでもなく揃って小さく笑い、ひたすら練習するその背中に続く。
「はいはい旭ちゃんまたリズムずれてる~。右手上げるところが一拍遅いんだよ」
「左足も違うんじゃねえか?そこは手と足一緒に動くんだ」
俺と松田でその両肩を叩き、そして降谷が柊木の前に立つ。
「俺が前で一緒にやるから真似してみろ」
「じゃあ音楽もう一回流すぞー?」
なんやかんやと世話を焼き始める俺たちに苦笑しつつ、柊木はよろしく、と言って真剣な顔で練習を再開した。
***
「……お前前回一番できてなかったのに何で二回目になると完璧なんだよ……!」
「練習したからだよ。松田そこステップ違う」
努力に関して加減というものを知らないこいつは、しれっと俺の動きにまで指摘をしてみせた。前回の練習から数週間、いったいどれだけ練習をしたのかと想像するだけで頭が痛くなる。クソ真面目もここまでくると病気だと思う。
「何というかさすがだな、柊木」
「足引っ張りたいわけじゃないからな」
感心したようなゼロに、歌も一応歌詞と音は覚えたと柊木はさらりと返した。頭が痛い。別に何が悪いというわけではないが、ここまであっさりと追い抜かれると悔しいものがある。くそ、俺も次までには完璧にしてやる。降谷ほど病的な負けず嫌いではないが、俺にだってプライドくらいはある。
その後も何度か動きを合わせ、歌のパートを確認した。たまにミスはあるものの何とか形にはなってきていて、このままあと数度練習を重ねればとりあえず見せられるものにはなるだろう。
しかし発案のハギと来たら、何故かそれでは満足しないようで。
「アイドルやるからにはファンサも義務じゃん?」
「義務なの?」
「信じるな柊木。だいたい俺たちはアイドルをやるんじゃない、披露宴の余興をやるんだ」
え、と真顔で繰り返した柊木を降谷がさっと止める。まーたハギが何か言い出したと呆れた目をやる俺たちに、ハギは何故だか妙に熱弁した。
「何言ってるの降谷らしくもない! やるからには全力! やるからには徹底的に! それが降谷だと思ってたけど俺の見込み違いだったのかね! まさかファンサくらいでビビるなんて!」
「……何だと?」
「こらこらこらゼロ、そんな挑発に乗るなってば」
ヒロが暴走癖のある幼馴染を止めにかかるが時すでに遅し。ゼロの目には完全に火がついていた。お前こんなに乗せられやすくてどうやって潜入とかしてたんだよと思う。
「アイドルをやるってことはつまり、ひとに夢を見せること!希望をあげること!そして笑顔になってもらえるよう頑張ること!ファンサだってその一環!」
やるからにはそこまで徹底的にやんなきゃでしょ!!
疲れていようがいまいがハギの頭の壊れ具合はいつものこんなものだ。俺の心を察してくれただろうヒロは、黙って空を仰いだ。
残念なことに、ここまで来てしまったら大抵やらざるを得ないのが俺たちなのだ。
「やるなら徹底的に、というのはわかった。しかしファンサというのは具体的にどんなものがあるんだ?」
「さすがれーくん、そうこなくちゃ! ライブ映像見て研究しよ!ほら三人も早く!」
未だよくわかっていない様子の柊木と、ため息をつくしかない俺とヒロも、仕方なくハギに続く。
やるからには徹底的にやらなければ、というのはわかる。中途半端なことをして場を盛り下げるのも避けたい。ここまで来てうだうだとごねるなんてガキくさいこともしたくなかった。となればもう、腹をくくるしかないわけで。もう一度ヒロと目を合わせて互いに苦笑し、この先十年分くらいの恥を投げ捨てる覚悟を決めた。
余談だが、せっかくダンスと歌をマスターしてきた柊木も、今度はファンサのウインクができずに苦しむことになる。
***
本日はお日柄もよく。その言葉で始まるスピーチを聞いていると、今日という日が来たことを実感する。
慣れない礼服を身にまとい、隣にはドレスで着飾ったナタリーがいて。ふと目が合うと、幸せそうに微笑んでくれる。こんな幸せが、他にあるものか。ようやくこぎつけた彼女との結婚に、頬が緩むのは止められなかった。
披露宴は和やかに進んでいく。時折目頭が熱くなったりはしたがそこは意地で抑え込む。無理しなくていいのに、と隣の彼女は笑うが、俺にも一応プライドというものはある。部下も来てくれている手前、涙を見せたくはない。
そんな俺の我慢すら見越してか、にやにやと同期どもは笑っていた。この野郎、と思いつつ改めてやつらのテーブルに目をやると、気づいた。柊木の顔のこわばりがひどく、たまに震えている。
実のところ、何やら歌って踊るとは聞いていたが詳細は聞いていない。リハーサルに立ち会ったプランナーのひと曰く、「本当にプロじゃなくて警察の方ですか? 絶対盛り上がりますよ!」だそうだがいったいどれだけ気合いを入れたのだろう。それに柊木、そんな顔するなら無理しなくて良かったんだぞと本気で心配になる。他の四人に関してはいつも通りというか、むしろどこか吹っ切れた顔をしていた。本気で何をやるつもりなんだお前ら。
そうこうしているうちにやってきた、余興の時間。さっと五人が立ち上がってマイクを受け取り、前に出た。組み合わせが意外なのか、会場がどよめく。何故かいそいそと手荷物をもって前に出てくる数人の女性が見えた。筆頭の宮本がひどく楽しそうな笑顔だが、何か聞いているのだろうか。まあ、あの柊木が前に出ると言うだけで喜ぶのはわかるが。
すっと前に出た萩原が、人好きのする笑顔を見せて口を開く。
「えー、本日の余興を務めさせていただきます、新郎の同期、萩原と申します」
そのままテンポよく松田です、柊木ですと自己紹介を重ねていく。どうやら仕切り役は萩原が行うらしい。
「航さん、ナタリーさん、ご結婚おめでとうございます。さて、今回余興をとおふたりに頼まれたわけですが、何せ特に芸もないアラサー警察官五人組、実は何をするか非常に頭を悩ませました。しかしそんな俺たちに天啓を与えてくれたのは、他でもない新婦ナタリーさんの一言でした」
え、とナタリーと目を見合わせる。
萩原はにやりと笑って、下手なものまねをしてみせた。
『航くんにも聞いていたけれど、貴方たちアイドルみたいにかっこいいのね』
そういえば、確かに顔合わせの飲み会でナタリーがそんなことを言った気がする。
「と、言うわけで」
萩原の言葉を引き継ぐように、その肩に手を置いた降谷が不敵に笑う。
「歌って踊ります」
その言葉を合図に、音楽が流れだす。
ぱっと最初のポーズを取ってみせたそいつらは、確かに本職かと言うほどに決まっていた。イントロで曲を察した女性陣は黄色い声を上げ、先頭を陣取っていた宮本たちはさっと荷物を取りだす。その手に持っていたのはペンライトとうちわだった。か、完全にアイドルのステージ……!
スタートは、諸伏のソロだった。伸びやかな声が会場を包み、一瞬で空気を作り上げる。いい声をしているとは前々から思っていたが、歌もうまいらしい。
音楽の盛り上がりに合わせて動き始めるそれぞれ。お前ら何でそんなにキレあるんだよ、いや揃いすぎだろ、どんだけ練習したんだよ、仕事だって相当忙しかったはずなのに。頭の中でそんな言葉が次々と浮かんでくる程度には、完成度が高い。
いくら運動神経の良いやつらとは言え、一朝一夕でこのクオリティには仕上がらなかっただろう。この余興のためにどれだけ時間を割いてくれたのかと思うと、また目頭が熱くなる。
「……すごいわね、皆さん」
小さくナタリーに耳打ちされ、ただ無言で頷く。
諸伏と降谷が楽器をやるという話は聞いたことがあるが、それでも音楽に造詣のあるやつらではなかったはずだ。しかも特に諸伏と柊木は目立つのを好まない。それでも盛り上げる余興を考えて、きっととても練習して、披露してくれたのだ。
会場で盛り上がっているのは女性陣だけではない。ヒットした曲だけに知っている人も多かったようで、男性陣も音楽に合わせて揺れているし、あまりのクオリティに感心している人もいる。いや待て高木、何でお前は女性陣並みに目を輝かせているんだ。お前どんだけ柊木のファンなんだ。いや見なかったことにしよう。
ばっと五人が揃えてポーズを決めたところで、さっと松田が前に出る。今日は当然サングラスもなしで、その強気な目で笑ってマイクに口を寄せる。勢いのある声で刻まれるラップは、男の俺が聞いていても恰好良い。女性陣の歓声が天井を突く。
と、何かに気付いたらしい松田が歌いながら隣にいた諸伏の肩を叩いた。ん、と二人で正面を見て、そして笑い、マイクを持っていない方の手で一点を指さす。
そして同時に、口パクで「ばん!」。
うちわを持った女性がひとりへたり込んだ。そして歓声がさらに黄色くなり、自分も自分もとそれぞれがうちわをかざしだす。ファンサービスまで仕込んできやがったらしい。
その後も続々と、ピースを作る降谷に、ひらひらと手を振る萩原、少し恥ずかしげにウインクをする柊木。松田と萩原はふたりでハートを作ってみせ、あるうちわを見た柊木はさすがにひとりではきつかったのか諸伏を引きずってきて一緒に投げキス。そしてファンサービスもこれが最後と、ステージ中央で堂々のバク転を決めた降谷!
そこまでやりきったやつらを見ていて、思う。余興を頼んだことは全く後悔していないし、ここまで盛り上げてくれて本当に有難く思う。思うのだが。
こいつらに頼んだ時点でとんでもないことになることくらいは考えておくべきだった。いや違う、ちゃんと感謝している。しているが、「えっお前らそこまでやるか……?」と思ってしまっただけだ。さすが自慢の同期、やるとなったときの徹底具合がすごい。
会場が最高潮に盛り上がり、きっと誰もがここをアイドルのライブ会場だと錯覚したあたりで、曲はフィニッシュを迎える。歓声と拍手に惜しまれたそいつらは、汗を軽く拭いながらやり切った顔。いや本当すげえよお前らは……と拍手をしていたところに、さっとマイクを渡される。
「好きなように突っ込みを入れろ、だそうです」
楽しそうに笑って言ったスタッフさんに首を傾げつつ、受け取った。まだ続きがあるのかと目線を戻すと、含み笑いの萩原と目が合った。お前何企んでやがる。
「一緒に盛り上がってくださった皆さん、ありがとうございます! アラサーでもこんだけやれるんだぞってところをお見せできたでしょうか!」
楽し気に手を振る萩原に、松田が近づいて呆れたように笑う。
「まさかこの歳になってアイドルの真似事をやるとはな……」
「まーたそんなこと言って陣平ちゃんったら! 大丈夫自信もって、ラップすげー恰好良かったし、何よりちゃんとイケメンだから! 自信もって!」
「うるせえ知ってるわ」
真剣な顔で言う萩原に、堂々と「イケメン」を認める松田。興奮冷めやらない会場に笑いが漏れる。そんなふたりに、いやいやと近づいたのは諸伏だった。
「結構頑張って盛り上げたけどさ、まだちょっとイケメン具合足りなかったんじゃないか? 練習が足りなかったかな」
だってほら、と俺たちの方をちらりと見て続ける。
「こんなに恰好良くキメてるのに、俺たちが歌って踊ってる間もナタリーさんはずっと伊達に寄り添ってたんだぜ?」
あら、と少し照れたようなナタリーの声が漏れる。
そうだそうだと、降谷と柊木も乗ってきた。
「あんなにファンサービスも研究したのにな。俺はバク転だってしっかり決めたし、柊木に至ってはこのところずっとウインクの練習をしてたんだぞ」
「そうそ……ってお前それ言わなくていいところだろ……!」
練習したのか柊木。健気に鏡の前で練習したのか柊木。悪い、想像するだけで笑える。柊木に完璧のイメージを持っていたやつらは「えーっ」と声を上げていた。
気を取り直した柊木が、コホンと咳払いをして改めて言う。
「でもほら、伊達……航さんはいいやつだから」
いつも通りの柔らかな笑顔、柔らかな声で続けた。
「俺たちにとっても頼りがいのある自慢の同期じゃないか。ゴリラなだけで」
おい気のせいか、今余計な言葉が付かなかったか。にやりと同じ顔で笑いやがった四人も、乗っかっていく。
「まあそうだな、優しいよな。ゴリラだけど」と諸伏。
「頭もいいし仕事も出来るよな。ゴリラのくせに」と松田。
「腕っぷしもあるしね~。あ、ゴリラだから?」と萩原。
「包容力もあるんじゃないか?ゴリラだしな」と降谷。
あまりに息の揃った言いように、思わず手元のマイクにスイッチを入れる。
「言いたい放題だなオイ! というかお前らも十分ゴリラだろうが!」
思わず叫ぶと、ええっと大袈裟に驚いてみせるそいつら。完全にいつもの飲み会のノリ、ただのおふざけで悪ノリだ。幸いにも、会場も笑いに包まれる。
「俺たちのどこがゴリラに見えると?」
「顔が綺麗なだけのゴリラじゃねえか。柊木お前林檎片手で握りつぶせるだろ」
しれっと暴露した柊木の特技に、会場が騒然とする。にこりと対外用の笑みを作ってみせた柊木は、いやだなぁと軽く言う。
「左手ではできないよ」
「つまり右手なら余裕なんだろうが」
そんな俺たちの会話にけらけらと笑う萩原がまあまあと柊木の肩に腕を回した。
「こーんなイケメン五人がちょーかっこいいところ見せても揺らがないくらい、ナタリーさんが伊達にべた惚れだっていう話なんですよねえこれが」
「ナタリーさんだけじゃねえだろ。新郎だって結婚が決まった後の飲み会で俺ら相手に五時間惚気やがったんだから」
松田の言葉にうっと詰まる。ナタリーが目を輝かせて本当なのと聞いてくるが聞かないでほしい。あの日は自分でもどうかと思うくらい浮かれていたのだ。
「俺が作ったつまみを食べて『ナタリーが作ったやつの方が美味い!』って言ったことは未だに根に持ってる」
「そこは諦めろ柊木、愛情の差だ。お前の料理はただのストレス発散だろ」
拗ねてみせた柊木に苦笑しながら降谷が言う。俺はそんなことまで言っただろうか、結構に酔っていたので何を口走ったのかあまり覚えていない。
「まあつまり、びっくりするくらい相思相愛の二人なんですよってことです。な?」
「そーだな。もう末永い幸せとか祈らなくても勝手に幸せになるだろ」
雑にまとめた諸伏に、呆れた顔を作ってみせた松田が引き継ぐ。そして不敵な笑みを口元に浮かべたまま、降谷が続けた。
「ええ、だから俺たちも『お幸せに』なんて絶対言ってやりません」
「そこは独身貴族のひがみとして許して!」
楽しそうに萩原が口を挟むと、会場がまたどっと笑う。
そして穏やかな顔に戻った柊木が、改めて口を開いた。
「そういうわけなので、俺たちから贈る言葉はこれくらいです」
そこでひとつだけ呼吸をして、合図も何もなしにそいつらは全員で声を揃えた。
『結婚、おめでとう!』
今度こそ堪えきれなくなった涙がひとつ、頬を伝うのを感じた。
***
冷たいタオルが身に染みる。
余興を終えて一旦ロビーに出た俺たちは、とりあえず水を片手に休憩をしていた。情けないことに堪え切れなくなった俺は、ソファに倒れ込むように座っている。さっと冷やしたタオルを顔にかけられた。諸伏だろうか、準備が良すぎていっそ腹立つ。
「よく最後までもったね旭ちゃん」
「最後の方、手ェ震えてたけどな」
「うるせえ……」
必死で堪えていたが松田には見抜かれていたらしい。悔しい。けらけらといつものように笑う諸伏がつん、と俺の頭をつつく。
「ったく、投げキスに俺を巻き込むなよな~やるけどさ~」
「ひとりはむり……」
「何ガキみたいなこと言ってんだお前」
松田にからかわれるも、今は言い返す気力もない。あとで一発殴ってやると心に決めると、降谷が伊達、と言ったのが聞こえた。
少し離れた場所から靴音がひとつ近づいていてくるのが聞こえる。
「おう、皆お疲れさん。本当にありがとな。で、柊木は無事か?」
「……あいさつがわりにかくにんすんのやめろ」
思わずそう言うと、悪い悪いと笑う声が聞こえた。伊達がひとりでいるということは、ナタリーさんはお色直しだろうか。
「……いや、本当にありがとな。あんなに気合い入れてくれるとは思わなかったよ。盛り上がりもすごかった」
むしろすごすぎだろ、とぼやく声も聞こえ、皆で軽く笑う。俺たちに任せたんだから当然だろと降谷が言うと、思い知ったわと伊達も笑った。
「おかげさんで最後まで良い披露宴で終われそうだよ。お前ら本当に二次会来ないのか?」
「お誘いは有り難いが、柊木もこの調子だしな。今日は披露宴までにしておくよ」
「あんなに目立っちゃったら二次会もすごいことになりそうだしね~」
降谷と萩原の言葉に続いて、諸伏が伊達に聞こえないようにぼそっと明日仕事だしな……と呟く。この一日の休みをもぎ取るのにどれだけ苦労したのか、考えるだけで泣けてくる。
「そうか……じゃあ、また改めて新居に呼ばせてくれな。柊木、ナタリーがお前に唐揚げの作り方習いたいってよ」
「りょーかい……レシピとかないから勘で覚えてって伝えといて……」
わかった、と幸せそうな声色で伊達が言う。いや、幸せ「そうな」、ではないか。こんなに嬉しげな声をしておいて、幸せでないなど有り得ない。
「……伊達」
ようやく少し眩暈がおさまってきた。顔からタオルを外して、伊達の方に目線をやる。眩しさに負けて目が上手く開かない。
何だ、という声を頼りに、そちらに向けて笑いかけた。
「俺、お前とナタリーさん見て、初めて結婚っていいかもって思ったよ」
あんなにも幸せそうに寄り添う、ふたりを見ていたら。
愛する誰か、信頼する誰かと、一生を共にする約束をしたふたりを見ていたら。
結婚は確かにそれはふたりが選んだ「幸せ」の形で、たくさんある幸福のなかのひとつだと思うから。それをほんの少しだけ、羨ましいと。
生まれて初めて、そう思ったのだ。
「……えっどうしよう旭ちゃんこれバグってない? 壊れてない?」
「やっぱ人前で歌って踊るなんて無茶するから……とりあえず俺、タオルもう一度冷やしてくるな」
「ついでに水と氷も頼んできてくれ、ヒロ。薬もいるかもしれない」
「いっそ救急車呼ぶか?絶対頭やべえだろ」
「俺たちの披露宴のために無理させて本当にすまねえ柊木……!!」
目が慣れてようやく愛すべき同期たちの顔が見えるようになった俺は、とりあえず手近にいる松田から順番に殴っていこうと拳を握りしめた。
書籍にしたときの書き下ろし②でした。