六花、欠けることなく   作:ふみどり

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太閤名人との出逢い

 俺はどうしたらいいんだ。そんな言葉ばかりが、頭の中でぐるぐると巡る。

 いや、わかっている。結局のところ、俺にとれる選択肢は限られていて、いつだって最終的にこいつらに話を聞いてもらうしかないのだ。

 

「いや久々にマジで顔色悪いね? どうしたのよ」

「どうせ女絡みだろ。今度はどんな質の悪いのひっかけたんだよ」

「今回は違う」

 

 松田の言葉を受けて反射的にそう返すと、全員が驚いたように一瞬固まる。違うのか、と伊達が心配そうな顔で言った。

 

「となると本当に何があったんだ? お前が女性関係以外でそんな顔したこと初めて見たかもしれねえぞ」

「……今回は男なんだよ」

「……ん?」

「だから男にストーカーされてんだよどういうことだよちくしょう!!」

 

 こいつらのこんなに間抜けな顔久々に見た、なんて思う余裕も俺にはなかった。

 

 

 *

 

 

「……おとこ」

「確かなのか?」

 

 降谷に問われて頷く。

 そして周囲に漂う「あ、こいつとうとう……」というこの雰囲気。全員ぶっ飛ばしてやりたい。その心底哀れんだ目をやめろ。

 

「気づいたのは二週間くらい前……警視庁ちかくで視線を感じるようになって。視線の主はすぐに見つけられたけどどう見ても男なんだよ……ていうか俺の目が間違ってなければ結構な有名人でしかも既婚のはずなんだよ……」

「有名人でしかも既婚」

「お前魔性にもほどがあるだろ」

「うるっせえ!!」

 

 じわりじわりとにじんできた視界。とりあえず落ち着けと諸伏に肩を叩かれる。それで、と宥めるように続きを促された。

 

「つまり被疑者の身元まで特定できてるんだろ? そいつの名前は?」

 

 脳裏に浮かぶ、その「ストーカー」の顔。テレビにもちょくちょく出ていて、その顔は前から知っていた。俺としてはそれなりに好印象をもっていたし、結婚の報道がでたときだってめでたいくらいの感想はもったのだ。かなりの愛妻家であると言われているのに、何故。

 絞り出すように、その名前を告げる。

 

「……プロ棋士の、羽田秀吉……」

 

 

 *

 

 

 まさかこんなところに繋がりがあるとは。

 初めて聞いたその血縁関係に、俺は即座にスマホを取り出し時差も何も考えないままその人物にコールする。

 数回のコール音の後に、彼はいつも通りの低い声で応えた。

 

『君から連絡をくれるなんて珍しいな』

「どうもこうもねえわ今すぐ日本に来やがれこの野郎」

『……何があったんだ?』

 

 よしよしいったん落ち着け、と苦笑して(いる振りをして内心絶対面白がって)いる諸伏は俺の肩を叩き、スマホを抜き取る。通話をスピーカーの設定にして海の向こうにいる彼に話しかけた。

 

「赤井か? 俺、諸伏。久しぶり」

『ああ、諸伏くん、久しぶりだな。それで、柊木くんは何を荒れているんだ?』

 

 俺にはまったく心当たりがないんだが、という不思議そうな声に叫び返しそうになるのを萩原に押さえ込まれる。話進まないからちょっとおとなしくしてよう、と宥められ、それをはずそうとした腕は松田に押さえられた。ちくしょうこのゴリラども。

 

「羽田秀吉さん、知ってるよな」

『弟だが』

「うん。その弟さんがな、柊木のストーカーしてるっぽいんだよ」

 

 数秒、電話口で沈黙がおりた。

 

『……冗談だろう?』

「冗談じゃ、!」

「おっとっと、はいはい旭ちゃんおとなしくして! 気持ちはわかるから!」

『秀吉はクレイジーなレベルの愛妻家だぞ。柊木くんがどれだけ魔性の男であっても、秀吉が妻を裏切って男に走ることは絶対あり得ない」

 

 だれが魔性の男だ!!

 全力の叫びは萩原の手の中に飲み込まれる。とうとう伊達にいい子だから落ち着けな、と頭を撫でられ始めた。いったいお前らは俺を何歳児だと思ってるんだ!

 そんな俺を見ながらため息をついた降谷が、嫌そうな顔をしながらスマホに話しかける。

 

「だが実際、複数回に渡って自分の後をつける彼の姿を柊木が確認している。柊木はこの手の被害者としてプロの域だぞ。偶然や間違いとは思えない」

『ああ、降谷くんか。……その手の被害者のプロという言葉にはとりあえず言及しないでおくが、もし本当に弟が柊木くんをつけ回しているんだとしたら、それはストーカーというより何か誤解があるんじゃないか』

「誤解だと?」

 

 ああ、と赤井さんは落ち着いた声のまま続ける。ふるやはあとでなぐる。

 

『秀吉はもともと頭が切れるし、常識的な感性を持ち合わせている。その秀吉がそんな馬鹿をやっているんだとしたら、考えられる理由はひとつだろう』

 

 彼女に事情を聞くなら俺よりも君たちの方が話が早いと思うが、とどう聞いても「俺は関わりたくない」という本音が透けて見える赤井さんのことには、宮野さんにでも協力してもらって絶対に何らかの形で嫌がらせをしてやろうと決めた。

 

 

 *

 

 

「ほんっとうにすみませんでした!!」

 

 夫の頭を一緒に押し下げながら頭を下げる彼女。結婚後も変わらず仕事を続けているという、警視庁交通部交通課の宮本由美警部補だ。噂は聞いたことがあったし、伊達の結婚式では間接的に世話になったが、面と向かって話をするのはこれが初めてだ。

 警視庁から少し離れたところにある公園のひとけのないエリアとはいえ、この光景を誰かに見られてはいないかと少しヒヤヒヤする。

 

「宮本さん、とりあえず頭を上げてください。羽田さんも」

「でも……!」

「誤解がとけたなら俺としては十分なので」

「す、すみません……」

 

 ようやく頭を上げることを許された太閤名人。いつもと変わらぬ寝ぐせがぴょこんとはねているのを見て、あの寝ぐせってキャラ作りじゃなくて本当に素なんだなと全く関係ないことを思った。

 

「まさか、柊木監察官を追いかけ回すなんて……!」

 

 伊達や松田を通して彼女にコンタクトを取り事情を説明すると、彼女はその日のうちに太閤名人を締め上げて吐かせたらしい。日頃から妻に弱い彼はすぐに全面的に容疑を認め、供述を始めたという。そして、その内容がまた。

 

「ゆ、由美タンが不倫なんかするわけないってわかってはいたのですが……」

 

 そう、俺は話したこともなかった彼女との不倫を疑われていたらしい。何でそんな誤解に至ったんだと聞いたときには、今も俺の後ろにいる伊達が天を仰いだ。

 

「由美タンが同僚の方の結婚式に出席して以降、何度も柊木さんの映像や写真を見直してペンライトとうちわを振ってかっこいいかっこいいって連呼をするから、もしかしたらと思って……!」

「だからあれはアイドルに憧れるようなもんだって言ったでしょーが!」

「ははは……」

 

 笑う以外に俺に何が出来るというのか。

 そういうわけで彼は俺と彼女の間に何かあるのではと勘ぐり、俺の後をつけ回していたのだという。今でもたまに車ではなく公共交通機関で出勤をしていたので、俺のことは警視庁付近を張っていて見つけたのだろう。いや太閤名人って相当忙しいと思ってたんだが、もしかして実は暇なのではないだろうか。愛妻家は愛妻家でも、妻のこととなると周囲が全く見えなくなるタイプの愛妻家だったらしい。

 

「とにかく、ご理解いただけたと思いますが、宮本警部補とは直接お話したのも今日が初めてです。誓って特別な関係ではありません」

「はい……本当にご迷惑をおかけしました……」

 

 そうもう一度頭を下げられて、ひとつ息を吐く。とりあえずこれで解決だろうか。

 急に両肩が重くなったと思ったら、後ろにいたはずの松田と萩原がいつのまにか隣に来ていた。そして面白そうに笑いながら口を開く。

 

「いやぁ良かったよねえほかにバレる前に片がついてさ」

「お互いにな。太閤名人が妻の不倫疑ってストーカーなんてとんでもねえスキャンダルだし、柊木だって不倫なんて疑惑だけでアウトだろ。まして、相手が身内ならな」

「そ、そんな……!」

「いや、俺は別に、」

「そーよチュウ吉! 本当に反省しなさいよ、警察官の不倫とか普通に懲戒なんだからね!!」

 

 いや否定はしないけど片付いたんだからそんなにいじめなくても。

 みるみるうちに太閤名人は蒼白になっていき、もはや涙目になっている。

 

「本当に、申し訳ありませんでした……!」

「いや、ですから。俺は解決したならそれで十分なので……」

「そうはいきません! 先ほど兄からも連絡が来ましたが、兄も貴方にはお世話になっていると申していました。そんな方にご迷惑を掛けてしまうなんて……!」

 

 どうやら赤井さんも一応連絡はしてくれたらしい。

 深々と頭を下げ続ける彼に、これじゃらちがあかねえと内心で舌打ちをする。宮本さんにはその披露宴での余興について情報統制をしてもらったという借りもあるし、俺としてはもうしないでくれるならそれで十分。だがそれだけじゃ引いてくれそうにない様子に、俺は苦笑して彼の肩を叩いた。

 

「じゃあ羽田さん、ひとつお願いをしてもいいでしょうか」

「! 僕に出来ることなら!」

 

 ばっと頭を上げた彼と、目が合う。ああこのひと、目元が赤井さんにそっくりだ。

 

「本当にお時間があるときでいいんです。将棋、教えていただけませんか」

「、え」

「駒の動かし方くらいはわかるんですけど、ちゃんと将棋を指したことが、今までなくて。一度ちゃんとやってみたかったんです。太閤名人に教えを請うなんて贅沢すぎるかもしれませんけど」

 

 いかがでしょう、と笑うと、ようやく彼の顔に少し色味が戻った。きらりと目が輝き、口元に笑みが戻る。身体を起こした彼と、同じ高さで目線が交わる。

 

「もちろん、是非!」

「よろしくお願いします」

 

 そして交わした握手に、彼とは仲良くやっていけるような気がした。

 

 

 *

 

 

「柊木さんは本当に筋がいいですね。これなら多分兄に勝てますよ」

「マジで? 今度来日したら挑んでみよう」

「待ってくれ秀吉さん、赤井も将棋が出来るのか? なら僕も勉強する」

「……降谷さんは兄と何かあったんですか?」

「話が長くなるから聞かない方がいいよ。あ、王手?」

「おや、いい手ですね」

 




ともだちがふえました。
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