ここまできたら赤井さんはわりと軽やかなひとのイメージです。
スマホに表示された連絡先に、おや、とひとつ瞬きをした。
実を言うと、このひとから連絡をもらうことは別に珍しくない。合衆国アレルギー持ちの悪友にバレると後がうるさいので余所で言うことはないが、何故だか数ヶ月に一度程度は電話を寄越すひとではあった。
たいていは世間話と生存確認だが、たまに日本が絡む厄介な事件の情報なんかも横流ししてくれている。本人曰く「FBIにいる目的は達したからいつ辞めさせられても構わない」ので、自分が必要だと思うことは遠慮なくすることにしたらしい。降谷と合わないのはそういうところなんだよなぁと思いつつ、もらえるものは有り難くもらうことにしていた。
しかし、今回は時間が珍しい。時差を数えれば、いま合衆国は早朝のはずだ。深夜ならまだしも、朝という時間帯にあまりに似つかわしくないひとなだけに、何となくひっかかるものがある。とはいえ、まあ、仕事が仕事なだけに徹夜くらいはしてもおかしくはない。とりあえず通話をタップすれば、慣れた低い声が鼓膜を叩いた。
『おはよう柊木くん、良い朝だな』
「赤井さんてびっくりするくらい朝が似合いませんよね。こっちは夕方です」
軽口を返せば、電波の向こうで喉を揺らす音がする。ふ、と息を吐いたのが聞こえたから、おそらくは一服の最中というところだろうか。
「この時間は珍しいですね。仕事ですか?」
『そんなところだ。何かと立て込んでいたところに、少し一悶着あってな』
「一悶着?」
ああ、と少し低い声が落ちる。赤井さんらしくもなく、言葉を選んでいる様子だった。どうやら今日は雑談をかわす余裕はないらしい。
『ジンを覚えているか』
「……それは、まあ」
唐突に出た名前に、かつての記憶が蘇る。
無理矢理引きずり込まれ、指揮を任せられた例の件。半世紀掛けて世界の闇に根を張った犯罪シンジケート。そして、その中核に在った狂犬。
まあ最後はあっけないものではあったが、彼の存在がなければ組織を潰すのはもう少し楽だっただろう。それだけの実力のある犯罪者だったと言える。
「貴方の
『君に会わせろと言ってきた』
「……は?」
ジンは今、合衆国にある特別な刑務所に収監されていると聞いている。逮捕後の被疑者の扱いなど俺の知ったことではないので詳しいことは聞き流していたが、確かそこそこ大人しくしており、脱獄を画策しているような様子はないという話だったはずだ。
そもそもジンは、俺の存在などほぼ知らないはずなのに。
『正しく言うと、あの最後の逮捕劇の指揮を執った人間との面会を希望している。俺も気になってジンの面会に行ったんだが、それ以外のことを言おうとしなくてな』
自分に引導を渡したやつのツラくらい拝ませろ、ただそう言って笑っていたのだと言う。
『こちらとしてはジンの要求など聞く必要はないんだが、君相手ならこれまで黙秘してきた情報を喋っても構わない、と』
「……。……何か企んでるんですかね」
『今の状況では手がかりが少なすぎてな』
どうだろう、と赤井さんは静かに言った。
『少し休暇を取って、合衆国でバカンスを過ごしてみないか』
「嫌ですけど」
『少しは検討してくれ』
愉快そうに笑う赤井さんの声を聞きながら、窓の外に目を向けた。陽が沈んでいく西の空は、不気味なほど真っ赤に染まっている。
あ、これ何かまた変なもんに巻き込まれる気がするな、と首の後ろにちくちくしたものを感じた。同時に、今抱えている仕事の引き継ぎの段取りが脳内を駆け巡っていく。
「……いや、赤井さん、俺今公安所属じゃないんですよ」
『知っているとも。まあいいさ、ゆっくり考えてくれ』
君の平穏を祈っている、と少しも心のこもっていない一言とともに、通話は途切れた。つい、はは、と硬い笑い声が口から漏れる。
「……降谷と諸伏に連絡いれとこ……」
頼むからもう巻き込まないでほしい。