六花、欠けることなく   作:ふみどり

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六花、惚気る

 このひとの辞書に、社交辞令という言葉はなかったらしい。相変わらずどう見ても堅気には見えないそのひとを見て、改めて思う。

 どう見ても犯罪者側だよなぁ、と決して口にはできない感想を浮かべつつも、あっだから潜入捜査できたのか、と変な風に納得をした。

 

「俺の顔に何かついているか?」

 

 冷えたお茶で一息ついたそのひとは、不思議そうに首をかしげた。

 

「イケメンな目と鼻と口が」

「なるほど、他でもない君にそう言ってもらえるとは光栄だ」

「はははうるさいんですけど」

 

 唇をゆがめて笑うそのひとが連絡をよこしてきたのはほんの数日前のことだった。いきなりスマホを鳴らしてきたと思えば「日本に行く。会えないか」という何とも簡潔なメッセージ。降谷でも諸伏でもなく俺に連絡をよこしてきたことがなんとなく意外だったが、確かにいつか呑もうという話をしていたな、と思い出してOKをした。呑もうと言ってきたのは確かに赤井さんからだったが、本気だったらしい。物好きな人だ。

 しかし俺としては、正直こんなに目立つ人とは外でなんぞ会いたくないわけで。

 

「すいませんね、こっちの都合で場所決めちゃって」

「俺が構わんが、むしろ君こそ良かったのか?まさか自宅に招待してもらえるとは思わなかったよ」

「あんまり外出をしないので、ひと呼ぶのは慣れてるんです」

 

 ホー、と軽く赤井さんは相槌を打ち、ちらりと俺の顔に目を向けた。

 

「そのルックスにその性格でその能力なのに女性が苦手だったか、君も難儀だな」

「おい待て誰だ口割ったのは」

 

 また俺から目線を外したその人は、煙草を取り出してさあな、とつぶやく。

 別に隠してはいない。隠してはいないが、自分の知らないところで話が広がるのはさすがにいい気がしない。眉間にしわを寄せた俺を見て赤井さんは苦笑する。

 

「心配するな、俺以外の捜査官は知らない」

「……別に知られることは構いません。が、もし職務中にそれを取り繕えていなかったんだとしたら、それは俺としては大問題なんですけど」

「ふむ……そうだな、うすうすと感じるところがあったのは事実だ。だが、ある人物に鎌を掛けるまでは俺も確信は持てなかったよ」

「……いいでしょう、その人物が誰かは聞かないでおきます」

 

 おおかた新一くん、次点で宮野さん、大穴で風見さんといったところだろう。いや、風見さんならたぶん馬鹿正直に申告してくるだろうから、前者ふたりのどちらかか。とっくに赤井さんも知っていると思って認めてしまった可能性が高い。

 知られてどうということでは決してないのだが、何となく気まずい思いが捨てきれない。そんな俺に構うことなく、赤井さんは白煙を吐き出した。

 

「……ああ、断りもなく吸ってしまったが構わなかったか?」

「構いませんが、この部屋灰皿ないですよ。携帯灰皿ありますね?」

「ああ。……ないのか?灰皿」

 

 その意外そうな顔に、そういえば、とふと思う。あのときはそれはもう、ヘビースモーカーと言われても仕方がないほどの本数を吸っていた。赤井さんは煙草を吸う俺しか知らないのかと思うと、なんだか妙な気分になる。俺が吸っていたことを知っている人はむしろ少数派だ。

 

「もう吸ってないんです。というかもともと吸わない人間で」

「ホー?あれだけ吸っていたというのに、やめられたのか」

「意外とあっけなかったですよ。特に抵抗なく」

 

 赤井さんも止めたらどうですか、と無理を承知で言うと、無理だ、とやはり一蹴された。きっともうその肺はその服と同じくらい真っ黒なのだろう。いくらトレードカラーとはいえ、肺の色まで徹底することはあるまいに。

 

「どれくらい日本にいるんです?」

「二週間ほどを予定している」

「一応聞きますが、休暇ですね?」

「正真正銘、休暇だ。ライフルもないぞ、身体検査でもするか?」

 

 両手を広げてみせた赤井さんに、それなら結構、と俺も自分のコップに口をつけた。

 FBI捜査官の「休暇」と言われるとどうも印象がよろしくないが、同じことをしてくるほど馬鹿ではないだろう。何より、俺や官房長が出来る限りのいやがらせをしてむしり取れるだけむしり取ってやったのだ。懲りてもらわなくては困る。

 

「しばらくジェイムズは日本と聞くだけで震えていたぞ」

「それは重畳、……いえさすがに気の毒と言っておきますよ。俺だって官房長は相手にしたくありません」

「日本には怪物が多すぎないか?」

「官房長が怪物なのは同意しますが、多すぎるってのはどういう意味です?」

 

 にこっと笑って見せると、赤井さんは無言で目をそらした。言いたいことがあるならはっきり言えばいいものを。

 

「怪物にわざわざ声を掛けて会いに来るとは、貴方も酔狂ですね。せっかくの休暇なのに」

「わかった、怪物と言ったこと謝ろう」

「はは、別に構いませんよ」

 

 こほん、と赤井さんはひとつ咳ばらいをして、改めて続ける。

 

「君に声を掛けたのは、……ひとつ聞きたいことがあったんだ」

「へえ、なんです?」

 

 これは間違いなくたいしたことじゃないな、と変な風に面白がりつつ、赤井さんの次の言葉を待つ。意を決した顔で口を開いた赤井さんの口から出たのは、想像以上にくだらないものだった。

 

「君と降谷君、警察学校の首席だったのはどちらなんだ?」

 

 口の中にお茶が残っていなくて良かった。思わず口元に手をやり噴き出すまいと抑えたが、結局ぶふっと間抜けな音が漏れた。いや無理だろう堪えられるか。無駄にシリアスやハードボイルドが似合うその顔でそんなどうでもいいこと聞かないでほしい。

 ああ、うすうす察してはいた。このひとは相当に有能で頭が切れる捜査官なのに、私生活ではとんだポンコツ、しかも結構天然。何だこのひと面白い。

 

「それを、聞くために、わざわざ、俺に……?」

「いや、ただ話をしてみたかったというのもあるんだが」

 

 きっと首席のことを聞きたかったのも、ただ話をしてみたかったというのも本当なのだろう。いや、もしかしたら話をしたかった、というのが一番なのかもしれない。

 ふと思った。このひと、雑談というものが得意なようでそうではない。気遣いができるようで苦手。多分、人付き合い全般が出来るようでそうでもないのだろう。そんなひとが、わざわざ俺に声を掛けて、こんなくだらない質問を持ちかけて。そこには確かにおさえきれなかった好奇心もあるのだろうが、もしかしたら別の意図もあったりするのだろうか。たとえば、そう、たとえば。

 これをきっかけに、もっと親しくなりに来た、とか。

 

「……っ!」

「柊木君?」

 

 再度噴き出しそうになるのを堪える。思わず俯くと、心配そうな赤井さんの声が聞こえてきた。待て待ておさえろ、この想像があっていようが違っていようが笑うのは失礼だ。というか人付き合いのことでひとを笑えるほど器用でもないだろ俺も。俺の寂しい青春時代と友人の少なさは自覚している。

 俺はそう、きっと、……この質問に、ただ答えればいい。今までよりも、小さじ一杯分くらいの親しみを加えて。多分、そういう感じでいいんだろう。たとえ赤井さんにそんな意図がなかったとしても、きっと俺の心境に何かしらの変化があったのだと軽く受け止めてくれる。それくらいの器はあるひとだ。

 

「……いえすみません、首席の話でしたね。諸伏にでも何か聞いたんですか?」

「ああ、それは熾烈なデッドヒートを繰り広げていたと。だが最終的にどっちが勝ったのかと聞いたらはぐらかされてな。本人たちに聞けと、面白そうに」

 

 ああ、目に浮かぶ。そういうところが愉快犯(もろふし)なのだ。どうせこう聞き返してほしくて、わざわざ答えをはぐらかしたのだろう。

 

「で、赤井さんはどっちだと思ってるんです?」

 

 沈黙が流れる。そして数秒後、赤井さんはさっと両手を上げる(ホールドアップ)。俺はその姿にまたひとつ噴き出した。意地悪なことをしてしまった。

 

「ははは、俺赤井さんのそういうとこ嫌いじゃないですよ」

「……柊木君」

 

 じとりと睨まれ、はいはいすみませんとまた笑う。

 かつての懐かしい記憶、もう十年近くも前になるのか。まわりから茶々入れされながらも、降谷と張り合うのを楽しんでいたあの頃。結局今も昔も、俺と降谷の関係性は変わっていない。

 

「……そういえば赤井さん、俺ちょっと前に久しぶりにゲーセンに行ったんですよ」

 

 いきなりの話題転換に、赤井さんはきょとんとする。いやいや話を誤魔化したわけではなくちゃんと関係のある話なので聞いてほしい。あの日のことを思い出して笑いながら、言葉を続けた。

 

「降谷の提案だったんですけどね。たまには柊木の願いを叶えてやるなんて上から目線で言うから何かと思ったら、連れられた先がゲーセンで。警察学校にいたときにも行ったことがあったんですが、そのとき俺、降谷とエアホッケーで勝負したんです」

 

 あ、エアホッケーってわかります?と振ると、赤井さんはどこか戸惑った顔のまま頷いた。

 

「警察学校の時は、俺が初めてだったってこともあって負けちゃったんですよ。僅差でしたけど。で、ふざけ半分でいつかリベンジしたいって言ったのを覚えてたんでしょうね。降谷の奴、リベンジのチャンスをやるよって。チャンスだけなって笑うんですよ」

「……ああ、それを言った顔が容易に目に浮かぶな」

「ええ、降谷らしいあの顔です。はははすげえムカつきましたね」

 

 強気で不敵な、負けてやるつもりはさらさらないと語る笑顔。しかし負け通しというのは面白くない。今回は勝たせてもらう、と俺も笑って返した。相手が簡単に勝てる相手ではないと知っているからこそ、そのぴりりとした空気が心地いい。降谷と何かで張り合うときは、それがいつも嬉しかった。

 

「何点マッチだったかな。いやあ白熱しましてね、普通たぶん数分で片が付くゲームだと思うんですけど、これがまた終わらない終わらない。結局数十分打ち合ってたんじゃないかな。頭フル回転だし瞬きできないし全力で打ち合うしで、もう汗だくになりましたよ。一緒にゲーセンきてた他数名も、最初のうちは声援くれてたのに途中で飽きだしましてね」

 

 どっちの勝ちでもいいからお前らいい加減蹴りつけろ、と腹減り松田が騒ぎ出したのはゲームがようやく終盤に差し掛かったころだったか。相変わらずの負けず嫌いだねえと萩原すら苦笑して。まあお前ららしいけどなぁと伊達は面白がり、いつの間にか諸伏は俺たちへの差し入れに飲み物をふたつ手に持っていた。俺も言葉のうえでは悪い悪いと言いつつも、やっぱりそう簡単に勝ちを譲ってやる気にはなれず。度を超えた負けず嫌いの降谷についても言うまでもない。

 俺が全力で遊べるゲームはそう多くないのだ。勝つにしろ負けるにしろ、愉しまない手はない。滲む汗をぬぐっていると、降谷に声をかけられた。

 

『なんだ、ずいぶんと疲れているようだな?デスクワークばかりで鈍ったんじゃないのか』

 

 俺と同じように汗をにじませているくせに、よく言う。愉快そうに煽る降谷に、俺も言い返した。

 

『デスクワークで鈍ってる俺と接戦だなんて、お前こそ鈍ったのか?ああ、今は前線に出させてもらえないんだったか』

 

 じゃあ仕方ないよな、と言葉を付け加えると、ひくりと降谷の片頬が引きつる。何人かが噴き出したのを気配で感じた。

 正しく言うと前線に出させてもらえないのではなく、出世したから立場的にあまり出られないだけなのだが、基本的に最前線に出たがる性分の降谷には刺さったらしい。降谷の持つマレットがみしりと音を立てたのを覚えている。

 

「そこからまた白熱。お互いマッチポイントになったときは燃えましたね」

「ゲーム器具は壊れなかったのか?」

「赤井さん俺たちをゴリラか何かだと思ってるでしょ」

「降谷君に限っては間違ってないと思うが」

 

 それは同感、と言うと認めるのか、と赤井さんも笑った。仕事中に見せるニヒルな笑みではなく、本当に面白がっているような笑い方だった。このひとこんな風に笑うのか、と少し意外に思ったが、口には出さない。指摘するのも野暮というものだろう。

 

「最後の一点のラリーがいちばん長かったんじゃないかな。もう負けてたまるかの意地の張り合い。お前らガキかってさすがに後でからかわれました」

「君たち相手にガキ扱いか。親しいんだな」

「それなりに長い付き合いでして。……いやー、あれは我ながらいい勝負でした」

 

 負けたんですけどね。

 そう一言付け加えて、もうひとつ微笑む。気遣いも気兼ねも不要だ。だって俺は、本当に楽しかったんだから。

 

「と、つまり何が言いたいかと言うとですね。俺、結構降谷には勝ててないんですよ」

 

 警察学校で首席を取ったのは、降谷です。

 そう言うと、赤井さんはそっと煙を吐き出した。細く白い線を描いたそれは、ゆらりと天井に上って消える。

 

「……君の場合、勝敗という結果よりもその過程を重視しているからというのもありそうだな」

「はは、そうですね、降谷ほど負けず嫌いではないので、それはあると思います。でも別に、手は抜いてませんよ。本気で勝ちに行くから楽しいんですし」

「ああ、だろうな。……そうか、首席は降谷君だったか」

 

 予想は当たっていましたか?と振ると、そのあたりの話は勘弁してくれ、と流される。別に予想通りだと言っても怒るつもりはないのだが。

 

「……っと、そろそろいい時間ですね。すいません、飯の支度します」

「ああ、もうこんな時間か。何か手伝うか?」

「……煮込み料理以外のものつくれるようになったんですか?」

「レパートリーは増えていないが野菜くらいは切れるぞ」

「アンタは料理を舐めすぎです」

 

 これはひとりでやったほうが早そうだと判断し、立ち上がりかけた赤井さんを押し戻す。キャベツの千切りくらいは任せようかと思ったが、この人にやらせるととんでもない厚さのキャベツになりかねない。お好み焼きはキャベツの食感も重要なのだ、適当なことをしてもらっては困る。

 と、そのとき、ちょうどいいタイミングで玄関のチャイムが鳴った。

 

「赤井さん、あいつらだと思うんで出てもらっていいですか」

「了解した」

 

 赤井さんが軽く頷いて立ち上がり廊下に出る。その間も近所迷惑の馬鹿どもはチャイムを鳴らし続けていた。いや止めてくれよ伊達、お前だけが頼りなんだぞ。

 今日赤井さんがいることは、あいつらには言っていない。さて、俺ではなくあの人が出迎えたら、あいつらはどんな反応を示すのか。考えるまでもなく予想がつく。

 ピンポンの連打が止まり、がちゃりとドアの開く音がした。想定通りの叫びがキッチンまで響く。

 

「何でお前がいるんだ赤井ィィィィイイ!!」

「うわっ何だどうした降谷落ち着け!!よしよしどうどう!!」

「あれ赤井、何だ来てたんなら連絡くらい寄こせよな。久しぶり~」

「んだよ、この悪人ヅラお前らの知り合いか?」

「陣平ちゃん、さすがにもうちょい言葉選ぼっか?」

 

 その場にいなくてもそれぞれの表情が簡単に想像できる。いつにも増して賑やかになりそうな予感に、俺は頬がゆるむのを止められなかった。

 

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