少し休ませてくれ、と降谷がうちに乗り込んでくるのは別に珍しいことではなかった。立地的にちょうどいい場所にあるこのマンションは、土日を問わず忙しい同期たちの休憩所としても使われている。
カレンダー通りの休みが与えられている内勤の俺は、仕方ないなと言いながら悪友どもを迎えて寝かせてやったり餌をやったりするのが常なのだが、今日もそうだった。
もたれかかるようにソファに座り込んだ灰色のスーツ。少しパサついた金糸はその忙しさを物語っているように思う。
「あ、枝毛」
「……何をしてるんだ、柊木」
ぷちりと一本引っこ抜いてゴミ箱に捨てれば、恨みがましい目線を向けられる。ふと目に入った金の後頭部、ついでに枝毛を見つけた故の特に意味のない行動だったが、そんな顔を向けられればむしろ笑顔を返したくなるというものだ。
「降谷に枝毛って何か意外だな。ストレス?」
「ストレスを溜めるほど自己管理ができてないように見えるのか」
「疲れ切った顔で休みにきた野郎の台詞じゃねえな」
ソファの後ろから冷たいお茶の入ったグラスを差し出せば、少しふてくされたような顔で受け取る。この機嫌の悪さ、珍しく本当に疲れているらしい。近頃仕事が詰まっているという噂は聞いていたが、降谷ほどの処理能力の高いやつがこれほどの疲労を見せるとは。
本当に暇がないのだろう、少し見ないうちにもともと長めの髪が深く目に掛かっている。
ソファの背もたれに腕をおいたまま、降谷がグラスを空にするのをぼんやりと眺めていた。
「のびたな、髪」
さらりと揺れる金糸は綺麗だと思う。だが、降谷が外見以上に合理性を重視する人間だと言うことは知っていた。
ああ、と降谷は今気づいたように前髪をつまんだ。
「そういえば邪魔だな。柊木、ハサミないか」
「……え、今切んの?」
「切った髪は自分で片付ける」
「それは別にいいけど。……もしかして降谷って普段から自分で切ってる?」
「ああ」
「後ろも?」
「理髪のプロでも扱いにくい毛質らしい。面倒だから自分で切ってる」
なるほど、さすが天元突破レベルで器用な男。
それはそれは、と半ば呆れてハサミを取りに戸棚に向かおうとすると、自分の前髪が目に入った。そういえば俺もそろそろ切らないといけない。
「……降谷、俺もそろそろ髪切りに行くけど、一緒に行かない?」
「一緒に? 確か柊木は元『不良少年ネットワーク』の子に切ってもらってるんだったか」
かつて面倒を見た不良少年のうちのひとりが、今では立派に夢を叶えて美容師として働いている。まだまだ新人だったころにカットの実験台になっていたのだが、営業時間外に切ってもらえるのがありがたくて結局今も頼んでしまっていた。ちなみにちゃんと正規の料金を支払っている。
「もう見習いは脱したらしいけどな。他の客に騒がれることもないし、結構有名だっていう店長さんに同席してもらうからその面倒な毛質も相談できるかもよ」
「ほー?」
「俺はよく知らないけど、その店長さん界隈では知れたひとなんだと。
「ならお願いしようかな」
にっこり。交わされた笑顔の意味は、まあ、そういうことだ。
取り出そうとしたハサミを戸棚に戻し、じゃあ適当に連絡入れとくよとスマホを手に取った。今はもう俺の手を離れた『不良少年ネットワーク』だが、それでも残った繋がりは俺なりに大事にしていた。俺にとっては数少ない、気安い会話のできる相手だ。
「ただし変なことに巻き込むなよ。民間人だぞ」
「当たり前だろう。柊木の友人を巻き込むなんて恐ろしくてできないさ」
お前が本気でキレると意地悪く笑った降谷の頭を、当たり前だとぺしりとはたいた。
*
「……ねえひーらぎさん、ひょっとしてイケメンのダチってイケメンしかいねえの?」
「……確かに皆なぜだか顔はいいけど、別に顔で選んではない」
「柊木に言われると何となく複雑」