六花、欠けることなく   作:ふみどり

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宵の一幕

 シャワーを済ませ、適当にひっつかんだ部屋着を手に取る。そこでようやくそれを確認し、あ、と小さく声を漏らした。三秒ほど考え、まあいいかととりあえずそれを着る。まだ湿っている髪をタオルで拭きながら、リビングにいたそいつらに声をかけた。

 

「ごめん、これ誰のTシャツだっけ?」

 

 いつもの五人の目線が俺の着ているTシャツに集まる。俺~、と手を挙げたのはやっぱりというか、萩原だった。

 

「ああ、萩原のだったか。着替えるの面倒だし借りるよ」

「いいよ~、置きっぱにしてたの俺だし」

 

 うちに集まるのが定番になっていることもあり、我が家にはいつのまにかそれぞれの私物が結構紛れ込んでいる。着替えに関してはわけて置いていたつもりだったが、いつの間にか混ざってしまったのだろう。

 体格も似ているのでサイズも問題なく、そもそもその程度のことを気にするような間柄でもないので、俺はそのまま髪を乾かそうと洗面所に戻ろうとした、のだが。

 Tシャツを見た瞬間に顔色を変えた降谷は、そのままさっと立ち上がって裾を掴む。

 

「柊木、着替えろ」

「え?」

「いいから着替えろ!」

「うわっいきなり何!? 」

 

 がばっと裾を持ち上げる降谷の目は本気で、シャツがのびるどころか破れてしまいそうだ。訳が分からずとにかくその腕を抑え込む。

 その後ろであちゃー、という顔で眉を下げたのが諸伏だ。

 

「ゼロ~、いくらなんでも大人げないぞ」

「きゃ、やだれーくんたら旭ちゃんが俺の着てるからって嫉妬~?」

「ハギは黙れ!」

「俺ちょっとお前のことはそういう風に見れないからごめん!」

「柊木も乗るな!」

 

 ぐいぐいと引っ張られるのを押さえながら、自分の着ているTシャツが目に入る。こいつ、もしかして。

 

「まさか『あめりか』が気に入らないから脱げって言ってんの?」

「だったら悪いか!」

 

 何のネタなのか、俺が来ているのは真っ白の生地にただ『あめりか』と書いた文字だけがプリントされているTシャツだ。どんな悪いふざけの産物なのかは知らないが、萩原の私物であることを考えてもどうせ大した意味のないTシャツだろう。それにまでこうも過剰反応を示すとは、全くこいつの合衆国アレルギーはひどすぎる。

 

「わかった、着替えてくるからやめろ、のびる!」

 

 そういうと降谷はぱっと手を離した。全く、頑固にもほどというものがある。溜息をつきながらシャツの皺をのばすと、降谷が鼻を鳴らすのが聞こえた。

 

「お前そのアレルギーほんと治した方がいいぞ……」

「別にアレルギーじゃない」

「どの口が言うんだか。萩原、ちょっとのびたかも」

「あはは、いーよ。何かでもらったネタTだし」

 

 部屋着にしかしてないし別にいいって~とへらりと笑う萩原。その横で松田が諸伏に何であいつ合衆国そんな嫌いなんだ、と聞き、諸伏は苦笑しながら首をゆるく振った。まあ降谷のアレルギーには原因こそあっても理由はない。強いて言うなら「嫌いなやつがいるから」それだけだろう。

 しかしまさかTシャツごときでここまで過剰反応されるとは、とやれやれとため息をつく。面倒だが着替えるか、と背を向けかけたところでそれにしても、と伊達に感心したような目を向けられる。

 

「お前今もちゃんと鍛えてるんだな。しっかり腹筋割れてるじゃねえか」

「そうか?」

 

 何となく改めて裾をめくりあげると、確かに割れた腹筋が目に入る。おお~、と気の抜けた歓声が上がった。

 警察学校を卒業して以来、身体を動かすことは目に見えて減った。無論、俺はそういうことがあまり必要ない立場だからなのだが、俺としては以前出来たことが出来なくなるのは面白くない。とても面白くない。なので定期的にトレーニングをこなし、自分の身体が思うように動くかどうかは確認するようにしていた。

 

「まあでも、お前らだって普通に割れてるだろ」

「そりゃ第一線で走ってりゃな」

「デスクメインの旭ちゃんがそこまで鍛える必要はないのに、全くプライド高いんだから~。どうせ同じくデスクのれーくんも割れてるんだろうけど」

「当然だろ」

 

 ふふんと笑った降谷も、ぺらりと自分のシャツをめくる。もちろんというか、がっつりと割れた褐色の腹が露わになった。うーん、俺よりも筋肉量多そう。

 

「何で俺より重そうなのに俺より脚はやいんだろうな、お前」

「鍛え方が違うんだよ」

「言いやがったな」

「はいはいストップな。そういやまた二人で勝負したんだって?」

 

 ビールの缶を揺らしながら、諸伏はけらけらと笑う。

 少し前、ちょうど桜が満開だったころ、降谷にたまにはとトレーニングに誘われた。軽く走って済ませるつもりだったが、やはりというか勝負になり、短距離走で何回かタイムを競った。何度かは勝てたが、それ以上に負けた。おかげで昼飯を奢らされたのでちょっと悔しい。確かに警察学校の時から降谷の方がちょっとだけ速かったのだが、今もその微妙な差は埋められていなかったようだ。

 その話をすると、お前ら相変わらずだなと呆れたように松田に言われる。

 

「昔っからゼロが一番早かったんだったか」

「つっても旭ちゃんもほとんど変わんないくらいはやかったけどね。その次が陣平ちゃんかヒロくんだったっけ」

「あー……でも筋肉ついて体重増えたから今は多分もっとタイム落ちてんな。今は諸伏のがはやいだろ」

「んー、俺もどうかなぁ」

 

 俺と班長は長距離派だもんねと伊達の肩を叩く萩原に、持久走なら負けねえよと笑う伊達。

 あの頃から十年、さすがにコンディションも変わってくる。どれだけ鍛えようとも身体に衰えは出てくるし、それと上手く付き合いながら身体を動かしていくしかないのだろう。そろそろ健康に気を遣わないといけない齢にもなってきたしなぁ、とそんな年寄り染みたことを思って、苦笑した。

 まだまだ若いつもりでいるが、確実に年月は流れている。

 

「……トレーニング増やすかな」

「何だ、またタイム競うか?」

 

 小さく言葉を漏らすと、耳聡い降谷がにやりと俺の顔を覗き込む。それにまたひとつ笑って、言葉を返した。

 

「さすがに俺も負けっぱなしは面白くない」

「柊木、いい加減お前も結構な負けず嫌いだって認めた方がいいぞ」

「降谷ほどじゃない」

 

 というか降谷の悪影響だ。

 そう断言すると、降谷以外の四人がなるほどと大きく頷く。ひとのせいにするなと喚く降谷を尻目に、じゃあ着替えてくるわと自室に足を向けた。

 

「あ、ちょっと待って柊木!」

「何?」

「いーからちょっとこっち向いて、はいポーズ」

 

 諸伏に言われて訳の分からないままピースをつくった。同時に、かしゃりという軽いシャッター音。いつのまにか諸伏の左手にはスマホがある。

 

「……何?」

「いや、ただの記念」

「記念って」

「いいからいいから。ほら、着替えて来いよ~」

 

 いい笑顔で手を振る諸伏に何となく薄気味悪く思いながら、俺はそのまま部屋に戻って適当な部屋着に着替える。

 諸伏の意図を理解したのは、そのすぐあとのことだった。

 

『アメリカに来るなら歓迎するぞ』

 

 海の外からのそんなメッセージに降谷は憤慨してスマホに向けて喚き、俺たちは呆れ、諸伏ひとりがけらけらと笑っていた。

 諸伏曰く、これだからゼロをからかうのはやめられない、らしい。




脚の速さなどは捏造です。
確かついったでアンケとった結果をそのまま反映させたような気がする。
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