六花、欠けることなく   作:ふみどり

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今を生きる

 確かに、ふとしたきっかけで脳裏に浮かぶ影はある。別に忘れているつもりはないが常に意識しているかと言われればそうではないし、さすがに幼少時の記憶など少しずつぼやけているのを感じる。十年も経てば心の整理だってついているし、俺としてはさして気にしていないというのが本音なのだが、まあ他からすればそりゃ気も使うというものなのだろう。

 俺が促したわけでもないのに自主的に土下座を決めてみせたそいつは、いつになく本気で落ち込んでいるようだった。

 

「本当にごめん」

「……いや、俺は別に」

 

 別に怒ってもいないのに土下座をされても。

 助けを求めるように悪友たちに目をやれば、諸伏はごめんとばかりに手を合わせ、あとの三人は当然だという顔で萩原を見下ろしている。

 今日はいつもの飲み会ということでうちに集まっていたのだが、俺が皿の用意をしているうちに諸伏が何やら口を滑らせたことが事の発端らしい。

 

「いや、ごめん、何かもうすっかり皆知ってる気になってオレが余計なことを」

「それは別にいいけど。正直俺も誰にどこまで喋ったか曖昧だし……けど、そっか、言ってなかったか」

 

 俺の父が警察関係者であり、すでに殉職しているということを。

 記憶を辿るが、確かに警察関係者であることしか言っていなかったかもしれない。諸伏には組織壊滅作戦で父の伝手を使うという話をしたときに言ったのだったか。俺としては特に隠していたつもりはなく、言う必要がなかっただけのこと。

 だいたい、父さんのことと萩原の過去の悪癖についてはまったくの別問題だ。

 

「……防護服のことでお前に説教したのは、別に父親のことがあったからじゃない」

「わかってる。……けど、たぶん、……思い出させただろ」

 

 頭を下げたままの萩原の表情は見えない。しかし、きっとひどく()()()ない顔をしているのだろう。いつも軽く見せてはいるが、萩原は本来誰よりも他者を慮る性質だ。しかも滅多にその手のことで失敗をしないだけに、今回のことは堪えたらしい。

 当事者である俺が気にしてないんだからそれがすべてだと思うのだが、さて、どうやってこの硬くて重い頭を上げさせたものか。

 少し考え、そうだな、とその後頭部に改めて目をやる。

 

「確かに思い出しはしたよ。……警察官の職務には多かれ少なかれ命の危険が伴う。うちのクソ親父はそれをわかってたからいつも引き出しに遺書入れてたし、きっと自分の身を守るためにあらゆる対策をしてたと思う。それでも殉職した」

「……ああ」

「だからお前の悪癖を知ったときはふざけんなって思った。死んで欲しくなかったから防護服着ろって言った。で、お前はちゃんとわかってくれただろ」

 

 萩原は改めてくれた。松田がうるさかったからとか、俺の説教が恐かったからとか、別に理由は何でもいい。萩原は防護服を装着して爆弾の解体に当たるようになり、結果的にこうして今も無事に息をしている。

 

「死ぬ前に改善してくれた。お前は生きてる。それでいい」

 

 ぺし、と軽くはたくようにその肩に手を置いた。ぴくりと肩が揺れ、のろのろと頭が上がる。案の定、萩原は似合いもしない情けない顔をしていた。何って顔してんだ、と小さく笑った。

 俺が説教をするのは改めてほしいからだ。考えてほしいからだ。だから、それでいい。

 

「それでいいよ、萩原」

 

 謝らせたかったわけでも、そんな顔をさせたかったわけでもないのだ。

 俺の言いたいことを理解してくれたのか、萩原はちょっとばつの悪そうな顔でぎこちなく笑う。指先で頬を掻く仕草にはいまだ戸惑いが見えたが、いつもの調子を取り戻そうと努力しているのはわかった。

 あーあ、と黙って聞いていた松田が声を上げる。

 

「あいっかわらず変なとこでお前は甘ェな柊木」

「済んだことでとやかく言うほど暇じゃないよ。ほら、お好み焼きの用意するから手伝ってくれ」

「ああ、ホットプレート出すぞ。柊木」

「うん?」

「一応お前の意志は理解したし納得もしたが、何か気に障ることがあったらちゃんと報告するように。飲み込んで終わらせるなよ」

「降谷の目には俺がそんなに遠慮してるように見えんの? 普通に言うよ」

「勝手に言って本当にごめんな、柊木」

「だから気にしなくていいって」

 

 はい支度の続き、と身体を起こしたところでぽんと伊達に背を叩かれた。まったく、どいつもこいつも気にしすぎだと思う。

 のろのろと立ち上がった萩原も、まだ何となく眉尻が下がっていた。

 

「……長い付き合いでも、やっぱり知らないことはあるもんだね~。旭ちゃん、もしかしてまだ俺らが知らない重い過去とかある?」

「ん? そうだな、母さんは俺を産んだときに亡くなって、父さんが殉職したのも俺の二十歳の誕生日ってこととか?」

 

 え、と部屋の空気が凍ったような気がしたが、まあここまで来たら気にすることもないだろう。あえて明るい声で、構わず続ける。

 

「だから俺にとっては誕生日は両親の命日で墓参り。もう恒例行事なんだよな」

「待って待って待って、俺が本当に悪かったからそんな軽く言わないで!!」

 

 ぐらぐらと萩原に揺さぶられながら、俺はそれでもただ笑う。

 両親の死は俺にとってすでに受け入れたことで、今や「日常」になったこと。それをわざわざ「傷」として嘆くつもりはなかった。何故って俺は、それでもわりと結構幸せだと笑って言える自信があるからだ。

 俺が大事にすべきは、今、このとき。その信条は、これからも変えるつもりはなかった。

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