返事をしていないメッセージが降り積もっていく。意外とマメなやつらなんだよなと呆れる反面、どうしたってそれは嬉しかった。いつ切れてもおかしくない繋がりを、一生懸命に繋ごうとしてくれるのが有り難くて。
正直を言えば、連絡のすべてを禁じられているわけではなかった。公安に配属され、随分と早くから潜入任務に就いているとはいえ、最大限の注意を払うならば個人的なやりとりの少しくらいは問題はない。ましてなんだかんだで優秀なあの同期たちなら、僕やヒロが不利になるようなことは絶対にしない。それはよくよくわかっている。
それでも連絡を躊躇ってしまうのは―――何故だろう。決して会いたくないわけでも話したくないわけでもないのに。
連絡を返せなくて申し訳ないと思う。それでも連絡をくれるのが有り難いと思う。だからこそ、だろうか。だからこそ、―――せめてもう少し、明確な成果を得たと自分で思えるときまでは、という気持ちがあるかもしれない。彼らに、お前らとの連絡を絶っていただけの成果はあったぞ、と。
明確な成果―――組織の幹部たちを蹴落とすか信頼を勝ち取るかして、より組織の中核に入り込むくらいの。
ネクタイを緩め、警視庁の休憩所の壁によりかかる。細く長く息を吐き、紙コップに入った珈琲に口を付けた。あまりに安っぽい味の珈琲は、かえって気を抜くのにはちょうどよかった。
こういう気分のときは、よく彼らからのメッセージを見返している。近況報告や、「一回くらい返事しろ」という文句やら、日々の愚痴やら、どうでもいいことまで。それらをひとつひとつたどっていくこの時間は、僕が「降谷零」であることを忘れないために必要な行為だった。
ふと、画面上部に新たなメッセージの通知が浮かんだ。やはりというか、同期の中でも一番の筆まめからだ。彼からのメッセージはいつも、僕に向けられたものというより日々の雑記に近い。彼の半生から察するに、おそらく「親しい友人にメッセージを送る」という行為そのものに慣れていないのだろうと思う。たまに夕飯の買い物メモを送ってくるのには笑ってしまった。
しかし、どうやら今回のメッセージはそんな平和的な内容ではないようだった。
「、ゼロっ柊木のメッセージ見た?」
革靴が床を叩く音が近づくと同時に、幼馴染みの少し焦った声が飛ぶ。今日はヒロも所用を片付けに警視庁に登庁していた。
珈琲を飲み干し、カップをゴミ箱に放り捨てて視線をヒロに向ける。
「相変わらず柊木のメッセージは落差が激しいな。日常のことも重要なことも同じテンションで送ってくるところがらしいというか」
「それは本当にそう」
柊木からのメッセージは、とうとう上層が根負けしやがった、と恨みたっぷりの一文から始まっていた。
萩原や松田の因縁の一件については知っている。同期たちからも次々とメッセージが送られてきたし、警察側の発表も耳に入ってきた。
マンションに仕掛けられた爆弾、交通事故で亡くなった犯人、解体途中で突如爆発した爆弾に、巻き込まれた萩原、何よりも未だ捕まっていないもうひとりの犯人。
大怪我を負った萩原が無事復帰したと聞いたときには胸をなで下ろしたものだが、萩原よりもむしろ松田のほうが危ういということも聞いている。絶対に犯人を捕まえてやると、幾度となく捜査一課への転属届を出しては蹴られ続けていると言うことも。
しかし耐えかねたのか、上層もとうとう折れてしまったらしい。まあ爆破事件を担当する特殊班係でなく強行班係だったのは、折れてはやるけど少しは頭を冷やせという上層の配慮だろうか。とはいえ、因縁の日である十一月七日に送られてくるカウントダウンFAXがちょうど来るタイミングでの辞令とは。
だったらせめて伊達の捜査一課への異動も同じタイミングにしてほしかったと、柊木にしては珍しい愚痴のような一文も添えられている。今の部署で数々の功績をあげた伊達も、捜査一課への異動が内々に決まったらしい。
「……伊達班長の栄転を素直に喜んでやれないのが申し訳ないな」
「特殊班に萩原がいるとはいえ、ひとりで松田を抑えきれるかわからないもんな。いくら萩原が一番松田の扱いをわかってるって言っても、随分荒れてるみたいだし」
「そうだな、特に松田は頭に血がのぼりやすいから、……変に暴走しないといいんだが」
つい言葉が深刻になる。が、だからと言って自分で動こうとは思わなかった。不安はあるが、反面で大丈夫だろうという妙な確信をあったからだ。
何せメッセージの一番最後、近況報告としていろいろ書いたけど、とかつて僕と首席を奪い合った男はさらりとこう言っている。
『勝手な行動をとる可能性が高い警察官をマークするのは俺の仕事。何とかするから心配しないで自分の仕事に集中しろよ』
ヒロも同じことを思っているのか、口では心配だと言いながらも顔は苦笑している。迷いはあるにしろ、自分で動こうとは思っていないようだった。
「……結局は柊木や皆に任せるしかないんだけどね」
「ああ。……きっと大丈夫だ」
柊木はやると言ったらやるやつだ。萩原だって松田が馬鹿する前に爆弾魔を捕まえるべく奔走するだろうし、伊達もきっと松田を無理矢理でも気晴らしに連れ出して気を逸らすくらいのことは絶対にやっている。
友人の危機も知れないのに、手を出してはならない今の状況がもどかしい。しかし、自分が手を出さなくてもきっと何とかしてくれる友人たちがいることは、誇らしくもあった。
また手元の端末の画面が明るくなる。今度はメッセージでなく着信だった。画面に表示されているのは、プラチナブロンドを揺らす性悪な酒。
「……呼び出しだ」
「ベルモットか。今日はオフじゃなかったのかよ……」
「よくあることだ、仕方ない。ヒロ、お前も通知来てるぞ」
「ん? ……俺も呼び出しだ」
やれやれ、と二人して息を吐き、頭を切り替える。
「すぐに準備しないとな」
「方向同じなら送っていこうか」
「お、助かる。……安全運転で頼むぞ?」
「当たり前だろう」
僕はいつも安全運転じゃないかと返すとヒロに生温い目を向けられたのが気になったが、今は時間がない。さっさと
―――だから、そっちは頼む。
内心でそう呟いて、頭を「バーボン」に切り替えた。
***
相変わらず音信不通の同期たちにメッセージを送りつけ、自宅のソファに深く腰掛けてゆらゆらと頭を揺らす。
何とかすると大口を叩いた以上、何とかしなければならない。
萩原に松田の見張りを頼むにしても、班が違えば当然限界はある。あの頑固でひとの言うことを聞かない松田のことだ、どうせ命令違反でも何でもして十一月七日に贈られてくるだろうFAXは意地でも見る。そしてきっと、勝手な行動に出る。
さて、ならば俺にできることは。いくつか行動パターンを考えるが、やはり当日の犯人の動きがわからない上に、動かせる駒が自分ひとりではできることが限られる。せめていくらか手足が欲しい。できることなら言わずともこちらの意図を汲んでくれて、自分の行動には自分で責任を取り、何より俺が信頼できるような。
そこまで考えたとき、脳裏に大河内さんの言葉が蘇った。
『上手く使うように』
―――ああ、なるほど。ふと射し込んだ一筋の光明に、口角が上がるのを感じた。
さくさく進んでいきます。
ところでご指摘も頂きましたが、警察ほか実在する組織について、現実と乖離する部分はかなりあります。それは私の不勉強だったり意図的だったりするものですが、お詳しい方には相当な違和感や不満を生むものかもしれません。
あらすじに注意書きは書いていたつもりでしたが、回りくどい言い方だったかと反省したので率直になおしました。リアルを追求したい方にはおすすめできない物語です。