某警察マンガからネタを頂きました。
担当していた事件もようやく一区切りがつき、やれやれとデスクに戻る。口うるさい同僚に見つかると面倒だと思って欠伸は我慢していたが、どうやらすでに大半の同僚は帰宅したらしい。珍しく今日は落ち着いてたな、と俺は堂々と大きく欠伸をした。
「お、戻ったか松田。お疲れさん」
「伊達か」
そんな俺の肩を叩いたのは、同期で悪友の伊達だった。こいつも今抱えている事件はなかったはずだが、後ろで高木が何やら資料を片手に難しい顔をしている。何か指導でもしていたのだろうか。定時で帰れる職ではないとはいえ、もうとっぷりと夜も更けている。
「事件がなかったときくらいさっさと帰してやれよ」
「あ、いえ伊達さんは自分のために残ってくださったんです。ちょっと勉強を……」
「勉強?」
そうそうそれでお前に聞きたかったんだ、と伊達が頷いた。
「今年、高木が巡査部長の試験受けるんだよ。それでほら、俺たちの代で裏取引されてたあの資料、お前持ってないか?」
「あー……」
巡査部長の昇任試験では実務のほか、憲法や行政法といった法学の知識も問われる。まんべんなく勉強しろと言われればそれまでだが、何分激務の警察官、出来る限り勉強は効率的に行いたい。そういうときに重宝されるのが、簡単に言うと頭がいいやつが作った勉強用の資料だ。勉強する内容なんて毎年そう変わりはないので、出来のいい資料は何年も受け継がれたりすることもある。
まあ俺たちの場合、無駄にそういうのが得意な奴らが警察学校時代に試験対策用に作ってくれたものがあった。言わずもがな、首席と次席、そして三席までが手と口を出して作り上げた完璧なレジュメで、担当教官も「これを見れば昇任試験まで完璧」と言わしめた出来である。実際、同期の間でうちうちに取引され共有されたそれのおかげで、うちの代の試験突破率は目覚ましいものがあるらしい。
もちろん俺も大いに活用した。しかし、試験後はどこにやったんだったか。
「捨てた覚えはねえからうちのどっかにはあると思うが……お前は持ってねえの?」
「元データはあるが、ほら、手書きで補足書き込んだりしてただろ。それもあった方がわかりやすいかと思ってな」
「なるほどな。多分探せば出てくるからコピーさせてやるよ」
「ありがとうございます!」
真面目に勉強しろよ、と軽口を叩くと、もちろんですと真面目な顔を返された。高木の性格上クソ真面目に机に向かうだろうし、あの資料を丸暗記すれば法学で点を落とすことはまずない。この分だと近く高木巡査部長が誕生するなと小さく笑った。
「伊達さんも作成に関わった資料なんですよね?」
「俺はちょっと口出したくらいだけどな。まとめたのはほとんど首席と次席だよ。悔しいが法学であいつらに勝ったことなくてなぁ」
「常にほとんど満点叩き出すあいつらがおかしいんだよ」
「満点!?」
そんな簡単なテストじゃないですよね、と言われて俺と伊達は同時に頷く。しかし本当に毎回そんな点数叩き出していたのだからあいつらの頭はおかしい。
はははと伊達も乾いた声で笑う。
「懐かしいな、座学の苦手なやつらが揃ってそいつらに頭下げて頼み込んだんだよ。片方は苦笑しながら、片方は渋々の様子だったが結局一晩で形にして、どうせなら完璧なもの作るから意見くれって俺んとこに持ってきたんだよな」
苦笑したのはまだ人見知りと猫かぶりの取り切れていなかった柊木で、渋々だったのは楽をしようという魂胆があるようで気に食わなかった降谷だろう。自分たちの勉強にもなるからいいじゃないか、それとも自信がないのかと柊木が降谷を煽っていたのを覚えている。
それだけ聞いたらまるで柊木がいい奴のようだが、ちょくちょくこの資料を盾に周囲を脅しつけていたので騙されてはいけない。何だったかでハギの馬鹿が柊木の怒りに触れたとき、あの野郎、ハギ用に書き込みを追加したその資料をシュレッダーにかけようとしやがった。
『せっかく作った資料だけど……これでお別れだ、哀しくとも』
『うそ待ってごめん旭ちゃんマジで謝るごめんごめんなさいそれだけは!!』
『ほかに言うことは?』
『二度とやりません申し訳ございませんでしたァ!!』
ならばよし、といい笑顔をした柊木は本当に悪魔だった。いや確かあれはハギが全面的に悪かったのだが、でもやっぱり悪魔の笑みだったと思う。
そういえば高木にとって柊木はすでに「憧れの人」であるらしいが、いつかその夢をぶっ壊してやりたいものだ。握手まで求めた相手が鬼で悪魔で魔王で暴君だと知ったときにはどんな反応をするのだろう。正直めちゃくちゃ面白そうなので、柊木も早く職場での猫かぶりをやめればいいと思う。閑話休題。とりあえずこれを作成したひとりが柊木であることは言わない方がいいな。勉強に使うどころか神棚に飾りかねない。
思い出から高木に目を戻せば、すでに気合い十分の様子で目に炎を燃やしていた。
「そんなすごい資料を頂けるなら何としても合格しないとですね……!」
「んな重く考えるこたねェよ。お前が落ちても伊達が指導責任を問われるくらいだ」
「さ、さらにプレッシャーかけないでくださいよ!」
「こらこら松田。まあお前なら大丈夫だろ。質問あったら聞きに来いよ」
そんでお前の後輩が試験受けることになった資料渡してやれと伊達が付け加えると、高木はもちろんですと嬉しそうに笑った。
指定の台詞「これでお別れだ、哀しくとも」