柊木さんがいて、それでも公式通りのことが起きていたとしたら。
ハロ嫁の一年前、ふたりきりの墓参り。
秋も深まったこの季節、晴れているのに冷たい風が線香の煙を揺らしている。
両手を合わせるとじゃらりと数珠が軽い音を立てた。そのままを両目を閉じる。いつもこのとき、何を思ったらいいのかわからない。伝えたい言葉は山とあるが、そのほとんどが説教と罵詈雑言だ。さすがに気が引ける。
それならどうしてわざわざ命日に墓参りをするのかと言われれば、このタイミングでなければ会えないやつがいるからだ。
「早いな、柊木」
ざ、とじゃりを踏みしめて近づく足音。
久し振りに聞く声は、少しも変わっていなかった。
そっと目を開け、声の方へ顔を向ける。
「お前が遅いんだよ、降谷」
かつて肩を並べ、競い合った同期。
あまり顔をさらせない職務に就いているという、公安の捜査官。
もう、唯一と言っていい存在になってしまった友人だった。
「……少し痩せたか?」
「俺は健康そのもの。目の下に隈つくってるやつには言われたくないな」
「たまたま仕事が詰まっていただけだ。僕だって健康だよ」
降谷は萩原の墓の前でかがみ、腕に抱えていた花束を供える。そのまま立ち上がって数珠を取り出し、両手をあわせた。
墓前に沈黙が流れる。強く吹いた風が近くの落ち葉を攫っていった。
「……降谷」
風に紛れて俺の言葉がぽつりと落ちる。
手を合わせていた降谷が、少しだけ顔を上げた。
「……皆、死んだ」
出逢えて良かったと本気で思っていた。
生まれて初めてできた認めあえる友人たちだった。
一生、大事にしたい縁だった。
「……死んだんだな、」
何年経っても、ちゃんと受け入れることはできそうになかった。
だって、何でこうも次々と亡くなっていくんだ。日本警察の殉職者数がどれだけ少ないと思っているんだ。
何でお前たちばかり、ーー何で俺の大事なひとばかり、
「……どうしたら、恨まずにいられる?」
それぞれ死に至った事情は違う。原因も違う。その結果に至った想いもきっと違う。
だけど、俺は、ただ、もう、何もかも。
この先は言葉にしてはならない。すべきではない。警察に身を置く者として、ーー皆の友人として。
そうわかっているのに、俺と来たら、
「どうしたら、」
次の言葉を口にしようとした、その一瞬。
俺より重い体重をしっかり掛けて踏みつけられた足先に、声を上げるもより先に蹲った。
ぼやけてしまった視界の端で、情け容赦という言葉を都合良く忘れたらしい友人は素知らぬ顔で息をついていた。まったく、とか言いながら腕組みをしているこのゴリラ、そろそろ本気で殴らせて欲しい。
ふるや、とようやく絞り出した俺に、迷いのない蒼が向けられる。
「俺は死なない」
空気を断ち切るような、きっぱりとした声だった。
「俺は死なないぞ、柊木」
表に顔を出すことすらできないような職務に就いているくせに。常に拳銃を携帯する程度には危険の中を生きているくせに。
どこにそんな根拠があるんだよと、そんな反論すら許さないような声。
「……降谷、」
「お前は僕のライバルだろう。だったらそんな情けない顔をさらすな」
相変わらずの寂しがりめ、とからかうように落とされた声に、視界の滲みが酷くなる。ぐっと噛みしめた奥で、音になれなかった言葉が渦巻いていた。
足先の痛みを堪え、ゆっくりと立ち上がる。
「……これ、絶対腫れてるぞ。加減しろよお前」
「つい力が入った。悪い」
「少しも悪いと思ってないよな」
「お前を正気に戻すためだ。加減なんてしてられないだろう」
確かに、脳内に渦巻いていた重苦しい霧が晴れたような。
本当にひどい顔だったぞと投げられた軽口にうるさいと声を返し、肺を空にするくらいに息を吐ききる。再び息を吸う頃には、頭の中はずいぶんと冷静になっていた。
「……降谷」
「ああ」
「自分が言ったことは守れよ」
「当然だ」
また息を吐いて、吸う。ゆっくりと呼吸を続けていく。
隣からもかすかに呼吸をしている音が聞こえる。当然だ、降谷も生きている。
冷たい風が吹き抜けていくが、
「……柊木」
「なに?」
「大丈夫だ」
降谷の言葉はいつも唐突だ。
何が、とは聞かなかった。ただ、そうか、と。
俺にはそれだけで十分だった。
そこで一歩分身を引いた降谷に、時間が来てしまったことを理解する。
「寝る時間は確保しろよ。効率落ちるぞ」
「心配ない。お前こそ栄養をきちんと摂れ、いざというときに力が出ないぞ」
「必要量は食べてんだよ」
いつもの不遜な笑顔が向けられる。
俺もきっと、いつも通りの顔で笑っている。
もう、大丈夫だ。
「すまない、時間だからもう行く。松田の墓は夜にでも行くつもりだ」
「ああ、俺はもう済ませたから。気を付けてな」
じゃあまた、と軽い言葉を交わす。
そして何の余韻も残すことなく、さっさと降谷は去って行った。まるで明日明後日にはまた会うくらいの気安さだが、今はそれが嬉しかった。
改めて萩原の名前が刻まれた墓石に目をやり、ひとつ息をつく。
「じゃあ、……また来年」
らしくないと思いながら、萩原に向けて言葉を残す。
ずっと手に持っていた数珠が、少しだけ温かくなったように感じた。
「(お前は)大丈夫だ」