六花、欠けることなく   作:ふみどり

9 / 95
9

 運命の十一月七日は、いっそ嫌味なほどの晴天だった。

 あらかじめ休みを取っておいた俺は、そっと自分の仕事場に顔を出す。

 

「おはようございます」

「おはよう。どうした、今日は休みだったはずだろう」

「うっかり財布を忘れてしまいまして。ああ、あった」

 

 引き出しからあらかじめ残しておいた財布を取り出し、少し恥ずかしそうに掲げて見せる。

 

「では、私はこれで失礼します」

「ああ」

 

 ほんの小芝居だが、俺が今日と言う日に警視庁にいてもおかしくないための理由付けだ。何かことを為そうというときは、こういう細かいところも手を抜かない方がいい。

 そして俺はその足で、ある部署へと向かう。事件が起きると外出することも多いそうだが、他の部署の様子を見る限り特に大きな事件が起こっている様子はない。ならばきっといつも通り、()でいてくれるはずだ。

 

「おはようございます」

 

 実はここに顔を出すのは挨拶の時以来になる。

 その小部屋にいたふたりはちょっと驚いた顔をして、それでも快く俺を迎えてくれた。

 

 

 *

 

 

 捜査一課に送られてきたFAXには、数字でなく犯行予告と受け取れる暗号文。

 爆弾は正午と十四時のふたつ。「円卓の騎士」に「七十二番目の席」、「戦友の首」とはまた……この犯人、世に言う中二病という奴だろうか。ナルシシズムをこじらせたガキの作る文章かと思う。

 FAXからひとつめの爆弾は杯戸町ショッピングモールの大観覧車にあることを導き出した松田は、案の定そのFAXを手に荷物を取る。

 完全に予想通りの展開に、俺はやれやれとその前に立ちふさがった。

 

「どうも」

 

 にこりと笑って見せると、わかりやすく顔を引きつらせた松田。

 俺の存在に気づいていなかった捜査一課の刑事たちも驚いた顔をしている。気配を消してたとはいえ、普通にさっきからここにいたのだけれど。視界の端で萩原も驚いた顔をしているのが見えた。

 

「ひ、柊木監察官?」

「何故こちらに……」

「まあ、勘でしょうか。来なければいけない気がしましたので」

 

 そのまま、呆けた松田の手からさっとFAXを抜き取る。

 

「!」

「爆弾事件の担当は特殊犯係です。萩原巡査部長、これを」

「、はい!」

「柊木!」

「敬語。貴方に捜査権はありませんよ、松田巡査部長」

 

 俺の言葉にかっときたらしい松田は、そのまま拳を振り上げる。ここまで計算通り。

 ちなみに俺は現場に出ることのない完全なデスクワークの人間だが、それでも完全に頭に血が上った奴の拳を受けるほど鈍ってはいない。もちろん、そんな奴の隙を見逃すほども。

 くわえて見た感じ今ここに俺の弱みを見せても利用できそうな階級の人間はおらず、捜査一課には人情味溢れる昔ながらの刑事が大半を占めることも調査済み。ついでに言うと、この角度なら防犯カメラにも写らないし俺の右手の動きなんて()()()()()()()にしか見えない。

 これは正当防衛だから、と内心で言い訳した俺は松田の拳を軽くかわし、逆に松田の腹に拳を叩き込んだ。

 

「……ありゃ~」

 

 絶句する捜査官たちの中、萩原のマヌケな声だけが部屋に響いた。声もなく崩れ落ちる松田を片腕で支え、いつも通りの調子で言う。

 

「ああ、どうやらお疲れのようですね、彼は。確か彼の上長は目暮警部でしたか」

「い、いかにも」

「彼を早退させたいのですが、構いませんか? ちなみに彼の早退理由は体調不良ですし、皆さんは何も見てはいない。よろしいですね?」

 

 混乱していた目暮警部はひとつ呼吸をして自身を落ち着かせると、まっすぐとこちらを見つめた。

 

「……彼がこういう行動に出ることをご存じだったのですかな?」

「松田は警察学校時代の同期で、個人的に親しいんです。そのFAXのことは聞いていましたし、無茶をすることは予想できましたので、一応と思いまして。先ほどの彼の解釈は正しいと思います。すぐに大観覧車に捜査員を送るべきかと」

 

 後半は特殊犯係の警部、萩原の現上司に向けて言った。即座に頷いたその人は矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「では、私はこれで。あ、ちょうどいいところに特命係のおふたり!」

 

 俺の後ろでずっと待機していてくれたおふたりに、ようやく声をかける。呼ぶだけ呼んでずっと待たせていたのだから、申し訳ない限り。

 

「恐れ入りますが神戸さん、少し手を貸して頂けませんか? 彼を病院に連れて行かないと」

「あ、そういう役回りね。了解了解」

 

 意識を失った松田を受け取った神戸さんはおもっと声を漏らして抱えなおした。俺は軽く笑って言う。

 

「細身に見えますが、元とはいえ機動隊でも生え抜きのゴリラですから。訓練真面目にやってたぶん重いんですよ、この筋肉ダルマ」

「ねえ、ときどき同期に対して必要以上に口が悪くなるのやめよ? 面白いけど」

 

 ひょこっと俺の傍にきた萩原がため息交じりに笑う。

 

「敬語」

「はいはいすいません。FAXください」

「はい、どうぞ」

 

 FAXを手渡すと、萩原がそっと顔を寄せて小声で言う。

 

「……来てくれて助かった」

「いや。……萩原」

 

 同じく俺も声を潜めて言う。これを言ったことがバレたら俺は監察官ではいられない。

 

「ん?」

「俺も動く。何かあったら連絡してくれ」

「……了解」

「あと車貸して」

「……んも~~~いいけどさ~~~」

 

 小声でやり取りをして、萩原から車のキーを受け取る。無理するなよ、とかけられた声にああ、と笑って、俺は刑事部を後にした。

 心の中で、自分の言葉に多分、と付け加えながら。

 

 

 *

 

 

 萩原の車を拝借し、助手席に松田を詰め込んでハンドルを握った。特命係のおふたりも、躊躇いを見せず後部座席に乗り込む。

 

「柊木さん。病院に行くと仰いましたが、どこの病院か見当はついているのですか?」

「え?」

「先ほどの松田刑事の推理は見事なものでした。彼の言う通り、ひとつめの爆弾は杯戸町ショッピングモールの大観覧車でおおよそ間違いはないでしょう。問題は、もうひとつの爆弾です」

「……もうひとつの爆弾は、どこかの病院にあると?」

 

 よく呑み込めていない神戸さんに、もう一度あの暗号文を諳んじる。そして、俺の推測を言葉にした。

 

「文中にあった『我が友の首』です。円卓の騎士の時代、たいていの騎士は十字がデザインされた仮面をつけているんですよ」

「……病院の地図記号?」

「私も同意見です。こじつけじみてはいますが、可能性はあるでしょう」

「お言葉ですが、都内だけでも病院がいくつあると?」

 

 そう、数ある病院の中からひとつの「あたり」を探しだすのは困難を極める。どれだけの人員を投入したとしても不可能だろう、そしてその動きを察知された瞬間に遠隔操作で爆破される可能性が高い。だから犯人の思考を読み、行動を読み、「あたり」に見当をつけて、そこから爆弾を探し出さなくてはならない。

 俺は呼吸を落ち着かせつつ、思考の道筋を言葉に直した。

 

「犯人は四年前の爆弾事件と同一犯とみてほぼ間違いない。ならば、警察に対して強い怨恨を抱いているはずです。爆弾を『花火』と表現していることを考えても、その爆弾はおそらく甚大な被害をもたらす、それなりに目立つ場所に設置されていると読みます。この子供のような気取った文章から幼稚かつ短絡的な性格がうかがえますし……子供なら、自分が作った花火が打ちあがるところを見たがるでしょう。そして、爆弾の時間差はたった二時間」

「つまり……それなりに規模が大きく、この時間は診療時間内で多くの患者がいる病院。加えて、観覧車とそう遠くない距離にあるところ?」

 

 神戸さんの言葉に頷き、杉下さんが言葉を引き継ぐ。

 

「ええ、個人経営のクリニックは除外してもいいでしょうね。入院患者もいるような大型の総合病院のほうが人も死角も多く、爆弾も設置しやすい」

「それからもうひとつ。少し前にニュースになりましたよね」

 

 元警察官という異例の経歴を持つ、大物代議士の入院。

 そう口にすれば、後部座席のふたりは息をのんだ。

 

「入院先まではニュースで流れませんでしたが、少し調べれば一般人でも簡単にわかります。警察に怨恨を抱くなら標的のひとつとして数えてもおかしくないし、そうでなくても代議士を爆弾の危機にさらしたとなれば警察の面目は丸つぶれ。それなりに大きく取り上げられたニュースです、犯人が考慮に入れてもおかしくないと思いませんか」

 

 証拠は何もない、憶測の域を出ないが、何もないよりずっといい。信号に引っかかって舌打ちをする。いや、落ち着け、焦るな、時間はある。

 なんとか平常の声を装って、言った。

 

「入院先は、米花中央病院です。幸いにも警視庁からも近い。……お二方、松田巡査部長を病院に連れて行くついでに、少し院内を散歩しようと思うんです。恐れ入りますが、お付き合いいただけませんか?」

「ええ、喜んで」

 

 にっこりと笑う杉下さん。対して神戸さんは、苦笑して言った。

 

「……素直に爆弾探すって言えばいいのに」

「私がそんな職務外の行動をとるわけがないでしょう?」

 

 大河内さんに怒られてしまいますと続けると、神戸さんは声を上げて笑った。

 

 

 *

 

 

 気を失ったままの松田をいったん目立たないように病院のロビーに転がし(声をかけてくれた看護師さんには神戸さんが「よく寝てるでしょう?」で押し通した)、観覧車の方向から見える場所を中心に病院内を見て回る。

 すぐに杉下さんから連絡が入った。松田を拾って指定の場所に走る。

 

「杉下さん!」

「柊木さん、こちらです」

 

 待合室の隅に設置してあるベンチの下。明らかに怪しいとわかる黒い箱が置かれている。箱の存在を確認して、引きずってきた松田をその辺に転がした。

 

「松田を叩き起こして爆弾処理に当たらせます」

「ええ、確か彼は元爆発物処理班でしたね。僕と神戸君は病院側に事情を説明してきます。ここはお任せしても?」

「もちろんです。よろしくお願いします」

 

 ふたりを見送った後、一応軽く松田を揺さぶってみたが、まあ起きない。そんなに強く殴ったつもりはなかったんだけどな、と思いながら思い切り松田の頬を平手で殴った。

 

「、ぶ!?」

「よし、起きたな」

「ひ、……いらぎ? テメエよくも!」

「こっちこそ説教は後だ寝坊助! 見ろ!」

 

 爆弾を見た瞬間、松田の目の色が変わった。

 すぐに周囲を見て自分の鞄を確認し、引き寄せる。その中には愛用しているであろう工具類。予想の範囲内ではあるがよくもまあ後生大事に持ち歩いているものだ。

 いくつか工具を取り出し、注意深く爆弾をチェックする。

 

「……柊木、上着貸せ」

「? 何だよ」

「やけに密閉されたつくりになってやがる。感光起爆装置がついている可能性が高え。上着で光を遮るからその分厚い上着とっとと寄越せ寒がり」

「るっせえほらよ。……待て、お前その手に持ってんの何だ」

 

 松田の手にはどこをどう見ても機動隊爆発物処理班御用達の赤外線暗視スコープ。松田は特に気にした風もなくしれっと言い返した。

 

「私物」

「嘘つけ。お前さては古巣離れるときにかっぱらってきたな?」

「型が古くなったから処分予定だった奴なんだよ。見逃せ」

 

 これが片付いたら絶対機動隊に引きずってって頭を下げさせる、だから今は何も見てない聞いてない、そう自分に言い聞かせていると、特命係のふたりが戻ってきた。

 

「避難指示は出してきたよ」

「ええ、幸いにもこちらの爆弾の爆破まで時間があります。問題はないでしょう」

「そうですか、ありがとうございます。松田、どうだ?」

「爆弾の形状から考えても四年前の犯人に間違いねえな。五分で余裕」

「そうか、それなら……」

 

 と、その時、俺の携帯が着信を告げた。相手は萩原。嫌な予感がする。

 

「失礼。……はい、柊木」

『あ、旭ちゃ~ん? 実は今、観覧車で爆弾とランデブー中なんだけど』

「……お前つくづく運がないね」

 

 いやホントにね~と笑っているが、観覧車と言う狭い空間に爆弾と閉じ込められ、しかも電話を掛けてきているということは、当然防護服を着用していない。四年前のあのときより、状況は悪い。

 状況説明の手間を省くために携帯をスピーカーに切り替えた。

 

『どうやら犯人は最初から観覧車に警察官を閉じ込める予定だったっぽい。さっき爆弾の液晶パネルに文字が流れた』

 

 観覧車に乗ることになった経緯の説明と、その液晶パネルに表示された内容に怒りで目の前が赤くなる。それでも何とか平静を保つべく深呼吸。爆弾から顔を上げようとした松田を抑え込み、解体を続けさせた。

 

『爆破三秒前にもうひとつの爆弾の場所教えてくれるらしい。警察官的にこれ死ななきゃと思うんだけど、できりゃ死にたくないんだよね。何か策ない?』

「……まず、萩原。盗聴器は?」

『確認済み。ないよ』

「よし、そんなお前に朗報だ。今もうひとつの爆弾を松田が解体中」

 

 電話口で、萩原が息をのんだ。

 

「松田、その爆弾を仕掛けたのは四年前と同一犯で間違いないな?」

 

 萩原に聞かせるために、あえて再度確認をいれる。松田はにっと口元をあげて大声で答えた。

 

「萩原ァ、お前の目の前にある爆弾、水銀レバーついてねえか」

『おー陣平ちゃん、起きたんだ。ついてるよ』

「こっちもだ。まず間違いなく同一犯とみていい」

 

 他の形状も手癖も一致する。松田がそう断言したことを踏まえ、ゆらりと頭が揺れた。思考を走らせ、この状況における「最適解」を弾き出す。

 

「柊木さん」

「、」

「僕たちは観覧車に向かいます。よろしいですね?」

「……よろしくお願いします」

 

 さすが杉下さん、判断が早いし的確だ。

 萩原の車のキーを受け取り、杉下さんは足早に去っていく。神戸さんもどうやら何をすべきか理解しているらしい、ウインクをひとつ残して杉下さんに続いた。特命係のおふたりを呼んだのは本当に正解だった。

 お二人がそちらに向かってくれるなら、何も問題はない。

 

「萩原」

『何?』

「お前は解体作業を続行しつつ、すぐに上司に連絡を。二つ目の爆弾の処理が進んでいることを報告し、目の前の爆弾を解体する許可を正式にとれ」

『え、それ必要?』

「必要だ。ただし、それを絶対に上司以外の人間に悟らせるな。上司にも顔に出さないよう前置きしてから説明しろ。おそらく爆弾犯はその観覧車のすぐ傍にいる」

『な、』

「正午になるその瞬間まで、犯人に自分の思い通りにことが進んでいると思い込ませろ」

 

 正午になっても爆弾が爆破しないことを悟ったとき、犯人は初めてこちらの爆弾に意識を向けるだろう。そのときにはすでに松田が解体を終えている、これがベストだ。

 

「萩原、松田、いけるか」

『問題なし』

「余裕」

「よし。じゃあ萩原、切るぞ。ちゃんと上司に許可取れよ?」

『りょうか~い。……また後でな』

 

 萩原の上司の警部は念には念を入れるタイプのひとだと聞いている。爆弾犯が観覧車のすぐ傍にいることを知れば、杯戸町ショッピングモールの完全閉鎖くらいまでは手を回してくれるだろう。最悪、居合わせたひと全員に身体検査するか監視カメラを全チェックするかすれば犯人は特定できる。

 増援として杉下さんと神戸さんも現場に向かっている。ここからショッピングモールまで車なら数分。おそらく犯人確保は問題ない。

 後はもう、元爆処組を信じるだけだ。さて、俺は俺にできることをするとしよう。

 

「松田、俺は一応、避難状況の確認してくる。パニックになってないか心配だ」

「おー。解体ももう終わるから、終わったら連絡する」

 

 避難は危険から遠ざかればいいというものではない。逃げてきた先で落ち着いて行動できているか、逃げる途中に怪我はしていないか、逃げ遅れた人はいないかなどメンタルケアも含め気を配らなければならない部分がたくさんある。特に怪我人病人の避難というのはより注意が必要だ。

 災害時の対応なども管轄になる警察庁警備局警備課で勉強したことが、こんなところで活かせるとは。

 

「松田、あと頼むぞ」

「……誰に言ってんだ、バーカ」

 

 松田にそう一言残し、俺も病院の廊下を走った。

 

 

 *

 

 

『解体完了♡』

『終わった』

 

 どちらがどちらからのメールかなんて一目瞭然だろう。あのふたりらしいメールの文章に、思わず笑ってしまう。

 そして、神戸さんからの連絡。

 

『犯人確保したよ。特殊犯係に引き渡した』

 

 感謝のメールを送り、とりあえず安堵の息をつく。何があったと騒ぐ例の代議士の相手も適当にこなしつつ、引き続き医師や看護師に避難について指示を飛ばしながら、まだまだあるやるべきことを頭の中に思い浮かべていた。

 爆弾犯との因縁との決着は完了、だがこの事件を片づけたというにはまだ早い。自分がかつてない窮地に追い込まれているにも関わらず、不思議と今の状況を楽しんでいる自分がいる。

 この程度の大勝負、いちいち怖気づいてはいられない。

 

 

 ***

 

 

 査問会には慣れてきていたが、まさか「こちら側」に立つことになろうとは。内心苦笑をしつつ、ずらりと並んだ上層部の視線を正面から受けた。

 

「では、今回の爆弾事件における柊木旭監察官および松田陣平巡査部長の対応について、査問会を執り行います」

 

 大河内さんがいつもと変わらぬ声で査問会の開催を宣言する。

 まあ、こうなるだろうと覚悟はしていた。犯人が捕まろうと爆弾処理が成功しようと、俺も松田も自身の職分を逸脱した行動をとっている。

 本来ならば病院で不審物を発見した瞬間、俺たちは速やかにその旨を警視庁に報告し、爆発物処理班を呼ばなければならなかった。それを怠って、その権利と義務をもたない者が、しかも装備もなしに爆弾処理にあたったのだ。病院内の一般人を危機にさらしたと言われても仕方がない。まして、俺は監察官としてそれを窘めなければならない立場。それなのに問題行動を見逃すどころか、ほとんど俺がその状況に持って行ったようなものなのだから問題視されて当然、監察官としての素質を疑われる行動と言える。

 松田には今回の爆弾解体は俺の許可があったと証言するように口を酸っぱくして言ってある。別に庇うつもりがあって言っているのではなく、こういう場に慣れていない松田より俺が弁明をするために。

 ちなみに萩原は呼ばれていない。権利と義務をもたず、装備なしで爆弾解体を行った点では松田と同じだが、爆破まで時間がない状況でゴンドラに閉じ込められたこと、また解体にあたって事前に上長に報告し許可をもらっていることから無罪放免。上司の許可を取れと言ったのはこういう意図があってのことだ。

 もうひとつついでに言うと、特命係のおふたりの行動はもはやいつものことなので、見ないふりがされている。あのふたりはよほどの問題行動を起こさない限り、良くも悪くもいないものとして扱われるのだ。羨ましいと思うべきか憐れむべきか大変微妙なところ。

 大河内さんが事件の経緯を説明し、俺たちの行動の問題点を列挙していく。その内容はほぼ予想通りのもの。

 

「まずは状況の説明を聞こうか」

「では、私から」

 

 す、と一歩前に出た。

 まず間違いなくこの査問でお咎めなしはありえない。だが、あの爆弾解体に緊急性があったこと、爆処を呼ぶ余裕がなかったことを認識させれば処分を軽減することは可能だろう。

 まだ警察をクビになるつもりはない。そっと息を吸って、口を開いた。

 

「まず、今回米花中央病院において爆弾を発見したことは、全くの偶然です。爆弾予告については警視庁を出発する際に耳にしており、発見した爆弾は予告文で提示されていた『ふたつめの爆弾』の可能性が高いと判断したのです」

 

 建前上、松田は体調不良で早退したことになっている。それなら松田と俺が病院にいること自体は何もおかしなことではない。米花中央病院をわざわざ選んだ理由? 松田のかかりつけの病院だからです。嘘も方便だ。

 

「また、四年前の爆破事件に関わっていた松田巡査部長から、当時の事件と同一犯の可能性について説明されました。もし本当に同一犯であれば爆弾は遠隔操作が可能なタイプである可能性が高く、犯人の意志ひとつでいつでも爆破されてしまう。しかし、予告状の文面を考えれば、ひとつめの爆弾の処理が完了するまで犯人はこちらの爆弾に意識を向けてこない。ならばひとつめの爆弾の爆破時刻までに解体してしまうのが最も安全な道であると考えました」

 

 そこで改めて隣にいる松田を手で指す。ぴくりと松田の肩が震えた。

 

「幸いにも松田巡査部長は少し前まで機動隊において爆弾処理を任されていた人物であり、かつ、本人もその義務感から防護服のない状態でも爆弾処理を買って出てくれました。爆発物処理班を呼べるだけの時間があればよかったのですが、ひとつめの爆弾の爆破まで一刻を争う状況であったため、彼の爆弾処理を許可しました。私は監察官たる立場以上に警察官である立場から、彼に爆弾を任せ、一般市民の避難に尽力した次第です」

 

 まったく長台詞は疲れる。嘘と本当を混ぜ込みながら、それらしい説明を作った。そして申し訳なさそうな顔を見せ、上層の表情を探る。

 ああ、近日中に査問にかける予定のひとりが、にやにやと気色の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。少しは隠す努力をすればいいものを。

 

「そして結果、爆弾は解体、一般市民にも影響は出ず、犯人も確保された、と」

「結果良ければすべてよし、などと申し上げるつもりはございません。己の職分を忘れ、彼の解体を許可したことは事実です。そして松田巡査部長もまた、人命のかかった緊急の事態であったとはいえ、その権利もない状況で、しかも十分な装備もなく爆弾解体にあたりました。どうぞ、厳正な処罰を」

 

 上層の印象のなかで俺は「青臭い正義感を振りかざす若手」のまま。ならばこの程度の嘘ならそう疑われることもないだろう。

 さりげなく「人命のかかった緊急の事態」を強調し、頭を下げる。俺に続いて、松田も頭を下げた。こういうときは形だけでも反省を態度で示すものだ。

 

「ふむ……」

 

 難しい顔で黙る警視庁のトップに対し、表情を隠すことも知らない馬鹿はにやにやと言い募った。

 

「結果がどうあれ、職務を忘れたことに変わりはない。相応の処罰があるべきでしょう。経験があろうと処理班でもないものが解体など! しかも防護服のない状態で! 柊木君、それは一般人のみならず、松田巡査部長すらも危険に追いやる行為だと理解していたはずだね?」

 

 ほう、そう来たか。松田の処罰をさて脇に置いてでも、とにかく俺を追い詰める方向に持っていきたいらしい。それも、一般人のみならず松田の命すらも危険に晒したという点で。

 その馬鹿さ加減には呆れずにはいられない。俺を追い詰めるつもりで、まさか自分の首を絞めにくるとは。口元が緩みそうになるのを必死に抑えた。

 

「まあ、義務感故の行動に懲戒はさすがに気の毒だ。依願退職あたりが妥当では?」

 

 喜色満面の顔を視界に入れないよう努力しつつ、発言の許可をとろうと口を開きかけた、そのときだった。

 

「……しかし、いつぞや防護服を着ずに解体に当たらせていた者に対して、厳重注意で済ませることに強く同意したのは貴方ではなかったかな?」

 

 他のお偉いさんからの指摘に、そいつはぴたりと黙った。俺が言おうとしたことを先に指摘されたことに少し驚く。指摘したひとの隣に座っている高そうなスーツも完全に呆れた顔で頷いていた。

 そう、指摘されたのは萩原と松田の元上司の査問の件だ。その方の名誉のために言っておくが、決してこのニヤケ面は彼と懇意だったということはない。こいつは俺という若手が偉そうなことを言うのが許せなかったらしく、「厳重注意」という処分に強く同意していた。つまり俺が気に入らないが故に押し通した処分に、今こうして自分の首を絞められているというわけである。

 法の下では皆がフェアだ。「甘い処分」という例外は、一度作ってしまえばそれ以降ずっと「前例」として記録に残る。その後同じことをして処分を受ける者が出ても、基本的にその「甘い処分」を参考に処罰が決められるのが常だ。何事にも例外をつくるべきではないというのはそういう点にある。

 彼と親しかったが故に厳重注意で済ますべきと主張した人たちも、気まずげな顔をしていた。

 

「しかも今回は急を要する状況であったが、それはただの怠慢だった。怠慢への処分が厳重注意で、義務感故の行動が依願退職とは、いささか公平性に欠けるだろう」

 

 その声に、次々と賛同の声が上がる。

 

「同感ですな。確かに褒められた行為ではないが、このふたりが多くの人命を救ったことを軽視すべきではない。病院で爆破なんぞ起こったらとんでもない被害になっていたはず。しかも柊木くん、元警察庁警備部警備課の人間らしい、見事な避難指示だったと聞いとるよ。入院されていた代議士の先生からもお褒めの言葉を賜った」

「恐れ入ります」

「松田くんの爆弾解体技術も素晴らしかったと。現役の隊員ですら真似できるかわからんほどの技術だとか」

「……恐縮です」

 

 松田も戸惑ったように返事をした。よし、流れが変わった。

 

「しかも柊木くんがすぐに特殊犯係に連絡をしてくれたおかげで優秀な警察官を殉職に追いやらずに済んだわけだ。警察官ならば確かに時には一般市民のためにその身を投げうたねばならん。しかし、無事に帰還してくれるならそれに越したことはない」

「状況を正しく把握したうえで人命を最優先し、義務感から起こした服務規程違反と言えるでしょう。事態に緊急性があったこともよくわかりました。もちろん表立って褒めることはできませんが、私としては褒めてやりたいくらいの気持ちですね」

 

 正直なところ、意外と皆味方についてくれたことに少し驚く。

 確かに俺も松田も間違ったことをしたとは欠片も思っていないのだが、それが警察組織として許されるかは別物だ。意外と人間らしい感性をもっているひとは多いんだなと、到底口にはできない感想が浮かぶ。

 じっと皆の話を聞いていた警視総監は、そこでようやく口を開いた。

 

「柊木監察官、松田巡査部長」

 

 は、とふたりで姿勢を正す。

 

「これからの警察の未来のためにも、今回の件を不問にすることはできん。だが、今回の君たちの行動は警察官として正しい行いであったと、わしは思う。今後も日本警察の一員として、よく職務に励むように」

 

 はい、と敬礼を返して、査問会は終了した。詳しい処分は後日知らされるというが、この分ならそう酷いことにはならないだろう。

 

 

 *

 

 

「……お前いつもあんなことしてんのか」

 

 査問会後、ぐったりと警視庁内のベンチに座る松田に苦笑して、缶コーヒーを差し出した。よろよろとそれを受け取る松田。慣れない場はよほど堪えたらしい。

 

「まあ、追い詰められる側は初めてだけど」

「お前な……。……ここまで読み通りか?」

「いや? もっと絞られると思ってたよ。まあ、お前については俺が解体の許可出したって体にしたわけだし、そう重い処分にはならないと踏んでたけど」

 

 ぱきゅっと缶コーヒーのプルタブが軽い音を立てた。

 

「……お前の方は?」

「クビにはならないだろ。俺、優秀だし。せいぜい出世コースから外れるくらいかな」

「問題じゃねえか」

「お前をひとりで暴走させるのに比べれば大したことない」

 

 そう言うと松田はぐ、と黙った。一応自覚はあるらしい。

 

「すっきりしたか。犯人逮捕はさせてやれなかったけど、萩原と一緒に爆弾解体できたんだ、それでよしとしてくれ」

「……。……心配かけて悪かった」

「わかってんじゃん。仕方ないから許してやるよ」

 

 ふ、と笑うと、松田は気まずげな顔をして不貞腐れた。

 これであの爆弾事件の妄執からは解放されただろうか。すっきりとした顔をしているから、きっとそうだと思いたい。しばらくはまた隈ができてないか見張るとしようと、その横顔を見ながら思う。

 そう思っていたとき、「いた!」と声を上げて萩原が駆け寄ってきた。俺たちが査問を受けるという話を聞いて、一番青い顔をしていたのはこいつである。

 

「査問は? 大丈夫なの?」

「……あれ、どうなるんだ? 柊木」

「ま、悪くて減給かな。少々出世には響くかもしれないが、その程度だろ」

 

 伸びをしながら答えると、松田はうげ、と声を上げた。

 

「ただでさえ安月給なのに減給かよ……」

「心配すんな、その間は萩原が援助してくれる」

「……何か結構大丈夫そうってこと? まあメシくらい奢るけどさ」

「ああ、心配しなくても大丈夫だよ」

 

 多少今後に響いたところで、俺も松田もそんなことを気にするタイプではない。第一、やるべき仕事をきちんとやっていれば、これくらいの失敗はいくらでも取り戻せる。松田だって優秀な警察官だ、危惧するほどのことじゃない。

 そんな空気を察したのか、萩原はようやく安心したような笑顔になった。

 

「……柊木の減給の面倒は誰が見んの?」

「減給ったって多分俺お前らよりもらってるぞ」

「よし次の飲みは柊木の奢りな」

「よっしゃー!」

「お前らな……」

 

 呆れた顔で言うが、ようやくこの馬鹿ふたりの呑気な顔を見られて嬉しく思う。

 警察学校時代から湿気た顔が似合わない奴らだ。ふたりがそうやって馬鹿をやってくれないとこちらも調子が出ない。

 

「あ、そうだ柊木、俺飲みもいいけどアレ食べたい、柊木のお好み焼き!」

「おお、いいな。たこ焼きも頼む」

「ええ……お前ら昔より食う量増えてるだろ……一体どんだけ焼けばいいのか想像もつかないんだけど」

「材料買いこめるだけ買いこんで、なくなるまで焼けばいいじゃん?」

「それでも足りなかったら追加で買ってくればいいだろ」

 

 早速いつもの傍若無人を発揮しだしたふたりに、ため息をつきながら苦笑を返す。結局俺も、説教だの何だのしながら同期には弱いのだ。

 

「そのうち、……わかったよ、近いうちにな。今年中には時間つくるから」

 

 そう言ってやるとおう、とふたりは元気よく返事をする。その返事の良さも息の合い方も、本当に昔から変わらない。まったく、とついつい俺も笑った。

 とりあえずずっと心配していた伊達にもさっさと連絡をしてやろう。きっと結果報告のメッセージを今か今か待っていてくれる、降谷や諸伏にも。粉もの焼くって言ったら返事くれないかななんてのんきなことを考えつつ、俺は携帯に手を伸ばした。

 まさか今度は諸伏に危険が迫っているだなんて、そんなことは考えもせずに。

 




論理的な文章書けるひとは本当にすごいなって思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。