幸人が捕まったときに連絡をくれた子であり、幸人と一緒にひーらぎさんの家庭教師を受けた子であり、未来の美容師でもある彼です(SS登場済)
ちょっと説教くさい話ですので注意。
いっそ引くくらいのイケメンでめちゃくちゃ頭良くて、なのに偉そうなとこなくて、多分やばいくらいのエリートできっと
ショーガイの疑いが晴れてケーサツから解放された幸人は、ひーらぎさんに家庭教師を頼みこみ、毎日学校に行って勉強をするようになった。
つまらない、とは思わない。ダセエ、とも思えない。オレは頑張るのも頑張れと言われるのも嫌いだけど、頑張ってるやつの邪魔をするほどには腐れなかった。
幸人はちょっと頑固で不器用なだけで本当はすげえ真面目なやつだ。ちょっとだけ道を逸れていたけど、このままじゃだめだと気付いてちゃんと戻っていっただけ。オレも、ほかのやつらだって、笑って幸人の背を叩いた。誰だって自分の好きなようにやればいい。その気持ちは嘘じゃない。
ただ、ちょっとだけ。ちょっとだけ、……何か、惨めな気がしただけだ。
「……別に、」
ずっとこのままでいられるわけねーってことくらい、わかってっし。幸人みたいに、どっかで区切りをつけなきゃいけねーことも。
こんなもやもやを抱えたまま帰るのは何となく気持ちが悪くて、少し冷たい夜の空気の中で顔を上げた。街の灯りで星は見えない。
いつもの夜の集まりも、ひーらぎさんに見つかるとうるさいからという口実で少しずつ解散する時間が早くなっていた。ひーらぎさんがジョーレー違反だって言う時間まではもう少しある。最近マジメだしちょっとくらいいいっしょ、と家とは反対方向に足を向けた。
駅近くの明るすぎる場所から離れるにつれ、人影はまばらになっていく。くたびれた背広のオッサン、香水臭くてさむそーなカッコのオネーサン、塾にでも行ってたのかスマホ片手に迎えを待つ高そうな制服のやつら、ほかも何かいろいろ。そういうひとたちがどんどん遠くなって、ようやく少し肩の力が抜けた。今は
ここどこだっけ、何か来たことある気がする、なんて勘だけで歩き続け、気付けばどこかの住宅街を歩いていた。何で見覚えあるんだろ、ときょろきょろと周囲を見渡しながら歩いていると、オイ、と急に聞き覚えのある声。同時に後ろから首元をひっつかまれて変な声が出た。
「ぅえ゛、」
「何してんのお前」
「……首締めといてそりゃなくない?」
「悪い、どう見ても電柱に突っ込もうとしてたから」
言われて前を見れば確かに目の前にコンクリの柱。前見て歩けよ、なんてガキみたいな言葉を喰らったが、これはさすがにひーらぎさんが正しい。呆れた顔でオレを見るひーらぎさんは、いつものスーツ姿だった。
そういえばここ、ひーらぎさんの家の近くだ。自分の立っている場所がわかると、何故だか急に夜がちょっとだけ明るくなったような気がした。
「ひーらぎさん、帰り?」
「ああ。お前はどーした、家確かこっちじゃないだろ」
「えー……散歩?」
「そうか。帰れ」
「は? 迷えるセイショウネンにもうちょい何かないわけ」
「何だよ散歩じゃなくて迷子か? 交番ならその道まっすぐ行って右手」
「ひーらぎさんも警察だろ仕事しろよ」
「確かに警察だけどいろいろ違うんだよ。……帰りたくないのか?」
そういうわけじゃねーけど、とちょっと視線を下げる。まっすぐすぎるひーらぎさんの声は、小気味いいけどたまに少し辛い。
俯きそうになった頭を見かけに寄らず大きな手ががっと掴んだ。せっかくセットした髪がぐしゃっと崩れた音がした。そのまま強制的に前を向かせられる。
お前ね、と呆れたままの顔は相変わらずイケメンだった。
「悩みってのはだいたい言葉にしねーと解決しねーぞ。どうにもなんないことなら寝て忘れるって手もあるけどな」
「……別に」
「俺に言えとは言わねーよ。ったく、幸人も心配してたぞ、何か変なこと言ってたって」
「、」
その名前につい肩が震えた。ひーらぎさんが驚いたように目を丸くする。かっと顔が熱くなったのを誤魔化したくて頭を掴んでいた手を振り払った。その勢いのまま一歩二歩と後ずさる。
違う、別に幸人がどうという話じゃない。幸人が原因なわけじゃない。嫌いになったわけでもなければ、あいつを応援する気持ちに嘘もない。幸人はいいやつだ。ベンキョーに必死なくせに、それでもオレの様子がおかしいって心配してくれるようなやつだ。
オレのこのもやもやとか変な気持ちとか、そういうのは幸人のせいじゃない。ぐちゃぐちゃもやもや言葉にできない
ぐるぐる回る思考を、オレの名前を呼ぶ声が遮った。反射的に声のほうへ顔を向けると、ひーらぎさんがさっきよりも無表情に近い顔でオレを見ていた。美人の無表情は怖いというが、それは男でも当てはまるということをいま心底理解する。ひゅっと背筋を冷たい手がなでたような気がした。
あ、と口がぱくぱくと動く。何か言わなきゃと思うのに言葉が出てこない。そんなオレをじっと見たひーらぎさんは、うん、とひとつ頷いて口を開いた。
「とりあえず現国からかな」
「何の話?」
「いや論理的思考という意味で数学?」
「だから何の話?」
背中をつたっていた汗が急激に乾いた。遠くでチャリの走るタイヤの音がやけに間抜けに聞こえる。
たぶん頭の回転が早すぎるプラス意外と発想が突飛なひーらぎさんは、つまり、と当たり前のように続けた。
「頭ン中ぐちゃぐちゃなんだろ。思考の整理ができてないし、言葉にするための語彙が足りてない。そりゃ悩みなんか解決しねえよ」
「う、」
「だったら勉強して思考鍛えて語彙増やすしかねーだろ。別にテストの点を上げろっつってんじゃない、お前の悩みを解決する一番手っ取り早い手段がたぶん勉強ってだけ」
「……ひーらぎさんさぁ……」
こっちの気持ちなんて少しも気遣う気のないデリカシーなし男は、おもむろに腕時計を見て顔をしかめた。
しょうがねえから今日は車で送ってやる、と溜息交じりに言ったひーらぎさんはさっさと歩き出してオレの隣を通り過ぎた。数歩進んで、ほらうち行くぞ、と首だけで振り返る。
今日はもう遅いけど、と少し意地の悪い声。
「勉強、幸人のついでに面倒みてやるから。気が向いたら一緒に来いよ」
言うだけ言って、あとは前を向いて足を進めた。スタスタと容赦のない足取りに、オレが着いて来ると信じて疑っていないことが察せられる。何このひと。ねえ何このひと。普通もう少し何かない? 悩みを抱えて深夜に出歩くセイショウネン見つけといてこの適当すぎる扱いなに? ……こういうのはちゃんと言葉にできるんだよなオレ、とか何を考えているのでしょうかひーらぎさんに影響されすぎですオレは何か悔しいチクショウばかやろう。
ああもう考えるのが馬鹿らしくなってきた。た、音を立てて硬いコンクリを蹴る。何も変わっていないのに、バイト代を貯めて買ったお気に入りのスニーカーが響かせる足音はやけに軽やかだった。
ひーらぎさんの斜め後ろにまで追いつくと、前だけを見て歩いていた黒髪が少しだけこちらに向く。あ、ひーらぎさん髪のびたな、とどうでもいいことを思った。
「ひーらぎさん、べんきょーってしたほうがいい?」
「出来た方が得なのは確かだな」
「……よくそう言うよね、ひーらぎさんは」
「実際そうだよ。できなくても生きられるけど、できたほうが何かと便利」
「……そっか」
ただ、と前を歩く黒髪が揺れる。
「勉強できるから偉いわけでもないし、勉強するから偉いわけでもない。必要だと思うなら頑張ればいいし、いらないと思うならしなきゃいい」
決めるのはあくまでもお前だと、言外に。
「……うん」
相変わらず甘くない。けど、それでよかった。それがよかった。全部、オレが決めていい。そんで、
すっと息を吐いて顔をあげる。夜特有の少し冷たい風が心地よかった。相変わらず見上げた空に星は見えない。けど、見えないだけで星がないわけではないことくらいはさすがに知っている。目には見えなくとも、学べばちゃんと
――そうだ、明日にでも幸人に連絡しよう。最近あったことを話して、心配かけたことを謝って、ひーらぎさんの家庭教師の日が次はいつなのか聞いてみよう。一緒にべんきょーするかはわかんねーけど、幸人が頑張ってることをちゃんと見て、もう一度考えてみたい。
それでも何もわかんなかったらひーらぎさんの生徒がもうひとり増えるかもしれないが、それはそれで仕方ない。ひーらぎさんが面倒を見ると言ったのだから、そこはきっちり責任をとってもらおう。
オレのテストを見て頭を抱えるイケメンの姿を想像しながら、ふひひとひーらぎさんの隣に並んだ。
「ねーひーらぎさん、うち帰るのさー、車じゃなくてバイクにしよ? ついでにちょっとそのへん流そ? 迷えるセイショウネンの気分転換てやつ」
「調子取り戻したのは結構だが調子に乗るのは大概にしとけよ。交番に放り込むぞ」
「ケチ」
「あ?」
「めんちゃい」
こちらもワードパレットでリクエスト頂いて書いたやつ。
自分が頑張ることを放棄しても、ほかのひとが頑張ることを否定してしまうところまでは腐れなかった優しい子です、彼は。