転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。 作:ひきがやもとまち
オーブ首長国連邦政府からの公式発表として、『地球連合所属の新造戦艦アークエンジェルは既にオーブ国内から離脱した』という宣言が出されてから数日後。オーブから程近い海域で、一つの死闘が行われていた。
【オーブ海軍の演習艦隊から離脱したアークエンジェル】と、【中立国オーブに素性を偽り密入国して情報を入手していたザフト軍ザラ隊】とが、小さな島を戦場に戦闘を繰り広げていたからである。
オーブへの潜入時にキラと出会って会話も交わしているアスラン・ザラの判断によって近郊の海に潜んで網を張り、待ち構えていたザフト軍ザラ隊であってが、戦況は比較的アークエンジェル優位に推移しているようでもあった。
「なっ!? 煙幕ゥッ!?」
「チィッ! 姑息なマネをッ!!」
万全の迎撃態勢で臨んだにも関わらず、先の戦いでは撃沈寸前まで敵艦を追い詰めたザラ隊が、今までにないほどアッサリと劣勢に追い込まれる要因となったのは、今回の戦闘で初めて用いられたアークエンジェルの支援用兵装《スモーク・ディスチャージャー》と煙幕弾によるところが大きい。
どちらも直接攻撃力を持たず、二度目からは対策が立てられやすい、初見殺しの子供だましじみた兵器でしかなかったものの、初見殺しではあるが故に初めて見る敵艦の武装に意表を突かれ、ザラ隊の面々は襲いかかってきた側でありながら機先を制され、最初の先制攻撃を敵側に許してしまう失態を演じる羽目になる。
「・・・!? なんだとっ! 二機っ!?」
『おおッと!!』
『う、うわァッ!?』
また彼らが先制攻撃によって不利になった理由は、それだけではない。
イザークが今、意外そうな声を上げながらビームライフルを発砲して回避された敵戦闘機《スカイグラスパー》の予備機にキラの親友であるトール・ケーニヒが搭乗して、上空からの情報支援のため参戦していたことが思わぬほどの相乗的効果をもたらしていた故でもある。
スカイグラスパーは地上に降りる際、ハルバートン提督率いる第八艦隊から受領してきた重力圏内用の戦闘機だ。
フラガ大尉の愛機である《メビウス・ゼロ》がモビルアーマーであるが故に宇宙空間でしか使えないからこそ、彼を地上でもストライク支援のために活かせるよう与えられた機体であり、彼専用機ではないため《ガンバレル》も装備していない見た目は普通の戦闘機でしかない存在。
だがイザーク達からすれば、「二機のどちらが“エンデュミオンの鷹”なのか?」という疑問が撃ってみるまで分かりようがない機体でもあり、見た目だけでは判断しづらい。まして戦闘機の軌道はMSと違って単調であり、個人個人の癖が現れにくい。誤認させるだけなら本来の目的とは異なる使い方をしてみるのも十分にありだ。
『よし! 悪くないぞ! ストライクの支援、任せる!』
『は、はいッ!!』
結果的に彼らは「二兎を追う者は一兎をも得ず」の格言の如く、雲の中から飛び出してきた直後のスカイグラスパー2機の中間に向けて第一射目のビームを発射してしまい、両機ともに回避されたあげく、ムウの乗る1号機には自分たちの上空に上がられ頭を押さえられ、トールの乗る2号機には自分たちの位置と高度、風向き風圧などの射撃に必要なデータを人工の雲の中に発信されてしまう地理的不利な要因を自ら招き入れる失策を犯すことになってしまっていた。
『こちらスカイグラスパー、ケーニヒ! ストライク、聞こえるか!? 敵の座標と射撃データを送る!』
『・・・っ、了解!!』
コーディネーターといえども、出撃直後の機体の動きだけで乗っているパイロットを特定することは容易ではない。数値以上に経験からくる勘働きの方が重要になる分野だからだ。
おまけに、総掛かりで強襲してきたところに煙幕が張られたことで足が止められ、初めて見る敵艦の武装を前に当初の作戦を変更する決断ができぬまま敵の接近を許してしまったという不利が重なる。
ビシュゥゥゥゥゥッウ!!!
『『『うっ、くぅッ!?』』』
データを基にして雲の中から発射されてきた長大な《アグニ》のビーム光に、アスラン達4人はそろって呻き声を上げさせられる。
自分たちからは見えない位置にいる敵からの砲撃に近い太さを持つビーム射撃。一カ所に集まったままでは、マグレ当たりであっても擦っただけで自機が乗っている支援マシーン《グゥル》は耐えられないだろう威力を目の当たりにさせられて、敵が来るのを待って襲いかかってきた側の自分たちの方こそが罠に飛び込んできてしまったような状況になってしまっていることを認めざるを得なくなったのが、その理由だった。
『く・・・っ、散開!!』
敵のビーム光の太さを目にしてアスランは、部隊を別けるための指示を出す。
遅まきながら自分が初歩的な判断ミスをしていたことに気がついたからである。
敵“戦艦”を沈めるのであれば、MS部隊は各個に別々の方向から襲わせた方が迎撃火線は分散されて効率は良くなる。
《グゥル》がある自分たちと異なり、空を飛べないストライクには、足つきの足さえ射れば自由な動きが利かなくなる。
―――俺が、キラを落とすことに拘りすぎた結果だとでも言うのかッ!?
アスランは心の中でそう罵倒し、もう一人の自分が即座にそれを否定させる。
強敵となったキラを全機総掛かりで落とすことだけに集中してしまい、足つきを軽視してしまった自分の判断ミスが、友人であるキラを本心では討ちたくないと願う心理から来ていたのではないかという疑問に捕らわれ、覚悟を決めたはずの自分が迷っているという事実を認めたくなかったからである。
矛盾を抱えた心境に陥りかけながらも身体の方はなんとか動き、敵の射撃を避けて散開しながらもストライク対策のため、それぞれに相性の良い者同士でペアを組み、部隊を二つに別けて二方向から挟み撃ちする形を取って足つきへ接近する方針に切り替えている。
『――ッ』
だが、キラとて自機のMSに「ガンダム」の名を与えた少年パイロットだ。因縁めいた宿命によるものなのか、思い切りがいい。
安全な雲の中に隠れながら送られてくるデータを基にして『見込み』で撃った弾で落ちてくれるほど遅くもなければ甘くもない現実を知ると、三射目で砲撃を辞めて自機とアークエンジェルとを繋いでいたチューブを取り外して投げ捨てる。
このチューブを取り付けている限り、ストライクはアークエンジェルから直接エネルギー供給を受けられて、消耗の激しすぎる高出力高威力の《アグニ》を残量に配慮することなく撃ち続けられる巨大なメリットが得られるのだが、外してしまえば通常と同じだ。自機が背負っているバッテリーで賄うより他になくなってしまうしかない。
だが、煙幕によって敵から完全に姿を隠してしまえば、味方からも敵が見えなくなるのは道理でしかない。
敵の数が多く、また弾幕を掻い潜ってこれるほどのエースでさえなかったなら話は別になったかもしれないが、生憎とキラが相手にしている敵部隊には赤服のエース達しかいない。
――当てるために狙って撃った弾でなければ落とせない強敵たち・・・ッ!!
そう判断したキラは、外したチューブを投げ捨ててフェイズシフトを展開し終えた直後に甲板から飛び立ち、左舷から攻撃を仕掛けようとしていた《バスター》と《デュエル》の目前へと躍り出る。
『なっ!?』
『くぅっ!?』
長距離砲撃用と同等の威力を持つビーム砲《アグニ》を使って撃ってきながら、装備を換装させる間を置かせることなく中距離射撃戦の距離まで急速接近してきたキラの判断は完全にディアッカとイザークの意表を突いていた。
驚き慌てながらも、いったん後退して距離を取って仕切り直すか、そのまま進むかで一瞬の判断を迫られる二人。
――だが、それは片方のパイロットにとってはともかく、イザークにとっては判断を迫られただけでなく、自分個人に対しての許しがたい侮辱のように感じられて仕方がなかった。
『~~~ッ!! ストライクぅぅぅぅッ!!!』
接近してくる敵機を前にして、自機のビームライフルと《グゥル》の小型ミサイルとを同時に発砲しながら前に出ようとする道を選ぶイザーク・ジュール。
それは一見、距離を置いて射撃に転じたディアッカの一時後退を援護する形に見えはしたが、彼がその行動を行った動機はもっと単純極まるものだった。
心に余裕がない人間は、往々にして小さな失敗を受け入れられずに破滅するまで突き進むことしか出来なくなる傾向がある。
イザークはもともと決して愚かな男ではなかったが、優秀ではあっても心に幼い部分を持った少年でもあった人物でもある。
そして、心が幼い優秀な人間ほど敵を見下し視野が狭窄しやすく、自分たちが高い地位にあるべきだと信じ込んでしまい、自分より愚かな人間が一面では自分を上回るものを持っている可能性を考えようとしない。
否、考えたくないのだ。
それを拒否する状態こそが、プライドが高くなりすぎる余り、心に余裕がなくなった心理状態というものなのだから・・・・・・。
――たかがナチュラルが操るMS如きに俺が! コーディネーターである俺が負けるはずがない! 負けたままでいいはずがないんだぁぁぁッ!
『こっから先へは行かせねぇよッ!!』
同僚である相方に呼応して、いったん距離を置いたディアッカの《バスター》が《デュエル》を援護するため砲撃支援用MSとして両手に持ったビーム砲で援護射撃を開始する。
・・・しかし、この時点で彼は友人でもある相方が、自分の攻撃の邪魔になっている事実に気づいていない。
本来、空に飛び立ちながら急速接近してくる敵に対しては、左側にマウントしている《対装甲散弾砲》による散弾の方が有利だからだ。指向性を持たせたビーム射撃では、真っ直ぐ飛びすぎてしまって回避行動を取りながら接近してくる敵と、距離を取るため移動しながら射撃する自分とで命中率が下がるだけでしかない。
だが、判断するより先に激情に駆られたイザークが前に出ようという動きを示したため、彼に当たる危険性を恐れて確率論兵器の散弾を彼は撃つことが出来ない。
また、実体弾では有効打とに成りきれないフェイズシフト装甲の長所を知りすぎてしまっている立場という事情もある。
今の自分は、ただ敵の接近を阻めばよく、撃墜まで狙わなくても良かったのだと気づかされたのは、彼がストライクに落とされて海へと落下していくしかない立場へと成り下がってしまった後のことだった。
バフゥン!!
「ぐわぁぁぁッ!! ――あッ!?」
グゥルの翼に軽い一撃を食らわされ、足は止まりつつも滞空できる程度には加減された攻撃を受けた衝撃により、「空中で棒立ちしていた敵MS」という間抜けな姿を晒してしまったディアッカの《バスター》は当然の報いとして飛行マシーンの上から蹴り落とされ、悲鳴を上げながら海へと落下していくしかなくなってしまう。
「クッ! このォォォォォッ!!」
前に出て打ち合おうとした自分を無視して、接近戦武装のないバスターを撃破するのではなく、救助の手がいる海へと落下させて落としたストライクの姑息さに激高するイザークだったが、キラとしては当然の判断だった。
空が飛べないストライクでは、いつまでも空中戦など応じられる訳がない。
ならば接近武装メインで射撃能力の低い《デュエル》よりも、砲撃支援用の《バスター》の方が先に倒しておくべき厄介な存在だったことは火を見るより明らかだからだ。
だが、プライドに駆られているイザークには、その程度の道理すら受け入れきることはできない。
結果として彼は、命中率は高くともフェイズシフト相手にはエネルギーを減らせるだけでダメージには至れない頭部バルカンを乱射しながらストライクに迫るという愚行を選んで突撃してしまい、逆にストライクの右肩に装備されていた《120ミリ対艦バルカン砲》で《グゥル》を損傷させられ飛行を維持できなくなるという結果を招く。
「ぐわぁぁぁぁぁッ!?」
『イザークっ!? ちぃッ!!』
高度を維持できなくなって、徐々に海へと落ちていくしかなくなった同僚の機体を遠目に見てアスランが舌打ちする音がイージスのコクピット内にのみ響き渡る。
出撃した時には4機編隊だった自分たちは、既に二機が損傷して戦線を離脱させられ、敵が被った損害はイザークが最後に放ったバルカン砲ぐらいのものという惨状。
今まで幾度となく死闘を繰り広げてきたアスラン達と足つきとの戦いで、ここまで明確に差が出たのは、この戦いが初めてだった。
―――あるいは、それが良くなかったのかもしれない―――。
『コイツぅっ!!』
先に落ちていった他の二人と異なり、アスランに好意的で彼の指揮下に入ることを全面的に受け入れているニコル・アマルフィの《ブリッツ》が、「隊長から後退命令も作戦失敗の決定も下されてない状況下」において隊長機よりも先にストライクへとビームライフルを撃ち放ち、ザラ隊長もまた部下の判断をよしとしたまま飛び続けられなくなって降下していくストライクを好機と見て追撃するため全速前進しながら自機のビームライフルを連発させたが、やがて雲の中から現した足つきの姿を見て、すべては計算尽くの行動に過ぎなかったことを結果によって思い知らされることになる。
「えぇい! ―――なッ!?」
『バリアント、撃てぇぇぇぇッ!!!』
主砲のゴッドフリートによって降下していくストライク追撃の足を止めさせ、甲板上に着艦を確認した後、リニアカノンである《バリアント》と対空防御ミサイル《ウォンバット》を連続発射されたことで、フェイズシフト装甲を持たない《グゥル》に乗った《イージス》のアスランも後退せざるを得なくなり、ニコルの援護射撃もあって無事脱出には成功したものの、それは炸裂する爆発光の群れが発生したことで再び足つきの姿が見えなくなってしまう状況を作り出されてしまったことをも同時に意味してしまってもいた。
これには、空から戦況を俯瞰してデータを送り続けていたトールの功績が大きいといえる。
戦力として取るに足らぬからと最初の一射目で見抜いてからは見逃していた連合製の戦闘機であっても、視界が閉ざされ目の前にいては敵の姿が見えなくなってしまった戦場において有効に作用するのだという事実を、既存兵器に対するMSの絶対的優位性と、ナチュラルが創った時代錯誤な飛行機如きと侮る気持ちが自らの敗因へと繋がっていたことを、彼らは果たして知ることが出来たとしても受け入れることは出来たであろうか・・・?
「ベクトルデータをナムコムにリンク! ノイマン少尉、操艦そのまま」
「了解!」
ナタル少尉――地球に降りる際、中尉に昇進していたナタル・バジルール中尉の指示の基、アークエンジェルの位置と高さがブレないように調整させられ、甲板にたつキラに計算違いが起きづらくなるよう最大限の配慮がなされていた。
キラの咄嗟の判断による奇襲で、敵の半数を落とせたことは大戦果だったが、やはり《アグニ》の連射は威力を押さえてもストライク単独ではエネルギー消耗は激しい。
それでもバッテリー残量だけで見るなら継戦は可能ではあったが、それはあくまで「今までの戦い方を続けて勝てる場合」の話でしかない。
既に、射撃武装しか持たない《バスター》と、本来は接近戦用で重力に縛られた地上では本領を発揮しづらい《デュエル》は落とし、残るは特殊戦闘が可能な《ブリッツ》とMS形態では汎用型の《イージス》の二機だけ・・・・・・戦闘開始時とは戦況が変化した今となっては《ランチャー・ストライカー》より《エール・ストライカー》を装備させた方が有利である。
むしろエネルギーが減ったランチャーのままでは、悪くすると敵に避けられ続けて先にガス欠を起こしてしまう危険性すらあり得るだろう。
『フラガ機、来ます!』
アークエンジェルの艦橋に響いたサイの声が、ストライクにも届く。
続いて、ミリアリアの呼びかけと、いつものムウの軽い調子で言う声が彼の耳朶を打つ。
『ストライク、エールへの換装スタンバイです!』
『プレゼントを落とすなよ!』
もともとスカイグラスパーは、地上では空が飛べないストライクの支援用にセットで開発されていた機体であり、本来の開発目的としてはストライカーパックをストライクまで運んでいく輸送機としての役割を担わされる予定だった。
そのため互いの位置関係を知るため周囲の情報を収集する能力は高く、初陣で素人でしかないトールが有効なデータを送り続けられた理由も機体性能に依存するところが大きかった。
とはいえ、如何に状況を調整して難易度を下げようとも、宇宙空間よりは装備の換装に制約が多いことは厳然たる事実であったし、初の空中換装と言うこともある。
「少佐、どうぞ!」
キラは一瞬だけ息が詰まったが、覚悟を決めてムウに応じて甲板を蹴った瞬間には迷いは一切なくなり、ただストライカー・パックを装備するための最適回答と軌道を計算する数式だけが頭に残るだけとなっていた。
そして、難しい難度の空中換装をキラの乗るストライクがやってのけたのを目にして味方は安堵の声を上げ、キラの敵となってしまった者たちは驚愕するしかない。
『アイツ・・・空中で換装をッ!?』
『・・・・・・ッ』
自分では不可能な敵の神業に、ニコルは素直な衝撃を受けさせられたが、アスランが受けた衝撃は彼より深く、そして屈折してもいた。
――明らかにキラの操縦技術は格段の上昇を遂げている・・・・・・落とすべき自分が覚悟を決められずにいたがために、敵となった親友の脅威が上がっている!
・・・そういう形での精神的衝撃である。
それは言い換えるなら、「自分が親友に対する思いさえ割り切れるだけで勝てていた」という増長とも呼ぶべき発想でしかないのだが、異なる歴史を歩んだ別の地球上で思い上がりを正してくれた年長の軍人とアスランは出会うことが出来ていない。
彼は知るよしもない。
史実におけるこの戦闘で、彼を庇うために戦死した僚友の死に責任を感じて「自分のせいでアイツは死んだ」と嘆く道を選んだ自分自身と同じ道を選ぼうとしてしまった少年兵が、地球側の兵にいた別の地球を巡る戦いがあったという事実を。
その中で、彼と同じ心理と、彼とは真逆の色を持つ機体を愛機としていた少年兵が、とある兵士から言われた言葉を聞く機会を、ザフト軍という能力主義が徹底しすぎた年齢や経験を重視しなくなった軍隊様式が奪ってしまったという事実をだ。
彼は自分と同じ少年兵と、同じ言葉を言われるべきだったのだろう。
『自惚れるんじゃない!
ガンダム一機の働きでマチルダが助けられたり、戦争が勝てるなどと言うほど甘いものではないんだぞ!?
パイロットはその時の戦いに全力を尽くして後悔するような戦い方をしなければ、それでいい・・・』
――そう言われているべきだったのだろう。
だが、可能性は可能性でしかなく、今の彼が生きる現実の軍隊に誤った後悔を正してくれる立派な大人は存在していない。
「アスラン・・・・・・っ」
『はぁぁぁぁッ!!!』
赤い敵機に乗り、自機へと迫り来る親友のことを頭に思い浮かべながらビームサーベルを引き抜くキラ・ヤマト。そでを鉤爪状の特殊武装《グレイプニール》を発射して切り落とされながらもビームサーベルを抜いて応戦するニコル・アマルフィ。
動きが止められてしまった味方に援護射撃をしようとするアスランに対しては、ムウが乗るスカイグラスパーがキラと巧みに連携しながら攻撃することで邪魔が入らないように牽制させられる。
MSに空中戦を可能にさせてくれる《グゥル》と言えども飛行支援マシーンでは、生粋の戦闘機相手のドッグファイトは機動性の面で分が悪い。戦局は硬直するが、ザフト軍不利の状況下での硬直はアスラン達にとって面白いはずはなかった。
更に、彼らの不運は重なる。
「キラ・・・・・・っ、――えぇいッ!!」
眼下で続けられている戦闘を見下ろしながら、上空からの情報支援だけをこなすよう言明されていたトール・ケーニヒが、友人の戦う姿を見ているだけの状況に我慢しきれず、怖さを振り切り上空からMS相手に突撃する覚悟と決意とを固めてしまったからである。
それは本来なら暴挙にしかなれない、勇気と蛮勇とを履き違えた行動となるはずのものであったが、ことこの瞬間だけは彼らにとって有効に作用する決め手となる。
『なにっ!? コイツっ!!』
既に格上の相手となってしまったキラを相手に、《グゥル》による空中戦が可能なことのみを優位性とすることで何とか互角に近い戦いを行っていたニコルの機体に、ミサイルが命中してしまい集中が大きく乱され、接近戦においては致命的すぎる隙を晒してしまったからである。
いつでも倒せるザコでしかないからと、放置し続けたことが裏目に出る結果を招いてしまったニコルたちの甘さは自業自得の結果となって彼の機体を切り裂かせる。
『キラっ!』
「トール!? ・・・よしっ」
敵がナーバスになっている鍔迫り合いの最中に、横から不意打ちを食らわせてきた戦闘機へと一瞬だけとはいえ注意をそらしてしまった不意を突いて、ストライクは至近距離で立ち止まってしまった敵機のライフルを内蔵した右腕を切り裂き、バスターと同じようにグゥルから蹴り落とすことで戦闘空域より強制的に離脱させてしまったのだ。
悲鳴を上げながら海へと落下していくニコルと、喝采をあげるキラの友人トール・ケーニヒ。
対照的なその姿を見下ろしながら、アスランの心にも黒いものが初めて宿ったのは、この瞬間だったのかもしれない。
『くそォ・・・・・・ッ』
既に部下として指揮を任された僚友達は敗退し、残ったのは自分のイージス一機のみ。
敵は消耗しつつも全機健在、母艦も射程距離内に捕らえられる寸前まで接近されている。
戦い続けたが故にエネルギーは残り少なく、ストライクと違って母艦に戻らず補充する当てもない。
――既にこの時点で、勝敗は決していた。作戦を中断して撤退する以外の選択肢など存在しない。そんな戦況。
そんな状況下の中でアスランが選んだ選択は―――
『はぁぁぁぁぁっ!!!』
一機だけ残った、自機だけでの突貫だった。あるいは特攻と呼ぶべきかもしれない。
がむしゃらに敵機へと機体を突っ込ませ、グゥルを狙ってきた敵に撃たせてやりながら被弾したグゥルを奪い取られていたニコルのグゥルへと追突させることで相手からも足を奪い取り、高威力ながらもエネルギー消耗の激しい《スキュラ》を放つためにMA形態へと変形させてストライク目掛けて連射させる。
これは彼らしくもなく、碌な勝算もないままの無意味な突撃だった。
たしかにMA形態のイージスには多少ながら飛行可能能力を持っているが、宇宙用に作られた形態である以上は重力圏内でのドッグファイトでMSのような小さな獲物に当てられるようにはできていない。
可動性も低くなり、斜角の自由度も宇宙空間と比べればなきに等しい。
エールに換装していたキラのストライクなら余裕を持って回避できるほど、お粗末なビーム射撃。
そして、彼に対する止めとして。
『キラ! ソードを射出するぞ!』
「トール!?」
ムウの1号機と同じようにトールの2号機にも装着されていた、ストライク換装のためのストライカーパック。
機体エネルギーもろとも回復できる機能を持った、この装備を新たに換装されてしまった以上、スキュラを発射し最後のエネルギーを無駄に使い捨ててしまったアスランに、勝ち目は完全になくなってしまうしかない。
「ちぃ・・・っエネルギーが! ――なにっ!?」
突如コクピット内に鳴り響いた警告音が示す方向に顔を上げると、ソードストライカーに換装し終えた親友が乗るストライクが巨大な剣を振り上げ、自機を切り裂くため急降下して間近まで迫ってきていたのである。
染みついた癖でビームライフルの銃口を上げてしまってから、一発分しか残っていないエネルギーが頭をかすめて一瞬だけ迷いが生じ、その迷いが彼からビームライフルすら奪い取り、敵に切り裂かれた銃身が爆発四散する位置から後退しながらアスランは、自分が親友に敗れたことを他の誰より思い知らされる立場になってしまっていた。
『もう下がれ! キミたちの負けだ!!』
「なにを・・・っ」
『もう辞めろアスラン! これ以上、戦いたくない!』
「何を今更・・・っ」
親友からの呼びかけが、逆にアスランから撤退という選択肢を奪い取らせる。
「撃てばいいだろ! お前もそう言ったはずだ! お前も俺を撃つと・・・言ったはずだァッ!!」
ただ感情任せに勝ち目もなくぶつかっていく素人じみた突撃。
戦技もなければ勝算もなく、先を見据えた作戦も、相打ちを狙った覚悟さえも存在しない、我武者羅なだけの想いを込めて、ただ斬りかかっていくだけの攻撃とも呼べない無様な斬撃。
『・・・・・・っ』
子供のワガママのようにも見える、その一撃が却ってこの時のキラの神経を刺激してしまい、児戯としか呼びようもない斬撃に対して武器すら使わず、ただ拳でイージスの横っ面を殴りつけることで吹き飛ばして地に伸させ、エネルギーが切れてフェイズシフトダウンした灰色の機体を地面に横たわらせたままの姿を晒させる屈辱をアスランに味あわせる結果となったのは、あるいは何かの皮肉だったのやもしれない。
感情的になって意味不明な言葉を叫びながら斬りかかってきた子供を、殴ってやることで間違いを正させようとした大人の位置関係。
この時の彼らは丁度そういう構図を取り合っていたのだが、残念ながら今のアスランには、自分の過ちを認めて修正できるほどの精神も心の成熟も得られていなかった。
『アスラン!!』
「・・・くぅっ!!」
未だ降伏も投降もよしとせず、敵意をむき出しにして自分をにらみつけてきていることを肌で感じさせれたキラは、つい積もり積もっていた鬱憤を、八つ当たりのような恫喝行為と止めの一撃へと繋げさせようとしてしまい、ソードストライカーの対艦刀を振り上げて、今までの自分が感じたことのない暴力的な衝動のままにアスランごとイージスを真っ二つに切り裂くため振り下ろそうとした瞬間―――。
突然スピーカーから、明瞭な声で聞こえてきた言葉に“三人のパイロット達全員”が驚愕させられ、声に出してその驚きを表現したのはザラ隊を率いる臨時隊長アスラン・ザラただ一人だけ。
「攻撃中止だと・・・・・・っ!? バカなッ!!!」
――この時の彼らは知らないだろう。あるいは永遠に知ることはないのかもしれない。
彼らの身体の中にある魂が、神の国とやらに辿り着けるまでは永遠に知る必要のない事柄でしかないのだから。
自分たちの魂が多く散りゆき漂っている地球の向こう側には、自分たちと異なる知的生命体としての生活を送り、そこで子を生み育て、死んでいっていた。
そして、その地球の歴史で1969年に人類が初めて月に立った土地が、後に月の中心的都市となり、その都市を制する者は宇宙を制すると呼ばれるほどの力を有していくようになる。
その都市にあって、中立を現政権への従属を公言しながらも敵味方に武器を提供し続けて、死の商人として歴史の裏側から世界の戦乱をコントロールし続けてきた者たちに対する皮肉を、オーブという国になぞらえながら再現したいと願っていた演劇好きな男の思惑と本心など、彼ら歴史と無関係な子供達が知る必要などいささかも無かったのだから・・・・・・。
『私は、ザフト軍のクルーゼ隊、パプティマス・シロッコ副隊長。
貴官らが定義するところの・・・・・・フフッ、“敵”だ。
私の機体は、艦橋の頭上に着陸した。そちらが攻撃を辞め、停戦を受け入れない場合は、貴艦を全面破壊する。
問答無用で核を発射し、不利とみれば民間人を人質にすることも躊躇わない貴官らの行動は、国際法を遵守する意思も能力もなきものと見なさざるを得ない以上、交渉の余地はない。
即刻の行動によって、要求への返答として頂きたい』
歴史は世界を変えて繰り返され、一部の個人が新しい環境に適した能力を手に入れた程度で人類全体が変わることは未来永劫にあり得まい。
誰かが誤りを正してやらねば、正しい形で進むことも出来ないというならば。
『―――貴艦からの返答は如何にッ!?』
強い口調で質しながら、口元に笑みを浮かべ続ける男。
トールが降下したことで、ガラ空きになった頭上から降りてきてアークエンジェルの艦橋の上に着陸されてしまった見たこともない巨大新型MS.
コズミック・イラの世界で初めて実現された、重力圏内でも飛行可能な可変MSに乗って現れた男。
パプティマス・シロッコ。
【二つの地球圏の歴史の立会人】になることを望む男は、この世界でも冷たい瞳で笑み浮かべて他者を見下ろす位置に立つ。
それこそが最も、シロッコらしい生き方だと信じて揺るがぬ自信が、彼の肉体には最初から備わっているのだから―――。
つづく