転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。 作:ひきがやもとまち
本当はもっと早めに更新する予定だったんですが、色々あって遅れてしまい申し訳ありません。
今回のもザフト軍内輪話。ニコルが死なずに生き延びたが故に起きる騒動をお楽しみ頂けたら嬉しく思います。
刻は、かすかに遡る。
アークエンジェルのCICが、その機体の接近を察知したのはキラ・ヤマトの《ストライク》が、アスラン・ザラの駆る《イージス》と地上での白兵戦を開始した丁度その時の出来事だった。
「――っ! 高熱源体を感知、本艦の左翼上方より急速に接近中!」
「なんですって!?」
「ミサイルか!? イーゲルシュテルン起動! 索敵はどこを見ていたッ!」
索敵とCICを担当しているジャッキー・トノムラ軍曹からの慌てたような報告と、敵接近の急報を聞かされたマリュー・ラミアスとナタル・バジルールは、互いに違う言葉を報告者の下士官に返しながらも揃って艦橋の天井を見上げた。
そこにあるのは鋼鉄の平板だけで、敵の姿など見えるはずはないと分かっていても見上げずにはいられなかったのだ。
彼女たちとしては、完全に不意を突かれる形となっていたからである。
因縁の相手とも言うべき、クルーゼ隊に奪取された4機の《G》部隊をついに全機撃退する寸前まで敵を追い詰め、その内の一機には今まさにトドメを刺そうと喉元に切っ先を突きつける段階までこぎ着けることが出来たのである。
既に、戦闘の勝利には直接寄与できない格納庫に詰める整備班などの間では、一機だけ残ったストライクのみの力で偉業を成し遂げつつあるキラを、向かうところ敵なしの最強MSパイロットとして先勝気分で勝利者を迎え入れる準備まで始めている者もいるほどなのだ。
今まで苦戦し続けられてきた相手だけに、その喜びもひとしおだという気持ちはマリューたちブリッジクルーとて変わるところではない。
だが、だからこそ油断があった。
勝利を目前としたことで目の前に残った敵一機だけに意識を集中させすぎてしまった。こんな距離まで敵の接近に気付かないなど、間抜けにも程がある不手際としか言い様がない!
――とは言え、腐ってもそこは激戦をくぐり抜けてきたアークエンジェルのCIC担当だ。彼が敵接近に気付くのが遅れたのには理由があったのも事実である。
「この動きはミサイルではありません! MSです! 機種識別に該当なし!」
「なんだと? ディンではないのか?」
「ディンにしては反応が大きすぎますし、輸送機にしてはスピードが速すぎますっ」
「ザフト軍が開発した新型戦闘機だとでも言うことなのッ!?」
この時期、まだザフト軍連合共に空中戦闘用の兵器は未だに戦闘機が主力の地位を占めたままだった。
ザフト軍は地球侵攻の際、ジンをベースとして大気圏内での飛行を可能にして巨大な六枚翼を与えた大気圏内モビルスーツ《ディン》を投入して戦果を上げてはいたが、逆に言えばディン以外の飛行可能MSは未だ開発されるに至ることは出来ていない。
地上用のMSとして、《ザゥート》に《バクゥ》《ラゴゥ》などを開発し、水中用でも《ゾノ》や《グーン》など新型機を投入し続けることで、コーディネイターが持つ技術力の高さによってナチュラルたちとの能力差を戦略的優位に直結させてきたザフト軍にとって、ただ一つ開発と進歩が遅れている戦場がドッグファイトのための飛行用MS開発競争だったと言っても良い。
トノムラが敵機の存在に気付くのが遅れたのも、この前提あってのものであり、ザフト軍に未知の新型飛行可能MSが現れたとしても急速すぎる発展はなく、既存の機体の発展系に収まる範囲の変化しかないだろうと高をくくっていたのである。
そんな彼にとって、ディンの三倍近い巨体と、二倍以上の速度で以て急速にアークエンジェルへ向かって飛来してくる謎の新型機と思しき飛行物体は脅威でしかなく、操舵士を担当していたアーノルド・ノイマン少尉も船の舵を切りながら悲鳴のような叫び声を上げるのがやっとだった。
「くそッ! 躱しきれないか・・・っ」
「敵機接近、来ま―――ひぇぇッッ!?」
艦橋の全面に張られたガラスの目の前まで迫ってきていた奇妙な形状をした大型戦闘機の姿に度肝を抜かれ、カズイ・バスカークが怯えた声で悲鳴と共に席を立って逃げだそうとした瞬間に、
――グォンッ!!
敵戦闘機は、正面衝突すると思われた瞬間に機体を急速に上昇させ、アークエンジェルの直上に上がると、そこで驚くべき変化を遂げる。
「――っ!! あ、あれはまさか・・・モビルスーツ!?」
「せ、戦闘機がMSに変形をしただと!?」
モニターで図示できるほどの距離まで近づいてから艦の上方で姿形を変えた巨大戦闘機と思われていた飛行物体は、両肩が異様に膨らんだ形状を持った大型モビルスーツの姿に変形したのである!
《PMXー000 メッサーラ》
コズミック・イラの技術を用いてシロッコの知識と天才性によって再現された、原作では存在しないゲーム版だけの設定である地球上での運用を可能にしたパプテマス・シロッコ初のハンドメイドMS。
宇宙世紀とコズミック・イラ、二つの異なる歴史を歩んだ地球の技術があわさり合った世界初の存在が今、再びアークエンジェルへと急速降下して迫り繰り、その頭上からブリッジの屋上へと落下音ととに着陸してきたのである。
―――ドゴォンッ!!
「きゃあ!?」
「う、うわぁっ!?」
大きく揺れ動かされた艦橋内でクルー達は手近なものに必死に掴まり、転倒を免れた中。
装甲と装甲を接触させ合うことで振動により通信を届かせる、『お肌の触れ合い回線』を用いた若い男の声が、アークエンジェルの艦橋内に静かに響き渡る。
『私は、ザフト軍のパプティマス・シロッコ副隊長。
貴官らが定義するところの・・・・・・フフッ、“敵”だ』
どこかしら嘲弄を含んだような男の忍び笑いが、声と共に彼らの耳朶を叩く。
シロッコと名乗ったザフト軍人は、相手の戸惑いに頓着する素振りすら見せずに、自らの要求のみを一方的にマリューたちへと通達してきたのだ。
『私の機体は、艦橋の頭上に着陸した。
そちらが攻撃を辞め、停戦を受け入れない場合は、貴艦を全面破壊する。
問答無用で核を発射し、不利とみれば民間人を人質にすることも躊躇わない貴官らの行動は、国際法を遵守する意思も能力もなきものと見なさざるを得ない以上、交渉の余地はない。
即刻の行動によって、要求への返答として頂きたい』
有無を言わさぬ要求。
交渉の余地はなく、受け入れるか否かの二者択一だけがアークエンジェル側に与えられた選べる道であった。
「・・・フラガ少佐の機体と、ストライクの位置は?」
「かなり離されてますね・・・もっとも今この状況下で援護のため撃たれでもしたら、私たちの方が危なくなるだけで終わるでしょうが・・・」
「くっ、あと少しのところで・・・」
悔しそうに歯がみするナタル中尉であったが、ノイマン少尉の言葉が正しいことを認めざるを得ない状況でもあった。
なにしろシロッコと名乗るザフト軍人は、降伏も投降も呼びかけておらず、ただ停戦のみを求めているだけなのだ。
それは必ずしも、アークエンジェルを生かしておく必要がないことを意味するものでもある。仮にフラガが撃つか、自分たちが艦を上下逆さまにして振り落とそうとすれば即座にブリッジだけでも爆破してくるだろう。
それを示すかのように、相手から再びの、そして最後の警告がブリッジ内全員に聞こえるよう響いてくる。
『断っておくが、これは貴艦に対して私個人からの慈悲であると受け取って欲しい。
貴艦の搭乗員には、ヘリオポリスからの難民も現地徴用兵として強制的に徴兵されていると部下から報告を受けている。
中立国の民間人すら巻き込む連合の暴挙は許しがたいが、私自身はオーブと敵対するのは得策ではないと考えているからだ。
だが先日、プラント評議会議長に就任されたパトリック・ザラ議長までもが私と同意見とは限らない。これは最終勧告である! 停戦せよッ!!』
「えっ! パトリック・ザラですって!?」
「プラント国防委員長・・・っ、対連合主戦派のタカ派だ。議長になってたのか・・・」
長い逃亡生活の中で政治事情、とくに敵国プラントの内情など知る由もなくなっていたアークエンジェル内のクルー達は、今までの穏健派だったシーゲル・クライン議長から主戦派のパトリック・ザラに政権交代が成されたという情報を今ここで初めて、敵の口から聞かされて決断を迫られていた。
とはいえ、事ここに至って選択肢などどこにもない。連邦のジオン残党討伐部隊を相手に十分な戦争準備を整えて挑むことが出来た反政府運動とは立場が違う。
「停戦信号を発射してちょうだい。それとノイマン、念のためアークエンジェルの艦上に白旗を掲げさせるよう伝達して」
「艦長っ! 何もそこまで・・・っ」
「しょうがないでしょう!? アラスカの目の前まできた今、ストライクだけじゃなく、アークエンジェルも沈めさせる訳にはいかないんだからっ!」
「くっ・・・・・・わ、分かりました。停戦信号発射だ!! 急げっ!!」
「ハッ!」
自軍の艦長のあまりに屈辱的な対応を聞かされた瞬間、ナタルは発作的に上官へと詰め寄ってしまいかけるが、それを睨み付けるように見返されながら放たれた上官の言葉に反論を飲み込んで指示を下す声が装甲越しに聞こえてきたシロッコは、皮肉な形に唇を歪めていた。
「ナタル少尉・・・いや、中尉の性格は相変わらずのようだな。地球の重力に魂を引かれた人間たちの集団でしかない連合の理屈では、宇宙の民を率いていく事はできんというのに。
あの女、好きになれそうもないな」
メッサーラの慣熟飛行と初の実戦テストをも兼ねた任務の中で、シロッコはナタル・バジルールという人物について今の時点では知りようもない部分までもを含めた評価として酷評していた。
ナタルは一見すると、必要とあれば非情な策もとれる冷徹さを持ったリアリズムに徹する軍人に見えるが、それはあくまで『敵に対して』のみ適用可能になる判断基準でしかなく、味方に対しては詰めも対応も判断基準も大いに身内贔屓をした甘すぎる対応しかすることのできない、連合という看板なしでは何も出来ない軍人の典型でしかないのである。
シロッコはナタルの発言を聞いた瞬間、記憶の中から浮かび上がった光景を被せ見て、そう思っていた。
・・・・・・軍事的な有効性を認めながらも、見た目に拘って特例を認めさせたグレミー軍のラカン・ダカラン。
決して無能な男でも弱いパイロットでもなく、裏切りという非情手段を執ることもできる有能な指揮官でありながら、実質よりも見た目の体裁を優先する部分などが彼ら二名が同種の人間であることを物語っていた。
「戦いは、力だけで勝つことは出来んよ。その必要性を感じながら動けなかったからこそ、貴様はアズラエル如きの木偶に成り下がる道を選ぶことしかできなかった。
所詮、リアリストのなり損ないは粛正される運命にしかなれんのだ」
シロッコの乱入によって、前線で敵と斬り合うキラたちの与り知らぬ内に合意が成立されてしまった停戦発効だったが、それに最も激しく反応を示したのは窮地を救われたはずのアスラン・ザラだったのは本人の性格的に妥当でもあり皮肉でもある結果となってしまっていた。
「戦闘中止・・・・・・? バカなッッ!!」
『アークエンジェルに白旗が・・・っ、どういう事なんだ!?』
突然の事態急変に驚愕して、戸惑うことしか出来ない親友同士にして敵同士でもある二人の少年たち。
そこに割って入ったのは、位置的にも距離的にも、そして・・・・・・歴史の修正力においてさえ、“彼”以外に適任はいるまい。
『アスラン! 停戦信号です! 足つきが一時停戦を求めてきたんですっ』
「ニコルか!? それは一体どういう事なんだ! 奴らは勝っていたじゃないかっ!!」
『シロッコ副隊長です! 先ほどボクのもとへ通信が届きましたっ。副隊長がイージスに敵の注意が向いている隙を突いて足つきに奇襲をかけて停戦を受け入れさせることに成功したようなんです』
「・・・シロッコ副隊長が・・・」
機体の片腕を失いながらも、死すべき運命を永らえる幸運に恵まれた僚友ニコル・アマルフィから告げられた事実によって、アスランは自分たちが窮地を救われたことを知る。
それは本来、命拾いした事への安堵と、部下の窮地を救いに来てくれた上官への感謝でもって報いるべきシチュエーションだったと言えるだろう。
だが――人類の新たな形ニュータイプの少年がそうだったのと同じように、遺伝子改造されたコーディネイターの少年にも、時として正しい判断より小っぽけな感傷を優先したい心情に駆られる事がある。
「シロッコ副隊長・・・ストライクは俺たちに任せて、自分だけ良い子になろうというつもりですか!?」
激しく表情を怒りに歪めながら、いつになく口汚く罵るアスラン。
彼自身、驚くほどの怒りに駆られていて、その理由が判然としないこともあり、持て余した激情をコントロール出来ずに苛立っていたのだ。
『どちらにしろ、その機体の状態で戦闘続行は無理です! 今は停戦を受け入れ、一時撤退をッ!』
「くぅ・・・!!」
歯がみして、コントロールスティックを強く握りしめるアスラン。
見ると、一度は海中へと落下させられ戦線離脱させられていたイザークの《デュエル》とディアッカの《バスター》も機体を大ジャンプさせて海上へと強引に舞い戻ってきて戦線復帰し、ストライクに向け援護射撃を放ってくれていたようだったが、停戦を要請させられた足つき側にとって戦闘続行は無意味化した後であり、帰投指示を下されたらしいストライクが援護射撃を受けながらも足つきへ向かって機体を跳躍させ、搭載MSを回収した敵艦が高度を上げ始めていく。
アークエンジェルは、現時点では唯一の大気圏内で飛行能力を有する巨大戦艦である。
《グゥル》を全機損失し、宇宙と違って地べたを這いずりながら戦うしかないMSしか持たないアスランたちザラ隊には、こうなってしまうと文字通り手も足も出ない。
伸ばしたところで、届く距離に敵はいなくなりつつあったのだ。アスランがどれほど悔しがり、憎悪の瞳で睨み付けようとも・・・・・・頭上から自分たちを見下ろす巨大飛行物体には何の影響も与えることなど出来はしないのだから・・・・・・。
「・・・くそッ!! 撤退する!!」
そう言って、イザーク、ディアッカ、ニコルを連れて島の外縁部から海中へと姿を没して逃走に移った4機のMSたち。
それを見届けた後、シロッコも足つきの艦橋上部に押し当てていたグレネードランチャー装備の右手を退かし、機体を軽く飛び上がらせてからMA形態へと変形させ、部下たちの後を追うように撤退していく。
『――敵の新型、反応ロストしました。完全にレーダーの範囲外まで飛び去ってしまったみたいです・・・』
『おうおう、いい引き際だねぇ・・・。どうせ俺たちは締まらない引き立て役だったけどねぇ』
トールからの報告に、フラガ少佐が彼特有の皮肉なユーモアセンスを持って応じている声がキラにも聞こえたが、付き合おうという気も、笑おうという気にも今はなれそうもなかったため沈黙を貫くしかなかった。
――疲れた。ただただ疲れていた。心も体も心身共にボロボロになる寸前だった。
今はただ、ベッドに入って休みたい。温もりが欲しい、癒やされたい・・・・・・そんな想いばかりが頭の中に沸いては消えるのを繰り返すしかなくなる程に・・・・・・全力を出し切ったキラ・ヤマトは疲れ切っていたのだから・・・・・・。
・・・・・・だが、圧勝とまではいかずとも、取りあえずの目的である連合本部への到着を阻止せんと企図したザラ隊の撃退には成功し、一路アラスカへの航海を進んでいく『判定勝利者』とでも呼ぶべきアークエンジェルには、まだしも自分たちの戦果を自嘲気味に皮肉る精神的余裕があったのに対し。
足つきの撃沈とストライク撃墜のため待ち伏せして一方的に打ち負かされ、シロッコ一人に名をなさしめただけで終わった、良いところなしのザラ隊の誇りとプライドは救いようがないほどに深く傷つけられ、やり場のない感情に若い少年たちの心と激情は復讐戦を望まずにはいられなくさせていたのである。
「くそッ!!」
ガンッ!という打撃音を響かせながらパイロットスーツを着たままのイザークが、力任せに壁を殴りつけていた。
その横ではアスランとディアッカも着替えをしていたが、僚友の凶荒を止めようとする様子はなく、黙りこくったまま黙々と赤い制服への着替えを続けている。
ザフト軍のエースであることを示す、赤い色の軍服を―――
「くそッ! くそッ・・・・・・くっそォォォッ!!」
壁だけでは足りず、周囲のものにまで当たり散らし始めたイザークは、ロッカーまでもを蹴りつけて、はずみで開かれた扉の中に吊り下げられた赤い制服が覗いた瞬間。
大きく目を見開いて動きを止め、次いで憎々しげに「くそッ!」と最後の呟きを発して、激情を抑えることになんとか成功することが出来たようだった。
・・・・・・シロッコの介入と機転によって、無事に母艦である潜水艦《クストー》まで帰投できたアスランたちザラ隊であったが・・・・・・その姿は見るも無惨な敗残兵そのものの醜態を晒していた。
損傷部分こそブリッツの右腕一本を失っただけであり、残る3機の《G》は簡単な補修とエネルギーさえ補充しなおせば再度の出撃が可能な程度と比較的軽微と言っていいレベル。
攻撃時に使用した飛行用サブユニット《グゥル》の全機撃墜も痛いと言えば痛いが・・・・・・補給物資の追加要求で済ませられる範囲の問題ではある。
だが彼らが問題視しているのは、『自分たちが負わされた傷が浅かったこと』ではなく。
敵に対して、かすり傷一つ与えただけで逃げることしかできず、『生き延びてきただけのエース』という名前倒れとなってしまった、今の自分たちの為体にあったのだから――
「なぜアイツに勝てない!? なぜ俺たちはアイツらなんかに勝てなかった!!」
時間の経過と共に、沸々と湧き上がり続けてくる悔しさと屈辱の感情に耐えきれなくなったイザークが、アスランに詰め寄り喚き散らす。
現在、唯一機体を損傷していたニコルは念のため医務室で診察と治療を受けさせられている。
医師の話では、せいぜい捻挫ぐらいの傷を負っているだけとの事だったが、敵は“捻挫ぐらいの傷さえ”負っているとは彼らには到底思うことができない。
本来の歴史であれば、戦死したニコルに対する哀惜の念と、彼を殺した敵への憎しみと怒りへと転化されていたはずの激情は、全員が無事に生きて“逃げ戻ってこられた事”により敗北を味わう時間を十分に与えられてしまったことが、若く優秀な彼らのプライドを弥が上にも深く傷つけられずにはいられなくなっていたのである。
「こんな所まできて、なぜ俺たちはアイツに勝てないんだ! ええ!?」
「言いたきゃ言えばいいだろう!?」
先ほどまで静かな無表情を讃えていたアスランの表情が憤怒に歪み、煮えたぎった激情を押さえつけようとした鉄面皮が破れかかって、イザークが一瞬呆気にとられるほどの怒気を発させながら睨み付ける
「俺のせいだと! 隊長を任された俺の作戦指揮がマズかったから、俺たちザラ隊は負けたんだと! 言いたきゃ言えばいいだろう!?」
叫び声を上げることで激情をものに当たらないよう、必死に抑制しているアスランだが、実のところ今回の一件で特に複雑な心理を抱え込む羽目になってしまったのは彼だった。
戦闘中は気づかなかったか、あるいは戦いに集中することにより気付かなくて済んでいた感情を今の彼を、敗北をゆっくりと噛みしめる時間と強制的に向き合わされていたのだ。
アスランにとってキラは、『弟』のような存在だと認識されていた。ほんのわずかでも早く生まれた自分の方が『守ってやるべき弟』として、子供時代のアスランはキラを見ていた。
それはヘリオポリス襲撃の際に再会した時も変わっておらず、『騙されやすい純粋な弟』を『卑劣な誘拐犯ども』から救出するつもりで強制的に『兄が守れる場所』まで来させようとした経験もある。
だが今、その『弟』は兄であった自分よりも遙か上の高見に立ちつつあるのだ。
兄である自分がプライドに拘り、ビームサーベルで斬りかかってきたのを、まるで子供のワガママを正すかのように拳で殴っただけで尻餅をつかされた。
シロッコの介入と停戦要求がなければ、恐らく自分は機体ごと身体を超高熱の刃で蒸発されていたか、あるいは助けに入ろうとしていたらしいニコルが身代わりの犠牲となって自分だけは助かり逃げおおせた末に、今この場でイザークと口論していたはず・・・・・・それがアスランには分かる。分かってしまう。
それは彼自身が、MSパイロットとしては極めて高い技量の域に至りつつある証明であったが、今の彼がそれを喜べる心境になかったことは言うまでもない。
―――悔しかったッ。
今まで下だと思っていた相手に上回られた自分が、どうしようもなく悔しくて悔しくて仕方なかった!!
そんな心理に陥っていた彼らだったが故に、シロッコから言い渡された命令には驚愕より激怒で応じたのは必然の結果だったのかもしれない。
「なんですって!? ここまで来て俺たちに撤退しろと仰るのですか!」
「そうだ。君たちにはパナマへの攻撃に参加してもらうため、急いで北上してもらいたい。大至急にな」
冷徹な声音で、乗馬用の鞭を指揮棒代わりに振るいながら臨時編成されたザラ隊への原隊復帰と、主力攻撃軍への編入とを同時に申し渡してきた上官の発言に対して、イザークのみならずアスランやディアッカ、ニコルでさえも承服しかねる思いを露わにした。
「納得できません! アレは我々の獲物です! シロッコ副隊長も一度はそれをお認めになったはず! それを今更・・・・・・」
「それも道理だ。今回の敗北を喫する前までなら、イザークの意見に私も賛成だったろう。
だが、状況が変わった。君たち4人が総掛かりで挑みながら、たった一機の《G》を相手に1機が損傷し、3機が撃退されたほどの強敵とあってはな。
部下の生命に対する責任を有する副隊長として、部下を無駄死にするかもしれん戦場にこれ以上留まることは許可できない。そういうことだ」
サラリと公式的かつ表向きな理由説明によってイザークからの非難に応じたシロッコだったが、それだけで彼らが退くのなら今までの苦労は最初から存在していなかった事だろう。
「今回の戦いでは、敵が始めてみる兵器を使ってきたことが大きな敗因です! 敵の手が晒されたからには、もはや恐れるほどのものではありません!」
「だとしてもだ。《グゥル》を4機も失い、《ブリッツ》は補充部品の入手が難しく、整備班が言うには機体の修復はオペレーション・スピットブレイク開始に間に合わんそうだ。
パナマへの総攻撃を行おうというこの時期に、これ以上の補給物資を要請することは難しい。潮時だよ」
現実の戦局と戦略状況をもちだされ、イザークとしては反論の言葉を一端は引っ込ませざるを得なくされる。
なにしろ先日、その件でアスランに対して詰め寄ったばかりなのが彼自身なのだ。口実という側面も強かったとは言え、その言葉に理があると思えばこそ口実としての利用価値である。相手の言い分が理屈の上で正しいことぐらいは流石の彼にも納得せざるを得ない。
無論、シロッコとしては自分がその場にいなかった場面で相手が語っていた言葉を、『キャラクターの語ったセリフ』として知っていたからこそ、口実として使っただけでしかなかったが・・・・・・裏の事情を知る由もない相手に対しては、それで十分だった。
「・・・・・・哀れみでしょうか?」
今度はアスランが、いつになく低い声音でシロッコの本当の目的について質してきた。
格下の弟だと思っていたキラへの敗北感、劣等感、指揮官としての自責の念。
更には結局、命を助けられる形となってしまったシロッコに対する複雑な感情が混ざり合い、彼にとっても言い過ぎだと自覚できる言葉を言わせてしまっていたようだった。
彼の背後で、ギョッとしたように普段は礼儀正しい僚友の後頭部を見つめるニコルの姿を眺め見ながら、少年の若きプライドと傷つけられた自尊心とを秤にかけて、シロッコとして生まれ変わった存在はシロッコらしく、本心を素顔の仮面に隠して役割を演じるため舞台に上がる。
「そんなつもりで君たちを呼び出し、こんな事を伝えた訳ではない。
私個人としてはただ、気落ちするなと言いたかっただけだ。だが・・・・・・できれば私やクルーゼの立場というものも考えられるようになって欲しいとは思う」
「隊長たちの立場・・・・・・ですか?」
その言葉はアスランたちにとっても、確かに意表を突くものではあったらしく、言われた当人だけでなく感情に駆られていた残りの3人までもをキョトンとした表情を浮かべさせ、冷静さを僅かに取り戻させる効果があったようである。無論、一時的なものでしかないのは解りきっている事だったが。
「そう、立場だ。・・・国を思って自主志願した諸君らには言いにくいことではあるが、政府閣僚のご子息たちを戦死させた司令官という立場は、前線の雇われ軍人として余り居心地のいい場所ではないのだよ」
その言葉は“狙い通り”、アスランたちの精神を激高させた。
当然の反応だと言えるだろう。彼らとしては今更になって、親や家の都合で自分たちの動きを掣肘されるなど不愉快であり理不尽以外の何者でもなかったのだから。
「納得できません! 軍においては家柄や身分に依らず、能力のみを評価すべきであることはザフト軍にとっての大前提です! そして事実、今までは自分たちはそのように扱われてきました! 赤服とクルーゼ隊への配属は実力と実績によって勝ち取ったものです! それを今更・・・・・・ッ!!」
「君の言うことも尤もだがね、イザーク。
・・・・・・だが、建前は建前として守られていたとしても、国家や軍隊といった組織というものは建前を建前として守っただけの個人に対しては、あまり建前通りには対応してくれないものさ。今の君たちなら解るだろう?
オーブ、連合。そして我々ザフト軍とて例外ではないさ」
『それは・・・・・・』
上官の発言に対して一斉に目を背け、後ろめたそうな表情を浮かべる部下たちを冷たい瞳で見下ろすシロッコ。
先日までならアスランたちには通じにくい論法だったかもしれないが、今の彼らにはやや負い目があったからだ。
――中立国オーブ国内へ、身分を偽り密入国していた件がそれである。
正規の手順に従い、足つきに関してオーブへの圧力をかけるようジブラルタルに要請はしたものの、その後に続く行動は完全に彼らの独断専行によって行われた、外交問題に発展しかねない暴挙ではあったのだ。
バレなければ良い、というのは法的に見ても正しく妥当で、オーブには中立という立場を利用した条約違反の前科もある相手国だ。
だが、そもそもアスランたちは『正体を隠して、身分を偽り、密かに密入国』を果たしている。まるで泥棒かスパイのようにコソコソと。
流石にこの状態で、非は相手国だけにあり、自分たちには後ろ暗いところは何もないと言い切れるほど面の皮の厚い年齢に彼らはまだ至っていなかった。
また、その話をシロッコが知っていると思しき口調と論法で言われたことも、彼らの心に忸怩たるものをもたらしてはいた。
ジブラルタルにも知らせず、密かに行っていた作戦だったが・・・・・・どこからか秘密が漏れてしまい、シロッコやクルーゼに上からの圧力がかけられたという可能性は否定できない。だからこそ、こうしてシロッコ直々に自分たちを迎えに来た。と考える方がタイミングの良すぎる援軍の到着の理由付けにもなる。
だが、言うまでもなく彼らのそれは邪推であり、自分たちに後ろめたい部分があるからこそ感じてしまった、相手の曖昧な発言から深読みしすぎた勘ぐりに過ぎぬものだったのが公式的な事実である。
シロッコは原作知識あり転生者として、原作知識によるアドバンテージを利用した演技をしただけであり、相手がそれを見てどう解釈するかは相手たち自身の問題でしかなかったのだ。
自分の言動に対して周囲が抱いているイメージを最大限に利用し、相手が求める役柄を演じ抜くことで相手の中の自分のイメージを肯定してやり、相手自身の行動を自主的に操るのがシロッコの芝居じみた本領だった。
彼はパプティマス・シロッコを演じたがった者として、パプティマス・シロッコらしい役割を演じて見せただけでしかない。コズミック・イラの地球圏という舞台に立つ役者として・・・・・・。
「今だから話すが、オペレーション・スピットブレイクを前にして地上ザフト軍の戦力をかき集められている状況下で、地上用の支援ユニット《グゥル》の補給に要請された通りの数を揃えられた裏には、そういう事情も関係してはいたのだよ。
先の選挙で新政権が発足したばかりと言うこともある。その辺りを配慮せざるを得ない私やクルーゼの事情というものを解ってほしい、アスラン。――いや」
「パトリック・ザラ新評議会議長のご子息、アスラン・ザラ君」
・・・・・・その言葉を言われた瞬間。
アスランは自分がどんな表情で受け止めたのか、自分自身では正しく自覚することが恐らく出来ていなかったことだろう。
あるいは自覚していたかも知れない。だが、自覚したと自分で思っていたものと現実との間には大きな隔たりがあった上での自覚が限界だった。
彼は自分の行動を、自分の意思で選んでいるつもりだった。
父の期待に応えようと思ってはいたし、かつては優しく良い父親だった母が生きていた頃に戻ってほしいと期待していたのも事実であったが・・・・・・それでもキラに関する行動においては父の方針に背くことの方が多かったと理解した上で動いてきた。そのはずだった。
・・・・・・だが所詮、自分の行動は父親あってのものだったのかもしれない。
自分の自由も、得られたスキルも、通えた学校も、得られた知識も、技術も、全て。
父親の地位によって与えられてもらえたモノでしかなかったのではないか?
“弟”のキラが足つきに乗り込み、自分たちと戦いながら急速に成長していったのとは真逆に。
素人同然の腕しか持っていなかった当初の頃からは比べようもないほどの高見へと駆け上り、ザフト軍士官学校ではイザークを押さえて主席だった自分をも上回って、今では子供をあしらうかのように“兄”である自分のことを殴り飛ばすほどに――――ッッ
「~~~~ッッ」
その瞬間アスランは、極端なまでに理不尽な理由で沸騰した精神を、生まれて初めて実感させられていた。
怒れる拳を強く握り、慟哭を空の彼方に届けと叫びたい衝動に駆られ―――それでもギリギリのところで自制できたのは、“この後”に続く行動を彼の頭の中で決めてしまった後だったからかもしれなかった。
「・・・・・・了解しました、シロッコ副隊長。命令を受諾します。それから、お気遣いと配慮に感謝いたします」
「ほう? 殊勝だな」
「ですが、パナマを攻める本隊と合流するまでの間だけでも、足つきを追跡することをご許可いただきたいのです。
足つきは連合司令部のあるアラスカへと向かっていますが、我が軍からの総攻撃を前にして急遽パナマへの援軍に向かうよう指令が届く可能性もあります。
我々を退け続けた戦力は軽視できません。せめて北回帰線を越えて、目的地がJOSH-Aと確定するまでは監視を外すべきではないと考えますが・・・」
「ふむ。一理あるな、よかろう。
もしそれまでに足つきがパナマへと転進する気配を見せた時には、足止めを第一目標としたものではあるが、君たちに今一度の出撃と復讐戦を許可しよう」
そう言って、アスランから“引き出した提案”を許可するという体裁を取り繕うことで、修正が加えられていくコズミック・イラの異なる歴史。
「ただし、仮にそうなったときでもニコルは残れ。君にはパナマ到着までは待機を命じる」
「そんな! ボクだってまだ戦えます! たとえブリッツがなくてもディンで支援ぐらいなら・・・・・・」
「ほお? 君は4機がかりで1機に挑んで勝てなかった相手に、ブリッツより性能の劣るディンを使えば勝つことができると言うのかね?
フェイズシフト装甲があってさえ墜され掛かったストライクの攻撃を、君はディンで回避しきれると、自信を持って断言することができるか? ニコル」
「・・・・・・いいえ」
「それでは、性能の劣る仲間を気遣い、互いの気が削がれる。今回は待機していろ」
「・・・・・・はい。分かりました・・・」
「私としても、あの心優しいアマルフィ議員に君の楽譜を届けるような役をやりたくはないのだ。すまんな」
両親のことを持ち出されては、ニコルとしてもアスランたちとしても彼まで連れ出す訳にはいかない。
―――これで全ての準備は整え終えた。
後は、刻を待つだけである―――。
「・・・・・・これだけお膳立てをしてやれば、後は歴史の修正力とやらが辻褄合わせを測るはずだ。歴史の手並みを拝見させてもらうとするさ」
部下たちを退かせ、一人きりになった仮の私室でシロッコは笑みを零していた。
でなければ実のところ困るのだ。アスランは、ニコルが殺されなかったことでキラに対しての憎しみを殺意にまで至らせる理由を欠いており、あのままではSEED化が覚醒するのか否かが不確定要素でありすぎている。
それでは今後の展開が原作から離れすぎてしまう恐れが存在していた。
キラにもアスランにも、ある程度までは原作通りに動いてもらい、連合とザフト双方の思惑を阻み続ける、混沌の源として機能できるだけの力を持ってもらわなければ彼の計画に支障をきたすことにもなりかねない。
宇宙世紀のパプテマス・シロッコと同様、コスズミック・イラに生まれ変わったパプティマス・シロッコもまた連合ザフトどちらの勝利で戦争が終わることも望んでいなかった。
正確には、ブルーコスモス思想に汚染されたバスク・オムのような地球連合軍と、パトリック・ザラ率いるコーディネイター優良人種説とでも呼ぶべき思想を奉ずるギレン・ザビの尻尾どもに勝たせる気がないのである。
シーゲルは、まだいい。
ウズミも平時においてなら、仕える主に選んでやっても良い程度には統治者として如才ない器を有している。
少なくとも、同時代の他の政治家たちより遙かにマシな国家元首であることだけは間違いようのない事実だろう。
だが、今のような動乱期を生き抜ける才覚を持ち合わせた有事の人材とは呼べない。
地球連合はどうとでもなる。だが、宇宙の民であるコーディネイターと地球の人々との間に穿たれた心理的亀裂を内包した地球圏を導いていくためには、それを行える天才が、それに相応しい宇宙の力を手にできる状況が必要なのである。
「SEED化にしろ、キラ・ヤマトとラクス・クラインの出会いにしろ偶然とはいえ、あのようなものが出てくるのにも、起こるにも理由がある。
それは時代の流れを示すものかも知れないのだ。そんなものに逆らっても戦には勝てん。
時の運は、まだ私に味方する方へと動く時期に達していない。その為にも今はまだ、時代の流れに乗ってやるとしよう。最終的に勝つために」
それこそがパプテマス・シロッコらしい生き方だと確信して、彼はシロッコとして生まれ変わる道を選んだのだから。
そうでなければ、一度は地上を離れた自分の魂が、パプティマス・シロッコとして異なる地球圏の世界に還ってきた意味がない―――。
シロッコがそう考え、そう決断を下した翌日の早朝。
アークエンジェルのクルーたちに戦闘の後、一つの報告だけがもたらされる。
―――キラ・ヤマト少尉、未帰還。
・・・・・・という一文だけが、彼らにもたらされた戦闘の結果であり、同じ報告を聞かされた対極の所属にたつ船の中で一人の男が示した反応と、奇しくも真逆の光景が互いの艦内で現出されていた事実を知る者は両軍共に誰一人いなかった。
両軍共に完全な味方とは思っていない、ただ一人の男を除いて誰一人として・・・・・・。
つづく
*今話の文章中では「パプテマス」と「パプティマス」を敢えて別けて使用しております。
アニメ版:「パプテマス」
近藤マンガ版:「パプティマス」
複数の作品で違う部分を持つキャラクターを、一人の別人が演じているという意味での演出と解釈していただければ助かります。