転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。 作:ひきがやもとまち
シロッコの介入で変化したプラント本国の事情回と、アスランの病室お見舞い回。
場合によっては差し替えも想定した上での更新となります。
尚、特に問題ない場合には次話から真のオペレーション・スピットブレイク開始でもいいんですけど…これもまた悩み中。悩み多き昨今。
アスラン・ザラは、窓の外見える夕日を見つめていた。
ザフト軍が確保した地球上における要衝の一つ、カーペンタリア基地内に併設された軍病院の一室から、ベッドに横たわって療養中のことだった。
オーブ近海の小島でおこなわれた、足つきとストライク――キラ・ヤマトとの決戦で負傷し、その後オーブ軍に救助されてザフト側へと引き渡されてから数日。
彼の位置から見える景色の下方では、目前に迫った《オペレーション・スピットブレイク》への準備のため着々と準備が進められている慌ただしい光景が見えてはいた。
地球軍に残された最後のマスドライバーを奪い取り、宇宙にあるプラント群へ攻撃したくても出来ない窮状へと追いやる、ザフト軍にとっては極めて重要な作戦だ。
当然のごとく、準備には万全が期され、地球上の各方面軍のみならず、宇宙からも次々と戦力が集められ、最終的にはザフト地上軍全軍の7割以上が集結することになる一大作戦。
前例のない大規模な決戦を前にして、ナチュラルと比べて理性的とされるコーディネイターの兵士たちも興奮と動揺を隠しきれず、各所では揉み合いだけでなく口論も散発しているようでもあった。
「・・・・・・」
だが、どちらにしろアスランの視界に彼らの姿は写っていなかった。
彼の瞳に、心の視界に写し出されていたのは、自分の手で殺してしまった親友と、親友の死に泣き叫んで自分に銃口を向けてきて撃たなかった金髪の少女。
・・・・・・そして、涙に濡れた少女の瞳だけだった。
「・・・・・・・・・」
アスランは次々と過去の光景を思い出しながらも、それらの光景を横糸でつなげて考えようとしていた訳ではなかった。
ただ思い出していた。ただ思い出しながら、何故こうなってしまったのか? なぜ自分たちはこんな結果に至る場所まできてしまったのか?と、ただ同じ疑問を繰り返し繰り返し頭の中で行ったり来たりさせているだけ。
・・・・・・一体どうして、こんなことになってしまったのだろう?
再び出会った時、キラは敵だった。一緒に来いと何度も言ったが、キラは聞き入れようとはしなかった。同じコーディネイターなのだから自分たちの仲間になるのが正しいのに、キラはそれを拒んだ。地球軍にい続けた。地球軍は敵だ。敵は倒すしかない。
だから撃った、殺した。自分が、キラを、この手で。自分が自分が自分が自分が・・・・・・
無限に続き始めた、罪悪感から始まる負の思考。その連鎖。
あるいは、他の誰でもなく彼自身がそれを続けたがり、自らを罰したがり、自分がやったことは許されないことだと、誰かから罰せられなければいけない大罪人なのだと信じたがって、それを証明する根拠や証拠となる記憶を求めているだけなのかもしれなかったが、それすらも今の彼には考えられる精神的余裕はない。
ただ無限に繰り返されるメビウスの輪から抜けられなくなりつつあった彼の思考を、「トントン」と静かに叩かれたノックの音が一時的に中断させたのは、いったい何時間そうしていた後のことだったろう?
『クルーゼだ。入っていいかね?』
「あ・・・隊長・・・・・・どうぞ」
室外から問われた確認に、了承の意を返してドアが開かれ、波打つ金髪をなびかせながら見慣れた仮面姿の上官が入ってくる姿をアスランは最初、無感動な目で見つめていたが、上官の背後から付き従うように紫色の高い頭頂部が視界に写った瞬間、思わず身じろぎしそうになる。
「そのままでよい。今の君は怪我人なのだからな、礼は不要だ」
「・・・・・・申し訳ありません」
後からやってきた男に目を奪われた少し後、先に入室してきていた相手が敬意を払うべき存在であることを遅れて思い出し、痛みを堪えて起き上がり敬礼しようと身体を動かそうとして表情が歪むのを見て取ったクルーゼが、片手をあげて制すると労りの言葉をかけてくれる。
その部下に対して示した優しい態度は、アスランに胸の痛みを感じさせるものがあり、うなだれるようにベッドの上で謝罪を口にさせていた。
ディアッカを――ラウから預かった兵を行方不明にさせたことに対する詫びの言葉だった。
また、それだけでなくヘリオポリスで奪取したフェイズシフト搭載機の半数を損失させてしまったことも含めた言葉でもあった。
これから始まろうとしているパナマ攻略では、連合軍も必死の抵抗を示すだろうし、戦闘は今までにない苛烈なものとなるだろう。その際に実弾兵器を無効化する機能を有する高性能MSの有無は、兵士たちの生還率と死亡率に大きく影響することは疑いない。
自分は、それを可能とする兵器を与えられた身でありながら、友へ抱いた感情のため討伐にこだわり退き時を誤ってしまった・・・・・・そういう意味を込めての謝罪だったのだが、クルーゼは鷹揚にかぶりを振って部下の失態を咎めようとはしなかった。
「いや、気にしなくていい。シロッコからも報告は聞いたが、君はよくやってくれた。私の方こそ対応が遅れてしまったことを、すまなかったと思っているほどだ」
「いえ・・・そんな・・・・・・そんなこと、は・・・・・・」
「確かに払わされた犠牲は大きかったが、やむを得んことでもあったのだろう。
それ程に“強敵だった”ということだからな、君の“親友”は」
「・・・・・・ッ」
上官からかけられた『優しい口調の言葉』に、丸くなっていたアスランの背がびくりと震え、顔をうつむかせながらシーツを握りしめる手に力が入る姿を眺めやりながら・・・。
クルーゼは――自らの放った言葉で相手が受けた痛みと苦悩を味わうように、満悦の笑みを浮かべながら美食の快楽に酔いしれる。
そんな両者の姿を等分に眺めやれる位置にあるシロッコは、親友の相変わらずな悪趣味に呆れさせられながらも筋と友情を通して口には出さず、ただ黙って肩をすくめるだけに留めておくことにしておいてやった。
シロッコの天才性によって寿命が大幅に延命されたことで、人類滅亡計画を破棄したクルーゼではあったものの、それまでの人生が碌でもなさすぎていた為なのか、未だに他人の心が痛みや苦悩に苦しみのを見せつけられると、甘美な愉悦を感じてしまう悪癖として残り続けていたのである。
ハッキリ言って良い趣味とはいえず、むしろ悪趣味としか表現しようのない性癖ではあったのだが・・・・・・彼が送ってきた半生を思えば、寿命が延びただけで善人になれるなど求める方がどうかしてもいるのだろう。
シロッコとしては、自分自身も決して良い趣味で選んだ転生先の肉体でないことは自覚していたこともあり、その趣味が向かう先が味方にならぬ限りは放置する方針を決めていた。
明らかな友人贔屓が強すぎる方針ではあったものの、小説版では自分自身にもサドの加虐趣味らしき描写があったこともあり、存外に自分も似たもの同士かもしれないと割り切っていたため、このような場面を目にしてもストレスなく見過ごすことが出来てきていた。
痛みを堪えるため、うつむいた姿勢が仇となり、クルーゼとシロッコというザフト軍内でもトップ争いを独走しそうな悪趣味すぎるSっ気を上官2人共が有しているとは気づくことなく。
アスランはただ、自分の心の内側にある景色だけを見つめ、ただ自傷行為じみた罪悪感に打ちひしがれ続けている。
そんな彼にクルーゼは、今日の自分が病室を訪れた本命の目的について切り出し、趣味の愉悦を終わらせる。・・・未練を振り切るのに多少の苦労をしなくもなかったが。
「君にとっては辛い戦いだったと思うが――ミゲル、バルトフェルド隊長、モラシム隊長、他にも多くの兵が彼によって命を奪われていたのは事実だ。その強敵を討った君の強さは、本国でも高く評価されているよ。
――そこでという訳ではないだろうが、軍からは功績を称え、君にはネビュラ勲章が授与されるそうだ」
「――え・・・・・・?」
一瞬、アスランには自分が何を言われているのか意味が分からなかった。
勲章――? 勲章が授与されるとは、どういうことだ?と混乱する頭で必死にアスランは整合性を取るため脳をフル回転させ考え続ける。
自分のキラに対する個人的な哀惜の念や罪悪感は、この際置いておこう。
だが、それを差し引いても自分が勲章授与に値する功績を立てたとはアスランには到底思えない。
何故なら自分は『敗軍の将』だからだ。
率いていた部隊は事実上の全滅を喫して、標的であった敵艦には逃亡を許し、足つき追撃における当初の目的であった『連合本部アラスカまで新型MSと新造艦のデータを持ち帰らせぬ事』は完全に失敗して、連合軍にナチュラル用のMSを量産されてしまう危機を阻止することが出来なかった。
戦績を一見するだけなら、無能の極みとアスランを罵倒されたところで反論する余地を見いだせなかったかもしれないのが彼の立場なのである。
まして、失わせてしまった人員の中には『エルスマン議員のご子息』もいる。
評議会メンバーにも名を連ねている彼の親は、息子を“MIA”にさせた無能な隊長の栄達と栄光を許せる心情になることができたのだろうか――?
様々な疑問点が瞬時にアスランの脳裏に現れては消えることなく点滅し続け、彼に事態の“異常性”を警告していたが―――それは早計な判断だったかもしれない。
何故なら彼を驚愕させる威力を持った言葉の爆弾は、“これから投じられる”ところだったのだから・・・・・・。
「それに私としては残念な極みだが、本日付けで君には国防委員会直属の特務隊へ転属するよう通達も来ている。
栄転だ。おめでとう、アスラン。私も優秀な部下を率いていた上司として鼻が高いよ」
「そんな・・・・・・隊長っ、うッ!?」
呆気にとられ、思わずどういうことかと勢い込んで訪ねようと身を乗り出そうとして、負傷した身体の傷に苦痛を訴えられ、再び蹲ってしまった部下の背中を優しい手つきで支えてやりながら―――クルーゼの口元からは愉悦の笑みは全く消えていない。
むしろ会心の笑みと言って良いほどの、余人が見れば狂気の笑みとも受け取れるシチュエーションと立場で悦びに満ちあふれた笑顔を浮かべる親友に、シロッコは「かける匙なし」と見切りをつけて、もはや何も言う気はなくなった状態で見物人に徹することにする。
「トップガンだな、アスラン。君は本国で開発されたばかりの最新鋭機が与えられ、その専属パイロットとなるとのことだ。その機体受領のため、即刻本国へ戻って欲しいそうだよ」
「しかし・・・! 隊長、それではあまりに・・・・・・っ」
「ああ、それとだが本国への帰途にはセレモニーに参列するため、シロッコも同道する予定だったのだがね。
君の負傷具合から軍医が今しばらくの療養が必須と言ってきかなくてな、早くともオペレーション・スピットブレイク開始と同日まで宇宙への帰還は許可できないそうだ。
悪いが彼には一足先に本国へ帰還してもらって、君のセレモニーへの参加は見合わせざるを得なくなってしまった。前途ある若き英雄の誕生に冷や水をかける結果となってしまって申し訳ないが了承して欲しい。では――」
「そん・・・な・・・・・・待って、待って下さい、クルーゼ隊、長・・・・・・ッ!!」
「アスラン」
痛む身体を堪えて必死に手を伸ばそうとするアスランだったが―――その彼に上官は・・・否。
本日付けで上官ではなくなってしまったらしい男は、静かな声音で今日まで部下だった少年の名を呼ぶと、最後に一切の感情を配したマシーンのような声音で彼に“事実だけ”を冷徹に突きつける。
「――君の立場と敵だった者との関係を知る者として、今の君の心情は察するにあまりあるが・・・・・・これは既に“本国で決定された命令”だ。
軍人である以上、我々のような下の者に今さらなにを言っても、どうすることも出来ない事柄なのだ。聞き入れたまえ」
冷たい声音で告げられた事実に対して、アスランは反論の言葉を失うことしか出来ない。
相手の言っていることは完全に正論の極みであり、組織の人事秩序の上から言っても、自身の立場から見た意見としても完全に正しく、自分が言おうとしている内容は個人的感情だけで組織を動かせると信じる子供じみた愚かな妄想と断じられても仕方のない暴言でしかないと思い知らされることしか出来なかった。
何故なら自分は、赤服をまとったザフト軍のエースパイロットで、トップガンになった“一人”でしかないからだ。
この決定が軍本部から出されたものであるなら、それを不当として覆そうという望みを叶えるためには最低でも『黒服』か『白服』などのエース級以上に地位身分を手にして影響力を高めなければならない。
たかだか現場の1エースパイロットに留まる限り、彼には今回の決定を拒絶できる権限が与えられることは決してなく、まして覆すなど越権行為以外の何物でもない。
もしアスランが今回の人事を覆したいと望むなら、むしろ特務隊への転属は受け入れるべきものだった。それだけ本国と評議会政府からの覚えめでたき地位に近づくことが出来るからだ。
組織の決定を変えたいと望むならば、組織そのものを変えれるようにならねばならず、組織そのものを変えたい者は偉くなって、高い地位と権限を手にするより他に道はない。
それ以外の手を使おうとするなら、それは非合法手段でしか存在しないだろう。
たとえば、そう―――クーデターとか。
自身が父の意に背いて今のザフト軍を変えるため、反乱軍を率いてマントを翻し「粛正」を呼号する姿を一瞬だけとは言え想像してしまったアスランは「ぞっ」となり、慌ててかぶりを振って不快な妄想を追い払おうとするが・・・・・・不快な事実までは消えてくれないのが現実でもあった。
「それ・・・・・・は・・・ですが!」
「やりきれない話だがね。それが組織に属するというものさ。――お父上が評議会議長となられたのは、聞いているかね?」
「え? ・・・あ、はい。一応は・・・」
激高しかかっていたところに、またしても話題転換をもたらされ、沸騰しかかっていた頭は再び困惑したような表情を顔に張り付かされてしまった。
変幻自在な変化球を多用してくる会話が、どうやらクルーゼの得意分野であるらしかった。
相手の心理を振り回して弄ぶ彼らしいコミュニケーション術と言えばそうなのだろうが、これでは良い友人には『一人ぐらい』しか恵まれそうにないと、彼自身も彼の友人も同じ感想を抱き合っていたことを彼ら共通の部下である少年は気付いていない。
「ザラ議長は、戦争の早期終結を願っておられる。そのためにも血を分けた息子である君には遠く離れた戦場ではなく、自身の身近で力を貸して欲しいと、そう思っておられるのだろう」
「・・・・・・」
「本当に――早く終わらせたいものだな、こんな戦争は・・・・・・そのために君もまた、お父上と我が軍勝利のため力を貸して欲しい。これは私個人からの願いでもあるのだよアスラン」
「・・・・・・・・・・」
今まで上官だった人物から、そこまで言われてしまえばアスランとしては反論や反対など出来るはずもない。
最後にそう言い残して席を立ち、病室を出て行ったラウの背中にアスランは見送ることすら出来ずにシーツを強く握りしめ、俯くことしか出来ないままクルーゼ隊の一員として隊長と交わす最後の会話の締めくくりとなった。
――そして、それ故に彼は気付くことが決して出来なくなってもいた。
俯いた姿勢で去って行く隊長を見送っていた彼の位置からは見えようがない、正面から見たクルーゼの顔面の下半分には、「戦争の早期終結を願う」などと言う小綺麗な平和主義など微塵も感じられない歪な愉悦の笑みを終始浮かべ続けたままだった事実に。
自分の内面ばかりを見つめたがるアスランは、最後まで相手が浮かべ続けていた内心を現す笑みを見抜くことが出来ぬまま、部下と隊長としてクルーゼの関係に終止符を打った。
その滑稽とも呼ぶべき人間関係に気付いていた者がいるとすれば、異なる地球で役者でありながらも痴話喧嘩の舞台劇を見物していた観客でもあった立会人の男一人だけだったろう。
「やれやれ・・・・・・言葉不足な上官を持つと、フォローのため部下が苦労させられるものだな」
「・・・・・・?」
その立会人を自称していた男に生まれ変わった人物は、隊長が退室していった後にも関わらず病室に残り、アスランには意味不明な言葉を何事か呟くと、病室の中をなにかを探すようようにウロウロし始める。
最初はその行動の意味が分からず、仮にも副隊長だった相手に挙動不審さを咎めるのも気が引けて、首をひねるだけだったアスランだったが―――やがてシロッコの手付きから一つの可能性に思い当たってハッとなる。
(まさか――――盗聴器ッ!?)
その懸念に気付かされて一気に険しくなった目つきで周囲を見渡し、怪しげな箇所がないか自分でも探し始めてしまうザフトの少年兵アスラン・ザラ。
まさかとは思う。仮にも軍病院で傷病兵相手にやることでもなく、味方に対してそこまでやるなどとは思いたくもない。
何より自分には、そんなことをされる理由に思い当たる部分が何もないのだ。
だが―――今のアスランの立場なら、本日付けで与えられることになった『今日からのアスラン』には、そういう行為をされてしまう理由を持った立場になってしまっていたのかもしれない・・・・・・そう思ってしまったが故での行動だったのだ。
「・・・ふむ。流石に精密機器が多い病室まで仕掛けがあるとは穿ち過ぎた考えだったか・・・いや、すまなかったなアスラン。余計な心配を抱かせてしまったようだ。
少々“やんごとない御方”の話に、触れなければならない話題だったものでね」
「い、いえ・・・・・・私の方も先日は失礼いたしましたから・・・部下の立場にある者として失言でした」
「そう思っているなら、それでいい」
杞憂だったことをオーバーアクションの手振り付きで示した今一人の上官だった男に対して、アスランは頭を下げながら謝罪の言葉を述べる。
足つきと最後の決戦を挑むに当たって、シロッコに助けられながらも挑発的な言葉を投げかけてしまったことを遡って詫びた言葉だった。
シロッコはそれには鷹揚に手を振って謝罪を受け入れながらも、特に気にした様子も見せることなくアスランの側に心持ち近づいて背後を気にした後、ようやく“今回の見舞いの本題”に入る準備が整ったと判断した。
「・・・実はなアスラン。言おうか否か私とクルーゼも迷ったのだが・・・・・・君のこれからの立場を鑑みれば先に伝えておくべき事柄だと判断したからこそ聞かせる話なのだが・・・・・・。
先程クルーゼが語った内容は、あくまで“表向きの話”であって真の狙いは別のところにあると我々は見ているのだよ。今回の君の人事には多分に政治目的が絡んだ故でのものだろうと」
「と、言われますと・・・・・・?」
アスランもまた相手に併せるようにして小声になって、それに応じる。
陰謀好きで謀を好む上官たち2人の影響をダイレクトに受ける立場にあったせいで、最近ではとみにこういった行為が慣れがつき始めてしまっている自分に彼自身が気付いていなかったのは、果たしてアスランにとって幸福なのか不幸なのか? それは現段階の時点ではなかなかに判定が難しい難題だったかもしれない。
「クルーゼが言っていたことの繰り返しになるが・・・・・・お父上のザラ国防委員長が先日の選挙の結果、評議会議長に当選されたことは知っているな」
「はい・・・クルーゼ隊長にもお応えしました通り、一応はという程度ですが・・・」
「ふむ。では、その内訳は? どのような経緯によってお父上がクライン議長からの政権交代を成し遂げられたか、有権者たちの投票理由などは聞いているかね?」
「・・・・・・いいえ。医療スタッフの誰かが教えてくれたような気がするだけで・・・・・・あるいは父から直接メッセージが届けられたものを読んで知ったものかもしれません・・・恥ずかしながら、よく覚えていないのです・・・」
「まぁ、君の様態と、陥らされていた立場を思えば致し方のないことではあるが」
苦笑する響きがシロッコの声に籠もり、思わずアスランは赤面する。
考えてみれば、かなり親不孝な行動であり、次期議長候補の子息として不適切な軽挙だったかもしれないと今更に他人の口から知らされて思い知らされる形となってしまったのが理由によるものだった。
「――ザラ議長が当選されたのは、逼迫する状況に追い詰められ、なりふり構わなくなってきた連合のような国との戦争を早期解決に導くためには、国家主権などの法律的正しさに拘る穏健派のクライン政権よりも、今はザラ政権の方が確実だと市民たちが考えたからだ」
「はい・・・・・・」
「が、これは一面的な事実であって、通俗的な見解に過ぎん。本音はまた別のところにある。
シーゲル議長とクライン政権による弱腰政策が結果として、プラントを危機的状況に陥れ、無用な犠牲を生じさせる原因になっていたと市民たちは解釈したのだ。
今回の君がストライクを落とした手柄で、ネビュラ勲章が授与され、特務隊に配属までトントン拍子に事が早く運びすぎたのも、その一環だな」
「・・・・・・それは一体どういう・・・」
「つまりだ――」
そこまで言って、流石にシロッコも後ろめたさを感じざるを得なかったのか唐突に声量を落とす。
併せるようにしてアスランも喉を鳴らして声を飲み込むと、心持ち耳を寄せて相手の発言を聞き逃さないよう意識を集中させる。
「つまり、ストライクを落としたという手柄は、それだけの脅威を排除できた故での功績ということにしたいのだよ。
“オーブが連合と密かに結託して開発していたストライク”は、それ程の脅威と被害をプラントに与えるものだったのだと既成事実化したいわけだ・・・・・・」
「――あッ!?」
思わずアスランは飛び上がって驚きを露わにしそうになり、再び痛む身体の激痛に襲われてベッドの上に逆戻りする道化を演じる羽目になる。
だが・・・今だけは、それを恥ずかしいとは思わなかった。思っている余裕が精神からなくなってしまっていたからだ。
(父上・・・っ、そこまでやられますか、父上ぇぇぇ・・・・・・ッッ!!)
そんな想いが胸を満たし、アスランの中で過去の優しかった父親と、今の卑劣な情報操作によって『倒すべき敵』を増やそうとしている冷徹な謀略家でしかなくなってしまった父の姿との隔たりに目眩を覚えるほどの怒りに駆られる。
実際にオーブ・ヘリオポリスから奪取した《イージス》に乗って、キラと戦い続けてきた自分だからこそアスランにはよく理解できていた。
『あの機体は使えない』、という事実がである。
余りにもピーキーすぎて、ナチュラルの能力では性能の半分も発揮することはできないのがオーブが開発した連合初のMS《Xナンバー》の実態だったのである。
キラだからこそ、コーディネイターの中でも自分たちクルーゼ隊の猛攻を一人で支え続けた彼が操っていたからこそ、ストライクはこれほどの戦果を上げることを可能ならしめる名機となっていたのだ。
もし仮にキラ以外の、それもナチュラルがパイロットを務めるためには大幅なOSの書き換えと単純化、さらには性能低下によって扱いきれる域にまで落とし込むことが絶対必須となるのは明白だった。
あくまでカタログスペックによる数値データと、ストライクに打ち立てられた被害だけを検証した場合にのみ、オーブと連合の密約を許したことで生まれてしまったストライクの脅威は成立可能になる。
そんな虚像でしかないのが、ザフト軍にとってオーブの軍事力が持つ脅威度だった。
確かに連合側でも使用可能なMSの開発を許してしまったシーゲル前議長の失態は大きく、侮れるほどの安い脅威でないのは事実だが、ナチュラルがあの機体を操ったところでクルーゼ隊や《砂漠の虎》を単機で退けるほどの脅威には至らず。
一般のナチュラル兵でも使えるレベルにまで落とし込んだストライクの下位互換機を量産されたとしても《シグー》を多少上回る性能しか発揮されることはあり得ないと断言できる。
父は明らかに、敵の脅威を過大に喧伝することによって世論を煽り、徹底抗戦に傾くよう民意を操作している!
今回の議長就任も、プラント市民の総意と言えば総意による決定だが、ザラ自身が煽った世論に押されての総意ではないか! それが公正な選挙結果と言えるだろうか!? アスランとしては何重の意味で腹出しく思えて仕方がない。
「そういう事情が裏では介在した結果だろうと、私やクルーゼは現状から分析した結果として考えているのだよ。
もっとも、所詮は前線の雇われ軍人でしかない我々の僻み根性が現れただけでしかないかもしれんが・・・・・・」
「・・・・・・いえ、正しいものの見方だったと思われます。今の父なら、やりかねません・・・。
父とは言え、今の父上にはどこか信頼が置けないものを感じていたのは私自身も同様でしたから・・・・・・ですが」
「うん?」
「なぜ私に、そのような話をお聞かせいただけたのでしょう? シロッコ副隊長」
真っ直ぐにアスランは、目の前に立つ男の薄ら笑いを浮かべた顔を直視して言い放つ。
そう、シロッコからの話を聞いて今回の件に抱いた疑問を解消できたアスランが、次に疑問を感じたのは答えを教えてくれた本人に対するものだった。
何故その事を自分に教えてくれるのか?と、それが分からなかったのだ。
自分は本日付けで彼らの部下ではなくなり、本国で議長直々の特務隊へと所属を変えることになったのは彼らが言ってきたばかりである。
立場上、今の話を父の耳に入れてシロッコを反逆罪で逮捕拘束するよう求めることも不可能ではない権限を与えられた身分になるのである。
そんな相手に何故、今このタイミングでそれを伝えるのか?
「無礼を承知でお聞きしますが、シロッコ副隊長はなにを狙っておいでなのですか? 出来ればお聞かせ願いたいものです」
「フッ・・・いい返事だ。では私も仮面を被るのはやめにしよう――」
戯けたような口調で素顔を晒したままそう言って、実際には手袋一つ取って見せたようには思えない元上官の挙動を、一挙手一投足まで見逃すまいとアスランは思い決めて相手からの言葉を待つ。
分かりやすく仮面をつけて素顔を隠しているラウ・ル・クルーゼより、余程この男の方が仮面じみたものを感じさせられる。そう思わされながら。
「前にも言ったかもしれんが・・・・・・今の私にとっての使命は、重力に魂を惹かれた人々が造り出した古い体制の呪縛から、プラントの市民たちを解放することだと考えている」
「・・・それは、地球連合のような者達のことではないのですか? ブルーコスモスのように愚かな思想に取り憑かれて、彼らの言いなりになってプラントに核を撃ち込んでしまう身勝手な者達こそが――」
「違うな。コーディネイターたちも、そういった過去に拘る体制が放った放火の悲劇と犠牲者たちに心を囚われ、彼らを否定し、倒すことに熱中しすぎて地球ばかりに目がいっている点では連合の人々と何も変わらない。
上を見上げて否定するか、下を見下ろして否定するか。方向が真逆なだけで、やっている行動に大差なき者達なら、古き体制を打倒することに囚われている過去の悲劇に縛られた者達と同じだと断言できるだろう」
「それは・・・・・・そうかもしれませんが・・・・・・」
否定の言葉を放ちそうになりながらもアスランは内心、「そうかもしれない」と思う気持ちもあった。
父であるパトリック・ザラは、自分たちナチュラルよりも能力で勝るコーディネイターこそが新たなる種たる新人類だと主張して、ナチュラルへの差別的な思想を持つ過激な一派から熱烈に支持されているものの、見方を変えれば父の主張は『ナチュラルを見下し否定することに依存している』という側面もあるのだ。
比較対象として自分たちより劣ったナチュラルを必要とする。
また、ナチュラル側からコーディネイターに対する差別的な否定への反発と悪感情が、パトリックの唱える『自分たちこそが優秀であり、劣った者が優れた者を攻撃するのは無礼である』とする方針に賛同しやすいムードを形作ってもいた。
ハッキリ言ってしまえば、新議長パトリック・ザラの方針は【アンチ地球連合】であり【アンチ・ブルーコスモス思想】でしかない。・・・・・・と言うのが実情だったのだと、アスランはこの時初めて明確に自覚した。させられてしまった。
「私はザフト軍の軍人なのだよ、アスラン。プラントという国と、プラント市民たちを守るため戦っている。ザラ議長個人の私兵へと鞍替えした覚えはない」
「・・・・・・」
「無論、ザラ議長の政策が真にプラントのためになるなら協力は惜しまん。
ブルーコスモス支配体制下での連合と、共存を受け入れるなど考えられんことでもあるしな。だからこそ、こうしてザフト軍に身を置き続けてもいる」
「・・・・・・・・・」
「君はこれから本国へと戻り、議長の近くに身をおく立場となる。こういった裏事情を知っておいて損はないと思ったからこそ話しておくことにしたのだ。
今のプラントと市民たちを、今までのように外側からではなく内側から見て、自分の意思で考えられるようになるのだ。
目の前の現実ばかりに心囚われ、全体を見定める心を忘れてはならない。
生の感情むき出しで戦うだけでは、人に品性など求めるのは絶望的だからな」
「・・・・・・・・・・・・はいっ。ご指導、ありがとうございました・・・!」
感動と共に一礼し、頭を下げたアスランに労りの言葉を最後にかけるとシロッコは、一足先に本国へと戻るため出立の準備を始めようと私室へ戻り。
「―――ふふふ・・・かわいい奴だよ。アスラン。
さすがは一人でパトリック・ザラをやろうとしただけの事はある、と言ったところか」
仮面じみた薄ら笑いを浮かべる表情に、初めて感情めいた露悪的な笑顔を満面に浮かべて呟き捨てることになるのを、アスランは知らない。
原作におけるガンダムSEEDの歴史は、連合本部アラスカへの奇襲とサイクロプス自爆によって急激に加速する流れとなっていた。
だが、生まれ変わった自分が介入したことで歴史の流れは大きく変化し、ラウ・ル・クルーゼは人類滅亡計画を企むことなく、ムルタ・アズラエルに真のオペレーション・スピットブレイクの情報は渡っていない――“はず”ではある。
「これでいい。パトリック・ザラとアスランの枢軸が長続きするはずもないが、私の介入によって今以上に余計な変化などもたらされるのは阻止せねばならん。
パトリック・ザラの思惑通りにことが運ぶなら、それで良い。
だが、そうならなかった時には“彼”の存在を考慮せねばならん世界がCEでもある。
その時のために、対抗馬ともなり得る彼の赤き騎士は用意しておいてやるに超したことはあるまいよ・・・」
これから始まるコズミック・イラの歴史はシロッコにとって未知のものなのだ。
何が起きるか予測は付かず、何が起きようと不思議ではない。
ならば何が起きて、どのような変化が生じようと、対応できるだけの余裕と選択肢を数多く撒いておくことが肝要だった。
「“種を飛ばす手はず”は整えてやった。あとは結果を待つのみだ。
もっとも、絶望などという、ちっぽけな感傷にこだわって自滅したフル・フロンタルの二の舞を踏むのは御免だが・・・・・・こればかりは立会人に過ぎぬ身で決める訳にもいかん問題か。フフフ」
自分が全ての人の心と行動を操れるなどと思い上がる気は毛頭ない。それは恐らくシロッコ本人も同様だったろう。
敵であるカミーユからの否定的感情に満ちた指摘など、どこまで信用できるか分かったものでないのは当然のことでしかない。
もっとも、完全に間違っていたとまでは思っていないのも、今の彼であったのだが・・・。
皮肉気に嗤って、パプティマス・シロッコに生まれ変わった転生者の若者は、歴史の流れが変わる瞬間に立ち会えている実感を肌で感じ取り、一時の愉悦に酔いしれていた・・・。
つづく
*『補足説明』
指摘を受けましたので、念のための説明です。
今話のラストでシロッコが言っている、【種を飛ばす手はずは整えてやった】というのは、今話内のアスランについてではなく伏線となります。
詳しくは次話か次次話において語られる予定。