転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。   作:ひきがやもとまち

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正直この話を投稿するか悩みました…話の流れ的に必要ないですし、長すぎるし…。
劇場版を見て書きたくなったシーンを追加したら長くなりすぎ、今さっき完成するほどの長文に…。

と言って使わず消すには時間かけすぎたせいで勿体なくもあり、要らないと言われたら削除する方針でとりあえず出してみた次第。

何度も言いますが、今回の話はストーリーの流れ的に必要ない内容です。
早く戦争シーンを描かなければ……


第23話

 

 地球連合軍統合指令部《JOSH-A》と、地球側に残された最後のマスドライバー施設を守る軍事拠点《パナマ基地》その二つのほぼ中間点にあたる位置にある海域に今、無数の潜水母艦が海底から姿を現し、陣形を再編しながら艦内では慌ただしく出撃準備を開始していた。

 

 その場所はパトリック・ザラと、彼のブレーンたちが苦心して計算し尽くした絶妙なスケジュール調整によって、ギリギリまで作戦目標地点をつかませないため、位置的には《パナマ基地》に比較的近く、地球軍本部アラスカをもギリギリで攻撃圏内に収められる微妙すぎる位置取りが成されている。そんな微妙すぎる位置。

 そんな海域に先行して侵攻していた潜水母艦たちは兵科の性質上、全軍に先立ってパナマ基地攻撃の先鋒を担う――公的に発表されている作戦内容ではそうなっていた。

 

 彼らに続いてカーペンタリア基地から発進してくる輸送機が《バクゥ》や《ザウート》など、陸上戦闘能力に優れていても大陸間移動手段をもたないMS部隊を運んでくる際、その障害となるであろう防空設備を破壊しておく。

 極めて重要な任務を担わされた彼らの士気は高く、出撃予定MS隊の最終チェックをおこなう整備兵たちにも熱がこもっていた。

 

「整備スケジュール達成率、81パーセント。ここまでは予定通りだ、遅れるな!」

「F4、F5、F6区画の《グゥル》、機体搭乗の開始シングルをスタンバイッ」

「L15の班が予定より遅れている。武装チェック急げ」

 

 だが一方で、潜水艦部隊である以上は作業のほとんどが艦内で行われるため、兵たちの熱意とは反比例して最終決戦の準備は静けさの中で進められてもいる。

 まるで無音の宇宙空間でおこなわれる艦隊補修のように静寂の中での整備作業。

 

 その中で一隻だけ例外的にデッキ上で多くの整備士たちが駆け回り、怒号のような掛け声と警告を発する声とを放ち合っている騒々しい船が存在していた。

 

 その艦の甲板上には、大型の新型戦闘機らしき機影が鎮座し、多数のメカニックたちに取り囲まれている。

 原型はミサイルポッドとおぼしき箱形の巨大なパーツが機体全面の左右に取り付けられ、戦闘機であればノズルがあるはずの機体背部にあたる位置からはバーニアとともに脚部のような分厚い装甲が見て取れる。

 

 《PMX-000メッサーラ》

 

 宇宙世紀の発想を基にして、コズミック・イラの技術を用いてパプティマス・シロッコが試作・完成させるに至ったザフト軍初の、そして人類初でもある大気圏内飛行可能な可変MSを預けられた彼の親友であり上司でもある男、ラウ・ル・クルーゼ率いる隊が与えられていた船が、この潜水母艦だった。

 

 その巨大すぎるサイズ故に、通常規格でのMS運用を前提として建艦された通常艦のハンガーには収まりきらず、艦外での整備作業をするしかない事象は暦が異なる地球圏を巡る戦いでも変わらなかったようである。

 

 しかし暦と同じく、全てが全て宇宙世紀で敗れ去った機体と同じままという訳でもない。

 

 

「給油システムの分離収納を確認しました。続いて接続システムチェックを開始」

「ブースターAブロックの冷却良好。ただ各ブロック接続を揃えるため調整の必要が――」

「揃えんでいい! マニュアルに書いてある通りの数字になることだけ考えろッ」

「そんな無茶な!? 試験飛行だって、まだの装置なんでしょう・・・!?」

 

 コーディネイターの整備兵たちが『初めての慣れない取り付け作業』に手こずっている新装備がソレである。  

 メッサーラの脚部より後ろに追加されている、縦に長い三角形とも台形状とも呼べる巨大な金属の塊。

 ただでさえ巨大なメッサーラの機体と、ほぼ同じ長さを持った長大な支援ユニットとして追加された新たなる武装。

 

 《MA用支援空中大型ブースター》

 

 それが、作戦開始寸前にロールアウトされて前線に届けられた、現時点ではメッサーラにのみ使用されるしかない新装備に、この世界で与えられた名称だった。

 宇宙世紀の地上戦で《ORX-005ギャプラン》が使うために開発されていたものを、シロッコが今作戦にそなえてCEの技術を転用し、開発が進められていたものがギリギリで間に合ったので、宇宙に戻る前の置き土産としてクルーゼのもとへ無理やり送らせてきたのが、この装備だった。

 

 また、このブースターには《ガンダムキュリオス》の装備を参考にした『地対空小型ミサイルポッド』としての機能を備えさせており、推進剤が切れるか被弾して故障したなどの理由によって機体から切り離された後、盛大に周囲の地上施設へ向けて死と破壊の雨を降らせまくることが可能になっている。

 

 この追加装備によって航続距離と速度が飛躍的に向上した特性を活かし、メッサーラは敵陣深くへと強襲攻撃をかける役を担うことになっていたのだが・・・・・・一方で。

 その機体を操るパイロットであるラウ・ル・クルーゼ自身は、コクピットにも機体の近くにもおらず、艦内にある指令室内でテーブルに着いて優雅に茶を嗜んでいる最中だった。

 

 もっとも、『上官と同席しての茶会』ではあったが――。

 

 

 

 

「・・・・・・改めて言うまでもないだろうが、クルーゼ隊長には全軍の出撃に先行して、メッサーラ単独で敵陣深くへと浸透し、先制の奇襲攻撃をかける役を担ってもらうことになる」

 

 黒色のザフト軍服をまとった人物が、蕩々とした口調でクルーゼ相手に作戦の骨子について、改めて説明を行ってきていた。

 クルーゼより僅かに年上で、口元には年齢と地位身分との落差を埋めるためか蓄えはじめたばかりと思しき髭が、チョコンとついている。そんな風貌の青年将校だ。

 

 本来なら、作戦に参加する主要な部隊の指揮官すべてを集めて作戦会議室でおこなうべき内容の話し合いだったが――そちらは既に“表向きの作戦”として行った後である。

 今の司令官は、先程まで続けられていた《オペレーション・スピットブレイク》についてではなく《真のオペレーション・スピット・ブレイク》の作戦内容について語っている最中だったのだ。

 

「先制攻撃によって、敵拠点に打撃を与えるのだ。それにより生じた混乱に乗じて、我が制圧軍の第一陣が《JOSH-A》の対空陣地を完全に破壊する。

 これは各基地から発進した後続である地上部隊が着陸を阻害されるのを妨げ、兵たちを無駄死にさせないためにも、極めて重要な任務である」

「ハッ! 承知しております。――おりますが・・・・・・しかし、それが何か?」

 

 演説調で語る相手に、クルーゼは形式的には完璧な礼儀をもって応じた後、次いで首をかしげる。

 表向きには、地球側に残された最後のマスドライバーを奪うためにパナマを襲撃する事になっている今回の作戦は、だが実際の攻撃目標は別に設定されている事実を一部の指揮官たちだけは把握しており、密かな準備を続けてきていた。

 大方のザフト軍兵士たちにとって、それは寝耳に水の話であり、作戦開始と同時に真の攻撃目標と真なる作戦内容の双方とがはじめて明かされる運びとなっている。

 

 ・・・だがクルーゼ自身は、その選ばれた司令官の一員であり、当然ながら真の攻撃目標も意図も事前に知らされていた。今更クドクドと説明される要素はなにも残っていない立場にあったため、純粋に司令官の意図を図りかね、それ故に尋ね返しただけであった。他意はない。

 もっとも、含むところがあるような皮肉気な笑みの残滓が、口元に浮かんではいたものの彼の場合これは単に癖であって、別に何か悪意ある底があって浮かべていた微笑ではなかった。

 

 だが司令官にとって、彼の反応は不快さを刺激されるものだったらしい。

 眉をひそめる仕草をして見せながら、無言のままクルーゼの仮面で隠された顔の上半分を胡散臭そうに見据えてくる。

 

 今次作戦を指揮統率するため本国から派遣されてきたばかりの男だ。

 緑色の軍服に軍帽をかぶった、ザフト地上部隊を指揮する『表側の作戦司令』ではない。

 

 ザラは議長に就任して後、挙国一致体制の確立という名目のもと、軍中枢メンバーの多くを自らの子飼いとする将校たちに入れ替えさせるようになっていた。

 それは明らかに一政治家が、軍の私物化へと走り始めた危険な兆候だったが、客観的に見て無能が不相応な地位に選ばれたことは一度もなく、ザラ議長がギリギリのところで私欲に駆られた汚職政治家へと墜ちたわけではないことを示すものでもある。

 

 クルーゼの眼前で椅子に座り、険しい視線を向けてきている司令官も、そんなザラ子飼いの将校たちの一人だった。

 

 たしか、『ハリ・ジャガンナート』と言っただろうか?

 

 神経質そうな見た目をした男であり、パトリック・ザラに心酔して彼が国防委員長時代から忠勤に励んでいた人物の一人でもある。

 その忠誠心なり功績なりが認められて議長就任とともに引き立てられ、めでたく今回の作戦における『真の作戦司令』というポストに抜擢してもらえた参謀型の将校。

 

「・・・・・・クルーゼ隊長は、我がザフト軍きってのエースパイロットであり、指揮官としても右に出る者がいない名将として名高い英雄だ。

 実績、実力ともに右に並び立てる者など・・・そうだな。君の機体をハンドメイドで作り上げた“天才”殿が、そうなれる可能性を持っているというぐらいか?」

「・・・・・・」

 

 一転して絶賛する言葉を投げかけられ、クルーゼは注意深く沈黙を保ったまま相手の言葉に耳を傾け、“続き”を待つ姿勢をとる。

 不用意に“前振りだけ”を聞いて突っかかってこなかった仮面の指揮官にジャガンナートは唇の端を僅かにつり上げ、賞賛したのか「可愛げがない」と思ったのか、本心までは分からぬものの声に出してはこう告げてきた。

 

「だが、ザフト軍きってのエース率いる部隊の活躍が、ヘリオポリス以来“らしくない”ものへと変わってしまっていたことについて、本国の国防本部内では問題視する声もなくはなかった。

 しかし、それらの評価は《砂漠の虎》バルトフェルド隊長やモラシム隊長といった多くの優れたパイロットたちが《足つき》に敗退させられたという貴い犠牲によって、誤りであったことが証明されることになった。皮肉な結果としか言い様がないな。

 《足つき》が軌道コースを変えられた先に、たまたま居合わせてしまったのが彼らの不幸だったと言うところか?」

「・・・・・・」

「だが――」

 

 そう呟いてからジャガンナートは、本心を押し隠すような目付きでコチラを見やりながら、クルーゼに向かってようやく“本心”を語り始めることになる。

 

 

「だが、もし。もし君が、《ストライク》と《足つき》の双方を、地球に降りる前に仕留めることが出来ていたならば、我がザフト軍の兵たちの多くは死なずに済んだかもしれん」

 

 その言葉を言ってから、今までクルーゼと目を合わそうとしなかった相手が初めて彼の顔を直視して、ハッキリと仮面の下に隠された視線と視線を合わせるように睨み付けてくる。

 

 死んでいった者たちの犠牲への哀悼と怒りを込めて。

 クルーゼの命令に従い、死んでいった将兵たちへの犠牲が報われていない憤りを込めて。

 

 名将クルーゼの命令に従えば《ストライク》を落とせると信じ、《足つき》を沈めて世界を変えるために戦う同胞たちの仇を討てると信じて。

 そして結局、目的は半分までしか果たせぬまま、コイツだけは平然としてのうのうと生き続け、今回の作戦でも重要な役目をザラ議長から直々に与えられている。

 

 ただ特別機を造った制作者の親友だから、というだけの理由で!

 彼なりに兵たちの犠牲に心痛めているジャガンナートから見たクルーゼは、そのような人物として映っていた。

 あれだけ多くの犠牲を支払わせながらも、上げた戦果は先日ようやく奪取し損ねた《G》1機を落としただけ・・・・・・何が英雄だ。味方殺しの無能者もいいところではないか。

 心の中でジャガンナートはそう罵っていたが、言葉に出してはこう言った。

 

「我々は愚かなナチュラル共と戦っているのだよ、クルーゼ隊長。

 ナチュラルたちを屈服させ、世界を変えることできると信じているからこそ、皆命をかけて戦っているのだ。人類の敵である奴らとな。奴らがいるから世界は理不尽に支配され続ける」

「・・・・・・」

「幸いにも、ザラ議長のご子息によって《ストライク》を討つことには成功した。だが、これだけの犠牲を払いながら、足つきにはアラスカへの入港を許してしまったという有様だ。これでは犠牲になった者たちが浮かばれるだろうか?」

 

 

 ――なるほどな。

 相手の長広舌を聞き流しながら、クルーゼは内心で納得し、そして心の中で呆れずにはいられない心地にならざるを得なくなっていた。

 

 要するに、自分の行動に対して作戦開始前に釘を刺しておきたかっただけなのが、ジャガンナートの目論見だったことを性格に看破した故にこそ呆れさせられたのだった。

 実績人望ともに豊かなクルーゼが、それを持ちだして勝手な行動を作戦中に取らないよう掣肘して、自分の指示に従って作戦を遂行することにのみ全力を尽くすよう求める――たったそれだけの事をやるためにこそ、今までの長すぎる前振りはあったらしいことが分かったことで馬鹿馬鹿しい思いを感じずにはいられなかったのだ。

 

 言っている言葉や、自分に向けてきた怒りの感情などには嘘はなかったと思うが、結局の所それらは任務失敗者に対する『嫌味』でしかなく、自分一人に命令通り動くよう要請して嫌味を言うために、多くの犠牲だの過去の戦いにおける可能性上の未来だのといった『タラレバ話』を持ち出してきたがる辺りに、ジャガンナートの性格や心理的傾倒が見て取れるようにクルーゼには感じられたほどだった。

 

「腑抜けなクラインなどに任せたままでは、世界は旧態依然としたナチュラル有利の情勢に戻そうとするだけだ。

 そうさせない為、このままでいさせない為にこそ我ら《ザラ派》は立ったのだ。

 一部の者が富み、理不尽や非道が専横する、旧世界の住人たちが支配する社会は変えなければならん時が来たのだから」

 

 ――おやおや、と。

 相手の演説を聞き流していたクルーゼは、もはや呆れることすら馬鹿らしく感じるようになってきていた。

 

 どうやらジャガンナートの頭の中では、『虐げられる者=自分たち=弱者=貧乏人』『虐げる者=連合のナチュラルたち=強者=富裕層の特権階級』という構図で、この戦争は思い描かれているらしいことが、相手の発言内容から察せられて阿呆らしくなってきてしまったのが原因だった。

 

 『奪われる者』は『貧乏人』で、『奪う側』は『金持ち』に決まっているという、子供向けのお伽話じみた発想を現実の世界に当てはめて考えてしまっているのがジャガンナートの思考法なのである。

 地球で三ヶ月も過ごしてみれば、そのように恵まれた生活を送っているナチュラルの富裕層など、今では滅多にお目にかかれないことぐらい分かりそうなものではあるが・・・・・・この男には、果たしてそれら現実を現実として受け入れられる精神的強さは持つことができているのかな?とクルーゼは疑った。

 

 第一、《ザラ派》の主張は『コーディネイターはナチュラルよりも優れた能力を持って生まれ出でた新人類なのだから旧人類たちより上位に君臨する資格を持つ』という選民思想だったはずである。

 『自分たちの方が優れている』と言いながらも『弱者であり被害者』を自認するというのは一体どういう理屈によってのものなのか?

 『強者』とは『相手より優れて上位に立つ者』のことを指す単語のはずだったが・・・・・・感情に流されるあまり、知的劣等ぶりを示し始めているジャガンナートの無駄話に、これ以上付き合い続けてやる価値をクルーゼは認めてやる気にはなれなかったが、相手と違って彼は本心を口にしない生活には慣れている。

 

「すべての問題を明確にし、この無意味な戦争で生じた犠牲と責任が、いったい誰のせいで被らされたものであったかを、誰もが納得できる形でハッキリさせる終わらせ方をしなければならん。

 その為にザラ議長は、今回の作戦を立案なされた。我らに与えられた役目は重要だ。

 君の死んでいった兵たちへの哀惜の念と、国家への献身を私は期待している。頼んだぞ、クルーゼ隊長」

「ハッ! 必ずや大恩あるザラ議長閣下のご期待に添えるよう、成果を上げてご覧に入れる所存であります」

「うむ、議長もそれを望んでおられた。私も期待させてもらおう、クルーゼ隊長。

 私と同じように、自分を信じて死んでいった将兵たちの死を無駄死にしないために戦う、君のナチュラルたちへ抱く恨みの念を・・・・・・」

「ハッ! では――」

 

 そう言って最後に再び敬礼するとクルーゼは、ジャガンナートに背を向けて部屋を出て甲板へと向かって歩んでいく。

 内心では司令官から放たれた最後の言葉に――『知るものか』と冷笑と侮蔑をもって返しながら。

 

 部下のコーディネイターたちを殺された恨みも、死なせてしまった哀惜の念も。

 『優れ過ぎているだけのナチュラル』でしかない自分と親友にとってみれば、感情的にこだわりたい理由のある代物ではなかったから・・・・・・。

 

 

 

 

 

 そんな状況下でも戦闘準備は進められ、作戦開始まで後わずかという時間に迫りつつあった。

 その準備の一環として、クルーゼは乗機の立ち上げをおこないながら、最終調整と慣れない機体の操作方法について機付き長から説明を受けていた。

 

「コクピットシステムそのものは、MS形態でもMA形態でも同じままで対応可能になっています。我が軍にMAや戦闘機はありませんので、分かりづらいとは思われますが・・・・・・」

「ああ、分かっている。後は私の腕でカバーしろということなのだろう?」

 

 コクピットに座りながら、次々と機器を操作していくクルーゼは、だが手元のモニターに気になる部分を見つけたのか、説明を続ける機付き長の言葉に顔を上げることはなく、何やら右手をいじりながら作業に集中しているようだった。 

 

「正直なところ我々コーディネイターの兵には、ナチュラル共が使っているMA乗りの感覚とやらは分からない部分が多いのです。

 クルーゼ隊長に、戦闘機パイロットとしての適性があるかどうかなんて分かるはずがありません」

「ハッキリと言う・・・・・・嫌いだな、そういう言い様は。我々にとっては機体だけが頼りだというのに」

 

 相手からの言葉に口をへの字に曲げて見せながら顔を上げ、不快そうな表情を作って見せるラウ・ル・クルーゼ。

 だが、その声と口調はさほど不快がっているものではなく、それを察してか堅物風の機付き長も、多少のリップサービスはしてやろうという気分になったらしい。

 

「気休めかもしれませんが、クルーゼ隊長ならできると、小官には思われます。シロッコ副隊長も、そう言っておいででした」

「そうかね? プレッシャーだな。では、せいぜい期待に背いて失望されることがないよう努力するとしよう」

 

 芝居がかった返事を返すとコクピットのハッチを閉めさせ、機付き長が遠ざかっていくのをモニター越しに見送りながらも、やはり今回もノーマルスーツを纏う気にまではなれなかったクルーゼは、ただ両手にはめている白手袋をつけ直す。

 

 自分以外に誰も聞いているものがいなくなったコクピット内で、チラリと視線を下ろしてモニター表示されている時計に目を向けたのは、その時だった。

 

 時刻は、『04:00』を示している。

 ――通信機の向こう側から、作戦に参加する全機、全艦に向かって同じ通達が届けられたのは、この時この時間の出来事であった。

 

 

『この作戦により、戦争が早期終結に向かわんことを切に願う。

 真の自由と、正義が示されんことを――《オペレーション・スピットブレイク》発動ッ!!』

 

 

 本国の最終防衛ラインを守る宇宙要塞《メサイア》から発せられたザラ議長の簡明な演説を皮切りとして、代わってオペレーターたちの抑制された声音が狭いコクピットに収まる全ての者たちの耳に届けられる。

 

『○四:○○時、スピットブレイク発動。事務局発、第六号作戦、開封承認!

 コールサイン“オペレーション・スピットブレイク”攻撃目標は―――』

 

 そこまで告げて一瞬、オペレーターたちの声が不自然に停止する音が、聞いている者たちの鼓膜に違和感を与えた。

 スピーカーの向こう側から、驚愕したような気配が通信機越しに伝わってくるのを感じさせられた敏感すぎる神経の持ち主も少数ながらいたかもしれない。

 

 命じられた内容を伝達するだけが職務のオペレーターたちには、事前に自分が伝えるべき命令の内容を知らされている事などほとんどない。

 彼ら自身のほぼ全員が今初めて知らされた、自分たちが全軍に通達すべき命令を、幾度か口を開閉させた後。

 感情の押さえられた声と口調で、途切れた命令伝達の続きを繋げはじめる。

 

 ――抑えきれぬ程の嬉々とした興奮を友として。

 ザフト軍全将兵たちと喜びを分かち合うため、祝福となる言葉を一元一句誤ることなく正確に、仲間たち全てに伝えるために・・・ッ!!

 

 

『――攻撃目標は、アラスカ地球軍本部“JOSH-A”!

 繰り返す! スピットブレイクは発動されましたっ。目標はアラスカ“JOSH-A”です!!』

 

 

 その命令伝達が届くと同時に、指揮官たちの多くが目にしていたモニターが切り替わり、先程まで攻略のための検討が続けられていた地球軍パナマ基地周辺の地理情報ではなく、北米の極北を示す地図が大写しになり、

 

「なにっ! “JOSH-A”だと!? そんな・・・っ」

「地球軍本部だって! パナマじゃなかったのかよ!?」

 

 各機体のコクピット内にも、集音マイクが拾った周囲の味方たちが交わし合う驚愕の声とどよめきが、一人だけの棺桶が如き狭苦しい空間内に大勢の人間たちと同じ騒動を共有し合っているかのように誤認させられそうになるほど。

 

 当然のように、兵士たちの大半にとっては寝耳に水の情報であり、驚きと確認のための応答が通信回線をパンクさせるような数十秒間をザフト軍パナマ攻撃隊“だった部隊”は過ごすことになる。

 

 だが、そんな驚き慌てふためく一般兵や指揮官たちを横目に見ながら、ごく一部の将校たちだけは無言でほくそ笑む表情を浮かべながら、どよめく味方の醜態ぶりを見物していた。

 彼らは事前に、この攻撃目標の変更を知らされていた者たちであり、より正確に言うなら『この目標変更を可能にするための準備』を担ってきた現場指揮官たちでもあった。

 

 ザラ議長の思想に共鳴し、ナチュラル排斥を掲げるザラに忠誠を誓って、パトリック・ザラ議長とともに新しい世界の創造と、コーディネイターこそが新人類だとする説を心から信じている《ザラ派》と呼ばれる極右派閥の幹部たち。

 

 

「・・・へぇ、面白いじゃないか。さすがザラ議長閣下というところか」

 

 そんな訳知り顔で笑みを浮かべている指揮官たちの一人ではなかったが、この攻撃目標変更を聞かされて真っ先に賛成する意思を示した者の一人に、イザーク・ジュールの名があった。

 

「イザーク、でもいいんですか? この作戦は評議会で決定されていたものだったはず。その・・・・・・あなたの母親であるエザリア議員だって賛成票を・・・」

「フン、だから議長閣下も“やってくれる”と言っているのさ」

 

 機体の最終チェックを手伝ってくれていたニコルから、やや気遣わしげな視線と声音で言われた換言に対し、イザークはむしろ相手の間違いを指摘して修正してやろうという“善意”をそそられたらしい彼は、今回の作戦の概要を僚友に解説してやることにした。

 

「奴らは目標をパナマだと信じて、主力隊を展開させているんだろう? 俺やお前と同様にさ。まさに好機ってことだ」

「あっ・・・。つ、つまり最初からこうするつもりで僕たちにも知らせることなく進めていたものだったと・・・?」

「そういう事だ。敵を欺くには味方から、という奴だな。おそらく本来のスピット・ブレイクが可決された直後から母上や議長たちが密かに修正し始めていたんだろう。

 まったく、議員の息子である俺たちだけじゃなく、形だけでも母上まで騙したように見せかけるとは、議長閣下もやってくれたものだと言わざるを得まい?」

 

 不敵に微笑みを返すとイザークは、今回の戦いでは『留守番』を言い渡されて不服そうなニコルに笑いかけ、最後に残った同僚に機体から離れるよう手振りで示す。

 彼の《ブリッツ》は、まだ修復作業が完了しておらず、《ディン》や《バクゥ》などを代替機として出撃するという選択肢も検討されたものの、万が一と言うこともある。

 

 前回のディアッカやアスランの件もあり、クルーゼやシロッコとしては議員の子息たちから今以上の戦死者を出す危険を冒させる決定は慎まざるを得ない立場にあった。

 まして、“勝ちが決まっている戦い”なら尚のことだ。

 命をかける危険を冒してまで、手柄を求めるような戦闘ではない。フェイズ・シフトを持たぬ機体で無理して出撃するほどの強敵など存在しない、“勝利を取ってくるだけの戦闘ゴッコ”は自分だけでも過剰なほどの戦力だった。

 

「では行ってくる。言っておくが、土産は期待してくれるなよ? さすがに連合軍本部の中から地球産の植物だの動物だのを探してきてやる余裕までは俺にもないんだからな」

「要りませんし、言いませんよ。そんなこと・・・」

「ククク・・・」

 

 子供扱いされて不服そうにする同僚の、少女めいた顔を見ながらイザークは歓喜の心に包まれていた。

 ――ああ、これでやっと終われると。

 

 亡き戦友を――ディアッカを失わさせた地球の奴らとの戦争を終わらせ、最後に残ったニコルまで失う危険を冒さなくて良くなる時代が、もう少しで来る。この戦いで手にしてみせる!!

 

 イザークは、ハッチの閉まったコクピット内で一人、決意を口にする。

 

 

 

「これで終わりだな・・・・・・ナチュラル共も。

 いや、終わりにしてやるさ。この俺がなァッ!!!」

 

 

 

 

 イザークが吠えるように決意を叫んでいたのと同じ船の甲板にも、作戦内容を事前に知らされていた指揮官たちの一人が笑みを浮かべている姿があった。

 だが彼が、ほくそ笑みを浮かべていた理由は、他の同士たちとは些か内訳が異なっている真実は、彼らの仲間は誰一人気づいている者はいない。

 

「ふふふ・・・・・・ザラ議長閣下も、人を乗せるのが中々にうまいものだ。

 地球軍だけでなく味方の兵たちも、美味なる餌を前にして飛びつくのを堪えられる者が、さて幾人いるかな・・・?」

 

 訳知り顔で呟く、仮面の男。

 本来は同じ暦を用いた同じ地球を巡る戦いにおいて、初めて本格的な利敵行為に手を染めて、自身の目的達成に向かうための大きな一歩に利用した人物となるはずだった彼故に、ザラが立案した作戦《真のオペレーション・スピットブレイク》の性質が如何なるものか見抜く目を持っていたからこそ言うことが出来る独白だった。

 

 実のところ《真のオペレーション・スピットブレイク》と名前だけなら大層なものが付けられている今次作戦だが、その内訳自体はそれほど大した代物というわけではない。

 ただ、別目標を攻めるためという名目で、敵の本拠地も狙える位置に大軍勢を終結させ、後方の本国から遠い前線の将兵たちに向かって敵本拠こそを襲え、殺せと、けしかけて欲望に火を付けさせてやっただけ―――それが今次作戦の概要であった。

 

 敵からの攻撃で始まった戦争を、この作戦を最後に終わらせて平和な生活に戻れるなら。

 《ユニウス・セブンの悲劇》で同胞たちを殺した犯人の主犯各共がいる場所を潰せるのなら。

 

 皆、何かしらの理由で戦いを早く終わらせ、犯人たちに罪の償いをさせたいと願っている。

 今のプラント市民であるコーディネイターたちに、この放り投げられた餌を欲して飛びつかない者は多くはなれない。

 

 始まってしまえば、本国が引き留める言葉さえ受け付けなくなって、全てを食らいつくして求め続けた平和と勝利という豪勢な食卓が並べられる夢を見ながら、夢が現実となるか夢破れるかするまで進むのみだ。

 

 逆に言えば、兵たち一人一人の欲望に火を付けて、暴走することを合理化する免罪符を与えられた彼らは、走り始めたら狂熱が冷めるまでは、興奮剤を打ち込んだ者にも手が付けられない猪武者と化してしまい、火を付けたザラ自身でさえコントロール不能な集団となるしかない。

 

 

 むしろ、どちらかと言えば本国に作戦内容がバレないよう準備を進める偽装の方が比重としては多くを占めており、始まってしまった後には兵たちのダイナミズムに任せて勢い任せに大兵力で敵本拠を押しつぶさせるだけになる。

 

 ・・・・・・そんな力任せな作戦が《真のオペレーション・スピットブレイク》の実態だったのだ。

 パトリック・ザラが大層な表現で口にするほど、作戦そのものの内訳は大した知恵が必要なわけでもない。

 第一、この時期に今回のような大規模作戦が、本当に必要だとでも思っているのだろうか?

 

 本来の《オペレーション・スピットブレイク》は、地球軍側に残された最後のマスドライバーを奪うためパナマを落とし、地球軍の宇宙への補給路を完全に断ってプラントへの攻撃手段を失わせることを目的とした、守りを重視する作戦だった。

 

 それと比べて、ザラが修正した《真のスピット・ブレイク》は、連合軍がパナマに守備戦力を集結させている間に手薄となった最高司令部を叩き、一気に本陣を落として圧倒的勝利のうちにプラント側が地球圏の支配を手にするという、守りを無視して攻めを優先した超攻撃的な作戦。

 

 確かにザラの方が派手で見栄えも良く、上手くいけば一発で戦争が終わって勝利も手にできる良い作戦のように思えなくもなかったが・・・・・・上手くいかなかった時には、どうする気でいるのだろう?  

 短兵急に今すぐの決着を求めずとも、宇宙への道を完全に奪ってから徐々に首を締め上げていく手も取れたはず・・・・・・有利な戦況でありながらハイリスク・ハイリターンの一大作戦に大兵力をかけて挑みたがるのがパトリック・ザラという男の特徴らしい。

 そう考えてクルーゼは、我知らず笑みが零れてくる。・・・悪意ある愉悦の笑みが・・・。

 

「まっ、頭を潰した方が戦いは早く終わるもの、というのも真理ではあるからな。ザラ議長殿がクラインを意識するあまり、軍事ロマンチシズムを刺激されて軍事的冒険に乗りだしたがった気持ちも分からんでもない。――よし、発進する! メッサーラ出るぞ」

『え? りょ、了解しました! メッサーラ発進、リフト・オフッ!』

 

 突然に独白をやめてオペレーターに通信を繋げさせると、唐突に告げられた発進命令に相手はうろたえながらも、準備だけは終わっていたため最低限の指示だけは出してメッサーラに活路を開かせる。

 

「ラウ・ル・クルーゼ、メッサーラ出るッ!!」

 

 言うやいなや、スロットルを全開にして猛スピードで空へと飛び立ち、他の味方機たちを置き去りに地球軍本部《JOSH-A》まで単独で最短距離を突っ切り出すため加速し続ける。

 

 

「さて、問題は私に、彼ほどの才能があるかということだが・・・・・・しかし、使ってみせるさ。

 “奴”もまた、この地上では戦闘機に乗り換えているという話だからな。あの男に出来て、私に出来ぬはずがない・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・一方で、ザフト全軍に一つの作戦命令が通達されていたのと、ほぼ同時刻。

 彼らの攻撃部隊が数時間後に到着する未来が確定されたことを知らぬ地球軍本部《JOSH-A》の地下施設内でも、幾つかの辞令が一つの部隊に通達された直後だったことは、運命の皮肉と呼ぶべきものだったかもしれない。

 

 

「暫定の措置ではあるが、第八艦隊アークエンジェルは本日付けをもってアラスカ守備軍、第五護衛隊付きへと所属を移行するものとする。――発令、ウィリアム・サザーランド大佐」

「本艦が・・・アラスカ守備軍へ、でありますか?」

 

 久方ぶりにブリッジへと送られてきた伝令役の士官から、新たな辞令を告げられて敬礼して受け取ったはよいものの、マリューとしては思わず不審げな確認の言葉を返さずにはいられない内容だった。

 

 所属に関しては「暫定の措置」ということで理解できなくはない。

 もともとアークエンジェルが所属していた第八艦隊は事実上すでに存在していないのだから、無くなった艦隊に戻れと命じても無理な話でしかない。

 上意下達の軍隊組織としては、最新鋭戦艦が無所属のまま、命令系統がどこの部隊に所属するものとして使えば良いか曖昧な状態で、無駄飯と給料を払い続けてやるわけにもいかんのだろう。

 いずれは別の部隊に正式な配属がなされるとしても、「それまでは給料分の仕事をしろ」と言われたなら働かざるを得ないのは、公務員であろうと会社員だろうと変わる事なき現実でもある。

 

 ・・・・・・だが、「暫定の所属」はともかく「所属部隊」には疑問があった。

 なんと言ってもアークエンジェルは『宇宙戦艦』なのである。

 

 目下のところ前線から最も遠い後方の地球軍本部を守らせるため足を止めて戦う護衛隊などに編入させてどうする気なのだろう?

 

(・・・・・・もっとも、パナマが落とされてしまったら、アークエンジェルが宇宙に上がる道も閉ざされる事になるのでしょうけど・・・)

 

 そう思い、口には出さぬ未来予測にマリューは心の中で溜息を吐く。

 オーブに寄港している間にキサカ一佐から、ザフト軍は近々に迫っているパナマポート侵攻のため大兵力を集結させている最中だと聞かされていた。

 今はどうなっているのか、一週間以上もの間、外部との接触を断たれて艦内に閉じ込められ続けてきたマリューたちには判断しようがなかったものの、周囲の対応を見る限りでは状況が良くなっていることだけはなさそうだった。

 

 ならば、宇宙艦として本来の役目を果たせる道を死守するためにも、パナマ基地へと送られる援軍の一隻として使い潰される人事さえ覚悟していたのだが・・・・・・

 

「それを受け、本日14:00から貴艦への補給作業がおこなわれる。

 また、先日に通達されたことではあるが、フラガ少佐にはカリフォルニア士官学校での教官および、バジルール中尉には新たに編成される艦の副官への転属が決定していたが、その任地へ向かう艦の出港が今日おこなわれる。

 タイムスケジュールは、これに記されてある通りなので確認しておくこと。以上だ」

「あ、あのっ!」

「・・・・・・何か?」

 

 どうにも雑すぎると感じさせられた命令の伝達内容に、マリューは不服とまでは言わぬまでも問題点があると感じざるを得なくなって、去りゆく士官の背中に思わず声をかけてしまい、鬱陶しそうな視線で見返されたことで勢いが萎縮させられる。

 だが、一度口にしてしまったことを無かったことにしても意味は薄い。思い切って彼女は、除隊を申請しているオーブ出身の現地徴用兵たちへの対応と、捕虜の扱いに関しての部分で本部はどう考えているのかを問おうとした。

 

「今の通達内容に、なにか不服でもあったのかね?」

「い、いえ、そうではありませんが、こちらには休暇、除隊を申請している者もおりますし、捕虜の扱いの件でもまだ・・・・・・」

「その件に関しては、私からも大佐に迅速な対応をお願いしたく思いますッ!」

 

 自分の言葉が言い終わらぬ間に、食い気味な勢いで士官たちに噛みつくように食い下がってきた相手の声と顔を見て、意外さを感じなかった者がいたとしても、それはアークエンジェル乗員たちの誰かではなかった。

 

「バジルール中尉・・・・・・?」

 

 その中で最も意外さに打たれていたのは、当のマリュー・ラミアス本人だった。

 これまで幾度となく衝突してきた相手ではあったし、彼女の冷静な判断や、時として冷酷な決定が艦を救うために必要だと思ったからこそ言ってくれたものだったことを、今の彼女は理解できるようになっていた相手。

 

 とは言え、自分が本部付きの士官に異議申し立てのようなマネを行ったのを、支援してくれるとまでは想像すらしていなかったのが正直な相手でもある。

 一体なにが彼女の行動に変化をもたらしたのか? 自らが先日はなった発言内容を『大人気もなく自棄を起こしていた』と反省するだけの彼女には驚くしか出来ない意外な行動だったのである。

 

 だが、先日の記憶が生々しいナタル・バジルールにとってみれば、せめてこの件ぐらいは処理してからでなければアークエンジェルを去る訳にはいかないという使命感と義務感が強く影響していた。

 自分は彼女を――マリュー・ラミアスを尊敬し、副官として支えるのだという決意も自覚したばかりなのが今の彼女なのである。

 このまま立つ鳥として古巣を汚したまま去って行くことは、自身の矜持としても許容できることでは断じてない。

 

 だが、本部から派遣されてきた伝令役に過ぎない士官たちは、彼女の熱弁に応えて命令内容を変更する権限がそもそも与えられていた訳でもなかった。

 小うるさい話だと思っているのが見え透いた態度で聞き流していた彼らであったが、ナタルから“その話”を聞かされた途端、彼らの態度もまた激変することになる。

 

「先日も捕虜脱走未遂が発生しかけたばかりであり、艦外へ逃げ延びた捕虜が本部施設内での破壊活動をおこない、外部のザフト軍に基地情報をもちかえる危険性すらないとは言えません。

 少なくとも捕虜に関しては、早急に対処すべきと愚考します」

「な、なに? 捕虜が脱走してザフト軍と連絡を取る可能性があるというのか!?」

 

 その懸念を聞かされた連合軍士官の反応は、意外なほど激しすぎるものだった。

 

「は、はい・・・。失礼ながら現在の本部はパナマ侵攻に対処するためとはいえ、やや混乱した状況にあるものと見受けられます。一人だけの捕虜とはいえ、警備の隙を突けば可能になる恐れがあるのではと・・・」

 

 その反応の過剰さは、提案者であるナタル自身にとってこそ意外さを禁じ得ないレベルのものであり、一方で本部側が『その程度の危険性すら検討していなかった』という事実を行動によって証明するものにもなってしまっていた。

 

 慌てた様子で顔を寄せ合い、小声で話し合う士官たちを遠巻きに見ながら、マリューやナタルたちとしては話の内容こそ聞こえないものの、呆れる思いを抱かずにはいられない怠慢ぶりだった。

 

 ・・・・・・まさか、敵の本格攻勢を前にして後方の拠点内部で問題が起きることも懸念していなかったとは・・・・・・。

 後方が崩れれば、前線は即座に瓦解する。それは軍事上の常識であり、前線が危機的状況にあるからこそ後方は支えを強化しなければならない重要課題になるはずの場所だったはず。

 

 ――それとも連合には、その程度を維持する力すら残っていないと言うことだろうか・・・?

 

 マリューたちは士官たちの動揺ぶりを、そう解釈してブルリと心の中に寒い風が吹くのを確かに実感させられた。

 それは知らぬが故の誤解に基づく疑惑であったが、あながち間違った見解とも言えないところに連合軍将兵たちの不幸があったと言えるのかもしれない。

 

 連合軍がそれ程の窮地に陥ってさえいなければ、軍本部の拠点を餌にして敵主力を引きずり込んで味方ともども自爆して壊滅させる―――などという狂気じみた作戦を採用する必要などなかったのは事実であったから・・・・・・。

 

 

「わ、分かった。その件だけでも大佐には取り計らい、早急に対応を伝える。それまでは捕虜の監視を厳にして、現状維持を徹底するように。いいな?」

「は、はい・・・了解しましたが・・・・・・除隊申請の者たちの件は如何なることに・・・」

「そちらの方も纏めて大佐には伝えておく! それで良かろう!?」

 

 叩きつけるような怒声をぶつけて、士官たちは足早にアークエンジェルの艦橋を後にしていった。

 残された者たちとしては相手の反応にポカンとさせられざるを得なかったが・・・・・・いつまでも間抜け面をさらしたまま沈黙し続けている訳にもいかない。

 

 『別れの時が近いこと』を決定されてしまった後なのである。

 言うべきことは、言える内に言っておかなければ悔いが残る。

 

 

「・・・・・・どうにも妙な話ではありますが、これも軍本部からの命令です。軍人としては従わざるを得ません。ですので、艦長――」

「バジルール中尉・・・・・・」

 

 先程までのやり取りを見ても、態度を変えることなくナタル・バジルールは、いつもの通り今までと同じように折り目正しく自分の荷物を足下に置いてからピシリと敬礼し、所属は変わっても上官であることには変わりない相手に向かって形式張った別れの挨拶を口にする。

 

 そんな変わる事なき、軍人らしい軍人の道を貫く彼女にマリューは、多少の複雑な思いを抱きながらも――否、だからこそ他の者たちとは異なる感情を持ち合うことが出来た相手に対して軍人らしい敬礼でもって別れの返事に相応しいとさせることが出来たのだった。

 

「今までありがとう、バジルール中尉。前にも言ったけど、貴女には本当に感謝しているの。

 色々あったことは事実かも知れないけれど、感謝する気持ちに嘘はないわ。今までも、そして、これからも・・・・・・」

「いえ・・・私の方こそ、失礼なことばかり申し上げてきてしまった気がしております。状況が状況であり、今更であることも自覚しておりますが、今後の改善していくべき課題に気づかせて頂いたと感謝しております」

 

 如何にもナタルらしく、形式張った内容の返答。

 だが、その声には今までと違って感情がこもっており、彼女の内心が現れているようでマリューは嬉しく感じられた。

 別れの時になって、ようやく互いの思うところを本心から理解し合えたような気になれたことは、嬉しくもあり残念でもあるタイミングのことではあったが・・・・・・だからこそマリューとしては彼女に、この言葉を贈って見送りたいと思っていた。

 

「また、会えることを願っているわ。できれば戦場のない、どこかで・・・・・・」

「終戦ともなれば、それも可能となりましょう」

 

 気持ちのこもったマリューからの、見方によっては軍人らしくなくも見える言い様に、ナタルは生真面目な表情で軍人らしい返答を返した後――ふと、表情を緩める。

 

「・・・・・・ですが小官の個人的希望としましては、艦長と再び同じ戦場を共にしたいと思っております。出来れば再び、艦長と副長という立ち位置で・・・」

 

 意外すぎる言葉を、意外すぎる人物から告げられたマリューは一瞬、思わず返答に窮してしまう。

 どう返事を返して良いか分からず、右往左往と視線をさまよわせた先に立っていた者たちと目を合わせても、皆が自分と同じような視線を返してくるだけで参考にならず。

 仕方なく彼女は自分で考え、自分の意思で出した答えを返事として、今日まで部下として自分を支え続けてくれた女性士官に選別として送るものとする。

 

「・・・・・・もしそんな事があった時には、貴女が艦長で、私の方が副長という人事になった結果でしょうね。

 昔の部下で年下の上官に指揮される立場になるなんて、居心地の悪さでクルーたちが苦労しそうだから、辞めてあげた方がいいかもしれないわよ?」

「――ははっ! 確かに」

 

 吹き出すように小さく笑ったナタルの笑顔を、マリューも他のクルーたちも、この時はじめて目にすることになる。

 意外なことの連続に唖然とさせられ続け、茫然自失となっていた彼女たちに向かって「では、これで」と告げて、今度こそ颯爽と去って行った元副長の後ろ姿を見送った後。

 

 代わって彼女の前に立ったのは、長身のモビルアーマー乗り“だった男”。

 

「・・・・・・何があったか知らないけど、可愛くなっちゃって。このままだと俺の想いまでブレちまいそうで、怖いねどうも」

「フラガ少佐・・・」

 

 ナタルと共に艦を去っていく人事が言い渡された、もう一人の士官が何やら意味不明な言葉を口にしつつ前に立つ。

 先程の士官が述べたように彼にも転属辞令が出されており、士官学校の教官として後進たちに教鞭を執るよう言い渡されているのだ。

 

 現在も存命している地球軍パイロットの中では、唯一と言っていいザフト軍MSを相手取ってモビルアーマーでやり合うことが可能な人材を現役から退けて後方支援に回すというのはマリューにも、そしてムゥ自身から見ても理解しがたい決定だったが、それが命令である以上は軍人として受領せざるを得ないのが彼らの立場であり、職業というものでもあった。

 

「しっかし何も、こんな時に『教官やれ』はないでしょ。あ~あ、俺だけでも言うだけ言ってみっかな。人事局にさ? ・・・なに、どしたの? 急に笑ったりして・・・」

「・・・・・・いえ、ごめんなさい。ナタル中尉から『少佐が言い出しそうな事』として伝えられてた後だったものだからつい・・・。

 そのとき言伝られた中尉からの伝言だけど、『取り合う訳がありませんので無駄です』だそうよ?」

「――男心まで色々と分かられちまうようになったみたいで、悲しい限りだね本当に・・・」

 

 完全に読まれてしまっていた自分の思考に、男としてバツが悪いものを感じさせられながら、比喩ではなく脱帽して軍帽を脱ぐと、顔を仰ぎながら視線をそらす。

 

 そして思い出したように、あるいは話を逸らすかのように人事局から辞令を受け取った後に届けられた懐かしい人物の名を口に乗せた。

 

「あー、そう言やぁ、カリフォルニアで教官やれって言われた後に、アルスターの親父さんから連絡がきたよ」

「アルスターって・・・・・・アルスター参謀次官のこと? あのフレイさんのお父様だった人の・・・」

「そうそう。なんか今はアッチで仕事してるとかで、『あの時の恩返しがしたい』から俺が来た時には連絡くれってさ。

 なんて言うかまぁ、意外に義理堅いって言えばいいのか、親馬鹿の度が過ぎてるだけって表現すればいいのか、正直反応に困ったのを思い出しちまってさ」

「そうなの・・・・・・フレイさんのお父さんが、そんなことを・・・」

 

 懐かしい名前を聞かされて、マリューは思わず顔をほころばせずにはいられなかった。

 全ての始まりとなったヘリオポリス襲撃の混乱の中で、偶然にも収容することになってしまっていた数十人のオーブ住民たちと共に地球へと送ってやった過去の人物の一人。

 

 今まで思い出すことなどなかった相手のことを思い出しながら、蘇らせた記憶の中にある相手の行動をもとに考えて、おそらくは『後者の理由』で言ってくれているだけなのが正解なのだろうと彼女自身も男の予測に同意を示した。

 

 なにしろ戦艦に同乗してまで、娘を迎えに戦場まで出向いてきた人物なのである。

 正直、あの頃は政府のお偉方で、ブルーコスモス思想寄りの人物だとも聞かされていたことから、微妙な印象にならざるを得ない人物だったが、今になって思い出せば『愛娘のためだけ』とは言え、あそこまで行動できる親子愛には暖かいものを感じさせられずにはいられなかった。

 

 特に、味方から冷たい待遇によって苦労に報われている現状と比較すれば尚更に・・・。

 そして、それはマリュー自身とて例外ではなかったのだ。

 

 自分たちが今まで生き延びて来れた最大要因であり、一番の恩人でもある『キラ・ヤマト』に本部から下された非情なまでの処遇に対して、自分は憤りを感じはしても結局は受け入れてしまう方針を変えることは出来ないままでいる・・・・・・。

 

 相手の冷たい対応に、自分の頭の中での怒りを抱き、口に出しては何もしない・・・・・・恩知らずと罵られても反論する資格のない自分自身に忸怩たるものを感じさせられていた彼女にとって、アルスター次官から告げられた『恩を返したい』という一言は、無自覚に深く胸に突き刺さるトゲになってしまう言葉となっていたのだった。

 

 かぶりを振って、色々な社会のしがらみに纏わる感情を振り払い、マリューは努めて明るい声を出して、今一人の恩人であるパイロットに別れの言葉を送るため笑顔を作る。

 

 

「あなたが教えれば、前線でのルーキーの損害率も下がると思うわ。案外いい先生になれるかもしれないわね。

 ――もっとも、生徒たちに教えちゃいけない事まで教えてしまって、校長から疎まれて左遷されることがなければの話だけど」

「・・・・・・やれやれ、最近の女たちっていうのは、男の未来を読めすぎるようになっちまってて、色々と形無しだね。

 これなら『不可能を可能にする男』あらため、『不可能を可能にする女たちの男』とか呼ばれるようになっちゃうかも?」

 

 茶化した口調で遠回しに想いを告げたムゥではあったが、どうやら流石に場を選ばれてしまったらしい。・・・あるいは単に理解してもらえず通じなかっただけの可能性もあったが・・・。

 

「今まで、ありがとうございました少佐。今後の活躍も期待しております。

 ほら、遅れますわよ。最後ぐらいはピシッとなさって、軍人らしく英雄らしく、《エンディミオンの鷹》として堂々と――ね?」

「・・・・・・やれやれ本当に・・・・・・俺の方こそ、今まで世話になった。それじゃ――」

 

 そう告げて、ムゥは見送りに来てくれたクルーたち各員の肩を叩いて敬礼をすると、それ以降は無言のまま足早にアークエンジェルから遠ざかっていった。

 その姿は、長く居続けると未練が残りそうな思いを振り切るような、《エンディミオンの鷹》らしい一撃離脱の高機動戦闘だったと評していいものだったかもしれない。

 

 

 こうして、三人が三人とも別々の方角に向かって歩み始め、出会ってから初めて3つの場所で、互いに与り知らぬ想いを抱え合うときと場所を得たアークエンジェルの主要クルーたちであったが―――それ故に三者三様に、同じ問題について思い合っている事実を、互いが互いに告げ合うことは最後までなかったのだった。

 

 

 ・・・ナタルと少佐には、ああ言ったけれど。

 ・・・・・・艦長たちには、ああ返してみたものの。

 ・・・・・・・・・彼女には茶化して返事をして合わせはしたが―――

 

 

 

 

『『『本当に――何年か先の未来まで、大西洋連邦は残ることが出来ているだろうか・・・?』』』

 

 

 

 そういう軍人としては思っていても口には出来ない、してはならない、『祖国の滅亡』を内心では誰もが感じ合いながら口にせず。

 

 アラスカの地下深くに造られた、地球軍本部《JOSH-A》では、通達された幾つかの命令が幾つかの小さな悲喜劇を起こさせながら波紋を広げていき、やがて地底各所へと染み渡って吸収されていって終わる。それだけになるはずであった。

 

 

 

 しかし、彼女の思いや事情とは無関係に、破滅は遠くの海の向こうで既に決められ、実行に移されたばかりとなっていた。

 

 否、それは海の向こう側だけの話ではない。

 今マリューたちがいる地の底の、更に地下深くにおいて今一つの滅びをもたらすための計画が密かに推し進められていたことを、地球軍兵士たちの大半は知らされていなかったのである。

 

 

 

 

 その兵たちにはギリギリまで伏せられ続け、ことが為った暁には異なる形で『真なる攻撃目標』が示されることになるであろう、秘密の計画を任されている男が暗い笑みを浮かべながら一人、暗い笑みを浮かべていた。

 

 

「・・・・・・状況はどうか?」

 

「順調です。ザフト軍はパナマ防衛のため集結させた我が軍主力が動かないままでいるのを都合良く解釈しているらしく、今まで通りと同じ準備を続けているだけの模様です」

「馬鹿共が・・・アラスカをも攻撃半径に収まる位置に大兵力を集結させておきながら、我が軍がパナマだけに戦力を集中させ続けられると本気で思ってでもいたのか?」

「美味いニンジンをぶら下げてやるだけで、見境なく飛びつきたがる。やはり間抜けなものです、コーディネイターという宇宙の化け物共は」

 

 上官からの問いかけに振り返らず答えながら、後の返答は他の部下たちに委ねつつ。

 地球連合軍大佐ウィリアム・サザーランドは、眼下に広がる巨大な一つの眼球にも見える建造物を見下ろしながら、ひっそりと口元に笑みを讃え、こう呟くのだった。

 

 

 

「これで全てが終わる。過ちは正され、あってはならぬものは無へと帰す。

 地球が持つべき真の権利と、正しい世界が示されるになるのだ。

 予定通りに、終わりは始まり、予定通りに終わることになるだろう。

 ――これで終わりだ。愚かなる宇宙の化け物、コーディネイター共ッ!!」

 

 

つづく

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