転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。   作:ひきがやもとまち

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更新です。序盤で予定になかった話をノリで入れすぎて振り回されちゃいました。
そこだけ書き直そうかとも思ったんですけど、整合性が取りづらく、夜遅くなったので投稿。とりあえず後で考えます。

ひとまず、ZガンダムなガンダムSEEDの物語な今作の内容デッス。


第24話

 アークエンジェルが生きて《JOSH-A》まで生還“してしまった”直後の頃。

 ザフト軍がアークエンジェルの実力を高く評価していると判断した地球連合軍の参謀たちは、一つの待遇を決定していた。

 

 これは『囮として絶好である』――というのが、その評価と判定であった。

 

 その扱いと評価は、暦の異なる地球を巡る戦いの渦中で、味方からも『永遠の厄介者』として冷遇され続けた白いMSの母艦と酷似したものであったが、同じ評価を下しながらも与えられた任務が全く異なるものとなっていたところに、2つの地球で覇権を握る大国同士の違いと差異が現れていたと言えるのかも知れない。

 

 宇宙世紀という暦を用いた地球で、人類統一政権を樹立させていた地球軍本部の参謀たちは、囮として絶好の味方艦を1隻だけで行動させる陽動に用いる道を選択していた。

 これは危険極まりない任務であり、勝利のための生贄と思われるのが妥当な内容でもあったが、一方で『ニュータイプ部隊』という名に相応しい名誉ある役目だったことも事実ではあった。

 

 一方でコズミック・イラの地球連合軍は、アークエンジェルを本部の守備隊に当てることによって、敵を道連れにするための『餌』として使い捨てる道を選んでいる。

 それだけ高く敵から評価されている戦艦が死守している本部が、もぬけの殻になった後だなどとザフト軍は夢にも思うまい・・・・・・そう考えた故での決定である。

 

 そして地球連合軍統合最高司令部《JOSH-A》の地下深くにある一室において、作戦成功の鍵となる装置と作業を見下ろしながら、それによる効果と成果を夢想して悦に入っていた士官の一人が呼び出され、不快な凶報を聞かされねばならなくなったのは、その反攻戦略を始める当日での出来事だった。

 

 

 

「なんだと!? アークエンジェルから捕虜が脱走し、コーディネイターが本部内で破壊工作をたくらむ危険性があると言うのか!?」

「は、はい。サザーランド大佐。連中は、そのように申しておりましてので念の為ご報告を・・・と」

 

 大西洋連邦軍大佐ウィリアム・サザーランドは、伝令役としてアークエンジェルまで赴かせていた士官たちから慌てた様子と顔色で知らされた話を聞かされた時、方針の変更を迷わなかったと言えばウソになるだろう。

 

 彼としては、エース部隊として知られるクルーゼ隊の執拗な追撃等から判断して、ザフト軍がアークエンジェルの価値を『過大評価している』のは明らかだと考えていた。

 だからこそ、『アラスカ守備軍への編入』という措置が適切であると信じて揺らぐことは今日までなかった。

 

 パナマへの増援として強引に特攻させて使い潰す手も考えはしたものの、敵がエース艦と思い込んでいる戦艦を下手に動かせば敵の配置が乱れるかも知れない。

 むしろ、アラスカを死守させる囮として、彼らに倒された味方の敵討ちを求める者共を誘引させる役割の方が有効利用しやすいと考えたのだ。

 

 砂漠の虎“アンドリュー・バルトフェルド”を戦死させた艦が、まさか空き家同然になっている地球軍統合最高司令部を死守しているなどとはザフト軍は想像すらしたがらないだろうと、暗い計算式を頭の中で弾いていたのである。

 

 ――だが、アークエンジェルが捕虜にしたというコーディネイターが脱走して、本部内をうろつく危険性があるというのでは話が別になる。

 

「・・・・・・その危険性があるというのは確かなのだろうな? ことがことだ、“不運なアクシデントだった”として済ませられる問題ではない。確証が欲しい」

「そ、そう申されましても・・・・・・小官はただ現場のナタル・バジルール中尉から、その危険性があることについて大佐に具申して欲しいと進言されただけですので・・・」

「え、ええ・・・ですが下士官らの証言によると先日も、その捕虜を医務室に放置したまま無人にしてしまったことで、捕虜虐待の騒ぎが起きてしまったばかりであるとの事でしたので、故なき話ではないのではと・・・」

「もともと現地徴用兵ばかりで、しかもオーブの民間出身者ばかりがクルーの大半を占めている船です。

 戦場でこそ火事場の馬鹿力を発揮できたとして、捕虜の扱いといった専門知識が必要な分野ではしょせん素人の集まりであることを考えれば、その危険が無いとは言えないとは・・・」

「チッ! 捕虜の扱いすら満足にできんのか連中は! 役立たず共がッ!!」

 

 バンッ!と怒りにまかせて手の平をデスクに叩きつけながらサザーランドは一喝し、単なるメッセンジャーとして送り込まれただけだった伝令役の士官たちを怯えすくませる。

 

 常時ならまだしも、これから基地要員の大半を引き上げさせる統合司令部はガラ空き同然となり、警備の兵などはほとんど残らない。

 そんな状況になっていることを、逃げ出したコーディネイターから外にいる味方に知らされてしまっては作戦が途中で露呈し、思ったほどの敵戦力を中枢近くまで引き寄せることが出来なくなる恐れがあった。そうなっては元も子もない。

 

(・・・今日までコーディネイターに守られて生き延びてきた船が、コーディネイターを腹に抱えながら地球軍勝利の生贄になるというのも一興かと思って放置してきてやったが・・・・・・今からでも捕虜だけは移送させて自分たちと共に連れて行った方が賢明かも知れんな)

 

 万に一つも失敗する危険は完全に排除したいサザーランドとしては、そこまで考えざるを得なかった。

 限界まで乗員を詰め込ませて運び出す予定でいる潜水艦隊に、余計な捕虜を乗せるスペースを裂く羽目になるが、この際それは大目に見てやるか―――そこまで考えた時。

 

 サザーランドの瞳に怪しい光が宿り、愉悦に浸ったような笑顔を浮かべる。

 先程まで伝令役だった士官たちに、ゾッとするような笑みで指令を下す。

 

「よし、お前たちは今すぐアークエンジェルへと戻って、その捕虜を引き立ててくるのだ。万が一にも殺してはならんぞ? 丁重に護送して、傷一つない身体でアイスランドまで連れて行ってやらねばならんからな」

「ご、ご命令とあらば。ですが、よろしいのでありますか? 赤服のエースとは言え、コーディネイターのガキ如きに、そこまで甘やかしてやったのでは他の者に示しがつかないのでは・・・」

「構わん」

 

 部下からの問いにサザーランドは笑いながら背を向け、振り返らぬままの笑顔で、こう答える。

 

 

「そやつは事が終わった後、コーディネイター共の本拠地を滅ぼすための聖戦に出陣するに際して、先勝の生贄として公開処刑させる。

 『アラスカでの虐殺者の一人』としてな。

 コーディネイター共など所詮はテロリストでしかなく、宇宙の化け物でしかないという事実を示す生き証人として使ってやるのだ。せいぜい丁重に扱ってやろうではないか」

 

 

 くくく・・・・・・と、暗い声音で嗤い声を漏らす上官のアイデアに、さしもの地球軍士官たちでさえ表情を引きつらせつつ、反抗や反対意見を言うような真似はせず、ただ追従のみを述べてそそくさと部屋を出て行き、命令を実行するためアークエンジェルへ向けて来た道を再び駆け足で戻り始める。

 

 その後ろ姿に背を向けながらサザーランドは、これでいい・・・と自分の処置に満足気な吐息を漏らす。

 その視線の先には、何重にも覆われた本部ビルの分厚い壁しかなかったが、彼の視線は壁を透過して地下深くにある呼び出しを受ける寸前までい続けていた部屋で、自分が見下ろしていた巨大な《目》のように見える装置を幻視していた。

 

 伝令役の士官たち下っ端などには見ることすら許されない、今回の作戦における真の主役となるべき舞台装置・・・・・・その準備がまもなく完了する。――それでいい。

 これで全てが変わり、全てが元通りの正しき姿へと立ち返ることができる。

 開戦以来、不本意な敗退を続けてきた自分たちが、正当なる地位と世界を取り戻せる日がいよいよ訪れるのだ。

 

 もともと今日の不利は、コーディネイターどもが卑怯にもNジャマーなどという不届きなものを、この清浄なる地球の大地に撃ち込んだことで、これまでの人類が進化の過程で発展させてきた兵器群を無価値にしてしまったことに端を発している。

 その後、奴らは遺伝子を不自然に加工することによって得た力を、最大限に利用するためモビルスーツなどという新兵器を戦場に持ち出して大地を蹂躙し続けている。

 

 所詮は不正によって手にした、本来の自分たちが持たぬ力のおかげで勝利を重ねてきただけでしかないのだ。

 そのような不正を犯さずに、本来の自分たちが持つ力と力でぶつかり合っていたなら、勝利していたのは自分たち連合だったのだ。

 奴らはただ、正々堂々と挑んでは勝てない相手に逃げ回りながらでも勝つことが出来るルール違反の道具を作り出したに過ぎない!

 

 

「これによって誤った戦局は覆され、不正は正され、存在すべからぬものは在るべき姿の塵へと帰すことになるだろう。

 この一撃こそ、歴史を変えるのだ。

 此度の一件を前にして、呪わしきコーディネイター共の悪意を否定できる者など誰一人としていなくなるのは確実なのだから――」

 

 

 自分が実行を任された歴史を変える偉業がなされた後の世界と、自分自身が立つであろう地位と名誉を夢想してウィリアム・サザーランドの心は至福の喜びに包まれていた。

 宇宙の化け物どもの強盗団ザフトの討伐に成功した、地球連合軍史上最高の軍事指揮官サザーランド元帥!!・・・・・・良い響きだ。自分以外の誰にも、その呼び名は相応しくない・・・。

 

 自己陶酔に浸っていた彼の頭で、政治家とのコネクションによって高い地位を得ようとしている自分たちの汚職や、《ユニウス・セブン》に核ミサイルを撃ち込むことで地球にNジャマーを撃ち込ませる切っ掛けを作ったのは自分たちブルーコスモスだったという過去の記録は綺麗さっぱり消滅している。

 

 まして、自分の考える『誤りが正された世界』とやらが『自分たちが勝てる世界』を指しており、『自分たちが負ける世界は全て間違い』という、子供じみたワガママを理論武装したがっているだけでしかない事実など、彼のような人間に受け入れられる認識でもない。

 

 結局のところ、それがコズミック・イラの地球を支配しようとしたブルーコスモス地球連合の考え方の正体だった。

 自分たちに都合が良いものが正しく正解で、都合が悪ければ相手の不正が犯した結果で全部間違いでしかないと、信じたがっているだけでしかない。

 

 それでも尚、彼らが幻想を信じたいから信じ続けるのは、彼らの自由であり権利だったかも知れない。

 だが世の中には、まるで子供のような理屈を振りかざす『敵』に対して、寛容な大人たちではないという現実を彼はこれから思い知らされることになる。

 

 

「・・・? なんだ? 停電だと・・・?」

 

 突如として、一瞬だけとは言え室内の照明が消えて予備電源に切り替わるまでのタイムラグが生じた中、その現象を内部から見ていたサザーランドがいぶかしげな声で呟くのとほぼ同時に、送り出したはずの伝令役だった士官たちが先程以上に焦った様子で駆け戻ってくる姿が見えて大佐は眉をひそめる。

 

「た、大佐! 大変です! 至急、司令室へお戻りくださいッ!!」

「なにか事故でもあったのか? 見苦しいぞ。落ち着いて状況を報告せよ」

 

 悠然とサザーランドは士官たちへと確認の言葉を投げかける。

 《協力者》によってザフト軍の“本当の狙い”と攻撃目標地点を知らされている彼にとって、ザフトの大軍による《JOSH-A》への襲撃は規定のものに過ぎなかったが、そのぶん攻撃される時間や軍の到着予定時刻なども正確に把握することが出来ていた。

 予定では、そろそろ向こうも偽りの進撃を辞めて動き出したばかりのはず・・・・・・退去する時間は十分に間に合う。そう思っていたのだが、しかし――

 

「て、敵襲です! ザフト軍機と思しき飛行物体が防空圏を突破して空襲し、司令部近くの電力施設が一つ破壊されました!!」

「な、何だと!? 馬鹿な! 敵襲など出来るわけが!?」

 

 相手からの報告によってサザーランドの余裕は呆気なく崩れ去り、無様な狼狽えざまを晒しながら慌てて正確な状況報告を要求し、答えられなければ怒鳴り散らす子供のような対応を連発。

 

 とにかく基地退去の作業を急がせるよう指示を出すため、司令部へと向かって大股に急ぎ歩き出しながら、喚くように迎撃命令の指示を各個に出していく。

 

「どこだ!? どこから攻めてきた部隊だというのだ!? パナマに向かった軍が来るには早すぎる!」

「分かりません! 新型のようでデータにはなく、未確認飛翔物体としか――」

「げ、迎撃は! 迎撃部隊はどうしたのだ!? 早く墜とすのだ! この役立たず共が何をしている!! ここは我ら地球連合軍の統合作戦司令部なのだぞーッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下深くで罵るように部下へ向かって叫ぶだけの醜態を晒しているサザーランドの無様な姿が、壁を通して感じ取れたというわけではなかったが、《JOSH-A》を先行出撃して空襲するため仕掛けてきた《メッサーラ》のコクピット内で、慌てたように飛び出してくる迎撃機を見下ろしながらラウ・ル・クルーゼは、侮蔑の笑みを評価として一笑していた。

 

「やれやれ、“突けば慌てて飛び出してくる”とは間が抜けた対応だな。地球軍の本部とはいえ、不意を突かれればこんなものか」

 

 平然と呟きながら、出てきた直後の的にしかなれない戦闘機群を何機か撃墜してまわりながら、一方で迎撃機が出てきた辺り一帯を観測して偽装したカタパルトと思しきものを見つけてはビームを発射して穴を塞いでいく。

 

 モグラ叩きの要領だが、如何な新型メッサーラとはいえ1機だけで連合軍本部を落とせるものではない程度のことはクルーゼも弁えている。

 せいぜい振り回してやり、本体の到着まで潰せるだけ潰して手柄稼ぎをさせてもらおうという腹積もりだった。

 

 ――何をするにしろ、しないにせよ、地位が上がっていた方が組織は動かしやすいのは事実なのだから。

 

「可哀想だが、私とて命は惜しいのでね。敵は倒せる時に倒しておかねば、また武器を手に出てくるものさッ!!」 

 

 言い様にトリガーを引き絞り、グレネード弾を発射させると迎撃機の1機を墜落させて、地上で爆発炎上させる。

 巻き込まれた周囲の施設から、中に詰めていたらしき人員が飛び出してくる姿を見下ろして笑みを深めながら、速度においても上昇限界においても既存の連合機では太刀打ちできないメッサーラの機動性を十全に生かしながら敵軍を翻弄し、クルーゼはただ一人時間を稼ぐ。

 

 ――世界は変わらなければならないかもしれないが、その世界変革の旗手となるのはパトリック・ザラでも、地球連合の愚物共でもない。

 少なくとも、自分が生きれるようになった未来の世界を、あのような愚者たちに委ねたままで良いと思えるほどクルーゼは無欲な人間にはなれていないらしい。

 

『な、何なんだコイツは! いくら何でも速すぎる!』

「悪いな、私もまた人間なのだよ」

『ザフト軍の奴らは航空機まで化け物なのかよー!?』

 

 交差する機体と機体。パイロットの意思と意思。

 それら全てが触れ合うことなく、人は互いに自分の知っていることしか知らない狭い世界の中だけで相手を判断して、そして殺す。

 その繰り返しの作業の中でラウ・ル・クルーゼもまた命を惜しんでエゴを押しつける俗物の一人となって人殺しに加担し続ける。

 

 今という、『生きることが可能になった世界』においてラウ・ル・クルーゼは、一人のザフト軍兵士として作戦に従事していた。少なくとも今次作戦では、そのようにだけ振る舞おうという予定で彼は参戦していただけではあったのだ。それで状況を見極め、しかる後に動き出そうと。

 

 

 

 だが、彼が世界中で一人だけ、他の凡俗たちとは違う人物を感じ取ることができるのと同じように。

 彼だけを、世界中で一人だけ他の連中と違う人間として感じ取れる存在が、この時の地球軍本部の地下空間には存在していたのである。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ッ!? なんだ、この感覚――上か?」

「少佐・・・?」

 

 突然になにかを感じ取ったかのような鋭い声を発して、上に広がる空間を見上げるようなポーズを取った、傍らに立つ大柄な男性士官にたいしてナタル・バジルールは訝しげな視線と声を向ける。

 念のため自分も上方を見上げてはみたものの、見えるのは天井近くから降り注ぐ人工照明の明かりぐらいなもので、それ以外はとくに何も見出せるものはない。当然ながら危険そうなものなど見えるはずもない。

 

「・・・いや、何でもない。ヤツが来てるにしては静かすぎるし、気にし過ぎなだけだろう。ソッチも気にしないでくれ」

「は、はぁ・・・・・・それはまぁ、いいのですが」

 

 要領を得ない相手からの返答に、訝しげな表情を深めながらもナタルはだが、考えてみれば相手がワケの分からない奇抜な行動をするのは今に始まったことでもないか、と慣れて割り切ってしまった思考で流して、言われたとおり気にしないことにする。

 

 相手からすれば、酷い言われようであり認識ではあったのだが、彼女的には褒めているつもりであり、軍人らしからぬフラガの行動に対して、自分なりに容認すべき理由をようやく見つけ出すことが出来るようになった。

 

 そういうつもりでの思考だったので、彼女としても言われたことを実行するため、話題を変える必要性を感じたらしい。

 

「まぁ、それは良いとして――この光景は一体どういう事なのでしょう? まだパナマ援軍のため出る隊が残っていたということでしょうか?」

 

 首をかしげながらナタルは、目の前に広がっている地下ドックの光景を眺めやり、やや呆然とした口調で改めて呟いていた。

 鋭敏な彼女らしくない仕草であり言動だったが、それは彼女が見ている光景がいまいち現実に即しておらず、頭の中で整合性を付けかねている状態にあることを表すものだった。

 

 アラスカの地下に広がっているグランドホロー内に設けられている地下ドック。

 何隻もの巨大潜水艦を収容することが可能な広々としているはずの空間は、だが今は足の踏み場もないほど人でゴッタ返している有様となっている。

 

 発着する寸前らしい潜水艦に乗り込むためか、プラットホームには兵士たちが長い列を成し、巨大な空洞に警告や誘導など様々な人声を渦巻きあっている。これだけ多くの人が集まっている場所で、普通の声量で話していたのでは聞き取ることなど不可能だろう。

 

 ナタルが呟いたとおり、この状況下で軍隊が地下ドック内の潜水艦に乗り込むため、これほどの混雑を形作っている理由など、パナマへの増援部隊とたまたま行き会わせた以外で考えられる選択肢が他に思いつかない。

 

 だが、そうなると逆の疑問も浮かんでくる。

 今更になって、人員だけを潜水艦に詰め込ませて運ばせるという戦略意図がまったく見出せないのである。

 人を多く乗せ過ぎれば、潜水艦の足が遅くなるのは当然の結果でしかなく、明らかに収容人数を大幅に超過しているとしか思いようのない人数を前にして、援軍として送る予定の部隊というイメージとで整合性が付けられず、ナタルをして曖昧な評価しか下すことが出来ずにいたのである。

 

「・・・君の搭乗艦は向こうみたいだな」

「え? あ、は、はい。そうですが・・・」

 

 考えに沈んでいたところに突然声をかけられ、思わず間の抜けた声を出してしまったナタルが持っていた指示書を上から見下ろしている男の姿があった。

 もともと女性士官であり、マリューとほぼ同じ背丈でしかない小柄な体格の彼女と比べ、頭半分ほど高い位置にあるフラガの視点から見下ろせば、彼女が胸元に持っていた指示書に書かれていた内容を盗み見るのに苦労はない。

 

「そうですが・・・・・・少佐」

「え、なに?」

「セクハラです。次から、お控えになられた方がよろしいかと」

 

 思いもかけぬ相手から、思いもかけなかった指摘を受け、思わず絶句して相手を見下ろしたまま口をポカンと開けた間抜けな状態を晒していたフラガだったが、やがて相手が「フッ」と笑い。

 

「冗談です。少佐の艦は、どちらなのですか?」

「へ!? あ、ああ・・・・・・俺は、この艦みたいなんだけど・・・」

「そうですか。では、ここでお別れですね」

 

 微笑みながら軽口を返されてしまい、逆に自分の方がドギマギさせられてしまう。

 ・・・何と言うべきなのか、急に扱いづらくなってしまった『強敵の美人士官』を前にして、先程から自分の態度が普段通りを保てなくなってしまっていることを彼は自覚しつつあった。

 

 だからなのだろう。相手が別れの言葉と共に敬礼をしてきた時、ついつい対応が普段“以上”になってしまったのは多分きっと、そのせいに違いない。

 

 あるいは、この場に『第三者』がいたなら話は別になっていたかも知れないが、生憎と今この場には自分とナタルの二人だけしかいない。

 潜水艦に乗り込むため、数だけなら人でゴッタ返してはいたものの連中は所詮、赤の他人たちで畑のカボチャ。今出会って、そのまま別れて名前を知ることすらない他人たちの群れ。

 だが彼女はそうではない。今までアークエンジェルで共に戦ってきた“仲間”だ。

 差別と言われようと何だろうと、自分には他の大勢の他人たちと仲間を同じに扱えるほど人間できたヤツになれた覚えはない。

 

「では、少佐。今後もご健勝を」

「――ああ。中尉も、元気でな」

「あ・・・」

 

 手に持っていた鞄を下ろし、右手を伸ばして額に当てる軍人らしい敬礼を送ってきた相手に対して、自分の方は右手を伸ばし、握手を求めていた。

 その手を見下ろし、一瞬呆気にとられていたナタルだったが、やがて恐る恐るといった手つきで右手を差し出し、相手の“男の手”を握りしめる。

 

「・・・軍隊の挨拶にない所作ですね」

「ああ、今のこれは俺個人からの挨拶だから」

「少佐・・・個人からの挨拶・・・・・・ですか」

 

 握手をするのが初めてでもないだろうに、握った手を見下ろしたまま中々顔を上げなかった彼女はやがて手を離す。

 その仕草に、『なんの隠そうとした本心もない』と思えるほどには、残念ながら聖人君子になれていない欲望豊かな『普通の男だ』という自覚のあるフラガとしては、何とも奇妙な心地であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、戦場でラブロマンスを楽しめている士官たちがいる軍隊で、他方では味方を置いて逃げようとする将校が同じ旗の下に所属しているのは、暦に関係なく全ての地球を巡る戦いに参加した軍事勢力たちの共通点なのかもしれない。

 

 

「えぇいッ! どういう事なのだ!? これは! 一体!?」

 

 地下水路に浮かんでいた潜水艦に続くタラップを歩みながら、ウィリアム・サザーランド大佐は苛立たしげに怨嗟の声を吐き捨てていた。

 敵機来襲の報を受けた後、一度は司令部へと戻って情報を集めさせ、敵が突出してきた1機だけでの奇襲であり、本体は後ろから予測通りの速度で進軍してきており、計画に大幅な修正が必要なほどの被害はありえないという報告も受けてはいたが、それらは彼にとって安堵できる内容が1ミリも含まれていない内容に過ぎなかった。

 

 迎撃機の発進口が攻撃を受けすぎていた。

 これではザフト軍本体が到着した際の防衛戦において、予定よりも早く防空圏を突破されてしまう恐れが大幅に増すのは避けようがない。

 

 常ならば、核ミサイルの直撃にも耐えうる防御力を有する難攻不落の大要塞《JOSH-A》と言えど、今は人員の大半を退避させるため移送作業の真っ最中なのだ。

 正面切って攻めてくるだけなら防衛設備でどうにかなるが、新兵器となると話が違う。

 

「よいのかね? サザーランド大佐。予定より早い退避だが・・・・・・3隻ほどは出港準備さえ完了していないのでは?」

「そうだな。攻撃を受けたとは言え、脱出の際に間に合わぬという程でもなし、攻められたところで最深部までいきなり入られるという訳でもあるまい?」

「・・・・・・無論、万が一の為の避難であります」

 

 背後から付いてこさせて一緒に脱出させようとしていた上官たちからの問いに、サザーランドは敢えて振り返らずに返事を返す。

 既に敵機は撤退した後であり、被害を受けたとは言え戦闘機一機の攻撃で陥落するほど地球軍本部もヤワではない。その安心感が言わせる苦言であったが、サザーランドは意に介そうともしない。

 

「だが、上層部の早期撤退は兵たちの士気にも関わる。何より、あまりに早く退避してしまったのでは彼らに作戦がバレる余地を与えてしまいかねないのでは――」

「すでに先の奇襲攻撃によって、迎撃機発進のための偽装カタパルトが2割も破壊され、短時間での修復は不可能との報告が入っております。

 ここまで対空能力が削られては、いざという時に皆様方をアズラエル様のもとへ確実にお連れできるまで基地施設が保つという保証ができません。私には皆様の安全を守る義務と責任があるのです。アズラエル様を支える側近の皆様方を安全にね」

「・・・・・・む、むぅ」

 

 『自分たちの安全を守るための措置』という言い方をされたことで、上官たちの一部はバツの悪そうな表情になって黙り込む。

 その様子を背中で感じ取りながら、サザーランドは悪意と見下しの笑みを浮かべて正面を見据えながら、ほくそ笑む。

 

 大佐は、作戦の成功とコーディネイター共への裁きが行われるのを目前にして、自分までもが危ない橋を渡る機など欠片ほどもない人物だった。そんな事をして、せっかくのチャンスを棒に振るなど馬鹿げているとしか言い様がない。

 あの大型戦闘機は、当初の攻撃目標を達成したのか撤退し終えているものの、それは一時的に補給へ戻っただけで再び来襲してくる腹積もりなのは考えるまでもない。

 

 ――あんな機体が、自分たちが逃げる時になって戻ってこられて、捕捉されて撃たれない保証がどこにあると言うのか!?

 のろまな連中が時間を稼いでいる間に、こっちは逃げる。安全な位置まで撤退して次の作戦の指揮を執らなければならないのが指揮官の義務なのだから。

 

 本音を言えば、逃げる準備を整えていた自分だけでも早く避難したいところではあったが、軍人としての立場で上官たちを置いて自分1人で逃げることは安全策とは言えないのだ。面倒だったが仕方がない。

 

「戦争はまだまだ続くのです。いえ、ここから本当に始まりを迎える・・・・・・このような場所で死ぬリスクを冒す必要はありますまいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球軍の中枢幹部たちがゴタゴタとした内輪の権力闘争のため蠢動し、アラスカ守備隊が1機だけで奇襲をしかけてきた小癪な敵機からの再攻撃に備えて迎撃体勢を再構築しはじめたのと同じ頃。

 

「フフフ・・・どうやら向こうも牙を研ぎ出したようだ。これは次回からの攻撃では、最初の時ほど楽をさせてもらえそうにないらしい」

 

 再度の攻撃に備えるため、警戒を強化させているJOSH-Aを見下ろせる岩陰から、隠れるようにして電子双眼鏡を構えている仮面の男が見物していた。

 言うまでもなく、ラウ・ル・クルーゼが彼だった。

 

 彼はいったん奇襲攻撃を終えたメッサーラをMA状態のままアラスカから撤退させた後、MS形態に変形させた状態で再び地上の道を戻ってきて近くの岩場に身を隠していたのである。

 大胆不敵としか言いようのない行動だった。

 現に今も偵察機がメッサーラを探し出すため空を飛翔していたが、それらの多くは『アラスカ攻撃に成功して撤退した大型機』を捜索するため飛び立っており、基地近くを観測するための低空飛行をする者すら1機もいない。

 

 相手の意識の隙間を突くことを得意とする、クルーゼらしい戦術だったと言えるだろう。

 メッサーラから再度の空襲を警戒するためか、アラスカからも大量のNジャマーが散布されたこともあり、当分の間はこの場所が見つかる危険性は極めて低いと言ってよさそうだった。最初のミサイル攻撃が功を成したということだろう。

 

「これで、しばらくの間は敵の視線から私は外れたことになるわけだ。ならば、その時間を有効利用させてもらうとしよう。

 味方が来るまで待つだけというのは、私の主義ではないのでね・・・」

 

 そう嘯いて、クルーゼは動き出す。

 MSを降りて、生身の身体で単独で岩場の間をスルスルと進んでいく。

 

 彼が求めているのは、アラスカ内部への侵入口だった。

 核の直撃にも耐えうると言われる地球軍の拠点を墜とすため、最も確実な道とされるグランドホローという名の内部施設へ潜り込める進入路。

 

 先日にも隊を率いて捜索したが、結局は大した成果を上げられなかったアラスカ攻略最大の手柄になり得る存在。

 それを見つけ出すことさえできれば、この作戦中に命懸けで敵と戦う必要性すらないままに、最大の功労者としての地位を手にできるというものだった。

 

「頭を叩いた方が戦いは早く終わる、というのも真理ではあるからな。この舞台に主役と呼べる者がいるのだとしたら、どれほどの大物か見せてもらうとしようか」

 

 どちらにしろ、まずは生身で侵入できる活路を探し出さねばならない。

 幸いにも、今までの探索任務で大凡の位置は把握できていた。先におこなった空襲の被害によって穴が開きやすい警備ポイントには目星が付いている。

 

 普段ならば、それでも至難の業となるところだが、パナマに主力を割かれて奇襲を受けた状態の今ならば・・・・・・! 

 クルーゼの心は逸る。たが、一方では不安もあった。

 

「――だが、些か以上に脆すぎる気もするな・・・。仮にも地球軍の拠点にしては警備の兵たちが不慣れにも見えた。シロッコの懸念が当たっているかは不明だが、調べてみる価値はあるかも知れん・・・・・・」

 

 

 

 

 こうして、多くの基地内部にいる者たちには知らされないまま、ザフト軍によるアラスカに対して初めての奇襲は幕を閉じる。

 退避作業を急がせていた連合軍大佐サザーランドは、人でゴッタ返していた地下ドックに緊急事態を告げるアラートを響かせる危険性は、さすがに理解していたし、スケジュール通りに作戦を進めたい思惑もあった。

 

 だが、数時間のスパンを開けて再度はじまったザフト軍からの攻撃時には、そうも言っていられぬほど激しすぎるものとなる。

 沖合に姿を現したザフトのアラスカ攻略軍が、本格的な攻撃を開始したのである!!

 

 

 

 

 ビー!ビー!ビーッ!!

 

「え・・・警報? 敵襲だというの!?」

 

 緊急事態発生を告げるアラートが響き渡り、アークエンジェル艦橋の艦長席に座って補給完了の報告を受けていたマリューが呟いたとき。既にザフト軍攻撃部隊の先鋒と、アラスカ防衛施設は最初の砲火を交え合い、そして一方的に敗れた後となっていた。

 

 まず大空から猛禽の群れの如く、ザフトの輸送機部隊が接近しながらハッチを開放し、中からはシグーを先頭にしたジンの部隊が雨のように降下を開始させ、地底から迫り上がってきた対空砲やミサイル発射台を次々と撃破して地上部隊の活路を開かせ、クルーゼが伐採していた道を更に鋼鉄の塊が舗装させていく!

 

 続いて襲い来るのが、対空陣地の排除に成功したことで安全に地面へと降り立つことが可能になった、地上戦用の四足歩行MSバクゥの部隊が猛スピードで大地を疾走しながら基地の外壁へと急速接近して砲撃を加え、戦線を更に押し上げることに貢献する!

 

 また、彼らの攻撃は陸上だけを戦場と定めてのものではなかった。

 潜水空母からは水陸両用MSであるグーンやゾノが出撃。海中にも張り巡らされていた防衛網を突破して、地下ドックからの進入路の確保と脱出者たちの退路を断つため魚雷攻撃を開始させる!

 

 空からはグゥルに機乗しているMS部隊と、飛行可能MSディンの部隊が、水中部隊と挟み撃ちにするため守備隊の艦隊を目がけて猛然と襲いかかっていく!!

 

「えぇーッい!!」

 

 そして、その部隊の中にはイザークが駆るデュエルの姿があった。

 アサルト・シュラウドに装備されたミサイルポッドを連発しながらイージス艦に急降下爆撃のまね事を行いつつビームを発射。

 率いていたグゥルに跨がるジン隊の1機が対空機銃で撃ち落とされるものの、敵艦にも致命傷を与えることに成功し、ほどなく沈んでいくことが確定した相手から次の獲物へと狙いを定めて再び浮上し、

 

『イザーク! 下です! 下方からエネルギー反応がっ!』

「なに!?」

 

 通信機から飛び込んできたニコルからの警告に驚かされながら、即座に視線と意識を下に向け直したイザークに、グゥルを狙って真っ直ぐ打ち上がってくる大型ミサイルが視界に映り込む。

 急ぎ機体をひねって攻撃を回避させ、ミサイルを撃墜。フェイズシフト装甲のデュエルにとっては問題にならない実弾攻撃だろうと、グゥルにとっては致命傷であり、海上上空での戦闘で飛行支援ユニットを失うことは両足を失うのと同義でもある。

 

『危なかったですね、イザーク。空を飛んで戦っているのですから、下からも撃たれることを警戒しませんと』

「ああ、助かったニコル。ナイスアシストだ。やはりお前には、そういう役割の方が似合うよ。――ディアッカもそう言ってた事があったからな」

 

 返事の後半は、苦い恨み節が混じってのものになっていた。

 彼にとって今回の作戦は、仇討ち合戦という側面を非常に強く持ちあわせている作戦でもあった。

 私情を優先するつもりまではなかったが、作戦と矛盾しないのであれば連合の奴らに幾ら感情をぶつけたところで文句を言われる筋合いは微塵もない。

 

「・・・ディアッカ。お前の仇はアスランに取られてしまったが・・・俺も取ってやるさ!

 この手でナチュラルどもに罪を償わせてやることでなぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すでに基地外では激しい戦闘が各所でおこなわれ、そして短時間の間に不利な戦況へ陥らされる戦区が激増し続けていた。

 『パナマ情勢を鑑みて緊急時に即応するため』という理由によって、本部守備隊の艦隊は準臨戦態勢のまま施設外で配置された状態で待機していたため、なんとか出港のタイミングを狙われることだけは避けられていたが、あまりに数の差が大きすぎる。

 ザフト地上軍のほぼ全てがまるごとアラスカ攻略へ派遣されてきたとしか思えない状況の中、マリューたちにも先日来から直接の上司となっていたウィリアム・サザーランドから直接の命令と通信が『映像と共に』届けられていた。

 

「サザーランド大佐! これは一体――ッ!?」

『してやられたよ、ラミアス艦長。ザフト軍の奴らは直前に攻撃目標をパナマから、この《JOSH-A》へと変えたらしいのだ』

「そんな・・・・・・まさか!?」

 

 その話を聞いてマリューは愕然とした。

 『司令部をバックにした映像』の中で、『平静そのものといった棒読み口調』で危機の到来を伝えられたことから、すぐには頭の中で理解が追いつかなかった彼女だが、やがて現在の状況と符号が一致し、そして――戦慄させられる。

 

 ザフト軍の攻撃目標が、パナマでは、なかった・・・・・・?

 連合軍に残された戦力の過半を防衛のため傾けていたパナマへの侵攻が、陽動でしかなく、敵が狙っていたのは――この《JOSH-A》・・・・・・!!

 

『守備軍には、ただちに発進と迎撃を開始するよう命じてある。君たちも彼らと共に力を合わせ、なんとしてでも死守して欲しい。

 厳しい状況ではあるが、ここを敵の手に渡すわけにはいかん。持ち堪えることさえ出来れば、パナマからの援軍も来る。各自の健闘を期待する』

 

 そう告げた切り、通信は向こうから切られて再開される様子はなかった。

 マリューたちとしては、茫然自失の体で灰坂と化したモニターを見つめたまま沈黙することしか出来ない。

 

 そんな中、マリューだけがキリリと唇を噛む。

 迎撃せよと命じられたところで、既にアークエンジェルには今まで自分たちを守り続けてくれた《ストライク》もキラもなく。

 スカイグラスパーの乗り手は、命じてきた側によって先日から別の部署に異動させられ、機体だけしか残っていない状況に陥っている。

 

 最新鋭艦といえど、手持ちの機動兵器無しの状態で、如何にしてザフト軍のモビルスーツ隊と戦えというのだろう?

 まして、あれほどの大兵力を相手取って戦うなど、初めての経験だと言うのに・・・・・・。

 

「・・・・・・この状態で戦えというのも酷な話だけれど・・・本部をやらせるわけにはいかないわね・・・」

「艦長・・・・・・」

 

 操舵士のアーノルド・ノイマンが、艦長のつぶやきを聞き咎めるように振り向いたが、マリューは敢えて彼の目から視線を逸らして前方を見つめ直す。

 

 

 ・・・・・・それがマリュー・ラミアスという女性士官の欠点であり、特徴でもあった。

 勝てぬと分かっていても、パナマにも優る戦略的価値を持った地球連合軍の最重要拠点を、むざむざ陥とさせるわけにはいかないと、無謀な防衛戦に参戦するよう部下に命じることを優先して、自分たちが生き延びるため逃げるべきだと考えることが出来ないのが彼女の性格だったのだ。

 

 あるいはマリューは、ナタル以上に教条的な軍人としての職務を第一に考えてしまうタイプの人間だったのかもしれない。

 全体への貢献を最優先に考えてしまい、自分たち個々人の犠牲を悼みはしても、常に行動面では全体のための犠牲となる道を良しとしてしまうことが多すぎる。

 

 彼女たちが違っていたのは、ナタルが全体を守るためには『上官の命令と組織の秩序に従うことが必要』という目的のための手段に比重が偏っているのに対して、マリューは徹底して『全体を守れるなら何でもよい』という結果のみを重視する極端な方針を支柱としていた。

 実はよく似ていたのが、彼女たちアークエンジェルの初代副長と艦長によるコンビだったのだが、その事実に2人が気付く日がこれるか否か・・・・・・全ては今から始まる戦闘の結果で占うしかない状況に彼女たちの関係は陥っている。

 

「総員、第一級戦闘配備! アークエンジェル、防衛任務のため発進!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本体の到着によって完全に自軍有利に進んでいる戦況。

 これを更に推し進めるため、遙か上空から援護すべき味方と、堕とすべき敵重要ポイントを見分けるためメッサーラを飛行させていたクルーゼだったが。

 

「・・・ふむ。色々と面白い構図にはなっているようではあるが・・・何を考えているのだ? 地球軍は、いったい」

 

 先制攻撃だけでなく、幾度かの攻撃と、上空からの俯瞰視点で戦況全体を把握する立場になっていたクルーゼは、途中から訝しげな表情を浮かべ始め、今ではハッキリと不快気な口調と態度で攻撃参加そのものを躊躇うようになってきていた。

 

 地球軍の配置に妙な部分を見出したことが、その不快さの原因だった。

 主に戦っているのがユーラシア連邦の部隊ばかりで、大西洋連邦に属する戦艦も戦闘機とも碌に鉢合わせる機会に恵まれなかったのである。

 

 ユーラシアが大西洋連邦の傘下に加わった、という報告だけなら彼のもとにも届いているが、だからといって彼らが守っているのは地球連合の本拠地であると同時に、大西洋連邦の領土内に建てられた一大拠点である。

 仮に衛兵代わりとして使い捨てているとしても、昨日まで主導権争いをしていた者たちに、自分たちの拠点防衛の主力を任せられるほど大西洋連邦の連中は、気前が良くてケチではない奴らだったろうか? どうにも解せない気持ちが払拭できなくなっていた。

 

「仕方がない・・・・・・やはり私が単独で情報収集を担ってくるしかない状況のようだな。

 “強固な守りが立ち塞がるほど、その奥の宝への期待は高まる”というが――まだ誰も開けていない宝の価値など無きに等しく、価値なき物だからこそ幾らでも付け足すことが出来る代物とも言える。

 宝探しなどという、夢のある行為に手を伸ばすヒーローの役など、私の柄ではないのだがな。やれやれ・・・」

 

 ボヤキながらもクルーゼは、機体を急降下させて地上ギリギリで変形させ、落下を装いながら地上を移動し、見つけておいた進入路の一つへと白色の軍服に身を包んだ身体を潜り込ませると通路の中を進んでいき、ほどなく疑問の声を発することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どういう事なんだ!? これは、一体・・・!」

 

 地球軍本部《JOSH-A》内の通路を二本の足で疾走しながら、金色の髪をなびかせた男性軍人は、疑問と不審の声を広い廊下へと響かせていた。

 白に近いくすんだ色をして、星のマークを幾つも付けている型の軍服を纏っている男、ムゥ・ラ・フラガは本部内の通路を“一人だけ”で全力疾走しながら周囲の景色を何度も見渡し、異常すぎる静けさに本物の異常性を感じ取り始めて苛立っていた。

 

「クソッ! どうなってんだコリャっ、どの部屋ももぬけの殻だなんてッ!」

 

 指示されていた船に乗る直前、残してきた女“たち”への未練と、直前に感じた気がした“ヤツの気配”その二つが気になって頭から離れなかった彼は列を抜け出すと、成るように成れという思いで本部内へと舞い戻っていたのだが―――そこで目にした光景は余りにも予想外すぎるものだったことが彼を行動へと駆り立てることになる。

 

 全くと言っていいほど、人の気配が存在していないのである。

 たしかにJOSH-Aは地球軍の本部施設として広大な敷地面積を有しており、誰もいないし使う予定もない広いだけの無人スペースが各所に生じてしまっていることは、連合軍人の間では割と有名な笑い話の一つになってはいる。

 その中には怪談話も多く存在しているところが、軍隊という人が最も無念を残して死にやすい職場の特徴でもあったのだろう。

 

 だが、あくまでそれは笑い話としてであって、各所に存在している無人スペースに化けて出る怪談話でしかない。本部施設全体が静まりかえって、人っ子一人見当たらない無人の軍事拠点に、誰も気付かないうちになってましたー・・・・・・など怪談話でもなければ笑い話にさえなれはしないだろう。

 

 なにしろ、ただ『逃げ出しただけ』としか解釈しようがない現象なのだから。

 会談話の幽霊と違って、現実の軍隊が軍事拠点から誰も知らない間に姿を消していたという現象は、現象そのものなら比較的よくあることであり、現実に可能にする手段も存在している作戦の一つでしかないもののこと。

 

 ただ、『味方に知らせぬまま自分たちだけで逃げ出す』という作戦を下の者に命じて実行させれば、それでオカルト現象と同じ事ができてしまうのが軍隊という幽霊志願者を大量生産しまくるのが仕事のろくでもない商売だったから。

 

「コイツは、どう考えたってまともな状況じゃない! 守備軍は一体どういう命令受けさせられて、“誰もいなくなった本部”を守るためなんかに戦ってんだ!?」

 

 悪い予感に駆られながら、ムゥはひたすらに通路を進み続ける。

 アークエンジェルと合流しなければならないという想いもあるが、今はそれより先に事態を把握することが最優先だった。それによって対応は変わる、変えるしかない。そうしないと多分、助からない・・・・・・! そんな気がする!!

 

 

「クソッ! 無事でいてくれよ、お嬢ちゃんたち! マリューッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分たちが所属する軍の本部内を、怒りと共に駆けずり回っている“己が分身”とも呼ぶべき男が走り始めていた頃。

 彼とよく似た人物が、彼とは違う理由で同じ場所の通路を駆け抜けている最中だった。

 

「――ザフト兵だ! 侵入されているぞ!」

「警備の隙を突かれたんだ! 他の部隊は何をやっている!?」

 

 怒鳴り合うように叫びながら、二人の連合軍人たちが1人の白服をまとった若い男を追いかけていたのだが、通路の角で見失ってしまって応援が来る気配もなく。

 仕方なしに銃を構えたまま、背後を警戒しながら進もうとしたところで――銃声。

 

「ぐあっ!?」

 

 警戒はしていたが腕が悪かった男は背後から撃たれてしまい、ちょうど通路の曲がり角の辺りまで来ていたところで撃たれたため、死ぬ寸前の身体は歪なダンスを踊るようにして通路を曲がって飛び込んでいき、そして。

 

「ヒィッ!?」

「・・・・・・おやおや、これはこれは」

 

 飛び込むように倒れ込んできた死体に怯えたらしく、尻餅をつくようにして通路から飛び出してきた人物の姿を見て、クルーゼは芝居がかった言い回しで意外性をアピールする。

 

 通路の奥から飛び出してきたのは、初老の男性士官だった。

 軍服からして、一応は大西洋連邦の所属らしいのだが・・・・・・味方の死体を見つけて怯えて遠ざかろうとした挙げ句に尻餅をつき、這ってでも逃げようとしている姿は、いっそ清々しいほどにゲスを絵に描いたような小物っぷりだった。

 

 しかも、挙げ句の果てに。

 

「た、助けてくれ! 頼む! 後生だ!!」

 

 敵に縋り付いての命乞いまでする始末である。

 たしかにクルーゼとしては、何かしらの意図が敵軍にあるのではと踏んで情報を探るため潜入してきた身ではあったものの、流石にこんな小物を確保したところで扱いに困ることしかできない。

 

「困ったものだな。たしかに我々ザフト軍は、地球軍のブルーコスモス共とは異なり、敵だからというだけで問答無用で殺すような蛮行をする気はないが、敵を見逃してやるほどお人好しというわけでもない。貴様は我らコーディネイターの捕虜ということになる訳だが、それでも宜しいかね?」

 

 本音を言ってしまえば、相手が嫌がって射殺する口実を自分自身で作ってくれることを期待していった言葉でしかなかったクルーゼからの質問だったのだが・・・・・・相手からの反応は流石の彼をして予想外すぎるものとなる。

 

「なる! 捕虜でいい! オレをここから連れ出してくれるなら、捕虜でも何でも構わない!

 何でもいいからオレを早くここから連れ出してくれ! ここにいたら死ぬ! 死んでしまう! みんな殺されてしまうんだ! 助けてくれー!」

「・・・・・・なんだと?」

 

 聞き捨てならない話の内容にクルーゼは眉をしかめて、相手の表情を凝視する。

 数瞬ためらった後、相手の眉間に拳銃の銃口を押し当てながら、低い声で正す言葉を脅迫“ではないつもり”で彼は言葉を発する。

 

 

「・・・・・・言え。貴様が知っている情報の全てをだ。正直に話せば命だけは確実に保証してやる」

 

「お、オレは見たんだ・・・・・・サザーランド大佐たちが立ち入り禁止区域で最近なにかやり続けてる姿を・・・・・・そして司令部のモニターに映されていた、あ、あああのマークは・・・あ、あああれは、サイクロプスだ! サイクロプスだったんだよ! 間違いない!

 ウソだった時には、銃殺刑にしてくれていいんだ!! 頼む! オレをここから連れて逃げさせてくれぇ!! お願いだぁ! オレは・・・オレは死にたくねぇよォォォッ!!!」

 

 

つづく

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