転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。 作:ひきがやもとまち
紛らわしくて申し訳ございません。出来るとは本気で思ってなかったものですから…(謝罪)
途中までは最初に出した分と同じなのと、長いので【――】で続きは区切ってあります。
突如上空から舞い降り、地球軍本部へと強襲をかけて一時撤退していた見たこともない機影。
一見して大型戦闘機と似た形状でありながら、その正体は大気圏内の飛行を可能とする偉業の形をもった、ザフト軍が開発した新型可変MS。
その機体から全周波の通信に乗せて発せられた、『サイクロプス自爆の作動』と『アラスカ基地からの一時後退命令』
そんな事をすれば自軍の兵士も一人残らず死ぬ、非人道的な作戦。仮にそんな行動に出るとしてもザフト軍の撤退は作戦自体の頓挫を意味してしまう戦況。
どちらかと言わずとも確実に、ザフト軍の方こそ受け入れることも信じることも出来ないのが当然の反応としか言いようのない、ザフト軍指揮官の一人『ラウ・ル・クルーゼ』から指示された後退命令。
しかし、その命令を通信として聞かされて、最も耳を疑っていたのは『アラスカを守る連合兵たち』だったという事実は皮肉というべきなのか何なのか―――。
『全ザフト軍の兵士諸君、ならびに地球連合の将兵たちに告げる。私は、ザフト軍の指揮官ラウ・ル・クルーゼ隊長である。
敵味方全軍に警告する。直ちに戦場から全速力で離脱せよ! 《JOSH-A》にはサイクロプスが仕掛けられている!
奴らは我らを空き家となった司令部にぶつけさせて皆殺しにする腹づもりだ! 我らは奴らの卑劣な罠に騙されたのだ!
非道なるナチュラル共の思惑に乗って、無駄死にしてやる義理はない! 全軍は戦闘を放棄して速やかに撤退せよ! 無駄死にはするな!』
というクルーゼ自身から発せられた通信を聞かされたときに、問題はなかった。
所詮は『敵の言葉』である。“はったり”に決まっている。
こちらを攪乱させるためのに言っているだけのこと。聞く耳を持つ価値など微塵もない。
『じ、自分は地球連合軍のアラン・タチ大尉だ! 《JOSH-A》守備部隊に配属されている兵士たちよ、戦うのを止めろぉ!
あと少しの時間でサイクロプスが起爆するんだ! お前たちも早く逃げろ! 責任は私が負う!
私は守備隊の指揮権をさ、サザーランド大佐から直々に委ねられている! だからこそ真相に気づくことができた! 速やかに離脱するか、ザフト軍に降伏するのだ!
クルーゼ隊長は、寛大なる慈悲によって敵である私の降伏を許された! お前たちも逃げ切れないときは、そうすべきだ!
これは命令である! ざ、ザフト軍に降伏せよ! 無駄死にはするなぁッ!!』
という実在する地球軍士官の口から添えられた保証にも、彼らが動じることは全くなかった。
『銃口で脅されている』か、あるいは『偽物』をバケモノ技術で造ったか。
そうやって自分たちを混乱させるのが敵の目的。なかなか穿った心理戦だが、その手に乗ってなるものか―――そういう風にしか彼らには解釈することが出来なかったのである。
にも関わらず、彼らは敵からの言葉で動揺し始め、その動揺は拡大しつづけるばかりで、混乱が収まりそうな気配はまったく見いだすことができていない。・・・・・・何故か?
【敵に、これだけ言われながら――なぜJOSH-Aの司令部は、なにも言ってこないのか?】
それが彼らに混乱と不安を拡大させている理由と原因、その全てだった。
自分たちの拠点へと攻め込まれ、その目前で心理戦を仕掛けてきているというのに、後方の司令部からはろくな対応指示も否定の言葉すらないのである。
「敵の策略である。惑わされるな」の一言すらないままなのだ。
部下に動揺が広がってきたのを抑えようと、司令部に確認と指示を仰ぐためコンタクトを取ろうとする者も出ていたが、『防衛戦を維持しつつ臨機応変に応戦せよ』の一点張りしか返信を寄こされない状況に不信感と不安は増大するばかりという惨状。
部下に向かって「臨機応変に応戦せよ」と命じてくる司令部自身が激変した状況にまったく対応できていないのだ。これで不信や疑惑が高まらないはずはない。
『司令部は一体どうするつもりだ・・・・・・何を考えている!?』
『目の前でザフトの好きにさせちまって、司令部はそれでいいって言うのか!?』
『おかしいじゃないか! アラスカは地球軍のホームだぞ! なんでこんな簡単に好きにさせるんだ!?』
『情報が欲しい・・・どうなっているんだ? 現在の状況は!?』
錯綜する情報、命令、怒号、矛盾、罵倒――戦場に殺し合いを行うため集まった人の意思がオーバーロードを起こすような雰囲気が熟成されつつあった。
コロニーを改造した巨大レーザー砲であろうと、人一人分の内側にあるインナースペースの小宇宙だろうと、一度でも火が付いてしまえば爆発の危険性が生じるという点では変わるところは何もない。
本来、敵味方が入り乱れる乱戦の、しかも本拠地まで攻め込まれて必死に応戦している籠城戦というものは、流言飛語や偽情報が散乱しやすい状況なのだ。
それらの影響で兵士たちに動揺が及ばぬよう、即座に指示を出すのが司令部の勤めだったはずでもある。
宇宙世紀の暦を用いる地球を巡る戦いで言えば、『ジオン独立戦争』における最終局面『ア・バオア・クー会戦』の折りに、ジオン総帥ギレンを殺して妹キシリアによる指揮継承がそれだ。
いくら父である公王暗殺の罪状があるとはいえ、敵との決戦中に全軍を指揮していた総帥が死亡し、今までは政治面でも軍事でも長男ほど表側に顔を出してこなかった『成り上がりの妹』が指揮を引き継ぐという状況にジオン兵たちは激しく動揺するのは避けられなかったが、キシリアの側近だったトワニングが一計を案じ。
『ギレン総帥は名誉の戦死をされた。これよりキシリア閣下が指揮を引き継ぐ』
という形に総帥の死と指揮権継承の流れを偽装して、ようやく収まりと統制を取り戻すことが可能となったのが、ア・バオア・クー戦最終局面でおきた一大政変、その内訳だった。
そうしても尚、兵士たちの動揺を完全に抑えきることは出来なかったらしく、一時的に各フィールドの防備が薄くなってしまったことが敵につけいる隙を与えてしまい、『木馬のエース部隊』に行動の自由を許してしまう切っ掛けにもなっていくのだが・・・・・・兎も角。
それ程までに、現在のアラスカが陥っている状況は予断を許さず、細やかな綻びから兵たちの心と体のバランスと防衛戦が破綻してしまう危険を有してしまっている現状にあるのだ。
時間かせぎのためにも地球軍は、嘘であれ偽装であれ何かしら、敵の宣伝工作に対処するため適切な説明を彼らに行わなければならない状況になっていたのだ。
なってはいたのだが・・・・・・それを抑えるべき司令部に、その状況を知ることができる者自体が一人も残っていない地球軍には、目の前の状況に対処する術は存在していない―――。
「フフフ・・・・・・どうしてなかなか、いい芝居を見せてくれるじゃないか。その調子で頼むとしようか、少佐殿?」
「あ、ああ・・・・・・了解した。任せてください・・・」
仮面の下に見える唇を、愉悦の形に歪ませながら愉しそうな口調で語りかけてきたザフト軍指揮官ラウ・ル・クルーゼからの論評に、地球軍仕官の捕虜としてコクピットに同乗しているアラン・タチは引き攣ったような笑顔を浮かべながら、ぎこちない愛想と“おべっか”を返すのがやっとだった。
地球軍には存在しない、最新型の360度モニターであるコクピットに映し出される下方の景色には、必死に応戦し続けながらも混乱を来している味方“だった”部隊が随所に見受けられ、気まずい想いに駆られた彼は視線をそらす。
「すまないが、その調子で呼びかけを頼めると嬉しいのだがね? 我らは、ただ呼びかけるだけで敵は勝手に混乱の度を深めてくれる。
なに、心配はないさ。勝利に貢献してくれた者は、たとえナチュナルであっても敵であった者だとしても無下に扱うことはしない。私が君の安全を保証しよう」
「そ、それは・・・信用していいのかね? ザフト軍のクルーゼ隊長――殿」
「我々はブルーコスモスではない。奴らとは違い、ザフト軍は降伏した敵兵を一方的に虐殺するが如き蛮行はやらんさ」
そう優しい声色で告げて、ニコリと口元だけに微笑みが浮かばせて見せるラウ・ル・クルーゼ。
こういう仕草をすると、奇妙な形状の仮面のデザインは、あたかも顔の上半分も笑顔を浮かべているように見える気がするからこそ、相手にとって厄介なのが彼の仮面だった。
見る者と、見るタイミングと、それを見せたときの仕草や口調などで印象が大分変わるのである。
だが、いずれにしろアラン・タチには仮面の敵将を信じるより他に道はなかった。
明確に自分の名を使って味方に基地からの脱出とサイクロプスの話を指示してしまった以上、連合軍に復帰できる可能性は彼には既にない。仮に戻ったところで軍法会議の末の絞首刑かギロチンか電気椅子へと送られるかしか、もはや彼には待っている未来がないのだ。
潔く連合軍への復帰は諦め、少しでもザフト軍勝利に貢献することで自身の立場と待遇をよくするため努力しようと・・・・・・彼は既に想い決めていた。というより割り切りをつけざるを得なかった。
彼としては、顔を仮面で隠して素顔すら見せようとしない、初対面の怪しげなザフト軍指揮官を信用するしか道はなくなってしまった己が人生の不幸を呪いながらも、前向きに現状を捉えた結果でもあった訳なのだが。
しかし言うまでもなく、誰しもが彼のように細やかではあっても、理屈で生の感情を押しつぶした選択肢を選べるというわけでは無論ない。
『――クルーゼ! 貴様ッ、いったい自分が何をやっているか理解しておるのか!?』
「おやおや」
突然コクピット内に轟いて、驚いたタチに肩を震えさせた胴間声の主は、今作戦の総司令官であるハリ・ジャガンナート殿から直々によるものだった。
敵味方入り乱れての乱戦により戦闘濃度で散布されているNジャマーの影響を避けるためにか映像はなく、音声だけを最初から届けさせている。
おかげで声音も声量も至ってクリアに聞こえて、口やかましい限りな相手ではあったのだが―――とは言え、映像がないから『顔が見られる恐れはない』という条件だけは、ことクルーゼ限定に限った話として悪い条件ではない。
「ジャガンナート司令、お聞きになった通りであります。敵は我々をアラスカの奥深くまで誘い込み、サイクロプス自爆によって味方の兵諸共に殲滅するつもりなのです。
それを示す証拠を、私は敵本部内に侵入して入手いたしました。憎むべき方法ですが、我らと戦うため有効な策であることは認めざるをえません。ここは一時撤退のご指示を」
『馬鹿者! これは敵の策略に過ぎん!
それで我らが退けば地球軍本部は守られ、攻略作戦は失敗したことになるのだからな、当たり前のことだッ! そんな事も分からんのか!? この青二才めが!!』
口角つばを飛ばす勢いでジャガンナートが、クルーゼが掴んできたという証拠付きの“偽情報”を切って捨て、全軍攻撃を続行させる断固とした意思を示す。
激情家であっても愛国者ではあり、復讐心はあっても野心をもたない無骨者な軍官僚のジャガンナートにとって、この作戦は戦争を早期に『自分たちの完全勝利という形』で終結するための奇襲であると同時に、ユニウスセブンを始めとして散っていった多くの同胞たちの無念を晴らさんとする復讐戦でもある。
一人でも多くのナチュラル共の血によってこそ古き時代の罪は購われ、同胞たちの無念に満ちた魂は、苦しみと恨みから解き放たれることが可能になる。
戦えばナチュラルたちを屈服させ、世界を変えることができると信じたからこそ、彼らは戦場に赴き、そして死んだのだ。
その無念と恨みを晴らす絶好の好機を、みすみす逃す道など選べるはずもない!
奴らは犯した罪に相応しい罰によって裁かれながら、次なる時代を築くための土台として生贄になるのが正しく正当な立場なのだから・・・!!
「閣下、それでは敵の行動に不審な点が目立つことになります。
現に私からの通達に対して、敵の司令部からは未だなんの反応も現場の敵兵たちには届けられておりません。それが原因で兵たちの一部に混乱が生じているにもかかわらずです」
『・・・・・・・・・』
「また仮に私の読みが外れ、これが敵の策だったとしても、それはそれでよいのです。
一旦軍を退かせて安全が確認された後、あらためて最攻勢をかければ済む話。パナマを攻めるよう見せかけていた艦隊からも援軍が送られたという報告は届いておられないのでしょう?
であれば今は退いて見せた方が敵の動揺を誘い、要塞外へと引きずり出すのも容易になるのではと愚考しますが―――」
『小賢しい口を利くな! 一隊長如きが作戦参謀にでもなったつもりかッ!?』
一喝してクルーゼの言い分を、再び切り捨てるジャガンナート。
だが、その声には注意深く聞いている者には、内心で生じた微かな疑念を誤魔化すため、敢えて強い声と口調で叫んだものだったことが見抜けたかもしれない。
実際クルーゼが指摘した点は、一理ないというわけではなく、事実としての面を有している。
クルーゼから発せられた警告に対して、地球軍本部からは何の反応も、事実を否定するための指示内容さえ前線に発信されたことは確認されておらず、逆に前線から後方の司令部に対して問い合わせや通信が殺到している状況にあるほどの混乱振り。
既に一部の敵兵からは、持ち場を捨てて逃走する動きさえ見られることを、部下からの報告で彼は受けている。
存外、包囲の一部を解くか、「逃げたい者は逃げろ」と言ってやるだけで、地球軍統合作戦司令部は難攻不落のまま、内側から開かれて陥落することになるかもしれない。
だが、それでは―――
(それでは――散っていった者達の怒りと無念はどうなるのだ!?
死者達の流した涙はッ! 恨みはッ!!
それを忘れ、許して「逃げろ」ということなど出来るものかッ!)
ジャガンナートは、そう思う。
そのナチュラルへの怒りと憎しみを共有するからこそ、彼はパトリック・ザラの同士として選ばれた数少ない一人にもなっているのだ。
実のところ一般の兵たちには知らされていない事実として、『戦争の早期終結のために』という大義名分によって強引に強行させた《真のオペレーション・スピットブレイク》は、『戦争を継続させること』を目的としていた、『真の作戦の真の目的』が隠されていた。
それら作戦の裏側にある事情を知らされ、賛同しているジャガンナートにとって、この作戦は敵拠点を落とすだけでなく、出来るだけ多くの地球軍兵士を殺すことが目的の一部として必要だった。
もともと本部を落とされた程度で降伏してくれるほど、地球軍首脳陣は素直な者達ではまったくない。
むしろ追い詰められて降伏し、敗戦の責任を負わされるのを避けるため、ギリギリまで抵抗を続ける道を選ぶのが奴らの方針だろう。
他の民衆や兵士たちを道連れになることを強制しながら、滅びる寸前まで無駄な抵抗を延々と―――。
敵に、その選択を強いるための作戦が、この《真のオペレーション・スピットブレイク》における真の目的だった。
そうなった後の事態に対処するために、プラント本国では密かに特殊新兵器の開発も進められている。
ジャガンナート自身は完成間際に地球へと赴任したため実機を見てはいないものの、今頃はロールアウトを終えて起動試験の段階へ移行していることだろう。
『新機軸のエネルギーを動力に用いた革新的な高性能機』が、である。
それ程の機体が『戦争の早期終結のために断行された奇襲作戦』に投入されることなく、本国の軍事工廠で密かに保管され完成されていた事実こそが、パトリック・ザラたち主戦派勢力による「呪わしきナチュラル共への悪意」を示す、否定できる者無き証拠となり得る存在だった。
だがクルーゼには、その存在は“まだ”知らされてはいまい。他の一般兵士たちには尚更だ。
その為にこそ、味方機の友軍コードすら与えていない機体なのだから。
今その事にまつわる情報を、他の者の耳がある場所でするのは如何にもマズい。
「ですが、閣下。この状況を見る限り――」
『黙れ! なにも分からぬ若造が、何を知った風な口を利くか! 我らは我ら自身を守るため、プラントの平和のために戦っている!
そのための作戦を邪魔しようとは―――さては貴様、ナチュラル共と結託したのではないか!?』
ジャガンナートは根拠なく、自分の強攻策に異を唱えるクルーゼの反対意見に、そう決めつけるための言葉を放つ。
それは様々な暦を用いた地球圏をめぐる戦いの中で、数限りなく使われ続けてきた理屈の一つ。
そして多くの地球で、多くの戦乱で使われ続けてきたからこそ、有効な糾弾となり得る言葉。
反対する者は、敵と通じているから反対する裏切り者。
逃げる者は、疚しい事があるから逃げる裏切り者。
皆のために戦っている自分たちに賛成せぬのは、裏切っているから。
平和のために戦っている自分に反対するのは、戦争がしたいから、裏切っているから。
そういう理屈で決めつけて、賛成する者だけしか残れぬ状況を創り上げるため、根拠なく感情だけで賛同者たちを多く得ることで【多数決による裏切りの真実】を既成事実化するための言。
この理屈によって、この言葉によって、多くの平和論者や講和派の将校が追放され、時に処刑されてきた歴史を持つ、暦の違いを超えた全ての地球社会で共有される血塗れの【ブロックワード】
ドーリアンも、シロー・アマダも、シーゲル・クラインも、この理屈を持ち出されて反論することが出来ず、やがて所属する組織から追われる切っ掛けとなっていく。
彼らには決して、清廉潔白とも矛盾や問題がまったくないとは言い切れない者達ではあったが・・・・・・彼らを追放するに至る、【その糾弾】には、口にした者達が彼らより論理的な理由で言っていたことは一度もない。
それでも尚、彼らは敗れ、中枢から遠ざけられ、根拠なき決めつけで言い負かした者達は残り続けるのに成功してきた栄光ある勝利の理屈ッ!!
―――だが、この時ばかりは、この理屈は正しく機能することは出来なかった。
「――黙れジャガンナート!! 卑劣なナチュラル共の罠へと、味方の兵を差しだそうとは・・・・・・ナチュラル共に魂を売り渡したか!? この味方殺しの卑怯者め!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・なんだと?」
ポカンと、相手から痛烈な口調で放たれた罵倒に、ジャガンナートは一瞬わけが分からず、間の抜けた表情で間の抜けた一言だけを呟いていた。
言われた言葉の意味が、よく理解できなかったからだ。
脳は相手の言葉の意味を理解している。無礼な罵倒をされたのも分かる。
・・・・・・だが、それらが頭の中でうまく繋がることが出来ていない。どうしても正しくイメージすることが出来ない。
自分が? 裏切り者? ナチュラル共に兵たちを売り飛ばした・・・・・・この自分がッ!?
『き、貴様・・・! 言うに事欠いて、何を根拠に―――』
「根拠もなく理屈を口走っているのは貴様の方だ! 見ろ! この状況に至って尚、敵本部の反応はなにもないではないか! 敵から要塞守備兵への通信すら探知できていないのだ!!
この事実を前にして、呪わしきナチュラル共の悪意を否定することが出来るというのか!? この要塞に敵の罠が仕掛けられている危険性はないのだと、兵たちに断言することが出来るというのか!!」
『ぐ・・・ッ! 貴様ッ!! 言わせておけば―――』
死んで逝った者達の無念を、他の誰より強く悼んでいる一人が自分だという自負を、ジャガンナートは抱いている。
自分を信じて命令に従い、死んで逝った者達の流した血と涙を、命を捨ててでも晴らすと誓った想いを忘れたことは決してない。
戦えばナチュラル共を屈服させ、世界を変えることが出来るのだと信じて死んで逝った全ての者達の想いを、自分は背負う覚悟で今まで生きてきたのだ。
もしナチュラルたちと手を組み、腐敗した社会を見過ごすことで、自分たちだけが生き残れる道を選ぼうとする裏切り者共が現れる未来がくることがあったとしたら、命を捨てて皆の死を無駄死にさせないための戦いで死ぬ覚悟が自分にはある。
たとえ―――自分自身の座乗艦を、特攻させてでも!!
それ程の覚悟と想いを、味方の兵たちに、部下たちに感じているのが自分なのだ!
その自分を・・・・・・ナチュラル共に味方を売り飛ばした卑怯者だと!? よりにもよって、この自分を! 部下を無駄死にさせてきた成り上がりの無能者如きが自分を!!
そういう怒りが、侮蔑が、哀惜の念が、ジャガンナートの中で固定概念となって認識を縛りつけ、「なんとなく」クルーゼが返してくるであろう返答を、聞くに堪えない言い逃れか保身か、あるいは場を濁すための詭弁ぐらいなものでしかないと、決めつけで想定してしまっていた。
だから即座に反応できなくなっていた。
自分の想定から外れすぎた言質は、認識から外れて理解しづらくなってしまうほどに・・・・・・ジャガンナートの心理は、『自分たちが信じるものだけ』で形作られ過ぎるようになっていたから・・・・・・。
自分は『責める側』で、相手は『反論する側』という認識が無意識レベルで心理の底に定着しすぎているのである。
その認識の内であるなら、相手からの反論に正論によって応じる理屈は幾つもある。
だが想定を外れ、自分が『責められる側』裏切り者の疑惑を持たれて『反論したい側』に立たされることは全く想定していないため、否定の言葉と理論がすぐには思い浮かばない。
そういう心理状態に、僅かな間とはいえジャガンナートは立たされてしまい、心理的に立ち直るまで相手につけいる隙を与えてしまうことになる。
「私はなにも、作戦を中止して兵を退けなどと暴論を言っている訳ではないッ。状況に不審な点があり、罠の可能性が高いことから一時後退して様子を見るべきだと言っている!
兵たちを無駄死にさせぬため最善を尽くそうとしている小官に対して、ご自分の強攻策を押しつけがましく宛がうとは、ジャガンナート司令はなにを勘違いされたか!?
まして、自分の意見に賛成せぬからと、利敵行為呼ばわりとは! それが節度ある態度と思っておられるとでもっ!? お答えいただきたい、ジャガンナート司令!!」
だが生憎とクルーゼは、ジャガンナートが考えているほど卑劣な人間でもなければ、味方の兵を死なせて自分はのうのうと生き延びたがる無責任な人間でもなかった。
敵を騙して味方を殺し、その怒りで以て敵を殺させ、敵も味方も全てを感情任せの正義によって自滅させるための壮大な計画を立案し、実行しようとする寸前までいった過去をもつ絶望者だ。
最初から、相手が思い描く敵味方に別たれた社会、子供じみた二元論で語られる世界観など共有してやった経験は一瞬たりとも持ち合わせた覚えなどないタイプの人間。
そんなクルーゼにとって、ジャガンナートの心理状態を把握して会話を進めるなど児戯でしかない。
ジャガンナート自身は、『コーディネイター全体の未来のため』『死んで逝った部下たちの無念を晴らすため』そういう動機で動いている人間だと、自らを定義しているのかもしれない。
だがクルーゼの目には、ジャガンナートは『私的な怒りと復讐心を理論武装することで賛成者を得たがっている』・・・・・・それが彼の実体であることは当初から見え透いていた。
自らが納得できず、死者たちを理由に使うことで、自分は個人的エゴイズムで動く人間ではないのだと、自分で自分を信じさせたがっているに過ぎないのだ。
もし本当にジャガンナートが、死んで逝った部下たちや、ナチュラルに殺された多くの人々を悼む気持ちで大事を成したいと思っているのなら、正義など口にせず堂々と『復讐』と『仇討ち』を理由に掲げ、憎しみによって世界を焼きたいから焼くのだと叫べばいいだけの話なのだから。
『死んだ者達の無念の想いなど、知らぬ』
――と。
『しょせん人は、己の知ることしか知らぬのだから』
―――と。
『ナチュラルより強く! ナチュラルより先へ! ナチュラルより上に!
憎いから殺すのだ! その身を食いたいから食うのだ! 理屈など知るかッ!!』
――――と。
そう素直に、正直に、己の憎しみを、怒りを、悪感情を不満を憎悪を、生の感情を剥き出しにして叫ぶことを嫌がりながら、それを処理することも出来ないから、こういう羽目にもなる。
「我らの行動を目前にしながら、アラスカ司令部に対処する動きは見受けられたのか!? この状況を前にして敵が動かぬ理由とは何か!?
追い詰められた敵を窮鼠と化す危険を犯してまで、強引な力押しに拘る理由とは何か!? それともパナマへ派遣された敵本体からの援軍が、この海域付近にまで迫りつつあるという反応でも!?」
『・・・・・・・・・』
部下からの立て続けな言葉攻めにも、ジャガンナートは沈黙をもって応じ、答えを返そうとはしない。
ただ、苦虫を噛んだような表情で沈黙を保つのみである。
それしか反応のしようがなかったからだ。
現実問題として、クルーゼからの指摘は間違っていない。不審な点が多く散見され、その事への適切な理由説明が思いついたものは多くない。
また、純軍事的に見ても徐々に味方の被害が増えてきているのも事実ではあり、要塞守備の防衛戦力と敵要塞とを分断させて個別に攻略するというのは戦略的に間違った作戦というわけではないのだ。
様々な点が、ジャガンナートに決断を求める条件として突きつけられている状況に、地球軍本部アラスカ攻撃隊《真のオペレーション・スピットブレイク》の作戦司令部は陥りつつある・・・・・・。
――――が、しかし。
如何にクルーゼが上官相手に雄弁を振るおうと、言っている意見に一理ある部分があろうとも。
この議論は、ジャガンナートの勝利で終わることは確実な話の流れだったという事実までは変えようがない。
ジャガンナートは本国から今作戦の指揮を執るよう任じられてきた司令官であり、クルーゼは如何にザラ議長の信任厚いとは言え一隊長に過ぎない上級士官。
司令官が命じて、部下が従う。軍隊として当たり前の理屈であり、従えぬ者が排除されるか排斥されるのも、程度の差こそあれ当然の処遇。
結果論として、成果を出したからと免罪されることは少なくない分野ではあるが、『命令違反を犯す段階』で、それほど多くの者達が上官に抗った部下に味方してくれるものでは残念ながらないのが現実の軍隊社会というもの。
地位身分が違うのだ。階級差が絶対ではないザフト軍であっても、これ程の差を埋められるというものではない。
兵たちにも、敵の行動の不審さや、クルーゼが敵基地内に潜入して持ち出してきた情報などが理由で、不安や疑惑が生じ始めてはいるものの、確実な情報か分からない以上は司令官の命令に従う道を選ぶのが、多数派のザフト軍兵士たちとして当然の判断だった。
最初から、一隊長が司令官に対して喧嘩を売るように正論を主張し、一時後退を声高に主張しても通る可能性は僅かしかなく、正しさだけで人は動かない。
だが・・・・・・果たしてクルーゼは、その程度の理を弁えぬから上官に向かって無策に、反対意見と罵倒を述べるようなマネを犯したのだろうか?
その答えは―――――
「――どうやら、我らも選ぶべき刻がきたようですな」
背後から唐突に若い男に声をかけられて、初老の艦長は不快さを隠す気のない表情を浮かべながら身体ごと振り返って相手と向き合う。
生意気そうな表情と態度の若手士官が、そこには立っていた。
『お飾り艦長』に対して払うべき礼儀など、義務の分だけで十分すぎるという本心が、露骨なまでに声と態度に現れており、艦長の機嫌をさらに数段階悪化させてくる。
「・・・・・・副長はそう言うが、状況は未だ不鮮明だ。私は時期尚早とみるが」
「そうでしょうか? 敵の行動は明らかに不自然です。本海域周辺に敵影が見当たらぬ以上、少なくとも一時後退して事態の確認を図るのが妥当かと小官には思われますが?」
「しかし、司令官からの後退命令はな―――」
「艦長」
冷たい声と声音で、副長は相手の言葉を遮った。
先程までより、一段低くなった声の冷たさで。
二段低くなった相手への評価と、払うべき礼儀のレベルを現しながら―――彼は断言する。
「ご安心下さい。我ら当艦のクルーたちは、クルーゼ隊長こそ次代のザフト軍を担う御方と信じ、最後までお供する覚悟は出来ております。ご安心を」
「・・・ヴォイフェル・・・副長・・・・・・」
その声と態度で、その言葉を聞かされた艦長は、相手の名を呼びながら言葉の意味を正確に理解する。
彼が語る『我ら』の中に、自分が含まれていないという事実を痛いほどに・・・。
やがて艦長の肩が落ち―――艦外にも通じる通信機のマイクを手にするため、操作卓に歩み寄っていった時には・・・・・・別の異なる光が、彼の瞳にも宿るようになっていた。
それは自暴自棄とも言え、諦めとも言え、渡ってしまった後の者だからこそのクソ度胸と言えるものかもしれぬ怪しい光。
そんな艦長はマイクを取り、海上封鎖ラインを形作っている艦隊の一角を成している自らの艦の方針を示すため、クルーたちに向かって声に出して命令と決定をくだす。
「総員に告げる。本艦はこれより、現戦闘海域から一時離脱する。機関全速、取り舵ッ。
僚艦に打電っ、『我はクルーゼ隊長の一時後退命令に理ありとして従うのみ。敵前逃亡に非ず』―――とな」
そう告げる艦長の姿を、会心の笑みを浮かべて満足げに見守る副長。
彼らの乗る船の名は、ザフト軍潜水艦『クスコー』
かつて、アスラン率いるザラ隊が母艦として用いたことがある船が今―――クルーゼの命令に従って、司令官ジャガンナートの命令を破り、不安と猜疑と迷いの感情が蔓延しつつある戦場で、ザフト艦隊から一時離脱のため他の仲間たちと反対側の方角へむけて舵を切る。
正義と信じた信念は変わらぬまま、判らず、知らぬ戦場を目前にして、その先に待つ終局への恐れが広まり始めていた状況で。
天より翼が降り立つより先に、混迷の戦場はこうして最終局面へと移行した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――宇宙世紀。
そこでスペースコロニー群サイド3はジオン公国を名乗り、新機軸の機動兵器『モビルスーツ』と、電波攪乱兵器『ミノフスキー粒子』を生み出した。
ジオン公国軍そのものは、地球連邦に独立を挑む戦争という“建前”を隠れ蓑にしたザビ家と共に崩壊し、『軍隊』だけが長く地球圏に騒乱を撒く源泉として残り続けることになる
謂わば、『ジオン“公国”』と地球連邦との戦いは『一年戦争』の終結によって終わりを迎え、『ジオン“軍”』という軍組織だけが亡霊のように地球圏を祟り続けることになるのだ。
中核にあった思想も、実務を担う政府をも失い、空洞化した軍隊という存在は、代わりとなり得る中身を与えてくれる者次第でどうとでも変わりうる程度のもの。
デラーズだけの話ではない。
両親を失った孤児でしかない子供を傀儡として担ぎ出したハマーン・カーンもまた、亡霊を蘇らせた者の一人でしかなかった。
それら中身を損失した軍隊という器に、偽りの中身を注ぎ蘇らせるが如き愚行は、後にシャア・アズナブルの手で終止符が打たれるまで続くことになる。
善し悪しは別として、彼は『サイド3の独立によるジオニズム実現』というカタチ以外の目的を中身として入れることに初めて成功した人物だった。
・・・・・・もっとも、それら死した死体を兵器として利用する愚行は、ジョナサン・バハロやフロンタルを名乗る愚物共によって結局は復活させられることになるのだが・・・・・・俗物共に合わせるというのは、確かに難しいようだ。
だが、ジオン軍が生み出したもので確実に後世へと受け継がれたものが一つだけある。
『MS』だ。MSは、物量戦が主軸となっていた現代の戦いにおいて『中世における騎馬兵』として機能した。
個人が否定され、集団の一部として数が物を言うようになった現代の戦いに、個人の時代を再び蘇らせることに成功したのである。――無論、それが『少数による世直し』の可能性をも示してしまった負の一面があるのも事実だが。
それら中世の騎馬兵が蘇った現代のMS戦闘によって、復活してしまった古い戦い方が幾つか存在する。
勿論MSが中世の戦い方を復活させたとは言え、完全に戦場の時代が逆行してしまった訳ではなく、数が物を言う現代戦の条件が無効化されてしまう程の効果をもたらてもいない。
だが部分的に、中世の戦場での戦いが現代戦の戦場に復活したことは確実に存在するのだ。
最前線で兵たちが敵と戦っている最中、最後尾の部隊ではなく、軍列の中央付近にある部隊が敵と戦う前に撤退しはじめる。
それに釣られた後方の部隊までもが後退を始めてしまい、軍列そのものが崩壊の憂き目に遭う―――この現象を古い軍事用語で『裏崩れ』という。
クルーゼの扇動により行われた、連合軍本部アラスカでの後退命令は、結果として『裏崩れ』をCEの戦場において復活させることになる。
ザフト軍の潜水空母《クスコー》を始めとして、事前に根回しされていた『クルーゼ派』とも呼ぶべき者たち数隻が防衛ラインから外れて独断での後退を断行する光景を見せつけられた他の味方艦に動揺が広がり始めたからだ。
前線で敵と戦っている時には、下手に統率を乱して退けば「自分も殺されてしまうのでは?」という恐怖があるが、近く戦いに巻き込まれるが現時点で無傷の部隊は、勝つなら別として出来るかぎり被害に巻き込まれる前に退きたい――という欲に駆られやすい。
そこに『敵の罠かも知れぬ疑惑の戦場』と、隊長からの後退命令という『大義名分と責任者』を与えられ、生の欲求に駆られず義務感を優先させ続けられる兵は、コーディネイターと言えど多くはなれまい。
なまじ数が多い大軍勢ほど、逃げ出した一部に釣られて他の部隊まで後退を始めてしまった時には収拾がつかなくなりやすい。
それが始まって尚、兵たちの混乱を収めて後退を押しとどめられるほど、兵たちの私信を掴んでいる指揮官であれば問題はないだろうが・・・・・・フフ。
ジャガンナート司令官殿には、それが出来るか否か―――見物だな。
「艦長! 《クストー》が艦列を外れて動き出しましたッ、どうやら後退する模様のようです!」
「なんだとッ!?」
地球連合軍統合司令部《JOSH-A》の前方を封鎖するように配置されていたザフト軍潜水空母の艦橋で、部下からの報告に一人の艦長が目を剥いていた。
現在アラスカを攻めるザフト軍は、敵要塞前方に海上封鎖ラインを敷くため列を作って配されている。
危機に陥った要塞を見捨て、ブルーコスモス幹部でもある連合軍将校たちが逃亡するのを阻止するためにだ。
クルーゼが決めつけたように、本部を占拠して守備兵を殺し尽くすことで、敵国首脳陣から降伏する意思をなくして抵抗させ続ける、という目的を含んでのものではあったが、連合の俗物どもが我が身かわいさに自分たちだけで逃げ出す恐れは確かにあったのだ。
クストーの独断後退は、ユニウスセブンへの核攻撃をおこなった主犯共の逃亡阻止のため張られていた海上封鎖ラインに穴を開けることを意味している。
たった一隻とは言え、万が一を優先したい場面だ。艦長は通信機に飛びつくようにして、僚艦への通信回線を開かせる。
「《クストー》! どういうことだ!? なぜ艦列を離れる! まだ撤退許可は出ていないッ!!」
『――当艦は、クルーゼ隊長のご命令に従い、行動しているだけである。現状に不審な点が多く、罠である可能性は高い。
クルーたちの生命を守るべき義務を負った艦長として、一時後退して状況を確認し、しかる後に戦線復帰するものである。
当艦の行動は決して離反ではない。繰り返す、当艦の行動は離反ではない』
「詭弁だッ!!」
返答を聞かされた艦長は、思わず激高して痛罵する。
たしかにザフト軍には、ナチュラルたちの軍隊である地球軍ほど階級は絶対的なものではなく、階級意識は強くない。
兵士たち個々人の能力が高く、独自に判断して的確な行動が取れるコーディネイターたちの軍隊として、ザフト軍では兵士たちが自由行動がとれる権利保障は、連合軍では考えられないほど強いのも事実だ。
だが、そんなザフト軍にも階級意識はあり、軍隊である以上は上官の命令を部下は基本的に聞くものというのは、両軍共に変わることはない。
だからこそ《フェイス》という特殊な役職が、ザフト軍内部には公的に存在している。誰も彼もが自由に動いて言い軍隊であれば、そのような役職を別個に新設する必要はない。
「命令違反だ! 司令官はクルーゼ隊長の後退命令を許可していないッ!!」
『我らザフト軍は、上から命じられねば自分で考えて動くことも出来ないナチュラル共と同じではない! 自分で考えて動けぬ無能な兵などザフトにはおらぬ!!』
僚艦の艦長からの常識論に対して、後ろめたいところをもったクストーの艦長は、暴論と承知でそう言い切る。
ここでもまた、ザフト軍の制度がもつ特色が、意図せず裏目に出る結果をもたらしていたことに気付かぬままに。
確かにコーディネイターのみで構成されたザフト軍には、独自に状況を判断して動くことが可能な能力の高さが備わっており、それに基づいた行動が取れるよう権限と自由が与えられているのは事実である。
これはコーディネイターがもつ高い知性と理性によって可能となるもので、『全体を構成する一員として思考することで、自分を含めた組織全体を守るため行動することが出来る』という社会性の高さを同時に併せ持つものでもあった。
決して、独断専行を容認するという制度ではなく、如何にコーディネイターと言えど軍隊であり戦争である以上は、序列に基づく指揮系統と一本化された作戦指揮は大軍に成る程必要不可欠であるという事実まで変えるほどのものでは全くない。
だが、それでも尚、連合軍よりは階級による序列が徹底していない軍制度になっているのも間違いなく事実ではあったのだ。
正しい結果に繋がる選択と判断が、一つだけあると確定している状況であるなら、彼らが感情や個人的プライドを理由に間違った選択肢を選ぶことは決してないだろう。
『正しい正解の選択肢』が存在している状況であるなら、彼らは自主的に一丸となって同じ選択を選び、その為に有効な行動を独自に考え実行することが可能にできる。
しかし状況が不明瞭で、情報の不足から『正解は結果によって確定する』という状況だったなら、『正解である可能性が五分五分の選択肢が二つある』という場合だった時。
このザフト軍の制度は、独断行動を兵士たち一人一人が犯す大義名分となり得る意味合いをもってしまう結果をもたらす。
決めた者が「そういうつもり」で定めたか否かという問題ではなく、受け取る側が「そういう解釈」で動くか否かに影響を与える理由として機能する言葉に、この制度はなり得てしまう。
・・・・・・あるいはザフト軍は、自分たちが『恵まれた立場にある』という状況を、不幸な悲劇によって失念しすぎていたのかもしれない。
自分たちコーディネイターの国家が『プラント評議国一国だけ』しか存在せず、地球軍に根を張るブルーコスモスという『コーディネター種族全体にとっての脅威』が存在し、自分たち『種族そのもの』への差別と迫害が存在している世界だけで彼らは生きてきた。
最初から、自分たち全体にとって『共通の敵』と、仲間同士で啀み合う必要性の少ない『単一の社会』と、助け合わなければ『生き残れない環境』が彼らには生まれながらに与えられ、押しつけられている状況下で彼らは生まれた。
正しい答えは最初から決まっていることが多い立場であり、状況だったのが彼ら種族の社会だった。
異なる正しさによる対立や、同質等量のメリット・デメリットを持った二つの意見のぶつかり合いなど経験する必要がほとんど発生しない、一面的には温室のような空間だけしか知ることなく彼らは生きてくることが許されたのだ。
そういう社会で育ったからこそ、『正しい正解は結果によって決まる』という状況を想定した制度作りや、心構えができていない。
二つの答えで対立すれば、自らが信じた『一つだけの正しい正解』により固執して貫くことを由とする非理性的な道しか選ぶことができなくなってしまう。そういう人物が異常に多い。
そんな『精神的弱さ』と『知能的幼稚さ』を一面では持ってしまっていたのが、コーディネイターだけが生活する単一種族国家プラントであり、プラントの軍隊ザフト軍の特色でもあったから・・・・・・
その状況次第で欠点となり得る特徴を、クルーゼは最大限利用するつもりで布石を用意していた。それが今、盛大に発動する。
「ジャガンナート司令ッ。僚艦より報告があり、潜水空母《クストー》が戦線より離脱!
また、《ナハート》《タングスー》など数隻がクルーゼ隊長の後退命令を受諾すると報告してきましたッ」
「なんだとッ!? 奴らの隊が使っていたことがある《クストー》以外の艦もか!?」
旗艦の環境でクルーゼ相手に言い合いを続けていたジャガンナートは、部下からの報告を聞かされた瞬間、「してやられたッ」という怒りに激しく激高させられる。
おそらく自分との通話を、手駒にしていた艦のどれかに傍受させ、その艦から周囲の味方艦にも聞こえるよう漏洩させていたのだ。
指揮官と隊長との通信という、軍事機密に類する話し合いの場と思えばこそ、ジャガンナートは個人としての本音も出したし、相手の発言を敢えて流して説得を続けてやりもしたのだ。他人の耳目があると知っていれば、他に対応の仕方は幾らでもあった。
にも関わらず奴はそれを平気で漏洩させたのだ! 自分が直接やれば即座にコチラも気付くことが出来ていたところを、奴に取り込まれている事実を知らぬ味方艦を中継ポイントとして使うことで露見しにくい手法を使って!!
マズい、とジャガンナートは思った。
もし先程の会話内容を、味方艦の幾割かが聞いてしまっていたなら、あるいは―――
「また、彼らの後退に釣られるようにして、付近に布陣している僚艦たちにも動揺が広がりつつあり、対応を求めるとの報告が―――あッ!? 今、一隻離脱しました!」
「なっ!? ・・・なにぃ・・・・・・っ」
懸念していた直後の危機が実際に起きたことを告げる部下からの報告に、ジャガンナートは正しく愕然とさせられる。
その報告は、アラスカ攻略軍が崩壊する兆しと、それが始まってしまった時には自分が押しとどめることは不可能であることを示すものだったからである。
大軍で敵基地を大挙して攻め寄せている中、味方に不安が広まって「後退すべきでは?」という意見が強まった状況で、一部の味方が逃げ出し、釣られた他の部隊が撤退を始めたとき、それを止めることなど物語の英雄でもない限りは不可能だ。
無理やり押しとどめようとすれば混乱が生じ、多数の艦艇同士が渋滞を起こす羽目になるのを避けるのは難しい。
独断後退する艦を「敵前逃亡艦」として撃たせるなど愚行の極みだ。一時は収まるとしても、恐怖で部下を支配して駆り立たせるなど暴走の危険を孕ませるだけのこと。
まして、敵要塞を目前にして攻略中にやることでは全くない。そのような「督戦隊」は一時の誤魔化しとしてしか使えない事実を知らぬほど、彼は無能な司令官ではなかった。
「――構わん! 逃げ出す臆病者などに用はないッ! 放っておけ!! 従う者だけ付いてくればいい!!」
現状を前にして、ジャガンナートはそう決断をくだす。
下手に後退し始めた味方を無理に戦列に戻させても混乱するだけであり、むしろ納得の上で自分の指揮のもとアラスカ攻略に参加するのを自主的に選んだ者達だけを率いた方が、要塞突入後の戦闘は優位かも知れぬと考えた結果であった。
反面、状況の曖昧さが、彼にその道を選ばせる一因となっている。
一見すると、クルーゼ側の一方的な暴走と命令違反に見えながら、実のところジャガンナートの側にも相手と似たような事情が立場として存在いている。
ザフト軍にはナチュラルの地球軍より、兵たちが独自の判断で行動していい権限は確かに強いが、軍隊である以上は階級による命令に従う義務が部下達には存在しているのも事実。
『そちらの命令の方が正しいと信じれるから』と、『その策の方が有効だから』と、軍が下した命令と決定を部下達の判断で勝手に選んでいい―――というのでは軍隊組織は成り立たない。
軍隊に限らず組織というものに属する者たちには、上の命令に従わなければならない義務がある。それが正しい。それこそれ正論というもの。
では―――それが正しく正論とすれば、《真のオペレーション・スピットブレイク》はどういうものなのか?
「我らは、このまま敵本部攻撃を続行する!
独断で後退する者たちには、作戦終了後に軍法会議に出頭する覚悟があるなら勝手にしろと通達しておけ!」
「で、では、その・・・・・・ナチュラル共への対応は・・・」
「包囲の一角を解いてやるから、そこから逃げる者だけは見逃してやると通達してやれ! 留まる者は徹底抗戦の意思を示したものとして降伏は認めんとな!!
どのみち逃げ出した臆病者共のせいで開いた穴があるのだ、丁度よかろうよッ」
今さら言うまでもないが、この作戦は本来《パナマ基地》攻略のために立案されていた作戦だ。
それを土壇場になって、パトリック・ザラの命令と決定により攻撃目標を変更させた。それが《真のオペレーション・スピットブレイク》という作戦だった。
確かにザラは、プラントの新議長としての地位にある人物だが、プラント評議国は独裁国家ではない。
総帥の命令書一つで、コロニー1つの強制疎開と改造を可能とした、ザビ家独裁のジオン公国とは制度が違うのだ。それこそギレンが独裁への制度変更を断行した理由なのだから当然のこと。
プラント評議国がジオン公国ではなく、パトリック・ザラ議長がギレン・ザビ総帥でないからには、民主国家プラントの議長としてザフト軍を動かすには『議会からの承認』を受けなければならない。
それがプラントにおける、ザフト軍における『上からの決定と命令』というものだからだ。
だがザラは、それを無視して事後承諾による追認という形で、許可を取り付けるつもりで今回の作戦実行を命令している。結果として圧倒的勝利で終われば、事前の手続きなど省略してもよい、という意思を行動によって示したのだ。
何故なら、それが『正しい判断と行動だから』と信じているから。
そして、その判断と決定と命令に、ザフト軍パナマ攻撃隊の総員は従って参加した。
それが正しいと判断したから、プラント評議会の命令と決定は無視すると。
その判断が適切だと信じたから、ザフト軍の序列と作戦を独断で破ってよいのだと。
そういう理由で、軍人として軍隊の階級と国家制度を、独断で無視する道が正しいと判断したからこそ、彼らは今この場所にいる。地球軍本部アラスカ攻略戦に参戦しているのだ。
今この場で戦っている自分たちの存在こそが、『自分が正しいと判断した道を選ぶためなら命令は無視してよいものだ』――という行為を正当化する前例となってしまっているのが彼ら自身の現在だった。
こんな状況であり内情なのが、現在のザフト軍なのである。階級、制度、軍隊の組織秩序といった話を突っ込みすぎれば藪蛇になる恐れもある。
それぐらいなら現状の時点で、納得して自分に従ってついてくる者だけで攻撃を続けた方が楽でいいというもの。
「攻撃を続行させろ! この地を討てば、時代は変わる!
このままでは何も変わらない! 一部の者が富み、理不尽や非道が専横する世界は変えなければならないのだ! 我らはプラントの未来を担う者として道を選ぶのみ!」
動揺する部下達を見回しながら、彼は自らの揺るがぬ信念と、選ぶべき道の正しさを声高に主張し、賛成を求める。
「我らは決して忘れない! ユニウスセブンの悲劇を! 核の炎で焼き殺された死者達が流した血を! 恨みを! 涙を! 忘れることなど出来るわけがない!
あの悲劇を繰り返させぬ為、我らは今、前へと進むのだ! ナチュラルどもの暴虐から、同胞達を解放する正義の剣によって!!
栄光あるザフトのためにッッ!! プラントの未来よ、永遠なれッッ!!!」
『――栄光あるザフトのために!! プラント万歳!! 我らの未来よ永遠なれッッ!!!』
司令官の熱弁に応えて、彼と新議長を支持する兵士達による熱狂的に唱和する声が、ザフト軍の通信回線を満たし尽くす。
甚だしい時代錯誤な光景であり行為だったが、今この場にいる誰もが、自らの行動に疑問を抱くことなくジャガンナートの命令に従い、壮絶な覚悟と勢いとともに連合軍本部の施設内へと強引に突入と突撃を強行させていく。
彼らの総数はクルーゼの策略によって確かに減少してはいたものの、未だ全軍の5割強という大兵力を保持している。
むしろ、後退する道を選んだ者たちが抜けたことで、残った者たちは『自らの意思で留まる道を選んだのだ』という命令ではなく自主的な選択によって行動したことから、一体感と使命感は先までより上昇していたと言っていいほどに。
狂信者たちの集団と紙一重のような熱狂ぶりを友として、彼らは進む。
敵基地を落とすため、征服するため、自分たちと家族が平和に幸せに暮らせる時代へと続く道だと心から信じているからこそ―――ッ!!!
その先に待つ未来と運命を・・・・・・今の彼らが知る術はないままに・・・・・・。
本部を攻めるザフト軍の総数が減り、守備兵たちの敵前逃亡を促すため包囲の一部を解いたことで、大幅に要塞外にいる連合軍部隊の状況は改善することが可能になっていた。
とはいえ、生き残るため必死に戦い続けている彼らの身が安全になったかと言えば、そうとも言えない。
「ウォンバット! バリアント! てぇーッ!!」
「左舷損傷! ミサイル接近! 来ます!」
「回避ーっ!!」
数が減って、ジャガンナート司令から『逃げたい者は逃がしていい』と命令されたというだけで、ザフト軍部隊から連合軍要塞守備隊への攻撃が完全に止んでくれる、などというほど甘い話を本心から信じ込む者は、よほど脳天気な者たち以外は有り得ないのが現実の戦争というものだったからである!
ただ上層部が「敵にも逃げ道を用意してやる」と決定したから。
上の立場の人間から「撃つのを辞めろ」と命令されたから。
たった、“それだけの理由”で、家族を殺された恨みを、友を奪われた憎しみを、自らが敗北させられた屈辱を、無かったことにして「ハイそーですか」と素直に受け入れられる者達ばかりなら、この世の争いは9割方がなくなっているのは間違いないのだから! それが戦争というものなのだから!!
「た、隊長! よろしいのですか!? ジャガンナート作戦司令より、守備隊の殲滅よりも敵基地攻撃を優先せよという命令が――」
「敵が撃ってくるなら撃ち返さぬ訳にはいかんだろうが!? 構わん撃て! 撃ってしまえ!!」
今次作戦に合わせて徴兵されたらしい若い兵から戸惑ったように問われた部隊長が、憎しみに濁った瞳と口調で、歯ぎしりせんばかりの表情で返してきた返答に怯えて黙り込む情景を展開させながら。
彼らは戦闘のドサクサに紛れる形で、憎むべき敵兵を一人でも多く打ち倒さんと、減少した数に残された砲火を、『地球軍勝利の象徴的な船』へと集中させて、その周辺に集まる者達ごと一斉砲撃を繰り返していた。
「撃てと言うに・・・・・・ッ!!」
濁った瞳が向ける先。
その場所に浮かぶ、白亜の巨艦に―――会戦から戦い続けてきた戦友を奪った、憎むべき連合の『大天使』を地に撃ち落とすために・・・・・・命をかけて! 全力で!!
「チィッ! もうゲートと一緒に基地ごとくれてやったんだ! そっちの司令官だって見逃してくれるって言ってんだろう!? だってのに仕事熱心な方たちだよ本当に!!」
軽口を叩きながらアグニを発射しつつ、ムゥ・ラ・フラガはランチャー装備のスカイグラスパーでザフトMS群の中を駆け続けていた。
一度はアークエンジェルに帰還した彼だったが、敵陣の一部が自主的に開かれたのを見て取ったことで再び戦場へ戻ることを選び、使い慣れたスカイグラスパーに乗ってアークエンジェルの活路を塞がせないため死闘の渦中を駆け続けていたのである。
戦い始めたころより、確実に敵の数と砲火は減少している。
だが、当初より数が減ったのは自分たちの側も同様であり、残された力だけ同士だけでの戦いであって尚、連合側の不利な状況は変わりない。
皮肉にも、数が減ったことでザフト軍の攻撃対象は、『生きて連合本部まで辿り着くため勝利し続けた』アークエンジェルへと集中する流れを形作ってしまったのである。
それ程に彼らは恨まれていたのだ。ザフト軍に所属する多くの兵士たちから、大切な誰かを奪った仇として。
また一機、火を噴いたアグニでディンを撃墜した直後のスカイグラスパーを掠めるようにして擦り抜けて、アークエンジェルに肉薄する見慣れた機体のパイロットがそうであるのと同じように。
『下手な脅しをッ!! 敵の策に乗せられてしまうとは、それで良いのですかクルーゼ隊長――ッ!?』
「っ!? デュエルだと! あいつ・・・ッ!!」
グゥルに跨がって、空中を高速で飛翔していくXナンバーを駆るザフト軍の少年パイロット『イザーク・ジュール』
彼もまた、クルーゼからの命令を『敵の策に乗せられた』と信じ、敵への攻撃と殲滅を続行し続ける道を選んでいた者の一人だった!
他の味方機より防御面で優れたフェイズ・シフト搭載機を操る彼の狙いは、かつて受けた傷への復讐のため追い回した機体の母艦だった白い船。
自分に醜い傷を負わせた敵として執着した《ストライク》は、アスランに倒されてもういないことは、彼も承知している。
奴に負わされた屈辱と痛みと傷に対する『復讐』は、永遠に果たせなくなって悲願の彼方に行ってしまった・・・・・・だが!
彼には、自らが負わされたことへの『復讐』と同等か、それ以上の憎しみをアークエンジェルに対して抱く理由が、イザークにはある!
「貴様等が生きていると言うことは、ディアッカはやられたということか・・・クソゥッ! 貴様等がぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
コクピットの中で憎しみと哀惜の叫びを上げて、イザークは『友の仇』となった連合軍の大天使へと急速接近、肉薄していく。
それは誤解に基づく義憤による怒りの感情だったが、彼の視点から見れば、そう考えるのは無理もない状況でもあったのだ。
あの小島での戦いで彼が戦線を離脱させられたディアッカは戦闘を継続し、アスランはストライクを倒すため一騎打ちを繰り広げていたという。
ならば未帰還のまま、機体ごと消息を絶ち、死体すら発見されていないイザークの友人を倒したのは、アークエンジェルということになる。更にその認識自体は事実でもある。
ただ彼は、友が討たれる寸前で降伏し、敵拠点へと帰投した後も医務室で放置され続け、結果論として今なお自分が仇として撃沈しようとしている敵戦艦の中に囚われ続けているままだという事実については、全く考えていなかったし想像すらしていなかった。
流石にそれを想像しろと言うのは無理な相談だったのは事実だが・・・・・・それでも尚、彼がそのまま友の仇を討つためアークエンジェルを撃沈した時には、友を殺してトドメを刺した仇となるのは自分自身ということになる事実は変わりようがない。
戦争における小さな悲喜劇が、今ここに発生してしまっていることを、当事者であるイザーク自身は気付いていない。認識すらしていないだろう。
彼はただ、『自分を傷つけた憎むべきストライクへの復讐』ではなく、『殺された友の仇である大天使を落とす仇討ち』として、今までとは異なる相手に今までと同じだけの特別な殺意を向けて肉薄していく! ただそれだけの事。
『復讐』は、自分自身が受けた敗北と屈辱を晴らすため『自分の復讐』として実行できる。
『仇討ち』は、自分以外の大切な他人を奪われたことで、『他人のための仇討ち』としか成立しない。
復讐と仇討ちの決定的な違いが、そこにあったが・・・・・・果たしてその違いを彼が認識し、彼が成長する糧とできる日が訪れるか否かは、彼自身が決める未来の先にあるものだろう。
兎にも角にも、今の彼に『自分一人のための復讐心』と『誰かのために命をかける仇討ち』という戦う理由の違いに意味を見出す心の余裕はわずかも存在していなかった。
ただ、立ちはだかるようにアークエンジェルの周囲に飛んでいた連合の戦闘機を撃ち落とし、憎むべき白き友の仇の船へと迫りくる!
そんな自分たちを殺すために、純粋な殺意と化した機体の存在は、アークエンジェルのクルーたちにとって無視できるものでは全くない。
「!! 九時方向、新たな敵機を確認! この反応は・・・・・・《X-102デュエル》ですっ!!」
「えぇっ!?」
「奴ら! こんな所まで、また・・・ッ!!」
ミリアリアからの報告に、マリューとノイマンが同時に悲鳴じみた声を上げる。
ヘリオポリス以降ずっと因縁が続いてきたクルーゼ隊。その隊に残された、自分たちから奪ったXナンバーの中で健在が確実な最期の機体。
それほどに激戦を繰り広げ続けながらも、未だ落とすことが出来ずに戦場へと舞い戻り続けてきた因縁の相手が再び現れたと聞かされて、彼らの意識がそちらへ集中してしまったとしても仕方がない部分は確かにあった。
しかし―――
「――あっ!? ジン接近! 目標至近!!」
「えっ!?」
一瞬だけ、ブリッジにいた全員がデュエルが迫りくる方向だけに意識を集中させてしまったことが仇となり、グゥルに乗った量産型MSジンに至近距離まで接近を許してしまったのは、彼らにとって大きすぎる失態というしかない、致命的な凡ミス。
「ウォンバット、てぇー! 機関最大! 振り切れーっ!!」
「う、うわぁぁっ! もうダメだぁーっ!」
「落ちつけバカヤロウ!!」
マリューが声の限りに叫び声を上げ、正面の艦橋窓に写る自分たちを殺すため銃口を向けてきた敵の姿に、カズイが鳴き声を上げて逃げ出すため背中を向け、パルが怒鳴りながらパニックの片鱗を声に滲ませる!!
一瞬という時間が永遠に感じられるほどの、胃が締め付けられそうな短い数舜。
目の前に自分たちを殺そうとする敵がいながら、自分たち自身では何も出来ない相手の姿を、ただ睨み付けることしか出来ない無力感を噛みしめながら。
マリューはただ、敵を睨み付ける。
視線だけで敵MSを撃墜できるものなら、視力など幾ら無くしても構わないほどの想いを込めて、ただただ敵の姿を睨み続けて、そして―――
ドォンッ!!と。
艦橋窓の外に見える光景が光に包まれ、アークエンジェルの艦橋は生色を取り戻す。
敵の総数と火線が減少していたことが、互いの生死と明暗を別けた条件だった。
アークエンジェルの火器統制システムが、対処すべき敵の数が少なくなっていたことで、一瞬だけ敵より早く相手に発砲することを可能にしてくれた。
火球に包まれ、爆煙と共に爆発四散して吹き飛ばされていく、アークエンジェルを落さんとしたジンの破片。
撃ち落とした敵機の脅威が去り、迫り来る寸前にあった死の恐怖から解放されたアークエンジェルのクルーたち。
やがて短い時間で煙が晴れ、逃亡のため敵艦隊が閉ざし切れていない脱出路への道のりを再び歩み出すため舵を切ろうと前を向いた彼らの見ている視界の先に。
倒されたジンが吹き出す煙の中から、ジンよりも濃い青色をして、ジンよりも巨大な砲口を持った、ジンよりも強大な火力を持つ存在が―――デュエルが。
倒したばかりのジンが、今さっきまでいた空間で、同じように自分たちへとビームライフルを向けている姿を、彼らが生前に見た最期の光景として焼き付けさせるため異様を露わにする。
「「「――――ッッ!!??」」」
「フンッ、無様だな大天使。こんな形でオサラバとはなぁッ!!」
様々な負の感情を込めながら、トリガーにかけた指先へと力を込めていくイザーク・ジュール。
その瞬間。
大空の彼方より、真っ直ぐに放たれた光の柱が、誰の手によるものであったのか。
その事実を、今はまだ彼は知らない。“今は”この時だけは。
“今の時点だけは”確実に―――。
つづく