転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。 作:ひきがやもとまち
体調と精神が完全に回復したので(今だけかもしれませんが)書く予定だった部分を全部書いた状態です。
途中までは同じですので、例によって【――】を引いて目印になってます。
順番的に【31話】も一旦消して、完全状態で書き終わってから出し直しますね。
先日の選挙によって議長へと当選を果たし、めでたくプラント評議国権力のトップに君臨するという当初の目的が叶えられていたパトリック・ザラ評議会議長。
口さがない者達の中には、
「皇帝かテンノーとかいう心持ちなのだろうよ、扇動屋が」
と、自身の遺伝的先祖の母国にあったとされる階級を悪口として笑い話につかう者もいたようだが、しかし現実の彼は手に入れた権力の座に胡座をくみ、下々の者達を見下して悦に浸っているような怠惰さとは無縁な生活を送っている。
否、送らざるを得ない事態に陥らされていたのだ。
「先ほど確証が得られました。やはり使用されたのは、サイクロプスだったようです。
基地の地下にかなりの規模のアレイがあったようですし、我が方の作戦が漏洩していたとしか・・・・・・」
「ジャガンナートは!? クルーゼとは、まだ連絡がとれんのか!?」
「未だに無事という報告だけを伝えたまま消息を絶っております。どうやら地球軍も彼らを探すため躍起になっているらしく、敵に探知されまいと所在を秘匿しているようでして・・・」
複数人の補佐官たちが入り替わり立ち替わり執務室を訪れては上げてくる報告と、変化し続ける数字を確認した上で指示を出すという業務をおこなうのに連日追い立てられていたからである。
地球軍本部アラスカを殲滅させるため敵の意表を突いておこなったはずの大規模な奇襲作戦、だが蓋を開けてみれば原因不明の大規模破壊が発生したことで作戦は完全に破綻。
攻撃隊は大部分の戦力を失って、後方から指揮を執っていた司令部直属の部隊を中心に残存戦力をひきいてカーペンタリアまで撤退していたが、損害は小さなものでは決してない。
一時期は全滅したとの噂も流れ、さしものパトリックでさえ顔面蒼白になっていた程だったものの、ほどなくして虚報と判明し、事件から数日が経過した今では正確な情報が多く確認できるようになってきたことで、前線の現場落ち着きを取り戻しつつあると聞く。
「ともかく残存部隊の再編を急がせろ! 敵とて浮き足立っている、今ならまだパナマ攻略は可能なはずだッ。ジャガンナートからの報告はッ?」
「それについては、ジャガンナート司令から報告がありました。
動かせるだけの部隊はすべて再編を完了、いつでも出撃可能な状態にあるとのことですが、やはり各部隊に甚大な被害が出ているとの報告がきております。帰投できた者達にも、約3分の1が何らかの被害を受けていると・・・」
「現状で問題なのは、生存者の数ではなく戦えるMSとパイロットの数だ! その現実を受け入れろ! いま欲しいのは冷静かつ客観的な判断と報告ができる者だけだッ!!」
「は、ははっ!!」
だが、現場で落ち着きを取り戻してきたのと反比例して、後方の国防委員会司令部では混乱と混雑が増していたのは、皮肉な話というしかない。
正確な生存者の数や、バラバラに死地から脱出していた兵力を回収して合流することができたことで、戦闘集団としての秩序と統制を取り戻せるようになってきていた、カーペンタリア基地に集結を果たし終えていた前線部隊に対して。
後方司令部からは、確認された数を養うために必要な量の物資や、損傷の大きすぎる機体に代わる補充用のMSを前線基地にまで届けさせるため、指示と作業と計算とタイムスケジュール作りに全力を傾けなければならないのが彼らの職務だったからだ。
それら次々と数字の変わり続ける報告ひとつひとつを、何とか裁けるようになっていたところに「ぎ、議長!」と勢いよく別の補佐官が新たに入室してくる。
「たった今、クルーゼ隊長から連絡が届きました。先日来、全地球向けに発信されている件の人物は、やはり隊長が確保していたナチュラル共の士官だったようです」
「クルーゼが、ナチュラル共の兵をだとッ!?」
「は、はい。その件について、議長からの許可がほしいと。
“閣下にはご不快の限りと思われますが、ナチュラル共に不和の種をまくことで地球軍からの反抗を足止めするのに利用したい”――と」
「――クルーゼが・・・ふむ」
一つ唸ると、パトリックは僅かに考え込む。
――彼にとっては不快な話であり、不愉快な提案だと思わざるを得なかった。
時間稼ぎのためとはいえ、ナチュラル共の助けを借りねばならぬ窮状に追い込まれてしまった事実を認識するなど、愉快に感じる理由などある訳がない。
だが現実に、地上部隊による再度の《パナマ攻め》を成功させるためにも、地球軍からの反抗を遅らせることは大きな意味があるのが現状のザフト軍だった。
戦力を失いすぎているのだ。
ろくな兵器すら持たない地球軍相手といえど、重力下での要塞攻略戦は空間戦闘ほど自由が利かず、被害を被りやすかった。
出生率の低さに課題を抱えるコーディネイター社会で、これ以上の巨大な被害は自分の足下を危うくしかねない。
ただでさえ、《真のオペレーション・スピットブレイク》の件でカナーバらのクライン派議員からは疑惑の目を向けられる要素が強まっている現状なのだ。
議会の承認を受けずに、独断で攻撃目標を変えさせていたことが、今になって響いてきている。
作戦の成功によって圧倒的勝利を得た暁には、世論は自分の行動への支持一色になっていたはずで、そうなった後なら連中がなにを言ってきたところで世論によって押さえつけれる―――そのはずだった。
だが現実には、自分を議長に推していた市民たちの中にさえ、責任追及を求める声が日に日に高まっている事実を肌で感じざるを得ない状況に陥りつつあるのだ。
なにか目立った業績か、あるいは政敵たちが犯した何らかのスキャンダルでも明らかになれば別だったが、いずれにしても今はダメだった。
「――許可する、とクルーゼには伝えてやれ。宣伝広報ぐらいでなら協力してやっても構わんとな。ナチュラル共を揉めさせるため、せいぜい利用してやれ」
「ですが議長。クルーゼ隊長に関しては、ジャガンナート司令から命令違反の独断撤退について責任を取らせるべきだとの訴えが出されておりますが・・・・・・」
「ジャガンナートには、《パナマ》では好きにやってよいと伝えてやれ! それで今回は満足しろとなッ!!」
ピシャリと言い捨ててパトリックは、クルーゼの案を採用しながら、ジャガンナートからの意見具申も却下まではしない言い方によって、うやむやで済ませるという決断を下すことしか出来なくなる。
アラスカ攻めの失敗と被害について、ジャガンナートを敗軍の将として処罰すれば、自分は『ナチュラル如きの軍に大敗した初のプラント議長』として公的に認めることになってしまう。
その損害と被った被害はヘリオポリスでの一件以降、シーゲル政権下でザフト軍が被ってきたものとは比較にならないのだ。
彼としては、そんな大敗北はなかったとして、軍の損害を偽って報道させるか、さもなくば『別の誰かの責任であり原因だったこと』を証明するか。そのどちらかしか政権首班の座に立ち続けるのは難しくなりつつある。
その為にも、
「クラインらの行方は!? まだ発見できんのか!」
「まだのようです。かなり周到にルートを作っていたようで・・・・・・思ったより時間がかかるかもしれないと、捜索に当たっていた者達からも報告が・・・」
その返答を聞かされ、パトリックは口の中だけで激しく舌を打つ。
作戦失敗の報がもたらされた直後から、前議長シーゲルと娘ラクスとが家人たちを連れて行方不明になっており、娘のラクスには“例の機体”を強奪していったことまで確認されていた。
パトリックにとっては忌々しい限りの裏切りだが、一方で丁度いい口実を得られたのは幸運でもある事態だった。
即座に彼は、この2つの事件に関連性ありとして彼らの行方を徹底的に捜し出すよう、治安機関に命令を下した。
――すべての責任と原因は、プラントの命運を賭けた一大作戦の情報を売り飛ばした、卑劣にして非道な裏切り者にこそ在る――
そういう方向へと世論を誘導するため利用したのだ。
それらは事実であるとザラ自身は心から信じるのに嘘はない。
だが反面、そうでなければ自分が《真のオペレーション・スピットブレイク》失敗の責任者として糾弾される立場になっていたのも事実ではある。
「それと議長、アイリーン・カナーバ以下数名の評議員が、今日もまた事態の説明を求めて議場まで詰めかけているようですが・・・」
「またか・・・・・・臨時最高評議委員会の招集を要請するとでも言ってきたのか?」
「い、いいえ、そこまでは・・・。ただ事態の説明だけでもしてほしいと言ってきているだけだそうです」
「フン、駆け引きのブラフか。シーゲルの腰巾着らしい、姑息な手を使う」
鼻で笑い飛ばしたパトリックには、相手の使ってきた手がすぐにも理解することが出来ていた。
駆け引きとしての警告や示威などという、平和ボケした甘い手を使っているから、ナチュラル共を付け上がらせる結果を招く。
・・・その末に《ユニウスセブン》が待っていた事実を忘れてしまったかのように・・・・・・そのような奴らに、プラントの政治と未来を任せられるだろうか?
パトリックにとって、そんなことは不可能だった。
「まったく、どいつもこいつも・・・ッ!」
ようやく報告と指示の応報とが一段落ついて、自分の執務室内にある使い慣れたチェアに深く座り込んで太い息を吐くことが、ようやく可能になる。
新議長に就任した喜びを感じる間もないまま、激務の渦へと叩き込まれる羽目になった彼は、それらの指示と応対を効率よく行うため議長室にさえ居着いていない。
古巣である国防委員会の本部ビル内につくられた、委員長のための執務室へと必要資料を運びこませて、その場で指揮を執っていたほどだ。
それほどの激務をこなし続けるパトリックの義務感や使命感、勤労意欲といった人としての美徳は疑いようもないものだったのは事実だが・・・・・・だが本来、最高権力者である議長と、国防を担うトップの国防委員長とを同一人物が兼任するのは危険な状況ではあったのだ。
プラント国内における権力と武力の双方が、一人の人物だけに握られてしまっている状態にあるのが、その原因だった。独裁者への最短距離に今の彼は立ちつつある。
現時点でザラが下してきた指示と対処は、議会の承認を受けないアラスカ攻撃などの一部を除いて適切なものが大半を占め、決して自分個人の権力維持のため乱用した前例はない。
その点は評価できる人物だったのが彼ではあるが、その「自制」が彼個人の倫理と良識にのみ依存したモノになってしまっているのも事実ではある。
「――失礼致します。認識番号二五八五〇〇二、アスラン・ザラ。議長の命により出頭いたしました」
そんな状況の中、遅ればせに入室許可を求めてきたことを告げられたのが、不肖で未熟で未完成なプラントへと帰国してきていた息子だった。
電子版に表示された数字に目をやると、指定していた時間は大幅に超過している。
遅れたのか――いや、わざと遅らせたのだろう。
どのみち報告に訪れる者たちと、下さねばならぬ指示と対応とで、すぐにも時間を割いてやる余裕などないと見越して敢えて到着を遅らせていた・・・・・・そんなところか。
「状況は認識しているな?」
「――はい。ここへ参る途中で得られる情報だけは入手して帰参しました」
「そうか」
素っ気ない口調と表情で発した、父親から久しぶりに再会した息子への第一声はそれであり、息子から父への返答も事務的極まりないもの。表情はやや強ばりこそすれ、生真面目さの表れとも言える。
その反応に父親として思うところは、何もない。
――どうやら最低限すべきことだけは理解しているらしい。
立場からくる相手の行動に対し、そう感じただけである。
何時の頃からかパトリック自身も記憶していないが、自分の息子と対するときには必ず心理的な壁を挟むようになってしまったように思う。
最初から、そうだった訳ではないように、今では朧気な記憶の彼方に追いやられつつある過去の中の自分は思ってもいる。
だが“あの日”から・・・・・・妻を核の炎で生きながら焼き殺された絶望の日から、彼は息子に対して隔意を強めていく対応を是とする父となることを由として生きるように変わってしまっていた。
それは遺伝的優位を理由に、愛する妻を殺して平然としている『自分の父親と同じ種族の者たち』に対しての当てつけに息子さえ利用する故だったのか?
それとも「息子だから」こそ、「愛する母」を奪っていった者達への怒りと憎しみを共有してくれない、解ってくれようとしない相手にどうしようもない苛立ちを抱え込まざるを得なかった故なのか―――今の彼には、もうわからない。
「ですが・・・しかし私には未だ信じられません。ラクスが連合のスパイを手引きするなどという身勝手でバカな行為に手を貸すなど・・・・・・そうお疑いになる根拠を見せて頂ければと――」
「・・・・・・よかろう。これを見ろ」
現実を伝えられながら未だ受け入れられずにいるらしい相手の言葉に、ウンザリするものを感じさせられながら、それでも感情にはしって噛み付いてくる事だけはなくなった点に関しては評価できると、多少の寛容さも感じながら。
どうやらクルーゼやシロッコに預けた甲斐はあったらしい「どうにか及第点」といったところには達した息子の対応に、パトリックは褒美でもやるつもりで機器を操作して壁に設置されていたモニターに映像を映し出す。
それは巨大なモビルスーツの上半身が正面から映るアングルで録画されていた映像だった。
おそらく開発鉱床かハンガーに設置されている監視カメラによるものなのだろう。
その機体の手前に二人の人影が歩み寄り、何事かを話し始める姿が映し出されている。
そこに映っていたのは、確かにラクス・クラインで間違いなかった。
中世的な古めかしいドレスのような出で立ちで、軍施設内を歩むことができる人物など彼女ぐらいしかいるはずはないし、染めた訳でもないピンク色の長髪はプラント広しと言えど彼女以外でアスランも出会ったことはない。
それは確かに衝撃的な光景であり、知らされていて尚アスランの心には「怯み」を覚えずにはいられないほどの内容だったが・・・・・・人の心とは不思議なものだ。
予め知った上で見せられるのと、不意打ちでいきなり見せつけられるのとでは、同じ光景を見たときでも全く異なる感想を抱いてしまうことが少なからず発生している。
この時のアスランは丁度そういう心理に陥っていた。
もし初見でこの映像を見せつけられていたなら、ラクスの姿だけに眼と心を奪われ、それ以外の景色はなにも映らなくなっていたかもしれないが―――今の彼の視線を引きつけて放さなくなっていたのは、むしろ今一人の『スパイ』とされる人影の方だった。
その人物は、ありふれた赤色のザフト軍服をまとって後ろ姿だけしか映っておらず、このアングルからでは顔までは分からなかったが・・・・・・その『髪の色』と『髪型』にはアスランには覚えがあったのだ。
それは夕暮れの中で見た光景だ。
大洋に浮かぶ島国の工場近くで、フェンス一枚を隔てた壁の向こう側に正面から見た姿――
(・・・やはり、キラ・・・・・・キラ・ヤマトかッ!!)
その後ろ姿を改めて見つめ、アスランはその確信をようやく確かなものとして実感した。
内心としては、複雑な思いがある光景だった。
あれ程の心痛を耐えながら撃った親友が、実は生きていたなどという事実は、嬉しいとも感じるが痛みも感じずにはいられない。
なにしろ今の彼は『敵』なのだから。敵ならば、また撃たざるを得ないときが来るかもしれないのだ。その時にまた同じ苦しみを感じて耐えろなどと、アスランにとっては拷問に等しい。
だからこそ生きていてくれたことは嬉しい反面、蟠りもあり―――同時にやや苛立ちを感じさせられることでもある。
(何故、お前は―――そんなところに来ているのか!?)
という、イザークのような具体性の乏しい苛立ちが。
だが考えてみれば、再会した親友はいつも『いるはずのない場所』でしか出会えたことがなかったなと、アスランはふと心の中でそう思いもする。
中立国のコロニーにあるはずのない連合軍の新造戦艦と、ナチュラル用のMS開発工房内で出会った最初の再会もそうだった。
他国の軍艦が入港しているはずのない中立国オーブの国内にある軍需鉱床で、連合軍パイロットになったはずの相手と3度目の再会をしたときも同様だ。
いつも『いるはずのない立場の場所』で、親友とは予期せぬ再会を果たしてばかりいる。
そして今回ザフト軍レッドの軍服姿で、連合軍のスパイとして。
そういう因果な運命にでも自分たちはあるということか。――そんな自虐めいた皮肉な感想を抱かされても仕方がないほど、相手の地位と立場は変転を繰り返しすぎている。
「工廠の監視カメラが捉えた映像だ。フリーダムの奪取は、この直後に行われた」
彼の鼓膜に父からの謹厳そうな口調での声が響く。
どうやら彼は、同胞からの裏切り者ラクス・クラインの姿ばかりに意識が集中しすぎる余り、新型機を奪取したという連合からのスパイとやらについては考慮する必要はないと割り切ってしまい、ろくな調査すら行おうとは考えもしなかったらしい。
「ラクス・クラインは既にお前の婚約者ではない。まだ非公式だが、国家反逆罪で手配中の逃亡犯として、司法局までも動かし行方を追わせている。
証拠がなければ、誰が彼女になど嫌疑をかける? お前がなんと言おうが、これは事実なのだ!」
「・・・・・・果たして、そうなのでしょうか?」
「なにぃッ?」
リピートされる映像を前にして、動かしがたい結論を口にする父親の断言に対して、息子は映像に見入ってはいたものの動揺する素振りまでは見せず、父からの言葉に対して反抗するような気配を見せ始める。
その反応も、その目つきも、その反論の内容も、その全てが今のパトリックには許しがたく感じられて仕方がなかった。
何故分かろうとしないのか、と。これは危機なのだ。自分たちプラントで生きるコーディネイター種族すべてにとって極めて重要な。
その危機から自分たち全てを救うことができるのは自分と、自分に協力する一部の者たちだけしかいないというのに、安穏な平和に堕落した者達はこれだから――!!
「スパイを手引きしたラクス・クライン! ともに逃亡し、行方の分からぬ彼女の父! 漏洩していたスピット・ブレイクの攻撃目標!
クラインが裏切り者だったからこそ可能となることばかりではないか! 子供でも分かる簡単な図式だぞ! その程度のことが貴様には分からんと言うのか!?」
「そうでしょうか? 仮に私がクライン氏であるなら、スピットブレイクの情報漏洩の直後に新型機の奪取と逃亡はしません。自分が犯人として疑われるのは目に見えているからです。
素知らぬ顔を決め込み、ほとぼりが冷めてから実行すればいいだけの事。
そうはお思いになられませんか? 父上――いえ、ザラ議長閣下」
わざとらしく言い直した息子の訳知り顔を、ザラは無言のまま怒りを込めて睨み付ける。
――彼には、そうするしか他に反応する選択肢がなかったのが理由だった。
相手からの反論に再反論できる言葉を、すぐには思いつくことが出来なかったからだ。
「むしろ議長閣下ご自身でさえ、この普段通りの姿でラクスが映っている映像がなければ、クライン前議長らに容疑をかけられる証拠はなかったのではありませんか?
それでは自らを追い詰めさせるためのニンジンを、わざわざバラ蒔きながら逃げているようなものではありませんか。違いますか? 議長」
「――小賢しい口を利くな!! 犯罪捜査は貴様の仕事ではなかったはずだぞ!?」
怒鳴り声で越権行為を叱責するが、言葉の強さほどには説得力が感じられるものになれなかったのは仕方のない流れだったろう。
実のところパトリック自身も、アスランと同じ疑問点をこの件には見出してはいたのだ。
彼とて遺伝子的に優秀さを誇る種族コーディネイターの中でも、特に優秀とされる個体の一人。だからこそプラント政治のトップに立つことを許されたのだ。
無能さや低能などいう言葉と最も縁遠い位置にある者達の一員。そんな彼が、この程度の矛盾点に気付けぬはずはなく、自分自身がシーゲルの行動と自身の推測とに整合性のとれない部分があることを内心では見出してはいる。
――だが彼の置かれた立場と感情が犯人を求めさせ、矛盾を無視することを是とさせた。
今のパトリックには犯人が必要だったのだ。
《オペレーション・スピットブレイク》の情報を敵に漏洩させた裏切り者の犯人がである。
もし今回の《フリーダム強奪》と、《オペレーション・スピットブレイク》の情報漏洩が個別に起きていた事件だったとすれば、ラクス・クラインは元議員の娘としての地位を乱用して国家資産である新型MSを着服した『汚職』の犯人である罪は確定するだろう。
だがその場合、パトリック自身は独断で議会承認を受けていない作戦変更を断行させ、その作戦を敵に見抜かれていたことから大敗を招いた無能な議長として、《真のオペレーション・スピットブレイク》の失敗責任を追求されるのが当然という立場になるしかない。
その危機を避けるためにも、シーゲル・クライン前議長はプラントを裏切っている事実が絶対的に必要だったのだ。
ザラ新議長が選び抜いて作戦変更を伝えていた部下たちではなく、ただ敵のスパイに潜入されて情報を奪われたから敗北する失態を犯したわけでもない。
―――奪われた権力に執着するあまり、敵に情報を売り飛ばして結託する愚かな選択を犯した愚劣な“元”権力者として、シーゲル・クラインという裏切り者が!!!
「・・・そんな下らぬ些事より、お前には別にやってもらう任務がある。
明日にもお前専用機として準備が完了する新たな機体《X09Aジャスティス》を使い、このラクス・クラインに奪取された機体《X10Aフリーダム》の捜索および奪還を任せたい」
「命令とあれば否はありません。ですが――私一人での捜索任務なのでしょうか?
失礼ながら適切な人事とは些か・・・・・・相応の人員を要すると思われますが、他部隊の協力を要請するわけにはいかない、と解釈すべき任務と・・・・・・?」
「・・・・・・・・・《X10Aフリーダム》および《X09Aジャスティス》には、Nジャマーキャンセラーを搭載している機体なのだ。そういうことだ」
その父から告げられた言葉には、流石にアスランも理解と受け入れまでには一拍の間を要せずにはいられなかった。
“聞かされていなかった話”ではなかったとはいえ、やはり息子として「事実だった」とは信じたくなかったのだ。
だが、ここまでで聞かされた話はすべて“真実”だった。
―――やはり父が、この戦争を推し進める本当の目的とは、“彼”の言っていたとおり――
「そういう事情がある。市民共の感情を今以上に刺激しないためにも、これら2機の存在は秘匿せざるをえん。
奪還が不可能だと判断したときには機体は完全に破壊し、仮に成功した場合でも乗っていたパイロットおよび接触したと思しき人物や施設、すべての排除に当たるのだ」
「・・・・・・接触したと思しき“すべての人物と施設を”、ですか?
それにはザフト軍施設やコーディネイターであっても例外はない・・・・・・と?」
「・・・・・・・・・・・・当たり前だ。言うまでも無い」
侮るような口調で告げられた確認のための言葉に、自分の命じた内容とはいえ流石にパトリックは僅かながら動揺を示し、後ろめたそうに視線をそらす。
必要性があるとは言え、同胞である味方の兵たちまで関わっていた者はすべて殺せと命じるのは、ナチュラル共だけを対象とする同じ命令を出すより心理的抵抗があるのは、彼としては仕方のない部分ではある。
だが、それは必要な犠牲であるのも事実だった。
関わった者はすべて殺せと命じるのは、Nジャマーキャンセラーの情報が欠片なりとも外部に漏れる危険を避けるための措置。
関わった人物がザフト兵やコーディネイターであったとしても、彼らから敵に伝わってしまったのでは結果的には同じ事。
・・・・・・もし今回の一件も含めて、事の真相がプラント市民たちに知られるような事態になれば、自分を支持してくれている市民たちからも責任を追及する声が上がるようになるだろう。
戦局の推移によっては退陣もありえるかもしれない。
これほどの大敗を喫して議長の座を追われた政治家に、更なるスキャンダルが露呈しとあっては、議長に再選できる可能性はほとんど無いだろう。
パトリックは権力の座に固執するような政治家では決してなかったし、権力を求める欲望は今も昔も抱いたことは一度もない。
だが現実に、ナチュラル共に犯した罪の重さを思い知らせてやるためには、ザフト軍という国軍は必要であり、それら武力を動かせる権利をもったプラント議長の職を失うわけには絶対にいかないのだ。
自らの求める正しき未来と、自分たちを邪魔する者がいなくなった世界を手にするためには、ザフト軍を動かせるプラント評議会議長としての地位と立場が必要不可欠なのだ。
手にした権力の座を捨てることは、パトリックにとってナチュラル共への復讐を諦めることと同義だった。
そして彼に、その道を選ぶことは決して出来ない。
信じて突き進む以外に、彼にはもはや選ぶべき選択肢は存在しない立場へと、追い詰められてしまっていた―――それがパトリック・ザラの持つ『運命』だったから―――
「この件は速やかに、そして可能な限りひそかに処理されねばならん。お前の任務は重大だぞ。わかるな―――」
念を押すようにそこまで言ったときだった。
手元にあるデスクの危機からブザーが鳴る音がして、彼は途中で言葉を句切る。
アスランとの秘事を交えた語り合いをするため、他の者達の入室を禁じていた補佐官から内線をつかっての呼び出しがあったのだ。
「なんだ?」
『た、大変です議長ッ。いま、大変なことが起きてまして、その・・・・・・ッ』
「落ち着け、浮き足立つなと命じたろうが。一体何があったのだ?」
「そ、それが・・・・・・その」
ゴクリと、画面の向こう側から唾を飲み込む音が聞こえてきた。
だが――その彼から聞かされることになる報告は、落ち着けと命じたパトリックや、居合わせただけで直接関係のないアスランでさえ驚愕せずにはいられないものだと、誰が予測できただろう?
『し、シーゲル・クライン氏が、議長に面会を求めてきたのです!
今回の件について事態の説明を求めるため、シーゲル・クラインが議場へと詰めかけて参っているのです!!』
「な―――――なんだとぉッ!?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
プラント評議国を形成するコロニー群の中で、政治中枢エリアを担当している《アプリリウス》
そのアプリリウス市の中でも特に政治色の強い建造物である、評議会がおこなわれるための議場は、人混みとざわめきに包まれていた。
国事犯として指名手配され、追われる身になっているはずの立場にある前プラント評議会議長シーゲル・クラインその人が、先に行われた《オペレーション・スピットブレイク》についての説明を現議長パトリック・ザラに求めるため自ら出向いてきたのだ。これで騒ぎにならない訳がない。
「議長――いえ、クライン氏。今回の件について、ザラ議長から氏に対して直にご説明したいとのことですので、どうか応接室の方へお移りください」
「いや、結構。既に私は議員ではなく、下野してからは他の公職にも就いていない一民間人に過ぎない立場なのでね。
議長をお会いするには他の市民達と同様、一般の待合室で待つのが筋というものだろう」
「ですが、しかし・・・・・・」
「先にザラ議長からも叱責を賜っている身でもあることだしな、私なりに立場をわきまえる必要性を痛感させられたのさ。
気遣いには感謝するが、過剰すぎる待遇は職権乱用ともなろう」
――そんなことは言われなくても分かっている。
心の中で罵りながら、対応を任されたザラ新政権を支える補佐官の一人は、内心の不愉快さを表面上の社交辞令で覆いかくしながら周囲へと、さりげなく視線を流す。
フラッシュの光と音が、幾重にも響き渡ってシーゲルの憂いを湛えた横顔に、白と黒の陰影を幾度も幾度も刻みつけている。
補佐官としては何重の意味でも苦々しい限りの光景だった。
本来であれば、連合基地奇襲の情報漏洩の疑いが濃厚で、娘には新型機を強奪した実行犯であることが確定している国事犯が、自分から議場へと出頭してきたのだ。
今すぐにでも逮捕させ、政治犯収容所へと放り込んでやるのが当然の相手。
ただし―――大勢のマスコミを引き連れてきていなければ、という前提条件付きでの正しい対応になってしまっているのが現状ではある。
「シーゲル前議長、今回の件について一言お願いします」
「極めて遺憾なことだと思っております。すでに議員職ではない身とはいえ、ザラ議長から責任ある説明をしていただけるよう全身全霊を賭す所存です」
「我が社が入手した情報によれば、ザラ議長が独断でシーゲル前議長時代から準備を進めてきた作戦計画を変更させて失敗した・・・・・・という話なのですが、それについては?」
「その件にはお答えできかねるのが、私の立場です。ですが、もし事実であるなら許しがたいことです。
公職にある者が議会のコントロールを離れて独断で軍を動かすことは、軍人が軍部のコントロールを離れて独自に動き出すより危険な行為。今は民間人の立場にあるとはいえ、一度は公職に就いていた一員として見て見ぬフリはできぬ行為だと考えます」
ゾロゾロと金魚の糞のように議場まで付いてきた記者たちが、知った風な口で勝手な理屈をシーゲルの周囲で喚き立てている。
それらの中には、先日まで手厳しくクライン政権の弱腰外交を非難していた大手会社の記者の姿もチラホラと見受けられ、民衆たちの気紛れさと移り気を見せつけられた補佐官は、反吐が出る思いを抱かされずにはいられない。
――なまじ『奪われた機体』について深く追求されぬため、『非公開での指名手配』にしたことが裏目に出てしまった。
民間のマスコミ会社には事件の概要は勿論、犯人として誰が手配されているかさえ知らされていないのである。
事情を知らぬ者からすれば、選挙での勝敗がついた直後に起きた今回の騒動は、さぞ暴き立て甲斐のある醜聞として映ったことだろう。
記者たちの多くは『中立』と自称する、反戦派ないし穏健派の零細弱小の記者たちがほとんどだったが、中には『ナチュラル共のスポークスマン』として知られる『ジェス・リブル』の共犯者『カイト・マディガン』の姿まで混じっていた。
「シーゲル! シーゲル、貴様ッ! 一体どの面を下げて私の前に・・・ッ!!」
その状況の中で護衛部隊と側近たちを引き連れたザラ議長が、ようやく到着した。
議長の到着前に、シーゲルを個室へ連れ出しておくよう命じられていた補佐官としては、恥じ入って頭を下げるしかなかったがザラの視界内に彼の存在はすでに映っていない。
彼の目は、ただ目の前で平然と立ち上がって自分を迎える、裏切り者となった『かつての同志』が映るだけ。
「これはザラ議長、これは一体どういうことですかな? 私用で屋敷を開けていたところ、帰ってくればこの騒動。納得できる説明をお願いしたい」
「惚ける気か!? 貴様がナチュラル共に情報を売り渡したことで、多くの同胞が死ななければならなくなったのだぞ! だというのに貴様は他人事のように・・・・・・ッ!!」
赤ら顔で怒鳴りつけるパトリックは、怒りのあまり感情的にはなっていたが、マスコミたちの目に気付いていなかったわけではなかった。
むしろ好機だという想いが彼にはある。
今この場でシーゲルの罪を衆目の前で明らかにすることで、完全に疑惑を事実として世論としても定着させられる。
「ほう。私が敵に軍の情報を売ったと・・・・・・議長はそうお考えなのですな?
総意によって議長職を退いている今の私が、多くのザフト軍兵士たちが死ぬような情報を連合軍に売り飛ばしたのだ―――と」
「まだ惚けるつもりか!? 貴様以外にいったい誰に、こんな事が出来るというつもりだ!? 貴様が裏切り者なのだ! なのに、この私を追求するように説明要求などと盗人猛々しいにもほどがあ――」
「つまりザラ議長は、私に情報を盗まれたと仰られるわけですな?
ザフト上層部にも知らされていなかったらしい極秘作戦に関する情報を、“現”最高評議委員会は、“前”議長でしかない私に盗まれた・・・・・・と」
――静かな表情で、その言葉を返された時。
即座に肯定できる理屈を考えつくことが出来なかったのは、パトリックにとって痛恨の不覚だったと言うしかない。
相手の非を責めることに意識が向きすぎていたからこそ、気付かなくなっていた事実の側面を、今更ながらにパトリックは政敵からの指摘によって自覚させられていた。
そうなのだ。
情報を盗んだ者がいるという事は、盗まれた者がいたという事を同時に意味するもの。
そして『政府が情報を盗まれた』という事実は、『情報を盗まれた政府』には盗んだ者達に『重要情報を盗まれる程度の防諜能力』しか持っていなかったから盗まれてしまった。
・・・・・・そういう力関係にあった事実を、自ら認めることを同時に意味してしまう。
その認識をパトリックは、完全に失念してしまっていたのだ。
「―――その容疑が貴様にはかかっていると言っているッ。しかもかなり濃厚に、だ。それを疑われても仕方のない立場にあることは貴様とて分かっていようが」
「確かに・・・・・・その点は認めましょう」
咄嗟の切り返しでザラは、クラインからの指摘に『自分が黙り込まされた』という既成事実をマスコミたちの前で晒す失態をなんとか回避する。
議長がカメラの前で、『質問から逃げた』ように見られることは意味深だ。政治家として避けねばならぬ失態であることは、彼もよく心得ている。
今までであれば――いや、つい先日までであれば、そこまで気にするような事柄ではなく、ゴリ押しによってシーゲルの方こそ黙り込ませることが可能な立場にあったのが自分と相手との力関係だった。
しかし状況は変わってしまった。いや、揺れている状況になってしまっていると言うべきだろう。
アラスカでの希に見る大損害が、昨日まで盤石だった強行主戦派の政権地盤を大きく揺らがす地殻変動を起こしかねないプレートになってしまっている。
『優秀であること』
それこそザラが唱えて、コーディネイターが旧人類ナチュラルを支配して管理すべきだと語る《ザラ派》の主張の根幹を成している重要部分。
それを覆すような発言を行うことは、パトリックにとって自らの主張を自己否定するのと同義であり、根幹が矛盾することを意味してしまうもの。
選挙の際にも、直接的な表現こそ避けたとはいえ、ザラは『クライン政権の弱腰外交』をこっぴどく叩き、『クラインが同盟を結んだオーブの裏切り』や『オーブが開発したストライクによる被害』を、シーゲルの『無能さ』がもたらした結果だったのだと、家族を失った兵士の遺族たちを中心に煽り立てた記憶はあたらしい。
その自分が、他の評議員たちにも明かすことなく、一部の選ばれたスタッフだけに通達していた《オペレーション・スピットブレイク》の攻撃目標変更という秘事中の秘事を、すでに議員でもなくなって下野した一民間人に過ぎなくなったはずの相手に盗まれたせいで、情報が漏洩して負けてしまった――――など、ザラ政権の情報管理能力の欠如と無能さを示すものに他ならなかった。
だからザラには認められない。
自分たちの政権が、無能なる前クライン政権に重要情報を盗まれるのを防げなかったなどという話を、少なくとも他者たちの耳目がある場所では言えない。言える訳がない。
形勢不利と見て取ったパトリックは冷静さを取り戻し、別の切り口から攻めたて始める。
「その件は調査中のため、今は置いておこう。だが貴様の娘が犯した罪については別だっ」
「私の娘が罪を? 娘が一体、どのような罪を犯したと、証拠はおありなのですか議長」
「当然だ。証拠がなければ誰が彼女に嫌疑などかける?
貴様の娘ラクス・クラインは、地球軍のスパイを手引きして我が軍が極秘裏に開発していた新型MSを奪って逃走した。それをどう説明するのかと聞いているのだ」
議長からの思わぬ発言に、場が一斉にざわつくのを肌で感じ取る。
それは議長に付きしたがってきていた、補佐官たちとて例外ではなかった。
まさか議長が自身の口からマスコミの耳がある場所で、そこまで語るとは彼らは想像していなかったし、ザラ自身も断腸の思いで決断した情報開示だったことが動揺の理由だ。
彼としても不本意ではあったが、他に手段を思いつくことが出来なかった。
娘の方には証拠映像があるが、父親の方には『共に行方をくらましている』という状況証拠しかない現状で、仮にも前年までプラント議長だったシーゲルを共犯者として仕立て上げるには、それなりのカードを切ることが求められる。
つくづく、衆目の目がある場所まで自分を呼びつけたシーゲルの小賢しさが恨めしかった。
自分と相手の二人だけの密室であるなら、幾らでも本音を語って糾弾できていたものを・・・!!
今までのヤツならば確実にその手で、自分から真相を聞き出しに来ていたはずだというのに、一体誰がクラインに要らぬ入れ知恵を与えてしまったのか!? ザラは内心、腹立たしくて仕方がない。
「・・・・・・私の娘であるラクスが、ザフトの新型MSを地球軍が奪うのに協力したと・・・・・・それは真実の話ですかな? ザラ議長」
「証拠もある。工廠の監視カメラが捉えていた映像だ。新型機の奪取は、その直後に行われた。お前がなんと言おうと、これは事実なのだ」
「では・・・・・・それではザラ議長。一つだけ確認させて頂きたい」
「我が娘は――ラクスは・・・・・・ザフト軍が保有する、どの機体を奪って連合軍に味方したのでしょう?」
あえぐような口調で問われた確認のための質問に、再びパトリックは即答することが出来ずに、思わず呆気にとられた表情を内心でだけ浮かべてしまう。
「新型機という事ですから、軍が開発を進めていたという次期主力量産機でしょうか? それとも《ジン》を高機動化したというエース用のカスタム機ですかな?
娘が、なにを軍から奪って逃走した容疑をかけられているのか。それだけでもお教え頂きたい」
「――軍機に関わる重要情報だ! そんなもの、このような場で言える訳がなかろう!? 貴様とて仮にも議長職にあった者として、その程度の常識程度は心得ているだろうに! 軍の極秘情報を敵に漏らすつもりか!?」
形式論にかぶせて誤魔化した事実をなんとか誤魔化し、パトリックはだが心の中で燃えさかる怒りと憎しみの炎は臨界点に達しつつある。
たしかにラクスが強奪に手を貸した機体《フリーダム》は、核エネルギーを動力に用いている、外部に存在が知られてはならない新型MS。軍機として語る訳にはいかないが、それ以前に開発していた事実を世間に知られるわけにはいかない存在だったことは事実ではある。
だが、その以前の話として。
実のところラクス・クラインが奪取していったザフト軍の新型MSという機体は、『存在しない』のである。
少なくとも、記録上ではそんな機体は存在しないものとして、公的には扱わせている。
存在していなかった物を奪って逃走したところで、軍の記録では一機たりともMSは減っていないことに数字上ではなるのだから、ザフト保有のMSを奪ったラクスの罪も存在しないことになってしまう。
大した詭弁だった。
だが、その詭弁を用意していたのは他ならぬザラ議長自身であって、クライン前議長ではない。
だからこそ
「では、お答えする訳には参りませんな。
娘が何を盗み出したのかも分からず、そもそも盗んだ事実があるのかすら不明な状況のなか、無責任な発言は控えるのが政治家としての常識である程度のことは、議長閣下もお分かりでしょうから」
その返答を聞かされた瞬間に、ザラ議長はハッキリと理解した。
シーゲルが、自分と敵対したのだという事実を。
この事情説明の要求が、自分に対する宣戦布告だった事実を。
自分に向かって手袋を投げつけるために、今日の記者会見はあったのだという事実を
「おのれッ! おのれ、シーゲルめ! 裏切り者めがっ! 恥知らずめがッ!!
よくも・・・よくも・・・・・・!! あの野郎・・・ッッ!!!」
怒りに震えながら国防委員長執務室へと戻ってきたパトリック・ザラ“新議長”は、爆発寸前の火山と化して、同じ呪いの呟きを放ち続けていた。
いつ何の切っ掛けで噴火して、マグマが溢れ出してしまうか・・・・・・側近として同席する羽目になった補佐官たちは沈黙したまま立ち尽くすことしか出来ずにいる。
「・・・・・・クラインを始末いたしますか? 議長。今の我々なら可能かと」
うち一人が、勇気を振り絞って声をかけたのは、蛮勇と言うより相手の剣幕に恐怖に駆られただけの理由だろう。
秘密裏に殺させた上で、かけられていた嫌疑を事実だったと公的に既成事実化させてしまう。
世論が追い風となって政権交代まで持ち込ませることに成功した自分たちなら、可能にできる力が今ならある。
各ジャーナリズム共とて、ザラに抗しうる政治家として前議長のクラインが立てばいいと思っているからこそ、後ろ盾を得たつもりで威勢が良くなっているだけのこと。
音頭取りをしている小うるさい口を封じてしまえば、流れる芦のように静かになる――
「・・・いや、この状況でヤツが死ねば私によって殺されたと民衆共は確実に思うだろう。そうなってしまっては大事に触る」
だが側近たちには意外なほどにザラは冷静さを失ってはいないようだった。
むしろ怒りに震えながらも同時並行して、何者よりも切れる頭脳をフル稼働させ現状からの状況改善と、地球軍共との戦争を勝って終わらせるための手段と道筋とを改めて演算し直すための作業に没入していく。
―――現時点で、《オペレーション・スピットブレイク》に関する詳しい詳細は民間には伏せられ、兵士たちには箝口令が敷かれており、内部から外に漏れた形跡はない。
だが、これ程の大敗を永遠に秘密にし続けることは不可能だ。いずれはバレて世間に知られることになるだろう。
巨大な密閉空間とは言え、コーディネイター製の高品質な製品の輸出で潤っている、宇宙に浮かぶ小島の貿易国であるプラントで情報の出入りを完全に封じることは不可能だ。
その点で宇宙世紀の暦を使う地球連邦に、初めて戦争を挑んできた宇宙国家ジオン公国とは異なっている部分だった。
ジオンの指導者一族ザビ家は、建国の父であるダイクンを暗殺して権力を簒奪したあと支配体制を構築するため情報を統制し、戦時体制の名のもと極端な軍事偏重の経済へと移行させることで、宇宙に浮かぶ孤独な島国であるスペースコロニーを独裁国家へと変貌させていくことになる。
その結果としてジオンは開戦する頃には、戦争で戦って勝つ以外の道を、経済的に自ら閉ざしてしまった状況に陥っていたのだが・・・・・・プラントには経済的に追い詰められず余裕がある。
その余裕が却ってパトリック・ザラに、選択の自由を狭まられせる理由となってしまっていたのは皮肉というしかない。
「・・・・・・《特殊部隊》にかからせる。奴らを呼べ」
「は? 特殊部隊を、でありますか? たしかに訓練は完了していると報告を受けておりますが・・・・・・しかし彼らは編制されたばかりで、実戦で用いた経験もなく、使えるか否かは未知数の域を出ておりませんし・・・・・・」
「だからこそ性能を試したいのだ。その出来次第で今後が決まると伝えてやれ、急げ」
《特殊部隊》というのは、ザラの議長就任が確定した時期から新設させていたザフト軍内部の新たな兵科で、破壊工作や敵地への潜入、要人暗殺といった表沙汰にはできない任務を担わせることを目的としている。
クルーゼ隊をはじめとしてザフト軍では、個々人の高い身体能力を生かして必要に応じ、一般の兵士たちが即席の工作員として破壊工作に従事させてきた。
だが今後は状況や場合次第によっては、地球上にあるプラント友好国に対しても仕掛ける必要性が出てくる可能性がある。
それらの汚れ仕事をこなさせるため、宇宙育ちで地球の劇的な環境変化に慣れがないコーディネイター兵士たちの中から専門に特化させた訓練を受けさせた者達で編成させている。
ゆくゆくは部隊専用の水陸両用モビルスーツを開発させての配備を予定しているが、現時点では新設されたばかりの出来合い部隊でしかなかった。
「奴らにクラインを襲わせるのだ。だが、殺す必要はない。軍内部の過激な兵士共が独断で仕掛けている風に見せかけるのだ。
そうすれば奴らは危機感を煽られ、身の安全を守るため自分から動き出さざるを得なくなるだろう。そこを叩く。
無能者のシーゲルを、突かれただけで巣穴から出てくる間抜けな獲物として、奴に従って決起するお調子者共もろとも一纏めに滅ぼしてやればいい」
凶悪そうな光を、瞳に宿しながら冷徹にパトリックは言い放つ。
シーゲルから仕掛けられた宣戦布告は、思わぬ影響をパトリックに与えてしまっていたのである。
彼が行った行動によって、市民たちの『移り気』を見せつけられたパトリックは、味方であるはずのプラント市民たちのことを、信じ切れなくなっていたのだ。
もともと市民たちがシーゲルではなくザラに投票したのは、『戦争を終わらせてくれる政治家』として、シーゲル・クラインを信じられなくなり、「その能力なし」と見切りをつけて。
パトリックこそ、『プラントが勝って戦争を終わらせてくれる能力がある』と信じたからこそだった。
だがアラスカでの大敗で、その信頼が大きく揺らいでしまっている。
新議長となったパトリックには、『ナチュラル共との戦争で勝てる能力はないのではないか?』と疑うようになってきていた。
そうなると、もともと戦争の早期終結を求めて、それを成し遂げてくれそうな指導者に投票しているだけの市民たちだ。
パトリックも役に立たぬとみれば簡単に掌を返したところで、おかしくはない。
彼らにとっては、自分たちの願いを実現してくれると信じられた指導者ならば、シーゲルでもパトリックでも別に構わないのだろう。
シーゲルは駄目だったが、次ぐに選んだパトリックも駄目だったとして、その次はカナーバ辺りにでも政権を委ねればいいぐらいにしか思っていないのかもしれなかった。
―――冗談ではない。パトリックは、そう思う。
今の段階でナチュラル共を打倒しておかなければ、コーディネイター全体とプラントに未来はないのだ。
だからこそ、どれほどの犠牲を払おうとも、この戦争は勝って終わらせねばならなかった。
それが出来るのは、自分だけなのだ。
シーゲルでもカナーバでもなく、自分だけが真にプラントとコーディネイター種族全体のためを思って行動することができる、プラントで唯一の人材なのだとパトリックは心の底から信じるようになってしまっていた。
そう考えるように、時間をかけて少しずつ、“教育”してくる人物が彼の傍らに立つようになっていたから―――
――丁度その頃、国防委員会本部の委員長執務室から遠ざかり、辞令を片手に命じられた工廠へと向かって歩いている途上にある一人の少年兵が、決意と共に呟きを発している。
「父上・・・、やはり・・・・・・今の貴方は、本当に・・・・・・」
アスラン・ザラは、先程まで見続けてきた記憶を、見届けてきた光景を思い返しながら、暗く重苦しい表情で誰にともなく、小さな小声でそう呟く。
そして彼は、今ひとつの記憶を同時に思い出す。
―――自分の上司だった、副隊長から語らせることができた、真の目的と理由の記憶を。
『今の議長は、私情を大義によって理論武装して、ナチュラルごと地球を潰そうと考えている。ザフトは地球潰しのため戦わされているのだ。
私は軍人として、そのような目的のためにザフト軍を用いようとする議長を止めたいと願っているのだよ』
無論アスランには信じられるような話ではなく、受け入れられる類いのものでもない。
まさかそんな、父に限ってあり得ないと激しく否定する少年に、かつて副隊長として仕えていた青年は、彼の否定に反論することなく真面目な顔で首肯して、
『私も、この疑惑が思い過ごしであってほしいと願う心に嘘偽りはない。
だからこそ君にだけ話したのだ。議長のご子息である君に、彼の真意を確かめてほしいと、そう願っての行為だった。
議長にとって、ただ一人だけ血を分けた息子である君になら、てらいない本心を語ってくれるかもしれない。これは所詮、他人でしかない私やクルーゼには不可能な役割なのだから・・・・・・』
そう語られてからアスランは、国防委員長の執務室へと向かって歩き出していた。
その後の光景は、全て見ていた。
父の話も、クライン前議長との対話も、執務室へ戻ってきた父から《ジャスティス》を受領するよう指示と任務とを与えられて退室するまでずっと。
だからこそ彼は―――パトリック・ザラの息子であり、ザフト軍の一員アスラン・ザラは
『だが・・・・・・だがもし、君が確認して、私の推測が真実だったとしたら――そのとき君は、どうするつもりかね? アスラン・ザラ君』
「その時は―――その時は俺が、父を討つッ。
今の俺は、ザフト軍のアスラン・ザラなのだから・・・・・・ッ!!」
つづく