転生した私はコズミック・イラの立会人になろう。 作:ひきがやもとまち
本当はアスランの、ジャスティス受領まで描きたかったんですが、文字数と体力的にキツくなったため切りがいいところまでで。
先日の選挙によって議長へと当選を果たし、めでたくプラント評議国権力のトップに君臨するという当初の目的が叶えられていたパトリック・ザラ評議会議長。
口さがない者達の中には、
「皇帝かテンノーとかいう心持ちなのだろうよ、扇動屋が」
と、自身の遺伝的先祖の母国にあったとされる階級を悪口として笑い話につかう者もいたようだが、しかし現実の彼は手に入れた権力の座に胡座をくみ、下々の者達を見下して悦に浸っているような怠惰さとは無縁な生活を送っている。
否、送らざるを得ない事態に陥らされていたのだ。
「先ほど確証が得られました。やはり使用されたのは、サイクロプスだったようです。
基地の地下にかなりの規模のアレイがあったようですし、我が方の作戦が漏洩していたとしか・・・・・・」
「ジャガンナートは!? クルーゼとは、まだ連絡がとれんのか!?」
「未だに無事という報告だけを伝えたまま消息を絶っております。どうやら地球軍も彼らを探すため躍起になっているらしく、敵に探知されまいと所在を秘匿しているようでして・・・」
複数人の補佐官たちが入り替わり立ち替わり執務室を訪れては上げてくる報告と、変化し続ける数字を確認した上で指示を出すという業務をおこなうのに連日追い立てられていたからである。
地球軍本部アラスカを殲滅させるため敵の意表を突いておこなったはずの大規模な奇襲作戦、だが蓋を開けてみれば原因不明の大規模破壊が発生したことで作戦は完全に破綻。
攻撃隊は大部分の戦力を失って、後方から指揮を執っていた司令部直属の部隊を中心に残存戦力をひきいてカーペンタリアまで撤退していたが、損害は小さなものでは決してない。
一時期は全滅したとの噂も流れ、さしものパトリックでさえ顔面蒼白になっていた程だったものの、ほどなくして虚報と判明し、事件から数日が経過した今では正確な情報が多く確認できるようになってきたことで、前線の現場落ち着きを取り戻しつつあると聞く。
「ともかく残存部隊の再編を急がせろ! 敵とて浮き足立っている、今ならまだパナマ攻略は可能なはずだッ。ジャガンナートからの報告はッ?」
「それについては、ジャガンナート司令から報告がありました。
動かせるだけの部隊はすべて再編を完了、いつでも出撃可能な状態にあるとのことですが、やはり各部隊に甚大な被害が出ているとの報告がきております。帰投できた者達にも、約3分の1が何らかの被害を受けていると・・・」
「現状で問題なのは、生存者の数ではなく戦えるMSとパイロットの数だ! その現実を受け入れろ! いま欲しいのは冷静かつ客観的な判断と報告ができる者だけだッ!!」
「は、ははっ!!」
だが、現場で落ち着きを取り戻してきたのと反比例して、後方の国防委員会司令部では混乱と混雑が増していたのは、皮肉な話というしかない。
正確な生存者の数や、バラバラに死地から脱出していた兵力を回収して合流することができたことで、戦闘集団としての秩序と統制を取り戻せるようになってきていた、カーペンタリア基地に集結を果たし終えていた前線部隊に対して。
後方司令部からは、確認された数を養うために必要な量の物資や、損傷の大きすぎる機体に代わる補充用のMSを前線基地にまで届けさせるため、指示と作業と計算とタイムスケジュール作りに全力を傾けなければならないのが彼らの職務だったからだ。
それら次々と数字の変わり続ける報告ひとつひとつを、何とか裁けるようになっていたところに「ぎ、議長!」と勢いよく別の補佐官が新たに入室してくる。
「たった今、クルーゼ隊長から連絡が届きました。先日来、全地球向けに発信されている件の人物は、やはり隊長が確保していたナチュラル共の士官だったようです」
「クルーゼが、ナチュラル共の兵をだとッ!?」
「は、はい。その件について、議長からの許可がほしいと。
“閣下にはご不快の限りと思われますが、ナチュラル共に不和の種をまくことで地球軍からの反抗を足止めするのに利用したい”――と」
「――クルーゼが・・・ふむ」
一つ唸ると、パトリックは僅かに考え込む。
――彼にとっては不快な話であり、不愉快な提案だと思わざるを得なかった。
時間稼ぎのためとはいえ、ナチュラル共の助けを借りねばならぬ窮状に追い込まれてしまった事実を認識するなど、愉快に感じる理由などある訳がない。
だが現実に、地上部隊による再度の《パナマ攻め》を成功させるためにも、地球軍からの反抗を遅らせることは大きな意味があるのが現状のザフト軍だった。
戦力を失いすぎているのだ。
ろくな兵器すら持たない地球軍相手といえど、重力下での要塞攻略戦は空間戦闘ほど自由が利かず、被害を被りやすかった。
出生率の低さに課題を抱えるコーディネイター社会で、これ以上の巨大な被害は自分の足下を危うくしかねない。
ただでさえ、《真のオペレーション・スピットブレイク》の件でカナーバらのクライン派議員からは疑惑の目を向けられる要素が強まっている現状なのだ。
議会の承認を受けずに、独断で攻撃目標を変えさせていたことが、今になって響いてきている。
作戦の成功によって圧倒的勝利を得た暁には、世論は自分の行動への支持一色になっていたはずで、そうなった後なら連中がなにを言ってきたところで世論によって押さえつけれる―――そのはずだった。
だが現実には、自分を議長に推していた市民たちの中にさえ、責任追及を求める声が日に日に高まっている事実を肌で感じざるを得ない状況に陥りつつあるのだ。
なにか目立った業績か、あるいは政敵たちが犯した何らかのスキャンダルでも明らかになれば別だったが、いずれにしても今はダメだった。
「――許可する、とクルーゼには伝えてやれ。宣伝広報ぐらいでなら協力してやっても構わんとな。ナチュラル共を揉めさせるため、せいぜい利用してやれ」
「ですが議長。クルーゼ隊長に関しては、ジャガンナート司令から命令違反の独断撤退について責任を取らせるべきだとの訴えが出されておりますが・・・・・・」
「ジャガンナートには、《パナマ》では好きにやってよいと伝えてやれ! それで今回は満足しろとなッ!!」
ピシャリと言い捨ててパトリックは、クルーゼの案を採用しながら、ジャガンナートからの意見具申も却下まではしない言い方によって、うやむやで済ませるという決断を下すことしか出来なくなる。
アラスカ攻めの失敗と被害について、ジャガンナートを敗軍の将として処罰すれば、自分は『ナチュラル如きの軍に大敗した初のプラント議長』として公的に認めることになってしまう。
その損害と被った被害はヘリオポリスでの一件以降、シーゲル政権下でザフト軍が被ってきたものとは比較にならないのだ。
彼としては、そんな大敗北はなかったとして、軍の損害を偽って報道させるか、さもなくば『別の誰かの責任であり原因だったこと』を証明するか。そのどちらかしか政権首班の座に立ち続けるのは難しくなりつつある。
その為にも、
「クラインらの行方は!? まだ発見できんのか!」
「まだのようです。かなり周到にルートを作っていたようで・・・・・・思ったより時間がかかるかもしれないと、捜索に当たっていた者達からも報告が・・・」
その返答を聞かされ、パトリックは口の中だけで激しく舌を打つ。
作戦失敗の報がもたらされた直後から、前議長シーゲルと娘ラクスとが家人たちを連れて行方不明になっており、娘のラクスには“例の機体”を強奪していったことまで確認されていた。
パトリックにとっては忌々しい限りの裏切りだが、一方で丁度いい口実を得られたのは幸運でもある事態だった。
即座に彼は、この2つの事件に関連性ありとして彼らの行方を徹底的に捜し出すよう、治安機関に命令を下した。
――すべての責任と原因は、プラントの命運を賭けた一大作戦の情報を売り飛ばした、卑劣にして非道な裏切り者にこそ在る――
そういう方向へと世論を誘導するため利用したのだ。
それらは事実であるとザラ自身は心から信じるのに嘘はない。
だが反面、そうでなければ自分が《真のオペレーション・スピットブレイク》失敗の責任者として糾弾される立場になっていたのも事実ではある。
「それと議長、アイリーン・カナーバ以下数名の評議員が、今日もまた事態の説明を求めて議場まで詰めかけているようですが・・・」
「またか・・・・・・臨時最高評議委員会の招集を要請するとでも言ってきたのか?」
「い、いいえ、そこまでは・・・。ただ事態の説明だけでもしてほしいと言ってきているだけだそうです」
「フン、駆け引きのブラフか。シーゲルの腰巾着らしい、姑息な手を使う」
鼻で笑い飛ばしたパトリックには、相手の使ってきた手がすぐにも理解することが出来ていた。
駆け引きとしての警告や示威などという、平和ボケした甘い手を使っているから、ナチュラル共を付け上がらせる結果を招く。
・・・その末に《ユニウスセブン》が待っていた事実を忘れてしまったかのように・・・・・・そのような奴らに、プラントの政治と未来を任せられるだろうか?
パトリックにとって、そんなことは不可能だった。
「まったく、どいつもこいつも・・・ッ!」
ようやく報告と指示の応報とが一段落ついて、自分の執務室内にある使い慣れたチェアに深く座り込んで太い息を吐くことが、ようやく可能になる。
新議長に就任した喜びを感じる間もないまま、激務の渦へと叩き込まれる羽目になった彼は、それらの指示と応対を効率よく行うため議長室にさえ居着いていない。
古巣である国防委員会の本部ビル内につくられた、委員長のための執務室へと必要資料を運びこませて、その場で指揮を執っていたほどだ。
それほどの激務をこなし続けるパトリックの義務感や使命感、勤労意欲といった人としての美徳は疑いようもないものだったのは事実だが・・・・・・だが本来、最高権力者である議長と、国防を担うトップの国防委員長とを同一人物が兼任するのは危険な状況ではあったのだ。
プラント国内における権力と武力の双方が、一人の人物だけに握られてしまっている状態にあるのが、その原因だった。独裁者への最短距離に今の彼は立ちつつある。
現時点でザラが下してきた指示と対処は、議会の承認を受けないアラスカ攻撃などの一部を除いて適切なものが大半を占め、決して自分個人の権力維持のため乱用した前例はない。
その点は評価できる人物だったのが彼ではあるが、その「自制」が彼個人の倫理と良識にのみ依存したモノになってしまっているのも事実ではある。
「――失礼致します。認識番号二五八五〇〇二、アスラン・ザラ。議長の命により出頭いたしました」
そんな状況の中、遅ればせに入室許可を求めてきたことを告げられたのが、不肖で未熟で未完成なプラントへと帰国してきていた息子だった。
電子版に表示された数字に目をやると、指定していた時間は大幅に超過している。
遅れたのか――いや、わざと遅らせたのだろう。
どのみち報告に訪れる者たちと、下さねばならぬ指示と対応とで、すぐにも時間を割いてやる余裕などないと見越して敢えて到着を遅らせていた・・・・・・そんなところか。
「状況は認識しているな?」
「――はい。ここへ参る途中で得られる情報だけは入手して帰参しました」
「そうか」
素っ気ない口調と表情で発した、父親から久しぶりに再会した息子への第一声はそれであり、息子から父への返答も事務的極まりないもの。表情はやや強ばりこそすれ、生真面目さの表れとも言える。
その反応に父親として思うところは、何もない。
――どうやら最低限すべきことだけは理解しているらしい。
立場からくる相手の行動に対し、そう感じただけである。
何時の頃からかパトリック自身も記憶していないが、自分の息子と対するときには必ず心理的な壁を挟むようになってしまったように思う。
最初から、そうだった訳ではないように、今では朧気な記憶の彼方に追いやられつつある過去の中の自分は思ってもいる。
だが“あの日”から・・・・・・妻を核の炎で生きながら焼き殺された絶望の日から、彼は息子に対して隔意を強めていく対応を是とする父となることを由として生きるように変わってしまっていた。
それは遺伝的優位を理由に、愛する妻を殺して平然としている『自分の父親と同じ種族の者たち』に対しての当てつけに息子さえ利用する故だったのか?
それとも「息子だから」こそ、「愛する母」を奪っていった者達への怒りと憎しみを共有してくれない、解ってくれようとしない相手にどうしようもない苛立ちを抱え込まざるを得なかった故なのか―――今の彼には、もうわからない。
「ですが・・・しかし私には未だ信じられません。ラクスが連合のスパイを手引きするなどという身勝手でバカな行為に手を貸すなど・・・・・・そうお疑いになる根拠を見せて頂ければと――」
「・・・・・・よかろう。これを見ろ」
現実を伝えられながら未だ受け入れられずにいるらしい相手の言葉に、ウンザリするものを感じさせられながら、それでも感情にはしって噛み付いてくる事だけはなくなった点に関しては評価できると、多少の寛容さも感じながら。
どうやらクルーゼやシロッコに預けた甲斐はあったらしい「どうにか及第点」といったところには達した息子の対応に、パトリックは褒美でもやるつもりで機器を操作して壁に設置されていたモニターに映像を映し出す。
それは巨大なモビルスーツの上半身が正面から映るアングルで録画されていた映像だった。
おそらく開発鉱床かハンガーに設置されている監視カメラによるものなのだろう。
その機体の手前に二人の人影が歩み寄り、何事かを話し始める姿が映し出されている。
そこに映っていたのは、確かにラクス・クラインで間違いなかった。
中世的な古めかしいドレスのような出で立ちで、軍施設内を歩むことができる人物など彼女ぐらいしかいるはずはないし、染めた訳でもないピンク色の長髪はプラント広しと言えど彼女以外でアスランも出会ったことはない。
それは確かに衝撃的な光景であり、知らされていて尚アスランの心には「怯み」を覚えずにはいられないほどの内容だったが・・・・・・人の心とは不思議なものだ。
予め知った上で見せられるのと、不意打ちでいきなり見せつけられるのとでは、同じ光景を見たときでも全く異なる感想を抱いてしまうことが少なからず発生している。
この時のアスランは丁度そういう心理に陥っていた。
もし初見でこの映像を見せつけられていたなら、ラクスの姿だけに眼と心を奪われ、それ以外の景色はなにも映らなくなっていたかもしれないが―――今の彼の視線を引きつけて放さなくなっていたのは、むしろ今一人の『スパイ』とされる人影の方だった。
その人物は、ありふれた赤色のザフト軍服をまとって後ろ姿だけしか映っておらず、このアングルからでは顔までは分からなかったが・・・・・・その『髪の色』と『髪型』にはアスランには覚えがあったのだ。
それは夕暮れの中で見た光景だ。
大洋に浮かぶ島国の工場近くで、フェンス一枚を隔てた壁の向こう側に正面から見た姿――
(・・・やはり、キラ・・・・・・キラ・ヤマトかッ!!)
その後ろ姿を改めて見つめ、アスランはその確信をようやく確かなものとして実感した。
内心としては、複雑な思いがある光景だった。
あれ程の心痛を耐えながら撃った親友が、実は生きていたなどという事実は、嬉しいとも感じるが痛みも感じずにはいられない。
なにしろ今の彼は『敵』なのだから。敵ならば、また撃たざるを得ないときが来るかもしれないのだ。その時にまた同じ苦しみを感じて耐えろなどと、アスランにとっては拷問に等しい。
だからこそ生きていてくれたことは嬉しい反面、蟠りもあり―――同時にやや苛立ちを感じさせられることでもある。
(何故、お前は―――そんなところに来ているのか!?)
という、イザークのような具体性の乏しい苛立ちが。
だが考えてみれば、再会した親友はいつも『いるはずのない場所』でしか出会えたことがなかったなと、アスランはふと心の中でそう思いもする。
中立国のコロニーにあるはずのない連合軍の新造戦艦と、ナチュラル用のMS開発工房内で出会った最初の再会もそうだった。
他国の軍艦が入港しているはずのない中立国オーブの国内にある軍需鉱床で、連合軍パイロットになったはずの相手と3度目の再会をしたときも同様だ。
いつも『いるはずのない立場の場所』で、親友とは予期せぬ再会を果たしてばかりいる。
そして今回ザフト軍レッドの軍服姿で、連合軍のスパイとして。
そういう因果な運命にでも自分たちはあるということか。――そんな自虐めいた皮肉な感想を抱かされても仕方がないほど、相手の地位と立場は変転を繰り返しすぎている。
「工廠の監視カメラが捉えた映像だ。フリーダムの奪取は、この直後に行われた」
彼の鼓膜に父からの謹厳そうな口調での声が響く。
どうやら彼は、同胞からの裏切り者ラクス・クラインの姿ばかりに意識が集中しすぎる余り、新型機を奪取したという連合からのスパイとやらについては考慮する必要はないと割り切ってしまい、ろくな調査すら行おうとは考えもしなかったらしい。
「ラクス・クラインは既にお前の婚約者ではない。まだ非公式だが、国家反逆罪で手配中の逃亡犯として、司法局までも動かし行方を追わせている。
証拠がなければ、誰が彼女になど嫌疑をかける? お前がなんと言おうが、これは事実なのだ!」
「・・・・・・果たして、そうなのでしょうか?」
「なにぃッ?」
リピートされる映像を前にして、動かしがたい結論を口にする父親の断言に対して、息子は映像に見入ってはいたものの動揺する素振りまでは見せず、父からの言葉に対して反抗するような気配を見せ始める。
その反応も、その目つきも、その反論の内容も、その全てが今のパトリックには許しがたく感じられて仕方がなかった。
何故分かろうとしないのか、と。これは危機なのだ。自分たちプラントで生きるコーディネイター種族すべてにとって極めて重要な。
その危機から自分たち全てを救うことができるのは自分と、自分に協力する一部の者たちだけしかいないというのに、安穏な平和に堕落した者達はこれだから――!!
「スパイを手引きしたラクス・クライン! ともに逃亡し、行方の分からぬ彼女の父! 漏洩していたスピット・ブレイクの攻撃目標!
クラインが裏切り者だったからこそ可能となることばかりではないか! 子供でも分かる簡単な図式だぞ! その程度のことが貴様には分からんと言うのか!?」
「そうでしょうか? 仮に私がクライン氏であるなら、スピットブレイクの情報漏洩の直後に新型機の奪取と逃亡はしません。自分が犯人として疑われるのは目に見えているからです。
素知らぬ顔を決め込み、ほとぼりが冷めてから実行すればいいだけの事。
そうはお思いになられませんか? 父上――いえ、ザラ議長閣下」
わざとらしく言い直した息子の訳知り顔を、ザラは無言のまま怒りを込めて睨み付ける。
――彼には、そうするしか他に反応する選択肢がなかったのが理由だった。
相手からの反論に再反論できる言葉を、すぐには思いつくことが出来なかったからだ。
「むしろ議長閣下ご自身でさえ、この普段通りの姿でラクスが映っている映像がなければ、クライン前議長らに容疑をかけられる証拠はなかったのではありませんか?
それでは自らを追い詰めさせるためのニンジンを、わざわざバラ蒔きながら逃げているようなものではありませんか。違いますか? 議長」
「――小賢しい口を利くな!! 犯罪捜査は貴様の仕事ではなかったはずだぞ!?」
怒鳴り声で越権行為を叱責するが、言葉の強さほどには説得力が感じられるものになれなかったのは仕方のない流れだったろう。
実のところパトリック自身も、アスランと同じ疑問点をこの件には見出してはいたのだ。
彼とて遺伝子的に優秀さを誇る種族コーディネイターの中でも、特に優秀とされる個体の一人。だからこそプラント政治のトップに立つことを許されたのだ。
無能さや低能などいう言葉と最も縁遠い位置にある者達の一員。そんな彼が、この程度の矛盾点に気付けぬはずはなく、自分自身がシーゲルの行動と自身の推測とに整合性のとれない部分があることを内心では見出してはいる。
――だが彼の置かれた立場と感情が犯人を求めさせ、矛盾を無視することを是とさせた。
今のパトリックには犯人が必要だったのだ。
《オペレーション・スピットブレイク》の情報を敵に漏洩させた裏切り者の犯人がである。
もし今回の《フリーダム強奪》と、《オペレーション・スピットブレイク》の情報漏洩が個別に起きていた事件だったとすれば、ラクス・クラインは元議員の娘としての地位を乱用して国家資産である新型MSを着服した『汚職』の犯人である罪は確定するだろう。
だがその場合、パトリック自身は独断で議会承認を受けていない作戦変更を断行させ、その作戦を敵に見抜かれていたことから大敗を招いた無能な議長として、《真のオペレーション・スピットブレイク》の失敗責任を追求されるのが当然という立場になるしかない。
その危機を避けるためにも、シーゲル・クライン前議長はプラントを裏切っている事実が絶対的に必要だったのだ。
ザラ新議長が選び抜いて作戦変更を伝えていた部下たちではなく、ただ敵のスパイに潜入されて情報を奪われたから敗北する失態を犯したわけでもない。
―――奪われた権力に執着するあまり、敵に情報を売り飛ばして結託する愚かな選択を犯した愚劣な“元”権力者として、シーゲル・クラインという裏切り者が!!!
「・・・そんな下らぬ些事より、お前には別にやってもらう任務がある。
明日にもお前専用機として準備が完了する新たな機体《X09Aジャスティス》を使い、このラクス・クラインに奪取された機体《X10Aフリーダム》の捜索および奪還を任せたい」
「命令とあれば否はありません。ですが――私一人での捜索任務なのでしょうか?
失礼ながら適切な人事とは些か・・・・・・相応の人員を要すると思われますが、他部隊の協力を要請するわけにはいかない、と解釈すべき任務と・・・・・・?」
「・・・・・・・・・《X10Aフリーダム》および《X09Aジャスティス》には、Nジャマーキャンセラーを搭載している機体なのだ。そういうことだ」
その父から告げられた言葉には、流石にアスランも理解と受け入れまでには一拍の間を要せずにはいられなかった。
“聞かされていなかった話”ではなかったとはいえ、やはり息子として「事実だった」とは信じたくなかったのだ。
だが、ここまでで聞かされた話はすべて“真実”だった。
―――やはり父が、この戦争を推し進める本当の目的とは、“彼”の言っていたとおり――
「そういう事情がある。市民共の感情を今以上に刺激しないためにも、これら2機の存在は秘匿せざるをえん。
奪還が不可能だと判断したときには機体は完全に破壊し、仮に成功した場合でも乗っていたパイロットおよび接触したと思しき人物や施設、すべての排除に当たるのだ」
「・・・・・・接触したと思しき“すべての人物と施設を”、ですか?
それにはザフト軍施設やコーディネイターであっても例外はない・・・・・・と?」
「・・・・・・・・・・・・当たり前だ。言うまでも無い」
侮るような口調で告げられた確認のための言葉に、自分の命じた内容とはいえ流石にパトリックは僅かながら動揺を示し、後ろめたそうに視線をそらす。
必要性があるとは言え、同胞である味方の兵たちまで関わっていた者はすべて殺せと命じるのは、ナチュラル共だけを対象とする同じ命令を出すより心理的抵抗があるのは、彼としては仕方のない部分ではある。
だが、それは必要な犠牲であるのも事実だった。
関わった者はすべて殺せと命じるのは、Nジャマーキャンセラーの情報が欠片なりとも外部に漏れる危険を避けるための措置。
関わった人物がザフト兵やコーディネイターであったとしても、彼らから敵に伝わってしまったのでは結果的には同じ事。
・・・・・・もし今回の一件も含めて、事の真相がプラント市民たちに知られるような事態になれば、自分を支持してくれている市民たちからも責任を追及する声が上がるようになるだろう。
戦局の推移によっては退陣もありえるかもしれない。
これほどの大敗を喫して議長の座を追われた政治家に、更なるスキャンダルが露呈しとあっては、議長に再選できる可能性はほとんど無いだろう。
パトリックは権力の座に固執するような政治家では決してなかったし、権力を求める欲望は今も昔も抱いたことは一度もない。
だが現実に、ナチュラル共に犯した罪の重さを思い知らせてやるためには、ザフト軍という国軍は必要であり、それら武力を動かせる権利をもったプラント議長の職を失うわけには絶対にいかないのだ。
自らの求める正しき未来と、自分たちを邪魔する者がいなくなった世界を手にするためには、ザフト軍を動かせるプラント評議会議長としての地位と立場が必要不可欠なのだ。
手にした権力の座を捨てることは、パトリックにとってナチュラル共への復讐を諦めることと同義だった。
そして彼に、その道を選ぶことは決して出来ない。
信じて突き進む以外に、彼にはもはや選ぶべき選択肢は存在しない立場へと、追い詰められてしまっていた―――それがパトリック・ザラの持つ『運命』だったから―――
「この件は速やかに、そして可能な限りひそかに処理されねばならん。お前の任務は重大だぞ。わかるな―――」
念を押すようにそこまで言ったときだった。
手元にあるデスクの機器からブザーが鳴る音がして、彼は途中で言葉を句切る。
アスランとの秘事を交えた語り合いをするため、他の者達の入室を禁じていた補佐官から内線をつかっての呼び出しがあったのだ。
「なんだ?」
『た、大変です議長ッ。いま、大変なことが起きてまして、その・・・・・・ッ』
「落ち着け、浮き足立つなと命じたろうが。一体何があったのだ?」
「そ、それが・・・・・・その」
ゴクリと、画面の向こう側から唾を飲み込む音が聞こえてきた。
だが――その彼から聞かされることになる報告は、落ち着けと命じたパトリックや、居合わせただけで直接関係のないアスランでさえ驚愕せずにはいられないものだと、誰が予測できただろう?
『し、シーゲル・クライン氏が、議長に面会を求めてきたのです!
今回の件について事態の説明を求めるため、シーゲル・クラインが議場へと詰めかけて参っているのです!!』
「な―――――なんだとぉッ!?」
車の中でラクス・クラインに語られた、台本通りに進んでいく喜劇のシナリオが、世界という名の劇場で上演されるのを立会人として観劇している傲慢な男のあげる笑声と共に。
この刻からC.E.の歴史は、激しく動き始めることになる。
つづく