蹄物語   作:棚かぼちゃ

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中々学園生活始まらないな…作者はなに考えてるんだろう。


邂逅(再)

「初めまして、お嬢さん。忍野です」

 

忍野メメ

 

私のプライベート空間に不法侵入していた男性は、そう名乗りました。

 

おしの、忍野…忍野の家門……。

 

忍野家といえば、かつては桐生院家とも並ぶ優秀なトレーナーを輩出していた名門です。古くは陰陽師の系譜であったそうで、その血筋はたびたび超常の力を持つ者を産み、表沙汰になることはほとんど有りませんが怪異やそれにまつわる現象に対処することもあったとか。

 

しかしこの数年、忍野の名はあまり知られるところではありません。

 

何故なら、最後の跡取り息子がトレーナー業ではなく他のことにのめり込んでしまったからです。

 

「はっはー。まあ親孝行として、とりあえずトレーナー免許は取ったんだけどね」

 

「とりあえずって…」

 

中央のトレーナー免許は、地方とは系統が異なりその取得は東大に合格するより難しいとまで言われる程の難関なはずなのですが…あまりの審査の厳しさに合格者無しの年も珍しくないほどで、それが中央トレセン学園のトレーナー不足を慢性的なものにしている一因です。

 

忍野さんは大学在学中から、歴代の忍野一族の中でも怪異に関しては天才とまで言われるほどのスキルを有していたそうで、オカルト研究会なる怪しげなサークルに所属していたのだとか。

 

家としては名門のプライドもあるため、卒業したら免許を取得してトレーナーになるという条件のもと好きにさせていたそうです。

 

「つまり…免許『は』ちゃんと取ったわけですね……」

 

「そうそう! まあ研修期間くらいは真面目にやってたけどね」

 

なんでも、1年間の新人研修を修了して正式に中央のトレーナーの肩書きを手にし、それから数年の間はサブトレーナーとしても経験を積み、学園としてはさあこれからバリバリ働いてもらうぞという段になった途端に休職したそう…。

 

そぞろ神に憑かれたかのように、ふらっと旅に出てしまったのでした。

 

数日だけ出勤し、通勤手当をちゃっかり貰っているところが悪辣です。

 

それからは信じ難いですが、着の身着のまま全国を怪異譚や噂を集めるフィールドワークをしながら、廃墟や空き地を宿としてあっちへふらふら、こっちにふらふらと根無し草の生活をしていたというのです。

 

ちゃっかり免許の更新だけは忘れず行い、時には栄えあるトレーナーバッジと名門忍野の名を印籠のようにかかげ、URA関連の福利施設を使用するだけ利用していたとか。

 

聞いているだけで、大の男がこんなにダラシの無い生き方が出来るものなのかと呆れを通り越して、もはや感動すら覚えました。

 

まあ…そこに痺れも憧れもしませんが……。

 

普通にダメな大人です。

本気(マジ)でダラシないオジサン…略してマダオでした。

 

当然、家の誇りをかけ信じて送り出した息子が、そんなチャランポランなことをしていたら実家の人々は黙っているはずもなく…

 

「勘当されちゃった。テヘッ」

 

テヘッて…

 

ぺろっと舌を出してこつんと頭に拳をおくあのポーズで、忍野さんはおどけて見せました。

 

お世辞にも…いえ、お世辞でも、30を過ぎた清潔感という言葉からは程遠い男性のその仕草を可愛いいと言える剛の者がいるならば、私は万雷の拍手を送るでしょう……。

 

 

 

なんでも数年前、気まぐれに実家に帰ってタダ飯を貪っていたところ、父親にもはやお前は息子でもなんでも無いと家を叩き出されてしまったそうです。

 

しかし彼はプロの根無し草。特になにが変わるわけでもなく再び風任せの旅に出たのでした。

 

「いやあ、それでも今回ばかりはちょっとヤバいかもなんて思ったね。参ったよ」

 

家を出たあと、いつものようにURA関連施設のラウンジで無料のジュースでも飲もうかと立ち寄った時、お引取りくださいと門前払いされたそう。

 

顔見知りの職員が、こっそり教えてくれたところによると「あいつが来たら問答無用で蹴り出せ」と実家のほうからお達しが回っていたのだとか…実家の怒りのほどが伝わってきます……。

 

それでも滅気ず、風来坊をしていましたが風に吹かれてこの街にやってきた頃、ついに路銀も底をついて露頭に迷っていたそうです。

 

確かに、このあたりは区画整理がしっかりしていて潰れた塾のビルがそのまんまなんてことありませんしね…。

 

そして、この中央トレセン学園の外周で座り込んでいた時です。

 

「確認ッ! 君の顔を見せてくれないか!」

 

「僕はただのしがない家なき子。今は日向ぼっこして空腹を紛らわせている最中なんだ。そこに立たれると日が陰るからどいてもらっていい?」

 

見た目は少女どころか、もはや童女と言ってよいほどの幼さながら、歴史ある中央トレセン学園の理事長である秋川やよいが目の前に現れたというのです。

 

「驚愕ッ! その声は忍野家の跡取り息子殿ではないか!?」

 

山月記みたいです…。

 

「はっはー。僕は李徴子でも虎でもないけど、まあ住所不定のお兄さんだったから似たようなもんと言えばそうかもね」

 

「お兄さんはちょっと…あつかましくないですか……?」

 

30歳を超えたら、私たち学生からすればそれはもう立派におじさんの域です。

 

「おやっ? 可愛い顔してなかなか言うねぇ」

 

『コイツ ナレナレシイ』

 

私の内心を代弁するように『お友だち』も不満を表明していました。

 

「……」

 

なにはともあれ、この時期に帰ってきたことが幸運であったようです。

 

彼のトレーナー免許はまだ有効ではあったものの、休職の理由も理由であったため免許の剝奪と除名処分が検討されていたそうです。

しかし、研修時代の成績は悪くなく…いえ、普段の彼を知る者は揃って首をひねりたくなるほど良かったため決めあぐねていたそう。

そこを今回、理事長の鶴の一声により真面目に…具体的には少なくとも3年は勤務することを条件にトレーナーというれっきとした職業を再び手に入れたのでした。

 

「いや〜、まさに昔取った杵柄さ。免許や資格ってこういう時に強いね。君も学生のうちに何か取っておいた方がいいよ」

 

ちなみに、実家にはなにも報告していないそうです。すぐバレそうなものですが…。

 

「フィールドワークも一段落ついたところだったし、ちょっとややこしい案件も抱えちゃったから、腰を落ち着かせる場所が出来て丁度良かったよ」

 

それが、今からおよそ()()()()だというのは、なんだか出来過ぎなような話です。

 

 

そして、私にとってはそこからが本題でした。

 

 

「僕は理事長ちゃんから、君と会って欲しいって頼まれたのさ」

忍野さんは、理事長に私のトレーナーになってくれないかと依頼されたと言うのです。

 

確かに、私は現在に至るまで、この学園に所属するウマ娘が目指すところであるトゥインクル・シリーズへの第一歩であるレース、メイクデビューを済ませていません。

 

それは、私自身がいまいちメイクデビューに踏み切る気になれないというのもありますが、やはり私の体質…常人には見えることも、触ることも出来ないモノを認識する異能を気味悪がられ、いまだにトレーナーとの契約を結べていなことが原因でした。

 誰もいない虚空に向かって話しかける人間なんて、遠巻きにされるのは当然ではありますが。

 

「君はずいぶん難儀な体質らしいしね?」

 

私の体質の事は、入学当時に私の両親とともに生徒指導部長や理事長などの上部のかたには伝えており、それなりにセンシティブなものとしてみだりに公開されるものではありません。

 

だというのに、理事長直々の紹介だというのです。

 

そういえば先日、私が入居している学生寮の寮長であるヒシアマゾンさんから、次の月曜日の放課後に理事長室へ行くようにと伝言されていました…。

 

特にこれといって悪いことも良いこともした覚えは無かったので、なにごとかと思っていましたが、本来ならそこで私と忍野さんの顔合わせが行われるはずだったのです。

 

しかし、彼の勘違いによってこうして予定が早まってしまったのでした。

 

「まあ君の意志が最優先さ。君が気に入らないのなら、当然断って良い話さ」

 

そして、チラリと…

 

「でも、君の『友人』はヤキモキしてるかもしれないね」

 

彼は私の後方、()()()()()()()()()()()()()()()()()言ったのです……。

 

「見えて…いるの…ですか……?」

 

声が、震えてしまいました。

 

理由は分かりません…いえ、分かっています。

 

もしかしたら、今まで生きてきて初めて、私が見ている世界を、不思議なあの子たちが溢れるこの世界を共有する人に巡り会えたのかもしれないという、期待と不安でした。

 

「いや、()()()()()()()()()()()()()()

 

しかし、彼は変わらぬ薄ら笑いのままそう答えました。

 

「どっちかと言うと僕は君が、情緒の不安定な思春期の学生にありがちな、脳内にのみ存在するイマジナリーフレンドを友人と呼んでいるちょっと痛い不思議ちゃんである可能性の方が高いと思ってるよ」

 

「…ッ!」

 

反射的に私は、この軽薄な男に掴みかかりそうになってしまいました。

 

やはりこの人も、今まで現れては消えてきたスピリチュアルなものを面白がっているだけの男なのかと…僅かな期待を裏切られたのかという怒りを覚えたのです。

 

しかし、私は忍野さんのサイケデリックなアロハシャツの襟を掴む寸前で手を止めました。

 

もし、眼前の人間がその手の輩であったなら、どうしても不可解なことがあったからです。

 

「ひとつだけ…聞かせてください……。どうしてここが分かったのですか? ここは極度に空間が歪んで外からは存在すら認識出来ないはずなのに…」

 

「はっはー、そんなの簡単だよ。存在が消え過ぎて逆に不自然なのさ」

 

隠れすぎていて、逆に浮いている。

 

そう言いました。

 

「ほら、ハンター×ハンターでゴン達が幻影旅団を『絶』で気配を消して追ってたのに気づかれちゃったでしょ?」

 

「あれは…他の仲間に場所を教えられたからであって……」

 

「いやいや、そのあとノブナガが言うんだ。『道理で絶の達人が多すぎると思った』ってね」

 

「あ…」

 

ある程度のプロになると丁寧に隠匿されていると逆に「あ〜、ここになんか隠されてるんだな」という、草原の一部分だけ草が生えていないかのような違和感を感じるのだとか。

 

 

あとは時間をかけて、パズルを解くように遠回りや回り道をしながらたどり着いたそうです。

 

「ま、ちょっと面倒くさかったけど静かで良いねここ。昼寝に最適だ」

 

「…………」

 

私は二の句が告げません。

 

怪異の専門家…自分でそう名乗るだけの知識と実力を見せつけられれば、口をつぐむしかありませんでした。

ヘイコウカフェです。

 

「まっ、順序は違っちゃったけどこうして会えたのもなにか縁さ。それに言った通り、この話を受けるか否かは君次第さ」

 

成人男性の数倍の力を持つウマ娘に掴みかかられそうになったというのに、忍野さんはなにも調子を変えることもなく、極自然に話を続けました。

 

「考えさせて…ください……」

 

それに対し、私は時間を要求しました。

 

自分の中ではほとんど答えは出ているのに、それを決定づけてしまうのを恐れた消極的先延ばしです。

 

「うん、当然さ。自分の今後がかかってるんだから慎重になるのは良いことだよ」

 

『オモウ ママニ』

 

お友だちも、賛同してくれているようでした。

 

「でも、縁が出来たついでにちょっと会わせたい人物がいるんだけど、時間はあるかい?」

 

「え?」

 

「なに、悪い奴じゃないさ。ちょっと変わってるけど気のいい男だよ」

 

 

―――――――――――――――――

―――――――――――――――――

 

 

 

 

言われるがままついてきたそこは、学園から出てすぐの所にあるトレーナー寮でした。

 

慢性的なトレーナー不足で入居者もかなり減ってしまった棟のひとつで、忍野さんはそこに住んでいるそうで、同居人…もう一人の男性に会わせたいというのです。

 

年季の入ってきた寮の階段を昇ってすぐの角部屋。

 

「お~い、帰ったよ」

 

忍野さんが気だるげに玄関のドアを開けると、なにか不思議な音が聞こえました。

 

規則的に響く、なにか硬質なものを叩くような聞きなれない音。一定のリズムがあるようで、それは聴きようによっては何かの音楽にも感じられました。

 

『イヤナ ヨカン』

 

「ほら、入って入って」

 

私は入室するのを躊躇しましたが、忍野さんの声にひっぱられるように玄関に入ると、靴を脱ぎました。

 

独身トレーナー用の1LDKで、贅沢を言わなければ男性が一人で住むには十分な広さがあるように思われます。

 

それでも、人が二人並ぶには狭い廊下を忍野さんの後ろを歩いてリビングに辿り着いた瞬間、私は足を止めました。

 

いえ…止めたくなくても自然と止まってしまったと言うべきでしょう。

 

何故なら、そこには異様な光景が広がっていたためです。

 

窓から差し込む夕日に照らされた室内の、壁に沿って設置されたソファ。

 

そこに先ほどから響いている音の発生源がいました。

 

 

 

そこにいたのは、若い男子でした。

 

私と同じくらいか少し上といったところ。

 

男性にしては肩に届くほど長さがある黒髪に、頭頂部からぴょこんと生えたたくましいアホ毛が印象的な男性…。

 

 

そんな彼は、西洋系の顔立ちの、欠食児童かと思われるほど痩せた白いワンピースを着た幼い金髪女児を…ギターのように抱えてその肋骨をかき鳴らしていたのです……。

 

 

「ヴィロロロロロロロロロロ♪」

 

ギロみたいです。

 

私があまりの光景に1歩どころか3歩後ずさると、口から音色を響かせていた女児がこちらに目を向けました。

 

 

「おいおい見てみよお前様、小僧がしみったれた部屋に未成年の女学生を連れ込もうとしておるぞ!」

 

「ああ、しかと見たぞ。おい忍野、ついに馬脚を露わしたな? 世話になったお前を警察に突き出すのは気が引けるけれど正義のためなら仕方あるまい…。行け忍! あの不審者に電光石火だ!」

 

「シッシノブ~!」

 

 

ポケモントレーナーみたいな不審者が、忍野さんを不審者呼ばわりしていました。

 

それに『バ脚を露わす』の使い方を間違えています。

 

それは隠れていた才能が…ウマ娘の脚のような素晴らしい資質が発露することに対して使われる言葉です。

 

「儂らの知っている小僧では無いらしいが、ここで会ったが百年目じゃ。大人しくお縄を頂戴せい」

 

金髪金眼の幼女が…あの夜に出会った女性の怪異とどこか似た雰囲気を持つ女児が雌豹のポーズで、いえ、ピカチュウみたいなポーズで忍野さんを威嚇していました。

 

そして、その後ろの男性が私に右手を差し伸べて言ったのです。

 

「さあ()()()()()もう安心だ。危ないからそのおっさんから離れてこっちに来るんだ」

 

私はダッシュで逃げ出したいのをなんとか我慢して、更に半歩下がりました。

 

「なあお前様よ、儂の気のせいかもしれんがあの娘っ子、お前様を不審者を見るような目で見ておらんか?」

 

「なに言ってるんだ忍。お前をならともかく、『怪しくない』という言葉をドラえもんのコエカタマリンで固めたら、僕の形になると近所で評判のこの僕がそんな目で見られるわけないじゃないか」

 

「アホなこと抜かすな。儂みたいなプリチー女児はどんな状況においても怪しくなどないわい」

 

なんでしょうこの空気…緊迫しているのかそうでないのか分からなくなります……。

 

 

 

いえ、そんなことより…今、あの人……

 

 

 

「というかお前様よ、なんじゃお嬢さん方って、娘っ子は一人しかおらんじゃろが。それともなにか? お前様は女子の目玉を嘗めるのが好きな変態じゃから目玉1つにつき1人と数えとるのか?」

 

「人を特殊性癖者みたいに言うな! 僕はただ、女の子の眼球の粘膜と僕の舌の粘膜が触れあうことにたまらない高揚感を感じるだけだ。それにほら見ろ、やっぱりいるじゃないか」

 

 

― 双子みたいにそっくりな子がもう1人

 

「っていうか、もしかしなくてもあの時会った、平原の子と僕たちを蹴っ飛ばした子じゃないか?」

 

『コイツダ ヨウカイ アバラオトコ』

 

その人は確かに、忍野さんですら見えないと言った私の『お友だち』を、じっと見ていたのです。

 

「誰が妖怪だ」

「ッ!!」

 

私は、言葉にならない衝動に駆られ、前のめりに歩を進めました。

 

この時の私には金髪の女児のことも、背後でなにか呟いた忍野さんのことも意識の中にはありませんでした。

 

ただ、目の前に佇む、どこか影を纏ったような雰囲気の男の子の瞳を、吸い込まれるようにじっと私は見つめていました。

 

 

「あなたは…?」

 

「僕はアララギ、阿良々木暦。ただのどこにでもいる、目立たない男さ」

 

 

これが、これから長い時を共に歩むことになる彼との出会いだったのです。

 

 






というわけで、ここにいる忍野は阿良々木君の世界にいた忍野メメではありません。たぶん。

今回とても難産でした。忍野の口調がまあどうしていいのか掴みにくい。
あと1話くらい挟んだらやっと学園生活が始まる予定です。

忍野メメのコーヒーの飲み方

  • ブラック
  • ミルクのみ
  • 砂糖のみ
  • ミルクと砂糖ありあり
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