蹄物語   作:棚かぼちゃ

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メリークリスマス!(なお、本編にクリスマス要素は皆無である)



就職

 

 

 どこか名残惜しそうに寮へと帰って行くカフェちゃんを見送ったあと、就職面接をするならばということで僕は忍野に連れられ、トレーナー寮から歩いて20分ほどの紳士服量販店へとやって来た。

 

面接用のスーツを買うためである。

 

 「おい忍野、もう僕のことは理事長さんとか偉い人には伝えてあるんだろう? 言っちゃあれだけど、裏口入学ならぬ裏口就職なんだからわざわざスーツなんて必要なのか?」

 「阿良々木くん、こういうのは形が大事なんだよ。もし阿良々木くんが面接官だとして、相手がラフな格好で会場に入ってきたら、それだけで落としたくなっちゃうだろう?」

 「……」

 

 僕は、このクソ寒い中でもアロハシャツ姿の忍野を見やった。確かに、僕が面接官だったとして、もし忍野がこれから御社で働きたいですとやってきたら、その場でお帰り下さいと言ってしまうであろうから納得は出来る。

 そもそも、僕には忍野がスーツを着ている姿というものが想像できなかった。

 しかし、こちらの忍野もそうかは分からないが、戦場ヶ原の時には神職の人が着るような浄衣に着替えていたので、案外こいつは場に合わせて…TPOに沿った服装が出来るのかもしれない。

 

 「うん、じゃあこれにしよう。阿良々木くん、試着しておいでよ」

 

 スーツの良し悪しなんて分からないので、とりあえず忍野のうしろにくっついて歩いていた僕は、忍野があれよあれよと商品を放り込んでいた買い物かごを渡された。

 僕は店員さんを見つけて試着をお願いすると、肩幅や着丈を巻き尺で測られながら『面接ということですので、そのスーツでしたらこちらのネクタイのほうがフレッシュな印象を与えますよ』と言われ、じゃあそれもお願いしますと売り上げに貢献しつつ、一式を着用した。

 

「うん、なかなか似合ってるよ阿良々木くん。阿良々木くん上背は無いけど、小マシになったじゃないか」

 

「……」

 

正直、忍野に褒められてもちっとも嬉しくなかった。むしろなんだかゾワゾワする。そもそも、スーツを着てそれなりに見えないとかあるのだろうか? 

 

それに、上背が無いは余計だ。

 

 僕は確かに、現代を生きる男子高校生の平均身長よりも、僅かに小さいかも知れないけれど。かも知れないかも、知れないけれど…。

 本当に、ちょっとだけ。

 

「コマシ?」

 

「ああ、小奇麗に見えるって意味さ。主に関西で使われる言葉だね。ほら、僕あちこち行くから方言とかも知らないうちに移ってたりするんだよ」

 

「…そうかよ」

 

 姿見に写る(今は吸血鬼度が低いので普通に写る)背広姿の自分を見やった。

 なるほど。確かに一端の社会人のように見える。

 

「こういうのを馬子にも衣装って言うのかな?」

「いやいや、それはちょっと自意識過剰ってもんだよ。……いや、阿良々木くんの世界ではもしかしたら別の意味なのかな?」

 

一瞬、僕は忍野がなにを言っているのか分からなかったけれど、すぐに思い当たった。

 

「ああ、そっか。言葉の意味自体変わってくるよな」

 

そう。

 

なんとこの世界、馬がいないのだ。

 

 ウマ娘はいるのに、馬がいない。じゃあウマってなんだよと思うところはあるのだが、何故かそこはツッコんではいけないような気がして、まだ聞けないでいる。

 とにかく、四足動物たる馬が存在しないこの世界では、先程の『馬子にも衣装』だとか『馬耳東風』などの『ウマ』『マ』『バ』が入るような四字熟語等が、僕の知る言葉とまるで違う意味を持っているようなのである。

 僕にとって馬子にも衣装とは『馬子のような貧相な人でも良い格好をすれば立派な人に見える』という意味だけれど、この世界では『ただでさえ麗しいウマ娘が良い格好をすればさらに完璧』という意味合いであり、鬼に金棒みたいなニュアンスの言葉になっているようであった。

 使い方を間違えるとコミュニケーションに齟齬をきたしそうなので、気をつけないといけないな。

 

 ちなみに、会計は僕持ちだった上に、忍がレースで、文字通り足でコツコツと稼いでくれていたお金がほぼ全部消えるくらいの値段であった。

 忍野がことも無げに買い物かごに放り込んでいたから、てっきり安いものを選んでくれているのだと思っていたのに、どうやらかなり良い物であったらしい。確かに生地の感じがなんとなくだが上等に思える…。

 

 忍野てめえ、なんてことをしてくれるんだ。

 

「こういうのは最初に良いのを買っておく方がいいんだよ」

 

しかし、僕の無言の抗議はさらりとかわされてしまったのであった。

 

 

――――――――――――

――――――――――――

 

 

 そして翌日、多くの人々にとって憂鬱の始まりであろう月曜日。しかし、それももう終わりに近づいた午後5時。せっかく太陽が温めてくれた空気も、迫る夜闇がすっかり冷却して、冷たい空気が肺を刺す時間。

 

 僕は慣れないスーツ姿で、面接会場へ向かっていた。カフェちゃんが通う、あの大きな…大きすぎるくらいの学校である。

 ちなみに、忍はここ2週間ずっと走りとおしで疲れが出たのか、忍野の寮で眠っている。吸血鬼が夜を目前にして就寝とは、なんとも切ない気持ちだ。

 

 学校は午後4時には放課後になっているので、校外に出ていく制服姿の生徒や、ジャージ姿のウマ娘とすれ違いながら、僕は手にした地図とにらめっこするように歩いていた。

 あちこちの生徒から視線を感じる気がするが、それは気の所為では無いだろう。

 しかし、僕のような目立たない男が、存在感の希薄な空気のような男が『きゃ〜! あの人格好いい!!』みたいなニュアンスで女子から見られていると錯覚出来るほど、僕の自意識は肥大してはいない。

 

 自慢ではないが、僕には例え学校の下駄箱の前で一日中寝ていたとしても、誰にも声をかけられない自信があるのだ。

 単に、同い年くらいの男子が、背広を着ているという光景が珍しいというだけであろう。それにここは女子校であるらしいので、男性職員は居ても、同年代の男子というものは中々エンカウントしないはずである。

 つまり、彼女たちが僕を見る感覚は珍獣を見るそれであると、僕が思い至るのにそう時間はかからなかった。

 

「それにしても…広すぎるだろ……」

 

トレセン学園――正式名称、日本ウマ娘トレーニングセンター学園。ここはウマ娘の育成機関であり、ここはその中でも最大の規模を誇る中央トレセン学園であるそうだ。

 その敷地面積は、およそ東京ドーム17個分にもなると学園のパンフレットをちらりと流し読みした際に目にしたが、僕は東京ドームに行ったことがないので、めちゃくちゃ広いということしか分からなかった。

 そもそも、僕はこの東京ドーム○○個分という、あまりに定型文的に定着しているがために、わざわざそこに疑問を呈すること自体が抑圧されている単位が好きではない。

 日本人のいったい何%が、実感として、実際に経験したこととして、その単位で物事を理解できるというのだろうか?

 東京、言うまでもなく日本の首都。中央たる存在の傲慢さが透けて見えるようであった。

 

西武ドームで例えて欲しい。

 

さて置き、何度も迷子になりそうになりながらも、僕はどうにか面接会場である理事長室に辿り着いた。

 

「やあ、阿良々木くん。待ちわびたよ」

「こんばんは……阿良々木さん………」

『……フンッ』

 

扉の前には、すでに忍野とカフェちゃん、お友だちが待っていた。

 

「おい忍野、その見てるこっちが凍えそうな格好やめろよ」

「……それは…私も……同感です………」

 

「はっはー。この格好は僕のアイデンティティだからね。アニメ化した時に髪型や服装をコロコロ変えちゃうと視聴者が混乱しちゃうだろ?」

「何の心配してるんだ、お前は」

 

しねーよ。 

僕には形が大事とか言っていたくせに、忍野はいつものアロハ姿であった。

 

僕は当初、就職面接ともなれば、面接官と僕だけで行われると思っていたのだが、実際は忍野とカフェちゃんを交えて行われるのだ。

 

「お待ちしておりました。 どうぞお入りください」

 

 緑色のジャケット、緑色のタイトスカート。緑色の帽子。全身を新緑のような色合いで包んだ、物腰柔らかな女性。

 一昔前のエレベーターガールみたいな格好の、見ようによっては大学生くらいかと思うような美人さん。理事長秘書の駿川たづなさんに促されて、僕たちは理事長室の扉を叩いた。

 

「失礼します」

「うむっ! 入りたまえ!!」

 

 扉の向こうから随分と幼な気な声が聞こえたので、僕は不思議に思いながらも入室した。

 

 この時、僕はかなり緊張していた。なにせ、練習する時間もなくぶっつけ本番の就職面接である。

 忍野が話を通してあるとは言っていたが、あまり安心出来ない。

 これから僕は、元の世界に帰るために、なんとかして5,000万円という大金を稼がねばならないのだ。

 

 昨日の夜、忍野にどんな手を使ってでも払ってやるさと僕はキメ顔で言ったのだが、忍野はビタ一文もまけてはくれなかった。

 そこはブラックジャック先生みたいに「はっはー、その言葉が聞きたかったんだよ」とか言うところであろうに。

 

 であるからして、僕は五千万里の道の一歩目からつまづくわけにはいかないのだが、もしかしたら、僕のちょっとした仕草が理事長の機嫌を損ねて不採用になるなんてことも十分有り得るのである。

 

 そんなことを考え出すと、思考はどんどん悪い方悪い方へと向かってしまうもので、首の噛み跡を隠すために伸ばしている髪も、切ってくるべきだったとかまで思い至って、面接を受ける前から絶望的な気分になり自然とうなだれてしまった。

 

 しかし、こういう時は第一印象が肝心である。僕が無理矢理に顔を上げると、理事長室の光景が目に飛び込んできた。

 

 思ったよりも、普通。それが、僕の抱いた印象だった。

 

扉を開けたら、アニメ版の阿良々木家のお風呂のような広大な空間が広がっていることまで覚悟していたのだが…。

 こんな立派な学校の理事長の執務室ともなれば、さぞかし贅の限りが尽くされただだっ広い部屋なのかと想像していたのだが、違った。

 

 確かに、床に敷かれた絨毯や、しっかりとした造りをした重厚感のある丁寧に磨かれた木製の机。緑色に染色された皮が背もたれに張られた椅子などは高級感を感じさせるし、何がしかの賞状や、歴代理事長の写真が所狭しと壁に飾られている。

 

 しかし、その広さや調度品は常識的なものであった。

 

 見れば、入ってすぐの所に椅子が3つ並べられている。ほぼ間違いなく僕たちのために用意されたものであろう。立派な理事長用の事務机の前に、等間隔に設置されていた。

 

しかし肝心の、僕たちがそこに座り対面すべき理事長の姿が無かった。

 

 じゃあさっき僕たちを招き入れた声は誰のものなんだと思われるかもしれないが、その答えは簡単である。

 理事長という地位につく人にしては声が幼いような気がすしていたが、至極当然であった。

 

 部屋の中にいたのは、一人の女の子だったのだ。

 

10歳くらいの童女。腰くらいまである目にも鮮やかな長い栗色の髪。前髪の一部と顔の左側からちょろりと垂れた一房の髪を白いメッシュにした、いかにも良いところのお嬢様と一目でわかるような上品なワンピース姿の児童で、帽子の上に猫を乗せていた。

 

 恐らく、理事長のお孫さんであろう。堂々とした態度で『歓迎』と大きく書かれた扇子を広げ、ニコニコと愛らしい笑顔をこちらに向けている。

 

 緊張していたのに、拍子抜けもいいところである。

 

 なんてことはない。間が悪いことに、理事長が席を外した瞬間に入れ違いで僕たちが来てしまったのだ。そして、部屋に残っていた孫娘が理事長の真似をして入室を許可したのである。

 

微笑ましい限りじゃないか。

 

僕はすっかり脱力して、いつ戻って来るとも分からない理事長を待つため童女を膝の上に乗せて待つことにした。

 カフェちゃんと忍野も、僕に倣って着席した。

 

「……………………」

『………………ンッ?』

「………………はっ! 阿良々木さん……何を……してるんですか……?」

『ナニシテンダ オマエ』

 

それは、何故僕がこの童女、理事長のお孫さんを抱えているのかということであろう。しかし、何故と聞かれても、それこそ僕は何故そんな当たり前のことをカフェちゃんとお友だちが聞いてきたのか理解出来なかった。

 

「何をって…」

 

 保護以外に、何があるというのだろう?

 

 いくらこの理事長室が、整理整頓が行き届いた空間だとしても、あちこちに危険は潜んでいるのだ。

 サイドテーブルの上に飾られた、いかにも重そうなトロフィーや花瓶。机上に置かれた、ハサミ等が入れられた文房具立て。その他もろもろ。

 そんな危険物が散在する空間に、なんにでも興味を持って、つい触ってしまう年頃の童女がひとり放置されていたのである。これが非常事態でなければ何なのであろうか?

 

 良識ある善良な、分別を持った人間として、僕はそれを見過ごすことは出来なかったのだ。童女に危険が及ぶ前に、取り返しがつかない事態に陥る前に保護する必要が有ったのである。

 

 特に文房具は危険だ。とりわけホッチキスは危険過ぎる。あの非人道兵器がなにかの拍子に口の中に入り、天文学的確率のうえ宇宙的不可抗力が働いて、まかり間違って綴じられるようなことがあるかも知れないなどと考えたら、行動を起こさざるを得なかった。

 

 つまり、当然の帰結として、童女をこうして膝の上に確保し、そっと抱きしめてあげるしか無いのである。

 この世全ての童女は守れずとも、せめて僕の手の届く範囲においては、あらゆる危険から守り通すという僕の決意。

 鉄壁の守りである。

 

「あまりに自然すぎて…反応出来ませんでした……」

『オマエガ イチバン キケン』

 

お友だちが不満げな声をあげているが、なんとでも言うがいい。

 僕だって、なんの理由も無しに、いたずらに幼い可愛い少女に触れたりはしない。僕はYESロリータ NOタッチの体現者たる紳士であるからだ(ちなみに僕はロリコンではない)

 

 しかし、いたいけな少女に危機が迫っているとなれば話は別である。この他人より丈夫な体は、幼き命の盾となるために有るのである。言うなれば、これは僕が成すべき義務なのだ。

 

 この可愛らしい童女を抱っこしているという事実。つまりタッチは、磨き上げられたクリスタルガラスのごとく曇り一つない純粋で、高潔な使命により成されたタッチ。

 ノブレスタッチなのだ。

 

「それに、僕はちゃんと息を止めていた」

「……ノーブレスタッチ………?」

『ナニイッテンダ オマエ』

 

何を言ってるんだろう僕は。

 

息を潜めて童女を抱き上げる貴族なんて、果てしなく事件の匂いがする。

 

どうも、自分で思っている以上に気が動転しているみたいだ。

 

きっと、何がしかの宇宙的意志が僕を操っているに違いない。そうでなければ、僕がこんな、まるでロリコンみたいなことをするはずが無いのだ。

 

「阿良々木くん。それを言うならYESロリータ NOダッチだよ」

「待て忍野! 僕はお前に恩があるし生活の面倒を見てもらっているけれど、お前がオランダの人々から美しい女性と触れあう権利を奪うと言うなら、僕はお前と戦うぞ!?」

『ナニト タタカッテルンダ コイツ』

「はっはー。阿良々木くんは本当に元気がいいねえ。何かいいことでもあったのかい?」

「………………」

 

う~む。どうやら状況は3対1で僕が劣勢であるようだった。

 

そして、僕がどうにかして、今この瞬間にもカフェちゃんとお友だちの中で直滑降していそうな僕の評価を食い止められないかと頭をひねっていた時だった。

 

コンコンと。

 

外側から扉をノックする音が響いたので、とっさに僕は声をあげた。

 

童女(どうぞ)

「どうじょ?」

「失礼。噛みました」

「はぁ…?」

 

見れば、秘書のたづなさんであった。

 

「失礼いたします。お茶をお持ちしたのですが…あの、理事長? 何をしてらっしゃるんですか?」

 

お盆に4人分の湯のみを載せたたづなさんが、僕の方を見ながらそう言った。

 

うむ? 理事長?

 

「あの、すみません。僕たちけっこうお待ちしてるんですが、なかなか理事長先生がお戻りになられないんです。なにか急用が出来たとのでしたら、僕たち出直しますけれど…」

 

質問に質問で返すようで気が引けたが、僕はその肝心の理事長が不在であることを伝えた。

 

「えっと…」

 

ん? たづなさんがその整った眉をひそめて困惑顔になってしまった。何か僕、変な事を言っただろうか?

 いや、事実この部屋には面会すべき理事長は不在であり、部屋にいたのはお孫さんだけだであったのだ。僕の言動には、なにも矛盾するところも不純するところも無いはずである。

 しかし、たづなさんは今なお僕を凝視していた。いや、正確には、先ほどから一言も発すること無く僕の膝の上にちょこんと座っている童女を見ていた。

 

「あの、理事長…?」

 

えっと…これはもしかして……。

 

そんなまさか。とある可能性に思い至った僕に、隣のカフェちゃんがそっと耳打ちしてきた。

 

「阿良々木さん…その方は……」

 

まさか…本当に……?

 

 僕は、救いを求めるように忍野を見やると、その顔にはいつものような軽薄な笑みが貼り付けられていた。

 

恐る恐る僕は目線を下げると、童女とばちりと目が合った。

 今の今まで、まるで借りてきた猫のように呆然としていた彼女が、はっとしたように目をまん丸に見開いていた。

 

やはり…これは……ひょっとしなくても……。

 

「忘我ッ! 阿良々木暦くん! 降ろしてくれないだろうか!?」

 

めっちゃ僕の名前を知っていた。やはり、こういう時の当たってほしくない予感というものは、得てして的中するものであるらしかった。

 

面接はまだ始まってもいないのに、もう駄目かもしれない。

 

 

――――――――――――

――――――――――――

 

 

「採用ッ! 他でもない忍野くんの紹介である! 是非とも君の手腕をふるってくれたまえ!」

 

しかし、予想に反して、童女――秋川やよい理事長から投げかけられたのは、その場での採用通知であった。

 

 絶望的な気持ちで、正直なにを話したのかよく覚えていないけれど、なんとか僕は職にありつけたようであった。

 なんでも理事長は以前、忍野の世話になったことがあるのだと言う。内容までは聞かなかったが、ここでいう『世話』とは、つまり忍野が専門にしている分野でということなのだろう。

 

 僕に与えられた職名は、特別技能員。なんだそりゃと思われるかもしれないが、『管理者が特に必要と認める業務に従事する者』というのが、文書上の文言らしい。

 

要約すると、忍野の助手である。

 

 僕は忍野みたいに、トレーナー免許を持っているわけでは無いので、本格的にカフェちゃんのトレーニングを指導することはしない。しようと思っても出来ない。

 つまり、マネージャーみたいなものだ。トレーニング中にカフェちゃんへ飲料や軽食を提供したり、タイムをストップウォッチで測ったりするのである。

 

しかし、それは表向き。

 ただそれだけの業務であれば、理事長直々の採用などされはしない。僕もまだ詳しくは知らないけれど、ここ中央トレセン学園とは「ここで働きたいんです!」と言えば、はいどうぞと就職できるような場所では無いのである。

 

じゃあ、僕がどうして採用されたかと言うと、やっぱりそれは僕が怪異に関わっている者だからだ。

 

 面接中に聞いたところによると、この学校では常識では考えられないような現象が、たびたび観測されるのだと言う。

 いわく、屋上で踊る人影を見た。いわく、天井をはい回る白い人影を見ただとか。

 

 出るわ出るわ。噂の山。

 

これはまったく僕の偏見でしかないのだが、そういう噂話とかそういうものは、耳が早い(比喩でなく、ウマ娘は耳がびっくりするくらい良い)女子校では爆発的に広まるようであった。

 

 トイレの花子さんみたいな、よくある学校7不思議のようなものもあれば、どうも怪異に関係していそうな話まであった。

 そういったものを集め、検証し、必要があれば対処するというのも僕の仕事であるらしかった。

 

噂話が広がりそうな時にはそれとなくそれを抑え込み、それが叶わなければ直接的に対処するのである。

 

都市伝説、街談巷説、道聴塗説。

 

噂をすれば、影が立つ。

 

怪異がそういう性質を持つ以上、噂そのものが広がる前に抑え込むことがもっとも効果的なのだ。芽が出る前に、摘み取るのである。

 

 先日、忍野がさらりと言っていたがこの学校、いいモノもよくないモノも、いろんな霊的パワーとも呼べるものが集まり易くなっており、ちょっとした切っ掛けがあれば、2週間前に僕たちが遭遇したテケテケさん擬きのように、怪異として形を持ちかねない非常に危険なホットスポットなのだ。ぬ~べ~先生がいた童守小学校みたいじゃないか…。

 

何はともあれ、これから僕は少なくとも3年間はこの学校の職員として、カフェちゃんのマネージャーをしながら、怪異がらみの噂を集める探偵みたいなことをすることになるのであった。

 

 

「僥倖ッ! すでにマンハッタンカフェ君や忍野君とも顔合わせが済んでいたのは、話が早くて助かった!」

 

「は、はい」

 

「何か()()()()()()があった場合は連絡するが、基本的にはマンハッタンカフェ君のサポートが最重要である! 阿良々木暦君! 忍野君と共に、マンハッタンカフェ君と歩んでくれたまえ!」

 

「粉骨砕身、努力するつもりです」 

 

「うむっ! 期待している!」

 

 今更だが、なかなか特徴的なしゃべり方をする童女である。竹を割ったような明朗さだ。

 見た目は幼いのに、大物感が板についていた。

 

「じゃあ秋川ちゃん、僕たちはこれで失礼するよ」

「失礼しました……」

『ハア… サキガ オモイヤラレル』

 

 席を立つと、緊張の糸が切れたのか運動をしたわけでも無いのにどっと疲れが襲ってきたが、なんとか元の世界へ帰るための1歩目を踏み出せたことに僕は安堵していた。

 仕事に関しては、マネージャーといっても運動部に所属したこともなく、怪異に関しても忍野のように専門的な知識を持ち合わせてもいない僕には、正直どんな事をするかなんて見当もつかなかったが、まあ、こういうのは習うよりも慣れろというものであろう。

 あまり思い悩んでも仕方がないので、楽観的に構えるのが吉だ。

 

「阿良々木暦くん!」

 

僕は先を行く忍野とカフェちゃんに続いて退室しようとしたのだが、理事長に呼び止められた。

 

「えっと、なんでしょう?」

 

「共有ッ! 言い忘れていたのだが、今から2週間ほど前! 我が校の生徒が、多摩川沿いの高架橋下で自主練をしていた時に『まるで墓場から這い出してきたかのようなボロボロの格好の背の低い男』に声をかけられたという報告が入っている! 君や忍野君に関連する事案かもしれないので、もし何かわかったら知らせてくれたまえ!」

 

「……はいっ!」

 

そんな不審者がうろついているとは、平和に見えて物騒な世の中である。

 







なんとか阿良々木さんをトレセンに入りこませることに成功しました。
14話でまだその段階かと呆然としますが、まあなんとかなるでしょう。
思えば、まともな下書きなんて第2話で使い切り、そこから先はその場のライブ感で0から書いているため、自分でも続いているのが不思議な状況です…。

年内の更新はこれで最後になるかもしれません。今後も更新は不定期になるかとは思いますが、もしよろしければお付き合いください。

よいお年を!

彼が理性を失いそうな子は?

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