蹄物語   作:棚かぼちゃ

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学園編
食べ過ぎ注意


 

 

マンハッタンカフェについて、僕は語らなければならないだろう。

 あの影のように静かで、猟犬のような強さを持った少女のことを。

 

 僕が体験した、あの不可思議な世界での出来事を。

 

 だが、正直に言って、僕はこの物語を語り終える自信がない。

 語り始める前から予防線を張るなんて汗顔の至りではあるのだが、それが僕の偽らざる本心である。

 

 例えばこれから僕が、『マンハッタンカフェはウマ娘である』などと、夏目漱石先生の名作小説を気取ると言うのもおこがましい書き出しで語り始めたとして、僕にはそれすらも自信を持てないでいるからだ。

 しかも、彼女にはマンハッタンカフェという名前があるから既にそんな書き出しは頓挫している。

 

 もっとも、マンハッタンカフェであるからウマ娘であり、ウマ娘であるからマンハッタンカフェであるなどということは、僕が物知り顔で語るまでもなく――物語るまでもなく、れっきとした事実であろう。

 しかし、だがしかし、一体どれほどの人々が自分が何者であるかを定義して、自覚して日々を生きているのだろうか。

 

 学生やサラリーマンのように、どこそこの組織に所属しているとか、名家の息女だとか、はたまた寒門の出でありながら手腕のみで成り上がった無頼漢であるとか、自身はこういう存在であると証明してくれるもの――個性と言い換えても良いだろう。それがあることで、初めて人は自分が何者であるかを定義できるのではないだろうか。

 

 例えば、僕。

 

 阿良々木暦は吸血鬼である。

 

 なるほど、吸血鬼であるということは、個性としてはかなりの強度であろう。

 僕は人間のような吸血鬼で、吸血鬼のような人間だ。

 

 しかし、僕であるから吸血鬼で、吸血鬼であるから僕なのかと聞かれると、僕はハッキリとそうだと答えることが出来ない。

 

 僕は確かに吸血鬼だ。ほぼ人間の吸血鬼もどきではあるけれど、それはどんなに言葉を弄んだとしても変わりようが無い。

 

 じゃあ、吸血鬼であるならば阿良々木暦なのかと聞かれると、そうでは無いだろう。

 

 もしそんな仮説がまかり通るなら、あの恐ろしくも美しかった吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードも阿良々木暦だということになってしまうからだ。

 それどころか、春休みに僕と戦った、自身が吸血鬼でありながら同族を狩るヴァンパイアハンター達も阿良々木暦であったかもしれないという疑念が生じてしまうのである。

 

 僕以外が、僕であるかもしれないという恐怖。

 

 お前は何を言っているんだと思われるかもしれないが、僕がそんな見当違いな、的外れもいいところの杞憂を覚えてしまうのは、僕が『これこそが阿良々木暦である』という確固たる、頑固で堅固な芯を持っていないからであろう。

 

 薄くて、弱い。

 

 我が親愛なる学級委員長、羽川翼が僕を評した言葉であるが、なるほど。これ以上ないくらい、僕を表している。

 羽川の言葉が全て金言であることは今更語るまでもないのだが、これはもはや金字塔と言っても過言ではないだろう。

 

 ともすれば、僕は吸血鬼ではなく旧石器かもしれないのだ。

 吸血鬼と旧石器。どちらも使い古されて、擦られすぎて手垢さえも風化した化石みたいなものであるという点においては、マクロ的な視点に立てば、ほぼ、ニアイコールで同じ存在であると言えよう。

 

 だが、やっぱりそんなことはあり得ない。

 

 ともすることは無いのだ。

 

 仮に僕が旧石器であったとしても、旧石器が僕であるなんて不等式は成り立たないのである。

 

 必要十分条件を満たしていない。

 

 このように、僕は僕自身についてすら自信を持って語ることが出来ないのである。

 

 鬼や猫や蟹や蝸牛に猿、最近では蛇と蜂。そんな毛色の異なる、様々な怪異に関わった女の子達について僕は語ってきたけれど。

 散々他者について、偉そうに語ってきた僕ではあるけれど。

 

 それすらも事実を記せていたとは到底思えない。

 

 ましてや、ウマ娘という文字通り毛色が違うどころか、種族そのものが異なるあの不可思議な女の子達について僕が正確に語れるかといえば、これはもう全くもってさっぱり自信がない。

 

 しかし、それでも僕は語ろうと思うのだ。僕が、彼女たちと駆け抜けた、あの3年間の出来事を。

 

 僕たちが刻み刻まれた、蹄跡の物語を。

 

 さて、随分と前置きが長くなってしまったけれども、既に飽き飽きとされているかも知れないけれど、もし時間が許すならば、話半分にでもお付き合い頂きたい。

 

 

 

 

――――――――――――

――――――――――――

 

 

 

 

「阿良々木くんの就職を祝して、今日は僕が持つから遠慮せずにたくさん食べちゃってよ」

「おめでとうございます……阿良々木さん………」

「ん。サンキュ」

 

 心臓に悪い就職面接を終えて(全て僕の行動のせいであったが)、めでたく社会人の仲間入りを果たすと、僕とカフェちゃんは忍野に連れられて、校外のファミレスのボックス席に腰を落ち着かせていた。

 時刻は午後6時。僕の就職祝いと、3人の懇親会を兼ねた少し早めの夕食である。

 

 僕たちが入店した頃にはすでにかなりの客入りで、ウェイターは忙しなく料理を運び、店内は活気のある喧噪に満ちていた。

 店頭のポスターよれば、このファミレスは安くて美味しいハンバーグが売りであるらしい。そして、生徒数2000名に届かんというマンモス校が近くにあるとなれば、店としてはそんな顧客を抱き込まないという選択肢は存在しないのだろう。『トレセン学園生徒様は学生証提示でご飯おかわり無料! 目玉焼き無料サービス』という手作り感溢れる張り紙がそこかしこに貼られていた。

 

 そんな店の思惑はしっかり効果を発揮しているようで、周囲を軽く見回せば、そこかしこにカフェちゃんが着ているものと同じ制服姿のウマ耳少女たちが散見された。

 

「忍野、奢ってくれるってのはいいんだけど、お前ちゃんと金あるのか? お前ついこの間まで無一文だったんだろ?」

 

 メニュー表を流し読みして、とりあえず看板メニューを注文したところで、僕は唐突に不安になった。

 だって、つい2週間前まではこいつも食うや食わずの風来坊だったのだ。学園で働き始めたといっても給料日は来月のはずなのに大丈夫なのかと思い至ったのだ。

 

 しかも、僕は先日スーツを購入したせいで財布はスッカラカンで、下手をすると3人分の会計を年下でしかも女の子のカフェちゃんに押し付けるという最悪の状況になりかねない。

 

「ああ、心配しなくていいよ。ロリっ子理事長ちゃんがポケットマネー出してくれたから」

「お前それでよく『僕が持つ』なんて台詞を吐けたな!?」

「細かいこと気にする男は嫌われるぜ? 阿良々木くん」

「今このことについて嫌われるなら、僕は甘んじて受け入れるよ!」

「トレーナーさん…………」

「……はっはー!」

 

カフェちゃんにまでジト目をされて、さすがに分が悪いと思ったのか、忍野はいっそ清々しいくらいにわざとらしい笑い声で誤魔化した。

 

「お待たせしましたなの!」

 

 そうこうしている内に、僕たちのテーブルにも料理が運ばれてきた。

 

「ご注文はお揃いですか? ごゆっくりどうぞなの!」

 

 顔に少しあるソバカスがチャーミングなウマ娘のバイトさんが、快活な笑顔で皿を並べ終えて早足に次のテーブルへと向かうと、僕は目の前に置かれた料理を見やった。

 

 このファミレスで1番人気の、人参ハンバーグ。

 

 熱された鉄皿の上で、ジュウジュウと音を立てておりなんとも食欲をそそる。付け合せのコーンやブロッコリーが彩りに華を添えていた。

 取り分け目を引くのは、商品名にも入っている人参であろう。

 

 僕の眼前でハンバーグに人参が刺されている――いや、ぶっ刺さされている。

 

 この言い方のほうがニュアンスを伝えやすいだろう。

 

 人参スティックが添えてあるとかではなく、文字通り1本まるごと、人参がハンバーグにそびえ立っていた。

 

「ていうか…、大きくないか? これ」

 

しかし、その見た目のインパクトをもってしても、それが霞むくらいの驚きを僕は覚えた。

 

 ハンバーグがでかい。明らかにでかい。

 

 だってこれ、僕の握りこぶし3個分のくらいのサイズがあるぞ? しかも、面積だけじゃなく、体積もそれくらいあるのだ。膨大な量の肉塊が、その威容をたたえていた。

 

「そりゃそうさ。阿良々木くん、ウマ娘用のメニュー頼むんだもん。僕ちゃんと聞いただろ? それ量多いよって。人の話を聞きなよまったく」

 

 確かに注文する時にそんなことを言われた気がしたが、緊張から開放された安心感から、けっこう腹の虫が盛大に泣いていたため軽く流してしまったのだ。

 

「多いったって限度があるだろ……」

 

 絶対に肉だけで1kg近くある。それに、一緒に運ばれてきたライスも、漫画でしか見たことのないような盛られ方であった。

 戦慄しながら前を見やると、忍野のプレートには常識的なサイズのハンバーグが乗っていた。

 

「大丈夫ですか……? 阿良々木さん……」

「う、うん…」

 

 そして、カフェちゃんの前にも、僕のものと同じ質量の暴力が置かれていた。

 

 ウマ娘は、よく食べる。

 

 それはこの世界で短いながらも過ごすうちに、なんとなく分かっていたことではあった。

 

 しかし、今まで忍とひとつのドーナツを半分に分け合って空腹をしのぐような生活をしていたので、金食い虫の飲食店にはあまり入らなかったから実際にどれくらい食べるのかは知らなかったが、こうして目の当たりにすると唖然としてしまった。

 

 カフェちゃんの身長は、僕より10センチくらい低く(具体的な数字は、僕の身長がバレてしまうので伏す)小柄だ。そうでなくても、以前気を失っていた彼女を介抱した際には、浮き出たあばらが素晴らしいと思うと同時に少し痩せ過ぎだなと心配したくらいなのだが(ちなみに、ここにおける比重は心配が9割である)、その薄い体のどこに、その山のようなハンバーグが収められるというのだろうか? 

 

 ウマ娘は、実はサイヤ人なのかもしれない。

 

「い、頂きます……」

 

 ナイフを入れると、じゅわりと肉汁が溢れ出し、一口頬張ると口いっぱいに芳醇な肉の味が広がった。

 

「……美味い」

 

 大味な見た目に反して、味は驚くほどに良かった。もしかしたら、今まで食べたハンバーグの中で1番かもしれない。

 

 これなら、案外軽く食べきってしまうかもしれないぞ。

 

 

 

 

「うぷっ……」

「……少し、私が取りましょうか………?」

「い、いや……。頑張る」

 

 しかし、そんなことは無かった。案が外れることは無かった。

 

 どうして、僕はこんな苦しい思いをしているのか? これは僕の就職祝いのはずなのに……。

 

「ご、ご馳走さまでした」

「あの……お水……飲みますか……?」

「悪い……頼む」

 

 途中から、僕がハンバーグを食べているのか、ハンバーグが僕を食べているのかも判然としなくなり、フォアグラを作るため餌を流し込まれるガチョウの気持ちを理解できるようになった頃、僕はハンバーグという難攻不落の要塞を攻略したのであった。

 

 ちなみに、僕と同じものを食べた――男子の僕が完全にグロッキー状態で行儀悪くもテーブルに突っ伏すほどの量のハンバーグを、カフェちゃんはとっくに涼しい顔で完食していた。

 

 恐るべし……ウマ娘。

 

 しかし、彼女の妊婦さんみたいに膨れたお腹が、一応彼女たちウマ娘の胃袋が異空間に繋がっているわけでは無いということを証明していたことには、少しだけ安心したのであった。

 

 

 





遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
皆様いかがお過ごしでしょうか? 筆者は尿路結石になってました。
噂には聞いていましたが、とんでもない痛みでした…。
脂質の取りすぎとコーヒーや紅茶の飲み過ぎには注意しましょう。
今回のアンケートは参考までに。とは言っても、筆者は書けるものしか書けないのであんまり意味がありませんが。

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