蹄物語   作:棚かぼちゃ

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お久しぶりです。お待たせしました。


レース

今、僕の中で常識が揺らいでいた。

 

常識。

 

それは個人の倫理観、思考や嗜好、人格形成などの根底にあって、多大な影響を与えているものだ。アイデンティティとも呼ばれることもある。

 

無論、常識というものがその個人が生まれ育った環境や社会において、まったく別のものになることは、広く知られている所ではあるだろう。

 

例えば、『出された料理は残さず頂く』とかだ。

 

僕たち、多くの日本人にとっては「常識」と言ってしまっても問題はないだろう。

 

だが、国によってはそれは『全然足りない』という意味であり、食べ切れないほどの歓待でもてなすという、招待するホスト側への嫌味になってしまいかねない行為になってしまう。

 

まあ、それも近年のグローバル化(この言葉も最近はなんだか以前ほど聞かなくなった気がするが…)により、世界の様々な情報が、たとえ聞きたくなくても入ってくるようになって(持続可能な開発だとかSDGsだとかそんなやつだ)、その常識も変容しているそうである。やっぱ食べ物を無駄にするのは良くないよねと意識が変わってきているのだとか。

 

つまり、常識というものは思っている以上に、容易に、外的要因によって変化してしまうものであるようなのだ。

 

そして僕、阿良々木暦という人間にも、この世におぎゃあと産まれてから17年の歳月をつらつらと、辛々と這々の体でなんとか生き延びてきた中で形成された常識というものはあるのだ。薄くて弱い僕にもアイデンティティはあるのである。

 

しかし、それが今、この瞬間にも音を立てて軋んでいるのである。

 

 

『各ウマ娘、枠入りは順調です』

 

 

広いグラウンドに、アナウンスの声が響く。

 

眼前で、カフェちゃんたちがなにやら大きな、金属製の扉の付いた柵のようなものに入っていく。それは、僕の世界で、競走馬たちがスタートする時に使う発馬機に酷似…というか、そのまんまであった。

 

なんだ…あれ?

 

僕は、その異様な光景に言葉が出ない。

 

「うん、お嬢ちゃん落ち着いてるね〜。いい感じいい感じ」

 

しかし、そぐ横にいる忍野のみならず、ちらほらと観戦席に座る生徒からも、頑張れーだとか負けんなーなどと、威勢がいい声援がちらほらと上がるだけで、誰一人として、僕以外の誰も、その光景に疑問や違和感を感じてはいないようであった。

 

僕か? 僕がおかしいのか?

 

僕はこの世界に来て、何度目になるかも分からない困惑にかられていた。

 

 

 

だって、それ要る?

 

 

 

こちらに来てから忍と参加した草レースでは、あんな大掛かりな機材は存在していなかった。せいぜい、スタート地点に白線を引いてあるくらいで、選手は横並びになってスタートの合図で走り出す、いたって普通のシークエンスだったのだ。

 

しかし、ここトレセン学園では仰々しいゲートが使われていた。

 

確かに、動物たる馬なら『このゲートが開いたら走る』と教え込まないとレースが成立しないのだろうけれど、ウマ娘はそうではないだろう。

 

人間離れした身体能力以外は、とくにそこらへんにいる一般人と同じ知能を持った、ただの(?)女の子だ。

 

道の信号が赤なら立ち止まるし、青なら歩きだす。だというのに、レースで走る時だけあんなゲートが必要というのはどういう訳なのだろうか?

 

駄目だ。いくら考えても、それらしい理由が思い当たらない。

 

『天候は快晴、バ場は良。最後に6番マンハッタンカフェ…収まりました』

 

しかし、僕のそんな疑問にアナウンスのお姉さんが答えてくれる訳もなく、淡々と発走準備が整っていく。

 

『スタート。少々バラつきました。ハナを取ったのは1番ジャラジャラ。出遅れた4番パラディンソード最後方からの競バです。6番マンハッタンカフェ、すっと集団後方に控えます』

 

まあ、そういうモノなのだろう。僕はそのことについてこれ以上考えるのを辞めた。

 

と言うよりも、()()()()のことより重大な、驚天動地の大事件が僕の眼前に横たわって…いや、走っているのだ。

 

文字通り、その足で。

 

『1番スルスルとアガッていく。後続から既に4バ身、いや5バ身! 大逃げです!! これは最後まで持つのでしょうか!?』

 

え? 常識が揺らぐとかどうとか言ってたのは発バ機のことじゃないのかって?

 

 

『3番ドリコスランナー上がっていく。これは掛かり気味か?』

 

いやいや、僕もこちらに来てから散々、いろんな事象が僕の常識から逸脱しまくって、もはや脱線事故を起こしている状態なので、いまさらその程度のことで動揺はしない。

 

『先頭は変わらず1番ジャラジャラまだ逃げている。4バ身ほどあいて3番ドリコスランナー、ジリジリ差を詰めていく! さらに1バ身離れて5番ブリーズカイト。縦長の展開です!』

 

レース序盤の展開を、僕は陸上とかに詳しい訳ではないが(戦場ヶ原や神原みたいな陸上経験者が身近にいるけれど、自分で調べたりしたことはないので依然僕は無知なままだ)、地区大会とかでもないのにやたら熱の入った実況が告げている。

 

そして、眼前を色とりどりの体操服…ハーフパンツやブルマーを履いたウマ娘たちが駆け抜けていた。

 

そう、ブルマーである。

 

もちろん、ドラゴンボールに登場する、いつの間にかヤムチャと縁が切れてベジータとくっついていた女性キャラクターではない。

 

おそらく、多くの人がブルマーと聞いて真っ先に思い浮かべる、あの女性用体操服だ。

 

日本での普及と衰退については諸説あるが、おおよそ90年代にはほぼ学校の教育現場で絶滅したあれだ。ブルマー女史が普及に一役買った、今や漫画やアニメの世界でしか見ることのなくなった太ももの付け根まで剥き出しな体操ズボンである。

 

それが、この世界ではバリバリ現役なのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

『早くも先頭ジャラジャラ、第3コーナーを抜け後続も追いすがる!』

 

 

ブルマーの特徴とはなにか。様々な意見があるだろうが、ずばり、肌面積の多さがそのひとつだろう。これは半ズボンと比べると一目瞭然の差異であろう。

 

だが、勘違いしないで頂きたいのが、僕は露出が多ければ多いほどエッチだ等という、そんな邪な、単純で安易な考えを持っているわけでは無い。

 

たとえば、スクール水着。これは昔から多くのファンがついているジャンルであるが、露出と言う観点においては、ビキニやそれに類する水着と比べるべくもないが、多くのファンを惹き付けてやまない。また、更に肌面積の少ない競泳水着の方がむしろフェチを刺激される人もいるくらいであるので、肌面積の多さ=正義という方程式が必ずしも成り立たないのはご理解頂けるであろう。

 

 

だが僕は、それでも体操服という一点のジャンルに限定されたフィールドにおいては、僕は、ブルマーこそが、体操服における王…いや、女性用であるのだからクイーンか。とにかく、僕はあの魅惑の運動着こそが至上であると思っていた。思ってしまっていた。

 

しかし

 

僕は今、そんな昨日までの阿良々木暦という無知蒙昧で邪知暴虐な男を殴り飛ばしたい衝動に駆られていた。

 

 

『さあ最終コーナー。1番ジャラジャラ大きく外に膨らんだ。これで一杯か? ズルズルと下がって3番ドリコスランナーこれに並びかけて…今先頭に変わりました。おっと6番マンハッタンカフェ! ここで仕掛けた! ぐんぐん加速して垂れてきた1番をかわし、一気に2番手に上がってきたぞ!』

 

僕の目に、ハッキリと映し出されたカフェちゃんのその姿。

 

『速い速い! 6番マンハッタンカフェ、凄まじい末脚だ! 3番ドリコスランナー苦しいか!? リードは2バ身、1バ身と縮まって…かわした! マンハッタンカフェ今先頭に変わりました』

 

先頭になったこの瞬間にも、そのはるか前を走る「お友達」だけを見つめながら走る彼女の、姿。

 

『そのまま後続を引き離して…ゴール! マンハッタンカフェ、タイムは1分59秒!! 5バ身差の余裕の走りでした!』

 

ハーフパンツにストッキングという、僕の貧困な、体操服というジャンルに対する常識を変えてしまったその姿で、カフェちゃんはゴール版を、僕の凝り固まった価値観を置き去りにして走り抜けていった。

 

 

 

「はぁ…はぁ……」

 

「お疲れ。お嬢ちゃん」

 

レースを見事に1着で終えたカフェちゃんが、流れる汗もそのままにこちらへ歩いてきた。

 

「トレーナーさん…どうでしたか……? 私の走り……」

 

「うん、文句なしさ。むしろデビュー前の段階でこれなんて、ちょっと怖いくらいだよ。ねぇ? 阿良々木くん」

 

おい忍野、ねぇ? なんて聞かれても、僕に走りの良し悪しなんて分からないぞ? 僕に分かるのはあのレースに出ていた子達の中で、カフェちゃんの実力が抜きん出ていたという事くらいだ。

 

「……ああっ! そうだな! 特に足の力強さが良かったな。うん、足が良かった。素晴らしい足だった」

 

「ありがとう…ございます……?」

 

僕は適当な事を言って誤魔化すことにした。

 

「ほら、タオル。って、すげー汗だな」

 

「ありがとうございます…阿良々木さん」

 

カフェちゃんは、僕が手渡したスポーツドリンクで水分補給をしつつタオルで顔をぬぐった。

 

いや、ほんと。もう滝みたいな汗だ。体操服を脱いで絞ったら、きっとちょっとした水たまりが出来るんじゃいかってくらい。なんならすでに足元の砂が点々と雨粒が落ちたみたいになっている。

 

そりゃそうか、だって2000mだもんなぁ…つまり2kmだ。そんな距離を、陸上のオリンピック選手も真っ青な速度で、しかも全力で走り抜けるのだ。改めてウマ娘という存在の特異性を感じずにはいられなかった。

 

僕は今一度、クールダウンしている彼女に視線を向けた。

 

 

「カッコよかったぜ。ストッキングちゃん」

 

「……ストッキングちゃん?」

 

おっと

 

「失礼。噛みました」

 

「なにをどう噛んだらそうなるんですか……」

 

いけないいけない。つい口を突いて出てしまった。

なんて素直の男なんだ僕ってやつは。

 

「思っていることはすぐ言葉にして伝えられるのが、僕の美点さ。ほら、人間思っているだけでは相手になにも伝わらないって言うだろ?」

 

「今の発言で伝わってくるのは…阿良々木さんが邪な目で私の足を凝視していたということだけなんですが…」

 

「いやいや、誇っていいぜカフェちゃん。お前は僕に、新たな扉を開かせてくれたんだからな」

 

「私としては、むしろそれは伝えて欲しくなかったです……」

 

カフェちゃんが、僕の視線からどうにかして隠そうとするかのように、自分の脚を、ストッキングを、その細い腕で覆った。

 

いつもは鉄面皮ぎみの美少女が、その頬を赤らめながら(レースで走った直後だからかもしれないが)、非難の色を含んだ上目遣いでこちらを見ている。

 

う〜ん、マーベラスだぜ。

 

「いけないいけない。お口にチャック」

 

『オクチ ニ ホッチキス シテヤロウカ』

 

「………」

 

やめろ、それは僕の今なお癒えぬトラウマだ…。

 

「はっはー。なにはともあれ、1着おめでとうお嬢ちゃん。次はいよいよ、メイクデビューだね」

 

「なんだか…はぐらかされた気もしますが……。はい…よろしくお願いします」

 

こうして、カフェちゃんの選抜レースはなんのトラブルもなく終わったのであった。

 







しばらく書かなかったら文章の書き方忘れてて焦りました。レース描写これでいいのかな?
文章力と構成力と筆の早さが欲しいあと自分以外が書いた物語シリーズ×ウマ娘が見たい(強欲)

いつものようにぜんぜん話が進みませんでしたが、なんとか次回につなげられそうです。
ではまた次回までみなさまお元気で。

モブ視点とか

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