蹄物語   作:棚かぼちゃ

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異世界へ

高校2年生の最後の春休み、僕は吸血鬼に襲われた。

 

鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードに襲われた。

 

もっとも、襲われたというよりは、僕が愚かにも自分から襲われに行ったというのが真相ではあるのだけれど。

 

美しい、鬼だった。

血も凍るような、美しい鬼だった。

 

 

怪異殺し

怪異の王

ノーライフキング

 

 

600年を生きた人食いの鬼。

 

ヒトを歩いて喋る食材くらいにしか思っていないような上位種。

 

多くの名前と、それに見合う実績を世界中で残してきた彼女が、なんの冗談なのか僕の目の前で死にかけていた。

 

「おい……そこの、うぬ。うぬじゃ」

 

鶏や豚を見るような、およそ人を人とも思っていない目を、僕を食べ物としかしか見ていないあの凍るように冷たい目を、今でも鮮明に思い出せる。

 

「儂を、助けさせてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから、なんやかんやあって僕は最強の吸血鬼の眷属となり、なんやかんやあって青春学園異能バトル漫画の主人公よろしく、キスショットを追ってきた熟練の吸血鬼ハンターたちとの死闘を繰り広げた。

 

詳しくは、西尾維新先生著作の傷物語を参照頂きたい。1冊完結なのでこれからシリーズを読み始めたい人にもお勧めだ。

 

 

 

とにかく

 

地獄のような春休みをなんとか乗り越え、その後も猫や猿に殺されそうになりながらも生き延びてきた僕であったが、まさか最後の幕切れが鬼でも悪魔でもなく、馬に蹴られてとは我ながらなんとも締まらない最期である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故、いきなり特に懐かしくもない過去を僕が回想しているのかと言うと

 

僕のまわりを、そんな僕の記憶ともいえる場面がダイジェストのように取り巻いているからだ。

 

光の泡のようなものがふわふわと浮かんでは、その中にそんな映像が見えるのである。

 

 

 

「僕、死んじゃったのかな」

 

直前の記憶はしっかりとある。

 

受験勉強の休憩がてら、近所のコンビニエンスストアにアイスを買いに行った僕は、帰りがけに八九寺に遭遇。

 

紳士的に挨拶をかわした僕たちは、他愛のないおしゃべりをしていたのだ。

 

そして、直後にあの『クラヤミ』

 

馬の形をした『影』に僕は蹴り飛ばされた。

 

 

そして、気が付けば僕は真っ暗な空間にいた。

 

真っ暗闇

 

四方八方、どこを見ても透過率も反射率もゼロの漆黒であった。

 

まあ、漆黒というのは艶のある黒を指す言葉なので普通に誤用なのだが、めちゃくちゃ暗いということを言いたいだけなのでそこは目をつむって頂きたい。

 

上も下も分からないような、暗黒。

 

僕はそんな空間をふよふよと浮遊していた。

 

倒れていただとか、寝転んでいたとかではなく、浮遊。

 

足どころか、体のどの部分も地面に触れてはいなかった。

 

 

 

 

 

顔面に、ふたつの蹄鉄が迫り強烈な衝撃を受けたのを覚えている。

 

そう、蹄鉄

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

吸血鬼は、いろんなゲームや漫画でさんざん使い古されて、もはや説明するまでも無いほど掘りつくされた鉱脈ではあるが、人間を紙きれのように引き裂く強靭な肉体と、様々なものに姿を変える変身能力を持っている。血を吸い、自分の意のまま動かせるゾンビを作り出す恐ろしい怪異である。

 

単純に、力持ち。

 

それだけで始末に負えないのに、人体にとって致命的な部位が吹き飛んだとしても回復してしまう不死性すら持ち合わせている。

 

さすがに、こんなもんどうやって退治すればいいんだと言いたいくらい強い。

 

猫耳黒髪ロング巨乳三つ編み眼鏡美少女委員長くらいの属性の盛りだくさん具合だ。

 

ゆえに、吸血鬼は多くの妖怪変化の中でも間違いなく最強の部類である。

 

 

だがその分、弱点も数え切れないくらい多い。

 

太陽の光を浴びれば瞬時に燃え上がって蒸発するし、十字架や銀製品、聖水は触れただけで大やけどを負う。川・海・湖畔、流れる堀を渡れず、聖書の言葉に耳をそむけ、人の家には相手に招かれなければ入れない。

 

そして、数ある吸血鬼の弱点のひとつ。

 

それが馬の蹄を保護する役割をもつ、蹄鉄だ。

 

いくら僕が全盛期には程遠い吸血鬼もどきであると言っても、僕はどうしようもなく、言い訳のしようも無いほどに吸血鬼もどきであるため、魔除けのお守りとしても信仰されてきた蹄鉄は、しっかりと僕にもその効果を発揮する。

 

それを怪異とはいえ、馬の脚力で放たれたのである。

 

むしろ、名は体を表す怪異が馬の姿をとっているのだから、その威力は折り紙付きであろう。

 

サバンナのシマウマ(厳密にはロバの仲間であるが)は、時にその後ろ蹴りで襲い来るライオンの頭蓋骨さえ粉砕すると言われている。

 

そんな蹴りをまともに受けてしまったとあっては、吸血鬼の不死性などちょっと普通の人よりも怪我が治りやすい程度にしか残っていない今の僕では、きっとひとたまりもないと思う。

 

流石の僕も「実はまだ生きているんじゃないか」などという楽観的な考えを抱くことは出来なかった。

 

きっと、さっきからこの暗闇の中で淡く輝く僕の記憶達は、これが走馬灯というやつなのだ。

 

馬に蹴られたのに走馬灯なんて、随分と丁寧なものである。

 

 

 

 

それについ先ほど現れた、ひと際大きな光源が、僕に僕の死を物語っていた。

 

 

 

 

 

僕に向かって差す、一筋の光

 

 

その一筋の光を、()()()()()()()()()3()()()()()が僕を手招いているのだ。

 

『さあ、こちらへ』

 

頭の中に直接響く、鼓膜を介さない声が聞こえた。

 

僕はその声に引っ張られるように、おぼつかない足取りではあるが歩き出した。

 

今まで浮遊していたことなど忘れたように、歩き出す。

 

ああ、死神って思ったよりも優し気な女性の声をしているのだな等と、僕は考えていた。

 

そして

 

差し出された死神の手を取ろうと、伸ばした僕の指が触れた瞬間

 

「うわあああああああああああああああ!!」

 

 

僕は重力に引かれて落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手を伸ばす。

 

すると僕の指先に、温かく、こつこつと固いものが当たる感触があった。

 

薄いなめし皮のようなものの下に、等間隔で細い硬質なものが並んでいる。

 

 

ああ、そうか。

 

これはあれに似ているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬ前に、武道館で幼女の肋骨をかき鳴らしながらジョニービーグッドを歌うのが夢だった」

 

「はよ起きんかこのたわけ!」

 

「うおお!?」

 

瞬時に覚醒した僕は、眼前に迫りくる拳をすんでのところで回避した。

 

「やっと起きおったか…というかお前様、何故避けるんじゃ。ぐーすかぐーすか儂のひざで寝ておったから優しく目を覚まさせてやろうとしたというに。儂の心づかいを無下にしおって!」

 

「いや、本気だったろ今の…」

 

何が優しくだ。

 

だって、それ……

 

空振りした僕の顔に叩きこまれるはずだった手が、地面を殴りつけて右手首があらぬ方向にひん曲がってるじゃねえか。

 

「うわ…」

 

思わず声が出た。

 

 

8歳くらいの金髪幼女の折れた右手首から、皮を破って骨が突き出し、その周辺がみるみる赤黒くなって腫れあがっていく。

 

凄惨な光景だ…

 

見ているこっちが顔をしかめるような痛々しさだったが、忍は気にするそぶりも見せずにぷんぷんと頬を膨らませて怒っていた。

 

…あれ?

 

「おい忍、僕が死んだのになんでその姿なんだ?」

 

(しのぶ)

 

忍野忍(おしのしのぶ)

 

最強の吸血鬼、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの成れの果て。

吸血鬼の絞りカス

 

最強たるキスショットが、名と力を奪われたのが目の前にいる超絶かわいい金髪金眼の8歳児である。

彼女は僕が死ねば、自動的に全ての力を取り戻して怪異の王に返り咲くはずなのだ。

 

それがまだこの姿ということは

 

 

「まさか僕、生きてるのか?」

 

「確かめてやろうか?」

 

忍がすっと右腕を振りかぶる。

 

「やめろ、僕は幼い女児にビンタされたいとは常々思っているけれど、幼女の手首から突き出た骨に刺されたいと思う程上級者じゃない」

 

そうか、僕はまだ、生きているのか。

 

「悪かったよ忍。僕の事、見守っててくれたんだろ?」

 

「つーんッ!」

 

そっぽを向いた。

 

とても600歳児とは思えない子供っぽい仕草だ。

それでいて、ちらちらと僕がどんなリアクションをするか見ている。

 

めっちゃかわいい。

 

「お前様はなあ、今まで何度も何度も怪異絡みで死線をくぐってきた癖しおってなんじゃあの体たらくは! もしあの時儂がとっさにお前様の影から出て、あのクラヤミの足を引っ張っておらんかったら本当に今頃お前様は死んでおったかもしれんのじゃぞ? 大体お前様はっ 」

 

「姦しい口だな」

 

「むーっ!」

 

キスで黙らせた。

 

あれは完全に僕の落ち度なので、愚痴を聞くのはやぶさかではないのだが、今はそれよりも重要なことがある。

 

「忍、確かに僕が油断していたのは悪かったけど、先に確認することがあるだろう?」

 

「確認…?」

 

あれ? いつもならここで「いきなりキスで口をふさぐなんて…イタリア男か!」みたいなツッコミが来るはずなんだけれど。

 

「式の日取り?」

 

「違うよ!」

 

いきなりしおらしくならないで欲しい。心臓がバクバクする。

 

危うく新婚旅行はどこにしようかなどと考える所であった。

 

 

 

 

 

 

 

「今、僕たちが置かれている状況を知らないと」

 

「ふむ…まあそうじゃの。儂もそこに異論はない」

 

首をぐるりと回して周囲をざっと見て見たが、日が落ちているのかずいぶん暗く、森の中に居るような緑の匂いがした。

 

幸い、あのクラヤミのような影もいないが、いつまたあれが襲ってくるとも限らない。

 

今のところ周囲には人影もないようで、僕たちの姿を見られることはなさそうであった。

 

ならば、出来る限りの準備はしておくべきだ。

 

 

 

僕はシャツを脱いで半裸になり、8歳くらいの見た目の金髪女児を膝に乗せて向き合い、抱擁した。

 

「なあお前様、もし、今ここにお巡りさんが来たらお主はすぐに刑務所行きじゃな」

 

「いきなり怖いことを言うな! 僕はなにもやましい事はしていない!」

 

血の気が引いた。

 

 

カプッ

 

という可愛らしい音を立てて、忍が僕の首筋に噛みついた。

 

忍は僕の血を吸うことで、全盛期の頃に近い力を取り戻すことが出来る。

 

そして、それに比例して僕自身も、最強の吸血鬼キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの眷属であった頃に近づいていく。

 

チュウチュウと、忍が血を吸うとその体に変化が現れた。

 

8歳児ほどの小さく薄い体はみるみる大きく、成長していった。

 

「ふうっ、この大きさになるのは久ぶりじゃのう」

 

外見年齢が17歳くらいの姿になった頃、彼女は僕の首から口を離した。

 

ここまで成長すると、顔立ちも幼女の時の可愛い系から凛々しさを感じる美しい顔立ちになる。

 

日本人とは明らかに異なる、西洋系の顔立ち。

 

 

近寄りがたいほどの美人とでも言うのか、現実味がないような美しさだった。

 

まつ毛なんてもう、まばたきするだけで風が起きそうなくらいバッチバチだ。

つけまつ毛メーカーが倒産してしまいそうなくらい。

 

身長はだいたい170㎝くらいにまで成長し、僕よりちょっとだけ、ほんの少し大きくなり、腰に届くくらいの綺麗な金髪はポニーテールにまとめられている。

 

服装はパンツルックで、白いズボンに豪奢な刺繍のほどこされた黒い燕尾服のような上着を着ていた。

僕でも上等の仕立てであることが分かるような、乗馬服

みたいな格好だった。

 

めちゃくちゃカッコイイ。

 

「う~ん!」

 

ぐっと、身体を反らして忍が伸びをした。

 

ぶるんと

 

そのたわわに実ったお胸様が自己主張する。相変わらずなんて大きさだ。

ちょっと頑張れば上に座われそうだよ。

 

「いやんっ! まじまじと見るでないわエッチ!」

 

「グワーッ!!」

 

目にも止まらぬ速さで、目を潰された。

 

右手の人差し指と中指で僕の目を突いてきた。角膜を貫き水晶体を粉砕して、その指が僕の後頭部から飛び出した。

 

普通に致命傷である。

 

生き残ったと思ったのに、思春期のほとばしる純情なパトスの発露に対するツッコミでむざむざ命を落とすことになるなんて…僕はもう永くはないだろう。

 

このことで僕の後の世の人々が得るべき教訓は、女性のおっぱいを無遠慮に見てはいけないということだ。

 

「な~にを当たり前のことを格言みたいに言っとるんじゃこのたわけが! もう治っとるんじゃから芋虫よろしくいつまでも転がっとるでないわ!」

 

「目つぶしで頭貫かれるとは思わねえよ普通は!」

 

まあ、このように僕は生きている。

 

普段なら本当に死んでいたかもしれないけれど、忍に血を吸わせ、ほぼ限界まで引き上げられた僕の吸血鬼度ならばこれくらいなら大丈夫なのであった。

 

全盛期の頃には程遠く、足元にも及ばないけれど、今の僕は身体能力もかなり向上しているはずだ。

 

 

実際、夜目が効くようになって周囲の状況が良く見えるようになっていた。

 

まだ日が落ちて間もない頃なのか、月の光さえろくにないけれど僕の目には昼間のようによく見えた。

 

「学校の…林?」

 

遠くから、女生徒のものと思われる話し声と、おそらく日本全国の学校共通の聞きなれた時刻を告げるチャイムが聞こえたため、僕はここがどこかの学校施設の敷地内であるとあたりをつけた。

 

ここは、学校をぐるりと囲む壁と校舎までを隔てる、緑化と外部からの目隠しもかねた木々が生い茂る場所であるようだった。

 

「どこだ…ここ?」

 

「なんじゃ、てっきり儂はお前様が通っておる学校かと思ったが」

 

「ああ…いくら田舎だと言っても、僕の学校は外周からあんな遠くに見える程でかくねえよ。ていうかお前も春休みに一回見ただろ、僕の学校」

 

地獄の春休みの最後、僕とキスショットの最終決戦の舞台になったのが我が母校なのでこいつも絶対に見ているはずだ。

 

「忘れた」

「忘れたんだ…」

 

まあもう600歳だし…脳の容量がいっぱいなのかもしれないな

 

 

だが僕はまだ17歳の若造だ。仮にも2年間通っている自分の学校を見間違えることはない。

 

吸血鬼の視力で見通した遠くの校舎や、その周辺に並ぶ建造物を、僕は見たことが無かった。

 

 

 

 

 

 

つまるところ

 

 

僕たちは、まったく未知の場所に放り出されていた。

 

 

 

 





次回、マンハッタンカフェ登場

たぶん
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