蹄物語   作:棚かぼちゃ

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執筆にあたり、約10年ぶりに物語シリーズを読み返しています。
やはり、楽しいと同時に、阿良々木くんのナチュラルなロリかっけー変態具合をどう表現するか頭を抱えてます。
カフェは、デビュー前はかなり避けられてる印象をアプリから受けたのでそれを基準にしてます。


前兆

 

 

 

 

 

 自分の目に見えないものを、アナタは信じられますか?

見ることも、聞くことも、まして触れることも出来ないものをそこに在ると、信じ切ることが出来ますか?

 

突然こんなことを聞かれても、困らせてしまうだけかもしれません。何故なら、多くの人にとって目に見える者こそが真実で、目に見える物こそがリアルだからです。

 

唯物論、物質主義。マテリアリズム。

 

私たちは見て、触れて、感じられるものをこそを現実であると信じています。それは私たちが生きるこの世界を構成する確かな事実であって、史実であって、疑いようもなく救いが無いほどに私たちを縛り付けているのです。

 

勿論、目に見えないモノ達を信じる人々もまた、たくさん居ることも紛れもない事実です。

人々は目には見えない神様や仏様を拝み、敬い、畏れる。

夏には怪談を語り、未練を残した霊魂を想い恐怖します。

目に見えないモノを、思う。

 

 

しかし、信じることと、実際に見て、触れられることには天と地ほどの遠大な差があるのだと私は思うのです。

 それは、さながら料理をしたことが無い人が「卵焼きくらい誰でも作れる」と言うようなもの。いえ…分かりづらいでしょうか……ごめんなさい。私はあまり喋ることが得意ではありません。

 つまり、何が言いたいかと言うと、日本人であれば卵焼きは誰しもが食べたことがあって、実際に作ったことが無い人ですらなんとなく、なんとは無しに、直感的に作り方が分かるようなポピュラーなものではあるのにも関わらず、今までフライパンを握ったこともないような初心者がいきなり上手に作れるかと言うと、そうではない料理だということです。

 

そして、料理をしたことが無い人ほど「卵焼きくらい」と(のたま)います。

 

多くの人が知っていて、認識が共有されている一般的な料理ですら、実際に作ったことのある人とそうでない者の間には、大きなズレが生じます。

もしそれが…卵焼きが、目には見えず、触れることすらできないモノであったなら

 

それを見て触れらる者と、そうでない者との間には、埋めようのない隔たりが生まれるのでしょう。

隔絶が、生まれるのでしょう。

 

その認識の齟齬は、もはやどうしようもなく、噛み合わない。

 

もし、いざ不可視のモノたちを認識できる存在が眼前に現れた時、見えず、触れられないモノを信じると言ったその口で、人々は言うのです。

 

― そんなものはいないと。

 

 

幼かった私は、そんな齟齬に耐えられませんでした。

 

私― ウマ娘マンハッタンカフェは、見て、触れられる側の人間だったのです。

 

 

私は、昔から…思い出せないほど幼いころから、いろいろなものを、見ることが出来ました。

他の人には見えない、不思議な子たちが……。

 

「お母さん、線路の踏切で踊ってるあの子はだぁれ?」

 

幼かった私は、自分が見えるものは当然すべての人々にも見えていると思っていました。見えて、聴こえて、感じられるものだと。

 

―そんなの居ないわよ

 

だから、それは私を、私の世界を…私の見えているあの子たち全てを否定されることに等しくて……。

 

いつしか、私は閉じ籠るようになりました。

 

そのせいか、私には友人と呼べる存在は多くなく、いえ、あまり…見栄を張っても仕様がありませんね……

はっきり言って、友人はほとんどいません。

 

多くの人々は、他者と関係を築き触れあうことで互いを理解し、孤独を、疎外感を、埋めていくのでしょう。

 けれど、私にとって他人と関わることは、むしろ私と私の世界を否定され、拒絶され、傷つくだけの行為なのでした。

 

 それに、私は友人がいないということに不自由を感じたことも、寂しいと思ったこともありません…。これは私のコミュニケーション能力の低さからくる負け惜しみだとか、強がりだとかそういうものではありません。

 私には『お友だち』がいましたから。

…待ってください、これは私がかわいそうなヤツであるわけではありません。私の脳内のみに存在するイマジナリーフレンドを友達と呼んで自分は独りではないと慰めているわけでは、決してないのです……。

 

私には見えるのです。見て、訊いて、触れあえる、私にだけ認識することの出来る『お友だち』が……。

 私によく似た姿の、彼女。いつも私の前を楽し気に走り、私を良い方向へと連れて行ってくれる…私だけの、私の隣人。

 

彼女とわたしは、いつも一緒でした。お喋りをして、走って、笑って、走って、走って、走って…

 

彼女は…『お友だち』はとても足が速くて、追いつくことが出来ない私は、今まで一度も彼女の顔を見た事がありません。

 

いつか、あの子に追いつく。それが、私の夢です。それだけが、私にとって大切なこと。

それだけが重要で、それだけが肝要です。

 

だから

 

私には…マンハッタンカフェには……友人は必要ありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

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―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世には、目には見えない闇の住人達がいます。

 

人ならざる者たち。幽霊や妖怪、怪異と呼ばれる彼ら、もしくは彼女たち。良いモノも、良くないモノも含めて、多くの見えざる存在が確かに存在しています。

 

そして

 

時として彼らは牙を剥き、私たちに干渉してくるのです。

 

 

「カ〜〜〜フェ〜〜〜」

 

今にも軽快な音楽とともに、鬼を左手に宿した男性教師が戦う作品のオープニングソングが流れそうな声が私の名前を呼びました。

「…なんですか……タキオンさん」

 

「やあやあカフェ、今日は素晴らしい天気だねぇ。絶好の行楽日和とでも言うのか、君のたくましい触覚も心なしかツヤツヤしてるように見えるよ」

 

ちらりと、窓の外を私は見ました。日曜日の、午後3時。昼とも夕方ともいえないなんとも微妙な時間。

 ざあざあと、さめざめと、鈍色(にびいろ)の空がその重さに耐えかねたように泣いていました。

 

「雨ですけど…」

 

「そう! 雨! なんて素晴らしいんだろうね! 私は生まれた時から雨が大好きなんだよ!」

胡散臭い私のルームメイト ― 学校指定のセーラー服の上から白衣を羽織ったアグネスタキオンさんが、演技がかった大げさな動きで腕を広げて雨が好き宣言をしてきました。

 

「私は常々考えていたのだよ! 世間では晴天の日こそが買い物や行楽に良い日とされているけれども、私はそうは思わなんだ。何故なら、大多数の人々がそう思っているということは、そんな日に出掛けたら間違いなく渋滞、混雑に巻き込まれてしまうからさ! しかも日焼け対策までしなくてはいけないんだからたまったものじゃないよ。…ならば逆さ、逆転の発想だよ。晴れの日は楽しく、雨の日は憂鬱などと言うのは所詮幼少期の頃に教え込まれた固定観念に過ぎず、実は、本当は、雨の日こそが、出かけるには最適な天候だと言えるのだよ!そうは思わないかい? カフェ~?」

 

ぐいぐいと、声高らかにまるで世紀の大発見をしたように、タキオンさんが私に近寄ってきます。

 

 

「…ちょっと、寝た方がいいんじゃないですか……?」

 

タキオンさんの目元には、もうはっきりと見て取れるほどに濃いクマが刻まれていました。

 

これは少なくとも数日は徹夜している時の顔ですね。

 

あ、近づいた拍子にスンスンと鼻を鳴らしています。匂いをかがないでください。

 

「くんくんくん、スーッ ハ―ッ スーッ ハ―ッ」

 

ちょっと…ほんとに……やめてください。私が鬱陶し気に手で彼女を押し返しました。

 

おっと。

と、タキオンさんには悪びれた様子もありません。

 

「ふぅン…いやはや、何やらカフェから私と同じ匂いがするもんだからつい興味が湧いてしまったよ。これは同室で長く暮らしているために、生活環境が似通ったことでフェロモンに変化が生じて体臭にも何か影響があったのかもしれないねぇ」

 

「…それは昨日、3日もここに籠っていたあなたを私がお風呂に叩きこんで洗ったからです……私のシャンプーを使って」

 

「おや、そうだったかい? う~ん! 君と私が同じシャンプーの匂いをさせているなんて、何だかどこかの芝もダートもお構いなしの興味深いウマ娘が寄声をあげていそうな気がしてきたよ!」

 

何を言っているんでしょうこの人は。

アメニティグッズの貸し借りくらいは、どこでもよくある話でしょうに。

 

 

「少し考えればすぐに答えに辿り着けるようなことだったのに! 私の明晰な頭脳もさすがに連日の研究でそろそろオーバーヒート気味なのかもしれないね!」

 

この人のテンション、正直私は苦手です。

とても…疲れます。

 

「…タキオンさん。何か……私に言いたいことでもあるんですか?」

 

いつも、話の本題に入るまでが長い彼女ですが、いい加減この気だるい絡みにもうんざりしてきたので、私は読んでいた雑誌をテーブルに置いてタキオンさんを見ました。

 

「そこで…だ」

 

「…!」

 

急に、今までのおちゃらけた雰囲気が一変しました。いつもの口の端をわずかに歪めたような、なにかを企んでいるような笑顔ではなく

 

 

「これは極秘ルートから仕入れた情報なのだが」

 

真剣な表情でした。

 

「なんと、今」

 

ごくりと、あまりの迫真の表情に私も息を呑んでしまいました。

 

「ウマイスタードーナツが! 雨の日限定で!! 全品100円セール中なのだよ!!!」

 

「……良かったですね」

 

心底、どうでもいい情報でした。

 

 

私は読んでいたコーヒー用具専門誌を再び手に取ると、続きを読み始めました。

真面目に取り合った私の時間を返して欲しいです。

 

「カフェ〜、そう邪見にしなでおくれよ」

 

「…買いに行けばいいでしょう……自分で」

 

「むっ」

 

あ、これはやっぱり私に買いに行かせようとしていましたね。

若干痛いところをつかれたと言うような顔をしました。

 

「残念ながら私は手が離せないんだ。今実験で扱っている菌類の性質上、ちょっとでも目を離して気温や湿度が変わってしまうとここ1週間くらいのデータが全部無駄になってしまうんだよぉ」

 

「…では諦めてください」

 

「そう言わないでおくれよカフェ~。私の1週間の研究成果が無に帰すのは世界にとっての損失なんだ。そして昼夜を忘れてここに閉じ籠っていたせいで私の能みそは猛烈にエネルギーを欲しているという訳なんだよぉ。つまりは糖分が欲しいんだ頼むよカフェ~~~~~」

 

「じゃあ…いつもみたいに角砂糖の紅茶浸しでも飲んでてください……」

 

「やだー!!」

 

とても、高校生が口にするとは思えない言葉が飛び出しました。

 

「私は、今! ドーナツがたべたいんだ!! むしろドーナツ以外はなにも手につかない! 今思い出したけれど、実は私の名前はドーナツだけを食べて生きてきたドーナツタキオンなんだ!!あの魅惑の輪っか状の揚げ菓子を食べないと私は生命活動を維持できないんだよぉ!!」

 

子供ですか、あなた。小学生でもそんなダダの捏ね方しませんよ…ダダコネタキオンです。

 

「はーやーくー! 買ってきてくれないと、私は床を転げ回って、君は歩くたびにちょっと邪魔だなと脚をあげて私をまたがなければいけない羽目になってしまうよ?」

 

「じゃあそれでいいです」

 

「うわーんっ!!」

 

うわ……。

 

ここまで育った人間が床を転げまわってだだをこねている姿は……こう、くるものがありますね。キツイものがあります。

見ていられない、というか見るに耐えません。私も自分の名前がタエカネマンハッタンカフェだった気がしてきました。

 

「わかりました。なにが分かったのか自分でも分かりませんが…お願いですから床で暴れるのはやめてください…。埃が立ちます……掃除するの私なんですから」

 

ぴたりと、タキオンさんが動きを止めると今までの醜態など無かったように、すっと立ち上がりました。

 

 

「ふぅン…では、私は君が今すぐにでもウマイスタードーナツへ行きたくなるような、尻尾を振り乱しながらドーナツを私のために一心不乱に買いに行きたくなるような条件を提示しようじゃないか」

 

切り替えが早すぎます…今の今まで幼い女児のように騒いでいたとは、よその人が見ても信じてくれなさそうなきりっとした顔をしています。

 

「……なんでしょう」

 

「もしドーナツを買ってきてくれたなら、この部屋の一部、私の研究スペースの棚を君のグッズ置き場として提供しようじゃないか!」

 

「…! あの場所を……ッ!」

 

 

魚が狙い通り餌に食いついたというような顔をされました。

業腹ですが私は自分で思っている以上に、感情が顔に出やすいのかもしれません。

 

 

 

しかし、その提案は私にとって非常に魅力的であることは否定できません。そもそもこの部屋、私とタキオンさんがいるこの空間…使われていなかった理科室は、もともと私が実家から持ちこんだ、寮の自室に置き切れなかったコレクションの保管場所として使っていました。

 そこへタキオンさんがあとから入居してきたせいで私のスペースは半分になり、あぶれたコレクションが埃をかぶってしまっているのです。

僅かでもスペースを確保できるのであれば、願っても無い好機でした。

 

 

「そうだとも! 私に二言はないよ。君が約束通り任務を達成した暁にはダダを捏ねたりすることなく、潔くあの場所を君のコレクション置き場として差し出そうじゃないか。安心したまえ、私は人生で一度もダダを捏ねたことが無いんだ。手間のかからない子供だったのが自慢さ。ダダナシダダコネとは私のことだよ!」

 

あなたがフタイロトゲハムシの亜種みたいな名前だったとは初耳です…。というよりも、さっきまでのあられもない、恥も外聞もない自分の行動はすっかり記憶から消去されているようです。

 トゲナシトゲトゲもあなたに名前をもじられたと知れば恥じ入ってトゲが生えてくるでしょう。

 

あなたの名前はダダアリダダナシダダコネです。

 

「…しかた、ありませんね」

「おお、カフェ~分かってくれたかい?」

 

してやったりみたいな顔がムカつきますね。

 

しかし、我慢です。私は我慢の子です。

 

目的のためならマッドサイエンティストの手先となってドーナツショップへ飢えた猟犬のように放たれることも許容しましょう。

 

元より、雨の日に外出することが嫌だったわけではありません。私はむしろ雨の日が好きです。照り付ける日の光が柔らかくなって、いつもより多くのものが良く見えるのですから。

 

 

 

 

「カフェ」

外出用の、お気に入りのフリルの入ったベージュ色のシャツとチェック柄のスカートに着替えます。

 ちらりと時計を見れば、すでに午後4時を過ぎた頃でした。今から最寄りのドーナツショップに行き、すぐに返ってきたとしても6時を回るでしょう。門限ぎりぎりです。気分的にはもう既に疲れていましたが、無理やりコレクションスペースのためと自分に言い聞かせ、意を決して部屋を出ようとした時、タキオンさんに呼び止められました。

 

「なんですか…」

 

出来ることなら、こんなことで門限破りの咎めは受けたくない私は、一刻も早く出かけたかったので少し声にトゲが出てしまいました。

 

「行ってらっしゃい。暗くなるかもしれないから気を付けて。…ちゃんと帰ってきておくれよ?」

 

案外、普通の事を言いました。

存外、まともな事を言いました。あのトレセンのマッドサイエンティストが…

凶兆かもしれません。

 

 

「なんせ私の日常生活はカフェに支えられているんだからね!」

 

「……行ってきます」

 

私は、出かける前から帰りたくなくなっていました。

 

 

 

 

 

 

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