蹄物語   作:棚かぼちゃ

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前話より、ちょっとだけ前のお話。


恐怖

昔話をしようと思う。

 

いきなり、何の脈絡もないけれども、どうかお聞き頂きたい。

 あれは僕が、今のように擦れても落ちこぼれてもいない純真な小学生だった頃なので、およそ6年くらい前の話である。

 ぜんぜん昔でも何でもないじゃないかと思われるかもしれないけれど、当時は純粋で可愛らしい男の子であった阿良々木少年が、現在のひねた、なんの可愛げもない落ちこぼれになるほどの年月が過ぎているので、大昔の話と言っても過言ではないだろう。

 

小学校の高学年。

 

この頃に体験した印象的な出来事は、何年経っても鮮烈に覚えているという、そんな年頃。

僕はそんな時、強烈に刻まれた記憶があるのだ。

 

それは、恐怖の記憶。

 

僕という人間がまだまだ真っ白であった頃、さながら真新しいノートに墨を落としたかのように付着し、希釈されることも掠れることも無く、今なお時折、時節を見ては思い出され、僕を苛む記憶(トラウマ)である。

 

あれは、夏の暑さも和らいだ頃であったと記憶している。

夕食も入浴も、歯磨きも済ませた夜9時頃。

 当時は僕よりも小さかった火憐(かれん)ちゃんも、今より若干素直だった月火(つきひ)ちゃんもすでに部屋で眠っていたけれど、僕はどうも寝付けず、自室のベッドに寝転がりながらグダグダと漫画を読んでいた。

 当時の本棚のラインナップを、僕はあまり覚えていないけれど、少ないお小遣いをやりくりして、近所の古本屋で気になったものを巻数も気にせず買っていたのを覚えている。

 妹がいる関係上、僕は少年漫画も少女漫画も面白ければなんでも読む子供であり、パラパラとページをめくっては、ヒーローの戦いに息を飲んだり、主人公の女の子の恋模様にドギマギしたりしていた。

 そして、いよいよ就寝の時間が近づいた頃、最後に手を伸ばした漫画があった。

古本屋で買ったばかりの、まだ中身を読んでいなかった少年ジャンプ掲載作品『地獄先生ぬ~べ~』である。

 

僕は正義心が少しばかり強い子供であったので、どんな強力な妖怪も恐れず、時には絶対に勝てるはずもない神様にだって、生徒を守るためならば己を顧みず戦うゲジ眉の鵺野鳴介先生、通称ぬ〜べ〜先生は僕の憧れだった。

 

彼は妖怪変化と戦う時、その左手に封印された鬼の力を開放する。

普段はおちゃらけていて、貧乏でだらしないのに、鬼の手で妖怪と戦う時は打って変わってとても格好いいのだ。

 

この時に唱える呪文が、アニメ版と漫画で違うのだけれど、僕は原作派だったので、同級生がみんなアニメ版の呪文を唱える中でぶつぶつと丸暗記した白衣観音経を唱えていた。

 

思えばこの頃から既に、周りに馴染めない人間になる兆候を感じさせる小学生であった。

 

容易く人の命を奪えるような恐ろしい妖怪や、妖怪のような凶悪な人間との戦いを、僕は夢中になって読んでいた。

ともかく、僕はこの地獄先生ぬ~べ~という作品が大好きであった。

 

恐ろしい怪物や可愛らしいキャラクターがたくさん登場し、特に凶悪な妖怪は、当時の子どもたちの心に星の数ほどの(トラウマ)を刻み込んでいたのである。

 

しかし、同級生の男の子達が『怖くて夜トイレに行けなくなった』などと言っているのを、僕は冷めた目で見ていた。

 だって、いかに恐ろしい妖怪であっても、それは画面の向こう側、漫画のページの中での存在なのだ。現実に立ち現れるわけでもないのだから、恐れる必要などないのである。

 

だけれど、僕がその日読んだお話は、僕のそんな考えを粉々に打ち砕いたのだ。

 

 

そのお話に出てきた怪異は、哀れな女の子の怪異だった。

 

 

ある日、その女の子は電車に撥ねられてしまう。

電車という、圧倒的で無機質な質量の暴力に為す術もなく、その子は身体を引き裂かれてしまった。

 上半身と下半身が泣き別れになるという凄惨な状態であったが、なんと彼女には意識があった。気を失うことも出来ない激痛の中で、腕だけで這いずって、失くした脚を探したのである。

 

しかし、ついに脚は見つからず、彼女は息絶えた。

 

悲惨な痛ましい事故であったが、本来であれば彼女の魂は供養され、成仏するはずであった。

 

はずであったと言うからには、この話には続きがある。

 

この恐ろしいニュースは全国を駆け巡り、いつの頃からか分からないが、人々の間にこんな噂が流れた。

 

 

「彼女は、いまだに自分の足を探して彷徨っている。そして、この話を聞いた人の元に3日以内に現れ、失った自分の脚の代わりにその人の足を引き千切るのだ」

 

人々は恐れおののいた。

 

その恐れの感情が、彼女の魂をこの世に縛り付けるため、彼女はいつまで経っても成仏できないのである。

 

「足…いるか?」

 

ニタリと笑う怪異が、この噂を金儲けのために流していた男の両足を引き裂き、ずるずると引きずるシーンでこのお話は終わった。

 

その恐ろしさに少し怯みながらも、「まあそうは言っても漫画の話だし」といつものように考えていたのだが、その最後のページに書かれた文章が、僕を恐怖のどん底に叩き落したのである。

 

 

 

― この話を読んだあなたも早く忘れた方がいい さもないと 今夜あたりあなたのもとに… 

 

僕は眠気も吹っ飛んで、急いで妹たちのいる部屋に駆け込んだ。

 

「火憐ちゃん、火憐ちゃん。 起きて!」

「う~ん、あと8時間だけ」

「起きろ!」

「ぎゃーっ!! なにすんだ兄ちゃん!」

 

兄たるこの僕の願いを無礙にしようとした愚妹を、僕はコブラツイストでたたき起こした。

 

「ふぎゃっ!」

 

その横で寝ていた月火ちゃんも、ついでにベッドから蹴り落として、僕は火憐ちゃんに耳打ちした。

 

「火憐ちゃん、今はなにも聞かず、お兄ちゃんの願いを聞いてくれ」

 

 

この頃、僕の大きいほうの妹である火憐ちゃんは、実戦格闘を理念とする道場に通い始めており、後遺症を残さずに相手を締め落とす技を習ったと嬉しそうに話してのを僕は覚えていた。

 

気絶すると、人はその直前の記憶を失うと僕は漫画で読んだことがあったので、僕は先刻読んだお話の記憶を失うために彼女に技をかけて貰おうと考えたのである。

 

「いだだだ! コブラツイストはお願いをしようとするヤツの行動じゃねーよ兄ちゃん!」

 

兄との戯れに、なにやら嬉しそうな声を火憐ちゃんがあげてはしゃいでいたが、今は緊急を要するため構ってあげる余裕は無かった。

 

「妹に頭を下げるという恥を忍んで、兄たる威厳を地に落としてでも僕は火憐ちゃんに頼みたい…。どうかこの僕に」

 

「せめてあたしより低いところに頭を置いてから言え! バカ兄ちゃん!!」

 

 

 

この頃は身長も力も僕の方が勝っていたはずなのに、やはり格闘技を本格的に習っている者は一味違う。

 

最後まで言い終わる前に、僕は火憐ちゃんにかけていたコブラツイストを振りほどかれて、逆に技をかけられてしまった。

 

 

恐ろしくきれいな、教科書に載せたいくらい美しいスリーパーホールドであった。

 

「そうだよそうだよ! なにすんだ馬鹿お兄ちゃん!!」

 

ベッドから落とされて呻いていた月火ちゃんもガバっと起き上がると、身動きできない僕をボコスカと殴り始めた。

 

みぞおち、肝臓、膀胱、こめかみ…見事に人体の急所のみを狙う。

 

なんて凶悪な妹だ。こいつに兄か姉がいたらきっとろくなヤツではない。

 

「見事だ…妹たちよ」

 

痛みと酸欠で薄れゆく意識の中で僕はつぶやくと、眠るようにすこんと意識を失ったのであった。

 

 

 

 

 

結論から言うと、翌朝目が覚めても、なにも忘れてはいなかった。

 

床に転がされて全身に青あざが出来ているだけで、寝覚めは最悪であった。

しかも、兄にそんな仕打ちをしたにも関わらずスヤスヤと妹たちがベッドで寝ていたものだから、僕は腹が立って蹴落とした。

爽やかな朝は、兄妹喧嘩で幕を上げたのである。

 

まあ、なにはともあれ

 

それから僕は、かなりの間怯えながら過すごしたのである。

 

僕が覚えた恐怖は相当なもので、家でも学校でも、足を取られないように椅子に座る時であっても常に体育座りで暮らしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故いきなりこんな思い出話を、聞かれてもいないのに僕がしているのかというと、理由がある。

 

馬の怪異に蹴り飛ばされて、木々の生い茂る見知らぬ場所で目覚めた僕と忍が、現状を把握するために周囲を探索しようとしていた折、近くの茂みからあるものが飛び出してきたのである。

 

 

 

『それ』は、恐怖であった。

 

高校生になった今でも、僕の原初に近い部分にいまだ(おり)のようにこびりついた、恐怖(トラウマ)

 

『それ』こそが、僕が400字詰めの原稿用紙7枚分もの文字数を使い、遠い記憶を掘り起こした原因なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに居たのは、胴から下がなく、両の腕で這いずるセーラー服を着た髪の長い女の子であった。

 

女の子の怪異…

 

そう…その怪異の名は……

 

 

 

 

「うわーーーっ!! テケテケさんだぁっ!!」

 

 

 

 

心臓が早鐘のように脈打って、全身の毛穴から嫌な汗が噴き出した。

全身が恐怖にすくんで強張っている。

 

しかし、僕は強靭な精神力でもって己を律して、行動を開始した。

 

昔の僕であれば…春休み前の、怪異などと言うモノが、現実に存在することなど知らなかった頃の僕であれば、全身が震えて蛇に睨まれたカエルのように動けなくなっていたかもしれない。

 

だが、今の僕は違う。

 

どこかの胡散臭い風来坊の、アロハシャツを着たチャラいおっさん ― 怪異の専門家である忍野メメが聞けば、鼻で笑われるに違いないが、僕も何度も何度も怪異と対峙してきた経験がある。

 

今までは多くの場合、怪異と遭遇した際に、呆けている間に先手を取られて大けがをしてきたものだ。

 

物覚えも要領も悪い僕ではあるが、いい加減学びもする。

 

そう、迅速な初期対応こそが重要なのである。

 

忍野、遠くの空から僕を見守っているならば、しっかりと目に焼き付けておけよ。

 

今こそ見せてやろうじゃないか、僕の成長した姿を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なあ、お前様よ。何しとるんじゃ?」

 

頭上から、不思議そうな声が聞こえた。

 

「見て分からないか愚か者、謝罪しているんだ」

 

僕は今にも震え出してしまいそうな体に鞭打って、人生最高のフォームと断言できる美しい姿勢で、全力の土下座を敢行していた。

 

テケテケさんは、彼女を恐れる人々の念がその魂を地上に縛り付けるために、成仏が出来ない。

 

そして彼女のことを覚えている者の前に現れるのである。

 

彼女が僕の前に立ち現れたということは、大変ご立腹だということに他ならないのだ。

 

怒っている相手が目の前にいたらどうするか?

 

答えは簡単だ。

 

謝るのである。

 

「足だけは! 命だけはご勘弁を!!」

 

恥も外聞もあるものか。

 

頭を下げれば解決するならば、万難を排して、たとえ妹にだって頭を下げることが出来るのが僕という男なのである。

 

『●■◆▲●!!』

 

「ひィッ!! ごめんなさいごめんなさい! あなた様のことを僕ごときが覚えていたせいで、成仏できないことは大変申し訳なく思っております!」

 

額の全面積を地面にめり込ませているため姿は見えないが、テケテケさんの存在感と言うか、力が上昇しているように感じた。

 

怒りのボルテージが更に上がっているのである。

 

「うわーっ! ポマード見越し入道お帰り下さい!!」

 

確か、テケテケさんを遠ざける呪文があったはずだが、肝心な時に僕は思い出せず、なんだか色んなものが混ざったような台詞を吐いた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前様、落ち着くんじゃ」

 

とても落ち着いた、僕を安心させるような忍の声が降ってきた。

 

 

「テケテケというのはあれじゃろ? 足を取っていくとかいう怪異」

 

頭を上げて見上げると、忍は動揺した様子も見せず、泰然とした態度で腕組みをして立っていた。

 

 

その姿の頼もしさに、僕はかつてない衝撃を受けた。

 

 

 

 

僕の視線の先で忍は、あの最恐の怪異を前にしても、なんの動揺も見せてはいなかった。

 

動かざること山の如し。静かなること林の如し。

 

その顔には不敵な笑みさえ浮かんでいたのである。

 

 

 

王の貫禄であった。

 

 

 

思えば、最近の僕は『実はこいつ、態度が尊大なだけの、ただの絶世の美幼女なんじゃないか?』等と、どこか忍を舐めている節があった。

 

ちょっと好物のドーナツをチラつかせればほいほいと言うことを聞くような、チョロいやつだと思ってしまっていたのである。

 

しかし、この窮地において僕は、改めて自分という人間の浅さ、凡庸さというものを思い知らされたのである。

 

そう、彼女はかつては名実ともに、すべての怪異の頂点に君臨する最強の吸血鬼だったのだ。

 

 

怪異の王、ノーライフキング。

 

 

そんな彼女の、数ある異名のひとつ ― 『怪異殺し』

 

彼女より強い怪異はなく、故に、あまねく怪異を殺し得る。

 

 

 

そして、彼女がそう呼ばれる最大の理由は、忍がその体のなかに収納している、刃渡り2mはあろうかという一振りの剣である。

 

柄も拵えもない剥き身の日本刀、妖刀「心渡(こころわたり)

 

この妖刀は、怪異だけを斬る刀である。怪異であればどんな相手でも斬ることが出来るという、反則も甚だしい代物。

それを忍は持っているのである。

 

 

 

― 助かるかもしれない

 

 

僕の中に希望の灯が点った。

いかに恐るべきテケテケさんであろうとも、心渡を手にした忍を相手に出来るとは思えなかった。

 

しかし

 

忍が次に発した言葉に、絶望の淵から這い上がりかけていた僕は、再び奈落の底に突き落とされたのである。

 

「足を千切られたからって、どうなるんじゃ?」

 

 

僕は自分の耳を疑った。

 

なんということだ…。

 

かつての怪異の王すらも、恐怖に錯乱していたのである。

 

「死んじゃうよ! そんなの小学生でもわかるよ!」

 

もうだめだお終いだ!

 

そういえばこいつは、僕の影に潜って僕とリンクするようになってから、僕の思考や嗜好にめちゃくちゃ影響を受けているんだった。

 

かつての超越者然とした態度はなりを潜め、だんだん可愛いマスコットみたいになり下がっていたのである。

 

ということは、僕がテケテケさんに感じている恐怖を忍も感じているのだ。

 

態度には全然出ていないが、実はこいつも僕と同じで、生まれたての子鹿みたいに内心ぷるぷるなのである。

 

僕は己の不運を呪った。

 

地獄の春休み、悪夢のゴールデンウィークを乗り越え、多くの怪異とのバトルを繰り広げ、シラオキ様の影からもなんとか生き延びたと思った矢先にこんなラスボスが現れるなんて!

 

逃れ得ぬ死の予感を前にして、届きもしないのに、僕は今まで関わってくれた人々に内心で別れを告げた。

 

 

 

母さん父さん火憐ちゃん月火ちゃん、春休みの時にも内心で言ったけれど、今度こそお別れだ。

 

戦場ヶ原、ごめん。僕が死んでも神原を道連れにして後を追うなんてことは思わないで欲しい。

 

羽川、今までありがとう。お前から貰った胸部保持を用途とする布製品と、下半身用の肌着は阿良々木家の末代まで伝えるため、とある場所に厳重に保管してあるので多分僕の遺品整理の時には探しても無駄だと思う。悪く思わないで欲しい。

 

神原、お前には色々と振り回されたけれど楽しかったぜ。僕がいなくなっても部屋の掃除はちゃんとしろよ。お前のお婆ちゃんを心配させないためにも、心を入れ替えるんだぞ。

 

千石、これからも火憐ちゃん月火ちゃんと仲良くしてやってくれ。あんまり怪異関係には首をつっこまないようにな。なんだかお前は宿題とか色々ため込んだあと一気に爆発するタイプな気がするから小出しにするんだぞ。

 

 

 

そして…そして八九寺……愛してる。それだけだ。

 

 

 

脳内で言葉を出し切ると、僕は覚悟を決めた。

 

思い返してみれば、今まで怪異関連の戦いにおいては、頭蓋骨を陥没させられて顎から上が粉々になったり、内臓を引きずり出されたり、なかなか一般的な高校生では体験できないような目に遭ってきたものだ。

 

2カ月くらい前には、あの白いけれどブラックな猫に上半身と下半身を真っ二つに千切られたっけ。

 

 

だが、今まで悪運強くしぶとく生き延びてきた僕にも、どうやら年貢の納め時が来たようである。

 

さすがの僕も、両足を引きちぎられれば…もはや……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もはや?

 

 

 

 

 

 

 

「両足を…引きちぎられたら……?」

 

「どうなるんじゃ?」

 

「死んじゃう…かな?」

 

「普通の人間ならそうじゃろな」

 

「…今の僕なら?」

 

「すぐ治るじゃろ」

 

「……」

 

 

なんてことだ。

 

幼少期のトラウマというものは、ここまで心と身体を縛るものであるのか。

 

 

 

『●●◆□ッ!!』

 

 

「大体のう、こやつはそんな名のあるような怪異ではないぞ」

 

 

忍は、飛びかかってきたテケテケさん…いや、名もなき怪異の首を無造作に掴むと、そのまま締め上げた。

 

苦し気にうめく怪異が、必死にその拘束を解こうと忍の腕に爪を食い込ませるたびに、忍の腕の皮が破れ血が流れ出るが、次の瞬間には何事もなかったように回復していた。

 

「良くないモノ…」

 

僕は、思い当たった言葉を口にした。

 

「もしかして…僕と忍が現れたから?」

「そうじゃろうな」

 

良くないモノ ― 普通ならば、形を持つことすらできないような、個を持たない雑多な霊的エネルギー。

 

かつて、僕の町に怪異の王たるキスショットが現れた時、この良くないモノたちが活性化した。

 

学生の戯れ程度のお呪いのような、正規の魔術的手続きを踏んでいない、本来ならなんの効果も発揮されない微弱なものですら怪異の王が居るだけで、その効果を発揮してしまったのだ。

 

ならば、眼前で暴れる怪異も、この辺りで噂になっていた曖昧な怪談のようなものが、僕たちが現れたせいで形を得てしまったのであろう。

 

雑多な、弱弱しいもの。

 

つまり、これは…この両腕で這いずる怪異もどきは、テケテケさんでもなんでも無いのであった。

 

「あ〜良かった!」

 

あ〜良かった!

 

思わず地の文でも言ってしまった。

そうと分かれば、もう何も恐れる必要はない。むしろ不必要に恐れるのは怪異に力を与えてしまうだけで、なんのメリットもないのである。

 

『●●▪●。………、▪▪』

 

見れば、僕の恐怖心という燃料を得られなくなった名も無き怪異は、段々と弱っているようであった。

 

「バカめ! まんまと僕の演技にひっかかったな!」

 

そう、今までの僕の醜態は、すべてヤツを油断させ、現状においては僕よりも怪異退治に一日の長がある忍に万全の状況を作り出すためであったのだ。

 

僕の演技力も捨てたものではない。

あ〜あ、バレなくて良かった!!

 

「黙れ」

「はい…」

 

ガチで冷たい目で見られた…氷のような、見下げ過ぎてもはや見上げているくらいの見下げ具合で、ゴミを見るような目で忍が僕を見ていた。

ぞくぞくする。

 

「強がりを言うなら、せめてそのなっさけない土下座姿勢を解いてからにせんか」

 

ぐりぐりと、ちょうど足元にある僕の頭を、忍に踏んづけられた。

 

やめろ忍、同年代くらいの姿になっている美少女に踏むつけにされるなんて、僕が変な性癖に目覚めたらどうしてくれるんだ。

 

『●●▪■◆●●ッが●▪ぁ、!!』

 

「うおっ!」

 

「煩いのう」

 

メキリと、いつの間にかぐったりとしていた怪異もどきが最後の抵抗とばかりに暴れだすと、忍はその頭を鷲掴みにした。

 

忍の爪がズブリと、怪異もどきの頭骸骨にめり込んでいく。

 

『ギャー■▪■ッ■●▪■ァッ!!』

 

「えいっ☆」

 

怪異もどきが、あまりの激痛に絶叫すると、忍がその頭を掴んでいた手をくるりと回した。

 

『■□あっ…』

 

ぶちぶちと、嫌な音を立ててその首が胴体から離ればなれになると、今度こそ怪異もどきは完全に沈黙した。

 

「ふむっ。いただきま~す」

 

そして忍は、もぎ取ったその首を口元に持っていくと、ぼりぼりと齧り始めた。

 

忍にとってはよくある、ありふれた食事風景。

 

あらゆる生き物(それこそ人間でも)、怪異であっても忍にとっては食べ物でしかないのであるが、何度見てもなかなか壮絶な光景であった。

 

「はぁ、一時はどうなるかと思ったよ」

 

「お前様よ、そろそろ立ったらどうじゃ? 我があるじ様がそんな情けない姿を晒しておるかと思うとなんだか興奮してくるじゃろが」

 

なにはともあれ、これで脅威は去った。

 

そして

 

僕が今後の長い人生でも、なかなかここまで完璧な形にはならないであろう、美しい土下座姿勢を解くのを若干名残惜しく思いながらも立ち上がろうとした時だった。

 

 

 

 

 

「ぁ…あぁっ……」

 

 

 

いまだ土下座姿勢の僕の視線の先、およそ20mほどのところに、長い黒髪の女の子が、怯えたような目で僕たちを見ていたのである。

 

一難去ってまた一難

ぶっちゃけあり得ない。

 




クロスオーバー要素どこ…ここ?
本当は、今話でもうちょっと進むはずだったんですが、阿良々木君が勝手にしゃべり始めてこんな長くなってしまいました。
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