例えば、清廉な志を持つ、見目麗しき少年少女たちが、巨悪に脅かされる未来を、救世する物語があったとした場合。
現在、学業を放棄し、高校へ向かわず、ゲームセンターで暇を潰しているあそこの少年は、その物語の主人公に該当する。
主人公、とは、物語の核となる人物を指す名称だ。
基本的に十代の少女しか、特別な能力に目覚めないこの世界で、彼は唯一、異能に覚醒した男子であり。
その力は、少女たちの秘められた潜在能力を、最大限に引き出すという、過去にも事例が存在しない特異なもの、でもあり。
整った容姿。
ここに至るまでの境遇。
何をどの視点から鑑みても、彼が”特別”であることは、紛うことなく自明の理──なのだが。
「──うわ。ブロッカーが戻ってくるなよ……はぁ」
あそこで、ゲームの筐体に張り付いて、全国のプレイヤーと対戦しながら、ぶつくさ悪態をついている姿からも分かる通り。
本当に、とても、こまったことに。
彼には、あまりにも──やる気がなかった。
◆
未来からきた、という突拍子もない告白を、真に受けてくれる人物については、残念ながら心当たりがない。
苦笑いされるか、もしくは精神科の受診を勧められるような──まず、自立した大人が言葉にするべき内容ではない、ということは、自分でも理解しているつもりだ。
しかし私は、未来からやってきた。
その部分に関しては、寸分違わぬ事実なのである。
未来では、とある少年少女たちが、平和を脅かす悪党たちと、青春の傍ら日夜戦いを繰り広げていた。
とても既視感のある、創作の中ではありふれた、特別な若者たちによる、学園青春バトル作品──のような、そういった物語が、この現実で、実際に進行されていたのだ。
彼らの軌跡を、物語として仮定した場合、美咲ハルトという少年が、その物語の主人公ということになる。
他、彼のヒロインにあたる少女が、複数人。
そして、肝心の私はというと、いわゆるサブキャラであった。
傍観者、あるいは協力者として、美咲ハルトに様々な情報提供をおこなっていた。
やれヒロインの噂やら、事件が起きている場所の報告やら、仕入れるデータの種類は多岐に渡り、いつでも彼を補助できるように立ちまわっていた。
それが、私の仕事だったからだ。
美咲ハルトという少年は、特別だ。
この世界で、唯一無二の男性異能者であり、そんな彼を放っておく研究機関は、この世界には存在しなかった。
ゆえに、美咲ハルトの”他者の潜在能力を覚醒させる”という能力の成長を支えつつ、彼を狙う他の研究機関を、寄せ付けないよう対処する──それが私に与えられた、この学園都市での任務であった。
干渉しすぎず、彼と学園の女生徒たちを守る、という内容だったため、私は非常勤講師という態で、彼らと接触をしていた。
空き教室を一つ間借りし、基本的にはそこで待機。
『よく来たな、お疲れさん! 今日は誰の噂が知りたいんだ?』
──このように、応対していた。
美咲ハルトが、いつでも協力を要請できる、便利なサポートキャラとして、最大限都合よく振る舞う。
たったそれだけの任務だった。
所属組織から支給された装備があれば、横やりを入れてくる、不埒な介入者たちの鎮圧も容易であったし、情報収集も元から得意だったので、特に苦も無く任務を遂行できていた。
──だが、どうやらそれでは
ダメ、と言われた。
とある不思議な少女に、それではダメだ、と告げられた。
異能者の攻撃しか通用しない敵の出現や、相手の謀略による美咲ハルトへの、精神への重大な負荷。
それから、彼のヒロインであるはずだった、少女たちとの関係の悪化、離別。
その状況へ陥った際に、私ができることは美咲ハルトを鼓舞することのみだったわけだが、軽く話を聞き情報を提供していただけの傍観者の言葉など、彼の心に届くはずもなく──結果的に、敗北した。
ダメ、だったのだ。
そのバッドエンドルートを体験した、私の記憶だけを保護し、世界の時間を逆行させて、やり直しの機会を与えてくれたその少女は、私の間違いを指摘してくれた。
傍観しすぎ。
都合よく振る舞いすぎ。
美咲ハルトという少年の行動を、何でもかんでも肯定しすぎ。
肝心の女生徒たちに、目を向けなさすぎ。彼ら彼女らと距離を取り過ぎ。学園都市内で発生する事件の解決を、子供たちに任せすぎ──つまり、彼女によると、私は
なるほどそうか。
私が悪かったんだな、と。
顧みて、自覚し、ようやく私は、改めて決心をした。
では、学園生たちが接触できる、数少ない大人として──非常勤ではあるが”先生”として、振る舞うことにしよう。
できる範囲で、がんばるぞ。
そう決めて、着任一日目の行動を開始した私の目に映った生徒こそが、前回よりも幾分かやる気が萎えてしまっている、ゲームセンターを根城にした、美咲ハルトその人だったのだ。
◆
どうやら、謎の少女による時間逆行は、都合のいいリセット能力ではなかったようだ。
前回の記憶が残っているの私だけだが、美咲ハルトや他数人の、ヒロイン対象であった少女たちは、頭のどこかに”失敗した”、もしくはこれから”失敗する”という、予感や感情だけが、残ってしまっているらしい。
ので、本来ギャルゲー主人公よろしくヒロインたちを、見境なく篭絡しまくるはずだった美咲ハルトは、意気消沈した半グレ生徒になってしまっていた。
これではまずい。
この学園都市を守り切り、美咲ハルトの異能を成長させるという任務を完了させ、特別報奨金を受け取って、友人が預かってくれている私の飼い猫のもとへ帰るためには、あの少年と少女たちの絆──なによりも、やる気が必要なのだ。
グレてもらっては困る。
放っておいても、それなりに物語は進めてくれるようだが、前回のようにほぼ子供だけで事が進行すると、相手側の悪い大人たちの策略によって、終盤で何もかもが瓦解してしまう。
彼らを守り、導く大人が必要だ。
不本意ながら、彼らが頼れるほど、身近にいる大人は私しかいない。
危険な力を有した異能者が、多く集うこの学園都市では、授業のほとんどが遠隔やBDで行われ、学園内で生徒たちに寄り添う大人という存在が、ほとんどいないのだ。
私が頑張るしかない──というわけで、まずは目標を明確化させた。
一つ目は、頼れる大人として美咲ハルトを導き、異能を覚醒させること。
二つ目は、しっかりと女生徒たちにも目を向け、なるべく彼女らを支えつつ、美咲ハルトに好意を抱いて貰えるように、うまく誘導する。
最後に、前回の記憶を駆使して、いわゆる悪い大人たちを、事前に対処できるよう立ち回る。
以上の三つを念頭に置いて、行動を開始してから──約三週間が経過した、現在。
私は作業用の部屋として使っている教室の中で、疲れからか、ソファに寝転がって休憩をとっていた。
この三週間は、まさに激動の時代であった。
最初は、ゲームセンターに居座る美咲ハルトを、なんとか学園へ連れ戻すために、対戦型ゲームを通じてコミュニケーションを図ることにしたのだが、これがなかなかうまくいかなかった。
思春期の高校生、むつかしい。
まずゲームでは手も足も出ず、ありきたりな励ましの言葉では何も届かず、煩わしいと思われた瞬間には、あっという間に逃げられてしまう。
なのでとても時間を要した。
一緒に飯を食ったり、電車のホームに落ちた人を二人で助けたり、とにかくしつこく、彼と接した。
その甲斐があったのか、不意打ちで彼を誘拐した犯罪者集団を、ボコボコに伸して本島へ送り返して以降、ハルトは私に心を許してくれるようになってくれた。
とてもよい傾向だ。
これにて、とりあえず美咲ハルトにとっての、身近な頼れる大人という枠には、入れたのではないだろうか。
異能者しか対抗できないような特殊な敵であったり、異能者そのものとの戦闘は厳しいが、それ以外の相手であればまず負けないので、彼に頼られても大方問題はなさそうだ。
「──先生、入るよ」
活動の順調さを心の中で喜びつつ、目を閉じて仮眠の体勢に入っていると、教室に誰かが入室してきた。
女子生徒の声だ。
聞いたことがあるし、この三週間で私が深く関わった女子生徒は、今のところ一人しかいない。
「……寝てるの、先生?」
普段からダウナー気味で、能力は強いが感情が読めず、前回はハルトに攻略させることが、ついぞ叶わなかった、気難しい少女──如月フユカ。
今回は、ハルトと同じく、距離を取りすぎないことを、強く意識して接触を始めたわけだが、意外にも彼女は、私とのコミュニケーションに対して、特に渋る素振りもなく答えてくれた。
前のルートでは、裁縫が趣味という部分を知ることしか叶わなかったが、接し方を変えたおかげなのか、如月フユカはよく私に声をかけてくれるばかりではなく、先日ハンカチまでプレゼントしてくれた。
なにより、序盤の数少ない会話の中から、なんとか彼女の好きなものが"リンゴリラ"という、リンゴにゴリラの手足が生えた奇怪なキャラクターだったという事実を探り当て、彼女と対面する日は必ずソレのキーホルダーを身につけるよう心掛けていたことが、功を奏したように思う。
如月フユカから貰ったハンカチには、リンゴリラの絵の刺繍が施されていたので、あの角度から攻めていったのは、間違いではなかったはずだ。
彼女にとっても、私のことを、困ったことを相談できる身近な大人、という人物として認識することができたのではないだろうか。
「ふふ。先生の寝顔、かわいい」
如月フユカはハルトと同等か、それ以上に前回からの変化が顕著だ。
ハルトの救出の際も協力してくれたし、わざわざ私に個別の補習を依頼してきたりなど、いい意味でコミュニケーションが取れている。
今さっきのセリフの通り、私に対して、嫌悪感を抱いている様子が見受けられないのも、大人ムーブが順調な証だ。リンゴリラには感謝しなければ。
このまま、私とよく絡むハルトにぶつけて、二人の絆が深まってくれれば、任務の進歩も上々である。
「……キスしたら、起きるかな」
観察を続けたい一心で狸寝入りを決め込んでいると、予想外のセリフが飛んできた。
これは私の寝たふりに気づいているのか、それともカマをかけているのか、それは分からないが、高校生のイタズラ染みた発言に狼狽するほど、純心な感性は持ち合わせていない。
どうせ、キスなどする勇気はないだろうし、そもそも冗談のつもりで呟いただけだろう。
「ねえ、先生。わたし──」
何故か、甘い香りが鼻腔をくすぐった、その時。
「おい。何してんだ、お前」
──教室の扉が開く音と同時に、美咲ハルトの声が聞こえてきた。
「そこまで接近してる理由は聞かない。とにかく、まず先生から離れろ」
「……美咲くん、だっけ」
ここに、私が支えるべき主人公と、彼に攻略してもらいたいヒロインが、どうやら揃ってくれたらしい。
いい機会だ。
ここで目を覚ましてしまっては、二人の会話の妨げになる恐れがある。
チャンスを逃さないためにも、もう少々狸寝入りを決め込ませて頂こうではないか。
「焦った? わたしが、先生にキスしようとして」
「あぁ。この上なく、な。それ以上先生に近づいて、剰え触れようとした場合は、自分でも自分が何を仕出かすか、分かったもんじゃない」
「そう。確かにわたし、ちょっとズルかったかも。少し離れる」
なんというか、独特な間がある。
この二人の会話のペースが、なかなか掴めないのだが、お互い無言で固まるよりは、こっちの方が良いのかもしれない。
──あぁ、なるほど。
如月フユカという少女、なかなかに策士だな。
あえて彼の存在に気づいた上で、私にキスするふりをして、嫉妬心からハルトの気を引こうと、試してみたわけか。
直球でラブコメするかと思いきや、使えるものはなんでも使って、ハルトの関心を引こうと模索するその姿、誉れ高い。まったく面白い少女だ。
いいだろう。
二人の中を深めるためであれば、私のことなど、存分に利用してくれて構わない。
その調子で、互いにドギマギしながら、いつの間にか深い仲へ発展してくれたまえ。
ついこの前、ハルトとフユカには、お互いに仲良くなってほしい旨の発言を、それとなく伝えておいたのだが、どうやら余計なお世話だったようだ。
「……あ、そうだ。わたし、美咲くんと友達になりたい」
「奇遇だな。俺も、如月と仲を深めたいと思ってたところなんだ」
おお、面と向かって『友達になりたい』という発言をするとは驚きだ。
この二人に関しては、回りくどいアドバイスなどは、あまり必要ないのかもしれない。
「よろしく、美咲くん。それじゃあ、わたしは先生が起きるまでここで待ってるから」
「先に帰れ、だなんて言うつもりじゃないだろうな? そっちこそ先に帰っても大丈夫だぞ」
「最近は退学した異能者の生徒が、街で暴れたりしてるらしいから、わたしは先生を下宿先まで送らないといけない。ので」
「ので、じゃない。それは俺の仕事だ。いいからお前は──」
いいぞいいぞ、その調子で都合良く私を理由に使いつつ、是非とも二人の仲をゆっくり深めていってくれ。
ふふ、任務が順調でなによりである。