旅路   作:随筆

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旅路

 ロドス・アイランドの寄港先であるヴィクトリア。リラ・エノークはそこに合流したことを心底後悔した。もちろん欠陥がある身体を弄り回されることにはなんの問題はなく、自身の生命維持を担っている医療班には頭が上がらない。しかし、彼女らの説教じみた長話や過剰な接触は勘弁してほしい、とリラは心底うんざりした。健康や食事に気を使った程度でどうにかなる問題ではないのだから、放っておいてほしいと。しかし、その日も彼はフォリニックに捕まりお小言を浴びせられ、ハイビスカスには健康食を押し付けられ、ワルファリンには血を要求されて追い回された。願いは現象に蹴散らされるものだ、と思い知ったリラは堪らず艦内の端へ身を潜め、顔を顰めて息を吐く。もちろん、必ずしもそうではないのだが。

 

「……味がない」

 

 壁に背を預け、喉を潤す為に含んだはずのコーヒーからは、伝わってくる情報が一切ない。先程の健康食の影響は恐ろしく、液体であることしか分からないレベルでリラの口内を支配していた。あいつ、なにを食わせたんだと一層顔を顰めたタイミング。

 

「わ、凄い顔だね」

 

 それを見計らったかのように、小柄なヴァルポがひょっこり通路から顔を覗かせた。なにかあったの?という言葉にリラは適当に手を振る。一から事情を説明するのが面倒だという顔を見て、ロドス本艦の医療オペレーター『ススーロ』は首を傾げたが、気にしても仕方ないと壁に背を預けた。

 

「なんか用か」

 

「ううん。見かけたから、ちょっとお話しようと思っただけ」

 

「そう」

 

 リラのそっけない返事。また何か絡まれたら即座に離れることを考えていたのだが、散々追いかけ回された疲れと、ススーロが居たところでどうなるというわけでもないという思いで、やめた。個性豊か、というにはやや過剰と言わざるを得ない医療事業の面々。その中で彼女は付き合いやすい部類であり、そして人一倍生真面目であった。その根底にあるのは、かつての地獄。

見慣れたシラクーザの大都市。自身の故郷。そこには医学を志し、共に奮闘し合う友がいた。公的機関に勤め、子供達に愛情を注ぐ両親がいた。少し手間のかかる甘え上手な妹と、会社勤めを立派に果たしている歳の離れた兄達がいた。決して侵されることはない日常。不可侵の幸福。当然ながら、そんなものは存在しない。鉱石病が都市内でも深刻な病気と認知され、切迫した医療現場や揺れる社会情勢。目の前に迫ってもなお、信じたかった。信じていたかった。誰にでも存在する、自分達は大丈夫であってほしいという切なる願い、あるいは思い上がり。

――それらを踏み躙るような、爆発を見た。

シラクーザを震撼させたパレルモ事件。源石工場が爆発し、感染者と死者を大量に生み出した光景は、まさに地獄。その中でも、彼女は医学生であり続けた。自身が感染者になったとしても、選んだ道を曲げなかった。

 

「じゃあ、どうぞ」

 

「どうぞって?」

 

「旅の、お話聞かせてよ」

 

「……お話しようって言ったのお前だろ」

 

「だって私が話せるの、現場のことだけだから。聞いてもつまらないでしょ」

 

「――あのな」

 

 そんな彼女の言動を見てきたから、リラはそれなりに心を許していた。他の誰かが相手ならば会話を一切放棄して逃げ去るところを、渋々付き合う程度には。

 

「あんまり期待はするなよ」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

「盗み聞きはいけないね、ドクター」

 

「お互いさまだよ、モスティマ」

 

 二人の会話。それを眺める姿が二つあった。

一人はドクターと呼ばれた人物。ロドスのジャケットと金属マスク、その上からフードを被り、全く肌の露出がない。正体を一切掴ませる気のない姿は異質だ。

一人はモスティマと呼ばれた人物。浮世離れした佇まいと、一目見るだけで他のモノとは違うと分かる二本のアーツロッド。そしてなにより目を引くのが、サンクタの象徴たる光輪とサルカズの象徴たる角が同居していることであろう。種族の枷に囚われない、どこか超越した存在感もまた、異質である。

 

「彼は信用できないかい?」

 

「いいや。()()()は信用するに値する人物だと思っている。ただ」

 

「――彼がラテラーノに来る以前の()()は、残念ながら私も分からないよ」

 

 リラ・エノークはラテラーノの護衛隊が取り押さえた研究施設から発見され、それからすぐに保護された。その後の事情聴取を元に彼の戸籍を探したのだが、奇妙なことに彼が告げた家名や住所などはどこにも存在しなかったのである。それはロドスも同様であり、出生記録や元の名前すらも存在しない男を警戒するのは、組織のトップとしては当然の行動だった。

 

「戸籍のない男、か。だがここまで何も見つからないと、工作すら疑う」

 

「別に見つからなくても、私は彼の言葉を信じるけどね」

 

「それなのに、監視か?」

 

「こうして見張っていないと、本当に私達のことを置いていってしまうから」

 

「なるほど」

 

 そこまで警戒されている男がロドスに入艦でき、あまつさえトランスポーター契約すら結んでいる。その理由は、彼の身体にあった。源石融合率、血中源石密度が共に0という特例中の特例。()()()()()()()()()()()。鉱石病の根絶を願うロドス・アイランドという組織にとって、どれほどのリスクを負っても手放すことなどありえない男。どれほど怪しくても、決して無下に扱ってはならない男。それがロドスにとってのリラ・エノークであった。

 

「ただまぁ、そうだね」

 

「うん?」

 

「彼をどれほど疑うとも、怪しもうとも、別に構わない。けれど」

 

 空気が変わる。重苦しい、というレベルなどはとうに超過している。重力が何十倍にも膨れ上がったような重圧感。ドクターは、それでもモスティマの言葉を真正面から待ち受ける。もうロドス・アイランドは彼にとって守るべき存在なのだから。たとえ記憶がなくとも、その身に刻まれた覚悟が、彼をモスティマに相対させる。

 

「彼に手を出す時は、私達を敵に回すという覚悟でお願いするよ」

 

 身を引き裂くような、鋭い言葉と威圧感。明らかな、脅し文句。相手は組織のトップなのだから、当然モスティマも()()()()()()()()()()()()()()()()ということを意味する。リラが彼女にとってそれほどまでに情を尽くす存在だということを、ドクターは再認識した。

 

「先ほども言ったが、私個人はコミュニケーションを通じて彼を信用に値する人物だと思っている。だから、そのようなことは起こさないし、起こさせない」

 

「……そう信じているよ」

 

 静かな視線の交差の後、静かな探り合いから空気が解放される。この会話は廊下の僅かな蛍光灯と

 

「――お前ら、人の話するならもっと静かにやれよな」

 

 居心地が悪そうにしているリラだけが、立会人であった。

 

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