旅路   作:随筆

2 / 2
こんな能力があったって、動けるのは事が起こってからだ


隔の街

 つい先日観た映画と深層意識が混ざったような夢。荒唐無稽で阿呆らしいと思っても、決して、笑い飛ばせるようなものではなかった。見たい夢では、決してない。そんな目覚めは、気が長くない彼の機嫌を垂直降下させた。もし青髪の同行者(正確には、勝手についてきただけ)が目撃していたら、爆発しない程度にちょっかいをかけていただろう。

 

「いい加減、白状しろ。近隣で起こってる略奪はお前らの仕業なんだろ」

「昨日ここに着いたばかりで、どうやって略奪しろっていうんだ」

「お前が嘘をついてるだけってこともある」

 

 そして、そういう日に限って連続する不愉快。知らない事情で詰められ、身の潔白を口にしようとすれば嘘と返される状況。渦中のど真ん中、リラ・エノークは普段の無愛想な顔をより一層深くして、大きく息を吐き出した。

 

 

 

 

<隔の街>

 

 

 

「じゃあ、アンタは本当にただのトランスポーターなのか」

「あぁ。飯を食いに来ただけのな」

「そうか……悪かったな。けど、なんで最初に協会のカードを見せなかったんだ?」

 

 口論の決着は、信頼性のある物的証拠により驚くほどあっけなく終わりを告げた。リラの懐深くにしまってあったトランスポーターのIDカード。そのナンバーを照会すれば、一発で正規のトランスポーターか否かを判断できる。悲しいことに、信頼性という面ではリラの言動より圧倒的に優れていた。

 

「壊されでもしたら困る。面倒なんだよ、再発行」

「そういうものか」

「あぁ」

 

 堂々と真顔で放たれた嘘。機嫌の悪い時に突っ掛かられたものだから、ムキになって言い返した為、売り言葉に買い言葉で無益な言い争いに発展した。そうして段々と提示する機会を失っただけ、というくだらない真相。だが嘘のせいで店主がそこに辿り着くことはない。

ひどい話である。

 

 ロドスで定期診断を受けた後、リラがトランスポーターの任を果たすべく向かったヴィクトリアの辺境にある『ブロージュ』。事前に「付近で一部の攻撃的な感染者の報告があった。君が面倒ごとに首を突っ込むとは思えないが、万が一の時はその場を離れる事を優先してほしい。もちろん、トラブルにも関わらないこと」とわざわざ忠告を受けたことを思い出した。思い出したが、もう後の祭りであるし、誰にも指摘されないので注文した極東式定食を頬張って知らん顔をした。

 

「随分綺麗な食べ方だな。あんた、貴族か?」

「貴族のトランスポーターなんて、そんな変な奴いないよ」

 

 必ずしもそうではない。時代が時代なので、例え貴族であろうと自分の足で仕事をすることだってあるだろう。そんなことは分かっていたが、無意識の否定が、リラに言葉を返させていた。そういう物言いだと、店主は気づかなかった。

 

「変な奴は、どこにでもいるもんだぜ」

「アンタもそうだろ。なんでここから離れないんだ?」

「あのなぁ、飯屋が店を畳んだらおしまいだろうが。感染者どもは分かっちゃくれないがね」

 

 近隣で発生した感染者騒動。レユニオンのような規模はなく、無秩序であり、無作為に略奪を行う集団だとリラは聞いていた。世間に排他されている感染者たちが寄り添って生きていくというのは珍しくなく、その中に自らの待遇に不満を持ち、攻撃的な手段を用いて主張する者達がいることもまた、珍しくはない。当然、誰もが過激派ということはありえないのだが、非感染者の立場でそんな区別を的確に行える人間は数少ないだろう。立場や視点が違う個々人の事情を把握する余裕など、テラという過酷な大地が許さない。欠落や病気は無意識的に人を見下させるものであると、リラは感じていた。健康である人々は、自らの健康を特別保守しようと意識することは少ない。そういう人々は、鉱石病患者に対する想像力よりも恐怖心や忌避感が勝ってしまう。それが現状だ。

 

「まいど。丁度ね」

「あぁ。店が開いてて助かったよ」

「なに、飯屋が店開くのは普通だ。疑っちまって悪かったな」

「こんな時代じゃしかたないさ。……でも、こんな時代だからアンタみたいな職のありがたさが分かる」

「そう思うのなら、また来てくれ。サービスするよ」

 

 店主の友好的な笑みに、初めて親しみを持ったリラは短く返事をして店を後にした。

 

 

 

 

 人の気配がない住宅は、これほどまでに無機質なものかという感想を抱かせる。そして電気の明るさや人の声がないというのに、ざらつくような感覚が常に刺さってくるという状況は不気味というほかにない。

 

「こっちも人影は見つからなかったけど、見られている感覚は何度かあったよ。お揃いってやつだね」

「嬉しくないお揃いだ」

「そうかい?」

「そうだろ」

 

 にこにこと微笑みを崩さないままのモスティマ。彼女はリラに着いてくる時に適当な理由をつけるのだが、今回は違った。ロドスからトランスポーターとしての依頼を受けており、現地の情報を仕入れる為に来ているのだ。いつものように追い払うわけにはいかないので、リラはやりづらさを感じていた。モスティマはペンギン急便とロドスの契約に縛られていない。断れる依頼。辺境。危険地帯。そして、感染者の集団。これだけの要素で断らないのは、よほどの理由がない限りありえないだろう。その口実だとか理由が自分にあると思えるほど、リラは過剰ではなかった。

 

 

 

 

「ねぇ、その荷物はどこまで運ぶ気なの?もう随分歩いたけど」

「指定場所はもう見えてる。あそこの噴水」

 

 噴水、というには随分とくたびれていて、水も出ていない。周囲の建物も長い時間放置されているようで、先ほどまでの住宅地とはまた別の不気味さと寂しさがあった。その風景にとけ込むように、フードで頭を覆った人物が座っている。

 

「ごきげんよう。依頼主さん?」

「なんでお前が先に挨拶してるんだよ」

「……トランスポーター・リラ、同伴者がいるとは聞いてないぞ」

「勝手について来てるだけだ。あんたが“スクラッグ”か?」

 

 こいつは気にするな、と促してからリラは言う。スクラッグと呼ばれた人物は数秒モスティマを注意深く観察した。彼女はそれに応じるように、やはりにこにこと微笑みながら手を振った。くすんだサンクタの光輪。前に突き出たサルカズの黒い角と、長く揺れる尻尾。確執ある二種族の特徴を兼ね備えた彼女の立ち姿は、そこに在るだけでスクラッグの警戒心を掻き立てたるのと同時に、引き込まれるような不思議な雰囲気を感じさせた。

 

「あぁ、そうだ。私が言うのもなんだが、こんな怪しい奴の依頼をよく受けたものだ」

「ここにくるまでにもっと怪しい奴を見た。それに比べれば、協会を通して依頼してきたアンタはまだマシだ」

「まだマシ、か」

 

 スクラッグはフードの下で苦笑した。直截的な物言いだが、不快というわけでもない。世渡りが難しそうな青年。それが彼から見たリラの第一印象だった。どこか気怠げな姿勢と、警戒心を感じさせる鋭い目つきが、人を遠ざけるように思えたからだ。

 

「荷物の確認が終わったら、端末にサインしてくれ」

「指でやるのか。便利になったものだ」

「こういうの、見たことないの?」

 

モスティマの言葉に、スクラッグは首を横に振った。

 

「感染者地区の人間には、誰も近づきたがらないからな。技術に取り残されている自覚はあるよ」

 

 感染者地区。それが皮肉としての名称ではなく、現実に存在していることをリラもモスティマも知識として知っていた。市長が感染者に一部の地区を与え、彼らの権利を認めたようなポーズをとった。だが、それ以降の援助はなく、ただの隔離や放置となんら違いはなかった。

恐怖の対象である感染者が死なない程度気力を失ってくれれば、それでよかったのだ。

死んでしまえば、新たな感染源を生む。それだけは、誰もが知っていることであった。

 

「指で名前を書けばいいんだな?」

「あぁ。四角い欄に収めてくれればいい」

 

 確認が終わった手元に端末が差し出される。スクラッグはてっきり手渡すのかと思っていたが、リラは手に持ったまま離す様子はなかった。

 

「変わっているな」

「なにが」

「感染者騒動、知っているだろう。疑わないのか?」

 

 それは気遣いや親切心ではなく、警戒心から出た言葉だった。必要以上に距離を離そうとせず、ただ平常に対応してくる人間の存在は、スクラッグにとっては未知であったのだ。分からないものは怖い。彼の言葉は、恐怖の発露でもあった。

 

「疑ってないわけじゃない。ただ、過剰に疑うのも、疲れた」

「そんな理由で、やめられることじゃないだろう」

 

 スクラッグの声は鋭かった。彼は疑われる側であって、疑う側だ。感染者としての立場が、生きている限りついてくる。なにかが起きれば、立場で疑われる。証拠などは必要なく、集団思考に抵抗する気力は、とうに削がれていた。それでも自分の身を守る為には、疑心を持たねばいけない。スクラッグには、そういう思いがあった。

 

「……分かっているけど、いつまでもそうしてちゃ何も変わらない。分かり合う努力がないままなら、いつまでも人同士で潰し合うだけだ」

「それは非感染者の言葉だな。分かり合おうとするには、まずは感染者への偏見を乗り越える必要がある。待っている間に、私達は塵になっているさ」

 

 言いながら、差し出された端末を受け取るリラの手が僅かに迷う。だが、分かっていたことだ。彼の迷いは、一瞬だった。

 

「それでも、やれることをやってみる」

 

 ここまで言って、リラは自分が喋り過ぎたと気づいた。

 

「そうか」

 

 リラの強がりとも取れる言葉。スクラッグには、若さとその気骨が羨ましく映った。だから、それ以上は何も言わなかった。

 

「一段落ついたところで悪いんだけど、ちょっと話を聞いてもいいかな」

「……まぁ、それぐらいなら構わない」

 

 スクラッグはまだモスティマを警戒しているようだったが、問題はないだろう。そう思って、リラは近場の建物に背を預けた。

 

『やはり、妙だ』

 

 

 寂れた空気とはまた別の害意のような気配。リラは、静かな気配と過激な気配の差が気持ち悪かった。サンクタでもない自分が種別の境なく気配や波動といったものを無意識に取り込んでしまう理由が全く解明されていない。そんな得体の知れない力に対する恐怖心もあって、彼の心はささくれ立っていた。

 

「居なくなった住民は¬――」

「君達が来た方向には――」

「……っ」

 

 

 前方の会話がよく聞こえない程に、リラの気分がぼやけていく。

 

「どうした?」

「何か聞こえないか」

「……いや、私には」

 

 スクラッグがモスティマに目をやるが、その首は横に振られる。だが、リラの顔色を見て自然とアーツロッドへ手が伸びていた。

 

「ぐっ……近づいて、いや大きくなってる?」

「おい、一体なにが」

 

 直後、スクラッグの言葉を遮るように爆発音が鳴り響いた。地響きに似た振動が、3人の身体を揺する。

 

「リラ、感染者地区の方から煙!」

「分かってる!お前は通信装置で連絡しとけ!」

 

 頷いたモスティマはすぐに走っていた。その迷いの無い動きに、リラは幾分か冷静さを取り戻す。

 

『こんな能力があったって、動けるのは事が起こってからだ!』

 

 それはリラ自身への苛立ちだった。感覚だけあっても、現実で行動できなければ意味がない、と。

 

「なんで爆発する?あそこにはみんながいるんだぞ!?」

「それを確かめに行くんだろ。あんたはここを動くな!」

 

 混乱したスクラッグを気遣う余裕はリラには無い。ただその身体を爆発の方向へ走らせるだけだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。