この国の人々は主に、『個人名(成人すると名乗れる)』、『幼名』もしくは『字(あざな)』、『家名』の順で本名が構成されている。
鶴喰の場合、『鶴喰』が個人名であり、『丹子』が幼名、『真昼鳥』が家名であるため、そのフルネームは『鶴喰丹子真昼鳥(つるばみ・にこ・まひるどり)』となる。
起動
起動確認
駆動炉心 起動
炉心経路 起動 進捗十割
炉心経路 各節接続 進捗十割
完了
経路炉心接続 手順
開始
一節接続 確認
二節 開弁
二節接続 確認
三節 開弁
三節接続 確認
四節 開弁
四節接続 確認
五節 開弁
五節接続 確認
完了
神心浸透 手順 進捗十割
神心浸透 完了
起動完了
ガチャガチャと鋼の擦れる音を響かせながら、少女は右手に装着した器具の調子を確認する。手首から指先まで、右手全体をすっぽりと覆うその器具は、鋼鉄でできた手袋だった。
「それでさぁ……って、聞いてる? おぅい、鶴喰?」
「五月蝿い、作業中に話しかけんなって幾年同じこと言や理解できんだい。」
「はーぁ!? おいおいちょっと、こっちは命かけてお国のためにだね!」
「お国のためのお勤めご苦労さん。いいから武勇伝は兵部省の庭園のど真ん中でやってきておくんねぇか?」
「薄情な女ぁ!」
「言われ慣れてら。」
少女が機械の腕で弄っているのは、これもまた絡繰仕掛けの人形のような物体だった。鉄の手指から展開された工具を用いて、楽器でも奏でるかのように機械の人型構造物を調整していく少女は、がさつな物言いで友人を邪険に扱いながら、自らの仕事を黙々とこなしていく。
「ひえー、そんなだから旦那の一人も見つからないんだぜ?」
「知ったことか。おれの伴侶は一生涯こいつらだけで結構だよ。」
「わかんないねぇ、あたいはもう鴇柄さんがいなかったら死んじゃうよ!」
「惚気るなら兵部省の庭園で愛でも叫んでろスカタン!!」
人々の中に眠る神秘のチカラ、神話の根幹に在った不可思議な超常力。――『
人類は、何度も神心によって滅びへの道を辿りかけた。神心は火種を生み、憎しみを生み、それでもそれに勝る規模の幸福と希望を、人類にもたらしてきた。
「そういえばさ、鶴喰。」
「あぁもう、何さァ!」
「琥珀様。」
「――あ?」
「琥珀様さ、最近あたいら民草にお顔を見せないよねぇ。あの御年で後宮に入ったんだし、後継ぎを産むったって小さすぎるだろ? もしかして、お体でも崩されてやしないかねぇって。」
「……おれたちが案じたってどうにもならんだろうが。」
「そんなことないでしょ! 特に鶴喰なんて、琥珀様の
「お前さんね、そうは言ってもおれはただの主鷹司で――。」
「会いに行こうよ、琥珀様にさ!」
「ばっっっかじゃねぇかお前!!?」
そんな幸福の一片、『
「お前さんね、お前さんが今口走ってることは、一歩間違えや職権剝奪の上で『北方』にお流しにされることだぞ!? いいや、流刑なら儲けモンだ! 大橋に晒し首になろうが何だろうが、おれはお前さんを見捨てるからな!」
手袋のような神鷹を装着し、人型の神鷹の整備を行う黒灰髪頭を乱雑に後頭部で括り結んだ小柄な少女は、名を『
「あんたって奴は変な時に権力とかにうるさいよねえ。普段はお偉いさんに毒吐かれてもツーンとしてるくせにさあ。琥珀様が関わると途端にびくびくおどおど……正直、ちょっとおかしいぜー?」
鶴喰に整備されている人型神鷹の持ち主にして、腰には直剣を佩き、特徴的な薄朱色の髪をきちんとした髷にしている楽観的な少女は、『
「……この前、兄貴に言われたんだよ。」
「璃寛さんに?」
「あぁ……『考え無しに友垣に逢うのは構わないがね、相手は仮にも紅彩殿の中宮なのだよ? おまえは出世など眼中にないだろうけれど、下手をすればどこやの過激派貴族の手に掛かる日が来ないとは……僕には言い切れないねぇ』――だとさ。」
「命が惜しいのかい?」
「当たり前だろ!?」
既に、鶴喰の手は完全に止まっていた。水柿は必死な様子の鶴喰をつまらなさそうに見つめながら、鼻から声とも言えぬ声を漏らす。
「まぁ大丈夫だよ、今回は少なくともあたいが一緒にいるし。ネ、琥珀様に会いに行ってみようよ!」
「……これが終わったらな。」
はああ、と大きく諦観の溜息を吐き出し、鶴喰は再び右手に嵌めた神鷹を用いて整備を始める。
「やった!」
水柿は指を音高く鳴らし、籐で編まれた品質の良さそうな椅子にどっかりと背を預けると、部屋の窓から見える大都会の景色を楽しみ出すのだった。
二人が今いるこの場所は、日の出邦が国家として駆動するための心臓部、『帝都』と称される首都の、そのまた北端。帝都外周を覆う巨壁の北端に隣接している、数々の政府機関が集結している『皇城』――その端の端に追いやられるようにひっそりと設けられた、神鷹を整備するためだけの施設、『
軍事や兵役に関する事柄を管理、遂行する『
「おい痩せ狗連中! 誰ぞいるか!?」
とは言え、だ。
「おい、返事くらいしたらどうなんだぁ――? それとも、日の出
ガラガラと品の無い笑い声と共に、鶴喰と水柿がいる小部屋の戸が開かれ、筋骨隆々の男たちが数名、足音も高く入り込んでくる。
「おいおい! いるならそう言えよなぁ! なんだよ、本当に口がきけなくなっちまったのかぁ?」
「……お生憎と、青褐大信将。貴殿のような礼節もわからぬ手前勝手に使う喉は御座いませんので。」
「――あ?」
青褐と呼ばれた男の額に青筋が走るのと同時に、青褐の背後に控えていた数人の兵士たちが一斉に指や首の骨を鳴らし始める。
「あー、威嚇をしても肖官の態度は変わりませんから。用件をどうぞ早急に。」
「チッ――格納庫の方に手負いの神鷹を四基、放り込んでおいた。今日中に調整して兵部省巡視衛士役場まで持ってこい。」
その言葉に、鶴喰は無表情のまま右手を少し横へずらし、画面が取り付けられた機械を操作する。その画面に映された映像を数秒眺めると、視線を手元の人型神鷹へ戻しながら、尚もこちらを睨んでくる青褐に向かって冷たく言い放った。
「二日ほど要します。」
「はぁ? ふざけんなぁ! こっちは帝都の治安維持に奔走して神鷹が傷つくような戦闘までしたんだぞぉ! 二日! 二日だとぉ!? 調子こくのも大概にしろよ、この神鷹奴隷がぁ!」
「貧民溪谷まで足を運んで、憂さを晴らすことが帝都の治安維持とは思えませんが。この傷、『妖魔』相手じゃありませんよね。」
「ヘッ、主鷹司に籠りっきりの狗にはわからんだろうがな、こっちは犯罪組織の壊滅っつぅ、大義があって貧民溪谷まで向かってたんだよ!」
「その結果が頭部損傷に動力鋼管断裂ですか? 結構なお点前ですね、青褐大信将。」
「このッ……言わせておけばつらつらとォ!!」
瞬間、鶴喰の首元目掛けて、青褐の腕が伸びる。しかし、その腕が彼女の首筋を掴むことは無く、その暴力は、側で傍観していた衛士の少女――水柿によって阻止される。その細い腕からは想像もつかない膂力で、体格差の激しい青褐の腕手を食い止めると、水柿は厳格な声音で青褐を一喝する。
「見苦しいぞ、青褐大信兵! ここは貴様の縄張りではない!」
「……なんだガキ、お前も衛士か? 俺の官位を知っていてその態度ってのはなかなか不遜だなぁ?」
その発言に、水柿は懐から折り畳まれた制式色冠を取り出し、指でくるくると回して見せる。濃い黄色の冠を頭に乗せる青褐に対し、水柿の指の先で揺れる冠の色は薄い青色、即ち小仁の位、青褐の三段階上に位置する階級だった。
「は――はぁ!? しょッ、小仁将軍!? 何でお前みたいなガキが――!?」
「言葉を慎め、青褐大信兵!」
「あっ……も、申し訳御座いませんでしたッ!!」
青褐はすぐさまに腕を引っ込め、その場で跪いて見せた。
「この者はあた――私が贔屓にしている神鷹整備士だ。その腕は白菫大徳大将軍も買っている。この者が整備に二日かかると言うならば、他の整備士に任せれば一週かかると思え!」
「そんな……。」
「わかったかッ!!」
「は、ははッ! 委細承知致しましたッ! さすらば二日後、兵部省巡視衛士寮格納庫に納品をお願いしたく!」
青褐と、もはや存在感すら希薄になっていた彼の部下たちは、その発言を最後に、雲の子を散らすようにどたどたと小部屋を後にし、主鷹司から逃げ出すように去っていった。
その姿を見届けると、水柿は悩まし気な表情を見せながら再び籐の椅子に腰を下ろした。
「あーあ、最近一般兵たちの態度も悪くなってきてるよねー。青褐って、確か紫水殿の姫様が連れてきた南方地域出身の衛士だろ? 青褐みたいな兵士、最近増えてるみたいなんだよね。」
「知るか、あんなの放っておけば勝手に自滅する。」
「あーもー、あんたが知ったことじゃなくても、帝都を守る身にすれば深刻な問題なの!」
わあわあと、今日も主鷹司の小部屋では、二人の少女の会話が盛り上がり、季節を問わない風物詩の数々と溶け合って彩っていく。
この物語は、神鷹整備士の少女――鶴喰と、特務衛士の天才剣士――水柿が織りなす、神鷹と神心によって高度に発展した科学国家、日の出邦の各地で起こる驚天動地の非英雄譚。
「姫さま、お体に障りますよ?」
皇城の中でも、天帝の私的な領域である内裏。その内部に存在している後宮――天帝に娶られた数名の中宮が住まう女の園、そのうちの東方宮殿、『
「ん――。ねぇ鶯、わたくし鶴喰たちに会いたいわ。」
「だめですよ。姫さまは今、病床に伏していると、明日には公表するんですから。今ばかりはいけませんよ。」
「……母上……。」
姫と敬われる幼子の目尻には、うっすらと涙が滲んでいた。