捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

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 Q.何が始まるんです?


開幕

 旧首都郊外の空軍基地に展開するアメリカ軍の行動は迅速だった。

 常時滞空する無人航空機がインクブスを捕捉した時点で、待機中の作戦要員は戦闘準備を終え、駐機場へ走っていた。

 赤い航空灯を瞬かせるティルトローター機が爆音を響かせ、次々と漆黒の夜空へ飛び立つ。

 鼠色の編隊が基地上空を通過した後、完全武装の攻撃ヘリコプターが順次離陸する。

 

『ブリーフィングで聞いていると思うが、再度確認するぞ』

 

 機外で唸り声を上げる2基のエンジンがキャビンを騒音で満たしている。

 

『30分前、第5空軍のリーパーが旧世田谷区でクソッタレを捕捉した』

 

 それを苦とせず、膝を突き合わせる兵士たちへ厳かな声を飛ばす壮年の大尉。

 

『洗脳されたと思しきウィッチ6名を侍らせる筋金入りのクソだ』

 

 キャビン内を支配する意志は一つ。

 人類の敵に対する敵意、憎悪、殺意。

 それらの発露を抑え込み、大尉の言葉へ耳を傾ける。

 

『日本のウィッチが交戦中だが、これには介入せず、逃走中のクソを追う』

『大尉、お姫様はまだ現れんのですか?』

『ユニットが追尾を開始している』

 

 ウィッチ2名に足止めさせ、人口密集地へ向かうインクブスを追尾する複数の影。

 攻撃こそ控えているが、威嚇することで進路を妨害し、誘導している。

 

『接敵は時間の問題だ』

 

 そこにはパッケージ13の意思が介在していると見て、間違いない。

 問題は接敵するポイントだが、そこを確認してからでは機を逸する。

 

『我々の任務はゴースト7の戦闘を支援し、クソに無断入国のツケを払わせることだ』

『難民申請をお忘れのクソに、ですか?』

『そうだ』

 

 居並ぶ兵士たちは殺意をニヒルな笑みで隠し、闇の中で静かに研ぐ。

 その様子を色素の薄い目で見渡してから大尉は、キャビン後方に座る主役へ声をかける。

 

『主役は君たちだ』

 

 あくまで戦闘を主導する者は、ウィッチ。

 灰色のロングコートを纏い、思い思いの姿勢で座席に腰かける4人の少女だ。

 全員が白化した髪で、ガラス玉を思わせる淡い青の瞳をしている。

 

『任せるぞ』

『了解』

 

 色彩を除いて、容姿も、声も、性格も異なるゴースト7の返答は見事に揃った。

 

 そして──訪れる沈黙。

 

 キャビン内はエンジンの騒音と風切り音で満たされる。

 コラテラル・ダメージ(巻き添え被害)の心配がなく、十二分な火力を投入可能な同盟国内における作戦。

 しかし、パッケージ13との対話に、妨害勢力の存在と不確定要素は少なくない。

 沈黙は、緊張を醸成する。

 

『モーガン』

 

 健康的な肉付きの足を組んで座席へ腰かけるウィッチが、その沈黙を破った。

 

『どうかしましたか?』

 

 伏せていた目を静かに開くモーガン。

 丁寧に編み込まれた白金の髪に、影のある表情も相まって薄幸の姫君のようだった。

 手元のアンチマテリアルライフルが放つ冷酷な輝きに目を瞑れば。

 

『ま~た、難しい顔してるわ』

『それは……』

『リラックス、リラックス~そんな顔じゃ、彼女に逃げられちゃうわよ?』

 

 対面に座るチームメイトは飾り気のないハンマーの柄に手と頬を乗せ、柔和な笑みを見せた。

 気まぐれな猫を思わせるが、モーガンと同じ淡い青の瞳は人の観察に長けている。

 これは彼女なりの調()()だった。

 

『あなたは緊張感を持つべきよ、シルビア』

 

 シルビアの左隣、装甲板を思わせるシールドに占有された座席を挟んだ先。

 両手で抱えるロングソード越しに、鋭い眼差しを飛ばすウィッチがいた。

 よく訓練された使役犬のような雰囲気を纏い、足を揃えて小さく座っている。

 

『そうかしら』

『そうよ』

 

 口元に指を当てて惚けるシルビアに、凛とした声が返される。

 一見、水と油のように対極的な二人だが、息の合った連携で敵を制圧するチームの矛と盾だ。

 普段通りに振る舞う対面のチームメイトを見て、モーガンは苦笑する。

 

『リーダー、洗脳されたウィッチは制圧でいいのか?』

 

 モーガンのすぐ隣に座るウィッチが、おもむろに口を開く。

 人形じみた無表情と癖毛が目を引くチームメイトの問いに、リーダーは自身の判断を伝える。

 

『はい、あくまで無力化です』

 

 敵対的なウィッチは()()も許可されていた。

 しかし、それは最終手段として脳裏の片隅に置かれている。

 

『骨が折れそうだな』

 

 小さく鼻を鳴らすも隣人の表情はフラットなまま。

 セミオートマチックのショットガンにシェルを装填する手は止めない。

 

『彼女の前で処理するわけにはいきませんから』

 

 両手の指では足りない数のウィッチを戦場で処理してきた。

 

 それが必要とされ、その必要性を理解したからこそ、後悔はない──否、捨て置いた。

 

 しかし、それを実行できる者が人間の信頼を得られるとは、到底考えられない。

 己の選択一つで本国の命運が左右される。

 今度こそ失敗できない。

 

『いずれは知られる』

『それは……いえ、不信感を与える行動は最低限に留めるべきです』

 

 その言葉は、己を納得させるため吐き出されていた。

 作戦遂行上の障害を増やし、作戦要員へ負担を強いる罪悪感に苦悩しながら。

 

『よし、分かった』

『クレア?』

 

 責任を背負い込みがちなリーダーを女房役が静かに見据える。

 フラットな表情は変わらず。

 

『それで行こう、リーダー』

 

 ただ、その目と声には明確な意志が宿っていた。

 

『任せてくれ』

 

 勇気づけるように、力強く肯定し、共に背負う。

 ゴースト7は4()()()1()()のウィッチ、その重責も分配されるべきなのだ。

 その短い言葉にはチームメイトだけでなく、キャビン内にいる全ての者が頷いていた。

 

『ありがとうございます』

 

 幾分か肩の力が抜けたモーガンは、年相応の柔らかな笑みを浮かべた。

 

『格好よく決めないとな』

『そうそう!』

 

 明るい声をキャビン内に響かせるシルビア。

 チームのムードメーカーは、あえて空気を読まない。

 

『まずは、この地味なコートより華やかなコスチュームにしてみない?』

 

 そう言って両手を組み、華やかな自身を夢想し、目を輝かせる。

 空気が弛緩し、相方が天を仰ぐ。

 ゴースト7は最低限のエナで構成した装束の上に、味気ない装具を着け、7の番号が描かれた灰色のロングコートを纏う。

 華やかさとは無縁だ。

 

『エナの無駄よ。大体、華やかさなんて──』

『あら、新しいイヤリング似合ってるわよ?』

『ちょっと…シルビア!』

 

 相方の変化を目敏く見つけ、素直に褒めつつ弄ってみせるシルビア。

 身体能力と攻撃力へ重点的にエナを振り分けるため、余剰はない。

 

 叶わぬ願いと理解していながら、わずかでも己を彩る──それを笑う者はいない。

 

 ただ、赤面する少女を微笑ましく見守る大人と親友がいた。

 

『このコート、私は気に入ってるんだが』

『嘘でしょ、クレアちゃん』

≪ええ、白馬より王子様一行へ≫

 

 ガールズトークに割り込むパイロットの声は、わざとらしい棒読みだった。

 自称白馬に王子様と呼ばれ、苦笑する兵士とウィッチは己の得物を改める。

 戦場は、すぐそこだ。

 

≪5分後にDZだ。準備してく──≫

 

 実直な軍人へ切り替わった声を、耳障りなアラートが遮る。

 作動する()()()()()ミサイル警報装置のアラートだった。

 

≪各機散開しろ!≫

≪了解!≫

 

 実戦慣れしたパイロットの判断は、迅速かつ的確だった。

 整然と組まれた編隊が解かれ、散らばる鼠色の機影。

 接近する脅威に対し、機外のディスペンサーから自動で高熱のフレアが発射される。

 

≪ACP、こちらブラボー・ノーベンバー、SAMによる攻撃を受けている!≫

 

 突如、開始された旋回機動にキャビン内の兵士とウィッチは座席へ身を押し付ける。

 一筋の白線が突き抜けていき、夜空の彼方で紅蓮の華を咲かす。

 

≪くそったれ≫

 

 地対空ミサイルの描く白い軌跡、フレアの眩い閃光、そして爆炎が夜空を彩る。

 

≪ヤンキー・ハットが被弾!≫

≪被弾した、被弾──≫

 

 至近で炸裂を受けた鼠色の機体が黒煙を吐き出し、闇に包まれた廃墟へ高度を落としていく。

 切迫したパイロットの声が無線越しに飛び交う。

 同盟国の上空は制空権下にあると疑わないアメリカ軍は混乱の渦中に叩き込まれていた。

 

 解析不能の超常現象──マジックを用いた攻撃ではない以上、敵からインクブスは除外される。

 

 無人航空機の熱線映像装置による監視を逃れ、地対空ミサイルの待ち伏せ攻撃を行える存在。

 それは、アメリカ軍と()()()()()しかありえない。

 

≪ACP、敵のSAMを黙らせ──くそっMANPADSだ!≫

 

 墓標のように突き立つ高層建築の屋上を睨み、パイロットの1人が吠えた。

 正解者へは地対空ミサイルによる返礼が飛来する。

 回避のため発射されるフレアの輝きが廃墟へ降り注ぐ。

 

『おいおい、冗談だろっ』

 

 ブラボー・ノーベンバーのキャビンで兵士たちは、ただ機動に耐え、被弾しないことを祈るしかない。

 

『モーガン、SAMを無力化すべきじゃない!?』

『降下しようにも、これでは──』

 

 降下中でも精密射撃を成功させるモーガンへ悲鳴に近い声でシルビアは提案する。

 キャビンの窓外で閃光が走り、遅れて鈍い衝撃。

 至近で炸裂した弾頭から放たれる破片が機体の外板を叩く。

 

『くそったれ、間一髪かよ!』

≪こちらズールー1、SAMを攻撃する≫

 

 誰もが待ち望んだ冷静な声が飛び込み、高層建築の屋上が爆炎に包まれる。

 地対空ミサイルの射点は粉塵を巻き上げ、崩れ落ちていく。

 攻撃ヘリコプターによる爆撃は正確に脅威を粉砕した。

 

≪SAMを破壊。周辺警戒に移る≫

≪了解。ゴースト7、SAMが沈黙している今がチャンスだ≫

 

 しかし、それは一時的な沈黙に過ぎない。

 敵が軍事組織に準ずる者である以上、確実に次の攻撃オプションを用意している。

 

 そして、アメリカ軍の作戦行動を妨害する目的は──シルバーロータスの確保。

 

≪降下を開始せよ。バックアップはズールー2と3だ≫

『了解』

 

 撤退の選択肢はない。

 灰色のウィッチたちは幾度と行ってきた敵前降下を決意する。

 空中で静止するホバリングは狙い撃ちされる危険性があるため、巡航中の機外へ身一つで飛び出す。

 

『少尉!』

 

 追従できない生身の兵士たちができることは一つ。

 視線だけ返す少女たちを敬礼で、サムズアップで、そして必ず後に続くという決意で、送り出す。

 キャビン後方の扉が開放され、吹き込む戦場の風が頬を撫でる。

 武骨な得物を力強く握り、4対の青目が機外の闇を睨む。

 

≪神のご加護を!≫ 

 

 祝詞が夜空に溶け、空中へ身を投じる4人のウィッチ。

 その影は、コンクリートジャングルの闇へ消えた。

 

 

 己は、剣身あるいは弾丸。

 いかなる状況でも、その覚悟は揺るがない。

 相対する敵がウィッチナンバーの()上位者であろうと、燐光を纏う刃が慈悲で鈍ることはない。

 輝きを失った桜色の刀身へ落下速度を加えた殺人的速度で振り下ろす。

 

「重い…!」

 

 衝撃に呻くウィッチの足を支えるアスファルトには細かな亀裂が走る。

 刀身の切断はおろか破砕にすら失敗し、蒼いウィッチは形の良い眉を顰めた。

 隷属したウィッチにしてはパートナー喪失に伴う能力の低下が見られない。

 

 純粋な戦力化──胎の中を見るに、それ以外も担っているようだが。

 

「そんな目で……見るなっ」

 

 人間味を欠いた無機質な殺意を宿す蒼い瞳。

 それを前にして敵意を露にする裏切者の反発力に逆らわず、空中へ身を投げ出す。

 絢爛たる蒼き装いを夜空に躍らせ、後方の錆びついた信号機に着地する。

 

「アズール、ひっ、ノヴァさん! た、助けてください!」

 

 悲鳴混じりの呼び声を受けて、アズールノヴァは小さく溜息を漏らす。

 平坦な視線を向けた先には、交差点の中央で凶刃に追い回されるバディ。

 反撃もできず、ただカットラスの輝きと踊るしかないように()()()

 

「ちょこまかと!」

 

 猫目のウィッチはカットラスと打ち合わない相手に対し、左手のピストルを突き付ける。

 

 マジックを射出する機構が作動──口径以上の破壊が轟音と共に発射された。

 

 しかし、着弾点に真紅の影はなく、無残に抉り取られたアスファルトが広がるだけ。

 

「レッドクイーン、反撃してください」

 

 信号機の下へ降り立つバディに見向きもせず、周囲へ視線を走らせるアズールノヴァは無慈悲に告げた。

 

「む、無理ですよ!」

 

 幽鬼のように歩み寄ってくる猫目のウィッチに声を震わすレッドクイーン。

 バラを思わせる絢爛なドレスに不釣り合いなバトルアクスは、飾り同然だった。

 

「ならさ……お前も仲間に入れてやるよ!」

「ひっ!」

 

 カットラスの刃が瞬き、レッドクイーンが情けない悲鳴を上げる。

 同時に、桜色のウィッチがアズールノヴァへ向かって跳躍。

 

「今度は余所見か!」

 

 左下段からの袈裟斬りを難なく躱し、車道へ降り立った蒼いウィッチを追撃が襲う。

 右肩を狙った刺突を下段から打ち上げ、迎撃。

 両者の刀身が頭上で切り返され、敵対者へ振り下ろされる。

 

「見るまでもありませんから」

「ちぃっ!」

 

 速度差から桜色のウィッチが、わずかに体勢不利。

 斬殺は容易、それよりも状況の推移が最大の懸案事項だった。

 迅速に処理しては、いらぬ誤解を()()に与えかねない。

 だからこそ、忌々しいインクブスの時間稼ぎに付き合っている。

 

「舐めるなっ」

 

 それを敏感に感じ取る桜色のウィッチはサーベルの刀身を滑らせ、圧力を受け流す。

 ウィッチ(魔女)らしからぬ袴に隠された足運びは悪くなかった。

 相対する刃を失い、アスファルトへ突き立つソードの切先。

 

「もらった!」

 

 致命的な隙を晒すアズールノヴァを()()()するため、腕を狙ってサーベルを横一文字に走らせる。

 

 インクブスに隷属した心が褒美を求めた結果──垂直に立つ剣身を捉えた。

 

 アズールノヴァは刃の推進力に抗わず、切先を起点に体を空中へ投げていたのだ。

 火花散らす衝撃を受け、アスファルトから刃が解放される。

 

「なに…!?」

 

 月光を一身に受ける蒼きドレスが、堕ちた桜に影を落とす。

 棒高跳びの要領で、間合の外へ軽やかに着地し、ヒールの雅な音を響かせる。

 

「終わりですか?」

 

 身の丈ほどもあるソードを体の一部のように扱う相手へ、無策な追撃は繰り出せない。

 それに落胆を覚えるアズールノヴァは、背中を向けたまま北の方角を見つめる。

 

「う、撃たないでください!」

「なら、逃げるな!」

「嫌です!」

 

 いまだ無傷で逃げ回るレッドクイーンを襲うマジックの砲声に混じって聞こえる戦場音楽。

 北の夜空から断続的に響く()()は、招かれざる者たちの場外乱闘が始まったことを意味する。

 自己保身を優先する大人の戦争が、全てを見通す目には映っていた。

 

「…お前、ナンバーズか」

 

 存外口の軽い桜色のウィッチは、問答による時間稼ぎに移った。

 

「はぁ……何を咥えていたかは聞きませんが」

 

 今度こそ落胆し、溜息を吐き出すアズールノヴァは問答無用の一閃で応じる。

 ウィッチナンバーの元上位者が見せた反応速度は想定内。

 

「臭いますよ?」

 

 それを上回る一撃は見事に首を捉え、()()()()()()()()()

 桜吹雪となって崩れる人影には、手応えがなかった。

 その背後には使用者を完全に再現したマジックの幻影が立ち並ぶ。

 

 細事なこと、些末なこと──全て斬る。

 

 蒼い風が桜を散らさんと吹く。

 

「無駄だ……お前に私は斬れない」

 

 敗北者の戯言など耳にも入らない。

 アズールノヴァの思考は、次なる標的の選考に割かれていた。

 

 インクブスに与する者は当然、彼女の力を求める大人、ウィッチ──彼女を手中に収めようなど、万死に値する。

 

 絶望に満たされた世界で咲く彼女は、誰のものでもない。

 

「聞いているのか!?」

 

 しかし、彼女に知られてはならない。

 彼女は盗人にすら救済の手を差し伸べるだろうから。

 

「何を笑っている…!」

 

 桜吹雪が舞う中、幻影が繰り出す技は精度が低い。

 連携の取れたオークの方が幾分か良い動きをするだろう。

 

 駆逐すべき対象を選定し──桜吹雪の彼方、旧首都郊外の闇を歩く人影を捕捉。

 

 全く予想していなかった人物の登場に、蒼い目が驚愕で見開かれる。

 

「これは、貴女のシナリオですか」

 

 彼女を取り巻く厄介事が線を結び出し、形を成す。

 背後から迫る幻影ごと桜吹雪を薙ぎ払い、アズールノヴァは忌々しげに吐き捨てた。

 

「レッドクイーン!」

「は、はひぃ!」

 

 有無を言わさぬ鋭い声に反応し、バトルアクスのスイングで凶刃を弾くレッドクイーン。

 

「なんだ……このエナは!?」

 

 不可視であるはずのエナが燐光となって舞い、廃墟を不気味に照らし出す。

 複数の幻影を操る桜色のウィッチは己の総量を軽々と超越され、ただ息を呑む。

 

「合図したら、私と()()()()()()()

 

 微かに涙で潤む真紅の目を見据え、アズールノヴァは命ずる。

 

「はい…!」

 

 その目に覚悟が宿ったと気が付かない猫目のウィッチだけが安直に襲いかかる。

 眼前の敵を優先する視野の狭さと観察眼の未熟さが、身を滅ぼした要因だろう。

 アズールノヴァは腰を低く落とし、煌々と輝く刃を地に寝かせて構えた。

 

「今です」

 

 ただ一声で、紅は蒼へと変わる。

 カットラスを振り下ろす先には、今まさに斬撃を放たんとするアズールノヴァがいた。

 回避不能、そこは必殺の間合。

 

「なに──」

 

 刃は音を置き去りにし、進路上に存在する大気を、エナを、ウィッチを両断する。

 エナで構成されたカットラスとピストルに、薄汚れた装束。

 インクブスに調教された少女の肢体。

 声なき悲鳴。

 それら全てを残らず、蒼い焔が焼き尽くす。

 

「ば、化け物か…?」

 

 斬撃は幻影まで蒸発させ、桜色のウィッチは本能的に一歩後退る。

 敗北し、隷属した身であるからこそ理解できた。

 世には抗ってはならない力が存在するのだ。

 

「次」

 

 斬撃の余波で交差点の信号機が次々と倒れ、巻き上がる粉塵と燐光。

 放射されるエナの濃度は、なお上昇を続けていた。

 燐光を反射して輝く蒼き瞳の奥には、闇が滞留する。

 

「シルバーロータス様、待っていてください」

 

 焔が遺骸を焼き尽くし、そのエナは主が握る長大な刀身へ還っていく。

 微かな月光が照らす旧首都の闇を蒼が侵食する。

 燐光が桜吹雪のごとく舞い、刃の放つ輝きは銀へと近づく。

 

「すぐ、行きます…!」

 

 それは、敵対者にとって死刑宣告に等しい。




 A.大惨事大戦だ。

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