兄者「魔法少女してるじゃん」
橋脚に囲まれた交差点、空中で複雑に交差する高架橋の影が唯一落ちない月下の舞台。
まるで、台風の目だ。
──夜空に鈍い爆発音が木霊する。
ハマダラカから逐次送られてくるテレパシーは、爆発の原因を余すことなく伝えていた。
所属不明の勢力、それも軍事組織に類する者同士が旧首都で戦闘を繰り広げている。
さっぱり意味が分からない。
一体、何が起こっている?
「なるほど……誘い込まれたわけですか」
人類の敵は、今、目の前にいるインクブスだけだろうに。
「元より逃げる気はなかった……違うか?」
高架橋の梁に留まった4体のカマドウマがエナに還り、夜空へ溶けていく。
役目を果たした追跡者の最期は静かなものだった。
その姿を見送り、交差点に脚を踏み入れる黒い毛玉へ視線を落とす。
「おや、それを察していながら、貴女は出てきたのですか?」
黒い毛玉に手足が生えたようなインクブス──ボギーは首を傾げた。
その傍らには、容姿も年齢も異なるウィッチを4人も侍らせている。
アズールノヴァからの連絡では6人いるはずだが、捜索に割けるファミリアがいない。
「2人はどうした」
「ここで他者の心配とは……やれやれ」
紳士然とした態度を取るが、その眼には嘲りが滲む。
「つい先刻、新星の如きウィッチとお会いして、確信したのですが」
接敵している──つまり、アズールノヴァとレッドクイーンは残る2人のウィッチと対決している。
無理だけはするなよ。
「
よく回る口だが、内容は聞き飽きたものだ。
苗床の少女を盾にしたゴブリンも、子どもを人質にしたフロッグマンも、ウィッチを洗脳した同族も同じことを宣っていた。
「さて、このウィッチたち、そちらでは腕っ扱きだったそうで……降伏されませんか、
失敗した前例と異なるのは、狙いを私に絞り、ウィッチの徒党で挑んできた点か。
しかし、私のすべきことは変わらない。
「断る」
シースからククリナイフを抜き放つ。
併せて高架橋下に巣を展張したナゲナワグモが、せっせと粘液球を垂らし始める。
原種と異なり、ファミリアが垂らす代物は誘引のフェロモンを放たない。
むしろ、認知を阻害することで回避させない暗器の類だ。
「残念です」
「……微塵も思っていませんね」
芝居がかった所作で首を横に振るボギーに、パートナーは露骨な嫌悪感を示す。
「やはり、
戦力不足は織り込み済みとなれば、情報収集が目的か。
ポータルを使用しての撤退を選択せず、あえて交戦の意思を見せている。
つまり、これは威力偵察。
まだ、こちらの戦力を評価できていない今、確実に駆逐する。
「災厄のウィッチ、一つ質問しても?」
どうせ無視しても言葉を吐き出し続ける。
「私たちはヒトを飼い、愛で、時に食す……
インクブスの行動は人類を害するものだが、急所は外していた。
ゆえに、人類の家畜化が最終目的と考えていたが、正解だったわけだ。
反吐が出る。
「その温情を拒み、貴女は私たちの絶滅を推し進めている──」
人類を徹底的に見下した態度は変わらない。
ただ、虫酸が走る被害者意識の塊みたいな言葉は、初めて聞いた。
「なぜですか?」
救いようがない。
被害者ぶるなよ、怪物どもが。
「シルバーロータス、
左肩より響くパートナーの冷静で、静かな怒気に満ちた声。
それを耳にして、感情が無秩序に発露することを自重できた。
雑音に惑わされて、本質を見失うな。
いつものように、確実に、インクブスどもを駆逐しろ。
「ああ、よく知ってる」
テレパシーを発した瞬間、ざわりと大気に敵意が満ちる。
そして、高架橋下の影より続々とファミリアが姿を現す。
「おお、この歓迎ぶり……光栄です」
とことこと軽快な足音をアスファルトに刻むヤスデの脚。
視界の上で風に揺られるカマキリの触覚。
打ち鳴らされるベッコウバチの大顎。
すぐ傍に下ろされる灰青色の重厚なヤシガニの鋏。
「初めてお目にかかるファミリアばかりですね?」
好奇に満ちたボギーの視線が、ミイデラゴミムシを彷彿とさせる派手な体色のファミリアへ向く。
居並ぶファミリアの中では小柄だが、ウィッチを相手取る上で強力な武器を有している。
情報を持ち帰れたインクブスがいないことを再確認。
「配置が完了しました」
「撃て」
もう聞くべき言葉はない。
「災厄のウィッチ、何か語ってくれま──」
高架橋の隙間を縫って紫電が奔り、アスファルトが爆裂する。
死角からの砲撃は狙い違わずボギーに命中した。
「減衰を確認……健在です」
だが、巻き上がった粉塵にインクブスの肉片は見られない。
「危ない危ない……」
粉塵が晴れ、黒い毛玉が神経を逆撫でする声と共に現れる。
傍らに立つ巫女装束のウィッチを中心に展開されたエナの防壁が陽炎のように揺らぐ。
破砕されたアスファルトとの境目を見るに、範囲は直径5mの円。
「シリアコ卿に感謝しなければなりませんね」
隠蔽を徹底させたオニキスの不意打ちを防御した時点で常時展開されていると見るべきか。
「強度が高いですね……突破は困難かと」
「そうか」
やはり、休眠中のミイデラゴミムシを起こして正解だった。
ウィッチの防壁を突破するだけの火力はエナの消費が激しく、現状は投入できない。
現状でも長期戦は難しい──目指すは、短期決戦。
大顎を打ち鳴らす4体のベッコウバチが横に広がり、私の前に鎮座するヤシガニの背甲にミイデラゴミムシが上る。
背の高い雑草に侵食された歩道へヤスデが入り込み、ナゲナワグモが粘液球を揺らし出す。
そんなモンスターパニックさながらの光景を前に、ウィッチの虚ろな目が恐怖で揺れたように見えた。
「次は、こちらの番です!」
両腕を大きく広げ、ボギーは高らかに宣言する──
「Tally Ho !」
小気味よい掛け声が響き、高速の飛翔体が頭上を擦過。
刹那、ボギーの立つ車道はエナの爆炎に包まれる。
「──
「Roger」
交差点を右折した先へ降り立った4つの人影。
爆風を受けて翻る灰色のコート越しに聞こえる言語は、英語だった。
微量のエナを放つ者、おそらくはウィッチ。
「このエナは……何者でしょう?」
「分からん」
ヤシガニの陰から様子を窺う私に、淡い青の瞳が向けられる。
敵意は感じないが、無関心でもない。
それを無害そうな笑みで隠す。
「間に合ってよかった」
流暢な日本語に面食らう。
武骨なライフルやシールド等を携えた彼女たちは、英語を交えていたはず。
我が国では調達できない銃器に、統一された装備──軍属のウィッチだ。
髪と目の色が全員同じため、まるで姉妹のように見える。
変身に伴う人体の変化は千差万別だが、同一のウィッチが複数人もいるのか?
「…何者だ?」
私の警戒心に反応し、ゆらりと傍らに立つカマキリ。
夜に染まった眼が灰色の人影を睥睨する。
「け、警戒しないでください。私たちは敵ではありません」
リーダーと思われるウィッチが慌てて左肩を指し示す。
親近感を覚える灰色のコートには、星条旗が縫い付けられていた。
「アメリカ軍?」
「私たちはアメリカ陸軍危機即応部隊第7分遣隊です」
そう名乗ったウィッチは繕った笑みを消し、鋭い視線をボギーがいた方角へ向ける。
粉塵立ち込める交差点の奥を睨む鋭い眼光。
アメリカ軍のウィッチは、年齢に見合わぬ凄みがあった。
「Hi honey~」
私の視線に気づき、半身の隠れるシールドを構えたウィッチが小さく手を振る。
「
それを並び立つ小柄なウィッチが小声で窘めた。
得物を見るに、その2人が前衛らしい。
「なぜ、日本に…?」
パートナーの抱く疑問は、私の抱く疑問でもある。
部隊名を聞くに国防軍の中央即応連隊に近い部隊のようだが、なぜ日本にいる?
「やれやれ……無粋なお客様だ」
当然のようにエナの防壁から嘲りの眼差しを投げてくるインクブス。
視界が回復するまで、その場を動かないとは大した余裕だ。
「私たちは日本政府から要請を受け、行動しています」
「組織的なウィッチの拉致から保護してほしい、とな」
艶消しの施されたショットガンを構えるウィッチが、リーダーの発言を補足する。
それが事実なら、日本政府は方針を転換したのか?
組織的な拉致からの保護ということは、現在交戦中の勢力はアメリカ軍と──詮索は後回しだ。
「保護なら私が引き受けましょう……貴女たちも含めて、ね」
「
侮蔑を込めた啖呵が切られ、対峙するウィッチが同時に地を蹴った。
高架橋下を反響する重い銃声。
鮮やかな色彩の影と灰色の影が交錯し、エナで構築された刃が火花を散らす。
「どうしますか、シルバーロータス」
ウィッチがウィッチと戦う光景──それが私は気に食わない。
「決まってる」
所属に関係なくウィッチ同士の戦いなど見たくもない。
ありふれた悲劇など願い下げ。
駆逐されるべきは、そこの怪物だけだ。
「インクブスを駆逐する」
「計画に変更無し、ですね」
「まずはウィッチを無力化するぞ」
アメリカ軍のウィッチを誤って攻撃しないよう、テレパシーで対象を指定。
よって、搦め手無しの正面対決になる。
突入のタイミングが重要だ。
「
「
分厚いシールドで衝撃力を殺し、すかさず放たれる刺突。
交差点の中心、灰色の影が交互に立ち位置を移し、二刀の白刃を迎撃している。
エナの放射量を見るに、おそらく1対1は厳しい。
2対1を徹底した立ち回りは、能力差を補うためか。
「Reload」
「
その均衡を守るため、もう1人の肉薄を銃撃で阻む。
銃器でも大口径のものは、身体能力が向上したウィッチをノックアウトできると聞く。
より強力なマジックを使用できるウィッチが持つ理由は不明だが。
「これは、想定外ですね」
アメリカ軍のウィッチは能力差を数と連携で補い、優位に戦闘を進めている。
しかし、彼女たちは
「ふむ……矢を番えなさい」
「…はい」
ボギーの傍に立つウィッチは拘束されておらず、自由に火力を投じることができる。
エナの放射量が急速に高まれば、最大の脅威である──
「
「Roger !」
マジックの砲撃が飛来する。
パステルカラーの衣装を靡かせ、白金に輝く矢を番えたウィッチ。
感情の死んだ虚ろな目は、私を照準している。
「攻撃、来ます」
「好都合だ」
テレパシーは不要、言わずとも動く。
閃光が走り──世界を純白が塗り潰す。
灰青色の巨影が立ち塞がり、エナの激流を防波堤の如く遮り、四散させた。
流星群あるいは玩具花火を思わせる軌跡が闇夜に描かれる。
「ほう……あれを防ぎますか」
「Wow」
「
高い強度を誇る積層構造の外殻は、一部の層を剥離させることでエナを放散させる。
マジックを無力化する術がなかった頃、盾を務めたファミリアの実力は健在だった。
「仕掛けるぞ」
「はい」
戻ってきた夜の闇へ一斉に吶喊するベッコウバチ。
そして、エナの残滓を漂わせるヤシガニが悠然と続く。
対策を講じる時間を与えず、一気にイニシアチブを握る。
「くっ…!」
間合を仕切り直していた二刀流のウィッチを濃紺の大顎が襲う。
体勢を整える前の強襲に、たまらず横へ跳躍。
「
「こいつっ」
着地を狙って捻じ込まれる灰色の刺突を、交差させた二刀で防御──衝撃を殺し切れず、後退。
「後ろっ!?」
軽自動車ほどもある影が迫り、ウィッチは軽率にも上方へ跳んだ。
洗脳されたウィッチは受動的な思考で、先読みができない。
まず、1人──
「
灰色のコートが花びらのように風で膨らみ、頭上からハンマーが振り抜かれた。
ごしゃり、と嫌な音が響く。
ナゲナワグモが捕獲するはずだったウィッチは、アスファルトへ激突する。
「
「
痙攣する人影を見るに死んではいない。
ウィッチを昏倒させるには、相応の威力がいる。
やむを得ない。
「き、気絶してますね……次の攻撃、来ます!」
パートナーの鋭い警告と同時にテレパシーを飛ばす。
矢弾の射線へ巨躯に見合わぬ速度で立ち塞がるヤシガニに、ぎょっとする射手のウィッチ。
全長の半分を占める脚は伊達ではない。
「ば、化け物…!」
純白の光が闇夜に飛び散り、エナの残滓が高架橋の下を揺蕩う。
「
「
その下を灰色のウィッチたちは駆ける。
重々しい銃声が鳴り響き、ヤシガニの脚を狙っていたウィッチが飛び退く。
ベッコウバチの追撃も躱し、雑草の生い茂る歩道近くまで下がる。
「──
「What !?」
警告する前に、距離を取るアメリカ軍のウィッチたち。
マジックの砲撃に逸早く反応した時といい、彼女たちのリーダーは目が良い。
注意力が散漫なウィッチには
「今です!」
「なっ…に?」
鼻を押さえた時点で、もう遅い。
サーベルを取り落とし、膝を折り、やがてアスファルトに倒れ伏す。
歩道に潜む紅色のヤスデが分泌する化合物は、インクブスを昏倒させる代物だ。
これで2人。
「ウィッチだけでは歯が立ちませんか」
「用兵の問題だ」
徒党を組んでも連携が取れていない。
本来の能力を発揮できないウィッチの各個撃破は容易だ。
嘗めてるのか?
「これは手厳しい」
ヤシガニの背甲よりミイデラゴミムシが尾部をボギーに向ける。
エナの防壁を随分と信頼しているようだが、それは過信というものだ。
「それで、次は何を見せ──」
爆轟を伴う音が大気を震撼させ、ミイデラゴミムシの尾部からガスが噴射される。
凄まじい圧力で噴射されるガスはインクブスを焼殺する熱量を有す。
それでもエナの防壁は破壊できない。
「これはっ!?」
しかし、巫女装束のウィッチが異変を察した瞬間──ガスが防壁の内へ侵入する。
ガスを構成する化合物が命中すれば、それでいい。
ファミリアの生成した化合物は、エナに作用して本来の正常な挙動を阻害する。
「おやおや……これは」
かくして防壁は音もなく崩れ去った。
フードを取り払って、ナゲナワグモにアイコンタクト。
すかさず粘液球が飛ぶ。
「厄介ですねっ」
死角からの奇襲を容易く躱すボギーと巫女装束のウィッチ。
空中に吊り上げられた獲物は、後方確認が疎かだった射手だけ。
「ひっ嫌、やだ、離してっ離して!」
激しく暴れるほど粘液球がパステルカラーの衣装に絡みつき、自由を奪っていく。
パニックに陥った少女の悲鳴が降り注ぎ、胸中に罪悪感が堆積する。
毎度のことながら、最悪の気分だ。
「いぁ──かっは……」
1発の銃声が響き、悲鳴は途絶えた。
これ幸いとナゲナワグモは粘液球を巻き上げていく。
ウィッチの意識を刈り取った慈悲の一撃に、心中で感謝する。
「……これで3人」
「お見事です、災厄のウィッチ」
軽々しい称賛の声を聞き流し、ベッコウバチに半包囲させる。
警戒すべきはインクブス御用達の薬物、そしてボギー自身のマジック。
余裕を見せているインクブスは手札を隠し持っているものだ。
「これは、是が非でも情報を持ち帰らなければなりませんね」
一切の嘲りを消した眼には、見慣れた狡猾な色が宿る。
ポータルを開く暇など与えるものか。
ククリナイフの切先で指し示す人類の敵へファミリア、そしてアメリカ軍のウィッチが肉薄する。
「虫けらを全て潰せたら褒美をやります。励みなさい」
「…はい」
巫女装束のウィッチが手を掲げ、己のエナに働きかける言葉を──別の言葉が遮った。
「
高架橋より降り注ぐ冷徹な声。
刹那、飛来した漆黒の弾丸がアスファルトを穿ち、暴風が吹き荒れる。
「わわわっ!」
しっかりとパートナーの体を左手で押さえ、目を閉じる。
塵と埃とアスファルト片が巻き上がり、周囲の光は閉ざされた。
「Shit !」
ファミリアの感覚器官を頼りに周辺を索敵、脳裏に空間を描き、位置関係を把握する。
インクブスの至近で急速に増大するエナの反応。
これは、まるで、アズールノヴァ──
「……
「がはっ!?」
人体を強打する、あの嫌な音が闇の中で聞こえた。
苦悶に満ちた掠れ声は、間違いなく巫女装束のウィッチだ。
遅れて、ボールのように跳ね飛ばされる姿を高架橋下よりナゲナワグモが観測する。
「今宵はお客様が多いですね」
「
形容しがたい破壊の音が空気を震わす。
振動と空気の流動を見るに、そのマジックは空間を
私でも感知できる膨大なエナを用いた力業だ。
「まさか……貴様もいるとはな、
なおも沈黙しない音源にベッコウバチを突撃させる。
この状況は逃走に最適と思っているはずだ。
「
これは、中国語か?
意味は分からない。
ようやく視界が晴れ、闇より深い人影が明確な像を結び出す。
「彼女は、まさか」
「
頭上の尖った犬耳、濡れ烏のような黒髪と同化した尻尾、鋭利な爪の生えた黒い右腕。
人間の形態を大きく逸脱した漆黒のウィッチ。
その首元にはドッグタグが月光で瞬く。
「見つけた、蝶」
狼を彷彿とさせる黄金の目は、明確に私を見据えていた。
「ウィッチナンバー2…?」
ナンバーズの次席が一体何の用だ?
いや、それより今はボギーを──
「危険です、退避してください!」
ナンバー2の視線を遮るように、4人のウィッチが立ち塞がった。
7の数字が描かれた灰色の背中からは強い警戒と緊張が感じ取れる。
銃口こそ指向していないが、臨戦態勢だった。
「…蝶の危険因子は、お前たちだ」
たどたどしい日本語だが、幼さの残る声には明確な敵意が宿っている。
左肩に乗せていた長大なシミターの刃を地に寝かせ、一気に不穏な空気が漂い出す。
おい、冗談じゃないぞ。
「蝶を覇権主義の道具にはさせない」
「我々は日本政府の要請を受け、ウィッチ保護のため行動している」
「ウィッチナンバー3の代替品の確保だろう?」
「黙れ。不法入国のテロリストと交渉することはない」
「……政治的要求なんてない」
「蝶の庇護を求めるのみ」
わざわざ、日本語での応酬を繰り広げた両者は──無機質な銃口を、流麗なシミターの刃を、相手へ向ける。
真偽はさておき、両者は敵対関係にあり、交戦中の軍事組織の関係者と見て間違いない。
他所でやれ、と匙を投げたくなるが、問題の当事者は私らしかった。
そして、現状を嘆く暇はない。
手遅れだとしても衝突の拡大を阻止しなければ。
「落ち着け」
「蝶、いや…ウィッチナンバー13、彼女らの言葉に耳を傾けないでくれ」
「分かった。だから、まず──」
「
当然、私の一声で収束する空気ではない。
そもそも、私に決定権があるか疑わしかった。
増援が到着するまで、私の武力は奇襲対策のカマキリだけなのだ。
「彼女たちは拉致の実行犯です。早く退避を!」
視界の片隅では、エナで形成した結晶の刃とベッコウバチの大顎が切り結ぶ。
その勢いを殺さず飛び退くボギーをヤシガニの鋏が追撃し、アスファルトを砕く。
「どちらも嘘を吐いていますよ、災厄のウィッチ!」
お前は黙ってろ。
私の言葉を代弁し、ミイデラゴミムシがガスを噴射するも後方へ跳ばれ、効果はない。
威力は十分だが、射程の短さを見抜かれている。
このボギー、今までの個体より明らかに手強い。
「HQ,
「来るぞ、黒狼!」
今、ボギーと鎬を削るファミリアは呼び戻せない。
昏倒したウィッチを捕縛中のナゲナワグモも。
ならば、ここでマジックを無力化すれば──狡猾なボギーは、その隙を見逃さないだろう。
「い、一触即発です…!」
自ら付けた足枷で歩けなくなっている。
問題の複合化を予想できても、発現されると対処が間に合わない。
その光景が愉快で仕方がないインクブスの笑い声が木霊する。
「災厄のウィッチ、この愚者たちは何も分かってっ!?」
突如、笑みを消したボギーが得物を頭上へ振り抜く。
結晶の刃が粉砕され、エナの粒子へと還る──狙撃、しかも超高速のエナ。
間髪容れず飛来する2発目に対し、ボギーは上体を捻ってヘッドショットを回避。
3発目は躱しきれず、左側頭部を削ぎ落されてから飛び退く。
「銃を捨てろぉ~手ぇ挙げにゃぁ」
人を食ったような、胡散臭い声が夜空から降ってくる。
無秩序に溢れ返るエナの影響で、まったく接近を感知できなかった。
「人気者は困りますね、まったく……姦しい」
苛立ちを滲ませるボギーの視線を追った先──高架橋の上、月光を背負う影が3つ。
そこには、ウィッチがいた。
「彼女がシルバーロータスですね」
エナで構成された近衛兵を背後に控えさせ、小さな王冠を戴く紅白のウィッチ。
「
クラシカルな魔女の衣装を纏いながら、箒の代わりにメカニカルなライフルを構えるウィッチ。
「大当たりですわ…予想外の方々がいますもの」
「うむ! 大漁だ!」
喋るフクロウを肩に乗せ、浅緑のサーコートに白磁の鎧という騎士然とした装いのウィッチ。
それぞれの色鮮やかな3対の瞳は交差点を見渡してから、私に集まる。
さらに混沌が加速する状況に、思考が停止しそうだ。
「これは、どういう状況ですの?」
「三つ巴だな!」
頭が痛くなってきた。
これが修羅場か(すっとぼけ)