私に会いたがる者は、極少数派だ。
人間大の虫を前にして平気なウィッチとばかり遭遇するため、つい忘れがちだが。
そんな私に
「久しぶりね、シルバーロータス」
それが、ラーズグリーズというウィッチだった。
戦女神の神々しさと魔法少女の華やかさを併せ持つが、いつも口元のニヒルな笑みで台無しだ。
その笑みは高架橋の橋脚近くを見た瞬間、消える。
「糸で巻くの、やめろって言わなかったかしら?」
ナゲナワグモの足元に転がる4人の少女──捕縛したウィッチたち──を眺め、溜息交じりに言う。
「必要な措置だ」
絵面は最悪だが、意識を取り戻した彼女たちの行動が予測できないゆえの措置。
ファミリアを見てパニックに陥るなら可愛いもので、洗脳の残滓による異常行動、最悪の場合は自害する。
「暴れた時は私が
自他共に認める最強のウィッチは、当然のように言い切った。
心配しているのは、ぶちのめされた方だが?
この戦女神は容赦がない。
旧首都がファミリアの餌場となる前から変わらないスタンスだ。
「それより剥がす手間を考えなさい」
クモ目のファミリアが形成する糸は原種の糸よりも強度に優れ、切断には相応の機材が必要になるそうだ。
面倒をかけている、とは思う。
「はぁ…いいわ。今度やったら承知しないけど」
漆黒の翼を広げて舞い降りたパートナーを左肩に留める戦女神。
敵対しているわけでも、妨害を受けているわけでもない。
むしろ、ウィッチの保護──本人は回収と言う──を引き受けてくれる彼女には、感謝している。
だが、明らかに別件で現れたラーズグリーズは、この場に限って厄介な客人だった。
「中村さん、お願いするわ」
彼女は、国防軍を
優美に靡く空色の戦装束の裏に現れる迷彩柄の人影、数にして10ほど。
「分かりました」
中村と呼ばれた隊員を先頭にファミリアを避け、橋脚へ近寄る。
そして、見慣れた折りたたみ式のストレッチャーを広げ、手際よく少女を乗せていく。
ウィッチの支援は行わない──被害者の治療は行う。
少女がウィッチである限り、一切の介入を行わない日本政府の方針。
それを遂行する彼らは、暗視ゴーグルを装備していた。
つまり、
「ウィッチナンバー1のお出ましとはにゃぁ…」
「こんなところで会うなんてね」
背を預けていたヤシガニの脚から離れ、ベッコウバチの隣へ並び立つダリアノワール。
一見、友好的な笑みを口元に浮かべているが、琥珀色の目は笑っていない。
「こんなところ? その言葉、そのまま返すわ」
交差点の中央まで足を進めたラーズグリーズは、ニヒルな笑みを返すだけ。
「
とんがり帽子の魔女へ寄越す視線には嘲りが浮かぶ。
「言ってくれますわね」
「優れた者に学ぼうとする姿勢を、揶揄されるのは心外だな!」
「学んだところで使えないでしょ、ナンバー11さん?」
人を小馬鹿にした声色に憐みが透けた。
ナンバー1の歯に衣着せぬ言葉に対して、プリマヴェルデは拳を固く握る。
「貴女が情報を共有していれば、このような事態にはなっていません」
「共有ねぇ……私、忙しいの。ごめんなさいね~」
あくまで事務的な口調で非難するユグランスを軽くあしらう。
ナンバーズに含まれることを極端に嫌う空色の戦女神は、それを態度で示す。
まさか、ここまで険悪な仲とは想像していなかった。
「我々は彼女たちを搬送します」
刺すような視線を鼻で笑う戦女神の傍へライフルを携えた隊員が近づく。
「その巫女服の子、ヘリを呼んだ方がいいかもね」
「分かりました…よし、急ぐぞ」
迷彩柄の人影は周囲を警戒しつつ、台風の目より撤収する。
短い会話だったが、別人かと思うほどラーズグリーズの声は理性的だった。
相変わらず極端な性格だ。
「さて……シルバーロータス」
月光を蓄える金髪が揺れ、獲物を見定めるように目を細めるラーズグリーズ。
仕事の時に見せる目──本題は、ここからだ。
国防軍との仲介役を自称する彼女の目的は、ウィッチの保護ではない。
この絶妙なタイミングに現れた時点で、おおよそ読めている。
「ファミリアの海外派遣、中止してもらえる?」
「断る」
予想通りの要求へ間髪容れずに返答。
時が止まった──そんな錯覚を抱く静寂。
痛いほどの沈黙が満ちる交差点に、気怠げな溜息の音が響く。
私の回答を予想していたラーズグリーズだけが平然としていた。
「即答ねぇ」
当たり前だ。
それは決して覆さない決定事項で、譲る気は毛頭ない。
私はインクブスを駆逐する。
「あなたが国防の要になってるのは…分かってるわね?」
これは彼女ではなく、国防軍の言葉だろう。
しかし、国防の要と表現したのは初めてだった。
過大評価が過ぎる。
「私のファミリアは守勢に向いていない。知ってるだろ」
多くのファミリアは守勢時より攻勢時に真価を発揮するデザインだ。
ラーズグリーズがファミリアの展開状況を確認に訪れる度、それは伝えてきた。
「戦力の空白地帯を埋めてるのは、あなたよ」
ラーズグリーズの言葉を補足するなら国内に点在する無人地帯だ。
人口密集地はウィッチと国防軍が必ず対応している。
だが、この体制は限界に近かった。
「遊兵化してる。それにエナの供給が間に合っていない」
始まりは、旧首都の制圧に際し、飽和したファミリアにエナを供給するため。
戦力を維持しつつ、国内のインクブスを駆逐できる──それは、浅慮だった。
捕食し、増殖し、進化したファミリアたちは、より多くのエナを必要とするようになっていた。
空白を埋めているのではなく、
「不要な時は休眠させてるんでしょ?」
「限度がある」
海外派遣を見越した7割は私のエナで保っているが、残り3割は徐々に数を減じている。
それに、休眠させられないファミリアもいる。
「備蓄が切れる前に、次の段階へ移行する」
黒狼とモーガンの要請は渡りに船だった。
最低限でも情報の伝達を行い、交渉の窓口を設けた今、この機会を利用しない手はない。
「やはり、不完全だな」
「黙りなさい、レーヴァン」
左肩に留まるパートナーを即座に黙らせ、ラーズグリーズは目を閉じて黙考する。
一拍置いて、再び開かれた目に鋭さはなかった。
「なら、空白地帯は空っぽね?」
「穴は開けない。哨戒網を変更して対処する」
さすがに即応は難しいが、哨戒に穴を開けるつもりはない。
大陸でファミリアの活動が本格化すれば、維持に使っていたエナが浮く。
それを割り振れば──なぜ、半眼で私を見る。
「はぁ……あなたねぇ…」
額に手を当て、長い息を吐くラーズグリーズ。
さすがに、これ以上の代案はないぞ。
ない袖は振れない。
「ああ、もう分かったわ」
それを伝えるより先に、ひらひらと左手を振って戦女神は話を打ち切った。
「ずいぶん、簡単に引き下がるな」
「代案はあるみたいだし、いいんじゃない?」
急速に興味を失った様子のラーズグリーズは、人を小馬鹿にした声で投げやりに応じる。
国防軍からは戦力の流出を引き留めるように言われているはず。
私としては手間が省けて良いが、それでいいのか?
「それに──」
口元にニヒルな笑みが復活し、嫌な予感を抱く。
台風の目に集ったウィッチたちを見遣る碧眼。
「今日は別件で来たの」
それは、月下に一人佇む漆黒のウィッチを捉える。
「
尖った犬耳が立ち、鋭く細められる黄金の瞳。
まさか、初めから目的は──
「あなたの身柄、拘束させてもらうわ」
孤立し、マジックを無力化された絶妙なタイミング。
ナンバー2に対処できる切札を召喚した時点で、これは偶発的事件ではない。
アメリカ軍と交戦できる国外の軍事組織、それに属するウィッチを狙っていたか。
「…私は帰る」
黒狼が長大なシミターの刀身を肩に担ぎ、体勢を低く構える。
「帰らないといけない」
エナとは、生物に宿る21グラムの重みから溢れ出たエネルギー。
それを無為に放射し続けた負荷は、相当なものだろう。
己の得物に潰されそうな細い肩が呼吸と共に上下する。
「蝶の庇護を…遠くまで広げるために…!」
希望を見出した黄金の瞳が煌々と輝く。
弱々しかった少女を押し殺し、黒狼は最強に挑まんとしていた。
「あら、私と戦う気?」
対するラーズグリーズは、ただ目を細めるだけ。
ここでマジックの無力化を解けば、黒狼は離脱できるかもしれない。
しかし、彼女は本来
安易な行動は控えるべきか、それとも──
「ウィッチナンバーが全てではないぞっ」
漆黒の中で星のように瞬く髪飾りから発される勇ましい言葉。
「戦ってあげてもいいけど」
空色の戦女神はハルバートの切先を天へ向けたまま。
勝負にならない、と言外に語っていた。
「仮に私から逃げられたとして、お迎えは来ないわよ」
緊迫した空気に生まれる一拍の間。
眉を顰めていた黒狼は、言葉の意味に思い至る。
「417を、どうした…!」
「太平洋の漁礁になってるでしょうね」
犬歯を覗かせて唸る黒狼へ、ラーズグリーズは淡々と答える。
お迎え、漁礁──黒狼たちを回収する艦の末路。
国防軍の監視を掻い潜り、近海で行動できるとすれば、潜水艦か。
傀儡軍閥の人間が敵になるとは覚悟していた。
しかし、世界は単純にできていない。
「さて、黒狼……28名の捕虜は、どうしてほしい?」
冷徹な響きによって旧首都へ向かったヘリコプターの編隊、その任務を知る。
あれは制圧ではなく、
「致命的な結果を招きたくなければ止まれ」
「国防軍の死神…!」
戦女神の左肩に留まるカラスの忠告に、尖った犬耳が前を向き、瞳孔が狭まる。
シミターの刀身が震え、月光が瞬く。
黒狼は──踏み出せない。
黄金の瞳には怒り、そして迷いと恐れが入り混じり、震えている。
彼女は自己を顧みないが、生者を切り捨てられない善良な少女。
だからこそ、人類の守護者足り得る。
「賢明な判断ね」
一歩も動けない黒狼を静かに見据えるラーズグリーズ。
「黒狼をどうするつもりだ」
意識せずとも硬質な声が出ていた。
「言葉を返すようで悪いけど、それを知ってどうするつもり?」
ニヒルな笑みは浮かべているが空虚な仮面だ。
どこまでも冷徹な声が、沈黙の支配する交差点に響く。
「それは…」
外患の排除を担う国防軍が、殲滅も可能な切札を持ちながら、最大限の譲歩を見せている。
私が口を挟む余地はない。
だから、感情的で無責任な言葉は飲み込め。
「日本国防軍は、テロリストの存在を把握していたのですか?」
敵と相対した時の威圧感を纏うモーガンの声が横から割り込む。
言い淀んだ私から視線を外し、戦女神は同盟国のウィッチと相対する。
「ええ、把握していたわ」
「把握していながら……なぜ、警告しなかったのですか…!」
あっさりと肯定したラーズグリーズをモーガンは鋭く睨みつける。
日本政府の協力は得られなかった──それどころか利用された。
彼女たちの黒狼に対する敵愾心を見れば、被った損害が小さくないと分かる。
私に政治は分からないが、同盟国に対する扱いではない。
「まさか、作戦行動中とは──」
「それが通るとでも!」
怒気を滲ませるモーガンの肩に、チームの1人が手を置く。
「日本国防軍は我々を囮にした、その認識で間違いないか?」
度々、モーガンの発言を補足していた仏頂面のウィッチだ。
肩を並べる灰色の人影、その4対の青い瞳には怒りが浮かぶ。
「不干渉の国防軍が作戦計画を知るはずないでしょ? どうやって囮にするのかしら」
面倒だと言外に語る表情のラーズグリーズは、変わらぬ調子で冷ややかな言葉を返す。
それがウィークポイントだったのか、アメリカ軍のウィッチは押し黙る。
「まぁ、私は仲介役だから詳しいことは国防省に問い合わせてちょうだい」
その沈黙を受けて、人を小馬鹿にした声へ戻ったラーズグリーズは背後へ視線を流す。
空気を切るヘリコプターの羽音が遠方より向かってくる。
「さて、お暇させてもらうわ……怖い番犬も見張ってるみたいだし」
旧首都へ一度だけ視線を向け、交差点の中央より去るラーズグリーズ。
「付いてきなさい、黒狼」
名だけを呼び、見向きもしない戦女神の行先には、迷彩柄の人影が2つ。
周囲から放たれる鋭い視線など意にも介さない。
「死神」
「なにかしら」
苦渋に満ちた少女の声に、ウィッチは足を止める。
ハルバードの石突がアスファルトを打ち、金色の髪が夜風に揺らぐ。
「私が従えば……捕虜の生命は保障するか?」
「黒狼…!」
パートナーの声には応えず、真っすぐラーズグリーズを見つめる黒狼。
絶望的な戦局で、彼女は人質を取るインクブスとも戦ってきたはずだ。
傀儡軍閥も跋扈しているとなれば、より悪辣な戦術もあっただろう。
「ここは法治国家よ。然るべき処罰が下るでしょうね」
国際社会というものが崩壊し、戦時国際法など機能していない時勢。
それを律儀に守っている国防軍になら、生殺与奪の権を渡せると?
しかし、それは──
「あなたの行動次第では、情状酌量の余地があるかもしれないわ」
「…分かった」
ナンバー2は、決断した。
左手に握るシミターが砂のように崩れ出し、夜の空気に溶けて消える。
「いい子ね」
戦女神の導きに従って、重い足を進め、闇へと向かう黒狼。
人間の形態を逸脱していようと、もはや彼女はウィッチではない。
痛ましさを覚える大人びた仮面は崩れ、そこにいるのは年相応の無力な少女だ。
「黒狼」
気が付いた時には、彼女を呼び止めていた。
続く言葉は言うべきではない。
軽々しく希望を与えてはならない。
「インクブスは必ず駆逐する……心配するな」
だが、それでも唾棄すべき自己満足の言葉が口から飛び出していた。
「ありがとう」
狼を思わせる黄金の瞳が見開かれ、それから少女は弱々しく微笑んだ。
毒にも薬にもならぬ言葉で、彼女は──救われたのか?
当然、答えはない。
迷彩柄の人影に挟まれた小さな影は、高架橋の落とす影へ静かに消える。
「シルバーロータス、英雄の死因って何か知ってる?」
影に入る直前、足を止めた戦女神が背中越しに問いかけてきた。
今に始まったことではないし、大した意味もない。
腹の底に滞留する苛立ちを押し込め、答える。
「過労だ」
「ご名答」
そう言いながら、なぜかラーズグリーズの声色は不機嫌そうだった。
私に粋な回答を求めるなよ。
「分かってるなら……安請け合いはやめなさいよ」
それだけ言い残し、ラーズグリーズは高架橋の影へと消えた。
「安請け合いなものか」
すべては私自身のためにやっている。
過労気味な点は認めるが、私は英雄じゃない。
交差点に張り詰めていた緊張の糸は切れ、誰かが重い息を吐く。
夜空を衝く旧首都の摩天楼へ目を向け──ククリナイフをシースへ叩き込む。
白銀の刃が収まる、それが合図。
マジックの発動を阻害する周波数が止み、一斉にテレパシーが届いて、脳内で渋滞を起こす。
「大丈夫ですか、シルバーロータス」
「…ああ」
一瞬、意識は落ちかけたが、この程度なら問題ない。
「ちょっと、本当に大丈夫ですの?」
「うむ、顔色が蒼白だぞ!」
「問題ない。それよりマジックは使用できるか?」
宝石を思わせる朱色の瞳から逃れるように顔を逸らし、確認を取る。
マジックの無力化による影響は、まだ未知数なところがあった。
黒狼のようにならないとも限らない。
「問題ないって、あなた──」
「トム、変身」
プリマヴェルデの言葉を遮り、ダリアノワールはパートナーへ命じる。
「トランスフォームって言って欲しいにゃぁ」
両腕で抱えていた武骨なマシンガンは、瞬きの後には1匹の黒猫へと姿を変えていた。
「大丈夫みたいだね。それにしても、どうやって阻害してたのかな」
「さてにゃぁ…」
魔女の腕の中で黒猫は眼を細め、半眼の騎士を見て申し訳なさそうに笑う。
自らを武器へ変化させるパートナーは初めて見た──
「シルバーロータス様」
「様付けはやめてくれ」
「す、すみません」
改まって私を呼ぶモーガンに対して、反射的に答えてしまった。
そんなことはどうでもいい。
重要なのは、国防軍へ不信感を抱いた彼女らが次に何を考えるか、だ。
視線で続きを促すと、小さく咳払いしてモーガンは言葉を紡ぐ。
「太平洋上の移動に関して、こちらで解決策を用意できるかもしれません」
まさかの提案だった。
協力しない云々は脇に置いて、ファミリアの移送は推奨できない。
私が送り込むファミリアは、すぐ隣で触角を掃除しているベッコウバチか、それ以上の体長があるのだ。
「協力はしないと言ったはずだが」
そもそも、少尉の持つ権限で交渉していいことなのか。
チームの面々も驚いた表情で固まっているが、大丈夫か?
「ええ、一方的に利用していただくだけですから」
詭弁だ。
それを理解していながら、あえて少尉は堂々と宣った。
「…考えておく」
今の彼女たちは部隊から断絶されている。
ここでの提案が実現するかは不透明、よって保留。
もし、重量級ファミリアの移動にも使えるのであれば、利用したいところだが。
「感謝します」
決して
想定外の連続に晒されても思考停止していない。
「ただ、そうなると……問題は、連絡手段になりますね」
「パートナー間のテレパシーを用いれば問題ないと考えます」
悩む素振りを見せたモーガンに、すかさず事務的な口調で解決策が示される。
──盲点だった。
多用している割に、ファミリア以外の交信手段に使える認識が欠けていた。
左肩で縮こまっているパートナーに視線を投げる。
「できるか」
「できるとは思いますが、モーガンさんのパートナーはどちらに……?」
言われてみれば、アメリカ軍のウィッチはパートナーを連れていない。
しかし、新世代のウィッチとも異なるように思われた。
「…そちらに関しては調整します」
モーガンの返答には、間があった。
髪と目の色が全員同じ、まるで姉妹のような容姿。
そして、黒狼のパートナーが口走ったウィッチナンバー3の代替品という言葉。
特殊な事情があると見て間違いないだろう。
「そうか」
しかし、藪をつついて蛇を出したくはない。
相手はアメリカ軍という世界有数の組織だ。
私の追及がないことに安堵した様子のモーガンは背後へ目配せし、チームを整列させる。
「それでは、私たちは失礼します」
「ああ」
素人目でも綺麗と分かる敬礼を見せ、4人は交差点を後にする。
「
シールドを背負ったウィッチが小さく手を振り、それを相方が黙って小突く。
EMPを放った手前で聞けなかったが、彼女たちは合流できるだろうのか。
旧首都へ走り去っていく灰色の人影を見て、そんなことを思う。
「今夜は、私たちも引き上げます」
灰色の人影が橋脚の影へ消えたのを見届けてから、紅白のウィッチは口を開く。
ラーズグリーズが登場してから蚊帳の外に置かれていたナンバーズ。
彼女たちの現れた目的は一体──
「ナンバー13、後日改めてお話したいことがあります」
あくまで提案だが、紫色の瞳には有無を言わさぬ圧力があった。
なるほど、目的は
「お時間いただけますか」
私がお茶会を欠席し続けた結果、彼女たちは直接会いに来る選択肢を取った。
一線で戦うウィッチであれば、貪欲に情報を求めるのは当然のこと。
必要最低限の情報すら共有しなかったことは、責められても仕方がない。
「分かった」
ウィッチとの関りを断つなど不可能、腹を括るべき時だ。
「ありがとうございます」
そう言って頭の王冠に気を付け、頭を下げるユグランス。
私以上に無表情な、どこか人形めいた少女だが、今は達成感に包まれているように見えた。
「ナンバー6、ナンバー11、引き上げましょう」
私たちの会話に耳を傾けていたナンバーズの2人は手を振って、あるいは頷きで返す。
「今日は大当たりだったね」
「ありゃ、スカもスカ。大外れだにゃぁ」
黒猫の影が波打ち、延伸し、一瞬で2m長のライフルに変形する。
その物干し竿のような1丁に腰かけ、ふわりと魔女は浮き上がった。
「本当に……まさか、ナンバー1と会うなんて最悪ですわ」
「オールドウィッチは人格を見ない。実に嘆かわしいがな!」
その隣には浅緑のサーコートを靡かせる騎士とフクロウ。
さすがはナンバーズ、マジックによる飛翔はデフォルトか。
しかし、彼女たちが飛び去る前に言うことがあった。
「ユグランス、プリマヴェルデ、ダリアノワール」
紫、朱、琥珀、鮮やかな3対の視線を真正面から受け、私は頭を下げる。
「今日は……助かった。感謝する」
打算があったにしろ、彼女たちの介入によって方向性をインクブスの駆逐へ向けられた。
一番の功労者はアズールノヴァかもしれないが、それはそれだ。
「……お互い様、じゃないよね?」
「ええ、何もできていませんもの」
ダリアノワールは頬を掻きながら視線を泳がせ、プリマヴェルデは苦々しい表情で拳を見つめる。
ナンバーズに属する者としては、不完全燃焼の結果だったのだろう。
「むしろ、感謝すべきは私たちです」
「マスター、それは機会を改めるべきと愚考」
ユグランスの脇に控える機械仕掛けの近衛兵が、4つの単眼を紫に点滅させる。
「分かっています」
膝をつく紅白の巨躯に手をかけ、ウィッチは頷く。
ただのファミリアではないと思っていたが、まさかパートナーだったとは。
「それでは、ナンバー13」
マッシブな機械仕掛けの腕に抱えられたユグランスは王冠を押さえ、小さく一礼。
次の瞬間、近衛兵は膂力を解放し、高架橋を軽々と飛び越して視界から消える。
「おやすみなさい、シルバーロータスさん」
「うむ! 今日は早く休んだほうがいい!」
「また、今度だね──行くよ、トム」
「おぉん、飛ばすにゃぁ!」
それを追って騎士とフクロウ、そして魔女が飛び去り、台風の目には私とファミリアが残される。
どっと押し寄せる疲労感──気を抜くと瞼が落ちそうだ。
傍らで丸くなるヤスデの背中に腰を預け、テレパシーに意識を割く。
滞留していた無数の声を聞き、それぞれに対処を命じる。
「シルバーロータス」
「どうした」
神妙な声で私を呼ぶパートナーへ視線を落とす。
ラーズグリーズが現れてから存在感を消し、ハエトリグモの置物に徹していた。
「お疲れ様でした!」
「ああ……まだ終わってないがな」
私を見上げる黒曜石のような目に感情は見えないが、何を言いたいかは分かる。
テレパシーの処理中に意識が落ちそうな私に必要なのは、睡眠だ。
だが、それは為すべきことを為してからでも遅くない。
「第1陣の準備を済ませる」
「分かりました。早く終わらせましょう!」
パートナーに一部の指示を任せ、第1陣を務めるファミリアを呼び起こしていく。
今までの備蓄を与え、明日の飛翔に備えさせる。
そして、海岸線の制圧と飛来が同時となるよう、海底へテレパシーを飛ばす。
今まで腹を満たしてきたマーマンの巣を──その根源を断て、と。
予習にはパシフィック・リムを使います(真顔)