作者「えぇ…(デジャブ)」
虫たちの歌声が響く夜の公園にて、紅白のウィッチは事務的な口調で目的を告げた。
「今日集まっていただいたのは、ナンバー13と情報の擦り合わせを行うためです」
予想通りの題目だ。
まさか、本当に
「ナンバー13……ファミリアの運用について、お聞きしても──」
「何が聞きたい?」
これも予想通りの質問だが、まだ抽象的に過ぎる。
彼女たちはナンバーズなのだ。
ファミリアの初歩的な知識は当然備えているはず。
聞きたいのは運用、それも戦術面と見るが──ウィッチたちが目を瞬かせ、固まっている。
「どうした」
「いえ、あれほど情報を秘匿してきたのに……いいんですの?」
朱色の瞳に困惑を浮かべるプリマヴェルデへ頷きを返す。
既にラーズグリーズへ情報を提供している。
私が些細な情報でも秘匿してアドバンテージを得たい相手は、インクブスだ。
ウィッチではない。
「構わない」
ただ、与えてよい情報、そうでない情報の取捨選択はする。
非常に不快な想定だが、ウィッチから
「じゃあ、何から聞こうか」
「あの数のファミリアを
「まずは、それでいい?」
ダリアノワールは胸に抱く黒猫と同じ角度に首を傾げ、それから一同に問いかける。
反対の声は上がらなかった。
ファミリアの維持について──これは問題ない。
インクブスも嫌というほど知っているだろう。
私と連中の
「インクブスを捕食させている」
空気が凍る、とでも言おうか。
虫の歌声がなければ、その沈黙は長く感じただろう。
私の言葉が理解できず、ナンバーズは動きを止めていた。
もぞもぞと左肩のパートナーが動き、フードの影に隠れる。
「今、なんて言った…?」
「えぇ……インクブスを食べちゃうの?」
ファミリアはインクブスをエナの供給源としている。
私たちにとって連中は駆逐すべき人類の天敵であり、被食者だ。
「インクブスを形成しているのはエナだ。それを取り込ませ、自給自足している」
それは私も同じだが、インクブスはエナの供給源でもある。
連中は駆逐すべき人類の天敵であり、被食者だ。
「なるほど、あれは攻撃ではなく吸血を行っていたと?」
「そうだ」
ゴルトブルームの胸元、十字架に扮したパートナーの言葉を肯定する。
施設を損壊させないため投入したマダニとノミの
その光景を思い出したらしい主人は、切れ長の目を伏せて口を強く引き結ぶ。
「大丈夫か」
「大丈夫……そんな目で見るな、大丈夫だ!」
ぶっきらぼうに答えるが、ゴルトブルームの組んだ腕は微かに震えている。
彼女にとって忘れ去りたい出来事のはずだ。
PTSDを発症していても不思議ではない。
不用意な発言だった。
「インクブスを捕食って正気ですの…?」
聞き慣れた、少しばかり懐かしい問いがプリマヴェルデの口から漏れる。
幾度、救出したウィッチから同じ問いを投げられてきただろう。
正気を捨てるだけで、連中を駆逐できるなら安い──
「いえ、極めて合理的です」
なんだって?
「攻撃とエナの供給を両立でき、死骸の焼却も必要ありません。なぜ、今まで思い至らなかったのでしょう」
口元に手を当て、誰に聞かせるわけでもなく言葉を紡ぐユグランス。
今まで遭遇したウィッチで
初めて見る反応に面食らう。
「肉片であっても、私のファミリアなら十分に賄えます……マイヤーにも──」
「マスター、当機に摂食機能はないと進言」
ユグランスの脇に控える近衛兵の頭部で、4つの単眼が忙しなく点滅する。
進言を受けて沈黙する紅白の王。
その足下には、案内役を務めたハツカネズミが抗議するように歩き回っていた。
「トム、真似できそう?」
「勘弁してくれねぇか…?」
魔女の黒猫も普段の軽薄さが消え、恐ろしく冷静な声だった。
インクブスを強く敵視するパートナーたちは、基本的に拒絶するだろう。
見慣れた反応だった。
「シルバーロータスさん、群れの維持に
プリマヴェルデが戦々恐々といった体で問う。
──空気が緊張感を帯びる。
ファミリアの海外派遣を知る彼女たちは、思い至ったのだろう。
あの大群を維持するエナがインクブスであるなら、どれだけの
「日本人口の3分の2ほどだ」
私がウィッチとなって、今まで積み上げてきたインクブスの屍。
それを告げられた池の畔に、沈黙が満ちる。
正確な数は──言わなくてもいいだろう。
ファミリアの記憶装置を担うミツバチは、現在進行形で集計を続けている。
口に出した瞬間から過去になる殺人的な速度で。
「すごいね~」
ぱちぱちと可愛らしい拍手が沈黙を破り、虫の歌声と同期する。
翠の瞳を輝かせるベニヒメは、純粋に褒めてくれている様子だった。
「ベニヒメや、今は自重せんか…?」
「えぇ~私たちが束になってもできないことだよ?」
屠った数に自信はあるが、それを誇示しようとは思わない。
ナンバーズは哨戒網を突破した個体や人口密集地に出現したインクブスを相手取っている。
高脅威のネームドを屠った数は、ナンバーズの方が圧倒的に多い。
お互い様だ。
「あはは、まったくもって……本当にナンバー13?」
「オールドウィッチの決めたことだ」
私の投げやりな回答に対して、ダリアノワールは苦笑を浮かべた。
すべては会ったこともないオールドウィッチの胸三寸だ。
実力も実績も明確な条件は示されていない。
「つまり、それだけのファミリアが活動してるってことか…」
月の映り込む池にゴルトブルームの呟きが吸い込まれる。
ファミリアの個体数は、そこまで多くない。
エナの供給には限りがある。
「それだけの数、召喚が大変じゃなかった?」
「そう、それじゃ! 召喚に用いるエナはどうしたのじゃ?」
ベニヒメの疑問は尤もだ。
彼女の目に映る私は、それだけのエナを内包しているように見えないだろう。
「召喚した個体もいるが、多くは増殖した個体だ」
私の回答を耳にしたウィッチたちは一様に困惑の表情を浮かべ、顔を見合わせる。
一般的なファミリアは増殖しない。
その必要がないからだ。
「インクブスを捕食し、それを糧に数を増やしたということですか?」
「そうだ」
ユグランスの問いは、確認というより補足のように聞こえた。
「今もファミリアは増殖を?」
「当然だ」
「増殖とは、雌雄による繁殖ですか?」
「
増殖の原理は、他者のエナで幼体を構築するインクブスに近い。
それを繁殖と呼称するか、私は判断しかねる。
雌雄異体のように振舞っているが、実際はエナの再構築を行う形態に過ぎない──
「繁殖……社会性昆虫を模したファミリアの場合は女王が担いますの?」
白磁のガントレットを外した両腕を組むプリマヴェルデ。
その宝石を思わせる朱色の瞳には、困惑と好奇の色が入り混じっていた。
「生態を模倣する必要はないのでは?」
「ファミリアを実在の生物に近づけることで、存在の強度を補強しているという仮説の延長ですわ」
「しかし、脆弱性まで再現する必要性が──」
「二人とも落ち着いて……今は、そこじゃないよ」
王と騎士の議論が白熱する前に、魔女が制止に入る。
不思議な構図だった。
「そう…ですわね」
「失礼しました」
なぜファミリアが見慣れた節足動物の姿をしているか、という疑問へのアプローチ。
興味深そうな話だったが、それは機会を改めて聞くとしよう。
「自己増殖とは、たまげたにゃぁ……」
「うむ…眷属の召喚というより生命の創造だ」
それぞれの定位置で、黒猫とフクロウは真率な口調で言う。
エナさえあれば、ウィッチは大概の事象を可能とする。
しかし、生命の創造か。
「模倣は不可能ですわね」
「ああ…無理だな」
プリマヴェルデとゴルトブルームの言葉にウィッチたちは頷く。
「模倣できない?」
エナの比率をファミリアへ傾ける私と異なり、一般的なウィッチは複数のマジックを使用する。
その多くは後天的に獲得するものと聞く。
ファミリアの大規模な運用は無理だとしても、戦術の模倣ならば──
「それが君の
とんがり帽子の下、ダリアノワールの口が紡いだ単語は、初めて聞くものだった。
虫たちが一時休憩に入り、辺りに静寂が訪れる。
「…権能?」
オールドウィッチが新たに作り出したシステムか、それともナンバーズが用いる符号か。
「ご存知ありませんか、シルバーロータス殿」
十字架より響く声に対し、私は首を横に振る。
「初耳だ」
聞いたことがない。
「情報共有できてなかったかもにゃぁ」
「うむ。周知はしてきたが……なかなか話す機会がなかったからな!」
パートナー間での情報共有。
対話の機会を絞っていたのは、私だけではなかったわけか。
左肩へ視線を向ければ、ひっそりと頭を覗かせるパートナー。
「す、すみません…」
「謝ることはない。これからは、ぜひ参加してくれ!」
気にした様子がないフクロウの朗らかな声でも、パートナーは小さく縮こまる。
最近は自身を卑下しなくなったと思っていたが、苦手意識は抜けないか。
なら、前に出るべきは私だ。
「権能とはなんだ?」
「便宜上、そう呼んでいます」
便宜上というユグランスの言葉に思わず眉を顰める。
まだ解明されていない、おそらくは彼女たちが発見した事象らしい。
「ウィッチ一人一人に備わる個性のようなもの、と私たちは考えていますわ」
「うむ! 何人も模倣することのできない概念だ!」
己の意思を反映できる得物や装束といった感性の発露ではない。
変身に伴う人体の変化のように意思の介在しない部分──心当たりはある。
今まで見てきたウィッチは、使用するマジックに偏りが見られた。
いや、偏りは正確な表現ではない。
「私の権能はね、加速だよ~」
のんびりとした口調で、まったく正反対の言葉が紡がれた。
視界の端で揺れる九つの尻尾、翻る紅の和装。
「加速?」
「うん」
ゆったりとした所作で立ち上がったベニヒメは、肯定する。
方向性を明確に認識し、言語化できるものとは思わなかった。
「ベニヒメや、そう易々と手の内を明かさんでくれんか…?」
勾玉に扮したパートナーの言葉の通り、易々と明かしてよい秘密ではない。
「教えてもらうだけなのは不公平だよ~」
しかし、ベニヒメは変わらぬ調子だった。
少女の純粋な善意が、罪悪感を抉る。
「私は細かいのが苦手だから──」
ベニヒメが掌を差し出し──焔が生じた。
「エナもマジックも
青白い狐火が掌より離れ、周囲を旋回し始める。
その速度は瞬きするたびに加速し、青い線を描き出す。
まるで、円形加速器だ。
「こんな感じでね」
紅の袖から覗く細い指が月を指した時、狐火は軌道を外れ、解き放たれる。
それは一瞬で月下に消え──青白い華が夜空を彩った。
青い光が降る池の畔。
思い出したように虫たちが歌い出し、その瞬間だけは夏を先取りしていた。
「ただのマジックと違って、これは真似できないよね」
「マジックも我流に
夜空を見上げる魔女と黒猫が独り言のように呟く。
「私の権能、か」
基本的な戦術を広め、インクブスの駆逐を加速できるのではないか。
そんな打算もあった。
しかし、それは呆気なく崩れ去った。
自己評価を誤っていたのは、私自身か。
誰にも模倣できない戦術とすれば、過大評価などではない。
「増殖、それとも創造か。まぁ、何にしても──」
権能の候補を並べるゴルトブルームの声は、物静かなものだった。
「敵わねぇな」
初めて会った時、黄金の瞳は自信に満ちていた。
しかし、今、私を映す彼女の瞳は、どこか遠くを見ている。
諦観の中に混じる羨望と言い知れぬ闇。
「僕たちは逆立ちしたって
自嘲気味に笑うダリアノワールは、とんがり帽子を深く被る。
「軍勢には敵わねぇにゃぁ…オールドウィッチ、何見て13なんて決めやがった?」
彼女たちはナンバーズと呼ばれるまでに、数多の戦いを経験したはずだ。
その過程で実力と実績に見合った矜持も生まれただろう。
それを、私は砕いてしまったのではないか?
「頼もしいよね~」
「それは、そうじゃが……」
きらきらと翠の瞳を輝かせるベニヒメは、それに頓着している様子はない。
ただ純粋な期待を抱き、希望を私に見出している。
羨望と期待。
慣れない眼差し。
私は救世主などではない。
ただインクブスを駆逐する。
それだけのはずだった。
「今や国外のインクブスまで……悔しいですけど、
プリマヴェルデが溜息と共に言葉を漏らし、あの場に居合わせたウィッチは苦々しい表情で押し黙る。
確かにインクブスを駆逐した数では、私に及ばないかもしれない。
だが──おままごと、だと?
その言葉は、否定させてもらう。
「それは違うぞ、プリマヴェルデ君──」
「おままごとなんかじゃないよ」
「遊戯なものか」
パートナーとウィッチと、ほぼ同時に切り出した。
視線を交えて、その場を譲ろうと一歩下がる。
しかし、フクロウは静かに嘴を閉じ、ベニヒメは柔らかな笑みを浮かべて手を振るだけ。
ここは部外者の私よりも──譲り合いの時間が無駄か。
彼女たちには伝えておきたいことが、前からあったのだ。
言葉を繕うのは得意じゃない。
池の畔に集うウィッチたちを見回し、端的に言う。
「私のファミリアは…この外見だ。一般人が見ればパニックは必至だ」
そう言って、背後で待つハンミョウを見遣る。
鋭い大顎を備え、美しい模様の入った外骨格を月光で輝かせる甲虫目。
私には頼もしく見える姿も、一般人の目には脅威としか映らない。
「だから、街中に現れたインクブスは静観する他ない」
「ふぁ、ファミリアの哨戒網も完璧じゃありません……見逃すインクブスもいます」
左肩から弱々しくも確固たる意志をもった言葉が聞こえてきた。
ウィッチを信じ、その行いを尊ぶ者にも、聞き捨てならない言葉だったのだろう。
パートナーの補足に頷き、言葉を続ける。
「その時、頼りになるのはウィッチだった」
虫の歌声が止み、月光に照らされた池の畔に声が響く。
守られるべき少女を頼りにする──この世界の唾棄すべき
それを口にして、胃に鉛でも流し込まれたような重みを覚える。
だが、どれだけ私が世界の
「常に誰かを救ってきたのは、ウィッチです」
それだけは不変だ。
救った人間の数に優劣などない。
ナンバー1であろうと、それを覆すことはできない。
だから──
「卑下することは何一つない」
言葉足らずで、傲慢な上位者の言葉にも聞こえる。
それでもウィッチたちは何も言わず、静かに耳を傾けていた。
しばし、沈黙。
「感謝します、シルバーロータス」
王冠を胸元に抱き、噛み締めるようにユグランスは言う。
感謝されるようなことは言っていない。
「適材適所だ。これからも、よろしく頼む」
「はい」
意気消沈していたウィッチたちの眼差しに、意思の光が戻っていた。
それでいい。
インクブスと戦い、多くの人を救ってきた事実を卑下する必要はない。
この先の戦いを生き残るためにも──
「私たちの為すべきことは、決まりました」
事務的な口調に戻ったユグランスが、私を真っすぐ見据えて宣言する。
適材適所とは言ったが、さすがに決定が早急に過ぎないか?
「ええ、もうテリトリーを定める必要はありませんわ」
「うむ! 戦力の分散は愚策だ!」
「ナンバーズって言うより親衛隊だにゃぁ」
「いっそ名乗ってみる?」
プリマヴェルデの言葉にフクロウが頷き、ダリアノワールと黒猫は悪戯っぽく笑う。
どうにも話が見えない。
「借りが……あるからな」
「主よ、素直になってもよろしいのでは?」
「
「ベニヒメや、10日で1割じゃぞ? 分かっておるのか?」
ぶっきらぼうな友の声を聞き、穏やかに微笑むベニヒメ。
苦し紛れに口走った言葉を覚えているとは、ゴルトブルームも律儀なウィッチだ。
取り立てる気などないぞ。
「ユグランス、何をする気だ?」
おそらく、私が関わっていることは間違いない。
ナンバーズ内の意思疎通は済んでいるようだが、一体何をするつもりだ?
「ナンバー13、あなたの護衛と補助です」
カミキリムシは伝染病の媒介者らしいゾ(独白)