空が狭い。
鋼の翼が蒼穹を切り裂く。
音速の矢が交差し、焔と共に命を火葬する。
日本と大陸を隔てる海は、鉄量の投射で雌雄を決す古来の戦場へ回帰していた。
甲高いブザー音──ヘッドアップディスプレイに表示されたシンボルをシーカーが捉える。
シンボルの中央には、左旋回を続ける濃灰色の艦上戦闘機。
主翼の先端からは白いヴェイパーを引く。
機首にシャークマウスを描かれた制空戦闘機が、それを追う。
「ロックオン、FOX2!」
赤外線誘導の対空ミサイルが翼下より発射される。
固体燃料を燃やし、ターゲットへ突進する音速の矢。
敵機の後部から放たれる高熱のフレア──眩い閃光が空を彩る。
同時に大型の機体を素早く反転させ、右旋回。
対空ミサイルはフレアを追い、敵機は難を逃れる──
「もらった…!」
その背後で、シャークマウスが獰猛に笑う。
あらかじめ機動を予測し、追従する鋼の翼。
主翼付根から敵機を睨む機関砲が、ボタンと連動して火を噴く。
紅蓮の曳光弾が空を切り、濃灰色の機体へ吸い込まれる。
刹那──エンジンから炎と黒煙を吐き出す。
破片を空中に四散させ、制御不能に陥った敵機は海面へ向かう。
≪グッドキル、グッドキル!≫
≪マンイータ1、後方より敵機、ブレイク!≫
見届ける暇もなく、コクピットに鳴り響くミサイル警報装置のアラート。
すぐさま機体を反転させ、高温のフレアを射出。
その残弾は心許ない。
急旋回中でもパイロットは背後へ首を回し、敵機を捉える。
対空ミサイルの回避に成功──至近を敵の機関砲弾が掠めた。
それでも冷静に機体を操り、理想の位置へ己を導く。
まるで
高速で迫っていた敵機は追従できず、オーバーシュート。
「
目の前へ飛び出した敵機をシーカーが捉える。
甲高いブザー音が鼓膜を叩き、発射ボタンが押される。
「マンイータ1、FOX2!」
蒼穹を駆ける音速の矢。
敵機のパイロットは、状況把握に時間を費やしてしまった。
フレアによる欺瞞が通用しない距離まで──弾頭が炸裂。
主翼が千切れ、焔に包まれる傀儡軍閥の艦上戦闘機。
視程外戦闘を含め、5機目の撃墜を確認する。
旧東部戦区の航空戦力は、この数時間で壊滅的な損失を被っていた。
それでも波状攻撃が止む気配はない。
「スプラッシュ1」
≪グッドキル、マンイータ1≫
疲労の滲む声で健闘を称える僚機、その数は
国防軍が被った損失も無視できるものではなかった。
視程外射程ミサイルの応酬、そして熾烈なドッグファイトで防人は数を大きく減じている。
今も鋼の翼は無慈悲に砕かれ、断末魔と共に海へ没していく。
「マンイータ1より各機へ、損害報告」
僚機を確認しつつ、ディスプレイを操作、レーダーのモードを切替。
ディスプレイには敵味方入り乱れる混沌が表示される。
制空権は劣勢であり、護衛艦隊が巡航ミサイルと爆撃機を迎撃している状態だった。
≪ナイトウィッチよりマンイータ、
早期警戒管制機より無慈悲な通信が入った。
支配体制の崩壊が迫った傀儡軍閥は、総戦力を投じて九州の制圧を目指している。
彼らは
帰るべき場所は、巨大生物の大群に呑み込まれてしまったからだ。
「こちらマンイータ1、増援はまだか…!」
心許ない残燃料と残弾が生む焦燥感を押し殺し、努めて冷静に問う。
九州に展開する飛行隊は全力出撃中。
彼らが待ち望む増援とは、アメリカ海軍第7艦隊であった。
≪イーグルスが急行中、到着まで4分…空域を、死守せよ…!≫
レーダーが捉えた3つの機影は、それまでの艦上戦闘機や爆撃機より速い。
ゆえに、下された命令は酷薄。
「マンイータ1、コピー」
命令の意味を理解し、パイロットは了解した。
護るべき者へ降りかかる厄災を一つでも多く摘み取るために。
「各機、続け!」
空と海の狭間で鋼の翼が翻る。
ターボファンエンジンの咆哮が轟き、制空戦闘機の鋭利なシルエットが大空を舞う。
「マンイータ1、
≪マンイータ2、エンゲージ≫
≪マンイータ4、エンゲージ!≫
同高度、音速の防人たちは敵機──クロースカップルドデルタ翼の扁平な戦闘機と相対する。
その機体は、旧東部戦区に配備されていた第5世代戦闘機。
ロックオンを意味するブザー音とミサイル警報装置のアラートは同時。
「マンイータ1、FOX2」
≪FOX2!≫
対空ミサイルが白煙を引きながら、翼下から飛び出す。
発射と同時に回避機動へ移り、フレアとチャフの残弾が0へと近づく。
空に眩い光が飛び散った。
まるで鏡のように両者は振舞いながら、その距離を縮める。
≪ブレイク! ブレイ──≫
回避機動に移った僚機の通信が途絶え、蒼穹に閃光が瞬く。
散開した敵影の1つも焔の塊と化し、海上へ破片を散らす。
≪マンイータ4、ロスト≫
後悔する時間はない。
アラートの音が途切れた時、墜とすべき敵機は眼前にいる。
音速の矢を躱した4対の翼──超音速で交錯し、震撼する大気。
灰色の敵影を追い、エアブレーキを展開しながら制空戦闘機は急旋回する。
ここは、
「マンイータ2は下へ逃れた敵を追えっ」
≪了解!≫
降下する僚機を確認しつつ、正確無比なインメルマンターンを披露する敵機へ吶喊。
残燃料を考慮した戦闘機動では敵わない。
双発のターボファンエンジンが紫焔を吐き、機体が急加速。
彼我の距離が一瞬で縮まる。
両者の機関砲が火を噴き、同時にマニューバ──バレルロールの中心を曳光弾が通過。
再び交錯する2機の鋭利なシルエット。
傀儡軍閥のパイロット、その技量は高い。
そして、第5世代戦闘機は恐るべき機動性で、それに応える。
白いヴェイパーを翼に纏い、マンイータ1の背面へ切り込む。
「くっ!」
旋回による重力加速度が全身を圧迫し、アラートが鼓膜を叩く。
フレアとチャフを射出し、機体を反転──防護手段の残弾が0を示す。
急旋回の連続、それでも背後へ目を向ける。
虫の複眼を思わせるヘルメットに、殺意を迸らせる敵機が映った。
主翼付根の機関砲が砲火を放つ。
「まだ、だっ」
エアブレーキを展開、機首を立てて急減速。
曳光弾の輝きが空を裂き──扁平な機影が主翼の端を掠めた。
機首が戻され、ヘッドアップディスプレイに収まる敵機の背面。
すぐさま射撃の位置を取らせまいと鋭く旋回する。
対するマンイータ1は上昇旋回し、速度を高度へ変換。
蒼穹の頂から敵機を見下ろす──ハイ・ヨー・ヨー。
意図を解した灰色の機影は翻って、まったくの逆方向へ逃走を図る。
「ロックオン──」
回避機動を予測し、既に機体を回していたマンイータ1。
そのコクピットを甲高いブザー音が満たす。
「マンイータ1、FOX2!」
刹那、ハードポイントに残る最後の対空ミサイルが放たれる。
一筋の白い軌跡が青を切り裂く。
射出されるフレアとチャフ──再び反転し、逆方向へ旋回する敵機。
その機動を追尾できず、無為に空を切る対空ミサイル。
しかし、敵機の背後にはシャークマウスの獰猛な笑みがあった。
「逃がすか!」
第5世代戦闘機の機動に追従する制空戦闘機。
性能の差は、技量と矜持で補う。
両者はヴェイパーを纏い、蒼穹のキャンバスに白の螺旋模様を殴り描いた。
防人と傀儡、初めに過ちを犯した者は──
「そこだっ」
後者だった。
状況を打破するため、急上昇を選択した第5世代戦闘機。
重力加速度で狭まる視界の中、そのシルエットは照準の中心に収まった。
分間6000発の機関砲が咆哮を上げ、曳光弾の軌跡が走る。
エンジンから主翼までを撫で切り──破片と焔が空中に四散した。
断末魔の黒煙を引き、傀儡軍閥の戦闘機は空から海へと墜ちていく。
「スプラッシュ1…!」
日章旗を背負う翼が、滞留する黒煙を切り裂いた。
そのコクピットで荒い呼吸を繰り返すパイロットの視線は、レーダーと己の背面へ向く。
≪マンイータ1、ミサイルだ! ブレイク!≫
僚機からの警告、そしてミサイル警報装置のアラートが鳴る。
──急上昇によって速力を失い、防護手段はない。
二児の父親を見つめる赤外線センサーの眼は、無機質な死を内包していた。
快進撃の裏側(無慈悲)