乾いた銃声が夕闇に染まる空へ響き渡った。
カラスの群れが飛び立つ羽音──それを最後に静寂が訪れる。
夕陽を浴びて燃えるように輝く真紅のドレス、剣呑な光を宿すバトルアクスの刃。
それを睨む琥珀色の瞳には、警戒と困惑が同居している。
「ちょっと待ってくれないかな?」
とんがり帽子を被った黒き魔女は、アスファルトに穿った弾痕の上に立つ。
オートマチックのハンドガンを正面に構えて。
「待て、と言われましても…」
異様な静寂に包まれた人通りのない路地。
そこに響き渡る声は、困惑と不安に満ちた少女のもの。
「こ、困りました」
バトルアクスを胸元で抱え、視線を彷徨わせる真紅のウィッチ。
とても
だが、ダリアノワールの背後で昏倒する女子生徒3名──その首を狙ったのは間違いない。
弾痕の近くにはバトルアクスの刃による亀裂が走っている。
人体に直撃すれば命はない。
「せ、説明したら分かってもらえますか?」
「説明しても、ここは引かないよ」
痛みの伴わない教訓に意味はない──ならば、痛みを与えるまで。
それを実行すべく黒澤牡丹は、騒動の主犯たるクラスメイトたちを尾行していた。
しかし、それはダリアノワールとしてではなく、黒澤牡丹として行う予定だった。
「ウィッチなら、当然ですよね……」
そこに現れたのが、眼前に佇む真紅のウィッチ。
次の嫌がらせを考案するクラスメイトの前へ現れ、有無を言わさずバトルアクスを振り抜いた。
まったく出現が察知できず、危うく女子生徒の首が宙を舞うところだった。
「ウィッチじゃなくても人殺しは見逃せないかな」
道徳心に則った発言だが、その真意は暴力に
無知とは罪だが、死は教訓足り得ない。
子どもだから庇護されるのではなく、清算の機会を与えるために生かす。
「ここを通りたくば、僕を倒していけ…なんてね」
付け加えるなら、
まったく予想外の展開ではあるが、ダリアノワールは応戦すべく姿勢を落とす。
黒塗りのハンドガンが波打ち、プレス加工を多用した武骨なマシンガンへ変形。
コッキングの鈍い音が路地を反響する。
「う、ウィッチナンバー6、ダリアノワールさんと戦うなんて、そんな…!」
銃口こそ指向していないが、臨戦態勢の魔女を前にして真紅のウィッチは震え上がった。
脅威に感じない姿こそ脅威そのもの。
真紅のウィッチが使用したマジックは不明、そして──
「気を付けろ……あのウィッチ、パートナーを連れてねぇ」
構えた武骨なマシンガンより響く警告。
人を食ったような胡散臭い声色ではない──未知に対する警戒心を醸す。
パートナーを連れていないウィッチとは、インクブスに洗脳されたウィッチだ。
しかし、真紅のウィッチは常識的な対話が可能だった。
「分かってるよ」
その言葉に小さく頷き、とんがり帽子の下から相手を観察する。
敵意は一切感じない。
むしろ、敬慕の眼差しすら感じていた。
ウィッチナンバーまで把握している時点で、熱心なファンに類する者か。
しかし、女子生徒を狙った理由だけが読めない。
「僕も戦いたくはないかな」
断片的な推測から交戦ではなく、説得を選択するダリアノワール。
「どうして、こんなことをするんだい?」
相手を刺激しないよう柔らかな声で問いかけた。
友好的にすら聞こえる普段通りの調子で。
問いを耳にした真紅のウィッチは──不思議そうに首を傾げた。
緊迫感の欠片もない所作は、ひどく場違いな印象を与える。
そんなウィッチの長い髪が風で靡き、ワインレッドが夕闇の空に広がった。
「…だって
平静な声が路地に響く。
その真紅の目は、
まったく狂気に染まっていない。
ごく平凡な少女の輝きが宿っている。
「傷つけた…?」
だからこそ、一種の狂気を覚える。
「それを知ってるってことは……」
そして、シルバーロータス──つまり、東蓮花──を背後のクラスメイトたちが害したと
己が守ろうとする日常の傍らに存在する何者か。
「あんな綺麗な人を…ウィッチを傷つけようなんて、首を刎ねられても仕方ないですよね」
警戒心を跳ね上げたダリアノワールを前に、真紅のウィッチは言葉を続ける。
宝物でも語るように嬉々とした声で、最後だけ自嘲気味に。
「もう
バトルアクスの刃がアスファルトに落ち、重い金属音を路地に響かせた。
真紅の目に敵意はない──害虫に殺虫剤を吹きかける程度の関心しかない。
インクブスを崇拝する信奉派と呼ばれる集団は、人知れず国内から一掃されたという。
もし、それに関与した者であれば、眼前のウィッチは
ダリアノワールは相手の評価を改める。
熱心なファン、それも不倶戴天の敵と言うべき類の。
「それは……飛躍が過ぎるんじゃないかな?」
ナンバーズに属するウィッチは、説得という甘い考えを捨てた。
夕陽を反射する銃口が上がり、バトルアクスの柄を照準。
「飛躍…してますか…?」
同意を求めていた真紅のウィッチは受けた回答を吟味し、動かない。
次の行動が読めず、まるで時限爆弾のよう──
「銃声がしたのは、この方角だな?」
「間違いありません!」
路地の角から響く若い男性の声、雑多な足音。
人数にして4人。
「銃声…あ、そっか」
真紅の瞳が銃口を見つめ、呼び寄せた理由を悟る。
奇襲を阻止するため放ったダリアノワールの初弾、その銃声は広域に響いた。
どれだけ閑散とした路地でも警察官が殺到するだろう。
それは──
咄嗟の即応射撃で、銃声の軽減まで意識が回らなかったことにダリアノワールは歯噛みした。
「どうする?」
それを悟らせまいと、とんがり帽子の下で不敵に笑う。
無差別攻撃に踏み切る狂人ではないと祈るしかない。
「やっぱり…私、上手くいきませんね……」
頬を掻く真紅のウィッチは苦笑を浮かべ、胸元の懐中時計を握る。
まるで緊張感がなかった。
両者の間にある温度差は埋まらない。
魔女はトリガーに指をかけ──刹那、真紅の影は消える。
「おいおい、冗談だろ?」
初めから誰もいなかったように、夕陽に照らされた路地だけがあった。
物体の加速ではなく、空間に干渉した転移の一種。
ウィッチの五感はエナの流動を感知したものの、追跡までは難しい。
「初めて見るマジック…いや、権能なのかな」
緊張を解き、ダリアノワールは夕陽の光に目を細める。
それから銃口を上げ、武骨なマシンガンを細い肩に担ぐ。
「何にせよ…厄介なのに目を付けられたにゃぁ」
パートナーの言葉に黙って頷く。
足音が迫り、魔女はアスファルトの路面を蹴る。
「ここの角を左に…っ!」
入れ替わりに路地の角から現れた警察官たちは、倒れ伏す女子生徒たちを発見。
「大丈夫か、君たち!」
周囲に視線とライフルの銃口を走らせつつ、迅速に駆け寄る。
容態を確認し、ひとまず異常がないことに胸を撫で下ろす。
「ここで一体何が…?」
アスファルトに刻まれた弾痕と亀裂を目にした警察官が言葉を漏らす。
ライフルの使用も覚悟していたが、現場には当事者がいない。
不可解な状況に警察官たちは首を傾げた。
「──インクブスは倒したから安心して」
街路灯よりも高い位置から響く声。
警察官たちが慌てて見上げた先には、物干し竿のようなアンチマテリアルライフルに腰かけた魔女。
「その子たちの事、お願いするね」
それだけ言い残し、ダリアノワールは夕陽の沈む空へ飛び去る。
瞳に宿る険しい色を誰にも悟らせずに──
次回は、ラーズグリーズの憂鬱でお送り致します。