捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

48 / 105
頽廃

 暗黒の影を大陸に落とす蝗災は、インクブスを殲滅せんと前進を続けている。

 しかし、その速度は鈍化し、顎から逃れる者が増えていた。

 情報の集積が途絶え、情報の共有は遅延し、最適化は望めない。

 

 数の暴力は健在──されど効果的とは言い難い。

 

 殲(・)滅(・)す(・)べ(・)き(・)敵(・)を、際限なく増やせば時を要するのは当然の帰結だった。

 ただ、顎に捕らえられた者たちは、地獄の渦中にいる。

 

「総長! このままでは最後列が全滅します!」

 

 屈強な肉体を持つオークの戦士が叫ぶ。

 その足元に転がるトノサマバッタの頭がエナへ還っていく。

 

「ここは任せるぞ、お前たち!」

 

 オークの戦士を束ねる長、サンチェスは背後で死闘を続ける同胞たちへ吠える。

 真昼の世界は、闇に覆われつつあった。

 しかし、彼らは抗うしかない。

 

「任されました!」

「行ってください、総長!」

 

 戦意に満ちた応答を受け、サンチェスは口角を上げる。

 鉛色の鎧を全身に纏いながら、軽々と身を翻す。

 

「行くぞ、アマデオ!」

「了解!」

 

 大振りのソードを右手に握り直し、同胞と共に荒野へ飛び出した。

 断続的にマジックの輝きが空を走って爆ぜるが、闇は晴れない。

 

 行先は闇が一層深い地──撤退中のインクブスたち、その最後列。

 

 行手を阻むように突進してきた消炭色の壁。

 止まない羽音、大顎を打ち鳴らすファミリア。

 

「甘い!」

 

 それを一振りで打ち砕けば、周囲に翅や脚が四散する。

 エナの輝きを踏み締め、サンチェスはトノサマバッタを次々と両断する。

 同胞の屍はあっても、憎き敵の屍は残らない。

 

「アマデオ、後ろだ!」

 

 背後に迫る消炭色の巨影。

 総長の警告を疑うことなく、アマデオはアックスを振り抜く。

 

「はぁぁぁ!」

 

 肉厚の刀身が大顎を砕き、巨体を引き裂いた。

 死骸が大地を転がっていき、すぐさまエナヘ還る。

 災厄のファミリアは初めて目撃された時より大型化していた。

 大顎は鋭利さを増し、外骨格は堅牢となり、原種の面影は薄い。

 

「助かりました、総長!」

「よい、行くぞ」

 

 頷く同胞を連れ、死地を駆ける。

 断末魔を羽音が打ち消し、エナと血臭が漂う。

 撤退中のインクブスは長い列となり、防衛は困難を極める。

 瞬きする間に同胞が異形に喰われていく。

 

 絶望的な戦況下、サンチェスは闇へと肉薄し──閃光が走った。

 

 それはインクブスには無い兵器。

 ヒトの操る自走対空砲の砲火が闇を切り裂く。

 

「近いぞ…!」

 

 ソードで翅を斬り飛ばし、なおも迫る大顎を左の拳で砕く。

 エナの残滓を浴びるサンチェスは、曳光弾の光を眼で追う。

 玩具と嘲笑っていた自走対空砲も今や貴重な戦力だ。

 

 その至近まで接近した刹那──22tの鉄塊が宙に浮く。

 

 オークの戦士は咄嗟に姿勢を落とし、これを潜る。

 その速度を殺さず、元凶に向かって得物を振り抜いた。

 

「ぬぉぉぉ!」

 

 渾身の一撃が堅牢な外骨格を打ち砕く。

 消炭色の巨体が倒れ伏し、戦士たちの背後で自走対空砲が大地に激突する。

 

「化け物め!」

 

 眼前の死骸を前にアマデオは吐き捨てるように言う。

 頭部を喪失したファミリアは、最早トノサマバッタの姿をしていなかった。

 最適解を見出せないならば、大型化を続け、ただ質量と攻撃性を増す。

 単純であり、最も凶悪な進化であった。

 

「急ぐぞ!」

 

 脚を止めれば、ファミリアに包囲される。

 四方から襲い来る影を斬り捨て、背中を合わせるオークの戦士。

 

「了解!」

 

 脇目も振らずに駆け出し、得物を持たないゴブリンの一団と交差。

 そして、一団を追う巨躯のトノサマバッタを上段から斬って捨てる。

 散らばる肉片を踏み越え、消炭色の闇へ飛び込む。

 

「ぎゃぁぁぁ!」

「や、やめ──」

 

 上半身を噛み千切られ、鮮やかな血の噴水を散らすゴブリン。

 倒れた者に無数のファミリアが群がり、エナの血肉を貪る。

 

「ぐぁぁぁぁ!」

 

 消炭色で覆われた巨大な人影は、ファミリアに全身を食まれるオーガ。

 咀嚼音と羽音が響き、断末魔が絶えず鼓膜を叩く。

 絶望的な戦況であった。

 

「くっ…遅かったか!」

 

 災厄から逃れんとするインクブスが、次々と喰われていく。

 血飛沫が散り、一面は赤く染まる。

 そして、新たな獲物を発見した消炭色の闇は膨張する。

 

「これ以上は──」

 

 世界を覆わんとする闇に、サンチェスは下段より得物を振り抜く。

 その速度は音速に至る。

 

「させん!!」

 

 エナを纏った斬撃は空間を歪め──ファミリアの一群を爆砕する。

 

 弾け飛んだ破片が周囲に降り注ぎ、エナが舞う。

 それでも世界は闇の只中にある。

 油断なく視線を走らせ、サンチェスの視線は擱座した主力戦車で止まる。

 

「フィリベルト!」

 

 主力戦車を背にシールドを構え、陣を組む同胞たちの姿を捉えたからだ。

 

「総長…!」

 

 名を呼ばれたオークの戦士は険しい表情を微かに緩めた。

 それは一瞬、すぐ口元は引き結ばれ、迫り来る災厄と相対する。

 

「付いてこい、アマデオ!」

「了解!」

 

 頭上より降る巨影を一振りで両断、次いで横合から迫るトノサマバッタの頭部を裏拳で砕く。

 舞い散るエナの中、同胞たちの下へ駆け込む。

 その背中に迫るファミリアは矢弾が射抜く。

 

「生き残っている者は?」

 

 シールドの内に飛び込んだサンチェスは、フィリベルトと彼の率いる戦士たちを見る。

 

「我々以外は分かりません…」

 

 苦々しい報告を受けても、総長は表情を崩さなかった。

 上に立つ者まで絶望に囚われてはならない。

 むしろ、サンチェスは同胞たちが護(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)者(・)を見て、不敵に笑ってみせた。

 

「いや、よくやったぞ」

 

 戦士たちが陣を組み、護っていたのは、小柄なヒトの雌3匹。

 

 淀んだ色彩の装束を身に纏う者──ウィッチだ。

 

 エナを消耗し、意識を喪失している。

 ファミリアが敵対的なウィッチを捕食の対象とした今、一方的な攻撃は行えなくなった。

 しかし、強力なマジックは災厄の迎撃に必要不可欠。

 戦士たちはエナの回復まで時を稼いでいたのだ。

 

「よし……出来得る限り同胞を救出し、ここを脱出する」

 

 サンチェスは微かな希望を拾い、一面に広がる消炭色の闇を見渡す。

 

「総長、それでは全滅します!」

 

 総長の言葉に眼を見開くオークの戦士。

 その間にもボウガンが矢弾を放ち、突進してくるトノサマバッタを射抜いた。

 突進の衝撃を受け止め、軋むシールド。

 しかし、意思を失った質量は一瞬でエナへ還り、眼前に新たな闇が現れる。

 

「見捨てるわけにはいかん……下された命は全うする」

 

 消炭色の闇に抗う者たちを視界に捉え、ソードを肩に担ぐサンチェス。

 影より下された命は、インクブスを1体でも多く連れ帰ることであった。

 

「敗残兵に何ができましょう! 連中など見捨ててしまえばいい!」

 

 オークの戦士はボウガンに矢弾を番えながら、荒々しい言葉を吐き出す。

 我が身可愛さで言っているわけではない。

 同胞の眼には、無数の傷を刻まれた長の鎧が映っている。

 戦意を失った敗残兵よりもオークの総長こそ必要な存在と言外に語っていた。

 

「命あれば再起もできよう。絶望は災厄を利するだけだ」

 

 サンチェスは首を横へ振り、同胞たちを静かに見遣る。

 戦士の頂にあるオークは戦況を悲観せず、力強く言い聞かせた。

 

「決して諦めるな」

 

 その言葉は戦士たちの眼に、再び戦意を宿す。

 シールドの内より堂々と歩み出たサンチェスの背中は、何者よりも大きい。

 両脚を肩幅ほどに開き、得物を斜め上段に構える。

 

「俺が活路を開こう…!」

 

 漲るエナの気配に、消炭色の闇が無機質な敵意を放つ。

 

 羽音が豪雨の如く降り注ぎ、両者は激突する──

 

 中国大陸におけるインクブスの版図は失われ、ポータルまでの撤退戦は膨大な犠牲を強いた。

 しかし、遣わされた総長たちの奮戦は、確実に災厄の暴威を削いでいた。

 

◆

 

 堤防敷の階段に腰かけ、茫然と鉛色の空を見上げる。

 今にも泣き出しそうな空模様だった。

 

 私は何をしている──なぜ、ここにいる?

 

 特に問題もなく退院した私は、翌日には通学の準備を整えていた。

 心配する芙花や近所の人へ大丈夫だと笑って。

 

「はぁ……」

 

 その気遣いを裏切り、私は人通りのない堤防敷で黄昏ていた。

 学業は疎かにできない、などと宣っていた口から溜息が漏れる。

 

「東さん、帰りませんか?」

「どこへ?」

「どこって……ここだと雨に降られますよ」

「……そうだな」

 

 パートナーの提案は尤もだ。

 わざわざ制服を濡らす必要もない。

 ここで曇天を見上げていても、状況は変わらないのだ。

 

「東さん」

「どうした」

 

 膝上に飛び乗ったパートナーが、私を見上げる。

 次の言葉は予想できた。

 言い聞かせるように、何度も繰り返されてきた。

 

「ご自身を責めないでください」

 

 ファミリアを生み出した者は私だ。

 そこに私の意思が介在しなくとも殺人の責は負わねばならない。

 どれだけ成果を積み上げようと罪は残る。

 今、為すべきは──

 

「責めている暇はない」

 

 ファミリアの統制を取り戻すことだ。

 テレパシーが聞こえない日々は、空恐ろしくなるほどの平穏だった。

 のうのうと息をしている間も誰かの命を奪っているというのに。

 

「新たなミンストレルの群体を形成するまでは……」

「テレパシーの選別くらいはできる」

「……今の東さんは、体を顧みる気がないでしょう…?」

 

 心配そうに見上げるパートナーから視線を外し、水量の増してきた川を見下ろす。

 これ以上、他人に迷惑をかけるわけにはいかない。

 次こそは失敗しないよう上手く処理する。

 

「ファミリアの運用に集中する。それで問題ないはずだ」

「学校は……どうされる気ですか?」

 

 私を日常へ戻してくれる場所に、存在してはならない非日常。

 それは私自身だ。

 

 ウィッチを──子どもを手にかけた身で何を学ぶ気だ?

 

 教育とは、ただ知識を与えることではない。

 倫理観や道徳観、そして人間性を育むことだと私は思う。

 私は、その倫理や道徳の埒外に立っている。

 

「もう、必要ない」

 

 それを口にした瞬間、芙花や父さんの悲しむ表情を幻視した。

 胸に走る痛みを無視し、漂う雨の香りに空を見上げた。

 

 享受する資格などない──芙花に触れることも本来は許されない。

 

 正体を知られていないからこそ、存在を許されている。

 

「私は、インクブスを駆逐する。それだけだ」

 

 そのためにウィッチになった。

 しかし、全てを捧げたわけではない。

 私は、罪悪感と憎悪を醜いエゴで偽装しただけの半端者だ。

 だから、殺戮などを引き起こす。

 

「東さんは、機械じゃないんですよ…!」

 

 私の膝上で小さな体を揺らして怒るパートナー。

 すぐ横に雨粒が落ちて、ぱっと弾ける。

 

 雨が降ってきた──それでもパートナーは左肩へ飛び移らない。

 

 じっと黒曜石みたいな眼で、私を見つめていた。

 

「機械に徹しなかった…それが私の失敗だ」

 

 歯軋りしたくなる衝動を押し殺し、私は返答する。

 

 インクブスだ(・)け(・)を駆逐する──その一点に集中しなかった結果。

 

 頬を掠め、肩を打つ雨粒。

 初夏から中夏に差し掛かる時期でも雨は冷たい。

 

「どうして……東さんは、多くの人を救ってきたじゃないですか!」

「多くの人を殺してきた」

 

 決定的な殺人は、今回が初めてだろう。

 だが、私は今まで多くの人を見殺しにしてきた。

 

 あ(・)ち(・)ら(・)側(・)に連れ去られた女性、凌辱で正気を失ったウィッチ──私が目を背けてきた人々。

 

 殺すしか能がない私に救済など不可能だ。

 その発想自体が自惚れと分かっている。

 

「東さんは、神様じゃないんです……」

 

 知っているとも。

 それを理解していながら、今回の失態だ。

 己を捨てる覚悟が足りない。

 

「全てを背負う必要なんて──」

「レギ」

 

 久しぶりにパートナーの名前を、はっきりと口に出した。

 明確な意志を伝えるために。

 

 硬直する小さな影──アダンソンハエトリの似姿。

 

 オールドウィッチの与えし名というのが、どうにも私は好きになれなかった。

 だから、滅多に呼ぶことはない。

 

「私の願いは、インクブスの駆逐だ」

 

 願いなどと卑怯な言葉を用い、パートナーの口を噤ませた。

 

 助言する、諫めもする、相談にも乗る──判断はウィッチに委ねる。

 

 オールドウィッチから遣わされた人類、いや主人を最終的に肯定する者。

 それがパートナーという存在だった。

 

「…分かりました、シルバーロータス」

 

 左手にパートナーが飛び乗ったことを確認し、ゆっくりと立ち上がる。

 

 そうとも──これでいい。

 

 制服は雨で濡れ、長い黒髪は背中に張り付いていた。

 全身を包む冷たさで意識が冴えていく。

 

「障害の排除に関する判断だけを私に送れるか?」

 

 増水した川と雨の音が響く堤防敷で、私はパートナーへ尋ねた。

 まずは、懸案事項を第一に潰す。

 

「可能ですが……」

「よし」

 

 歯切れが悪い理由は分かっている。

 ファミリアが判断を仰ぐ時、そこには悲惨な状態の人々が必ずいる。

 だから、見慣れたと言ってもパートナーは常に難色を示してきた。

 

「情報の取捨選択は、まだ保留でいい」

「…分かりました」

「ネームドの情報について、ミンストレルを経由せずに共有できるか?」

 

 左手から肩に飛び移ったパートナーへ矢継ぎ早に指示を出す。

 気遣いは不要だ。

 

「可能です。各個撃破に切り替えるのですか?」

「篩に残った礫は砕くに限る」

 

 連中の領域を大々的に脅かしている。

 インクブスもネームドを投入し、対抗するはずだ。

 ここで可能な限り潰しておきたい。

 

「それと……アメリカ軍とコンタクトを取れるか?」

 

 前髪から滴る雨を払い、来た道を引き返す。

 

「東さん、彼らは…!」

「利用関係だとしても、説明責任はある」

 

 ファミリアは誰も助けない。

 結果的に助かるだけで、そこに能動的なものはない。 

 それは、私だけに通用する方便だ。

 こちらの不手際で無用な犠牲者が出た以上、説明する責任がある。

 

「それに…抗議じゃないんだろ?」

 

 左肩のパートナーを見れば、前脚を宙に彷徨わせていた。

 

「どうして……そう思われたんですか?」

「ただ救世主を待つ軍隊じゃない、そう思っただけだ」

 

 苦々しい声色で問うパートナーへ率直な感想を述べる。

 被害に対する賠償や追及ではなく、抗議という言葉に違和感があった。

 そんな非生産的な行動を大国の軍隊が安直に実行するだろうか、と。

 

「その様子なら正解か」

「……はい」

 

 落ち込んだ様子のハエトリグモを指先で撫でる。

 全ては私が背負い込まないための行動だ。

 分かっている。

 己の不甲斐なさが、ただ腹立たしい。

 

「使われてやるつもりはない。心配するな」

 

 指先に触れる小さな脚。

 その感触は、体を打つ雨よりも鮮明に感じられた。

 

「…分かりました。後でコンタクトを取ります」

 

 渋々といった体で前脚を離し、パートナーは小さく頭を下げた。

 周囲を覆う雨のベールは灰色で、世界は薄暗い。

 だが、道筋は見えている。

 

「よし、テレパシーの再接続──」

「待って!」

 

 明瞭な声が、耳に届く。

 まったく足音に気が付かなかった。

 

「待ってください…!」

 

 警戒しつつ振り向いた先には、傘を差した2人の少女。

 金城静華と政木律だ。

 見知ったクラスメイトが息を切らし、立っていた。

 

「……探しましたよ」

 

 普段からは想像もつかない険しい表情の金城。

 この雨中を走ってきたらしく私と大差ない格好だった。

 

「東さん…ううん──」

 

 そして、頭(・)上(・)の(・)狐(・)耳(・)を揺らす政木が、じっと私を見つめる。

 

「シルバーロータス」

 

 雨脚が強まり、世界は灰色に霞む。




 覚悟が足りない(当社比)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。