捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

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頽廃

 暗黒の影を大陸に落とす蝗災は、インクブスを殲滅せんと前進を続けている。

 しかし、その速度は鈍化し、顎から逃れる者が増えていた。

 情報の集積が途絶え、情報の共有は遅延し、最適化は望めない。

 

 数の暴力は健在──されど効果的とは言い難い。

 

 ()()()()()()を、際限なく増やせば時を要するのは当然の帰結だった。

 ただ、顎に捕らえられた者たちは、地獄の渦中にいる。

 

総長! このままでは最後列が全滅します!

 

 屈強な肉体を持つオークの戦士が叫ぶ。

 その足元に転がるトノサマバッタの頭がエナへ還っていく。

 

ここは任せるぞ、お前たち!

 

 オークの戦士を束ねる長、サンチェスは背後で死闘を続ける同胞たちへ吠える。

 真昼の世界は、闇に覆われつつあった。

 しかし、彼らは抗うしかない。

 

任されました!

行ってください、総長!

 

 戦意に満ちた応答を受け、サンチェスは口角を上げる。

 鉛色の鎧を全身に纏いながら、軽々と身を翻す。

 

行くぞ、アマデオ!

了解!

 

 大振りのソードを右手に握り直し、同胞と共に荒野へ飛び出した。

 断続的にマジックの輝きが空を走って爆ぜるが、闇は晴れない。

 

 行先は闇が一層深い地──撤退中のインクブスたち、その最後列。

 

 行手を阻むように突進してきた消炭色の壁。

 止まない羽音、大顎を打ち鳴らすファミリア。

 

甘い!

 

 それを一振りで打ち砕けば、周囲に翅や脚が四散する。

 エナの輝きを踏み締め、サンチェスはトノサマバッタを次々と両断する。

 同胞の屍はあっても、憎き敵の屍は残らない。

 

アマデオ、後ろだ!

 

 背後に迫る消炭色の巨影。

 総長の警告を疑うことなく、アマデオはアックスを振り抜く。

 

はぁぁぁ!

 

 肉厚の刀身が大顎を砕き、巨体を引き裂いた。

 死骸が大地を転がっていき、すぐさまエナヘ還る。

 災厄のファミリアは初めて目撃された時より大型化していた。

 大顎は鋭利さを増し、外骨格は堅牢となり、原種の面影は薄い。

 

助かりました、総長!

よい、行くぞ

 

 頷く同胞を連れ、死地を駆ける。

 断末魔を羽音が打ち消し、エナと血臭が漂う。

 撤退中のインクブスは長い列となり、防衛は困難を極める。

 瞬きする間に同胞が異形に喰われていく。

 

 絶望的な戦況下、サンチェスは闇へと肉薄し──閃光が走った。

 

 それはインクブスには無い兵器。

 ヒトの操る自走対空砲の砲火が闇を切り裂く。

 

近いぞ…!

 

 ソードで翅を斬り飛ばし、なおも迫る大顎を左の拳で砕く。

 エナの残滓を浴びるサンチェスは、曳光弾の光を眼で追う。

 玩具と嘲笑っていた自走対空砲も今や貴重な戦力だ。

 

 その至近まで接近した刹那──22tの鉄塊が宙に浮く。

 

 オークの戦士は咄嗟に姿勢を落とし、これを潜る。

 その速度を殺さず、元凶に向かって得物を振り抜いた。

 

ぬぉぉぉ!!

 

 渾身の一撃が堅牢な外骨格を打ち砕く。

 消炭色の巨体が倒れ伏し、戦士たちの背後で自走対空砲が大地に激突する。

 

くっ…化け物め!

 

 眼前の死骸を前にアマデオは吐き捨てるように言う。

 頭部を喪失したファミリアは、最早トノサマバッタの姿をしていなかった。

 最適解を見出せないならば、大型化を続け、ただ質量と攻撃性を増す。

 単純であり、最も凶悪な進化であった。

 

急ぐぞ!

 

 脚を止めれば、ファミリアに包囲される。

 四方から襲い来る影を斬り捨て、背中を合わせるオークの戦士。

 

了解!

 

 脇目も振らずに駆け出し、得物を持たないゴブリンの一団と交差。

 そして、一団を追う巨躯のトノサマバッタを上段から斬って捨てる。

 散らばる肉片を踏み越え、消炭色の闇へ飛び込む。

 

ぎゃぁぁぁ!!

や、やめ──」

 

 上半身を噛み千切られ、鮮やかな血の噴水を散らすゴブリン。

 倒れた者に無数のファミリアが群がり、エナの血肉を貪る。

 

ぐぁぁぁぁ!

 

 消炭色で覆われた巨大な人影は、ファミリアに全身を食まれるオーガ。

 咀嚼音と羽音が響き、断末魔が絶えず鼓膜を叩く。

 絶望的な戦況であった。

 

くっ…遅かったか!

 

 災厄から逃れんとするインクブスが、次々と喰われていく。

 血飛沫が散り、一面は赤く染まる。

 そして、新たな獲物を発見した消炭色の闇は膨張する。

 

これ以上は──」

 

 世界を覆わんとする闇に、サンチェスは下段より得物を振り抜く。

 その速度は音速に至る。

 

させん!!

 

 エナを纏った斬撃は空間を歪め──ファミリアの一群を爆砕する。

 

 弾け飛んだ破片が周囲に降り注ぎ、エナが舞う。

 それでも世界は闇の只中にある。

 油断なく視線を走らせ、サンチェスの視線は擱座した主力戦車で止まる。

 

フィリベルト!

 

 主力戦車を背にシールドを構え、陣を組む同胞たちの姿を捉えたからだ。

 

総長…!

 

 名を呼ばれたオークの戦士は険しい表情を微かに緩めた。

 それは一瞬、すぐ口元は引き結ばれ、迫り来る災厄と相対する。

 

付いてこい、アマデオ!

了解!

 

 頭上より降る巨影を一振りで両断、次いで横合から迫るトノサマバッタの頭部を裏拳で砕く。

 舞い散るエナの中、同胞たちの下へ駆け込む。

 その背中に迫るファミリアは矢弾が射抜く。

 

生き残っている者は?

 

 シールドの内に飛び込んだサンチェスは、フィリベルトと彼の率いる戦士たちを見る。

 

我々以外は分かりません…

 

 苦々しい報告を受けても、総長は表情を崩さなかった。

 上に立つ者まで絶望に囚われてはならない。

 むしろ、サンチェスは同胞たちが()()()()()()を見て、不敵に笑ってみせた。

 

いや、よくやったぞ

 

 戦士たちが陣を組み、護っていたのは、小柄なヒトの雌3匹。

 

 淀んだ色彩の装束を身に纏う者──ウィッチだ。

 

 エナを消耗し、意識を喪失している。

 ファミリアが敵対的なウィッチを捕食の対象とした今、一方的な攻撃は行えなくなった。

 しかし、強力なマジックは災厄の迎撃に必要不可欠。

 戦士たちはエナの回復まで時を稼いでいたのだ。

 

よし……出来得る限り同胞を救出し、ここを脱出する

 

 サンチェスは微かな希望を拾い、一面に広がる消炭色の闇を見渡す。

 

総長、それでは全滅します!

 

 総長の言葉に眼を見開くオークの戦士。

 その間にもボウガンが矢弾を放ち、突進してくるトノサマバッタを射抜いた。

 突進の衝撃を受け止め、軋むシールド。

 しかし、意思を失った質量は一瞬でエナへ還り、眼前に新たな闇が現れる。

 

見捨てるわけにはいかん……下された命は全うする

 

 消炭色の闇に抗う者たちを視界に捉え、ソードを肩に担ぐサンチェス。

 影より下された命は、インクブスを1体でも多く連れ帰ることであった。

 

敗残兵に何ができましょう! 連中など見捨ててしまえばいい!

 

 オークの戦士はボウガンに矢弾を番えながら、荒々しい言葉を吐き出す。

 我が身可愛さで言っているわけではない。

 同胞の眼には、無数の傷を刻まれた長の鎧が映っている。

 戦意を失った敗残兵よりもオークの総長こそ必要な存在と言外に語っていた。

 

命あれば再起もできよう。絶望は災厄を利するだけだ

 

 サンチェスは首を横へ振り、同胞たちを静かに見遣る。

 戦士の頂にあるオークは戦況を悲観せず、力強く言い聞かせた。

 

決して諦めるな

 

 その言葉は戦士たちの眼に、再び戦意を宿す。

 シールドの内より堂々と歩み出たサンチェスの背中は、何者よりも大きい。

 両脚を肩幅ほどに開き、得物を斜め上段に構える。

 

俺が活路を開こう…!

 

 漲るエナの気配に、消炭色の闇が無機質な敵意を放つ。

 

 羽音が豪雨の如く降り注ぎ、両者は激突する──

 

 中国大陸におけるインクブスの版図は失われ、ポータルまでの撤退戦は膨大な犠牲を強いた。

 しかし、遣わされた総長たちの奮戦は、確実に災厄の暴威を削いでいた。

 

 

 堤防敷の階段に腰かけ、茫然と鉛色の空を見上げる。

 今にも泣き出しそうな空模様だった。

 

 私は何をしている──なぜ、ここにいる?

 

 特に問題もなく退院した私は、翌日には通学の準備を整えていた。

 心配する芙花や近所の人へ大丈夫だと笑って。

 

「はぁ……」

 

 その気遣いを裏切り、私は人通りのない堤防敷で黄昏ていた。

 学業は疎かにできない、などと宣っていた口から溜息が漏れる。

 

東さん、帰りませんか?

「どこへ?」

どこって……ここだと雨に降られますよ

「……そうだな」

 

 パートナーの提案は尤もだ。

 わざわざ制服を濡らす必要もない。

 ここで曇天を見上げていても、状況は変わらないのだ。

 

東さん

「どうした」

 

 膝上に飛び乗ったパートナーが、私を見上げる。

 次の言葉は予想できた。

 言い聞かせるように、何度も繰り返されてきた。

 

ご自身を責めないでください

 

 ファミリアを生み出した者は私だ。

 そこに私の意思が介在しなくとも殺人の責は負わねばならない。

 どれだけ成果を積み上げようと罪は残る。

 今、為すべきは──

 

「責めている暇はない」

 

 ファミリアの統制を取り戻すことだ。

 テレパシーが聞こえない日々は、空恐ろしくなるほどの平穏だった。

 のうのうと息をしている間も誰かの命を奪っているというのに。

 

新たなミンストレルの群体を形成するまでは……

「テレパシーの選別くらいはできる」

……今の東さんは、体を顧みる気がないでしょう…?

 

 心配そうに見上げるパートナーから視線を外し、水量の増してきた川を見下ろす。

 これ以上、他人に迷惑をかけるわけにはいかない。

 次こそは失敗しないよう上手く処理する。

 

「ファミリアの運用に集中する。それで問題ないはずだ」

学校は……どうされる気ですか?

 

 私を日常へ戻してくれる場所に、存在してはならない非日常。

 それは私自身だ。

 

 ウィッチを──子どもを手にかけた身で何を学ぶ気だ?

 

 教育とは、ただ知識を与えることではない。

 倫理観や道徳観、そして人間性を育むことだと私は思う。

 私は、その倫理や道徳の埒外に立っている。

 

「もう、必要ない」

 

 それを口にした瞬間、芙花や父さんの悲しむ表情を幻視した。

 胸に走る痛みを無視し、漂う雨の香りに空を見上げた。

 

 享受する資格などない──芙花に触れることも本来は許されない。

 

 正体を知られていないからこそ、存在を許されている。

 

「私は、インクブスを駆逐する。それだけだ」

 

 そのためにウィッチになった。

 しかし、全てを捧げたわけではない。

 私は、罪悪感と憎悪を醜いエゴで偽装しただけの半端者だ。

 だから、殺戮などを引き起こす。

 

東さんは、機械じゃないんですよ…!

 

 私の膝上で小さな体を揺らして怒るパートナー。

 すぐ横に雨粒が落ちて、ぱっと弾ける。

 

 雨が降ってきた──それでもパートナーは左肩へ飛び移らない。

 

 じっと黒曜石みたいな眼で、私を見つめていた。

 

「機械に徹しなかった…それが私の失敗だ」

 

 歯軋りしたくなる衝動を押し殺し、私は返答する。

 

 インクブス()()を駆逐する──その一点に集中しなかった結果。

 

 頬を掠め、肩を打つ雨粒。

 初夏から中夏に差し掛かる時期でも雨は冷たい。

 

どうして……東さんは、多くの人を救ってきたじゃないですか!

「多くの人を殺してきた」

 

 決定的な殺人は、今回が初めてだろう。

 だが、私は今まで多くの人を見殺しにしてきた。

 

 ()()()()に連れ去られた女性、凌辱で正気を失ったウィッチ──私が目を背けてきた人々。

 

 殺すしか能がない私に救済など不可能だ。

 その発想自体が自惚れと分かっている。

 

東さんは、神様じゃないんです……

 

 知っているとも。

 それを理解していながら、今回の失態だ。

 己を捨てる覚悟が足りない。

 

全てを背負う必要なんて──」

「レギ」

 

 久しぶりにパートナーの名前を、はっきりと口に出した。

 明確な意志を伝えるために。

 

 硬直する小さな影──アダンソンハエトリの似姿。

 

 オールドウィッチの与えし名というのが、どうにも私は好きになれなかった。

 だから、滅多に呼ぶことはない。

 

「私の願いは、インクブスの駆逐だ」

 

 願いなどと卑怯な言葉を用い、パートナーの口を噤ませた。

 

 助言する、諫めもする、相談にも乗る──判断はウィッチに委ねる。

 

 オールドウィッチから遣わされた人類、いや主人を最終的に肯定する者。

 それがパートナーという存在だった。

 

…分かりました、シルバーロータス

 

 左手にパートナーが飛び乗ったことを確認し、ゆっくりと立ち上がる。

 

 そうとも──これでいい。

 

 制服は雨で濡れ、長い黒髪は背中に張り付いていた。

 全身を包む冷たさで意識が冴えていく。

 

「障害の排除に関する判断だけを私に送れるか?」

 

 増水した川と雨の音が響く堤防敷で、私はパートナーへ尋ねた。

 まずは、懸案事項を第一に潰す。

 

可能ですが……

「よし」

 

 歯切れが悪い理由は分かっている。

 ファミリアが判断を仰ぐ時、そこには悲惨な状態の人々が必ずいる。

 だから、見慣れたと言ってもパートナーは常に難色を示してきた。

 

「情報の取捨選択は、まだ保留でいい」

…分かりました

「ネームドの情報について、ミンストレルを経由せずに共有できるか?」

 

 左手から肩に飛び移ったパートナーへ矢継ぎ早に指示を出す。

 気遣いは不要だ。

 

可能です。各個撃破に切り替えるのですか?

「篩に残った礫は砕くに限る」

 

 連中の領域を大々的に脅かしている。

 インクブスもネームドを投入し、対抗するはずだ。

 ここで可能な限り潰しておきたい。

 

「それと……アメリカ軍とコンタクトを取れるか?」

 

 前髪から滴る雨を払い、来た道を引き返す。

 

東さん、彼らは…!

「利用関係だとしても、説明責任はある」

 

 ファミリアは誰も助けない。

 結果的に助かるだけで、そこに能動的なものはない。 

 それは、私だけに通用する方便だ。

 こちらの不手際で無用な犠牲者が出た以上、説明する責任がある。

 

「それに…抗議じゃないんだろ?」

 

 左肩のパートナーを見れば、前脚を宙に彷徨わせていた。

 

どうして……そう思われたんですか?

「ただ救世主を待つ軍隊じゃない、そう思っただけだ」

 

 苦々しい声色で問うパートナーへ率直な感想を述べる。

 被害に対する賠償や追及ではなく、抗議という言葉に違和感があった。

 そんな非生産的な行動を大国の軍隊が安直に実行するだろうか、と。

 

「その様子なら正解か」

……はい

 

 落ち込んだ様子のハエトリグモを指先で撫でる。

 全ては私が背負い込まないための行動だ。

 分かっている。

 己の不甲斐なさが、ただ腹立たしい。

 

「使われてやるつもりはない。心配するな」

 

 指先に触れる小さな脚。

 その感触は、体を打つ雨よりも鮮明に感じられた。

 

…分かりました。後でコンタクトを取ります

 

 渋々といった体で前脚を離し、パートナーは小さく頭を下げた。

 周囲を覆う雨のベールは灰色で、世界は薄暗い。

 だが、道筋は見えている。

 

「よし、テレパシーの再接続──」

「待って!」

 

 明瞭な声が、耳に届く。

 まったく足音に気が付かなかった。

 

「待ってください…!」

 

 警戒しつつ振り向いた先には、傘を差した2人の少女。

 金城静華と政木律だ。

 見知ったクラスメイトが息を切らし、立っていた。

 

「……探しましたよ」

 

 普段からは想像もつかない険しい表情の金城。

 この雨中を走ってきたらしく私と大差ない格好だった。

 

「東さん…ううん──」

 

 そして、()()()()()を揺らす政木が、じっと私を見つめる。

 

「シルバーロータス」

 

 雨脚が強まり、世界は灰色に霞む。




 覚悟が足りない(当社比)
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