捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

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 体が分裂して小噺書いてくれないかな(プラナリア並感)


出廬

まずは、こちらの要請に応じてくれたことに感謝を

 

 そう言って黒い毛並みをもつ大型犬が、恭しく頭を下げる。

 陽炎が揺らめくコンクリートの滑走路では、ひどく熱を蓄えそうな色だ。

 

「そちらには私を非難する権利がある」

助力を乞うている我々に非難する権利はないよ

 

 この喋る大型犬こそが灰色のウィッチたちのパートナー。

 背後に控えるモーガン少尉に代わるアメリカ軍の窓口だ。

 

…確かに犠牲はあった

 

 私が奪ったものは、誰かの未来だ。

 

 犠牲──その言葉の持つ意味は重い。

 

 輸送機の傍らで待機する兵士から向けられる視線を、直視できなかった。

 私は彼らの家族や友人、親しい誰かの命を奪ったかもしれない。

 胃に鉛を流し込まれたような錯覚に陥る。

 

しかし、それは悲しい事故だった

「…それでいいのか」

人命の価値に大小はないが、あえて言おう

 

 左肩のパートナーを見遣ってから、理性的な眼が私を見つめた。

 

()()()()の犠牲で済んだ、我々は…そう考えている

 

 人命を数として捉えた冷酷な言葉。

 しかし、それを口にした代弁者と言葉を耳にした兵士たちは、一様に険しい表情をしていた。

 

 理解はしている──納得はしていない。

 

 アメリカ軍は危険な市街戦を買って出ても、国民の救出に尽力している。

 彼らの言葉を額面通りに受け取ってはならない。

 

これからが重要だ。そうだろう?

「…そうだな」

 

 安直に糾弾を求めるなど浅慮だ。

 国軍である彼らは、そんなことをしないと分かって甘えていた。

 大人に甘えるな。

 

「感謝する」

 

 彼らへの謝意を以て、思考を切り替える。

 今やるべきことをやれ。

 

それはこちらの台詞だよ──ありがとう、シルバーロータス

 

 小さく尻尾を振り、大型犬は深々と頭を下げた。

 私もフードを取り払って、頭を下げる。

 

ところで…

 

 頭を上げた黒毛のパートナーは首を傾げ、私の背後を窺う。

 

後ろの5人は、監視かな?

 

 今日の私はファミリア以外の()()()を連れていた。

 5人ほど。

 

 言わずと知れたナンバーズの5人──和傘を差したベニヒメが小さく手を振る。

 

 ここへ1人で向かう旨を伝えたら、彼女たちに猛反対された。

 心配なのは理解できるが、こそばゆい。

 

「…護衛だ」

 

 ベニヒメに手を振り返す。

 すると、少女たちの背後に控えるファミリアの一群が触角を揺らす。

 

ウィッチナンバーの上位者が護衛か…それは心強い

「ああ」

 

 感慨深そうな声に頷きで応じる。

 どれだけ華奢に見えても、彼女たちはウィッチでも一握りの強者だ。

 打倒できるとすれば、あの戦女神くらいか?

 

よし…第2陣の移送準備に移ろう

 

 黒毛のパートナーが背後に目配せし、兵士たちが一斉に動き出す。

 

「分かった」

 

 私もテレパシーを発し、誘導に従ってファミリアを移動させる。

 ゴルトブルームが再構築してくれたおかげで、情報のロスが少ない。

 より正確に指示が飛ばせる。

 

シルバーロータス、一つ質問してもよろしいかな?

 

 移動を開始したファミリアを眺めながら、黒毛のパートナーは控えめに聞いてくる。

 

「何が聞きたい」

感謝する…それで、あのロングホーン・ビートル

ボーゲンローアです

 

 間髪容れずに左肩のパートナーが名前を訂正する。

 

 ロングホーン・ビートル(長い角の甲虫)──つまり、カミキリムシのことだ。

 

 触角を手入れするハンミョウの後方で、より長い触角が揺れていた。

 

「ちょっと、ベニヒメさん…!」

「大丈夫、大丈夫~」

 

 ベニヒメに触角を撫でられているファミリアは、ヒゲナガカミキリに酷似していた。

 大顎は強力だが、小柄で攻撃性は低そうに見える。

 

 その評価は概ね正しい──戦闘が目的ではないのだ。

 

「先日、確保したポータルに対して投入する」

 

 目標は、大陸で度々目撃している大規模なポータルだ。

 中国大陸では破壊を許したが、アメリカ大陸では確保に成功していた。

 

あれは、我々の攻撃が通用しないぞ?

 

 インクブスのエナを有する者しか通過できない異界への扉。

 それは、あらゆる物理攻撃やマジックを受け流す。

 この場にいる者が共有する()()だ。

 

「破壊はしない」

なんだって?

 

 仮に破壊できたとしても、別の場所にポータルを開放されるだけだ。

 なら、()()()()してやった方が良い。

 

「マツノザイセンチュウを知っているか?」

 

 無関係に思える話題に、黒毛の大型犬は困惑の表情を浮かべる。

 当然の反応だった。

 己のコミュニケーション能力の低さに自己嫌悪を覚える。

 

「マツ科樹木を枯死させる感染症の原因ですわ」

「そうだ。管類を閉塞させ、樹液の流れを妨げることで樹木を枯死させる病原体だ」

 

 飛び入り参加したプリマヴェルデの説明に補足を加える。

 感染症の正式名称は、マツ材線虫病と言う。

 マツノザイセンチュウとは、その病害の原因となる病原体だ。

 

「それが、どう関係するんですの?」

 

 私を見かねた助け舟──ではなく、朱の瞳は純粋に好奇心で輝いていた。

 

 その背後には、同様に私の言葉を待つユグランスの姿。

 ナンバーズでも2人は知識に貪欲のようだった。

 

「ボーゲンローアは、そのマツノザイセンチュウのベクター(媒介者)を模したファミリアだ」

万物のエナを侵食、干渉し、その流動を制御できます

 

 左肩でパートナーが能力を説明する。

 本来は、エナの性質を知るために呼び出した個体だった。

 

「ポータルは特定のエナを通過させるだけの単純な構造、と私たちは考えている」

 

 凌辱した女性──体内にエナを有する存在──をインクブスは連れ帰る。

 しかし、徹底的にエナへ()()()()仲間の亡骸を連中は持ち帰れなかった。

 

 インクブスのエナだけを通過させている──異種のエナは、ただ受け流しているだけ。

 

 防御機構があるわけではない。

 しかし、通常のポータルは瞬時に消失するため、今まで検証が不可能だった。

 

「そこに干渉することで、ファミリアを通過可能なポータルに改造する」

まさか、そんなことが…?

 

 今こそ絶好の機会だ。

 ポータルを形成するエナに干渉し、通過可能なエナを切り替えられるか試す。

 

「可能なのですか、シルバーロータス?」

「分からん。だが、試す価値はある」

 

 ユグランスの問いには、まだ答えられない。

 何もかもが未知の領域だ。

 ポータルへの接触は、インクブスの血液を多量に被れば可能という結果を得ていた。

 後は、ベニヒメに触角で遊ばれているボーゲンローア次第だ。

 

「ポータルから増援を派遣できれば、より多くのインクブスを駆逐できる」

 

 重量級ファミリアを筆頭とする戦力を送り込めば、より多くのインクブスを駆逐できるだろう。

 希望的な観測をすれば、救出作戦も射程に入る。

 

ま、待ってくれ……少し、いいだろうか

 

 言葉を探すように、黒毛のパートナーは慎重に尋ねてきた。

 そこまで恐る恐る聞かなくてもいいのだが。

 

君は、今…()()と言ったか?

「ああ、言った。今は優勢を保っているが、限界が訪れる前に……」

 

 言い切る前に、私は異変に気が付く。

 大型犬も、耳を傾けていたナンバーズも、灰色のウィッチたちも、一様に固まっていた。

 

「…増援を送りたい」

 

 そして、私は思い至る──あちら側の展開状況について、初めて口にしたと。

 

 陽炎揺らめくコンクリートの上に沈黙が降ってくる。

 エプロンで忙しなく動き回る兵士の声が、よく響いた。

 

どうやってポータルを?

 

 黒毛のパートナーは懐疑的な声色だった。

 信じられない、と顔に書いてある。

 

「インクブスの体内に……ファミリアの卵を産み付けて、送り返した」

 

 誤魔化すことも考えたが、それでは不信感を与えるだけだ。

 だから、素直に答える。

 

卵を、産み付ける…?

「そうだ」

 

 ポータルの除外基準は甘い。

 捕獲したインクブスのエナを弄り回している時に、その穴に気が付いた。

 何度も試行し、それを確かめ、私は確信した。

 これは使えると。

 

「ま、まさか…それは捕食寄生ですの?」

 

 朱色の瞳を不安で揺らすプリマヴェルデに、頷きを返す。

 

「死骸から得るよりエナの質がいい」

 

 捕食寄生は、画期的な増殖方法だった。

 インクブスの体内を循環するエナを摂取したファミリアは、恐るべき速度で進化する。

 オニキスが良い例だろう。

 

「シルバーロータス、それは初耳なのですが」

「ああ……言っていなかった」

 

 じっと見つめてくるユグランスから目を逸らす。

 言ってないのではなく、言えなかったが正解だ。

 インクブスを苗床とする作戦は、一般的な感性では理解されない。

 

「はいはい、ちょっと待って…」

 

 私とユグランスの間に割って入るダリアノワール。

 とんがり帽子の下から琥珀色の瞳を向け、魔女は問う。

 

「つまり…その、逆侵攻してるってこと…だよね?」

「そうだ」

 

 その確認に対し、私は肯定を返す。

 つい最近、軌道に乗ったばかりだが、着実にインクブスどもの生存圏を脅かしているのだ。

 逆侵攻と言ってもいいのだろう。

 

こ、こいつはたまげたにゃぁ

「もう驚くことはないと思ったけど、さすがに予想外だよ」

 

 肩から下げた武骨なマシンガンから感嘆の声が発され、それにダリアノワールも頷く。

 逆侵攻を考案する者が私以外にいなかったとは思えない。

 しかし、今のところ他者のファミリアと遭遇した事例は皆無だ。

 私は初の成功事例なのかもしれない。

 

凄まじいな

 

 黒毛のパートナーは懐疑的な色を取り払い、私を見上げる。

 

 羨望と後悔が複雑に入り混じった──哀愁を覚える眼差し。

 

 そんな眼差しを向けられたのは、初めてだった。

 

…君は、世界を相手にしていたのか

 

 紡いだ言葉には、何かが削ぎ落されたような違和感があった。

 何か、は分からないが。

 

「連中の全貌は見えない。世界というには、限定的だ」

 

 インクブスという悪辣な生命の全貌は、底が知れない。

 種族や総数は不明、為政者に該当する頂点が存在するかも不明。

 絶滅は容易ではない。

 

「…道理でテレパシーの距離感に狂いがあったわけだ」

 

 誘導に従って動き出したボーゲンローアの足元。

 両腕を組んだゴルトブルームが半眼で私を見据えていた。

 その隣には苦笑を浮かべるベニヒメが佇む。

 

「すまん」

 

 これまで誰かと情報を共有する機会などなかった。

 しかし、それでは円滑な協力などできるはずがない。

 忌避される結果となっても情報を共有していくべきだろう。

 

「気を遣ってくれたんだろ? まったく、せめて私には──っ!」

 

 最後まで言葉が紡がれることはなかった。

 

 ここより遥か彼方の空──オニヤンマがエナの流動を捉える。

 

 同時に金色の瞳が見開かれ、あるいは狐耳が立ち、少女たちの纏う気配が変質する。

 

「この気配は…!」

「ああ、インクブスだ」

 

 テレパシーを共有するゴルトブルームへ頷きを返す。

 上空のオニヤンマが続々とテレパシーを飛ばしてくる。

 既存の種、未確認の種、それらの数を事細かに。

 

 出現位置は市街中央、つまり──人口密集地だ。

 

 これまでの小規模な襲撃じゃない。

 駆逐に必要となる数のファミリアを投じれば、広域のパニックは必至という規模だった。 

 

「ここは、いつもの3人かな?」

 

 物干し竿のようなライフルに腰かけるダリアノワールは、既に地から足が離れている。

 

「ええ、市街地なら私たちが適任ですわ」

 

 拳を固めたプリマヴェルデが宙へ浮き上がり、魔女の隣に並ぶ。

 そこに焦燥はなく、ただただ冷静だった。

 

「ナンバー8とナンバー9は引き続き、護衛をお願いします」

 

 機械仕掛けの近衛兵に抱えられたユグランスもまた平静に振舞う。

 

「分かった」

「3人とも気を付けてね」

 

 それに対し、ゴルトブルームとベニヒメも力強く頷き、友を見送る。

 彼女たちは、ただの少女ではない。

 ナンバーズに名を連ねるウィッチなのだ。

 

「…任せる」

 

 宝石のように色鮮やかな3対の瞳が輝く。

 これまで人口密集地で戦ってきた彼女たちに一日の長がある。

 

 だから、大人しく見送る──芙花の事が脳裏を過る。

 

 今日は、あの辺りに外出していなかった。

 焦って事態を悪化させるな。

 

「お任せください」

「ええ、行ってきますわ」

「たまには良いところも見せないとね」

 

 紅白の近衛兵が滑走路を蹴って、市街地へと跳ぶ。

 その影を追って魔女と騎士が一斉に飛び去る。

 

我々も即応態勢に移行する。移送作業はまた後日に

「ああ」

 

 足早に立ち去る軍属のウィッチとパートナーの後ろ姿を見送り、ファミリアに中止を命じる。

 銃器を携えた兵士たちが格納庫へ走っていき、空気が緊張感を帯びていく。

 アメリカ軍も情報を得たらしい。

 

シルバーロータス、これは今までと規模が異なります

「突入の準備はしておくぞ」

分かりました

 

 偵察とは明らかに違う本格的な攻撃だ。

 国防軍やウィッチを総動員した激しい戦闘になるのは間違いない。

 ()()を想定し、すぐ市街地へ突入できるよう戦力の集結は進める。

 

「……待つって、もどかしいね」

 

 物々しい雰囲気に包まれる基地で、ベニヒメは紅の和傘を回して市街地の方角を眺めた。

 テレパシーの管理を担うゴルトブルームと違って、私の護衛とは基本的に待機だ。

 

こればかりは仕方ないの

「うん、これも大切なことだから」

 

 彼女たちの判断は尊重すべきだが、ナンバーズを遊兵化するのは得策か?

 ベニヒメを含む4人であれば、2組のバディが組めるはずだ。

 それは戦闘効率の向上だけでなく、生還率も高める。

 今から追っても──

 

「いや、できることなら……あるぞ」

 

 滑走路を吹き抜ける風が純白の装束を揺らす。

 私が口を開くより先に、傍らのゴルトブルームが動く。

 

「シルバーロータス、試してみたいことがある」

 

 銀髪赤目のウィッチを映す金色の瞳には、並々ならぬ戦意が宿っていた。




 兄者「東パッパ、故人にされてるで」
 作者「ほーん」
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