捕食者系魔法少女   作:バショウ科バショウ属

53 / 102
冀望

 泡沫の平和は崩壊し、目を覆う惨禍が市街地で繰り広げられていた。

 助けを求めて逃げ惑う人々を、牙が、爪が、刃が襲う。

 醜悪な笑い声を響かせ、怪物どもが我が物顔で街中を闊歩する。

 

「やってくれますわね…!」

 

 遠方からでも一望できる地獄に、浅緑の騎士は朱の瞳を怒りに染める。

 どれだけ死地を潜ろうと、その光景に慣れることはない。

 胸中に渦巻く強烈な敵愾心、そして人々を救う絶対的な善性がウィッチに力を与える。

 

うむ! その代価、必ずや命で支払わせてやろう!」 

 

 風に靡く亜麻色の髪を追って、パートナーのフクロウが意気軒昂に宣う。

 インクブスとは絶滅すべき存在、それは必定である。

 

「国防軍が展開してるけど……避難する人に阻まれてるか」

 

 隣を飛翔する魔女は狙撃に用いる視力を生かし、より詳細に戦場を観測していた。

 

よくやってる方だが、長くは持たねぇにゃぁ

 

 展開した国防軍は逃げ惑う群衆を縫って、インクブスへ果敢に反撃を浴びせている。

 しかし、その効果は薄く、損害が拡大していた。

 市街地の至る所から黒煙が上り、爆音が鳴り響く。

 

「小集団に散って、対処を飽和させる気のようですわ」

 

 現場に駆け付けたウィッチは少数、ゆえに対処できていない。

 未確認のインクブスに翻弄されている者も見受けられる。

 プリマヴェルデは口を強く引き結ぶ。

 

「なら、僕たちはネームドを優先して潰すべきだね」

 

 最も脅威となるインクブスに最高戦力が当たる合理的判断。

 今、惨禍に襲われる者の全てを救うことなどできはしない。

 だからこそ、彼女たちは()()()()()()

 

「ネームドの位置は分かりますの?」

うむ! レギ君とカタリナ君のおかげで仔細把握しているぞ!

 

 パートナー間のテレパシーで伝達される情報の密度は、ユグランスのファミリアの比ではない。

 インクブスの種別、位置や高度、エナの総量といった情報が逐次更新される。

 ネームドの特定は容易だった。

 

「よし、そいつらから潰そう」

頭を潰せば体も死ぬ……連中、ぶっ殺してやろうぜ

 

 人を食ったような声色は鳴りを潜め、底冷えするような敵意だけがあった。

 魔女は漆黒のライフルを撫で、力強く頷いてみせる。

 

「グリム、ユグランスに伝えてくださる?」

うむ! 任せたまえ!

 

 プリマヴェルデの命を受けたパートナーが高く舞い上がる。

 その眼下を跳ねる紅白の人影が()()し、市街地へ散っていく。

 

ユグランス君は国防軍の支援と避難する人々を守るそうだ!

「分かりましたわ」

 

 ユグランスの権能であれば、確実に成し遂げることができるだろう。

 

 魔女と騎士は、ただ強大な悪を粉砕すればよい──市街上空にて静止。

 

 最も苛烈な戦闘の行われている一帯だ。

 戦車砲の咆哮が轟き、インクブスの雄叫びが鳴り響く。

 

「行くよ」

「ええ」

 

 短い応答の後、一斉に落下を開始する2人のウィッチ。

 黒煙を潜った先、交差点にインクブスが群れている。

 風で孕む装束を翻し、ダリアノワールは2m長のライフルを下方へ構えた。

 

「トム」

おう、ぶちかませ!

 

 落下中という非常識な射撃コンディション、されど躊躇なくトリガーを引いた。

 マズルから紅蓮の炎が瞬き、衝撃で少女の体が浮く。

 

 着弾点は眼下の交差点──二足歩行のワニを貫き、その体躯を吹き飛ばす。

 

 2射、3射と立て続けに銃声が響き、インクブスの生命を粉砕する。

 百発百中にして一撃必殺、彼女が放つ弾丸は魔弾であった。

 

新手のウィッチ!?

 

 鉄と火薬ではなく、エナの弾丸と感づいたインクブスは天を仰ぐ。

 その隙を見せた横顔に対戦車ミサイルが直撃し、半身を粉砕する。

 

 交差点よりインクブスを排除──軽やかな足音が鳴り響く。

 

 降り立った騎士と魔女は、後続の怪物たちを睨む。

 

へっ…弱い雌じゃ満足できなかったところ──」

 

 銃声の後、下劣なワニの頭部は消し飛ぶ。

 アスファルトへ巨躯が倒れ込み、血に飢えた怪物たちは一斉に地を蹴った。

 

口動かすより体を動かせよ、害獣どもが

 

 そう吐き捨てるライフルの体表が波打ち、武骨なマシンガンへ変形する。

 それを構えるダリアノワールの隣で、プリマヴェルデは一直線に駆け出す。

 

「参りますわ!」

「援護するよっ」

 

 けたたましい銃声が鳴り響き、エナの弾丸がインクブスの前衛を襲う。

 エナの防壁を貫通し、腕や脚を穿って機動力を奪っていく。

 

ぐぁ!?

お、俺の脚が!

 

 騎士は疾駆を止めず、混乱の渦中へ突進する。

 その頭上を対戦車ミサイルが通過し、眼前の爬虫類を吹き飛ばす。

 視界を黒煙が覆い、千切れた四肢が舞う。

 

「──小癪なヒトどもが!

 

 黒煙を凶刃が切り裂き、オーガに迫る巨躯が姿を現す。

 

 人型の上半身と四足の下半身をもつ異形──ケンタウロスである。

 

 大陸でしか存在が確認されていないインクブス。

 情報が少ない敵は、脅威そのものである。

 

「手間が省けましたわ」

 

 だからこそ、()()()()ネームドと思しきケンタウロスを狙っていた。

 プリマヴェルデは足を止め、異形と正面から相対する。

 

脆弱なウィッチが無手だとぉ?

 

 対するケンタウロスは髭面を歪め、怒気を放つ。

 四足に膂力を蓄え、右腕の握る長大なソードが路面を削る。

 

嘗めるな!

 

 刹那、アスファルトが陥没し、巨躯が消える。

 

 ケンタウロスの突進──それは暴風の如く。

 

 音速を超えた下段からの斬撃は、常人には回避不能。

 しかし、亜麻色の線は死角となる左手へ潜り、凶刃と交わらない。

 

ちっ

 

 空振りしようと四足で駆け抜けるケンタウロス。

 その背に二足で追従するプリマヴェルデ。

 包囲を試みる無作法者は、魔女の弾丸に穿たれる。

 

小賢しい!

 

 急停止と同時に背後へ繰り出される後脚。

 追撃してきた数多のウィッチを打倒してきた必殺の一撃だ。

 

 眼前に迫る蹄──騎士は足を止めない。

 

 紙一重で頭を逸らし、伸び切った関節へ右の裏拳を打ち込む。

 しかし、体勢の悪さも相まって威力はない。

 

「一手っ」

 

 これは布石──プリマヴェルデの権能が発動する。

 

 打ち込んだ場所からインクブスの体表が()()されていく。

 

「二手!」

 

 ケンタウロスの左半身側へ踏み込んで、左のガントレットを腹へ叩き込む。

 そこからインクブスの体内が可視化される。

 

 筋肉の躍動を視認、動作を予測──ケンタウロスの巨影がプリマヴェルデを覆う。

 

痛くも痒くもないぞ!

 

 接地した後脚で半身を持ち上げ、ウィッチの頭上より前脚を落とす。

 それを最小限のステップで躱し、無為に砕かれる路面。

 四散するアスファルト片を白磁の鎧が弾き、即座に騎士は踏み込む。

 

「三手っ」

 

 快音が響く。

 腰を入れた鋭い打撃が前脚の関節を微かに歪めた。

 致命傷からは遠い。

 しかし、朱色の瞳には体内を巡るエナの循環が映る。

 

このっ!

 

 反射的な前脚の振り上げは予測済み。

 その打撃を正面から受けず、風車のように回転の力へ変換する。

 

「大振りが多いですわね──四手!」

 

 舞踊のように軽やかに回り、上段蹴りを左前脚へ打ち込む。

 ケンタウロスの半端に浮かせた上体が揺れる。

 

ぐっ…おのれ!

 

 怒気に呼応し、循環するエナに毒々しい赤紫が浮かぶ。

 その流動を目で追い、浅緑の騎士は自然体で構えた。

 赤紫のエナは右腕へ集中し──

 

これは避けられるか!

 

 前脚が接地した瞬間、エナを纏ったソードが振り抜かれる。

 それは斬撃ではない。

 

 エナと熱量の暴威──衝撃波で路面が抉れ、射線上の雑居ビルが粉砕される。

 

 しかし、倒れたウィッチの姿はない。

 コンクリート片の粉塵が舞い、四散したガラスが世界に降る。

 そこで白磁の鎧が陽光を浴びて瞬く。

 

「それは甘いのではなくて?」

 

 声の源は、空中にあった。

 人馬の異形を見下ろし、朱の瞳より高く振り上げられた脚。

 

「五手!」

 

 その一撃は、ケンタウロスの頭頂部へ落とされる。

 

ぐぁっ!?

 

 体重と重力を合わせた強打に頭蓋が震えた。

 

 それでも巨躯は倒れない──その頭頂部を蹴って、背後へ跳び下りる。

 

 亜麻色の髪を捕らえんとした左腕は空を切る。

 プリマヴェルデは軽やかに着地、ステップで間合を仕切り直す。

 

おのれぇぇ…!

 

 怒髪天を衝く。

 髭面を憤怒に染めたケンタウロスの双眸が、ウィッチを睨む。

 四足に再び膂力を蓄え、突進の構えを見せる。

 

「……終わりですわ」

 

 鋭く息を吐き、プリマヴェルデは脚を軽く開いて拳を構える。

 ケンタウロスを構成する全ての要素は解析された。

 ならば、障害は存在しない。

 

抜かせ!!

 

 急加速する大質量を真正面から迎え撃つウィッチ。

 激昂したケンタウロスは、その異常性を理解できない。

 

 少女の拳が前胸へ入り──下半身を粉砕されるまで。

 

 馬体の血肉が弾け、エナの飛沫が打撃方向へ散る。

 

な、にが…!?

 

 四足が失われ、空中へ放り出された上半身。

 驚愕で固まる髭面は、己の血で染まった路面を捉え──

 

「ごきげんようっ」

 

 脚を振り抜くプリマヴェルデを最後に、永遠の闇へ還った。

 荒れ果てた路面に骸が落下し、鮮血を散らした浅緑のサーコートが風に揺れる。

 

馬鹿な!

一体、何を…!?

 

 上位者を七手で屠ったウィッチが何者であるか、インクブスは知らない。

 情報を記憶する者は、災厄の軍勢に飲まれてしまった。

 

「次は、どちらが──」

よくもベルナールを!

 

 死角より繰り出されたスピアを裏拳で逸らし、もう一手で馬体の前胸を貫く。

 

 ウィッチナンバー11の殺法──体内のエナへ方向性を与え、脆弱部から破断させる。

 

 エナの性質を把握した彼女に、防壁は機能しない。

 ケンタウロスの下半身は、水風船のように破裂した。

 

な、なぜぇぉがっ

 

 物理的に下がった頭部へ肘を叩き込み、四散させる。

 その拳が触れたインクブスは、()()()()()()()()()()()()

 

「お相手してくださるのかしら?」

 

 浅緑のサーコートを赤で染め上げた騎士は、ガントレットを構える。

 

 

 永遠の平和など存在しない。

 人々は己の命を代価に、それを思い出す。

 赤い火の手が上がり、赤い血が路面を流れる。

 耳を塞ぎたくなる悲鳴が響き、心身を震わす爆発音が轟く。

 

 見知った街──そこは戦場へと姿を変えた。

 

「芙花ちゃん…待って…」

「あそこまでがんばろう!」

 

 その渦中を、東芙花は親友の手を引いて駆ける。

 周囲に大人はおらず、目に入るのは倒れ伏した姿だけ。

 歩道へ乗り上げて横転したバスの陰へ走り込む。

 

「はぁ…はぁ…」

「ど、どうして…こんな…」

 

 バスの窓から生えた手を見ないよう涙目の親友を抱く。

 姉の退院祝いのプレゼントを選ぶため、付き合わせた親友を見捨てはしない。

 肺は痛みを訴え、心も溢れそうだった。

 

「泣いちゃだめ…!」

 

 それでも不安と恐怖で上がってくる涙を堪え、芙花は交差点を見つめる。 

 泣きつける最愛の姉は、いないのだ。

 ()()()外出してきた以上、居場所を知るはずもない。

 

「警察の人を見つけないと…」

 

 非常事態に遭遇した時、姉は警察官を探すよう妹へ何度も言い聞かせていた。

 自身がいない時を見越し、備えてきたのだ。

 それが、芙花を無力な子どもにしなかった。

 

「また、走るよ…!」

「…うん」

 

 必死に息を整え、震える手と手を握り合わせた。

 悲鳴を聞き、2人の少女はバスの陰で縮こまる。

 

 怪物に捕まってはならない──この短時間で、芙花は姉の言葉の意味を知った。

 

 いつまでも縮こまってはいられない。

 姉と同じように伸ばした黒髪に触れ、芙花は勇気を振り絞る。

 

「行こう!」

 

 バスの陰から飛び出し、交差点を目指す。

 そこを右折し、直進すれば駅と駐在所があると芙花は記憶していた。

 機能しているはずもないが、持てる知恵で必死に思考を回す。

 

「ここを曲がれば──っ!」

 

 コンビニエンスストアを曲がった先、歩道が円状に陥没していた。

 その中心には、1人の少女が倒れ込んでいる。

 

 淡い桃色の装束を纏った傷だらけの少女──ウィッチだ。

 

 激しい戦闘の痕跡が残る以上、襲撃者の存在は近い。

 

「助けなくちゃ…!」

 

 しかし、傷ついた少女を見捨てる選択肢はなかった。

 心優しい姉を見て、健やかに育ってきた芙花には。

 

「ごめん……先に逃げて!」

「芙花ちゃん!?」

 

 親友の手を離し、芙花はウィッチに駆け寄る。

 己の能力を自覚して優先順位を定めることは、まだ難しい年齢だ。

 芙花の行動は、間違いなく失敗だった。

 

「大丈夫ですか!」

 

 意識を喪失したウィッチが、声に反応することはない。

 ただ、破れたリボンの残る胸元は上下している。

 近くにしゃがみ込んだ芙花は、授業で学んだ応急手当を──

 

なんだぁ? 雌が増えてやがる

 

 悍ましい声が、至近から聞こえた。

 人間ではない異形の発する言語ではない音。

 全身を悪寒が駆け抜け、芙花は()()を認識する。

 

まぁ、いいか……皆殺しにしろ、なんて勿体ねぇよな?

 

 すぐ背後から注がれる視線は、芙花の四肢を舐め回すようだった。

 恐怖で悲鳴を上げることもできず、ただ振り返るしかない。

 

 黒い外衣が揺れ──鉤鼻の異形が邪悪な笑みを浮かべる。

 

 少女の力では抵抗など不可能な存在、人類の天敵たるインクブスだ。

 

ちょうど、手頃な雌がいるってのによぉ…!

 

 それも大陸で数多の少女を誘拐してきた最悪の手合。

 ボガートと呼称される異形は下劣な笑いを浮かべ、芙花へ手を伸ばす──

 

「伏せなさい!」

 

 ()()()()()声を耳にし、芙花は迷わず頭を抱えて伏せる。

 

 汚らわしい手を止めるボガート──その顔面に音速の弾丸が直撃した。

 

 エナの防壁は貫けない。

 それは百も承知と銃声が続き、銃弾が頭部を強打する。

 たまらず防御の体勢を取るインクブス。

 

ちっ鬱陶しい──かはぁ!?

 

 脚を止めたボガートが仰け反り、宙に浮き上がる。

 アンチマテリアルライフルの弾丸は、貫通せずとも軽量な体躯を弾き飛ばした。

 

 近づいてくる足音──丸まっていた芙花は、恐る恐る顔を上げる。

 

 まず、見慣れた国防軍の制服と武骨なライフルが目に入った。

 それから視線を上げ、背後へハンドサインを送る男の横顔を見る。

 目と目が合う。

 

「待たせたね、芙花!」

 

 この世で最も頼もしい家族の声。

 

 国防軍の制服に身を包んだ男──東恭輔は、愛娘に笑ってみせた。

 

 頬に新しい傷が増えた以外、何一つ変わらない父の笑顔だ。

 絶望を吹き飛ばす希望を前に、芙花の目からは涙が溢れ出す。

 

「父ちゃん!!」

 

 白い制服は赤く染まっていたが、それは救護の際に付着した血であった。

 確かに二足で立ち、逞しい腕で娘を抱く。

 

「もう大丈夫、父ちゃんが来たぞ…!」

 

 この場に恭輔が居合わせたのは、ただの偶然でしかなかった。

 

 失敗に終わった傀儡軍閥の九州侵攻──その際に初のベイルアウトを経験した恭輔は、戦傷を負った。

 

 それを理由に防人の任を解かれ、家族の元へ戻る途中で、襲撃に遭遇。

 駅で降ろされた恭輔は、孤立中の警察官を率いて市民の救助に奔走していたのだ。

 

「君、大丈夫か!」

「ウィッチ1名を保護!」

 

 警察官2名が座り込んだ芙花の親友とウィッチの容体を確認する。

 

 残る警察官は──不倶戴天の敵へライフルの銃口を向けていた。

 

 戦車砲や対戦車ミサイルでなければ、一撃でインクブスを屠ることはできない。

 

やってくれたなぁ…餌の分際で!

 

 当然のように立ち上がり、表情を歪めるボガート。

 憎悪に濁った双眸は、駅に近い駐在所2階の狙撃手を睨む。

 

遊んでるなよ、おい

 

 その背後に黒い影が降り立つ。

 

まだ生き残りがいたか

雄ばかりかと思ったが、いい雌がいるじゃねぇか

 

 嘲笑を浮かべ、車道一帯を見遣る新手のボガートは3体。

 恭輔と数名の警察官が下劣な視線から少女たちを隠す。

 

「…まずい」

 

 一瞬で状況が悪化し、警察官の額を汗が流れる。

 複数体のインクブスを制止できる打撃力はない。

 防人は、自身の得物が怪物に非力であることを知っている。

 

「ウィッチおよび民間人の退避を優先しろ」

「了解」

 

 臨時の上官に当たる恭輔の命令に、警察官たちが異を唱えることはない。

 否、命令されるまでもなく、己の責務が何であるかを理解していた。

 

「あの子たちと一緒に行きなさい」

 

 愛娘の頭を力強く撫でた父は立ち上がり、視線だけで道を指し示す。

 大きな両手は、敵を退ける武骨なライフルを握った。

 

「父ちゃんは…?」

 

 再会を果たした父が戦士の顔となっても、芙花は離れることができない。

 聡い少女は、最悪の結末が予期できてしまった。

 

「悪い奴をやっつける──大丈夫、すぐ行くよ」

 

 わずかに見せた横顔には、いつもの笑みが浮かぶ。

 警察官に手を引かれ、頼もしい父の背中が離れていく。

 

八つ裂きにしてやるよ!

 

 その光景に苛立ちの限界を迎えたボガートが地を蹴った。

 腕で頭部だけ防御した、回避を考えない突進。

 しかし、その速度は人間を軽々と凌駕する。

 

「撃て! 接近させるな!」

 

 一斉に銃口が火を噴き、弾丸がインクブスに殺到した。

 1体に対して2名1組で銃撃を浴びせるも、その脚は止まらない。

 

「いきなさい、芙花!」

「父ちゃん!」

 

 駆け出す警察官に手を引かれながら、芙花は遠ざかる父を見つめ続けた。

 

 銃声が間延びして聞こえ──少女は呼吸を忘れる。

 

 父を、東恭輔を、切り裂かんと異形が腕を振り上げた。

 

死ねっ

 

 閃光が走る。

 肉が焼け、爆ぜる音。

 

 異形の腕が振り抜かれることはない──その半身は二つに裂けていた。

 

 骸は()()()によって滅却される。

 何が起こったか、誰一人理解できず、動きを止めた。

 驚異的な身体能力を有するインクブスすら知覚できていない。

 

なにが

 

 驚愕に染まる醜悪な顔が蒸発し、残された下半身も焼け焦げる。

 エナの残滓が舞って、ようやくウィッチの()()であるとインクブスは知覚した。

 

逃げっ

 

 天から降った眩い光が、残るボガードを連続で射抜く。

 

 断末魔もなく消滅する怪物ども──歴戦のエースパイロットは思わず天を仰ぐ。

 

 そして、父を救った光を確かめようと、幼き少女も蒼穹を見上げた。

 

「流れ星…?」

 

 夜の訪れていない空を星が流れる。

 瞬きより早いエナの輝きは、光速に匹敵していた。

 それら全ては、悪辣なる怪物を滅却せんと降り注ぐ──




 父の日に投稿できなかったゾ(痛恨のミス)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。