私が1人で出来ることなど底が知れている。
どれだけ多種多様なファミリアを率いても限界がある。
今までの私なら、また傍観者で終わっていただろう。
「次は南西へ移動中の群れだ。進行方向に避難所がある」
ファミリアは獲物であるインクブスだけを追尾する。
逃げ惑う人々は認識しても、それは障害物だ。
だから、市街地の状況を想像し、標的を
「見えた」
私とテレパシーを共有するゴルトブルームは、素早く位置を把握する。
黄金の瞳は虚ろだが、それはファミリアと視覚情報を共有しているからだ。
指揮者の如く右手を振るえば──長大な砲身が鎌首を擡げる。
滑走路横の芝地、6枚の大楯で囲ったカノン砲が天を睨む。
そこは即席の
「近づかせるかよ……ベニヒメ!」
エナの砲弾が装填──正確には充填か──され、砲身を軸にして狐火が回り出す。
「任せて~」
紅の和装を靡かせ、ベニヒメが左手を横へ振るう。
それに呼応して速度を増す9つの狐火は、やがて青き光輪となる。
光輪を纏った砲身が、角度を微調整──これにて発射態勢は完了。
「撃て」
衝撃で土埃が舞い、髪が暴風に弄ばれる。
頭上に広がる空を見上げれば、エナの輝きが通過。
複数の子弾へ分離して
最終調整──テレパシーへ集中、標的の位置を再確認。
そして、天から星が落ちる。
「着弾を確認……全弾命中です!」
標的の完全な消滅を上空のハマダラカが視認。
制御された子弾は、恐るべき精度でインクブスに命中した。
ベニヒメのエナによって死骸は骨まで焼却され、バイオハザードを防止する。
「逃走方向に伏兵を回せ」
「既に待機中です」
泡を食って逃走する残党は、フロッグマン2体だ。
姿を隠しても逃げられると思うなよ。
市街地に潜伏するファミリアは、お前の
「処理しました」
フロッグマンは逃げ込んだ路地で、マンホールから現れたジグモと対面。
鋏角で貫かれ、すぐ地下へ引きずり込まれる。
アンブッシュで屠ったインクブスは、これで39体目だ。
「よし」
表立って戦闘へ参加できないが、連中の退路は確実に潰す。
1体も逃すものか。
人の目が届かない場所へ逃げたインクブスは即座に駆逐する。
「すごいですね、この体制は…」
「ああ」
左肩で感慨深げな声を出すパートナーへ頷きを返す。
今までは想像もつかなかった──ファミリアを用いた弾着観測射撃など。
飛び道具を有するファミリアも存在するが、この距離と精度は望めない。
私だけでは不可能だった。
ただ──
「大丈夫か」
「大丈夫…って言いたいけど、さすがに精度が落ちるな…」
ゴルトブルームへの負荷が凄まじい。
眉を顰める彼女は、テレパシーを確認しつつ、砲撃と子弾の姿勢制御を行っている。
一度の発射で自壊するマジックの大砲を、連続発射できるよう再構築する等の調整も見逃せない。
ファミリアの統制を私が引き受けても、その負荷は重いはずだ。
「ちょっと休憩しない?」
「いや、まだいける」
心配するベニヒメへ気丈に笑ってみせるが、顔色は優れない。
つい最近、
「小休止だ」
次弾を装填する前に制止し、テレパシーの共有を解く。
「無理をしても最大限のパフォーマンスは発揮できない」
そう言って、不満の色を浮かべる黄金の瞳を見返す。
半数のインクブスを消滅させた今、ウィッチと国防軍の対応が間に合いつつある。
ここで負荷を強いても仕方がない。
「私も同意見です、主よ」
胸元で揺れる十字架より響く声を受け、ゴルトブルームは渋面となる。
それでも光の戻った瞳を閉じ、小さく頷いた。
「……分かった」
ベニヒメが紅の和傘を差して、腕を組んだゴルトブルームを日陰に入れる。
私たちの格好は、今の季節では厚着だ。
身体能力の優れたウィッチだから暑くないわけじゃない。
「頭数は減りましたが、まだネームドと思しき個体は健在ですね」
フードを被って日光を遮りながら、エナの増減を注視する。
市街地の中央が最も激しく、戦闘の苛烈さを物語っていた。
「信じるだけだ」
任せると言った。
なら、彼女たちの手腕を信じ、出来ることをする。
「そうですね、信じましょう」
「ああ」
黒曜石のような眼に映る私は、悪くない顔をしていた。
傍らで命令を待つハンミョウの頭を撫で、基地に展開するアメリカ軍を見遣る。
厳戒態勢にある彼らは、歩兵が主体らしく車両は見当たらない。
たった今、攻撃ヘリコプターが格納庫から姿を現したところだ。
「アメリカ軍も参戦するのかな?」
「なら、ウィッチを先行させるじゃろうな」
頭上の耳を動かすベニヒメが兵士たちの動向を目で追う。
灰色のコートを纏ったモーガン少尉たちは格納庫の前で待機したままだ。
「要請を待ってるのかもしれん」
軍隊という大所帯の組織である以上、感情論とは無縁だろう。
ファミリアは一切の
私が判断を誤れば最悪の結果を齎すが、フットワークは非常に軽い。
戦力の集結と展開は完了しつつ──突如、大気中のエナが膨れ上がった。
その感覚を、私たちは知っている。
和傘が空を舞い、地面から引き抜かれる6枚の大楯。
「これって…」
「ああ、ポータルだ」
異界への扉が開かれる兆候。
それは至近、陽炎揺らぐ滑走路の中央から発されていた。
不気味な風切り音が響き、紅の閃光が走った瞬間、空間が歪む。
「…偶然じゃねぇな」
「偶然とは思えません」
世界の色が反転。
大楯を翼のように従えたゴルトブルームは、鉛色のメイスを握る。
視界の端で、モーガン少尉と兵士たちが一斉に動き出す。
「ここで叩くぞ」
「言われなくても」
腰のククリナイフを抜き、軽く振って重心を確認。
同時にハンミョウとハリアリの一群を、ポータルの周囲へ走らせる。
「とりあえず──」
紅い渦へ指先を向けたベニヒメの周囲に狐火が浮かぶ。
射線上のハリアリを退避させ、翠の瞳へ頷きを返す。
その間にもポータルの奥底から筋骨隆々の腕が伸びる。
「燃やすね」
赤い渦より現れた巨躯へ青い軌跡が走った。
数にして18条。
それは火球というより光線──着弾と同時に、爆炎が滑走路を照らす。
しかし、インクブスの肉体は消滅していない。
青い焔に焼かれながらコンクリートの大地に立ち、悠々と周囲を見渡す。
「ご挨拶だなぁ……ええ?」
大気を震わせる野太い声には、喜色が浮かぶ。
まるで、エナの焔を脅威と思っていない。
ポータルを円状に囲い、大顎を打ち鳴らすファミリアを見て、インクブスは鼻を鳴らす。
現状のファミリアでは、戦力不足が否めない。
「……オーガか」
大質量を振り回すパワーとオーク以上のタフネスを備え、肉弾戦で最も強力とされるインクブス。
これまでの個体に比べ、明らかに体躯とエナの総量が違う。
後続も含め、その数は6体。
「見つけたぞ、災厄のウィッチ…!」
身の丈ほどもある鉄塊を担ぐオーガは私を睨みつけ、口角を上げた。
◆
「新手ですか」
紅白の軍装を翻し、ウィッチナンバー10は市街地の彼方へ視線を向ける。
傍らには8本のサーベルに貫かれ、息絶えたボガートの姿。
「マスター、現状の作戦を続行すべきと進言」
機械仕掛けの近衛兵は4つの単眼を点滅させ、王へと進言する。
それと並行し、ボガートの口からサーベルを抜き、刀身を振るって血を払う。
「そのつもりです」
パートナーの進言に頷き、ユグランスは背後へ振り返った。
そこには国防軍の車両が護る道路上を横断する群衆。
老若男女関係なく恐怖と不安に苛まれた表情を浮かべ、ただ前へ進んでいる。
「私が注力すべきなのは、護衛と支援です」
アメジストを思わせる紫の瞳が、すぐ脇にある歩道の花壇を映す。
刹那、紅白の軍装が弾けて蜃気楼のように消え失せる。
「なにっ!?」
幻を突き破って路面へ着地したフロッグマンは、周囲に視線を走らせた。
奇襲に失敗、すぐ離脱せねば、反撃が殺到する。
跳躍して、信号機の上まで退避──
「ぐぇあっ」
フロッグマンの頭蓋を白刃が刺し貫く。
驚愕で見開かれた眼は、重力を無視して
「処理します」
四方から殺到したサーベルに貫かれ、フロッグマンは確実に絶命する。
まったく同じ場所に佇むユグランスは1歩前へ踏み出し、流れ落ちる血を躱す。
王の頭上で刃を交える6体の近衛兵は、瞬きの後──1体を残して姿を消した。
残る1体はサーベルを振り抜き、死骸を斬り捨てる。
それに見向きもせず、ユグランスは交差点の中心へ歩いていく。
「ナンバー13には驚かされてばかりです」
「肯定。インクブスの奇襲は不可能と推察」
シルバーロータスとの邂逅は、驚愕の連続だった。
彼女のファミリアは驚異的な精度でインクブスを捕捉し、その情報を更新し続ける。
索敵用のファミリアを召喚する必要がない。
「マイヤー、より広域を
つまり、全てのエナを戦闘へ傾けることができる。
「半径3kmまで拡張が可能」
背後に控えるパートナーは、淡々と事実だけを述べた。
半径3kmとは、同心円状に拡張した場合である。
それは極めて効率が悪い。
「分かりました」
当然、マスターたるユグランスは理解している。
限界を把握できなければ、標的の
それだけの話だ。
「では、始めましょう」
交差点の中心に佇む紅白の王は、目を閉じる。
「了解──駆逐対象を共有」
機械仕掛けの近衛兵が跪き、4つの単眼を点滅させる。
駆逐対象とは、ゴルトブルームの砲撃から逃れた有象無象だ。
「権能を限定解放」
再び開かれたユグランスの瞳はエナを帯び、宝石のように輝く。
世界の色が反転、手元に純白のバトンが現れる。
紅白の王は指揮者の如く振るい、言の葉を紡ぐ。
「
不可視の波が音もなく広がり、世界に浸透する。
しかし、特筆すべき変化は見られない。
人々が逃げ出し、混乱の痕跡が残された市街のままだ。
交差点の中心で佇むウィッチも動かない。
そこへ三方から迫る微細な足音──姿形は不可視、フロッグマンだ。
正面戦闘は必ず回避する狡猾なインクブスは、一瞬の隙を逃さない。
劇薬を忍ばせた鉤爪が、少女の首筋へ──
「がはぁ!?」
触れることはなかった。
代わりに3体のインクブスを出迎えたのは、無数の白刃。
刃は全身を貫通し、自由を奪い、死を与える。
「ぃにが…!」
即死を免れたフロッグマンは眼を見開く。
エナの滴が流れ落ちた先に人間はいなかった。
頭や腕からサーベルの刀身が生えた姿──まるでアザミの花のよう。
視界の端で白刃が瞬き、フロッグマンの意識は消滅する。
「まず、南東の群れから駆逐します」
血飛沫の飛び散った路面を踏み、五体満足のユグランスは淡々と告げた。
「了解」
フロッグマンの首を刎ねたパートナーもまた淡々と応じる。
交差点の中心にあった異形の花は、姿を消していた。
──初めから無かったように。
ウィッチナンバー10の権能を認識できる者は少ない。
その領域に立ち入った敵意ある者は、例外なく
「ど、どうなってやがる…?」
同胞の腹を切り裂く紅白の影に、ボガートは後退る。
国防軍の兵士を追って踏み込んだマンションの4階は、異界と化していた。
影まで鮮烈な原色で彩られ、血飛沫の赤が霞んで見える。
「まさか、ウィッチのファ──」
口からサーベルの刀身が飛び出し、遅れて黒い外衣から白刃が生えた。
ボガートの背後に立つ者たちは、紅白の軍装を纏った兵隊。
白い歯を見せて笑う
「ぎゃああぁ!」
「ぐぁぁぁ!」
市街地の随所で、インクブスの断末魔が響き渡る。
避難する人々を追っていた二足歩行のワニは、それを聞き逃してしまった。
そして、横断歩道という境界を跨いだ瞬間、世界は原色へ塗り替わる。
「何が──かはっ!?」
突如、四方からサーベルを捻じ込まれ、血泡を吹いた。
スコスと呼称されるインクブスの鱗を深々と貫く者は、大口を開けて笑う。
「なんなんだ、こいつら…!」
信号機や花壇の影から紅白の人形が這い出てくる。
その異様な敵を前に、後続の一団は思わず脚を止めた。
「構うな、薙ぎ払え!」
されど大陸より帰還した少数精鋭は冷静に距離を取り、両腕を突き出す。
高濃度のエナを収束、解放──虚空より高圧水流が放射される。
直撃の衝撃で人形の戦列は、いとも簡単に弾け飛んだ。
その手応えの薄さに眉を顰めるインクブスたち。
「……やった、か!?」
原色の世界を転がっていた四肢が、時を巻き戻すように結合する。
再び組み直された人形の戦列は、サーベルではなく前装式のライフルを携えていた。
インクブスを睨む銃口が一斉に火を噴く。
「ぐがぇ!」
「がぁっ」
エナの防壁も鱗も弾幕の前では砕け散るだけ。
四肢を撃ち抜かれたスコスの一団を見下ろす人形は声もなく笑う。
路面を這うインクブスにバヨネットが殺到した。
「くそっ…!」
飛び込んだ路地裏で、災厄の眷属を幸運にも躱せたフロッグマンは悪態を吐く。
影すら着色された異界は、ウィッチの見せる幻影だ。
路地を曲がり、領域から脱出せんと駆ける。
「……ヒトの雌?」
その視線の先、路地の入口で縮こまる少女の姿があった。
小さな体躯は非力で、交尾相手に最適。
フロッグマンは警戒しつつも、理想的な雌を前に口角を上げた。
足音を殺して忍び寄り──少女の顔が、フロッグマンへ向く。
耳まで裂けた口は笑みを浮かべ、紫の瞳は大きく見開かれていた。
そして、体の軋む異音が路地を反響する。
「なっ!?」
少女の体は3倍へ膨張し、毛が生え、鼻が伸び、爪が伸びる。
悪夢のような光景──フロッグマンの眼前に出現した齧歯類の怪物は笑う。
無邪気に笑いながら、鎌の如き鋭利な爪を振るった。
「ぎゃあぁあぁ!」
インクブスは狂気の世界で無様に踊り、その命を散らす。
しかし、正常な人々の目には、機械仕掛けの近衛兵が人類の天敵を滅ぼす様が映っている。
どちらが真実であるか、それは重要ではない。
インクブスの死が確約されている事実があれば、視覚情報は誤差である。
「領域内のインクブスを駆逐」
4つの単眼を点滅させ、パートナーは淡々と報告する。
屈強な機械の腕に抱えられたユグランスは、小さく頷きを返す。
強力ゆえに消費するエナも桁違いであり、連続の使用はできない。
「……後は頼みますよ」
ユグランスは小さな王冠を手で支え、黒煙で狭まった蒼穹を見上げる。
出現したインクブスは、過半数を駆逐した。
残す脅威は、友人たちが相対するネームドである。
作者「これもう魔女では?」
兄者「魔(法少)女じゃん」